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ぐうたら主婦の編み物日記  兼「思いつき書き逃げ処」です

この1ヵ月余りは、父の死を含めて色々と多忙でした。

実は6月27日に、父より先に義理伯母(父の亡き兄の妻)が逝去。
この伯母にはとてもお世話になっていたので、通夜・葬儀と参列し、

その後、3週間も経たぬうちに父の通夜・葬儀。
父方の親族は、立て続いて慌ただしかったと思います。

週末には伯母の四十九日法要にも出席予定です。

そして父は、明日5日が三七日、19日が五七日。
四十九日法要は30日なので…
あ、会食のお店を予約して、茶の子を準備しないと、
それから香典返しの手配も名簿を作って発注して…

市役所関連の手続きは、急ぎのものは終わりました。
電気水道なども、母名義、母の口座に全部変更済み。
生命保険関連の請求手続きも終えました。
他が時間を要する中、県民共済はすぐ振り込まれたのでびっくり。

あとは相続関連ですが…
決して金持ちでは無い我が家でも、不動産に預貯金に、
保険金の未払い部分に…とあり、
遺産分割協議書?!除籍謄本??原戸籍?
初めて聞く用語に戸惑いながらも、これも勉強です。

あ、前記事のタイトル「ありがとう」ですが、
父の葬儀の際、ずっといきものががりの「ありがとう」がオルゴールで
流れていて、それがとても心にしっくり来たのでつけてみました。
父は演歌で見送って欲しかったかもしれないけどね。

…実はこれらと並行して、
娘の方も、今、とても忙しい日々だったりします。

月末は筝曲部の方で、びわこ総文祭に出演し、メイン学年だったので
私達も滋賀まで応援に行ってきました。
本番は、とても良く弾けていて、みんな堂々としていたし、感動。
出演後は同じ学校の保護者のお母さんとロビーで興奮し、
ビデオ撮影禁止だったので、思わずその場でDVDを注文しました。

総文祭の開会式、秋篠宮さまと佳子さまもお見えになったそうで、
お目に掛かれなかったのは残念かな。
これは、京阪電車のラッピング電車です。

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大津は京都と近くなので、前日は京都に泊まって観光も。
まず父の菩提寺の総本山である、西本願寺に行って父を供養し、
その後はバスで二条城、四条でお昼、清水寺を回って(修学旅行?)
京都タワーに上って。

翌日は朝、東寺に立ち寄ってから、総文祭会場の大津へ移動。
とにかく暑いので疲れました。
それと、京都は外人観光客がとっても多いのですね〜;

さらにその翌日に、大学オープンキャンパスに付き添って福岡へ行き、
帰りに天神に立ち寄って帰りました。
実は娘は未だに、関東方面の某大学にあこがれ続けているのですが、
福岡も意外と都会なんだ、と驚いた様子。
でも肝心の大学は〜地元H大ばりにかなり辺鄙な場所に移転していて、
建物はピカピカなんだけど、ちょっとね…といった反応でした。

遠くへ行かせたくない親としては、地元以外ならここか
関西方面に望みをかけるか…なんですよね。

そうそう、九州新幹線の指定席って1列が4席でゆったりして良いですね。
同じ料金体系なのに、のぞみの指定より絶対お得かも。

娘は…と言うと、平日は午前中は学校の希望者補習、午後は部活、
そして、この週末は8日〜11日と、学習合宿でもみのき森林公園で
勉強漬けになります。
関西の某大学オープンキャンパスは、この合宿と日程が被るのよね。
結構他にも、行きたくても行けない所が多いです。
合同説明会も父葬儀と被ったり。高3の夏に行けば良いのだけど。

志望校を選ぶため、大学のパンフレットも次々我が家に届いています。
これから一年半、娘はかなり大変だなあ〜と思いますが、
本人が希望しているのだから、親は応援&サポートするしか無いのかな。

7月17日、午前5時32分。
台風11号の接近で暴風雨の最中を、父は旅立ちました。

私は前日、福山に見舞いに来た後、あと2〜3日と言われ、
一旦広島に帰宅したのですが、
深夜に再度、家族で車で駆けつけ、母と共に最期を見届けました。

3月半ばより、口から何も食べられなくなり、言葉も発せなかった父。
さぞ、辛い日々だったと思います。
病床に会いに行っても、手を握り、足や額をさすり、話しかけるだけで
実際、何もしてあげられなくて、もどかしい思いばかりでした。

M病院の当直の看護師さんは、とてもてきぱき対応してくださり、
早朝なのに、院長先生も父を丁重に見送ってくださいました。

葬儀社は、父が生前互助会に入っていたSにお世話になりました。
実は1ヵ月ほど前に、先に相談・見学に訪れていたので、
当日はスムーズに対応してくださり、助かりました。

父の本家近くにある、菩提寺(浄土真宗西)の御院さん(お坊さん)に
枕経(うちの宗派では臨終勤行と言うそう)をお願いし、
通夜は跡取りの息子さんに、葬儀は御院さん役僧さんにお願いしました。
葬儀は家族葬を…と言いつつ、親戚と大勢のご近所の方々にも
見送って戴き、父は安らかに旅立てたのではと思います。

菩提寺の親子は、葬儀が終わってからも、何度も実家に
顔を出してくださいます。
Sのスタッフの方も、日替わりで花を持ってこられます。
実家近くの知り合いの仏具店で仏壇や仏具類も手配し、
こちらもすぐに納品してくださいました。

さらに実家には、なお、弔問で来られる方が毎日おられ、
母は応対に忙しいのですが、むしろ寂しくなくて丁度良いのかな、と。

そんな母は、毎朝大きな音でお経のCDを掛けています。

それにしても。
父の死亡後の役所の手続き類、多いのですね。
私が主に書類を書いて、窓口を回っていますが、想像通り大変かも;

予め、もう余命いくばくと解っていたせいか、あまり涙は出ません。
これからじわじわと、父のことを思い出していくのかな。

週末は父の元に、大勢の人が来てくれました。
病院より「会わせたい人がいたら、今のうちに…」と言われ、
親戚に連絡を取った所、

まず、市内の父方のいとこ達3人がすぐ飛んで来てくれ、
さらに翌日、94歳の父の姉(私の伯母)の車イスを引いて、
親戚5人が会いに来てくれました。

父は6人きょうだいの末っ子(次男)で、伯母は長女になります。
最近は足を骨折して歩けなくなり、老人ホームに入居していますが、
まだまだ頭の方は元気でしっかりしています。
他のきょうだいは、三女は昨年、次女と長男は早くに亡くなり、
もう一人の姉(四女)はアルツハイマー末期で施設で療養中。

伯母は、15歳離れた一番末っ子の父までがこんな状態で、
まだわきゃあ(若い)のに、かやあそう(可哀想)じゃのう…と
私が春に会いに行った際も話していたので、
父の目が開いているうちに、姉弟で会えて良かった、と思います。

父は何も喋れませんが、伯母の事が解ったかな。

さらに週末は、東京の妹も帰省してきました。
仕事もあるので、昨日一旦帰りましたが、遠いのはやはり
こういう時は大変ですね。

私も土曜日には、娘を連れて行きました。
ちょうど学校が参観日、総会、学年懇談の日だったので、
珍しくクラブも委員会も無く、午前中で帰宅出来て幸いでした。
参観日に学校へ行ってから〜の私はむしろ疲れましたが。

その後、私は昨日、再び父の病院へ行きましたが、
週末よりも父は様態が悪くなり、発熱していました。
呼びかけても反応してくれないし。
妹や娘や伯母、親戚一同が来た時には、まだ安定していたので、
タイミング的にちょうど良かったのだなあと思います。

父は先週金曜日に、CVポートを設置しました。
右の首の付け根と胸部の2か所にカテーテルを設置。
ポート設置は上手く行ったようで、すぐに鼻チューブを外し、
中心静脈栄養(点滴)に切り替えられました。

抗生剤も投与して、熱の方も落ち着きました。

しかし、今度は血中酸素濃度(SPO2)が下がり、
土曜日の朝88まで下がったため、酸素マスクを付けました。
以後、92まで持ち直しましたが、濃度を1Lから0.5Lに替えると
再び90を切るといった具合で、マスクを外すのは難しそうです。

鼻にも酸素を入れる管を通しています。
肺の4分の1はもう呼吸していない、との事。

そして月曜日には、中心静脈用の輸液が消化しきれない為に
足の先がむくみ、やむなく輸液の量を減らすことになりました。
当初1日900ml入っていたので、500〜600mlにするそう。

さらに、利尿剤も投与。
しかし思うようにむくみは引きません。
そもそも、足首より上の脚、腕、胸などは痩せこけて骨ばかりの
状態なのに、むくみが酷い部分があるなんて…。

心電図の装置も設置されたままです。

こんな状態ですが、理学療法士さんがマッサージをしてくださり、
看護師さん達も体位変換や口腔・目などのケアをしてくださり、
褥瘡や傷の治らない部分にはラップを貼って見てくださっています。

お風呂はもう、頻繁には入れませんが、熱が下がっている時に
体を洗うだけの簡単な入浴をしてくださるようです。

今は、とにかくこまめに見守ってあげてください、と先生。
2日おきに通っていますが、さらに悪化したら実家に泊まろうか、
と考えています。

父はその後、再度肺炎を併発、
6月1日より8度〜7度後半の熱を繰り返しています。

CTを見ても、胸の白い部分が増えていました。
自分の唾液を飲み込んでは肺炎を広げている状態。

先週末より、経鼻栄養の量を減らし、流動液もより唾液の量を
抑えられる薄いものを1日600mlに減らしていますが、
消化器官がもはや栄養剤をあまり受け付けず、

かといって、末梢の点滴は手も足も使い切って、
今や点滴どころか、採血をするのにも苦労する状態。

M先生よりお話があり、結局、中心静脈栄養に切り替える
事にしました。
以前お話のあったIVH(高カロリー輸液投与)ではなく、
CVCという、CVポートを設置して血管を確保するが、
輸液は末梢点滴と同じ薄いものを使って、緩やかに…という
方法だそうです。

本当は、より自然に皮下点滴をお願いしようと考えていました。

でも、CVポート設置で血管を確保することで、栄養剤の他、
抗生剤が投与出来るので、
肺炎治療も少しは出来て、高熱を抑えられるなど、
父の苦しみを少しは和らげることが期待出来そうなので、
結局、中心静脈栄養法を決断した次第です。

父はこんな状態なのに、意外と穏やかな表情なのが救いです。
昨日は話かけても目も開けず、すやすや寝入っていました。
ただし、褥瘡は肘にまで出来て(腕が拘縮しているため)
病院スタッフの皆さんが気を付けて看てくださっていても、
それを上回る進行で、あちこちが悪くなっているのは否めません。

心電図の装置も取り付けられました。
酸素濃度の方は、まだ90台なので大丈夫です、との事。
CRP(炎症反応)の方は、昨日17台。一昨日は37だったので、
肺炎は相当酷いようです。

引き続き、まめに通って様子を見守っていこうと思います。

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