2009年05月

2009年05月28日

続・上下関係


不安定な大気の状態に、

神経のレーダーが無意識のうちに空を向く。

ピンと立ったモモコの耳も、

微かな音を逃すまいと、忙しく角度を変えていく。


安定した輝く初夏の日々が終わろうとしていた。

春と夏との綱引きのなかで、

猛々しい自然の力が黒い雲の彼方で目覚める気配。

ゴロゴロゴロ・・・


心ここに在らずといった様子のモモコが、

家に入れてと騒ぎ始めた。

耳が遠くなったクリンは、雷の音にも気付かず、

エアマットの上で平和に眠っている。

犬たちの上下関係は、

クリンの病気と老化で、一時保留となっているようだ。

という訳で、

その夜は、モモコとクリンは玄関で寝る事になった。

もちろん、高いエアマットの上にはクリン。

一段低い土間にカーペットを敷いて、モモコ。

エアマットと玄関の土間の15cm程の高さの差は、

自分が上だと思っているモモコも了解しているように見えた。


今では、クリンは前より少なめだがご飯を食べるし、

水も充分に飲めるようになった。

足もとはふらついているが、庭を自由に歩き回り、

時々狭い場所に頭を突っ込んで、

Uターンできずに「ウォーン!」と哀しげな声を上げたりする。

「機械仕掛けのぬいぐるみ」みたいな動きが可愛くて、

つい抱き上げると、「下ろせ!」とジタバタ身をくねらせる。

ご飯も自分が食べたくないものは残す。

クリンは、気儘に幸せに生きている。


でも、私の腕にまだ残っている、

ぐったりと他人に身を預けるほかなかった時のクリンの重み・・

まだ血が通っている温かさ・・・柔らかさ・・・

思いがけず、もう一度拾った命だった。

それがいつまで続くのか分からないけれど、

ヨボヨボしながらも懸命に生きる姿に、

家族も、近所の人も、家を訪れる人も、

みな屈みこみ、話しかけ、撫でてやらずにはいられない。


話を元に戻そう。

雷と雨の翌朝、

階段を下りてきた私の目に映ったのは、

エアマットの上に堂々と寝そべるモモコの姿だった。

エッ!と愕き、横を見ると、

クリンが一段下でボロ毛布のように丸まっていた。

「当然でしょ?」と悪びれる様子もなく微笑むモモコ。

そうか・・・

クリンの回復は、モモコが誰よりもよく分かっているんだね。


komorebi55 at 21:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 家族 

2009年05月12日

上下関係


17歳という高齢にもかかわらず元気なクリンの具合が悪くなり、

もう1か月余が過ぎた。

床擦れが出来ないようにと娘が買ってやったエアマット。

今では、クリンのお気に入りのベッドになっている。

すこし高いベッドに、ウンショと上ったり、

帰宅した私を見上げようとしてコテンと落ちたり、

体半分ずり下がりながら寝ていたりと、

エアマットとクリンの織りなす光景が可愛くて、

通りかかる度につい微笑んでしまう。


病気になってからというもの、

玄関はクリン専用の場になってしまった。

ちょうど暖かくなった頃だったので、

モモコは外に出され、自分のハウスで寝ている。

モモコなりに仲間の異変を理解しているのだろう。

いつも少し離れた処からクリンの様子を見守っていて、

私と二人だけの散歩も、いつものモモコの元気がない。


やっとクリンが食べる事ができるようになり、

やせ細った体も丸みを帯びてきた。

遠くに雷鳴が聞こえる荒れ模様の日、

私は、雷が大嫌いなモモコを玄関に入れてやった。

少しだけ不安だったのは、高いベッドにいるクリンと、

それより一段低い場所にいるモモコ。

自分の方がクリンよりも上だと思っているモモコが、

果たしてそれを受け入れられるだろうか?


群れの中の上下関係に厳しいモモコ。

群れのリーダーは力が強く判断力に優れ、

群れを守る役目があるのだから、他の犬が従うのが当然だ。

そうモモコは思っているのだろう。

でもクリンはそれを認めていないから、

元気だった頃は、偶にトラブルが起こった。

そんな事が頭をかすめた。


モモコだって13歳。

人間の言う事はほとんど分かる。

クリンが弱っている事、モモコはこの場所で我慢する事、

我慢できなかったら外に出す事を話して聞かせる。

分かった?・・・分かったね!

モモコ&クリン1

外の天気とは対照的に、平和な家の中。

静かな時間が過ぎていく。

と・・・次第にベッドからずり下がってくるクリンのお尻。

クリンにとって、あちらの世界とこちらの世界は

一枚の薄く透けるカーテンで隔てられているようなもの。

眠りに入ると、カーテンが風で翻り、

その境界線も曖昧になってしまう。

ずり落ちてくるお尻に戸惑うモモコ。

クリンが元気だったら、「気をつけろ!ウゥー」と唸るだろう。

でも、黙って身をよけるように窮屈な姿勢。

モモコもクリンの状態が分かっているんだね。

モモコ&クリン2

まだ子犬のモモコが家に来た時、クリンは4歳だった。

川辺に捨てられ、

子どもたちにパンを貰って生き延びていたモモコは、

娘が連れてきた時は骨と皮ばかり。

それでも、

捕まえられ無理に連れてこられた事は大いに不満らしく、

娘の腕から離れると、縁の下にもぐり込み出て来ない。

食べ物や水も、

人の姿がみえなくなってからそろそろと出てくる。

そんな人間への不信感の塊のような子犬の心を和らげたのは、

クリンだった。

優しく、人(犬?)の良いクリンに寄り添うようにして、

モモコは一人前になった。

いつの間にか力関係は逆転したけれど、

お互いになくてはならない相手なんだね。


komorebi55 at 22:09|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 家族 

2009年05月04日

トップセールスマン


時はゴールデンウィークに入ろうかという頃、

夕方なのに、近くのスーパーは休日のざわつきもなく

のんびりムード。

「何にしようかな〜夕飯・・・」と、

ぶらぶらと魚売り場に近づいた。


よく通る明るい声が耳に入って来た。

「奥さん、漬け丼にする時タレ買うの?」

白い帽子に上下の服、長靴といった、魚売り場主任風の男が、

年配の奥さんと話している。

ちょうど今日の特売のマグロが並べられている前で。


何となく脇からケースの中を覗いてみた。

その横で、主任はまだ話し続けている。

「わざわざタレを買わなくてもね。

家に麺つゆがあるでしょ? あれでいいのよ!」

>ふーん・・・ 麺つゆねぇ・・・

振り返ると、血色の良い丸顔にメガネ、

ニコニコと落語家みたいな主任がアイコンタクト。

「なるほど・・・決め手は麺つゆなのネ!」とつい頷いてしまう。


ますますテンションの上がる主任は、

「ポリ袋の中にマグロと麺つゆを入れて少し冷蔵庫に入れておく、

ごま油も少し入れると美味しいよ。

僕はコチュジャンと豆板醤と卵も入れるの。

酒のつまみに最高ね〜」

>ああ・・・何だか美味しそう!


「タレ買わなくても麺つゆでいいって、

カミサンが言ってるんだからネ・・・カミサンの受け売り!」

主任はガハハと笑う。


いつの間にか、周りに人だかり。

マグロのパックに幾つもの手が伸びる。

もちろん、ウチも今日はマグロよ!



komorebi55 at 23:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)  
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