2005年12月26日

第5話 株式会社大仏堂 富田社長 のお話

By konohitonikikitai
16:17
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1.株式会社 大仏堂について

私の祖父・祖母が、90年くらい前に大仏堂仏具店を始めました。

祖父の里も祖母の里も、この仕事をやっています。

京都市内でも、仏師(仏像彫り)・木地師・蒔絵師・彫刻師など同じ一族(富田)でやっています。どういう職人かというと、寺院の内陣仏具や・ご本尊などの新調や修復をする仕事です。

家庭のお仏壇や仏像・位牌の新調修復もやっています。御神輿もさせて頂きました。宗教用具はほとんどすべて扱っています。日本の文化(和の文化)は、仏教文化から影響を大きく受けています。

例えば、彫刻・うるし塗り・金箔押し・神社仏閣の建築・金具・蒔絵などです。この伝統的な技術を守り続ける事も大きな使命の一つとして考え、仕事をさせて頂いています。

2.富田社長が今までに取り組まれた事業で思い入れのある事業について

小さい事かもしれませんが、3年に一回、ただ一人のお客様が灯芯を買いに来られます。その人の為だけに、その灯芯を在庫しています。

あらゆる事に共通している事は、人に喜んでいただいた時に、最も充実感を感じるという事です。あの「心躍る気持ち」が、私にとって、大きな喜びであり、活力源です。思い入れのある事業とは、これを味わせてくれる事業で、こだわりと思い入れをもって行う事業のことですね。

先日も、お仏壇を納める時、仏間の改造に工夫をこらし苦心しました。95才のお婆さんが出て来られて思わず、心の底から「おぉっ」という声を出されました。
そして、「ようなったなぁ」とおっしゃいました。ご主人も母上が、どうおっしゃるか心配しておられました。その声をお聞きになって思わず涙を流されました。私も本当に嬉しかったです。

やはり、冥利に尽きるといいますか一度味わうと忘れられない思いです。

この仕事は、手を合わせていただく仕事の上に、喜んでいただく事が直接反応として伝わってくる仕事で、本当にありがたい仕事だと思っております。



2005年11月28日

第4話 株式会社 吉住工務店 吉住社長 のお話

By konohitonikikitai
13:45
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当社は、私の父が左官業として昭和17年に創業、そして昭和38年4月17日に会社組織に変更いたしました。
今年で創業63年を迎えております。
現在資本金3千万円、社員は私を含む30名です。
総合建設業として許可登録、また一級建築士事務所を併設、官公庁、民間工事等で主に建築工事を手がけております。
 
営業範囲はこの丹波市春日町の本社を拠点に丹波市一円、篠山市・三田市までを営業エリアとした地元密着の工務店です。

社是に真実一路を掲げ、お客様の安心と信頼を獲得することが会社の使命であると考え、社員の資質の向上とあわせ顧客志向体制の確立に向け努力しているところです。

顧客志向体制をつくりあげることを目的に平成13年に品質のISO9001認証取得、平成15年には環境のISO14001認証取得しました。
むやみな拡大は良しとせず、少数精鋭で信頼される会社を目指しております。

 
当社は公共工事を主体(官公庁65%民間35%)していた時期が長く一般から吉住工務店は個人住宅を手がけないと思われるようになりました。

公共投資の大幅な削減が叫ばれる中で、近い将来、そのイメージは致命傷になると考え、平成8年にフランチャイズ カラン住宅に加盟し、春日町にモデルハウスの住宅展示場を解説して住宅専門の事業部を立ち上げました。

そのころから住宅業界にも価格破壊の波が押し寄せ、価格の明確化や流通再編によるコストダウンなどを打ち出した住宅フランチャイズ企業が成長を遂げており、フランチャイズ加盟は当社にとっては住宅事業参入の良い足掛かりとなりました。
それ以来、少しずつお客様からの引き合いもいただくようになってきております。

しかしながら、最近では健康や環境などを重視した高品質住宅の需要も出ていているので、地元の木材を使った環境に優しい健康住宅にも力を入れ取り組んで行きたいと思っております。



2005年09月19日

第3話 県立新たんば荘 周支配人 のお話

By konohitonikikitai
20:19
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新たんば荘は、昭和63年、篠山市群家に新たんば荘として営業開始いたしました。

前身はたんば荘として、昭和41年から昭和663年まで憩いの施設として、福祉の増進に寄与してきましたが、老朽化に伴い、現在の場所に新たんば荘として新築されました。

新たんば荘は兵庫県立で、私どもが在籍いたします財団法人兵庫勤労福祉協会が管理運営を受託しており、ひょうごいこいの宿グループの中の一つであります。

姉妹施設といたしまして、城崎大会議館・津名ハイツ・赤穂ハイツ・いこいの村はりまがございます。

新たんば荘の建物は緑の中の小高い丘の斜面に設置されており、北欧の田舎のホテルを思わせる本館とログハウスがあります。

自然と調和した落ち着いた雰囲気のなかでの森林浴や野山の散策など、ゆったり流れる自然な時間に浸ってみてはいかがでしょうか?

また隣接して、篠山総合スポーツセンターがありますので、テニスや野球・サッカーなどスポーツ合宿にも最適です。

いこいの宿 たんば篠山 県立 新たんば荘
兵庫県篠山市郡家451−4
電話079−552−3111



第2話 −山の在り方とはー 株式会社 木栄 足立社長 のお話

By konohitonikikitai
20:04
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・会社「木栄」ついて

私どもの会社は約40名で構成され、製材・建築請負をしています。

昭和48年に足立製材所として創業したのですが、当初は、当地方にある間伐材を何とかしようという考えから始まりました。

特に、地元の国産材を出来るだけ多くの人に使ってもらいたいという思いを強く持っていました。しかし、なかなかそれができないため、昭和56年に自社の請負業を始め、昭和63年にログハウスの販売・別荘分譲事業を始めました。現在では増改築から一般住宅まで事業を行っています。
 
基本的に木栄では外材は一本も製材しておらず、工務店様に納品する外材は専門業者からの製品で納品しています。又、最近では国産材を使う事で、公共物件も増えており、山も住宅も良いものにしようと、皆で考えられるように取り組んでいます。


・足立さんが展開している事業の中で思い入れのある事業について

戦後山に植林するにあたり、この辺りでは杉・檜の針葉樹を特に多く植えました。
当時は数百人位の人が山に入っていましたが、現在では数えるほどの人しか林業を営んでおりません。

青垣では20数名位です。その人達だけでどうやって山の管理ができるのだろうか・・非常に難しい局面に直面しています。もっとも、単に人数だけが問題なのではなく、現実問題として、自分達が植林したものを使わずほったらかしにしてしまっている、という現状こそが考えるべき点なのです。例えば、近年では割り箸の話などのように、山の木を切ることが悪い事であるというイメージがあり、それが躊躇されがちでした。

また、針葉樹を中心に植えたことは、戦後すぐの状況を考えればよかった政策ではあるかもしれませんが、今の時代に合わせて考えますと、植えすぎた針葉樹を切って使い、一方で広葉樹に交換するのもいいかもしれません。

ここで大切な点は、林業というのはやはり、山に人が入って人が管理する、という地道な作業のもと、人とひととが木々を通じて繋がることにあります。その意味で、私達は地元の木材を大切にしていきたいと考えております。

木の温かみをそのまま人に伝え、いかに納得して使ってもらえるか。特に資源枯渇の叫ばれる現代においては、木は使った後に「再生する」ということを繰り返すことで、CO2の固定もでき理想的な環境保護に繋がるのです。

それを実現しようと思い、この会社で働いております。

木材・建築 株式会社 木栄
兵庫県丹波市青垣町桧倉323−3
電話0795−77−3369



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