こんなテレビを見た。

テレビを見た感想を綴っています。おもに自然番組や美術番組、ドラマを見ています。ドラマの未放送回のネタバレはありません。コメント歓迎です ( ‘ jj ’ )/

2013年05月

2013年5月の感想

1位 あまちゃん
2位 美の巨人たち 安藤緑山
3位 世界遺産 マッコーリー島

20130531-215724-032
5月もあまちゃんが断トツに面白い!!
忠兵衛帰還から春子の過去が明かされ、そしてアキとユイのお座敷列車へ、話は佳境へ。
美術番組は安藤緑山の精巧な象牙彫刻、ラファエロの聖母、ギベルティが良かった。やっぱり戦前の工芸とルネサンスは素晴らしい。
自然番組は絶海の孤島マッコーリー島のペンギンが見応えがあった。
トーク番組は木野花のこれまでが印象に残った。他は宮藤官九郎がスマップに講義するのが面白かった。堀北真希は相変わらずかわいかった。

ぴったんこカン・カン 会津若松 綾瀬はるか 58分
2013/5/31(金) 19:56~20:54
★3
20130531-203024-386
内容
綾瀬はるかと安住アナが会津若松を散歩する。
会津の郷土料理屋でこづゆなどを食べる。
飯盛山のある一箕町に行き、磐梯餅を食べる。土産物屋でスペンサー銃型の傘や輪ゴム銃で遊ぶ。飯盛山で綾瀬はるかは階段を2段ダッシュして、エスカレーターで登る安住を抜かす。展望台から鶴ヶ城を見る。
唐人凧の店で剣玉をしたあと、凧をあげる。とんかつ屋でソースカツ丼を食べる。
最近の趣味は筋トレ。海外にライオンを見に行きたいが、アフリカツアーが40万円と聞き、富士サファリパークでもいいかと思い直す。猪苗代町でツリーアドベンチャーをやる。料理旅館でめっぱ飯を食べる。
映画「リアル ~完全なる首長竜の日~」が6/1から公開される。

感想
綾瀬はるかとのんびり楽しい会津散歩気分を味わった。スタジオやワイプは不要。

会津若松城と八重ちゃん
20130531-195836-547
輪ゴムのスペンサー銃対決
20130531-200937-871
20130531-201135-058
階段ダッシュ!
20130531-201244-777
20130531-201259-324
20130531-201348-121
さざえ堂で頭をぶつける
20130531-202321-324
剣玉対決
20130531-202631-105
ツリーアドベンチャーを満喫
20130531-204136-011
20130531-204153-621
20130531-204239-011

スタジオパークからこんにちは 貫地谷しほり 33分
2013/5/31(金) 13:27~14:00
★4
20130531-133318-983
内容
女優の貫地谷しほりがゲスト。
八重の桜では会津弁がふんわりのんびりしたリズムで胸で共鳴させずに口先のへんでしゃべるのがわかってきた。綾瀬はるかがずっと現場で会津弁を話しているので、スタッフも私たちもみんなずっと会津弁で話す。山本家キャストの食事会にも参加している。
綾瀬はるかのコメント。「なんかかわいいですね、すごい。ちゃんと自分のペースがあって、いい意味で本当にどしっとしていて、だけど女の子らしいソフトなところもあったりして、私は結構頼りにしている」綾瀬はるかとは共通のスタッフがいて以前から話を聞いていた。最初から親近感があって大好き。
「くちづけ」という映画で知的障害という個性を持った女の子役を演じた。

演技では度胸が大事。
台本を読んでいてここでこうやったら、この役の特徴が出るんじゃないかな、とかそういうふうに思うのを現場で披露するまでに緊張する。もしダメだったらどうしよう、監督にそれはちょっと違うなって言われたら嫌だな、とか。でも、それを乗り越えてやってみることが大事だというか。それによって、いろいろなものが生まれる。
中学生の頃、伊藤正次演劇研究所に通っていた。先生は「技術的なことは自分で勉強して学びなさい。とにかく自分の思ったことをやってみなさい。ダメだったら、先生がそれはやりすぎだと言うから」と教えてくれて、ちょっと自分の殻が破れた。
先生は「君たちはまだ目が養われていないから、現代にもたくさんいいものがあるんだけれども分からないことが多いと思うから、50年たっても結果が出ている名作といわれる映画から見なさい。それによって君たちの目が養われるよ」「ウソの世界で生活をしなければいけないんだから、ふだんの生活から気をつけてみなさい」と教えてくれた。

同じ演劇研究所に通っていた斎藤工のコメント「研究所では超人気者で、親も貫地谷のファンになっていた」
北大路欣也さんの現場のいすに働く=はたを楽にする=畑を楽にするの絵が描いてあり、それを大事にしている。

音楽はキャロル・キングをよく聴いてる。
海外ドラマ「ビクトリアス」の主人公の声をやっているが、海外ドラマなのでテンションが高い。殻を破ったら、アフレコが楽しくなった。
壁にぶつかったときには漫画を読んで現実逃避していた。どーもくんやゆるキャラが好き。

感想
貫地谷は安定した雰囲気。演劇研究所の先生の言葉に味があった。50年前だと1950年代の映画になってしまい、さすがに古すぎで映像的に見るのがつらくないか?1970年代くらいまでは伸ばしても良いと思う。
コメントで登場した綾瀬はるかがやつれ気味で心配になった。疲れが溜まっているのかな?

昔の写真 若い!
20130531-132916-780
綾瀬はるかのコメント
20130531-133634-311
はたらくの椅子
20130531-135344-061

スタジオパークからこんにちは 木野花 33分
2013/5/27(月) 13:27~14:00
★5
20130527-135521-270
内容
あまちゃんで仲間の海女を演じる木野花がゲスト。
あまちゃんの台本は面白く、喫茶店でセリフを覚えたりしてる時に1人で笑ってしまう。読んでいて面白いから笑えなかったらどうしようと思い、プレッシャーを感じることがある。海女仲間は奇跡のキャスティングでキャラがだぶってない、私がいちばん地味で普通だなと思って平常心でやっている。
海に潜るシーンは、子どもの頃、青森で陸奥湾で素もぐりをやっていたので、ちょっとなめていた。都内で4mぐらいのプールで潜水の練習をして大丈夫かなと思ってた。でも実際にやってみたら、波があるし、水も冷たいし、深いし、意外とウニが岩にくっついていてそれをぐっととらなきゃいけない。1つ取るのはようやく。ウニを入れる浮き輪も波で流されていて、慌てて水を飲んで「私、大丈夫かな、死ぬかな」と思った。夏ばっぱのせりふに「頭を空にしてひたすらウニに向かっていく」というのがあるけど、本当によけいなことを考えていられない。海からあがったあとは、体から毒が抜けたようなデトックス効果ですごくスッキリする。
安倍ちゃんとの別れのシーンは7、8回くらいいろんな角度から撮っているが、最後の8回目でおみやげ袋を忘れてしまった。だけど、すごくいいシーンで片桐はいりと小泉今日子がすごくいいせりふを言っている。監督は止めちゃうかなと思ったら、そのままいくのでもう手ぶらで片桐はいりさんの手を握って頑張ってって、片桐はいりちゃんは「木野さん手ぶらで何をしているの」っていう表情だった。私はなるべくカメラに映らないようにめちゃくちゃ低くなって、みんなに「なんであんなに低くおじぎをしているんだ」って気付かれて、本当に嫌な汗をかいた。共演者からのコメント、渡辺えり「気付いてないでしょ!渡す時まで」 宮本信子「タイミングが遅いと思ったのよ」 能年玲奈「疲れているんじゃないですか?」。後で編集をしたのを見たら、わからないようキレイにつながっていた。
楽屋では盛り上がってにぎやか。特に渡辺えりと話がはずんでしまう。一度は舞台で一緒になったりしている人たちが多い。隣の大河ドラマ組から楽しそうだねと言われる。

若い時は彫塑で粘土を練って彫刻とか作っていたが、あっという間に限界というか、「これは無理だな、これでは全然食べていけない」と自分の才能に見切りをつけて教職を受けたら受かったので先生もいいかなと、美術の先生になった。
先生でもやるか、先生しかやれないので、の「でもしか先生」だったので、あまり志が高くなかった。教師としてちゃんとやっていこうと教育者としての自覚もなく、「受かったから、ちょっとやってみよう」と軽く教師をやってしまった。やってみたら厳しかった。
朝起きるのがとても苦手で、学生のころも午前中はほとんど授業に出られなくて、ほんとに危ないなと思ったので学校のすぐ裏に下宿した。キンコンカンとベルが鳴ると駆けていけばなんとかセーフみたいな。
教師になっても、ずっと学生気分が抜けていなくて、なんか社会人としての自覚がないというか。1学期あたりから「私なんか全然だめだな」と、教室で生徒と一緒に生徒になって美術をやって遊んでいる分には楽しいけど、先生方と大人の会話をしたりとか自覚を持ってつきあうとかって、なんかなかなか難しい。ストレスがたまって、2学期の終わりごろから神経性胃炎と偏頭痛と低血圧とかもう朝起きると頭が痛くて痛くて這うぐらいな感じで、病院に行ったら「これはストレスです」と、「何か嫌なことをやっていますか?」と言われて、「それは仕事かな」と思って、「どうしたらいいんですか」と言ったら、「環境を変えるのがいちばんですよ」と言われて、「やめよう」と。そのときに私のそばに「美術手帖」があってふと見たらアングラ全盛の時代でアングラ特集をやっていた。ぱらぱらと見ていて、勘で「これだな」と。その頃結構、音楽から美術、池田満寿夫さんとか横尾忠則さんとかポスターを描いたりとすべてのアートが半分ぐらい演劇に向かっている感じだった。今いちばん刺激的で怖い場所だろうなと思って、そういうところに身を置いてこっぱみじんになって、そういう学生気分を吹き飛ばして、また戻って3年ぐらいたったら教職に戻ろうかなとか。すごく簡単にそういうふうに人生をなめていました。3年たったらまだ何もやっていないなとか、もうちょっと5年、10年とたってしまった。劇団青い鳥で結構お客さんも入って。
ずっと役者が食べていけるというふうには、とても思っていなかった。不器用だなとずっと思っていて、特にシリアスな芝居とか苦手。こっ恥ずかしくて、なんかてれちゃうんですよね。狂言回しみたいなことでお茶を濁していて、テンションの高いところで笑わせて、ごまかせていたんですけれども。50ちょっと前ぐらいに、青い鳥をやめたとき、劇団☆新感線で逃げられない芝居を、もはや主役級の重要な役で段取りも多く何1つこなせない不器用な自分が本当に落ち込んでしまって、「私、どうなの?これって」、ようやく自覚したというか、役者としてやるならちゃんとやらないとだめだとようやく思ったんです、そのとき。それで50に入ってから本気で役者修業して、それまでは演出をやろうかなとか迷っていましたね、ずっと。

40代は迷っていた。23年前の1990年の演技指導の映像が流れる。
木野「あんたの今までの稽古の欠落しているところは工夫がない。もっとちゃんと自分を汗水垂らして、いろいろ工夫して、楽なとこじゃないところでやらないと、あなたはそこから抜け出せません」
生徒「・・・」
木野「落ち込まないでよっ!!」
この頃はとにかく怒っていました。怒る理由はテンションを上げてほしいだけなんですけれども、意外と若い子たちってテンションが低いんですよね。芝居するときに普通すぐに上がるものだろうと思ったんですけれども、低いところから始まるんです。叫ばずにあげさせる方法を工夫して、最近は叫ばずにやっています。私も大人になったんです。
いつまでも驚けない役者がいたんです。本気で驚いてほしかったの。うわっと驚いてほしかった。台所に立っていたら、はっと思いついて、包丁を持ち込んだ。
映画やドラマは舞台と全然違うので、映像の演出をやろうとは思わない。

趣味は園芸。
最初のころは枯らしていました。サボテンも枯れるぐらいに水をやるのを忘れて。うちの母親が「花も育てられない人間が、若い子を育てられるわけがないじゃない」って、フンと鼻で笑ったんですよ。それがカチンとくるというか、ちょっとしみちゃいましてね。花ぐらい育てようじゃないかと。
当たり前なんだけれども毎日水をやると育つんですよ。毎日が大事ですよね。花の顔色を見てちょっと水が多すぎるかなとか、足りないかなとか加減しながら花と向き合って水をあげている。こうやって手前の花も10年以上です。

感想
あまちゃんの撮影の話から、美術教師から演劇への転身、園芸の話とどれも面白く、話に引き込まれた。あまちゃんの安倍ちゃんの別れのシーンで土産袋を忘れた話は、小泉今日子も以前アサイチで「舞台の人だから、手に何もなくてもなんとかしちゃうんですね」と驚いたと話していた。演技指導の様子は怖かった!

子どもの頃
20130527-132951-863
美術教師時代
20130527-134331-191
一転、演劇の世界へ
20130527-132959-973

20130527-135259-457
あまちゃんの撮影 海に潜るシーン
20130527-133128-426
20130527-133135-332
20130527-133603-191
最初は紙袋を持っている
20130527-133810-285
忘れて大笑い!
20130527-134148-816
趣味は園芸、日課は朝の床の拭き掃除
20130527-135646-660
20130527-132809-816

NHKスペシャル 病の起源 第2集「脳卒中~早すぎた進化の代償~」 50分
2013/5/26(日) 21:00~21:50
★4
20130526-210658-132
内容
病の起源、今回は脳卒中を取り上げる。

4億年前に脊椎動物で魚類が最初に誕生した。血管の壁は脳も体も薄い構造になっている。その後 誕生した両生類やハ虫類も同じように壁は薄いままだった。
2億年ほど前に誕生した哺乳類では、運動するために筋肉に大量に血液を流し、筋肉の血管は大量の血液が流れても耐えられるよう壁が厚くなった。脳には筋肉がなく運動しても必要な血液の量は変わらないので、脳の血管の壁は薄いまま。
700万年前にチンパンジーと人類が共通の祖先から分かれた。野生のチンパンジーでは脳卒中は確認されていない。

ヒトの脳は僅かな期間に3倍以上も巨大化した。脳の血管の強度は進化のスピードに追いつけず脳卒中の原因を生み出した。
脳が巨大化した事で毛細血管が劇的に増えた。毛細血管の数が増えた事で幹の血管に大量の血液が流れるようになり、血管が分かれる場所ではカーブの外側で流れが速くなり、壁にかかる力が増えた。ところがヒトの血管の壁は薄いままだったため、膨らみが出来るようになった。

250万年前にアウストラロピテクス・ガルヒが石器を使い始め、手を動かす能力を発達させた。このため手を動かすための脳の運動野がチンパンジーに比べて格段に大きくなった。運動神経の数が増えた事で必要な血液の量も増大した。
脳の中の血管では、手足口を動かす運動野につながるレンズ核線条体動脈が膨らみやすい。脳卒中を起こした人は手足や口が思うように動かせなくなることが多い。

6万年前に人類はアフリカから出て、塩に出会い、高血圧になった。
それまでいたアフリカ大陸には塩は限られた場所にしか無く、動物は普段はほとんで塩分を取らずに暮らしている。ゴリラは年に数回、山を登り塩を含む岩肌を舐める。動物には塩分をとろうとする欲望が本能的にある。カメルーンの森の中で狩猟採集しているピグミー族は塩をあまり取らないので、年を取っても血圧が上がらず、脳卒中にならない。
ヒトには脂肪への嗜好もある。近年は脂肪の取り過ぎで首の血管が原因で起きる脳卒中が急増している。首の動脈が詰まると、脳の広い範囲に影響が及び大きなダメージが出る。

九州大学の研究チームが50年にわたって8000人の町民を対象に調査したところ、肥満を解消し、週3回以上の運動は脳卒中のリスクを下げることがわかった。

脳卒中で血管が損傷した部分に幹細胞を送り込み新たな毛細血管を作り出す治療法が始められている。新たな血管から血液を届ける事ができれば生き残った神経細胞のネットワークを再生できると考えられている。

シリーズの続きの心臓病とうつ病はそれぞれ10月に放送の予定。

感想
血管の太さの進化や、頸動脈から脳卒中になる危険、幹細胞による脳細胞再生は非常に興味深かった。
塩の話は「欲望の暴走」というあいまいな表現ではなく、脳のどの部分が塩や脂肪を求めて、それはいつ出現したのか具体的に示してほしかった。海水中には塩分は含まれるので、生物が陸上に進化した時点で塩が必須になったのだろうか?TBS「世界遺産」や「ダーウィンが来た」でもボルネオやアフリカの森で塩の泉を求める動物をやっていたので一般的な現象なのだろう。
進化途中の人類は骨しか残っておらず、内臓や脳などの臓器は推測するしかないが、面白かった。

ヒトの脳は急激に3倍以上も大きくなった
20130526-210221-648
20130526-210231-820
20130526-210223-226
20130526-211702-789
20130526-211804-851
脳卒中と脳梗塞
20130526-210807-632
心臓と脳の血管の壁の厚さの比較
20130526-211029-835
哺乳類だけ身体の血管が太い
20130526-211150-054
脳の血管は薄いまま
20130526-211232-273
血管がカーブするところに圧力がかかる
20130526-211846-085
運動野につながるレンズ核線条体動脈で血管が破れやすい
20130526-212148-851
20130526-212207-507
20130526-212213-929
20130526-212503-570
20130526-212545-726
首の血管から脳卒中になる例が増えている
20130526-214103-789
幹細胞を使った脳細胞再生の試み
20130526-214737-726

八重の桜(21)「敗戦の責任」 45分
2013/5/26(日) 20:00~20:45
★5
20130526-202248-792
内容
鳥羽伏見の戦いで八重の弟の三郎(工藤阿須加)が初陣を飾る。薩摩は錦の御旗を上げ、旧幕府軍は撤退を始める。藤堂藩が寝返り、会津藩の陣地に大砲を撃ち込む。三郎は突撃して戦死する。淀藩が寝返り、慶喜の入城を拒む。
会津の神保修理(斎藤工)が江戸への撤退を進言し、慶喜は容保と開陽丸に乗り、兵を残して江戸に戻る。江戸に戻った容保は官位を剥奪され、朝敵と呼ばれる。慶喜は容保の登城を禁じ、会津に戻るよう命令、新政権に対し全面的に降伏する。容保は修理に切腹を命ずる。修理は「帰り来ん時よと親のおもふころはかなき便りきくべかりけり」と辞世の句を残し切腹する。

感想
慶喜が開陽丸で遁走して榎本武揚が愕然とするシーンがもうどうしようもない雰囲気がありありと出ていた。会津藩はついに地獄の一丁目へ。大政奉還からの転落が早い!
八重の山本家は三郎が戦死したり、覚馬が薩摩の屋敷牢につながれたりして、見所はあるが全体の状況に影響を与えず、やっぱりないほうがドラマの流れとして見やすいかな・・・

三郎は初陣で戦死
20130526-201640-667
孝明天皇の陣羽織は置き去り
20130526-202446-761
もうどうしよもない!!
20130526-202652-276
ならぬことはならぬ!
20130526-203022-464
20130526-203124-214
修理は切腹
20130526-204212-401

オマケ 大相撲千秋楽で引退する木村庄之助を見る獅童
20130526-173416-031

THE世界遺産「天空を竜が舞う“針の山”」~グヌンムル(マレーシア) 30分
2013/5/26(日) 18:00~18:30
★4
20130526-180022-127
内容
マレーシアのグヌンムル(ボルネオ島)を紹介する。
1億年以上前から途切れることなく続いてきた世界最古の熱帯の森に様々な昆虫や植物が生息する。山には石灰岩のピナクル(尖塔)の奇岩がある。
1年に6800ミリ、日本の4倍の雨が降る。高さ30メートルもの木々が密集し、ほとんど日差しが届かない地表には8000種ものキノコが生息する。キャノピーウォークで樹冠を観察できる。
地下には300kmに及ぶ鍾乳洞が張り巡らされ、地下河川が流れている。夕方になると洞窟から300万匹のコウモリが飛び立つ。

感想
ジャングルから鍾乳洞と多様な自然があって面白かった。今回は珍奇な昆虫やキノコ、コウモリ、ヘビ、光るムカデなどおぞましい動物が多かった。
20130526-175956-453
20130526-180128-502
20130526-180223-924
20130526-175934-703
20130526-180437-346
20130526-182759-268
20130526-182415-768

NHKアーカイブス「大船渡 懐かしい故郷の風景を伝えたい」 1時間5分
2013/5/26(日) 13:50~14:55
★4
20130526-135456-331
内容
岩手県大船渡市の被災前の映像を地元出身の歌手・新沼謙治と大船渡市リアスホールでの公開収録で視聴する。

「小さな旅 こころの各駅停車 ~岩手県 三陸鉄道~」 2009年11月放送
開通25周年を迎えた三陸鉄道の南リアス線を紹介する。南リアス線は釜石駅から盛駅(大船渡市)まで36kmを10の駅を結んで走る。この路線には19ものトンネルがあり、ときおり海が見えると美しい風景を楽しんでもらうために駅がない場所でも止まる。平成元年に新日鉄釜石の高炉が止まり過疎化が進んだ。三陸鉄道に1期生で入社した釜石駅長が虎舞や演歌を歌って楽しませる。レトロ列車も運行している。
小石浜は2009年7月から駅名が「恋し浜」に変わった。待合室の壁一面に300個のホタテの貝殻がつるされて、恋愛成就を祈願している。ホタテ養殖業の佐々木さんが、祖父の「三鉄の藍(愛)の磯辺の小石(恋し)浜かもめ とまりて汐風あまし」という短歌をもとに漁師仲間に提案した。

大船渡市リアスホールの会場
佐々木さんは恋し浜は「冗談半分で言った言葉なんですけども、それが我々の知名度アップに懸ける思いと、三鉄さんの集客アップに懸ける思いが、瞬間的に一緒になりまして僅か半年で駅名変更に至ったという」
震災の日は、釜石駅長は午前中は虎舞をして、午後釜石駅の方で仕事をしてた。海の方を見ると水煙が立ち上がって、「津波だ!逃げろ!」と高台に避難した。次の日、行ってみたら駅は1mぐらい浸水して、駅の事務室とか待合室もグジャグジャに泥だらけになっていた。学校にいた娘に会えるまでに2日ほどかかった。娘を抱き締めたい感じだったけど、「いや、お父さん何?」って言われた。
佐々木さんは、「海の上で仕事をして、何か丸太がいっぱい流れてきて、船にぶつかってきたような衝撃がガガガガガっていうのが「何だ?」って思ったら何もなくてこれもしかして地震だって。とんでもない揺れで海ごと揺れるって感じでしたね」揺れで山からスギ花粉が飛んで黄色い煙が見えた。ホタテの養殖イカダは全部、船は9割ダメになった。
三陸鉄道の全線開通の目標は来年4月。恋し浜駅は高台で津波の被害を免れた。全国から復興を願うホタテの絵馬が6000枚飾られている。ホタテの養殖は今では震災前の2割に復活した。

「あまちゃん」に出てくる「じぇじぇじぇ」は、大船渡で「ばぁばぁばぁ」や「じゃじゃじゃ」という。岩手県は広い。新沼謙治が「名前だけ出てきたりするんですよ」と笑う。

NHKアーカイブスの大船渡の映像 1977年, 1991年, 2008年, 2005年
大漁旗をかかげる漁船。小正月に「大漁唄い込み」を歌う中学生。綾里地区の日本一の権現様(獅子舞)。三陸大船渡さんままつりの様子など。

新沼謙治が大船渡のBRTや仮設住宅を訪れる。震災の年に妻に先立たれ、とめどなく毛穴全部から涙が流れた。「でも我慢すれば、余計つらいから、やっぱり泣きたい時には泣くしかないんですよね」

「日本の素顔 第122集 大津波」 1960年5月放送
チリ地震の大津波のニュース映像。これを見て新沼謙治は4年後くらいまでは、船が陸に残ってたと語る。

ワンダフル東北「ここに技あり 春 三陸の巻」 2007年6月放送
大船渡の江戸時代から続く6代目の浜の鍛冶屋を、俳優の佐藤正宏が訪れる。
漁具から包丁畑仕事のクワまで、客の求めに応じて作った道具は大船渡の至る所で活躍している。

東北Z 「ここに技あり くじけない 手しごとの国、東北」 2012年3月放送
大船渡の鍛冶屋を再訪する。工具も泥の中から拾い集めて、2011年11月に仕事を再開した。「多分この道具残ったっていうのは、もう一回やれという事だったんでないかなと。今、思えばね」

最後に新沼謙治が母校の中学生と自作の「ふるさとは今もかわらず」を熱唱する。

感想
震災前の三陸大船渡の様子が残っていて貴重だった。三陸鉄道は虎舞やレトロ列車でアイデアを出して奮戦している様子、ただの「小石浜」だった駅名が、短歌から「恋し浜」で恋愛祈願の駅になり、それが今は震災復興祈念になる変遷が印象に残った。

三陸鉄道 南リアス線
20130526-140914-420
開通当時の様子 1984年
20130526-135801-253
20130526-135810-738
20130526-140435-108
車内で虎舞
20130526-140012-623
レトロ列車
20130526-141006-655
20130526-141013-373
恋し浜駅 2009年
20130526-141117-030
20130526-141218-014
在りし日のJR大船渡線 2007年
20130526-224118-016
2013年5月現在の様子
20130526-135053-972
ふるさとは今もかわらず

爽やかな 朝靄の中を
静かに 流れる川
透き通る 風は身体をすりぬけ
薫る 草の青さよ

緑豊かなふるさと 花も鳥も歌うよ
君も 僕も あなたも ここで生まれた

ああ ふるさとは 今もかわらず

この町で あなたに出逢えて
本当に よかった
ありがとう ふるさとの青空よ
友よ 君に会いたい

緑豊かなふるさと 花も鳥も歌うよ
君も 僕も あなたも ここで生まれた

ああ ふるさとは 今もかわらず

みんなで声を かけあって
力合わせて 生きてきた
遠い山並み その姿
いつも静かに 見つめてる

緑豊かなふるさと 花も鳥も歌うよ
君も 僕も あなたも ここで生まれた

ああ ふるさとは 今もかわらず
ふるさと 未来へ 続け・・・
20130711-202559-414
20130711-202801-992

このページのトップヘ