スタジオパークからこんにちは 木野花 33分
2013/5/27(月) 13:27~14:00
★5
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内容
あまちゃんで仲間の海女を演じる木野花がゲスト。
あまちゃんの台本は面白く、喫茶店でセリフを覚えたりしてる時に1人で笑ってしまう。読んでいて面白いから笑えなかったらどうしようと思い、プレッシャーを感じることがある。海女仲間は奇跡のキャスティングでキャラがだぶってない、私がいちばん地味で普通だなと思って平常心でやっている。
海に潜るシーンは、子どもの頃、青森で陸奥湾で素もぐりをやっていたので、ちょっとなめていた。都内で4mぐらいのプールで潜水の練習をして大丈夫かなと思ってた。でも実際にやってみたら、波があるし、水も冷たいし、深いし、意外とウニが岩にくっついていてそれをぐっととらなきゃいけない。1つ取るのはようやく。ウニを入れる浮き輪も波で流されていて、慌てて水を飲んで「私、大丈夫かな、死ぬかな」と思った。夏ばっぱのせりふに「頭を空にしてひたすらウニに向かっていく」というのがあるけど、本当によけいなことを考えていられない。海からあがったあとは、体から毒が抜けたようなデトックス効果ですごくスッキリする。
安倍ちゃんとの別れのシーンは7、8回くらいいろんな角度から撮っているが、最後の8回目でおみやげ袋を忘れてしまった。だけど、すごくいいシーンで片桐はいりと小泉今日子がすごくいいせりふを言っている。監督は止めちゃうかなと思ったら、そのままいくのでもう手ぶらで片桐はいりさんの手を握って頑張ってって、片桐はいりちゃんは「木野さん手ぶらで何をしているの」っていう表情だった。私はなるべくカメラに映らないようにめちゃくちゃ低くなって、みんなに「なんであんなに低くおじぎをしているんだ」って気付かれて、本当に嫌な汗をかいた。共演者からのコメント、渡辺えり「気付いてないでしょ!渡す時まで」 宮本信子「タイミングが遅いと思ったのよ」 能年玲奈「疲れているんじゃないですか?」。後で編集をしたのを見たら、わからないようキレイにつながっていた。
楽屋では盛り上がってにぎやか。特に渡辺えりと話がはずんでしまう。一度は舞台で一緒になったりしている人たちが多い。隣の大河ドラマ組から楽しそうだねと言われる。

若い時は彫塑で粘土を練って彫刻とか作っていたが、あっという間に限界というか、「これは無理だな、これでは全然食べていけない」と自分の才能に見切りをつけて教職を受けたら受かったので先生もいいかなと、美術の先生になった。
先生でもやるか、先生しかやれないので、の「でもしか先生」だったので、あまり志が高くなかった。教師としてちゃんとやっていこうと教育者としての自覚もなく、「受かったから、ちょっとやってみよう」と軽く教師をやってしまった。やってみたら厳しかった。
朝起きるのがとても苦手で、学生のころも午前中はほとんど授業に出られなくて、ほんとに危ないなと思ったので学校のすぐ裏に下宿した。キンコンカンとベルが鳴ると駆けていけばなんとかセーフみたいな。
教師になっても、ずっと学生気分が抜けていなくて、なんか社会人としての自覚がないというか。1学期あたりから「私なんか全然だめだな」と、教室で生徒と一緒に生徒になって美術をやって遊んでいる分には楽しいけど、先生方と大人の会話をしたりとか自覚を持ってつきあうとかって、なんかなかなか難しい。ストレスがたまって、2学期の終わりごろから神経性胃炎と偏頭痛と低血圧とかもう朝起きると頭が痛くて痛くて這うぐらいな感じで、病院に行ったら「これはストレスです」と、「何か嫌なことをやっていますか?」と言われて、「それは仕事かな」と思って、「どうしたらいいんですか」と言ったら、「環境を変えるのがいちばんですよ」と言われて、「やめよう」と。そのときに私のそばに「美術手帖」があってふと見たらアングラ全盛の時代でアングラ特集をやっていた。ぱらぱらと見ていて、勘で「これだな」と。その頃結構、音楽から美術、池田満寿夫さんとか横尾忠則さんとかポスターを描いたりとすべてのアートが半分ぐらい演劇に向かっている感じだった。今いちばん刺激的で怖い場所だろうなと思って、そういうところに身を置いてこっぱみじんになって、そういう学生気分を吹き飛ばして、また戻って3年ぐらいたったら教職に戻ろうかなとか。すごく簡単にそういうふうに人生をなめていました。3年たったらまだ何もやっていないなとか、もうちょっと5年、10年とたってしまった。劇団青い鳥で結構お客さんも入って。
ずっと役者が食べていけるというふうには、とても思っていなかった。不器用だなとずっと思っていて、特にシリアスな芝居とか苦手。こっ恥ずかしくて、なんかてれちゃうんですよね。狂言回しみたいなことでお茶を濁していて、テンションの高いところで笑わせて、ごまかせていたんですけれども。50ちょっと前ぐらいに、青い鳥をやめたとき、劇団☆新感線で逃げられない芝居を、もはや主役級の重要な役で段取りも多く何1つこなせない不器用な自分が本当に落ち込んでしまって、「私、どうなの?これって」、ようやく自覚したというか、役者としてやるならちゃんとやらないとだめだとようやく思ったんです、そのとき。それで50に入ってから本気で役者修業して、それまでは演出をやろうかなとか迷っていましたね、ずっと。

40代は迷っていた。23年前の1990年の演技指導の映像が流れる。
木野「あんたの今までの稽古の欠落しているところは工夫がない。もっとちゃんと自分を汗水垂らして、いろいろ工夫して、楽なとこじゃないところでやらないと、あなたはそこから抜け出せません」
生徒「・・・」
木野「落ち込まないでよっ!!」
この頃はとにかく怒っていました。怒る理由はテンションを上げてほしいだけなんですけれども、意外と若い子たちってテンションが低いんですよね。芝居するときに普通すぐに上がるものだろうと思ったんですけれども、低いところから始まるんです。叫ばずにあげさせる方法を工夫して、最近は叫ばずにやっています。私も大人になったんです。
いつまでも驚けない役者がいたんです。本気で驚いてほしかったの。うわっと驚いてほしかった。台所に立っていたら、はっと思いついて、包丁を持ち込んだ。
映画やドラマは舞台と全然違うので、映像の演出をやろうとは思わない。

趣味は園芸。
最初のころは枯らしていました。サボテンも枯れるぐらいに水をやるのを忘れて。うちの母親が「花も育てられない人間が、若い子を育てられるわけがないじゃない」って、フンと鼻で笑ったんですよ。それがカチンとくるというか、ちょっとしみちゃいましてね。花ぐらい育てようじゃないかと。
当たり前なんだけれども毎日水をやると育つんですよ。毎日が大事ですよね。花の顔色を見てちょっと水が多すぎるかなとか、足りないかなとか加減しながら花と向き合って水をあげている。こうやって手前の花も10年以上です。

感想
あまちゃんの撮影の話から、美術教師から演劇への転身、園芸の話とどれも面白く、話に引き込まれた。あまちゃんの安倍ちゃんの別れのシーンで土産袋を忘れた話は、小泉今日子も以前アサイチで「舞台の人だから、手に何もなくてもなんとかしちゃうんですね」と驚いたと話していた。演技指導の様子は怖かった!

子どもの頃
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美術教師時代
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一転、演劇の世界へ
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あまちゃんの撮影 海に潜るシーン
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最初は紙袋を持っている
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忘れて大笑い!
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趣味は園芸、日課は朝の床の拭き掃除
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