こんなテレビを見た。

テレビを見た感想を綴っています。おもに自然番組や美術番組、ドラマを見ています。ドラマの未放送回のネタバレはありません。コメント歓迎です ( ‘ jj ’ )/

タグ: 山岳

北アルプス 未知の大峡谷に挑む 55分
2014/2/22(土) 16:05~17:00
★5
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内容
北アルプスの立山連峰にある日本一の落差350mの称名滝の先の「称名廊下」を冒険家・成瀬陽一が沢登りをする。初夏は雪どけ水で毎秒2トンの水が流れるので、水量の減る秋に挑戦する。
成瀬は大学時代に沢登りを始め、28歳で南米ギアナ高地のテーブルマウンテンを縦走、去年はレユニオン島を探検した。普段は高校の理科教師しており、生徒を沢につれて行ったりする。
9月末に称名廊下に沢仲間3人でチャレンジする。滝の3段目から取り付き、100m登るのに4時間かかる。滝壺の手前で水しぶきが飛ぶ難所「瀑風テラス」に1時間かかる。滝壺の脇で一泊。翌日、午前11時半に称名滝を突破。下ノ廊下の遡行は過去に3度敗退しているので、遡行をやめて崖上から懸垂下降で150m下の谷に入る探査に切り替える。谷底は10万年前の立山大噴火で作られた「溶結凝灰岩」が浸食され、非常に狭く深いゴルジュになっていた。2日間の探査で2回谷底に降り立つ。家に帰り、遡行図を描く。その後も立山に行き、探査を繰り返す。9度目の下降でゴルジュの出口にたどり着く。

感想
沢が険阻で渋すぎて、遡行から懸垂下降に切り替えていた。沢登りは何度かに分けて繰り返したようだった。増水したら即アウトなところを1週間くらいかけて遡行すると思ってたので、探査になって安心した。ザイルワークが見るからに大変そうだった。

立山連峰の降水量は雪と雨を合わせて年間6000mm
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称名川の地図
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出発
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シャワークライミング 滝に近すぎ!!
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瀑風テラス
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滝壺で1泊
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称名滝を登り切る
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下ノ廊下へ
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やぶこぎから懸垂下降で谷底へ
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ゴルジュの出口20140226-235118-136
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世界の果てまでイッテQ! イモト・マナスル 1時間54分
2013/11/10(日) 19:00~20:54
★4
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内容
お笑い芸人のイモトがヒマラヤのマナスル(8163m, 世界第8位)に登頂する。
4年前から、キリマンジャロ、モンブラン、アコンカグア、マッターホルンと登ってきた。次はエベレストを目指す。

感想
マナスルの絶景が非常に美しかった。途中、マルチコプターで撮ったような映像があって、見応えがあった。手厚いサポートがあっての登山だったが、ここまでよく頑張ったと思う。もともと身体が丈夫ぽい。
マナスルは1956年に日本人が初登頂して登山ブームを巻き起こした神聖な山だったが、ツアー化でここまで来たかと感じた。
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世界の名峰 グレートサミッツ エピソード100 「ロシア・クリュチェフスカヤ」 10分x5回
2013/8/30(金), 9/4(水)-9/6(金), 9/11(水) 10:40~10:50
★5
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内容
ロシアのカムチャッカ半島のクリュチェフスカヤ(4750-4850m, 火山活動によって変化)を紹介する。
ユーラシア大陸で最も高い活火山で、カムチャッカ半島にはさらに160以上もの火山がある。

1740年にピョートル大帝の命によってベーリングがペトロパブロフスクに寄る。2隻の船「聖ペトロ号」と「聖パウロ号」の名前を取って町は名付けられた。この地にはもともとサケを主食とする北方民族イテリメンが暮らしていた。ロシアの探検家たちは食糧を補給する必要があるので、先住民に農業を教えた。ペトロパブロフスクで一冬を越したベーリングはアメリカ大陸への上陸を目指し出航するが、数か月間、海をさまよい志半ばで息を引き取る。

クリュチェフスカヤの麓には70年以上前からロシア最古の火山観測所がある。
1945年に大規模噴火、次に1994年に大噴火があった。2007年の噴火では火柱は高さ500mまで上がり、火山灰はアラスカに達した。2008年12月に再び噴火し、北西側の斜面を溶岩が流れ下りた。
犬ぞりで1250m地点の観測小屋へ。火山学者が山体の膨張を測量する。

山麓の町クリュチは人口3500人の小さな町で18世紀の中頃に木材の集積地として町はつくられた。クリュチはロシア語で泉という意味。
冬は凍結したカムチャッカ川で釣りをする。4月、北海道からオオワシが戻る。
7月、広々とした草原を縫うように流れるカムチャツカ川でヒグマがサケを捕まえる。カムチャツカ半島では毎年400万匹以上のサケやマスが川を遡る。その数は太平洋に生息するサケやマスのおよそ1/4に相当する。
火山灰が雪解け水に混じり、川に流れて、火山灰に含まれるリンが水中に溶け出し、川のプランクトンの栄養源となり、サケの稚魚が育ちやすくなる。

クリチェフスカヤと12の火山からなるクリュチェフスカヤ火山群のうちの1つが、1975年に大噴火し、周辺の森は火山灰に覆われた。豊かに生い茂っていたカラマツやポプラは消え、立ち枯れの森に姿を変えた。
火山灰を70cmほど掘ると茶色い噴火前の土が出てくる。土には葉っぱや木の皮など有機物が残っている。大量の火山灰に覆われて腐らなかった。さらに掘ると
土の下には前の噴火の時の火山灰の層がある。
噴火のあとにまず地衣類が生える。地衣類とは植物と菌類が共生して一つの体を作っている生き物。次にコケが生える。そこにヤナギランが芽吹く。ヤナギランは非常に長い地下茎を持ち、火山灰のように不安定な土壌でも地下茎を横に張って成長していく。北国の夏が終わるとヤナギランは僅か1か月余りで実をつける。種には大きな綿毛がついていて、風に乗せて種を飛ばす事で広大な火山灰の大地に一気に広がる事ができる。冬になるとヤナギランは枯れ、そこに新たな植物が育つ。火山灰の大地にポプラの若木が根付く。せいぜい20年で枯れてしまうが、その残骸が新しい土を作る。火山灰が土に変わるまでに数百年、森ができるまで1000年以上かかると言われている。

取材班がクリチェフスカヤの山頂を目指す。
登山口のアパフォンチッチから標高2800mまで登り、山腹の広い斜面を横断し3600mのベースキャンプへ。ここからクリュチェフスカヤの山頂にアタック。登頂まで5日間の日程。
標高3000mを越えると、氷河にさしかかる。表面は火山灰に覆われているが、下は氷の斜面で、中をのぞくと氷と火山灰が幾重にも積み重なっている。
ベースキャンプに到着。緯度が高いため、日没は午後10時過ぎ。翌日、高地への順応も兼ねてアタックキャンプの建設に向かう。気温が上がると、山肌が緩み落石が頻発する。標高4100mのアタックキャンプの予定地に着き、一旦ベースキャンプまで下り登山に備える。
ベースキャンプを午前3時、頂上に向けて出発する。歩きだして間もなく不気味なごう音が聞こえてくる。山頂から火柱が上がる。火山灰が燃えながら噴き出している。登るのをやめ様子を見る。午前5時40分に夜が明け、噴火が収まったと判断し、登山を再開する。
頂上直下80mに着くと、火山灰が噴き出していた。小規模な噴火が一定の周期で起こっている。安全な場所に避難してしばらく様子を見たあと、出発。アタックキャンプを出発して7時間。午前11時過ぎに頂上の外輪山に到着する。

感想
クリチェフスカヤは美しく、文句なしの世界遺産。山の高さ、噴火、氷河、動植物、観光地化などを比べると正直、富士山よりも何倍もいい山だと思う。登山は噴火と落石で非常に危険だった。カムチャッカ半島の間欠泉や温泉なども見たかった。
高温注意情報や大雨でL字放送になりすぎだった。

クリチェフスカヤ
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噴火
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犬ぞり
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ヒグマ
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荒廃した森
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ヤナギラン
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コースルート
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登山
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山頂からの眺め
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THE世界遺産「発見!幻の真珠が眠るブルガリアの山」 30分
2013/9/15(日) 18:00~18:30
★5
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内容
ブルガリア南西部にあるピリン国立公園を紹介する。
山岳鉄道で麓のバンスコ駅(900m)までゆき、そこから最高峰ヴィフレンを目指す。2300mから残雪がある。途中、カモシカの仲間シャモアがいる。2500m地点にはエーデルワイスや固有種のピリンタイム、ヤグルマギク、ピリンポピーなど高山植物が多い。最後は460mの大理石の壁を急登する。出発から10時間で2914mのヴィフレン山頂に着く。ヴィフレンはブルガリア語で「強い風」という意味。
ピリン山脈はすべて大理石で出来ている。4億5000万年前にここは浅瀬の海でサンゴや貝類が堆積して石灰岩の層ができた。1億5000万年前にマグマの変成作用で大理石になった。断層運動で隆起したところを、7万年前~1万年前に氷河が大理石を削り、現在の姿になった。
ピリン産の大理石は世界最高レベルの硬さで、優れた建築資材として海外に輸出されている。
山中の洞窟には、大理石が溶けて鍾乳石が出来ている。このような洞窟はピリン山脈に200もある。洞窟内のかすかな風で壁にしみ出した水分が蒸発してポップコーンのような鍾乳石ができた。水の中の砂粒に石灰岩が付着して、雫の波紋で転がって、洞窟真珠が成長する。大きくなりすぎると水たまりの底にくっついてしまう。
ピリンには150の氷河湖がある。2000mにある氷河湖の湖底には、1万年前の氷河期の生き残りの水生シダが茂っている。下流にはボスニアマツの松林がある。樹齢1300年のボスニアマツはブルガリアで最も古い。

感想
日本ではなじみの薄いブルガリアの山だけど、日本の北アルプスや松林などに似てるようでちょっと違うのが興味を刺激された。あまり観光地化もされてないようでよかった。東欧の田舎の農村風景が味があった。

山岳鉄道で900m地点へ
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最高峰ヴィフレンを目指す
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大理石が出ている 雲の平に似ている
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エーデルワイス
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ピリンポピー
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ここから山頂まで460mを急登
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傾斜角45度
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山頂
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眺め
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形成史
浅海でサンゴや貝が堆積 4億5000万年前 
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石灰岩に
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変成作用で大理石に 1億5000万年前 
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氷河が削る 7万~1万年前
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1枚岩の大理石の稜線
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採石場
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鍾乳洞
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ポップコーン
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洞窟真珠
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ブルガリアヨーグルト
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ムサカ
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氷河湖
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20130915-222745-248
ボスニアマツ
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世界の名峰 グレートサミッツ エピソード100「南米ギアナ高地」 10分x5
2013/8/21(水)-8/23(金), 8/28(水), 8/29(木) 10:40~10:50
★5
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内容
南米ギアナ高地のテーブルマウンテンを紹介する。
ギアナは先住民の言葉で水の国という意味。ここは年間4000mmを超える大量の雨が降る。ギアナ高地最大級のテーブルマウンテンのアウヤンテプイ(2560m)に落差979mの世界最大の滝、エンジェルフォールがある。
はるか数億年前、地球の大陸がまだ1つだった頃、現在のギアナ高地の場所にはいくつもの湖があり、その底には砂が堆積した。2億年前に地球内部から熱いマントルの塊が上昇し、湖の底にたまっていた砂岩が押し上げられ、上昇の圧力でいくつもの縦の割れ目が入った。その後、雨による浸食が始まって、割れ目が更に深く削られ、テーブルマウンテンが出来上がった。
岩の割れ目から深さ30mの洞窟に潜る。漣痕と呼ばれる波の化石を発見する。数億年前、この地層が湖の底だったという事の証し。砂岩の成分が高温で溶かされた水晶があり、かつて、この地にマントルの熱が加わった事を物語る。

ギアナ高地には16世紀にエルドラドを探していたイギリスの探検家ウォルター・ローリーが到達した。
テーブルマウンテンの麓に広がる熱帯雨林で、金や年間100万カラットのダイヤモンドが採れる。アウヤンテプイのふもとには先住民ペモン族が暮らしている。ユカイモを粉にしてパンを作り、伝統の踊りを踊る。
南米第2の大河オリノコ川に臨む人口30万の都市シウダボリバルはベネズエラ東部の中心として栄えてきた。空港はギアナ高地への出発点となっている。
麓の村からボートに乗り、周囲の岩壁から崩れ落ちた巨石が立ちはだかる悪魔の谷を遡って、滝の真下にゆく。滝つぼはなく、はるか高みから流れ落ちる水は途中で水滴となり雨のように降り注ぐ。雨の強さは小雨程度から暴風雨にむらがある。

エンジェルフォールは1933年に資源調査のためギアナ高地上空を1人で飛んでいたアメリカのパイロット、ジミー・エンジェルが空から発見した。4年後、ジミーは妻と仲間と共に頂上台地への着陸を目指すが、失敗し、飛行機は故障。3人は命からがら下山した。1949年に本格的な測量調査が行われ、滝の落差は979mで世界最大である事が確認された。ジミー・エンジェルは1956年に亡くなり、遺灰は飛行機から滝に撒かれた。

頂上台地は外界から隔絶されて独自に進化した生物が棲息している。4000種の植物のうち、75%が固有種。ガラパゴス諸島の固有種は53%で、ギアナ高地は地球上で最も植物の固有種が多い。
岩だらけで土が少なく、ブロッキニア・レズクタ、ヘリアンフォラ(ビーナスのつぼ)など食虫植物が多い。オリオフリネラは原始的なカエルで骨格が未発達なため飛び跳ねることができずゆっくりと歩く、また足に水かきがなく水中生活に適応していない。山ごとに種が違う。
アウヤンテプイは高い所でおよそ2500mで、中央へ進んでいくと標高が低くなり、鬱蒼とした密林が生い茂る。この森だけにいるシギダチョウは森の中を歩き回っていて、ほとんど飛ぶ事はない。

エンジェルフォールの落ち口を下から登って目指す。断崖の割れ目から登り、洞窟を抜けて、台地を60kmにわたって縦断する。台地の上には、いくつもの丘や谷があり川も流れている。その面積は東京23区を上回る。川には水中に適応したカマドウマがいる。エンジェルフォールの源、ケレパクパイ川にたどりつく。しかし、川は岩の割れ目に吸い込まれて近付くことが出来ない。台地の端にある断崖の縁を回り込んで滝を見る。

感想
ギアナ高地の空撮やエンジェル・フォールが美しい。独自の動植物が興味深かった。2週間かけてエンジェル・フォールの落ち口にたどり着いたのが素晴らしい。

アウヤンテプイ 2560m
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ギアナ高地の形成 湖底の砂岩が押し上げられて、割れ目が入った
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ロライマ 2810m
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洞窟には漣痕や水晶がある
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断崖絶壁
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ダイヤ取りと先住民
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アウヤンテプイに登り、エンジェルフォールへ
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ここを登る
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台地の上は東京23区より広い
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食虫植物
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原始的なカエル オリオフリネラ 跳ねることができず、水かきがない
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飛べない鳥 シギダチョウ
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エンジェル・フォールの落ち口へ 登山15日目
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この川がエンジェル・フォールになる
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クローズアップ現代「自分の足で歩きたい~ヒマラヤに倒れた女性登山家~」 26分
2013/7/10(水) 19:30~19:56
★3
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内容
今年5月、ヒマラヤのダウラギリで遭難死した登山家の河野千鶴子を紹介する。河野は50代で本格的に山登りを始め、7大陸最高峰を制覇し、8000m級5つを登頂した。
残された手記には、病院で管理職として働き、家庭では妻、3人の子どもを育てる母親から、山で解放された心境が綴られていた。男尊女卑の気風の鹿児島で育ち、生きにくさを感じながら、自分を模索していたところ、旅行で行った尾瀬から始まり、岩登り、雪山、ネパールの海外登山と、努力が男女平等に報われる世界に魅せられてのめり込んでいった。山岳会で体力を不安視されアタックから外されたのを機に、単独で登るスタイルに切り替えた。

感想
ヒマラヤの美しい映像を見たかったが、下界での生き方がメインだった。
山に求めるものは、人それぞれだが、河野さんの場合は女性の解放が動機だった。山に急激にのめり込む裏側に、それまでの人生の鬱屈があったかと思うとやるせないものを感じる。
50代女性で少人数スタイルでも8000mも7サミットも行けたのは、ガイドを雇ったりツアーに参加すれば登りやすい環境になっているのも背景にあるのだろう。1996年のエベレスト大量遭難を描いたジョン・クラカワーの「空へ」に、「ピート・ショーニング(1953年のK2遠征の"The Belay"、ガッシャブルムIと南極ヴィンソン・マッシーフ初登頂で有名)のようなクライマーをメジャーリーグのスター選手に例えれば、わたしの仲間の顧客たちは、わたしも含めて全員、小さいけれど礼儀正しい町のソフトボール選手の寄せ集めみたいなもので、それが賄賂でワールド・シリーズにのこのこ出かけてきたようなものだ。(文庫版p.144)」とあったのを思い出す。

若い頃
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国内で登山
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岩登り
20130710-213202-672
雪山
20130710-213212-640
海外登山
20130710-213242-468
20130710-214041-812

おはよう日本 最果ての富士 スキー大滑降
2013/5/4(土) 7:30 ~ 7:55
★3
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内容
山岳スキーヤーの佐々木大輔が厳冬期の利尻山からスキーで滑降する。

感想
冬の利尻山が美しい!スキー滑降は3分で終了、あっという間だった。

洋上の利尻富士
20130504-074611-671
山スキーで登る
20130504-074722-109
20130504-074808-515
腰までのラッセル
20130504-075008-750
20130504-075031-171
20130504-075133-031
登山ルート
20130504-074715-671
20130504-075104-812
滑降!
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ノーリミット 終わらない挑戦 45分
2012年12月23日(日) 17:15
★3
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内容
登山家の栗城史多が世界7大陸最高峰全制覇を目指し、エベレスト(8848m)に挑む。単独 (?) 、無酸素 (?) でエベレスト西稜ルートから登る。キャンプ4(7500m)からPM7:15に行動開始するが、AM6:30にホーンバインクーロワールの取りつきまで来て(?)、強風のために敗退する。途中、凍傷と酸素不足で動けなくなり、シェルパに救助を頼む。PM 10:00にC4で休み一晩過ごす。翌朝、救助されるが凍傷が進み、9本の指を失った。

感想
栗城史多は登山家として賛否両論あるが、エベレストは人間の思惑を超えて美しかった。栗城はC2到着時点ですでに指が凍傷にかかっていた。単独行動(?)、無酸素(?)という条件と疲労度を考えたら、強風でなくても1日でホーンバインクーロワール突破して1300mの標高差は難しかったのではないか。今回は指を9本失うという、非常に痛ましい結果になった。
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NHKスペシャル「ヒマラヤ8000m峰 全山登頂に挑む」 60分
2012年12月9日(日) 21:00
★5
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内容
登山家の竹内洋岳がダウラギリ(8167m)に登頂し、日本人初の8000m峰全山制覇に成功する。
ベースキャンプを4700mに設置する。ペアを組んだ中島健郎はキャンプ2の直後で高山病で敗退する。ソロになり、キャンプ3(7300m)を午前1時30分に出発する。天候に恵まれるが、酸素無しで行動が遅れ、午後5時に稜線に到達し、午後5時半にピークに到達する。帰りは午後10時にキャンプ3の手前7500m、-20℃の中をビバークする。翌朝、午前6時半にキャンプ3に到着する。午後1時、7000mあたりで中島と無事再会する。

感想
ヒマラヤは山が大きくて、高度と斜度がきつく、日本とスケールが違い見応えがあった。ペア前提の行動だったのが崩れて、ラストのつっぱりになったが、天候に恵まれてビバークを乗り切った。「8000m峰に登るのは、歩いて宇宙に行くのと同じ」「息を止めて深い海に潜り、その底に手をタッチして、浮かんでくるのに似てる」というセリフが印象に残った。8000m峰全山制覇おめでとうございます。

ダウラギリを遠望する2人
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かなり斜度がきつい
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8000m峰14座の地図 8000m峰はすべてヒマラヤにある
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ダウラギリのアタック計画
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キャンプ3から山頂までのルート これが長い
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世界の名峰 グレートサミッツ エピソード100 パタゴニア・パイネ山群 ~嵐の大地に挑む~ 10分
11月20日(火) 10:40 再放送
★4
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グレートサミッツの10分短縮版。パタゴニアのパイネ山群のアルミランテニエト(2640m)に挑む。足場が悪いガレ場が標高差800m続く。雪面に出たあとのザイルワークで時間を食う。2600m地点まで到達したが、ガスって雪風強く天候が悪く敗退。

パタゴニアの山が非常に美しい。このシリーズのフィッツロイも敗退してた。パタゴニアは1年中風が強く、山が切り立っていて、登山というよりクライミングに近く厳しい。山麓をトレッキングするには好適。

トーレス・デル・パイネ
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アルミランテニエトの山頂付近は険阻 20121120-104748-999
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ふもとからの眺め。氷河湖が美しい。
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