お久しぶりです。駒大スポーツ2年の元井です。

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。2019年も部員一同、みなさまにより良い情報をお伝えできるように精進してまいりますので、応援のほどよろしくお願いいたします。

新年が明けて、もう1月から2月に変わろうとしています。早いですね。あと2ヶ月ほどで4年生が卒業します。今まで取材させていただいた4年生の選手の方々や、部員の先輩との別れが近いと思うと、非常に寂しいです。
今回は、私が初めて取材した駒大陸上部主将の堀合大輔選手についてお話しさせていただきたいと思います。

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駒大スポーツに入って、初めて取材させていただいたのが堀合選手。紙面で恒例となっている「ほっとけない」という企画で、インタビューをさせていただいた時が、初めてだった。

堀合選手が陸上を始めた理由は現在、愛知にいる兄がきっかけ。兄は愛三工業陸上競技部に所属する堀合修平選手。2人には、2年で箱根デビューを果たし、復路アンカーを走ったという共通点があった。当時「兄は憧れの選手、10区を走るなら兄の記録よりも上を目指す」と意気込んだ大輔選手だったが、修平選手の記録にわずかながら届かなかったことに悔いを残した。また、自身の区間6位という結果に対しても箱根後の慰労会で「納得のいく区間順位ではなく、タイム的にも遅かった。来年は区間賞、悪くても区間3位以内という目標を立てて、自分の納得できるタイムを出せるように走りたい」とリベンジを誓った。

3年生になり、堀合選手は大きく躍進していく。出雲駅伝では、初出場ながら順位を2つ上げ区間5位と好走。また、全日本駅伝では区間賞獲得の見事な走りを見せた。

堀合選手は入学当時、「急に強くなる人はいない。積み重ねっていって最終的に強くなれると思うので、1日1日できることをコツコツとやっていきたいです」と大学での意気込みを語っていた。その言葉通り、確実に積み上げてきた努力によって堀合選手は「安定感」でチームに大きく貢献した。
取材していく中でも、自身の調子について「いつも通り。良くも悪くもない」と答えるレースが多く、常に自分を管理することができる選手だとも感じた。

3年生の箱根路では悪い流れを断つべく9区に出走。一つ順位を上げ区間2位で走りきった。しかし、結果は9年ぶりのシード権落ち。結果に対し、涙を流す選手もいた中「今まで生きてきて一番悔しい」と悔しさを滲ませていた。

最上級生になり、新体制を率いる主将となった堀合選手は学年ミーティングを行い、他学年で意見を共有するという取り組みを新たに始めた。前年よりも縦のつながりを重視し、学年全体で下級生を引っ張っていくというように意識したという。学年全体で目標に向かうことで、予選会では2位と7分差をつけトップ通過。全日本駅伝では下級生も活躍し、総合4位と大きなレースで徐々に駒大の層の厚さが出てきた。

堀合選手にとって、最後の箱根駅伝。駒大は3強を崩すことはできなかったが、昨年よりも大きく順位をあげ、4位となった。堀合選手は3年生と同じ9区を走り、昨年を上回るタイムでフィニッシュ。しかし順位は下回り、区間5位。「(大八木)監督の元でもうやることができないので、最後の駅伝だからこそ信用して期待していただいて使ってもらったからには結果を出したかった」という。

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主将としての1年間を「仲間たちが助けてくれてなんとかここまでやってくることができた。仲間たちに感謝しながら、最後寮を出るまで後輩たちに残せるものはないかなと考えながら過ごしていきたいと思う」と振り返った。最後まで仲間を思い、駒大陸上部を引っ張ってきた堀合選手は、学生最後のレースとして東京マラソンに出場する。主将として陸上部を復活に導いてくれた堀合選手の学生最後の勇姿を3月3日に見届けたい。