9月に来札いただいた際に、主宰の生田さんのインタビューさせていただきました。少しでも作品の雰囲気が伝われば、と思いまして。
よろしければご一読を。そしてぜひ観に来てください!

<公演終了までトップにおいておきます>


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 仙台を拠点に活動する劇団「三角フラスコ」が10月25日(土)、26日(日)に、初の札幌公演を行う。劇作家・演出家で主宰の生田恵さん、女優の瀧原弘子さん、プロデューサーの森忠治さんの3人からなる劇団で、高校卒業後すぐに旗揚げして13年、仙台のみならず、近郊の都市や東京、大阪でも精力的に公演を行っている。
 今年7月、仙台で「昼の花火、夜の花火」という作品を観た。建物の中庭を舞台に使い、演劇とコンテンポラリーダンスと組み合わせたような幻想的な作品。女性らしい瑞々しさのある戯曲と繊細な演出、その中を、まっすぐな意志が貫いているような印象を受けた。
 30回目となる今作は、ボウリング場の隣にある食堂の2階にある物置のような部屋を舞台に、そこにたむろする生きる目的を見いだせない若者達の人間関係に焦点を当てつつ、再生へのきかっけをつかむまでを描いているという。劇団としての変革期も迎えているようで、「NO fear」=「もう恐れるものなんて、ない」というタイトルは、そのまま劇作家・演出家である生田恵さんと、三角フラスコという劇団のこれからへの宣言になっているように感じる。そんな記念すべき作品がコンカリーニョで初演を迎える、期待せずにはいられない。
 作品創作という意味ではもちろん、集団のあり方としても、同じ地方である札幌で演劇に携わる我々には学ぶべきところの多い劇団だ。新作について、劇団について、生田さんに話を聞いた。


三角フラスコ
新作「NO fear」

ーーチラシにある「もうおそれるものなんて、ない」というコピーがとても印象的でした、決意を感じるというか。

生田恵:決意、だと思うんですよね。自分の中で、これまでのスタイルっていうものがあったとしたら、それはその時々で変わってきているんですけど。最近、やっていたことは、ものごとの中心・核が自分の中にあったとしても、それをずばり描くのではなくて、外側をなぞっていくことによってなんとなく浮かび上がらせる、そういうことをやっていたんですけど、今回は、ある程度、中心の核に向かって切り込んでいく作業をしないといけないと思ってるんですね。それは、なかなか触れるのが大変で、自分でも。

ーー恐怖心、みたいなことなんでしょうか?

生田:そうですね。それが自分ひとりの秘密じゃなかったりすれば、余計に、自分で勝手に決めてやっていいことなのか…、相当な覚悟がないと踏み込めない部分なんだろうな、と思って。私、基本的にすごい恐がりなので、わりといろんなことから逃げちゃったり目を背けちゃったりするんですけど、そうばっかりもしてられないだろうなあ、と。

ーー今回、描こうとしている核、中心って具体的になんですか?

生田:問題は一つではないんですけど、生きることに行き詰まってたりする現状を抱えているので、どうしても。自分自身だったり、自分と親しい周りの人たちだったりに、「大丈夫だよ」って力強く言いたいんですよね。ぶっちゃけていえば自分自身のことじゃないので、周りの人たちのことはわからないですけど。でも少なくとも、「私は大丈夫だから」っていう表明を、彼らにしてあげられたらなぁ、って思うんですよね。

ーーそういうところに向かっていこうと思ったのは?

生田:それはたぶん、そのまま続けていけなくなったからだと思います。辞めることっていうのを考えた訳じゃないんですけど、「やれないんじゃない、私」っていうくらいの壁にぶち当たって。具体的な壁じゃないんですけど。忙しすぎたりしたこともあったし…。自分自身のことも決めなきゃなって思ってることがあって。ちょうどいろんなことがかち合ったんでしょうね。一つ一つは細かいことだとしても、ぎゅっと一気に来たりして、そういう時期なのかな、と。
 今回のタイトルが決まるまでの直前って、あまりにも私たちの周りを取り囲んでいる状況が漠然としすぎていて、まったく先の見えない不安っていうものに取り憑かれていた時期だったんですよ。そんな中で、一個結論が出たって言うか、名前をもらったみたいな、そういう出来事があったんです。それは解決でもなんでもなかったんですけど、その漠然とした不安に名前がつきました、っていうだけで、私たちは大丈夫になった気がしたんです。その時に、「NO fear」っていうのがポンっと出てきたんです。わけのわからない状況に名前がついたっていうだけで、急に具合がよくなるわけではないんですけど、そのものの正体がわかった。同時にすごく大変だっていう状況も明らかになったんだけれど、でもそれに立ち向かうことができるんじゃないかって思えたっていう出来事があって。脚本を作っていくときはその時の過程のやり直しというかやき直しというか、そういう道筋をたどることになる。自分の周りの様々な出来事であるとか、すごくつらい正体不明の状態にもう一度飛び込んでいかなければならない。正体がわからないから飛び込まなきゃいけないんですよね。切り込んでそれが何か見極めなきゃいけない、そんな感じでした。私の中では一大事ですけど、見ていただいたすべての人に具体的にわかることにはなっていないかもしれないです。でも、何かがあってそうなってるんだなっていうことはちゃんとわかってもらえるように創りたいなって思っています。

ーー今のところ(9/7現在)、稽古は順調ですか。

生田:そうですね。わりと始まってすぐな段階なんですけど。反応がいいっていうか、みんなが感じようとしている意識が強いので、ちょっとしたことでどんどん変わっていく。今回、みんなには、「その場で生きて喋ってくれ」っていうのを今まで以上に言ってて。リーディング公演(8月31日、仙台)が終わったあとに書き直してるんです。台詞自体ってわりとどうでもよくて、その台詞を喋っているときに何が起きてて、何が交換されてて、立っている世界はどうなっているの、っていうことが一番大事。そういう話をしながら創っているところです。

ーー大阪の俳優さん(河本久和さん)が参加されていますが、そのことで変化はありますか?

生田:今回、自分が書くにあたって変えなきゃいけない理由っていうのがあったんですけど、それでも一人ではどうしようもできないところってあるんですよ。いくら思い切って踏み込んでみたつもりでも、全然そうではなかったっていうことが、読んでみて明らかになったりとか、私まだ逃げてるな、とか思うところがあって、役者に台詞を喋ってもらって、もうちょっと行こう、もうちょっと行こうってちょっとずつ真に迫っていく作業を。それが、大阪という地域から乗り越えてきてもらったことによって、より深く掘り下げられてるところがありますね。舞台がボウリング場の隣にある食堂の2階の物置みたいなところで、そこに地元の人間が集まっていて、よそから来た人たちがあとから参加してくるような構造があるんですけど。集団自体はもはや目的を失っていて、個人的な思惑はあるけれど、集団としては機能していない。でもそこに集まってくることで、火花が散るような出来事とかがあって、その状況を脱却するっていうか乗り越えることができるっていうか。最初はそんなつもりなく書いてたんですけど、やっぱり自分が抱えた現状がその中に、劇団という閉鎖的な状況のなかで芝居を作っていてーー閉鎖的にしてるつもりはないんですけどーーその中でもお互いが持っているもので、わかっているつもりでもどうしようもなくなっているような部分とか、わかりすぎているがゆえに支えきれない部分ももっているとしたら、しかもそれが停滞してしまっていたりしたら、そこに外部の新しい人が加わってくることによって、なんとかしようって思えるっていうのが、期せずしてそういう構造になってしまいました。

外へ出て行く力

ーー札幌はどう見えてますか? 演劇シーンも含めて。

生田:すごく栄えているイメージがありますよ。都市としてもそうだし、規模も大きいじゃないですか。(演劇でいえば)みなさんすごく活躍されてるんじゃないかっていうイメージがあります。今回はそこに飛び込んでいくつもりで。

ーー仙台から積極的にいろんな土地に公演に行っていますよね。

生田:これはもう自分たちが続けていく理由の一つ。閉じこもっていられないんですよ、一回出ちゃったら。やっぱり外に出た方が面白いし、いろいろ見えてきたりわかったり…っていうほどわかったわけじゃないですけど(笑)、それでも、一回行っておしまい、じゃなくて、ある程度続けていけたらいいなって思ってます。そうやって「初めまして」から「どうもどうも」っていう関係を築いていく。そうなった時に、なかなか次に広げていけなかったっていうのが正直あるんですね。次にここ、次にここ、って開いていくのは物理的にすごく難しいことだったんですね。だから札幌、今回はすごくチャンスっていうか、また新しい出会いというか、広がりのチャンスだと思っています。

ーー近いんですけどね、仙台と札幌。

生田:なんで今までいかなかったんだろう、ってすごく思ってて。たぶん、海渡るので、それで道具の搬入どうしよう、とかね(笑)。あとは、ずっと仙台に住んでいて、東北の中ではわりと中心的な町というか、いろいろ集まってくる町なんですけど、北に行くにつれて、そういうところと距離があるっていう風な感覚があるじゃないですか。地域の独自性の色が濃くなっていく。ところが札幌って、海渡ってまた大都会でしょ。そのイメージがわからなかった。どんな町でどんな人が暮らしてて、っていう想像がつかなかったのかもしれないですね。以前、一度、来る機会があって、ああいい町だな、と思って、それから現実としてやれたらいいなって思って。ずいぶん前から公演の候補としてはあったんですけど、それを実際引き寄せたのは、行ってみてですね。

ーー今後、劇団として、目指すところはどこですか? 理想型といいますか。

生田:理想型は、自分たちがやりたいと思うことを、やりたいと思うスタイルでやり続けること。疲れてきたり体力がなくなったりして、じゃあ年に1本にしましょう、みたいなことは簡単に起こり得ることだと思うんですけど、でもうちはそれだとだめになっちゃうので。一番攻めの姿勢の人が瀧原(弘子)なんですよ。いいんじゃない行こうよ、おもしろいんじゃないやろうよ、って(笑)。私はいつもどちらかというと止めに入るんですけど、性格が点でバラバラなんで、お互いに足りないところを補い合っている。だから、誰かが無理をしすぎちゃって嫌になるのはまずいし、やりたいことを我慢するのも、結局集団としてうまくいかなくなる気がするし。今、すごく気兼ねないので。たとえば何かの都合で、今、こういう時期だねっていうのがわかっていれば、そんなに簡単にどうこうなるようなあれではないんですけど。

ーーバランスがいいですよね。3人とも雰囲気が似てるし。

生田:なんか、担当が決まっている感じ。

ーー最初からそうだったんですか?

生田:そんなことはなかったですよ。私と瀧原は付き合いが長いので、信頼関係があったっていうのがあって。そこに森(忠治/プロデューサー)さんが、自分の仕事としての今の地位というか、そういうのを展開しながらつかみ取っていったっていう感じです。やっていくなかで、やり方とかやりたいことも見つけていった。人は増やしていきたいんですけど、私たちやっていることが過酷すぎるんで。後から入ってきた人が私たちが10何年かかってやれるようになったことをやれるかっていったら厳しいと思うんですね。だからもうちょっと間口を広げて、いろんな関わり方でもいいよ、って受け入れられたらいいなって思っていて。ただガツガツやるだけじゃなくて、自分の折り合いがつくように。もちろん、作品創りには妥協はしないですけど、集団に参加するという意味でだったらそういう形を探していってもいいのかなって思ってます。

ーー次にやりたいことはどんなことでしょう。

生田:今は、(新作の稽古中なので)それを考えられないほど…、たぶん、森さんの中にはビジョンはあると思うんですけど。私は今、何も言われずに集中する状態を作ってもらってるところなので、普段だったら、3つ先くらいまで見ているんですけど、今はストップがかかってる感じがするよね。
森:あまり言ってない。
生田:そのくらいに私に余裕がない状況だと思われている(笑)。
森:余裕がないっていうか集中してるんです、今は。
生田:これが開けたらあるかもしれないけど。
森:開けたら言いますよ。決めなきゃいけないことあるし(笑)。



9月7日(日)、琴似のスープカレー店にて。
文:小室明子