■■ 私の感じた「戦国東都」 ■■

 

こんにちは。

はじめて書きます、コマスポ1年の坂上仁美(さかうえひとみ)です。

今回は私が感じた「戦国東都」の魅力を書きます。

 

■まず少しだけ私自身について書かせていただきます。コマスポに入ったきっかけ、それは慶応スポーツ新聞会に入っていた友人がいたことでした。迷いましたがその子に「いいじゃん、入っちゃいなよ!」と後押しされ入りました。入った理由は「野球が好き」それだけです。

 

■私は昔から野球が好きでした。そのきっかけが2人の姉がやっていたソフトボールを始めたこと。小学校2年生から始め、6年生の時はピッチャーとショートを守り打順は2番や9番でした。でも初めの頃はグラウンドに行っても遊んでいました()

 

■「高校野球」が1番好きで、父が4回も甲子園へ連れて行ってくれました。甲子園は本当に素晴らしい場所です。何度行っても、甲子園駅から降り球場が見えると、初めて来たように鼓動が高鳴ります。

 

■それに比べて私は「プロ野球」をあまり見ません。嫌いなわけではありませんが、ハマらないのです。それでも「小さい頃から親に球場へ連れていかれてずっと○○(チーム)のファン」という私の友達が少し羨ましいです。

 

■一方、高校時代たまに見に行っていた「六大学野球」は華があると思います。大学野球リーグの中で1番の人気があるのではないでしょうか。高校時代から注目をあびる知名度の高い選手が多く、土日には高校野球ファンも多く神宮へ足を運びます。なんといっても早慶戦の盛り上がりはすごいですよね。

 

 

 

■駒大野球部は東都大学野球連盟に所属しています。

そこは「戦国東都」と呼ばれます。

私はこの2か月秋季リーグ戦を取材しました。

そこで初めて体験した「戦国東都」は「怖い」場所だけど「楽しく」「熱い」場所でした。

 

 

 

■「怖い」と1番感じたのは、勝ち点1つの違いで最下位、優勝どちらにもなりうる、と知った時です。そして勝てば優勝の可能性、反対に負ければ最下位の可能性が出てくる対亜細亜大3回戦。駒大は見事に勝ち、入替戦を回避しました。後から思い返しても、あの時は本当に嬉しかったです。立正大と優勝をかけプレーオフをすると決まった時と同じぐらいに。

 

今年の秋季リーグ戦は本当に混戦でした。今春のリーグ戦では勝ち点1の中央大学が最下位の6位、勝ち点4の東洋大が優勝し、1~6位の間には3カードの勝ち点差がありました。それに比べて今秋のリーグ戦では上位3チームの勝ち点が3、他3チームの勝ち点が2で、1~6位の間には1カードの勝ち点差しかありませんでした。

 

この中で選手が戦い抜いたと思うと、今振り返っても本当に「怖い」です。同時に私はこのような、1位と最下位の勝ち点差が1しかない星取表は見たことがなかったので、本当に驚きでした。

 

 

■また最下位が決まれば「入替戦」(上部リーグの下位と下部リーグの上位で対決し、次シーズンの上位・下部リーグの振り分けを決める試合)が待ち受けています。

そこで勝てば1部残留、負ければ2部降格(1部所属の場合)という厳しく残酷な壁です。

まさに「戦国東都」です。

 

その入れ替え戦を回避し、次シーズンも神宮球場でプレーするためにも選手は一戦一戦を戦い抜きます。選手にとっても本当に怖いですよね。

 

 

 

■でも見ている側からすればそこが「楽しい」ところでもあります。「どうにか次シーズンも神宮で野球がしたい」という思いで戦う選手たち。そんな一生懸命にプレーをしているプレーヤーの試合は面白いはずです。また応援にも力が入ります。

 

10月25日にはドラフト会議が行われました。

東都大学野球連盟に所属している選手が15名も指名されました。(うち既卒4名)

一方東京六大学野球連盟からは4名でした。(うち既卒1名)

プロ志望届を出した人数は六大学が8名、東都が20名(共に既卒含まない)と母数は違うとはいえ、私は改めて東都の「レベルの高さ」を感じました。

 

 

駒大は昨秋まで2部で戦っていました。しかし1年後の秋季リーグ。

10月26日の優勝決定戦では惜敗したものの、あと1つのところまで駒を進めました。

2部の試合を見たことはありません。それでも去年2部で戦っていたチームが1年後には1部で優勝争いをしている、その事実だけで1部2部の差がどれほどないのかが実感できました。

 

 

■駒大が終盤で追い上げ、同点さらには逆転する試合を秋季リーグ戦では見ました。

印象に残っている試合を一つあげるとするならば、対東洋の1回戦。

 

試合が動いたのは「9回2アウト」から。

若林選手が三塁前内野安打で出塁すると、続く緒方選手が初球を左中間へ運び若林選手は一気に生還。初戦をサヨナラで飾りました。記者席からみるサヨナラ勝ちは初めてで、その時の光景はこれから先も忘れません。

 

■他にもたくさんの「熱い」試合が生まれた「戦国東都」。

均衡した試合ばかりでどのチームが相手でも気が抜けませんでした。

 

 

 

「戦国東都」は「怖い」ところ。でもその緊張感を感じながら、一生懸命やっているから「熱い」試合が生まれる。そして苦楽を共にしてきた仲間とプレーしている選手達はとても生き生きとしていて、そんな姿を私たちは素敵に思うし見ていて「楽しい」のです。

 

 

この2か月間の取材はあっという間でした。

秋季リーグが終わりなんだか寂しい気持ちです。

 コマスポ ブログ 1

この東都大学野球リーグを取材し、少しでも関われたことを嬉しく思います。

そしてこれからどんな試合が見れるのか本当に楽しみです。

 

ここまで読んでくださりありがとうございました。

 

 

最後に4年生の選手の方々、マネージャーさん、4年間本当にお疲れさまでした。



こんにちは。

このたびまたこちらでブログを書かせていただきます硬式野球班の菅原菜央です。

最近目が覚めると異常に部屋が寒く、北海道出身の私からすると信じられません。東京は部屋が寒いのだと聞きました。部屋にいて風邪を引きました、というのもなんだか悔しいので温度管理には気をつけていきたいです。

 


 

突然だが、「運」について最近考えるようになった。

それはある選手の行動と、その裏にあるエピソードを聞いたことがきっかけである。

試合とはあまり関係のない話だが、ブログで何を書くか思案していた時にいちばんに思いついた話題である。相変わらず拙い文章であるが、どうか最後まで読んでほしい。 

 

試合が終わり、選手たちが整列する。両校の選手同士が一礼し、続いて応援席へ主将のかけ声で一礼。続々とベンチへ戻っていく中で、1人だけグラウンドに向き直り深く一礼する選手がいた。

長壱成(4)である。

 

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彼の試合後の一礼に気がついたのは偶然だった。

ベンチに戻る選手たちの表情や様子を見ていると、その中で1人だけまっすぐベンチに戻らない選手がいたからである。自分の目の前を選手たちが続々と横切っていくため、何をしているのかはっきりわからない。次に試合を見に行った後にようやく確証を得た。「グラウンドに向かってお辞儀をしているのだろう」と。そしてそれは同時に「なにか理由があるのだろうか」という、自分の中の疑問にもなった。

 

その答えが得られたのは今月23日に行われた東都1部リーグ対國學大戦後のインタビュー中。試合と直接関係のない事なので、試合後疲れているところに尋ねるのは少々はばかられたが、何せいつ引退が決まるかわからず、次取材に来られる確証もない状況である。意を決して「試合後の一礼にはなにか意味があるのでしょうか」と聞いてみた。すると返ってきたのは意外なエピソードだった。

 

「尊敬する東野(龍二=18年卒、現Honda)さんがやっていたから。今日はありがとうございました、明日もいい運を持ってこられるようにと思いやっている」

 

いつも自分にも他人にも例外なく厳しく向きあい、勝ちにこだわり続ける長選手。そんな長選手から「運」という言葉が出てくるのは何だか意外な気もした。

 

次に長選手を取材させていただいたのは25日の優勝決定戦後。引退に際してのインタビューだった。今季を振り返ってという質問に対し、

 

「一時入替戦も見えてきた時はそこをなんとか回避することで頭がいっぱいだったが、最終的に優勝決定戦まで持ち込めたのは何か自分たちが運をもっていたのかなと思う」

 

とコメントをくれた。最後の引退コメントでも「運」という言葉を用い、負けはしたがここまでこれて良かったと語ってくれた。

 

実は23日の取材直後に球場内を歩いていると、試合を見ていたであろう方がこう話していたのを耳にした。

 

「駒大のキャッチャーいるだろう、長っていう。あの選手がさ、いつもグラウンドに向かってお辞儀してたんだよなあ。それ見たとき、このチームは強くなるって思ったんだ。間違いなかったよ。明後日は優勝決定戦だ。たのしみだねえ」

 

長選手のたったあれだけの行動を見て、駒大を応援してくれている人がいた。時間にしてわずか数秒、しかもカメラマン席にいた私でさえすぐには気づけなかった仕草である。それでも見てくれて、応援してくれる人がいるのもまた、長選手の「運」によるものなのだろうか。

 

その後、その観客から声をかけられ、笑顔で応じる長選手を見た。後ろでたまたまその一部始終を見かけていた私は、勝手になんだかうれしい気持ちになり、この選手を取材できて良かったと、危うく泣きそうになったことを覚えている。

 

「運も実力のうち」という言葉がある。

高校時代になにかのドキュメンタリー番組で出会った言葉だ。トーナメント制の大会で、「ここまで勝ち上がってこれたのはくじ引きの運の良さもあるのでは」

と苦笑いする選手に、

「運も実力のうちに入るよ。あなたの努力が呼び寄せたんだ」

と声をかけているようなシーンだったと思う。これを見た当時はあまり腑に落ちないというか、実力勝負のスポーツの世界に「運」はそぐわない気がしていた。

 

しかし今季長選手を取材し、引退を見届けて初めて「運も実力のうち」という言葉のいみがわかった。

 

「運」がすべてを左右するわけではない。やはり実力勝負であることに変わりはないとしても、ときに「運」が明暗を分けることはある。努力をしている人に、「いい運」はきっとついてくるのだろう。


こんにちは。コマスポ編集部の岡田です。先日、陸上班の活動の一環として、箱根駅伝予選会を取材させていただき、選手たちの素晴らしい走りを拝見しました。他校を寄せ付けない圧倒的な強さでの1位。改めてロードレースにおける駒大の強さを目の当たりにした気がします。凄く楽しい取材経験でした。

そして今回紹介させていただく選手は、その予選会にも出場した陸上部2年の小原拓未選手です!!自分は陸上は素人同然ですので的外れなことを書くかもしれませんが温かい目で読んでいただけたら幸いです。

 

 予選会をご覧になっていた方は「なぜ今彼なのだ。もっと他にも選手がいるのに」と思うかもしれません。確かに今回の予選会で小原選手は総合60位と駒大の中では最下位でした。ラストで集団走から外れてしまい、駒大の中で一つ上の順位の白頭徹也選手(予選会総合33)とは大きく開きがあります。

ですが、紹介させていただきます!理由は簡単です。インタビューをよくさせていただいており、私が注目している選手、いわゆる推しメンだからです!!!それ以外に理由はいりません()この時期に紹介することになったのは偶然です!! 

 

では選手のプロフィールから紹介いたします。
 

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小原拓未(法学部政治学科2年)

1999319日生まれ

出身校 一関学院

5000mベスト 141170

10000mベスト 291827

ハーフマラソンベスト 1時間0355

 

 



出雲駅伝では1年生で5区を走り、全日本駅伝、箱根駅伝などの出場は叶いませんでしたが、しっかりとエントリー選手に入っていました。また、1年11月に出場した上尾ハーフでは初ハーフながらも63分台という好記録を叩き出し、いまの2年生で1番早く長距離に順応した選手と言えると思います。

 

 走り方は、常に一定のペースで長い距離をひた走るという感じでどちらかといえばマイペースに走るタイプらしいです。また地方での試合は取材に行けていないのでなんとも言えませんが毎回大きく崩れることはなく、すごく悪い成績を残すことはない選手という印象。関東インカレでも入賞こそ逃したものの、10000m4年の伊勢選手、片西選手を抑えて駒大勢最高の9位となりました。コンスタントに大きな大会に出場し、監督・コーチ陣からも注目選手として名前をあげられることが多い選手です。

 

あと個人的には小原選手はフォームがとても綺麗だと思います。足をまっすぐ振り子のように振り下ろし地面を掴むような走り。膝も常にまっすぐ進行方向を向いていて「これからもっと速く走るぞ!」とアピールしている様。上半身の姿勢もすごく綺麗だなと思います。また、腕をこれでもかというくらい後ろにも全力で振って走るラストスパート時のフォームは躍動感があっていつも見る彼の2倍くらい大きく見え、正直カッコいいです。

 

 

 性格はノリが良く、お調子者。よく他の部員からいじられているようですが、そのいじりにもテンポよく切り返しています。ですが、お調子者というだけでなく、陸上に誰より熱意を持って接しているように見えます。以前、陸上部の同期が他の大会でいい成績を残した際、「俺も出たかった!!」と悔しがり、その大会の動画を食い入るように見ていました。

 

 
 

今回の予選会で駒大は12人中9人が自己ベストを更新し、多くの選手たちが良い結果を出しました。先述しましたが、小原選手はそんなチームの中で最下位の60位。彼自身も他大だったら十分主力級の成績を出していますし、自己ベストに近いタイムなので決して恥じることはないと個人的には思います。ですが、やはりそこで駒澤の他の選手と比べてアピールできなかったことは小原選手にとって、とても大きな問題なのだと思います。予選会で走り終えた直後の小原選手はいつもと違って笑顔があまり見られず、インタビューからも「これではダメだ」という雰囲気がひしひしと伝わってきました。予選会トップ通過はあくまでも通過点。もっと先の全日本駅伝、箱根駅伝、そして「他大の主力と渡り合う選手になる」という目標を見据えているからこその思い、自分はもっとできるはずだと信じているからこそ感じる悔しさ。駒澤のロードレースでの圧倒的な強さと共に、小原選手の『もう1段階上の覚醒』を目指すストイックさを感じる予選会でした。

 

 

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