October 2010

October 19, 2010

19 important buildings

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ボスだったRaphael Zuber がAccademia di architettura di Mendrisioにて2009年秋セメスターにゲストプロフェッサーとして行っていた成果展です。


19人の学生がスタジオをとり、世界地図を19区のブロックにまずわけてそれからくじ引きで各人が1つの区域を担当しました。最終目標はその区域の中でどの建築が各学生にとって(これが重要)ベストの建物かを導きだすこと。
3か月のセメスターを通じて、まずは各地域の特色、文化、気候、人種、宗教などを調べて、10の建物をピックアップ、そこからベスト3に絞ります。そこでは明確な各学生のクライテリア(判断基準)とともに”なぜ、それが良いのか”という、実に個人的な作業をできるだけ公共化するわけです。そこから最後のベスト1を導きだし、超巨大で詳細なドローイングと、その建物のアイデアが表現されている模型を最終講評会で発表というセメスターなのでした。この展示会ではそのベスト1の建物のドローイングが会場で展示され、同時に本も出版されてます。本の内容はもっと、セメスター自身のプロセスに焦点を当てています。


詳細はここ、イタリア語とフランス語とドイツ語しかないのですが…  Istituto Svizzero


“Teaching Architecture: 3 Positions Made in Switzerland” とうたわれたこの展示会は、ヴェニスの建築ヴィエンナーレに合わせてローマにあるスイスの機関が、スイスの建築教育を紹介しようと企画したもの。
スイス国内の3つの主要大学からそれぞれ1つのスタジオが選ばれています。
ETHからはChrsit & Gantenbainのスタジオ(すでに終了、しかし本がETHの出版会社からでてます)、メンドリジオからはRaphael Zuber(ワンセメスターだけのゲストだったのに)、EPFLからはUlrich Kirchhoff(この建築家もワンセメスターだけのゲストだったらしい、こちらは11月に開催)。

展示会全体のグラフィックはバーゼルのLudvic Balland Cabinetというとこがやってます。
Ha&de Mなんかの本や、Christ & Gantenbainと恊働していますし、上海万博のスイス館も関わっているらしい。
僕も丸3日間バーゼルのそのオフィスに派遣されて、ちょこちょこバーゼル事情を垣間見えました。
やはりスイスの北と南じゃ起こってることが違うなーと。
本当は設営までヴェニスにてやる予定だったのですが、シェンゲンビザの関係でイタリアには入国できず!ということが判明。スイスを出てフィンランドに渡ったわけです。
(シェンゲン協定は国によって個別の法律があるらしく、フィンランドはいても良い)


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これが事務所から送られてきた展示会場の写真


僕がスイスを去る直前が締め切りだったので、展示会のオーガナイズなどをまかせてもらいました。恥ずかしながら、ドイツ語ができなかったので事務所の外の人とコミュニケーションをとって仕事をするという経験が今までなく、幸い相手方のグラフィックデザイナーの担当者が英語ができたのですが、1年以上いたのに初めて次の段階にようやくいけたな、と痛感しました(遅い)。

言語ができないと対人関係の仕事は本当に大変で、これ以上の段階に行きたいと思うと、やはり本当にネイティブなみの流暢な言語能力が必要とされます。そうなると5、6年はいないとダメになる。でもこの段階の仕事って本質的に日本でもきっと同じなんだろうなと思っています。そういうところはまさに日本に帰って待っている次のステップなので楽しみではあるのです。


いろんな圧力に耐えてやれた展示会だったので見にいきたかったですが残念無念。
これからヴェニス・ヴィエンナーレに行かれる方はお時間あったら足を運んでもらえると幸いです。
2010年10月30日までやってます。ただし、日曜日と月曜日はやってません。
場所はこちら。


大きな地図で見る




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October 10, 2010

In Venice, Rumania Pavilion

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1:1, Romania Pavilion, Venice Biennale 2010


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ルーマニア館の設計チームと、ルーマニアの学生たち。



記事が前後しますが、まだ旬であるうちにVenice Biennaleのルーマニア館だけの写真をご紹介。
(もりなかくんにも解説を投げられていたのにこんなに遅くなってしまってごめん、もりなかくん)


2年に1度開催される国際建築展覧会が8月の下旬から11月まで開催されています。全体でいうと、美術部門、映画部門、建築部門、音楽部門、演劇部門、舞踊部門と別れているらしい。(wikipediaより)

建築に関わる人間にとっては1度は聞いたことのある名前の展覧会でとても有名なのです。
今年は特に日本とは縁があって、建築家の妹島和世さんが総合ディレクターとしてテーマを「People meet in architecture」としました。

この展覧会にルーマニア人の同居人が、5人のチームで挑んだパビリオンのコンペで勝ったわけです。夜な夜なルーマニアにいる本隊とスカイプをして、眠い目こすって仕事にも行ってました。
そして、彼から招待状をもらったのでオープニングに行かせてもらい、その日はさすがに建築界の大御所や有名人がごろごろとおりました。


スイスにいながら前回のヴィエンナーレ(Churからでも6、7時間はかかるのです)には行かなかったので、今回がVeniceの街自体が初めて。そして展示会自体も初めてだったのですが、個人的な全体の感想を言うと正直がっかりしてしまいました。
世界の各国での建築の情勢をある程度は映し出すものでもあるし、建築界の全体のパワーバランス(どいつが今後世界の建築をリードしていくのか!?)、そういうものさえ反映しているという意味では全体を見るのは非常に面白かった。しかし、各国のパビリオンにいたっては万博の縮小版として挑む国が多く、明らかに量と質ともにパワーに欠け退屈でした。
そして、招待建築家たちの作品もかなり面白くないものが多く残念、建築なのか、アートなのか、何なのか、はっきりしないものが多すぎる。


そんな中で、ルーマニア館は大健闘しています。
1:1(one to one scale)と題されたこの展示には首都ブカレストの人口密度と同規模の真っ白なボックスがルーマニア館の中にあるのみ。非常に抽象的だけど、予算が限られたなかでのパフォーマンスとしても、アイデアとしてもこれほど”国”を力強く表す展示は他にはなかったのです。



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ヴェニスの街自体についても少し触れると、海が陸になってる!というのが新鮮すぎて面白い。
(街の人にとっては当たり前なのだろうけど)
それでいて、とても細い路地があったり、路地と路地を利用して洗濯物してたり。
旅行するならおすすめの街です、良い街だったなー。



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Team Rumania, Thanks Liviu, Romina and Tudor !!



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October 06, 2010

スイスを出て3日目

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去年の9月から住んだ部屋 ベッドなどやライトはもともと家のものだったので置いていきます


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去年の夏に3か月住んだ超でかい部屋 上の小さな部屋の隣なんですけどね。白とびしてますが、左にある牛の敷物を友人達に頂きました。すごい気持ちがいいのです。寝てるのは同居人のリィビュウ。


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バイバイパーティのあとのリビング 30人近くの人たちがわざわざ来てくれました、幸せ者です。



8月の最初の週に行ったスウェーデン旅行の回顧もままならず、すでにスイスを出て今はフィンランドにいます。
9月頭あたりから最後の仕事を任されて、バタバタバタバタと時間が過ぎていってしまいました。展示会のオーガナイズをやらせてもらって、10月7日からイタリアはヴェニスにて始まります。この詳細は後日。


スイスを出る最後のあたりはほんとにもうバタバタで、荷物の整理や、友人達に別れをつげたりと感慨深いはずなのに、僕自身はスイスを出ていくという感覚が全くといっていいほどなく、むしろ友人達が悲しんでくれる様子をみてこっちがウッとくるということが続きました。
たぶん、日本に帰って現実に戻った瞬間からスイスを、そしてクールを懐かしむんだろうなと思っています。そのときは日本のお酒とつまみとともに涙を流そう。


どうしても、人というのは自分の居場所を肯定してしまう。
頭の中はポジティブであることは生きる上で必要不可欠なことだけど、良かったという時でさえ客観的に自分の立ち位置を確認することは大切だ。
でも、改めてスイスでの3年間が「良かった、悪かった」かなんて振り返ることは今は到底意味がない。もちろん、それぞれの場面で得た経験や反省すべきことは振り返る必要はありますが。

「長い人生の中で大学院2年+1年働く経験を海外で」
日本を出る前に考えていたこのことにブレはないことは確かと言えそう。これは(なんとか)ちゃんとやることができた。むしろ1年半も働かせてもらえた。

本当にこの3年間がどうだったかはこの先の人生の過程でみつけ、そして表現したいと思います。
それが彼らに対する一番の恩返しになると思っていますから。

若い学生(じゃなくても)はとにもかくにも外に行って生活してみることです。普通に生活するってことがミソです。(でもしっかりと下準備はしたほうがよいのは言うまでもないが!)






ということでフィンランドから(たまりにたまった写真の)怒濤の更新を開始します。
日本には下旬に着きます。





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