2018年09月26日

 interestingな、記事の紹介。いつものコピペーで恐縮。
 ただ、「明治維新」をめぐるハナシの一つとして位置づけたいので。

 中身は;
https://bizgate.nikkei.co.jp/article/DGXMZO3535812014092018000000?channel=DF200320183519
天下人たちのマネジメント術
「満州事変」石原莞爾は悲劇の将軍か 2018/9/18

 コメントその他は後日、他の関連部分とからめて。

koniyasu at 18:10コメント(0) 

2018年08月15日

最新の行動経済学が解く日米開戦の謎

https://bizgate.nikkei.co.jp/article/DGXMZO3403740010082018000000/?n_cid=TPRN0002

最新の行動経済学が解く日米開戦の謎
摂南大学・牧野邦昭准教授に聞く(上)
2018/8/13

 終戦から73年。日本が米国へ戦争を仕掛けたことは、21世紀を生きている我々には、非合理の極致としか映らない。しかし戦前の政官財のリーダーたちが、そろって愚かな精神主義者ばかりだったのではないだろう。日本の指導者は合理的研究に基づく敗北の予測を無視して、非合理な戦争を決めたわけではなかった。摂南大学の牧野邦昭准教授は新著「経済学者たちの日米開戦」(新潮選書)で、経済学や経済史学の最新研究を駆使し、開戦のナゾの解明に挑戦した。その内容は、現代企業の意思決定するときに多くのヒントを与えてくれそうだ。

 ■リーダー層の共通認識だった米国との経済力格差

――昭和期前半の将校らは軍国主義の考えにこり固まって大陸侵略に手を染め、国内外の客観的データなどは無視して太平洋戦争に突き進んでいったイメージがあります。戦前の日本社会では親の資力などに関係なく広範囲に、本人の能力のみによって選抜・訓練されたメンバーのはずなのですが。

 「軍部はこれからの戦争が一国全体の『総力戦』となることを意識して、経済のわかる人材を求めていました。特に陸軍省ではイデオロギーに関係なく、有沢広巳、中山伊知郎、蝋山政道各氏ら当時第一級の経済・政治学者を網羅した『陸軍省戦争経済研究班』を設けていました」

――秋丸次朗中佐が主催した通称「秋丸機関」ですね。日米の経済抗戦力の巨大な格差を指摘して、陸軍参謀本部のトップから調査結果は完璧だが結論が国策と反するとされ、焼却処分されたといわれていました。

 「ただ秋丸機関が刊行した報告書や基礎調査、翻訳は現在も比較的多く残っていました。秋丸機関のメンバーが調査データを利用して一般総合誌に寄稿したりしています。『国策に反するので焼却云々』というのは事実ではなかったようです」

 ――国家的なタブーではなかったのですか。

 「経済力の大きな米国を相手とする戦争が困難であること自体は、政府関係者も軍上層部も皆知っていたのです。秋丸機関の報告は経済学的にそれに精緻な裏付けをしたのです」
1
 ――戦争というリスクの高い選択が決定されたのはなぜでしょうか。

牧野邦明・摂南大教授

 「開戦すれば高い確率で日本が敗北、という指摘自体が『だからこそ低い確率に賭けてリスクを取っても開戦しなければならない』という意思決定の材料になってしまったと考えています」

■プロスペクト理論が教える非合理な行動

 「A 確実に3000円支払わなければならない

B 8割の確率で4000円支払わなければならないが2割の確率でゼロになる

とA・Bの選択肢があるとします。Bの期待値はマイナス4000×0.8=マイナス3200円ですが、実際にはBを選ぶ人が多いことが実験結果で分かっています。人間は損失を被る場合にはリスク愛好的な行動を取るのです」

 ――経済学は人間が合理的に行動することを前提にしています。しかし自分では合理的に考えているつもりでも現実は非合理的な行動を取ることがあるわけですね。

 「最近急速に発展している行動経済学の『プロスペクト理論』で説明できます。通常の経済学が財の所有量に応じて効用が高まると仮定するのに対し、プロスペクト理論はある水準からの財の変化量に注目します」

 「人間は現在所有している財が1単位増加する場合と1単位減少する場合では、減少の方に重きを置いて、少しでも損失を小さくすることを望みます。低い確率であってもBの方に魅力を感じるのです」

 「プロスペクト理論では客観的な確率がそのまま人間の主観的な確率とはならず、心の中で重みづけされると考えます。当選確率は極めて低いのに多くの人が宝くじを買うといったケースです。プリンストン大のカーネマン教授はプロスペクト理論などの研究で2002年のノーベル経済学賞を受賞しました」
2
 ――当時の日本の状況に当てはめると

 A 開戦しない場合。2、3年後は国力を失い戦わずして米国に屈服する

 B 開戦した場合。非常に高い確率で敗北。しかし極めて低い確率ながらドイツが勝利し、日本も東南アジアを占領して英国が屈服すれば、米国は交戦意欲を失って講和するかもしれない――となりますね。

 「秋丸機関以外の多くの研究でもA・Bが日本の選択肢と指摘されていました。合理的に考えればAですが、それぞれの内容が明らかになればなるほど『現状維持よりも開戦した方がわずかながらでも可能性がある』というリスク愛好的な選択の材料になってしまうのです」

■社会心理学が示す「リスキーシフト」

「経済学者たちの日米開戦」(新潮選書)

 ――当時の陸軍省軍務課の中佐は「戦をやれば不可能ではないと感じた。もちろん苦しいと思った。誰も同じだっただろう」と回想しています。

 「社会心理学上の原因も見逃せません。集団意思決定の状態では個人が行うよりも結論が極端になることが明らかになっています。慎重な人たちではより慎重な選択が、リスクを厭わない人たちの間ではますます危険な方向の選択が行われます。集団成員の平均より極端な方向に意見が偏る『集団極化』が起きます」

 ――政府・軍首脳らの「御前会議」では陸軍の参謀本部や海軍の軍令部は期限つき外交交渉と打ち切り後の開戦を強く主張していました。

 「他者と比較して極端な立場を表明することが、他のメンバーの印象を善くして注意を引く、集団の中での存在感を高められると考えるのです。集団規範や価値に合致する議論が自然と多くなって集団構成員が説得されてしまうことも社会心理学で指摘されています」

 ――東条英機内閣でも、当初は慎重派とみられていた嶋田繁太郎・海軍大臣や鈴木貞一・企画院総裁は開戦論へ意見を変えていきました。

 「『個人』の状態でもプロスペクト理論でリスクの高い選択が行われやすい状況でした。そうした面々が集団で意思決定すれば、リスキーシフトが起き、極めて低い確率でも開戦の可能性にかけてみようという選択肢が選ばれてしまったといえます」
3
■正しい情報と判断力があっても……

 ――逆説的になりますが、1人のワンマン経営者であればリスキーシフトの危険は避けられることになりますね。

 「戦時中のスペインがそうでした。独裁者のフランコ将軍は、独による英本土侵攻作戦が失敗した後は、いくらヒトラーが要求しても対英開戦を拒否し続けました。戦後に『冷戦』が始まると、米英側からスペインに接近しました」

 ――日本もスペインのような形で戦わない方が良かったのですね。

 「戦後の吉田茂首相が外務省に作成を指示した外交検証文書では、親枢軸国でありながら中立を維持し、冷戦によって米国と関係改善する選択肢にも言及されています。隠忍自重した方が、チャンスがより合理的だったというものです」

 「しかし戦前の日本は天皇、政府、陸軍、海軍、重臣、議会と多元的な勢力が林立する政治体制でした。集団意志決定にならざるを得ませんでした。ある有力な外務省OBは日本がスペインにようになれたとすれば『内戦またはそれに近い変動を経て全軍・全政治勢力を統括しうる独裁的指導者を持ったときのみ』と指摘しています」

 ――対米世論の硬化も影響したのではないですか。組閣時の東条首相が、陸相とともに内務大臣も兼任したのは、全国の警察を掌握して米国との非戦に決まった場合の混乱に備えたからだといいます。激高した世論が起こすであろう騒擾(そうじょう)状態を予想していました。

 「昭和天皇も、米国にむざむざ屈服すれば世論が沸騰しクーデターが起きる恐れを懸念していました。こうした中で、開戦を回避することは国力低下を確定させてしまうため選ばれず、静岡県立大の森山優教授の言葉を借りれば、将来どうなるか分からないにもかかわらず、ではなく、どうなるか分からないからこそ、指導者は開戦に合意できたのです」

 ――東条首相は退陣後も「開戦の可否に関しては今でも日本はあれより進む道がなかったと信じている」と主張していました。ただ個々の戦略は反省すべき点が多かったと述べていました。

 「米国との戦争は、根本的に戦略で解決できる問題ではありませんでした。典型例がゲーム理論の分析などでよく使われる43年のビスマルク海戦です」

 「日本の輸送船団を護衛してどのルートを通過すべきか、陸海軍で激論になりました。しかし結果は最善と考えられたルートを選んだにもかかわらず、圧倒的な米軍の空軍力によって壊滅させられました。戦略の適否が勝敗に結びつくのは、両者の力がかなり拮抗したケースです。戦略を考えるのは重要ですが、実際には戦略の判断材料である数字を改善した方が良いのです」

 ――日米開戦に至る歴史から現在の我々が学べることは何でしょうか。

 「東北学院大の河西晃祐教授の言葉を借りれば、日本の国力を過信していたわけでも米国の国力を過小評価していたわけでもない指導者らによって戦争が選択されました。正しい情報と判断力があれば戦争が回避できるとは限りません。付け加えるならばそれがどんな知的エリートであっても、です」

(聞き手は松本治人)
4
https://bizgate.nikkei.co.jp/article/DGXMZO3397215008082018000000?channel=DF200320183519

イベントガイド

特集

天下人たちのマネジメント術

日本海軍、論理的に選択した致命的ミス

2018/8/10


 1945年の太平洋戦争終結から、平成最後の夏となる、この8月で73年を経た。現在でも残る疑問のひとつは、明らかな国力差にも関わらず、なぜ当時の指導者層が日米戦に踏み切ったかだ。陸軍の暴走に政府、海軍、宮中、さらに世論までが引きずられていったかのようにも映る。しかし早期開戦を主張し続けたのは、実は海軍主流派だった。

■大臣・総長・司令長官を歴任したエリート

 森山優・静岡県立大教授は「昭和史講義 軍人編」(ちくま新書)の中で、海軍主流派の行動は「それなりに論理的整合性が高い」と分析する。それがなぜ「全海軍を失う結果」(森山教授)に終わったのか。海軍の挫折は、急変する経営環境に対応していかなければならない現代企業にも、多くの教訓を与えてくれそうだ。

 真珠湾攻撃の山本五十六・連合艦隊司令長官や終戦時の米内光政海相に比べ知名度は劣るものの、海軍で主流派中の主流といえば永野修身(1880~1947)軍令部総長の右に出る軍人はいない。海軍における最高ポストは軍令部総長(統帥)、海軍大臣(軍政)、連合艦隊司令長官(艦隊)の3つ。森山教授は「70年を越える海軍の歴史で3ポストを歴任したのは永野だけ」と指摘する。昭和期に皇族を除いて唯一、生前に元帥にまで昇進したエリート中のエリートだ。

 屈託がなくて侠気があり、秀才型官僚軍人とは一線を画していたという。頭脳明晰(めいせき)で「自称天才居士」と言われるほどの自信家でもあった。海軍兵学校長時代には改革派として「従来の一方通行の暗記型から自学自習を旨とする米国流のダルトン・プランを導入した」(森山教授)。その永野が41年4月に軍令部総長に就任すると、海軍中堅層とともに対米開戦派の中核となった。

 当時の第2次近衛文麿内閣は37年から始まった日中戦争が長期化し、中国に同情的な米国との関係も悪化していた。41年6月には独ソ戦が開始。7月には第3次近衛内閣を発足させて対米関係の改善に取り組むが、同月の仏領インドシナ南部進駐が米国の反発を呼び、8月の全面禁輸を招いてしまった。森山氏は「「米国の大きな反発はないと思って進駐を進めた陸海軍の軍人のほとんどが、米国の強硬姿勢に驚愕(きょうがく)した」と指摘する。
1
■「戦機は今、3年後は不明」

対米開戦までの歴史を研究した森山優・静岡県立大教授

 永野は昭和天皇に対米早期開戦を進言した。これは及川古志郎海相ら他の海軍首脳部にとって予想外のハプニングだった。それまで陸軍がソ連(当時)を、海軍は米国を仮想敵国として軍需予算を獲得してきたが「対米戦、とくに長期戦を戦う実力がないことは海軍首脳部や戦備の実態を把握している現場の将官たちの共通認識だった」と森山教授。さらに日米交渉における一番のポイントは中国本土からの撤兵問題だ。森山教授は「撤兵問題で日米が戦うのは愚かなことだという考えで海軍は一致していた」と言う。

 永野はなぜ早期開戦を主張したのか。米国から石油の供給が止まれば平和時2年、戦時1年半しか貯蔵がないため「日米間の軍事力の差が広がる前の有利なうちに、戦争した方がよいという考えだった」(森山教授)。

 昭和天皇から日本海海戦のような大勝利は難しいであろうと尋ねられると、永野は「勝ち得るや否やもおぼつかなし」と答えて天皇を驚かせたという。天皇側近の木戸幸一内大臣らは「あまりに単純」「捨てばちの戦い」と冷淡に批評した。多くの指導者層が木戸と同じく永野の主張を聞き流した。

 当時の日本は宮中、内閣、陸海軍らがそれぞれに組織利害を主張する分権的な政治体制だった。対米戦までの約1年半で、実に10回もの「国策要綱」が策定されている。激動する国際情勢に臨機応変に対応しようとしていたとみることもできるが「両論併記と決定を先送りする『非決定』が行われていた」と森山教授は分析する。

 日米首脳会談での解決に望みをかけていた近衛首相は米国側の会談拒否にあい、10月に退陣。代わった東条英機内閣は、昭和天皇の意をくんで外交と戦争準備を並行させる方針をいったんは白紙還元したが、結局は外交を打ち切って戦争へ向かっていった。

 永野は重要な会議で「戦機は今、3年後は不明」「英米を屈服させる手段は無い。結局は国際情勢の変化と国民の精神力による」などと繰り返した。海軍自体も艦隊がすぐに戦争できるように「出師準備」を8月に開始した。
2
■全くブレなかった永野の早期開戦論

 東条内閣の賀屋興宣蔵相は、このまま事態が推移すればどうなるかについて永野に執拗に問いただしたという。もし3年後に米軍が来攻して来なければ、日本は全く無意味な戦争に自ら飛び込むことになる。

日本近代史研究の最新成果を網羅した「昭和史講義 軍人編」(ちくま新書)

 しかし永野の回答は、米国が攻めてくるかどうかは不明だが、直ちに戦争に踏み切って地盤を取っておいた方が3年後に攻めるより容易だ、というものだった。当初は「あまりに単純」と冷眼視されていた永野の主張が、結果的に指導者間で大勢を占めるようになった。森山教授は「どうなるか分からないにも関わらず、ではなく、将来どうなるか分からないからこそ、指導者たちは合意できた」としている。

 「永野の対米戦に関する主張は7月から全くブレていない」と森山教授。それは開戦自体が目的として追求されたからではなかった。森山教授は「戦争以外の選択では起こるかもしれない困難を避けるたけに、やむを得ず選ばれた性格が強かった」と結論する。

 永野自身が第一に避けようとしたのは海軍がメンツを失うことだった。対米戦に自信なしと正直に告白すれば、海軍そのものが存在意義を失う。しかし無論勝てるとも思えない。森山教授は「この状況を切り抜ける絶妙な言い回しが『戦機は今、3年後不明』だった」としている。

 結果責任を海軍だけで負わないように、永野は開戦か臥薪嘗胆(がしんしょうたん)かの最終選択を東条内閣に任せた。「政府一任」である。軍は政治に従うべきという「サイレント・ネイビー」の伝統に従った反面「明治憲法下で定められた、天皇に対する統帥部の軍事的な補佐責任を放棄したことにもつながった」(森山教授)。1人の人間に正反対の役割を期待するという、当時の組織文化の限界を示した形だ。
3
■論理的に対応するも大局を見失う

 永野は、もちろん戦機の喪失も避けたかった。時間の経過は太平洋圏における英米の軍備充実と自軍の石油の減少を意味した。陸軍との抜き差しならぬ衝突や、反米世論に押されての一種の内乱状況も避けたかった。それらへの対応が大局を見失う結果になった。

 自らの所属する部門が、3年後には無意味になると自らリストラを言い出せる組織人は、恐らく現代でもいないだろう。海軍のメンツを潰さずに、宮中や陸軍に真意を伝える政治的テクニックはなかったのだろうか。しかし予算面などで組織的利害を賭けてしのぎを削りあってきた陸軍指導層は、海軍の窮地を察する心境からは、ほど遠かった。

 陸軍にとって対米戦は第一義に海軍の戦争、隣の部署の重要案件だった。だから日米交渉での譲歩を、頑強に拒否し続けられたといえる。海軍にとって中国からの撤兵問題が、陸軍の戦争だったのと同じ構図だ。「陸軍が対米開戦を自らの問題ととらえ、海軍も中国撤兵問題を他人事と等閑視しなければ違った展開になっていたかもしれない」と森山教授は指摘する。

 もし開戦の決定が半年でも後ズレしていたら日米戦争は起こらなかっただろう。実際枢軸国側のスペインは、独による英本土上陸作戦が失敗したことを見届けた後は、ヒトラーが何度催促しても連合国側との戦争を拒否し続けて戦後を迎えた。42年半ばには独ソ戦の天王山「スターリングランドの戦い」も結末が見え始めていた。日本単独で米英ソらと戦争する決断は下せなかっただろう。

 ただ永野が最も恐れたのは石油が枯渇した段階で、米国と戦わずして軍門に下ることだっただろう。永野が「よく勉強している」と信頼していた中堅幹部の1人は「米国の東洋侵略は必至と思い込んでいた」という。永野も同じで「あり得ないものにおびえてしまった」(森山教授)。

 永野は米ハーバード大に留学し、在米大使館にも勤務、軍縮交渉にも参加した。それらのキャリアは重大局面を前にしたとき役立たなかった。表面上は知米派でも、実際の判断を助けとなるほどには米国の本質や動向を把握しきれていなかったのだろう。森山教授は「自分の経験した範囲内でしか将来を想像できなかったことが、致命的な判断ミスにつながった」としている。
(松本治人)




koniyasu at 10:00コメント(0) 

2018年08月08日

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO33828690V00C18A8MM8000/?n_cid=SPTMG053
スタートアップ大競争 変わるかニッポン(1) 東大エリートの変心 国造り、政策より事業
2018/8/6付日本経済新聞 朝刊

 「代表取締役医師」という肩書を持つ男がいる。

 オンライン診療のメドレー(東京・港)の豊田剛一郎・共同代表(34)。東京大学医学部を卒業後、脳外科医として都内の中核病院で働いた。当直勤務が月13回の激務。「このままでは現場がつぶれてしまう」と思ったが、医療の仕組みは「行政だけではなかなか変えられないこともある」。

 悩んでいたある日、小学校時代の友人が運営するメドレーの存在を知る。「テクノロジーの力…

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO33865860W8A800C1MM8000/?n_cid=SPTMG053
スタートアップ大競争 変わるかニッポン(2) 日本を捨てる 脱ムラ社会で起業
2018/8/7付日本経済新聞 朝刊

 「リスクが高い」「同じような企業が失敗している」――。連続起業家の加藤崇氏(39)には、ほろ苦い思い出がある。2012年に研究者とともにヒト型ロボット開発のSCHAFT(シャフト)を創業。資金調達の交渉に動いても国内投資家から相手にされなかった。

 シャフトに目を付けたのは太平洋を挟んだ米西海岸のグーグル。13年にシャフトをグーグルに売却した加藤氏が次の起業の拠点として日本をあきらめ、米国を選んだ…

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO33935610Y8A800C1MM8000/
アトツギ」創業 眠れる宝、身近に
スタートアップ大競争 変わるかニッポン(3)
スタートアップ大競争 スタートアップ
2018/8/8 0:27日本経済新聞 電子版

 小説「下町ロケット」を地で行くスーパー町工場集団がある。世界の名だたるメーカーが顧客の由紀精密(神奈川県茅ケ崎市)。大坪正人社長(43)が描く夢は壮大だ。

 家業の金属加工会社の3代目社長に就いたのが2013年。すぐに薄利多売の自動車向けから競合が少ない航空・宇宙産業へ参入した。18年9月期の売上高は前期比2割増の約5億円、10年前の3倍強の見込みだ。

 家業を立て直した大坪氏は17年、由紀ホールデ…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO33979900Z00C18A8MM8000/
ママは起業家 「非主流」が突破口に
スタートアップ大競争 変わるかニッポン(4)
スタートアップ大競争 スタートアップ 2018/8/9 0:14日本経済新聞 電子版

 「僕の人生は69歳からスタートした」。リチウムイオン電池開発・製造のエリーパワーの吉田博一社長(80)は振り返る。

 旧住友銀行(現三井住友銀行)で副頭取まで務めた。65歳を迎え、「自分はまだやりきっていない」という思いが頭をもたげた。

 そんな時に出合ったのが母校・慶応義塾大学で進んでいた電気自動車開発プロジェクト。ネックが安全で安いリチウムイオン電池の開発と知った。大手電池メーカーは及び腰だった…

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
https://www.nikkei.com/article/DGXKZO34002030Z00C18A8KE8000/
資本主義の未来(5)日本型制度の強み生かせ
S・ヴォーゲル カリフォルニア大学バークレー校教授
経済教室 コラム(経済・政治) 2018/8/10付日本経済新聞 朝刊
ポイント
○規制の削減より適切な市場の設計が重要
○協調的労使関係や利害関係者重視が強み
○日本は米国型の株主重視モデルまねるな

 安倍政権の経済政策「アベノミクス」に関する通説は、特に外国の報道では、最初の2本の矢、すなわち金融緩和と財政出動には成功したが、3番目の構造改革は政治的な制約により行き詰まっているというものだ。そして日本政府がそうした制約を克服し大幅な規制緩和を実行できるなら、日本経済は活力…


koniyasu at 09:31コメント(0) 

2018年07月17日

https://mainichi.jp/articles/20171219/ddm/012/040/138000c?inb=ys
毎日新聞

神社界は超格差社会 年収300万円未満が6割超
毎日新聞2017年12月19日 東京朝刊


 東京都江東区の神社「富岡八幡宮」で7日夜に起きた殺傷事件は、宮司職を巡るトラブルが背景にあったとされる。神社は初詣などで身近な存在だが、宮司はどう決まり、神社の運営の実態はどうなっているのか。【福永方人、岸達也】

 全国に散らばる神社の正確な数は、実は不明だ。全国約7万9000社を傘下に収める宗教法人神社本庁は、神職の常駐しない小さなお宮なども含めて10万社程度と推計。15万社を超えるとの説もある。全国に約5万5000軒あるとされるコンビニ店より多い。

 その神社本庁は、皇室の祖神・天照大神(あまてらすおおみかみ)を祭る三重県の伊勢神宮を最も尊い神社として仰ぐ。傘下の神社は伊勢神宮のお札を配り、その収益を伊勢神宮に納める。神社と本庁の関係は、店舗がブランド商品の提供を受けて本部にロイヤルティーを上納するコンビニチェーンを想起させる。ただし神社本庁は神社の宮司を任命する権限を持つ。同庁の人事委員会は、神社側の推薦を受けて宮司に任命するかを協議する。

 同庁は由緒や規模などで約350社を特別の神社に指定。富岡八幡宮もその一つだったが、殺害された富岡長子宮司(58)の就任を同庁が認めず、9月に離脱していた。大分県の宇佐神宮や石川県の気多(けた)大社では、宮司人事などで同庁側と対立し、訴訟に発展した。

 栃木県の日光東照宮や京都市の伏見稲荷大社など傘下に入らない有名神社もある。東京都の明治神宮は参拝式の案内状で天皇、皇后両陛下を「両殿下」と誤記したのを契機に同庁とトラブルになり、2004年に離脱したが10年に復帰した。

 宗教学者で作家の島田裕巳さんは「神社本庁に人事権を握られるなど傘下の神社はしがらみが多い。離脱できるならよいが、過疎地の小さな神社は神職の確保などで頼らざるを得ない」と話す。

 神社の収入源は主にさい銭や祈とう料で、駐車場を経営するところも。多くは人口減少を背景に担い手不足や資金難にあえぐ。

 神社本庁が全国の傘下の神社を対象に昨年実施したアンケートによると、年間収入が1億円以上の神社は2%前後にとどまる一方、300万円未満が6割を超えている。宮司の後継者がいる神社も6割強にとどまる。

 過疎地では兼業宮司や複数の神社の宮司兼務も珍しくない。40年までに神社の約4割が消滅しかねないとの試算もある。雑誌「宗教問題」編集長の小川寛大(かんだい)さんは「神社界は超格差社会。宮司は一部を除きもうからない」と話す。

 近年はツイッターなどで情報発信する神社もある。広島県内の神社の宮司で神職の養成に携わる奈良泰秀(たいしゅう)さんは「生き残るには神社本庁任せではなく、人が集まる祭りをつくるなど自ら工夫していく必要がある」と話す。

<コメントは他日>

koniyasu at 22:38コメント(0) 

2018年04月03日

高い「離檀料」檀家が困惑
墓じまい・改葬時1000万円要求も 法的義務なし、トラブル増

2018/4/3付日本経済新聞 夕刊

 お墓を移したり、「墓じまい」をしたりする際、寺院から「離檀料」として高額のお布施を要求されるトラブルが増えている。数百万〜1千万円を要求されるケースもあり、「支払う意味が分からない」などと困惑する檀家も。法的な支払い義務はなく、国民生活センターは「不当な請求に応じる必要はない。寺院側と話し合ってほしい」と呼びかけている。

 「離檀料として1千万円を支払えと言われた」。寺院の事情に詳しい第一生命経済

 「檀家制度」というのはたしか、徳川時代に出来た制度だったのでは?
 キリシタン弾圧、目的は徳川家の支配の永続化のため、手段は、日本の神より上にある○○を否定するために、キリスト教信仰者を把握するため、どこかの寺院に所属させる、それが檀家せいどだったのでは?

 徳川の時代は当の昔に崩壊しているのに、まだ檀家制度が生きてるなんて?

 また、リバイスあるべし・・

koniyasu at 23:15コメント(3) 

2017年04月22日

 以下の書について、私の印象は後日・・取りあえずコピー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
http://www.wjwn.org/views/article.php?NUM=V-0211
WJWNトップページ >
VIEWS >
2007年冬号(第08号) >
「Mirror for Americans: Japan(アメリカの鏡・日本)」:ヘレン・ミアーズ著

VIEWS

私の本棚

「Mirror for Americans: Japan(アメリカの鏡・日本)」:ヘレン・ミアーズ著:VIEWS 2007年冬号(第08号)掲載

ワイルス 蓉子(Wiles, Yoko)




「70%の日本人が東京裁判を知らない」という日本の新聞記事を読み、日本全土を焦土にし、多くの国民の運命を変えた戦争が、もう歴史のなかでも語られることがなくなったのかと落ち込んだ。そのとき、友達から「ワイルスさん、この本をお読みください。戦争体験者の貴女でしたら、いろいろ感想がおありでしょう。」と渡されたのが、この本である。これがアメリカで出版されたのは1948年(昭和23年)で、日本はまだアメリカ軍の占領下であった。翻訳家の原桃代氏が、著者ヘレン・ミアーズ氏より原著の寄贈をうけ、日本での翻訳出版の許可を得た。しかし、占領下の日本では、この本の出版に対して連合国総司令部(GHQ)の許可を得なければならなかった。そして、翻訳出版は許可されなかった。1951年(昭和26年)、サンフランシスコにおいて日米講和会議が開かれ、ソ連を除く連合国と日本が講和条約に署名した。連合国軍による占領は終了し、日本は再び独立国になった。そして1953年、原氏は「アメリカの反省」と題して、この本の翻訳を出版することが出来た。しかし、なぜか当時はあまり注目されなかったとのことである。

ヘレン・ミアーズ氏は、メリーランド州のガウチャー女子大学卒業後、1925年に友人の誘いで中国の京北に一年間ほど滞在し、その間、日本を訪れた。帰国後、ジャーナリストとして活躍し、結婚したが、3年後に離婚した。そして、1935年に再び訪日し、一年間、日本の庶民の生活習慣から神道まで学んだ。1936年、フォーチュン誌の「日本特集」の編集長となり、日本専門家として全米の注目を集めた。戦時中、彼女はミシガン大学やノースウェスタン大学の陸軍省の占領地政策講座で講義し、日本占領に備える要員の養成に携わった。終戦翌年の1946年2月、連合国総司令部(GHQ)に設置された労働局諮問委員会の11人のメンバーの一人として来日し、労働組合法等の策定に参加した。帰国後1948年、GHQの内部情報に基づいて書かれたのがこの著書である。

この本は2005年5月、毎日新聞ジュネーブ支局長、パリ支局長、学芸部長、出版局次長、英文局長を歴任された伊藤延司氏の訳によって出版された。伊藤氏によると、1993年暮れ、アイネックス社長の白子英城氏から知人を通じ、「かつてマッカーサーが日本での出版を禁じた本があるのだが、どんな内容か読んでみてほしい」と依頼されたことが、この訳書が再び世に出る端緒となったとのことである。白子氏は近代・現代史に興味をもち、独学されているビジネスマンだ。同氏が近代・現代史に興味を抱くようになったのは、いまだに解き得ない疑問があったからだそうだ。それは、日本が戦争を始めた理由は、「日本は侵略者だった」という単純なことだったのであろうかという疑問であった。白子氏がこの疑問をアメリカにいる友人に話したとき、友人が教えてくれたのがこの本だったのである。しかし、すでに絶版になっていたため、アメリカの古書探しの専門機関に依頼し、ようやく入手したのが1993年とのことである。白子氏の手元に届いたのは奇しくも12月8日、日本海軍が52年前に真珠湾を攻撃した日だった。

ミアーズ氏は、1931年に起こった満州事変(筆者注:当時、中国東北地区には“緑林”と呼ばれる匪賊が割拠していた。日本は匪賊を討伐して東北地区の安定をはかるという理由で派兵した)にさかのぼって、「日本だけが果たして侵略国だったのか」と疑問を投じている。民主主義諸国がアジアにおける不平等条約と治外法権を破棄しなかったため、日本の中国東北地区(満州)への進出を強く止められなかったのだと指摘している。改めて当時のアジア地図を見ると、フィリピンはアメリカ、インドネシアはオランダ、インドシナ(ベトナム、ラオス、カンボジア)はフランス、韓国と台湾は日本の殖民地だった。そして、パキスタン、インド、ビルマ、シンガポール、ボルネオ、マレーシア、香港は全て英国の植民地であった。実際、東南アジアでの唯一の独立国は、昔から王制のある泰国(タイ)だけだった。日本は1932年、清朝最後の皇帝、宣統帝溥儀を擁して、中国東北地区に満州国を設立した。中国(当時は支那とよばれていた)は国際連盟に「日本の侵略」として提訴した。国際連盟から派遣された調査団は、「これは明らかに日本の中国に対する侵略であり、満州国を承認することを認めてはならない」という報告書を提出した。アジアにおける自国の権益は絶対に放さない欧米諸国が、日本を侵略国と非難したのである。日本は国際連盟を脱退した。それから、欧米諸国の日本に対する経済封鎖は厳しくなった。ミアーズ氏は、「日本を侵略国と批判する欧米諸国も同罪である」と批判している。まさにその通りで、日本も欧米諸国と同じように侵略国だったのである。アメリカの日本占領政策を批判しているこの著書を、日本のアジア侵略の免罪符にしてはならないと思う。ここで特に述べたいのは、私が子どものときに住む機会があった満州国は、決して当時のスローガンのような『五族協和、王道楽土』の土地ではなかった。満州国は明らかに日本の権益のみを目的に建てられた国であった。この著書を日本のアジア諸国に対する侵略の免罪符にしてはならないと思う。

彼女は連合国の占領政策も厳しく批判している。言論、宗教、思想の自由を掲げる民主主義国家のアメリカが、日本の神道、天皇崇拝、民族感情等、日本の古来の宗教や文化伝統を徹底的に否定したのである。自国の兵士は英雄として扱い、日本の帰還兵を賤民として扱い、如何なる援助も許さなかった。「日本の歴史は国家主義的側面と嘘の歴史を教えているから、連合軍総司令部の検閲下で新しい教科書が出来るまでは、歴史、地理、道徳の授業をいっさい中断するよう命じた」とも記している。軍国主義からの解放と唱えて、財閥解体、学制改革、農地改革、軍隊解体、議会制度改革、華族・貴族の廃止等々、日本の旧制度は徹底的に解体された。そこには軍国主義からの解放を唱えながら、民主主義とキリスト教以外は認めないアメリカの占領国に対する厳しい姿勢が見える。このようなことを率直に批判されたのでは、連合軍総司令官のマッカーサー元帥が日本での出版を禁じたのは当然と頷ける。そして、この著書がアメリカで出版されたのが、日本がまだ占領下にあった1948年であったことを考えると、ミアーズ氏の勇気に感歎するのみだ。

「何の罪もない現地の人々が、米軍と日本軍の戦闘に巻き込まれて、耐えようのない強大な暴力の犠牲になっていた。私たちは『解放』という行為の中で、彼らの家を、村を、土地を、生活手段を破壊し、かれらの故郷を見るも無残に廃墟にした。」この著書のこの記述を現在のイラクの状況と重ね合わせてみると、まさに『歴史は繰り返す』 と痛感する。そして、アメリカでは、参戦経験がない人たちによってイラク戦争が始められた。日本では、戦争体験のない人たちが、イラク戦争を支持した。厳しい言葉かもしれないが、如何なる大義名分を掲げようと、防衛でない戦争は破壊行為以外の何ものでもない。「戦争」の恐ろしさと、歴史を学ぶことの大切さを改めて教えられる本だと思う。

著者紹介

ワイルス 蓉子(Wiles, Yoko)

在米日本大使館の大使秘書室に25年間勤務。退職後は、現地の日系人を対象にしたニュース・レターを発行し、その編集に携わる。1986年から1994年までの8年間、「老壮の支」にアメリカ通信を執筆。著書に「知らざるアメリカ」(日常出版)、「日々のアメリカ」(朝日新聞社出版局)、「アメリカ首都圏の日本女性」(新風舎)がある。


koniyasu at 16:03コメント(0)トラックバック(0) 

2016年12月31日

ただのコピペだが、ジャパノロとしては見過ごせない記事であるので紹介したい

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161230-00000048-jij-soci

年末風物詩、受難の時代=除夜の鐘に苦情、餅つき中止―「共同体弱まる」懸念も

時事通信 12/30(金) 14:45配信

年末風物詩、受難の時代=除夜の鐘に苦情、餅つき中止―「共同体弱まる」懸念も


ノロウイルスの流行を受け、マスクや手袋を着用して餅をつく神職ら=27日、甲府市の武田神社


 年末の風物詩となっている除夜の鐘や餅つきが、騒音を訴える苦情や流行するノロウイルス感染への不安から中止される例が相次いでいる。

〔写真特集〕にっぽんの風景〜春夏秋冬〜

 伝統文化として継続を願う声も多く、専門家は「共同体の足腰が弱るのでは」と懸念している。

 大みそかの深夜、人間の煩悩の数とされる108回打ち鳴らされる除夜の鐘。東京都小金井市の千手院では、敷地内の保育園の建て替えで釣り鐘の場所を移したところ苦情が相次ぎ、2012年に中止を決めた。住職の足利正尊さん(41)は「園児の情操教育にも良いと思っていたが、住民の声は無視できない。悲しいね」と声を落とした。

 静岡県牧之原市の大澤寺も同様の理由で12年間やめていたが、夕方に終わるよう時間を早めた「除夕の鐘」としておととし再開。住職の今井一光さん(58)は「苦肉の策だが、参拝客も増えてかえってよかった」と前向きだ。群馬県桐生市や三重県亀山市にも、昼間に行っている寺がある。

 鏡餅などを作るために行う餅つきも中止が相次ぐ。食中毒対策で手袋を着用するなどの動きは以前からあったが、流行するノロウイルスへの懸念が拍車を掛けた形だ。

 川崎市の武蔵小杉駅前通り商店街は、20年前から続く餅つき大会を今年は中止した。事務局を務める荒川陽子さん(39)は「衛生対策が間に合わなかった。みんな楽しみにしていたがやむを得ない」と残念がる。

 子供たちの体験にとどめ、ついた餅をその場で食べない所も。東京都町田市の小川自治会では、昨年からつきたてをきな粉餅などにせず、持ち帰って加熱して食べるよう呼び掛けている。

 甲府市の武田神社でも今月27日、神前に供えるために餅つきをしたが、参拝客に振る舞うのをやめ、神職もマスクや手袋を着用した。権禰宜(ごんねぎ)の関宣隆さん(54)は「これまでのようにできないのは残念。神事なので、できるだけ変えずに対策を取った」と説明した。

 日本文化に詳しい東京大大学院教授のロバート・キャンベルさんは、「餅つきも除夜の鐘も生きるために不可欠ではないが、潤いのある豊かな生活を支えている。中止する前にできることを考えるべきだ。鐘の音が届く範囲には、何かあったときに支え合う緩やかな共同体がある。やめることでその足腰が弱くなるのではないか」と話した。 

最終更新:12/30(金) 15:40


koniyasu at 23:14コメント(0)トラックバック(0) 

2016年08月09日

http://www.mag2.com/p/money/12814
マネーボイス
「天皇制国家」と日本会議〜現代日本人を虜にする国家神道的メンタリティ=高島康司
2016年5月22日 ビジネス・ライフ

今回は、いま我が国で復活しつつある国家神道的なメンタリティと「日本会議」、自民党が推し進める改憲論の関係について詳しく解説する。最近では周知のことだが、安倍政権を支える中心的な政治勢力は、293名の国会議員と1000名の地方議員が参加する「日本会議」である。(未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ・高島康司)

自民党は「スピリチュアリズム」を武器に改憲に突き進む

「日本会議」と安倍政権の親密な関係

このメルマガの記事でも何度も書いてきたし、最近では周知になっていることだが、現在の安倍政権を支えている中心的な政治勢力は、293名の国会議員と1000名の地方議員が参加する「日本会議」である。

【関連】安倍政権の背後にある「日本会議」の知られざる実態と自民党=高島康司

「日本会議」は「日本を守る会」と「日本を守る国民会議」という2つの右翼系政治団体が1997年に合体してできた組織だ。神道系、仏教系、キリスト教系の宗教団体も加盟している。

組織の実質的な運営は、「生長の家」の創始者で天皇制国家の復活を掲げる谷口雅春氏の信奉者が結集する「日本青年協議会」が担っている。その総責任者の椛島有三氏が実質的な運営者だ。この会は1966年の「建国記念の日法制化」や1979年の「元号法制化」を実現させた長い草の根の政治活動歴がある。

日本会議が目指すもの

「日本会議」の公式サイトでは、「日本会議が目指すもの」として次のような目標を掲げている。
1.美しい伝統の国柄を明日の日本へ
2.新しい時代にふさわしい新憲法を
3.国の名誉と国民の命を守る政治を
4.日本の感性をはぐくむ教育の創造を
5.国の安全を高め世界への平和貢献を
6.共生共栄の心でむすぶ世界との友好を

一見するとほとんど当たり障りがない目標だが、「日本会議」の実質的な目標は、憲法改正による戦前に近い天皇制国家の復活である。結局「日本会議」とは、戦前回帰のナショナリズムを志向する団体であることは間違いない。

そして、このような組織の支配を受け入れるようになったのが、現在の自民党の特徴である。「自民党をぶっ壊す」をスローガンにして誕生した小泉政権は、構造改革の実行で自民党の選挙基盤を崩壊させてしまった。

その結果、「日本会議」が自民党の有力な支持基盤として登場した。現在の安倍首相は「天命を担った」存在として目されており、安倍政権の存続期間中になんとしてでも憲法改正を断行する意志を鮮明にしている。

こうしたことは、戦後日本の右翼の歴史とともに、第342回配信のメルマガ記事にも書いた。またその一部は、「マネーボイス」にも掲載されている。詳しく知りたい方はあわせて読んでほしい。
1

Next: 自民党「憲法改正草案」に滲み出る、現行憲法とは真逆の国家観
国民の権利より義務が優先の「憲法改正草案」

ところで、現在の自民党と「日本会議」が強く志向する憲法改正だが、改正の対象はよく議論になる9条だけではない。主権在民を骨子とした現在の憲法そのものの基本的な枠組みが改正の対象となっているのだ。

それは、自民党が公開している「憲法改正草案」を見ると明確だ。長くなるので詳述はしないが、草案の基本的な改正点は、国民の権利よりも、国家に対する国民の義務を優先させている点だ。

現行憲法では国家の権力から国民の権利を保護するために、国民に主権があることが明記されている。それに対して自民党草案では、国家に対する義務を果たすものにだけ権利を与えるとされており、国家の存在を国民の上に置くような明治憲法に近い規定になっている。

現行憲法とは根本的に異なる国家観

これは小さな違いではない。現行憲法と自民党における憲法改正草案では、国家に対する考え方が根本的に異なっているのだ。

現行憲法では国民が最高の主権者であり、国家は国民の権利を侵すことはできない。これはつまり、社会や国家というものは、基本的には国民という個々の人間によって構成されているという見方だ。これは欧米の憲法が広く共有している認識でもある。

他方、自民党の憲法草案は国家こそ神聖な存在であり、それは個々の国民の存在を超越しているという信念が基礎にある。つまり、国家は国民が存在する以前にすでにあり、国民とは関係のない独自の神聖な実態性を有しているということだ。

この2つは正反対の認識だ。主権在民の憲法では国家を構成している存在は国民であるので、国家の定義は明白だが、国家の国民を越えた神聖性を主張する自民党の憲法草案では、この神聖性を証明するなんらかのイデオロギーがどうしても必要になる。

明治憲法では、神の直系である天皇が統治する日本という記紀神話に基づく国家神道のイデオロギーであった。そして、神聖な日本に住まう日本人は、神の血が流れている天皇の赤子であった。

自民党の憲法草案では国家神道の言及はあえて避けているものの、万世一系の天皇が統治する神聖な国という信念は、安倍政権および「日本会議」では広く共有されていることは明白である。

だが、自民党の憲法草案の基盤にあるこうした考え方は、現在の日本人には到底受け入れられるものではない。

Next: 国民にとって受け入れがたい憲法改正を可能にするウルトラCとは?
2
国民にとって受け入れがたい憲法改正

戦前の明治憲法下の日本では、国家の神聖性の基盤となる記紀神話と国家神道は公教育で徹底して教えられていた。

そのため、国家に国民を越えた超越性があることは、なんら問題となることはなかった。

ところが、主権在民の戦後憲法下の日本では、記紀神話や国家神道を信じるのは特殊な宗教集団から政治集団に限られる。国民の存在を越えた国家の神聖性は、戦後70年間教育の対象から完全に排除されてきた。

そのような状況では、この認識が普通の国民にすんなりと受け入れられるとは到底考えることはできない。

ということは、憲法9条だけならいざしらず、安倍政権と「日本会議」が主張するような方向での戦後憲法の全面的な改正ということは、国家の神聖な実在性が基本的に拒絶されている現在、実質的には不可能と見たほうがよいだろう。

不可能を可能にする日本のスピリチュアリズム

だが、それを可能にする方法が存在する可能性がある。それは、現在ものすごく流行っている日本のスピリチュアリズムを利用し、国家の超越的な神聖性をまったく異なった角度から正当化する方法である。

周知のようにいまの日本では、占い、前世リーディング、予言、死者との交信、ソウルヒーリングなどスピリチュアル系が大流行している。

これらは60年代に始まったアメリカのニューエイジ系の文化に起源をもつが、日本で独自に発展した潮流となっている。これは、十数年前の「オーラの泉」というテレビ番組の大ヒットなどを通して、広く一般にも受け入れられるようになった。

いまでは、スピリチュアリズムにはまったく関心がないという日本人のほうが少数派になりつつあるといってもよいだろう。

この日本版スピリチュアリズムが、安倍政権や「日本会議」が希求する国家の神聖性の基盤を提供するように利用される可能性が大きいのである。

「自己救済」としてのスピリチュアリズム

それがどういうことなのか説明してみよう。

占いにしろ、ヒーリングにしろ、また前世カウンセリングにしろ、その目標となっているのは直接体験による自己救済である。「ハイアーセルフ」や「神」、また「宇宙人」のような高次元存在とつながり、それを直接体験しているヒーラーか、ないしはワークを通してそうした存在を体験した本人が、自分の生まれてきた目的や、いま悩んでいる問題への対処法を高次元存在からの啓示という形で得るのがスピリチュアリズムのもっとも一般的な手法だ。

これはスピリチュアリズムが日本でブームになり始めた30年前も、いまとさほど変わらない。しかし、いま顕著になっている特徴がある。過去のスピリチュアリズムでは啓示を受けるためにつながった高次元存在は、「ハイアーセルフ」や「神」、そして「宇宙人」など特定の民族や国家とは関係のない比較的に普遍的な対象が多かった。

それが近年、啓示を与える存在が、記紀神話に出てくる神道の神々であるケースが非常に多くなっているのだ。これらの日本の伝統的な神々は、これにつながった人間の口を通して個人の悩みに答えたり、またその人間の将来を予言したりする。

そして、そうした啓示には日本の未来についての内容も非常に多い。記紀神話に出てくる日本の古代の神々が実際に降臨し、国家と民族の未来に対する啓示を与えるというわけだ。
3
戦前の国家神道もスピリチュアリズムを基礎としていた

実は、戦前の日本の国家神道にも、記紀神話を通して日本古来の神々とつながり、これを直接体験するケースが非常に多かったのだ。戦前の日本特有のスピリチュアリズムである。

たとえば、1920年代に日本の神聖性を強く訴え、超国家主義を主導して後続の世代に大きな影響を与えた渥美勝という人物は、日本神話による自己救済という境地を開いたとされる。

渥美は記紀神話の意味を直観的に感じとることを通して、自分を神国日本の精神と同一化し、古代の神々を身近な存在として体験した。この体験から得られた啓示によって、自分の生きる意味を見いだした。

さらに、1932年に「血盟団事件」を引き起こし、大蔵大臣だった井上順之介や三井財閥総帥の団琢磨を暗殺した日蓮宗の僧侶、井上日召の神秘体験は壮絶だ。日召の自伝から引用する。


「最初にもちこんだ米がなくなると、草をたべて腹をみたし、坐りつづけて題目を唱え、唱えつづけて死のうと決心した。幾十日すると心身に異常をおぼえ、半ば発狂を呈した。くるわば狂えとなおも精進、ついに一道を見いだした。見るもの悉く大光明の世界」

「自分の暗殺は神秘的な暗殺である。目的を果した時に自分は始めて、自分と云ふ者を認め、団と云ふ者を認めた」

「一種不可思議な気持になって、突然ニッショウーと叫んだ。その後、お堂に入って、お題目を唱えていると、突然薄紫の、天地を貫ぬくような光明が、東の方からパッと通り過ぎた!すると、なんだかひとりで立上りたい気持になって、あたりを見渡すと、目につくものが、なにもかも、天地万物がことごとく一大歓喜している。

しかも、そのまま私自身なのだ、という感じがする。宇宙大自然は私自身だ、という一如の感じがする。『天地は一体である』『万物は同根である』という感じがひしひしと身に迫る。かつて覚えたこともない、異様な神秘な心境である!『妙だなあ』と思って、試みに、これまでの疑問を、今悟り得た境地に照らしながら、静かに繰返して考えて見ると、驚くべし、三十年間の疑問が、残らず氷解してしまったではないか!」

井上日召のこの体験も、神国日本の神聖な源泉である神々の生命力を直接体験し、それによって得られた啓示であるとも見ることができる。

明治末期から急に増えた記紀神話の神秘体験

このような神秘体験は、「日本改造法案大綱」を著し戦前の日本の右翼思想の骨格を形成した北一輝や、日米開戦を予言する著作を著し、満州事変を主導した石原莞爾のような超国家主義の大物も多く接していることは有名だ。

しかし当時、こうした神秘体験は決して特殊なものではなかった。明治の末期から、神秘体験は当時の青年層に比較的に広く広まっていたようだ。明治の末期は日本の産業革命が進展し、伝統的な農村共同体の解体が急速に進んだ時期だ。

この時期には農村から放逐された青年が都市にあふれ、スラム化していた。こうした人々は、所属する共同体が存在せず、生活が不安定で将来の見通しも立たない孤立した個人だった。

こうした青年層が引きつけられたのは、記紀神話による神秘体験だった。先に書いた渥美勝と同じように、記紀神話の直観的な読み取りを通して神国日本と自己同一化し、日本の神々と交信して自分の生きる意味を見い出す道だった。当時の日本にはこうした神秘体験をする人々が多く存在し、それらは生き方に迷った青年を多く引き寄せていた。

そうした日本独特のスピリチュアリズムは、関東大震災や度重なる恐慌で疲弊した昭和初期の日本ではさらに勢いを増していたと思われる。
4
では現代は?

もちろん、当時と現代とでは状況は根本的に異なっている。

しかし、バブルが崩壊して長期的な低迷期に入り、終身雇用制や年功序列などの伝統的な雇用環境が崩壊した90年代以降の日本でも、雇用の不安定な契約社員や派遣社員が激増し、所属する共同体のないネット難民化した人々が急増している。

そしていまの日本でも、そうした人々を強く引き付け、生きる目的を実感するひとつの手立てになっているのが、いまのスピリチュアリズムなのではないだろうか?神秘体験を通して神々とつながったカリスマの与える啓示や、または自分自身の神秘体験を通して神々の存在を実感し、自分という存在に新しい意味を与える方法だ。

スピリチュアリズムを利用するであろう安倍政権と日本会議

そしていま、このような日本版スピリチュアリズムがつながる先は、「ハイアーセルフ」や「高次元存在」のような普遍的な存在ではなく、日本の神々へと急速にシフトしている。

このシフトにともなって、日本を神国「ヤマト」として崇め奉り、その国の一員としての国民を神の子孫である天皇の「赤子」とする心的傾向がかなり強くなっている。

日本人は神の「赤子」なのだから、世界のどの民族からも隔絶した特殊な存在であるというわけだ。これが孤立し生き方に迷う人々のプライドの根拠となる。

さて、現在の安倍政権とその背後にいる「日本会議」は、憲法改正を急いでいる。それは戦争放棄をうたった9条の改正に限定されるものではない。個人の存在を国家に優先させた主権在民の現行憲法を、神聖な天皇制国家に国民を臣民として組み込む自民党憲法草案の方向での全面的な改憲を最終目標にしている。

しかし、先に書いたように、現代日本の市民社会は、国民を越えた国家の神聖性などという概念を受け入れる素地はほとんどない。いまだにこの概念は戦前の過去の遺物として見られている。

だがいま、古代の日本の神々とつながり啓示を得る方法がスピリチュアリズムの主流になりつつあるとき、天皇制国家の神聖性は自明のものになる。

その神聖性は、記紀神話を感じることを通して、直接的に体験できるものになりつつある。

おそらく憲法改正を急ぐ安倍政権と「日本会議」は、現代の日本のこうしたスピリチュアリズムを全面的に利用し、政権基盤の一部として取り込むことだろう。
5

これは宗教の取り込みではない

しかし、間違ってはならないのはこれは「宗教の取り込み」ではないということだ。「日本会議」には多くの宗教団体が結集しているので、右翼系の宗教団体の取り込みはすでに行われている。

スピリチュアリズムはいわゆる宗教団体ではない。神秘体験を信奉する膨大な数の人々が、組織されずに存在しているのである。その数は宗教団体を圧倒するはずだ。

いまからはじまるスピリチュアリズムの政治的な取り込みは、こうした層を対象にすることで、天皇制国家の神聖性を自明のこととして実感する人々を増やし、憲法改正の追い風にしてゆく可能性が大きい。

7月参院選に立候補する「カリスマ」

おそらく次の参議院選挙では、スピリチュアル界のカリスマ的な人物が立候補し、注目を集めることになるだろう。彼らは日本と日本民族の神聖性を強調し、スピリチュアルな啓示を与えることだろう。

もしこうしたことが起こるとするなら、それは歴史的な転換点にもなるはずだ。7月はすぐそこまで来ている。

6

koniyasu at 20:53コメント(0)トラックバック(0) 
http://www.mag2.com/p/money/17919
日本会議はもう古い? 我が国エリートが集う「梅下村塾」の影響力=高島康司
2016年7月17日
今回のテーマは、日本の官僚と財界の生え抜きエリートをまとめる裏の研修機関「フォーラム21(梅下村塾)」についてである。

いまや「日本会議」は、狂ったナショナリズムの宗教カルトに政権が牛耳られていると報じられ、海外でも知られるようになった。だが実は、海外シンクタンクの日本に関する報告書において、「日本会議」よりもはるかに重要な集団として紹介されているのがこの「フォーラム21(梅下村塾)」なのだ。(未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ・高島康司)

※本記事は、未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ 2016年7月15日号の一部抜粋です。興味を持たれた方はぜひこの機会に今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

海外シンクタンクも注目する重要集団「フォーラム21(梅下村塾)」とは



広く知られるようになった「日本会議」

いまやっと多くの本や記事が世に出るようになり、安倍政権の背後にいる「日本会議」の実態が明らかになりつつある。

このメルマガの過去の記事でも散々書いたが、「日本会議」とは、1997年に「日本を守る会」と「日本を守る国民会議」という2つの団体が合体して結成された右派の民間団体である。

組織の運営を実質的に担っている事務総長は、宗教団体「生長の家」の創設者で、敗戦を拒絶し「天皇制国家」の再興を主張した「谷口雅春」を信奉する「日本協議会」の椛島有三である。

【関連】安倍政権の背後にある「日本会議」の知られざる実態と自民党

元最高裁判所長官やワコール代表のような各界の著名人が会員として名を連ねるだけではなく、293名の国会議員、1000名の地方議員が会員である。ちなみに安倍政権の16名の閣僚のうち、15名がメンバーだ。政治に巨大な影響力を持つとされている。

また「日本会議」の運営を実質的に支えているのは、「霊友会」「国柱会」「神社本庁」「解脱会」「念法真教」など、「天皇制国家」の再興を理想とする宗教団体である。

もう1つの統治機構「日米合同委員会」

他方、現在の日本には隠れた統治機構が存在し、この組織の決定が憲法や国法よりも優先していることが立証されている。その組織とは「日米合同委員会」である。これは在日米軍の最高幹部と日本の主要な省庁の幹部が2カ月に一度結集する会合だ。

ここでは米軍からさまざまな要望が省庁の担当者に直接伝えられるが、これには現在の日本の国法では許容できないものも多くある。それを実現するために、国法を事後的に改正する処置もここで協議されていると見られている。

第二次安倍政権は完全な官僚主導

一方「アベノミクス」を始めとした現在の安倍政権の基本政策は、完全に官僚が主導して立案されたものである。

2007年の第一次安倍政権は、官僚主導をぶち壊し、政治主導を実現することを目標に、国政の決定権を官僚から官邸に移動させた。おそらくこの当時は、「日米合同委員会」に結集している官僚も排除されたであろう。

この結果、隠れた統治機構の主体である官僚は反逆し、1年と少しで第1次安倍政権は崩壊した。

こうした経緯も背景になって今回の安倍政権は、すべての基本政策を官僚に依存する完全な官僚主導の政権になった。もちろん、日本の隠れた統治機構である「日米合同委員会」に結集する官僚は、安倍政権を背後から支えるもっとも重要な基盤であろう。この意味では安倍政権は、彼らの意思に反した政策を実行することは許されていない。

これが現在の安倍政権の背後に存在するパワーグループだ。だがこのような状況を見ると、ある疑問が沸かないだろうか?

Next: 「縦割り行政」を超え、各省庁の官僚をまとめるのは誰なのか?

1
「縦割り行政」を超え、各省庁の官僚をまとめるのは誰なのか?

「日本会議」は憲法改正と「天皇制国家」の再興を目標にする宗教色の強い右派のイデオロギー集団だ。以下の活動目標を見ると、政治経済政策の具体的な提言は皆無である。
1.美しい伝統の国柄
2.新しい時代にふさわしい新憲法の制定
3.国の名誉と国民の命を守る政治
4.日本の感性をはぐくむ教育の創造
5.国の安全を高め世界へ平和貢献
6.共生共栄の心で結ぶ世界との友好

そのため、安倍政権の実質的な政策を担っているのは「日本会議」ではなく、「日米合同委員会」に結集しているような官僚の集団であることは間違いない。

一方、官僚組織を見ると、決して一枚岩ではないことが分かる。日本の省庁は完全に縦割り型の組織であり、各省庁は自分のところの「省益」の拡大を最大の目標としている。許認可権、予算配分、天下り先の拡大などだ。

そのため一般的には、こうした各省庁の官僚が省庁の違いを越えた横のネットワークで横断的につながることはないと見られている。

ところが影の統治機関と呼ばれている「日米合同委員会」には、あらゆる省庁の局長クラスの官僚が横断的に参加している。

さらに、「日米合同委員会」が単に在日米軍との協議機関ではなく、日本の国法を左右する重要な決定がここで行われていることは、『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』という2014年発刊の本でやっと明らかになった事実である。

鳩山元首相もこの組織の存在を知らなかったと告白しているように、「日米合同委員会」の存在と機能を知るものは自民党の中枢の一部の政治家と、各省庁の限られた幹部だけであろう。これを知る官僚の数は限定されている。

このように考えて見ると、各省庁の主要な官僚を横断的に結集し、価値観と世界観を共有する集合体へとまとめる機軸となる機関が存在するのではないか。これが筆者の疑問であった。

実はそのような機能を果たしている可能性のある組織が存在する。それが「フォーラム21」というほとんど知られていない研修機関なのだ。

外資系シンクタンクのレポートを読むと、彼らがなんと「日本会議」よりもこの「フォーラム21」の影響力に注目し、安倍政権の去就を分析しているのが分かる。

Next: 海外も注目、梅下村塾こと「フォーラム21」の構成メンバー一覧
2
梅下村塾こと「フォーラム21」の構成メンバー一覧

「フォーラム21」とは、ユーエスコーポレーション社長の梅津昇一が1987年に、「21世紀の日本・世界を担う新しい指導者を育成」することを目標に設立した研修機関だ。1999年からは幕末の吉田松陰の「松下村塾」にちなんで「梅下村塾」と呼ばれている。

これだけ見ると、よくある経営塾のような感じにも見えるが、実はそうではない。以下は参加省庁と企業のリストである。なお、参加企業は、それぞれの産業分野を代表する主要な一社に限定されている。同一の産業分野から複数の企業が参加することはない。

参加企業
◾イオン
◾出光興産
◾オリックス
◾花王
◾鹿島建設
◾サントリー
◾資生堂
◾新日鐵住金
◾セコム
◾全日本空輸
◾ソニー
◾大日本印刷
◾電通
◾東京電力
◾東レ
◾日本生命保険
◾日本アイ・ビー・エム
◾日本郵船
◾日本電信電話
◾日立製作所
◾東日本旅客鉄道
◾本田技研工業
◾富士ゼロックス
◾三井不動産
◾みずほフィナンシャルグループ
◾三菱重工業
◾三菱商事
◾ヤマト運輸
◾読売新聞社

参加省庁
◾外務省
◾経済産業省
◾文化庁
◾警察庁
◾厚生労働省
◾検察庁
◾財務省
◾総務省
◾防衛省
◾法務省
◾文部科学省
◾農林水産省
◾環境省
◾内閣府
◾内閣官房
◾国土交通省

OB会参加企業
◾伊勢丹
◾イトーヨーカ堂
◾大和證券
◾リクルート

Next: 日本の中枢に食い込む「フォーラム21」の狙いとは?
3
日本の中枢に食い込む「フォーラム21(梅下村塾)」の狙い

さて、これを見るとどう思うだろうか?日本の主要な産業分野を代表するリーディングカンパニーと、主要な省庁の集まりである。

ちなみに、この研修機関の参加者は若手ではない。40代から50代の生え抜きのエリート官僚と、企業の幹部候補生だ。

参加団体を見ると、これは経営塾どころか、日本の中枢に食い込む集団であることが分かる。彼らはいったいなにをしているのだろうか?これは次回に書く。
4

koniyasu at 20:39コメント(0)トラックバック(0) 

2016年07月16日

私のこのブログへの書き込みは読んで感銘を受けた本の一部をそのままコピペすることが多い。その点でオリジナリティにかけることは自覚している。

『縦並び社会』(毎日新聞)『ワーキングプア』(NHK)に続く最近の3冊目、『偽装請負』(朝日新聞)

 プラザ合意以降の経済の変貌の中で、労働者階級(そういうものが日本にあるかどうかは問題であるが、一応、欧米流の使われ方で)が、一方的に追い詰められていく過程が進行している。

 元々日本資本主義(本来の資本主義とは言えないそうだが一応外見が似ているのでそう呼ぼう)は先進資本主義に比べて遅れた出発だから「ドイツ資本主義」とともに市民階級が生み出す自生的な資本家階級の層が薄い。世界的な競争市場の中で熾烈な戦いに参加して戦い抜くために外部の力=国家機構のアシストを必要とし、そのための取り組みが、明治以降試みられた。

 それらの個々の動向を実証的に記すためにはかなりの労力を必要とするが、体力の限界、したがってこの老躯に許された時間は乏しい。資料集を作りそれを参照してもらうしかない。

 プラザ合意

 それまで、国家による為替政策で知識集約型産業ではなく、技術or労働集約=技能集約産業による『ものづくり』への特化をしてきたが、世界経済の変化に伴う「資源・エネルギー制約(=石油危機)」、ついで「環境制約」には投入原単位の合理化ー極限追及により、労働集約型の自動延長・延命を図ってきた。

 加工貿易=輸出企業のための円安支持政策

 『グラフが語る日米の景気動向』(経済企画庁調査局景気統計調査課編−当時)に折り込まれた1項目、『実質実効為替レート』(野口由紀夫氏の見解を参考にして作られた)の動向を見れば一目瞭然。

 アメリカの復権を目指す動き

 知識集約型産業への特化。「第三の波」ー情報産業への特化、金融への応用、これらによって「資本主義的原理のグローバル化」の推進 その象徴がマイクロソフト、近年ではグーグルである。さらには適地生産=「生産費均等化定理」の現実化によって途上国への資本の流れはとめどもなく広がる。

 その多くは「野口由紀夫氏」の著書で書かれているとおり
 アメリカ自体の「貧困化」は堤未果。
 Amazon、ナイキなどグローバル展開する企業の原産国における労働実態告発の書

 以上のような世界史的流れの中で日本の労働世界の実態を位置づけなければならない。
 かつて、左翼が使用した用語でいえば「労働者階級の敗退の歴史」ー総評解体、連合誕生ー、資本が労働(階級)を自家薬籠中の物としていく過程が進行していた。

 その最後のサバイバル・ポリシーが派遣労働の変遷に現れている。
 企業内労働組合に守られた日本の労働者の権利がはく奪、裸にされていく過程が上述の3書に生々しく描かれている。

 日本人のモノづくりへの執着は 『製造業が日本を滅ぼす』(野口悠紀雄 ダイヤモンド社)

 『偽装請負』(朝日新聞)の中で日本経団連会長・キヤノン会長の御手洗氏は「ものづくりを日本に残し・・」
「派遣と偽装請負が日本経済の空洞化を防いでいる」としている。

 高付加価値化ではなく労働集約産業を残すことが雇用に役立つ、誰が割を食うのか、そのことがこの書に書かれている。ー基本的問題点が分かっていない朝日、毎日新聞社、NHKの編集諸氏ー

 労働者の権利を剥奪する「非正規労働者化」

資本の輸出=工場の海外立地
 資本の輸出=工場の海外立地or「ものづくり」を国内に残すには低賃金労働が必要
or移民、国内労働者の条件切り下げ=非正規化
のどれを選択するかの問題。

 苦肉の策を選択するー日本製造業大手企業ーキヤノン、松下電器産業

 バブル崩壊の事後処理ー三過剰(物・金・人)を処理できない日本の事情 既得権相互信任システムが根底にある。real sectorは政治の世界が絡むからアンタッチャブルとされ、残る、monetary sector 管理通貨制度に依存した、マネタリストたちが暗躍する。

 マネージャブジャブ策=円安政策もそのため。

 愚かなマネタリスム信仰者たちと追従者たちは、繰り返すが、日本資本主義の特殊事情(日本の政治支配の特殊性と深く関係)により経済のReal・Side=本丸に切り込むことなく、マネタリー・サイドからいじろうとする。伝統的経済学からみれば馬鹿げたコト(policyなどとお世辞にも言えない幼稚さだから)に狂奔している。

 では、キヤノンも松下電器産業も何かにヘンシンするか、できなければ死ねということか?

 答えはおのずから明らかだろう。

koniyasu at 11:46コメント(0)トラックバック(0) 
楽天市場