人は何かを為すために生まれ、為し終えた時に死んでいく――ようやく答えが出たか。

――学園都市第七学区・第三十四戦域――

「まだだッ、まだ砕けはせんぞッ!」

 猛ける声、より力と勢いを増していく漆黒の闇、素粒子集合生命体へと変貌を遂げた光の超越者を相手に、闇の星を手にした男はその圧倒的な攻撃力の限界を超えて、更なる力を発揮する敵を前にして、徐々に徐々に進化をし、限界を突破してきたはずの自分の力が通用しなくなり始めていることを実感し始めていた。

 何だ、この目の前の生物は本当に自分と同じ人間なのかと疑問すらも抱き始めてしまっている。何故これほどまでの力を発揮できる。既に自分自身は限界を迎え始めているというのに、それでも尽きぬほどの力を発揮するこの相手は何なのか。

(これが、この力の差こそが、ただの人間と超越者の力の差であるというのか。決して超えることはできない壁、我らが何度挑もうとも、この絶対的な才覚の壁を超えることはできないというのか……)

 むしろ、その才覚は依然に戦った秋月凌駕をも凌ぐものであるとイグニスは痛感させられる。秋月凌駕は意図的に自分を人間という立ち位置に押し込めようとしていた。結果としてその超越者としての在り方を狭め、彼自身の本来の超越者としての才覚を意図的に封じてしまっていた一面があった。

 しかし、オルフィレウスは違う。そのような自分を制限するなどということをこの時計の王がするはずもない。イグニスが全力で向かってくる以上、己の総てを曝け出す事こそが肝要であるとばかりに、全身全霊を以てぶつかってきている。

ブレーキなど存在せず、自分を偽ることがないようにと、己の人の容というモノを捨て去ってまで、頂点を目指し続けてきたのだ。

 その執念に、その意地にただの人間の身体ではどうしても追いつくことが出来ないのだ。誰の目にも明らかな形で、始まる前から決まり切っていたかのようにネスツ首領イグニスが時計機構首領オルフィレウスに対して敗北するという形で戦いが終わりを迎えることを痛感させられる形で終わりを迎えようとしているが、イグニスはそう簡単にあきらめることが出来るとは思えなかった。

(凡人と超越者の才覚の違い、それが何だというのだ。我は、いいや、我らはそのようなモノすらも超えて見果てぬ夢を、我らが生まれたことの意味を求め続けたはずだ。その極点へと至ることを、自身の怖れを、無力を、嘆きを、何もかもを越えなければ追いつけぬというのならば、もはやこだわる必要などなし。我は今、この戦いのためにいまだタタリとしてこの場にいるのだから!!)

 最後の躊躇をイグニスは踏み越えた。オルフィレウスの執念に勝るには己もまた同じほどの執念を持ちあわせなければ追いつくことが出来ないと理解をしたのだ。

 ならば、追いつくにはどうすればいい。一つしかないだろう。己もまた同じように、超越者が簡単に実行できたことを、凡人のみではあまりにも恐怖を感じてしまいかねないそれを実行する他ないだろうと割り切ったのだ。

「闇よ、貴様は全てを呑み込み、総てを虚無へと連れていくのだったな。ならばそれで構わん。貴様のそれを我は肯定しよう。あの光すらも呑み込むために今だ力が足らぬというのならば、我すらも呑み込むがいい。我という闇の星を核として、今こそあの光の総てを一片すらも残すことなく飲み尽くすがいい!!」

 もはやイグニスはこの戦いからの生還など望んですらいない。ただ願うのはオルフィレウスに勝利することが出来る唯一つの終わりだけだ。

 人は何かを為すために生まれ、為し終えた時に死んでいく。であればこそ――ここでオルフィレウスを打倒することこそが自身の命題。世界征服など望むべくもなく、ロビンフッドの打倒すらも叶わなかった。

 だが、そもそもの始まりは何処であったのか。己が野望を求めて突き進んだ原点はあの時計の頂点。超越者として星を見下ろす男とを引き摺りおろし、世界に君臨することこそがイグニスにとっての原点だった。

「永続は求めん。ただこの一瞬に、この瞬間に、我は貴様を越えて、我が命題を完遂する!!」

 瞬間、闇がイグニスの身体をも呑み込んで爆発的な広がりを見せていく。目の前に広がるのは闇、その版図は世界そのものを覆うのではないかと思えるほどに爆発的な広がりを見せていく。

 無論―――目の前の光がそれを許せばであるが……

「それが貴様の至った答えか、イグニスよ。嬉しく思うぞ、私という極点をめざし、ここまで成長を果たした。敵役として憎まれることはあっても、私を目指し、私を打倒するためにそこまでの成長を果たした者など見たこともなかった。あぁ、真実、私は今、人の限界を超える瞬間というモノに立ち会っているのかもしれないな」

 そのイグニスの執念をオルフィレウスは心から称賛する。秋月凌駕のような生まれついての超越者でもなく、緋文字礼や御坂美琴のような天才でもなく、あくまでも当たり前の人間の枠の中にしか入ることが出来ない人物が、執念1つでここまでの進化に行き着いた。無論、それは彼だけの力ではないだろう。ネスツという組織を立ち上げるに足りるだけの人員がいればこそ、彼は此処まで這い上がってくることが出来た。

 時計機構という巨大組織の中でオルフィレウスが見下していた衆愚と同様に彼が生み出した科学技術の恩恵を授かっているだけの愚かな凡俗とイグニスを見下していたことも決してオルフィレウスは否定しない。

「だが、今のお前を誰が嗤うことが出来る。あぁ、私の光を呑み込まんとするその闇が、私の心を苛んでいく。呑まれれば私とてひとたまりもないだろうと確信を持っているよ。 もはや我が後ろを歩む凡愚に非ず。我が横へと立ち並び、このヨハン・エルンスト・エリアム・ベスラーに死を突きつけてくる原初の厄災にまで貴様は進化を果たしたのだな!!」

 秋月凌駕はオルフィレウスにとっての鏡あわせのもう一人の自分だった。だが、イグニスはオルフィレウスの目論んだ人類の進化の理想を体現する男だった。

 物質文明の中でただ消費することしかできない愚かな人類から脱却し、超越者へと今、この一瞬だけであろうとも、至ろうとする男にオルフィレウスは最大限の称賛を口にするとともに、己の全身全霊を懸けて目指した極点に相応しき己を貫くために、イグニスを砕くと誓った。

「よくぞここまで上り詰めた。感謝しよう、認めようイグニス。このタタリとして再び世界に姿を現したことを、ただの使命ではなかったのだと私は今、実感した。

 この身がタタリとして意味を成したのだと、お前が私に教えてくれたのだ。秋月凌駕の理想が世界に定着し始めたように、私の理想もまた理想ではなく現実としてあることが出来るのだと、お前が証明してくれたのだ!!」

 ただ一つだけオルフィレウスにとって無念であったことを口にするのであれば、それが自分の手を離れた後に結実をしたこと。

 それだけはかの天才にとっても心残りではあったが……

(いいや、それゆえにだったのかもしれんな。私の手を離れてしまえばこそ、私という超越者の手が何一つ入っていなかったからこそ、私の願いは結実したのかもしれない)

 願いとは簡単に叶うものではない。超越者も凡人も、同じように届かぬ夢であるからこそ手を伸ばす意味があるのだ。

 己の手ではそれを達成することはできなかったが、正しさだけは証明された。それだけでオルフィレウスには十分だった。

「駆動せよ、我が鋼の心臓よ。我が願にして、我が理想を体現した挑戦者の全力の一撃。振り払って見せよう、我が願いは時計の針が永劫、時を刻まんとするために。何の指針も存在しない虚無の闇を振り払い、時代を先へと進ませる時計の針の意地を示すぞォォォォォ!!」

此処までに無間質量を弾きだしていたはずのオルフィレウスの力がより一歩膨れ上がっていく。出なければ迎撃できないとオルフィレウスも分かっているのだ。

「あれは世界を滅ぼす闇だ。深淵へと世界を連れていく闇だ。友よ、君も分かっているのだ。それに抗うには闇という一切の総てを滅ぼすほどの絶対なる光の一撃が必要であることを。無間質量でなければ可能にすらならない絶対的な一撃が必要であることを」

 これまでのオルフィレウスの攻撃はあくまでも、その無間に放出されるエネルギーをただ振り回していただけに過ぎない。

勘違いしてはならないのは何も遊んでいたわけではないということ。普通の能力者であればある程度、能力の配分を考えた上で戦闘をすることが当たり前ではあるが、無間質量を放つことのできるオルフィレウスはそこに意識を向ける必要がない。必要な時に必要なだけの力を放出することが出来る。

 それは絶対的に戦いに置いては有利なのだ。浸食するかのように空間そのものをイグニスの闇が浸食していく。オルフィレウスが剣を掲げ、それ以外の、彼が立つ場所以外はすべてが漆黒の闇へと飲みこまれていくのだ。

「このまま総てを闇が覆えば、もはや物質文明が戻ってくることはありえないだろうが、それを考えても意味のないことか。何せ、イグニスよ、お前はそこまでを考えてこの選択を選んだわけではない。ここまでしなければ貴様は勝つことが出来ないと考えたのだ。ならば―――後先を考えない愚か者の行動などと笑うことはしないとも」

 向けるのはその絶対的な格上に対して勝利するために思考をし、選んだという事だ。

 無間質量を上回るためには止まることなく広がり続けている無明の闇で対抗するしかないと判断をしたこと。例え、己という確固たる一つの存在が崩壊することになったとしても、結果として闇が光を呑み込めば、イグニスはオルフィレウスに勝利したという結果が残る。その代償として世界が崩壊するとしても、その崩壊するまでの一瞬に置いて、為したことの意味は残る。

 第三者からすればまったく理解できないだろう。世界を滅ぼしてでも名声を手にしたいなどと破滅願望者の考え方であるとしか思えないと考えるはずだ。

 しかし、オルフィレウスは知っている。時に人が願いを叶える行為というのは、他者には全く理解を及ぼすことのできない領域にて行われるのであると。

「それでもお前は私に勝ちたいのだろう。それほどまでの意思を以て私に向かい合ってくれたのだろう? 応えるとも!!」

 結城友奈に呼び出されタタリとしてでもなく、超越者としての壁でもなく、ましてや時計機構の狩猟としてでもない。

 ただ、戦意を向けられ乗り越えたいと思われた一人の男として、一人の人間として答えなければ嘘になると分かっただけのことだ。

「秋月凌駕よ、もう一人のオルフィレウスよ、ようやく理解できた。やはり、私は性急であったらしい。答えを急ぎ過ぎた私が消えた先に此処までの輝きを放つ存在が現れた。凡愚と侮ったモノであったとしても、これほどの時間の経過と共にこれほどの輝きを見せるようになったのだ。あぁ、かつて聞かされたように歩くほどの速さであっても人は先へと進み続ける。絶望するなど、あまりにも早かった」

 イグニスだけではない、自らを呼び起こした結城友奈という少女も決して世界に愛された者ではなかった。彼女も凡俗であり、ありふれた少女であり、僅かな勇気を持ち合わせていたとしても、自分やシャノンのような高みに飛べるような人物とは全く違っている。

 けれども、そんな少女が自分たちと同じ答えへと行き着いたこと、そこには意味があると思うのだ。易きに流される事無く、自らの手で自分たちの運命を勝ち取るのだと少女が宣誓をし、その為に歩くほどの速さで進んでいくと口にしたあの瞬間に、オルフィレウスの胸に生じた感情を彼は決して忘れることはないだろう。

 だから、彼は彼女に協力すると決めた。かつての理想、導きたいと願った人間の在り方を体現した少女に感銘を覚えたからこそ、彼は今ここでもう一度鋼の心臓を駆動させている。

「そういうことなのだ、私や秋月凌駕が言うのでは意味がない。彼女やお前が目指すからこそ意味があったのだ!」

 間違ってなどいなかったとオルフィレウスは確信した。かつてヨハン・エルンスト・エリアム・ベスラーが静かに願った人類の革新は彼の目の前で僅かではあっても生じている。

 神の世界など存在しなかったとしてもその先にて無限大の可能性を持って、世界に産声を上げている。

「だから、護るとも! それこそが私の夢だ、タタリとしてもう一度この世界に顕現して私は良かったと思っている。イグニスよ、こうしてお前と出会えた数奇な運命に感謝を。

 誰よりも遠く、誰よりも交わることなく、最後まで互いに理をぶつけることしかできなかったもう一人の私の理解者よ、その存在は私にとっての祝福だった。

 ならばこそ、最大限の感謝と共に、私の全霊を以て消滅させてやろう!!」

 素粒子生命体として、既に人の姿から完全にかい離してしまっているその在り方すらもおぼろげになるほどにオルフィレウスの全素粒子が己の持っている剣へと集約していく。無限質量の刃に込められるオルフィレウスという存在の持ち得る魂の質と格が無明の闇を吹き飛ばすための一縷の光へと変わっていく。

 その一撃に大袈裟な名前など付けるべきではないのかもしれない。何せ、古今東西、人の歴史は闇に光を灯すための作業であった。焔によって世界を灯し、技術によって世界を明かし、叡智によって世界を広げた。そのたびに闇の版図を狭めて、世界は彩りを増していった。

 その原初であると公言するかのような一縷の光が無明の闇を吹き飛ばしていく。無間質量と絶対的な魂の格を持ち合わせた男の全身全霊、己の魂すらも闇へと飲みこまれるかどうかの瀬戸際で全ての力を放出しているかのような一撃が周囲一帯を光によって埋め尽くしていく。

 夢の存在であるが故に白儀響たちとの場所以外の総てを照らしつづけながら、その闇は光によって駆逐されていく。

「くく、はは……、結局はこうなるのか。闇は光によって駆逐されていく。道理ではあるな。それを覆すために、それを為すために此処まで何度も何度も歩み続けてきたというのに」

「馬鹿をいうな、貴様がどれ程のことを為してきたのか。それを己が否定することなど最も愚かなことであると理解するがいい、少なくとも私はそれを理解しているぞ。凡愚であると己を否定するのならばそれこそ胸を張るがいい。貴様はこのオルフィレウスに存在そのものを懸けてまでの力を発揮させるまでの存在であったのだぞ?」

「――――――――そうか」

 その言葉にイグニスは思い知らされた。自分が求め続けた終焉の相手の言葉にこそ答えは託されていたのだ。時計機構という存在の中で木っ端でしかなかった己が時計の王であった超越者に認められるまでに至った。

 その称賛の言葉こそが、オルフィレウスに自身の願いが間違いではなかったことを理解させたことこそが、イグニスの為した答え。超越者の求める理想にまで手を伸ばした愚かな凡愚の物語の行き着いた結果であった。

 人は何かを為すために生まれ、為し終えた時に死んでいく。イグニスが常に口にしてきた言葉。多くの人間にとって一つの指標へと変わってきた言葉。それを求め続けた男は、今わの際にて己がようやくその境地へと至ったことを理解したのだ。

「次に会うのは夢か、死後か。どちらでもいい、その時を楽しみにさせてくれ。我が後ろを歩んできた者よ。お前もまた、我が愛しき理解者であると知ればこそ」

 常に先を歩み続けてきた絶対なる超越者の言葉、無念はある、幾多もの思いを託されてきたことは事実だ。だが、それでもその男からの言葉は万の勝利よりもなお尊く、死出の旅路へと再び向かう男への餞となった。

「くく、我が闇は消えぬ。次こそは、次こそは――――」

 お前の光を全て喰らってやろう。そう最後に言葉を残して、ネスツ首領イグニスは満天の光の中へとその姿を消失させた。

 その消え果て総てが、光へと散った世界の中で、再び人間の姿を取り戻したオルフィレウスは静かに呟く。

「ああ、向かってくるがいいとも。私は逃げはせん。時計の針が静かに時を刻むように、私もまたこの世界を見守り続けるだけだ」

 自分が進ませてきた科学文明を人間が遅くとも進ませていくことを信じて……、その核心を再び抱くことが出来たことこそが、オルフィレウスにとって何よりも変えがたい収穫であったのだ。

 

――???――

「アトランティス・ストラァァァァァァァイク!!」

 ネームレス・ワンの巨体が怯み、飛び込んできたリベル・レギス目掛けて二つの神獣弾が直撃するとネームレス・ワンへと直撃する形でリベル・レギスも打ち付けられる。

 九朔の戦闘に元気づけられるような形で、九郎とアルは完全にそのモチベーションを甦らせ、テムオリンの目論みを完膚なきまでに崩すために戦闘を続ける。

 実際の所、この戦闘は終始、九郎たちの予想するところへと着地し始めようとしていた。術者を持たない自動制御のような形で戦闘を繰り広げている二体の鬼戒神に対しては脅威を覚えることはなかった。あくまでも、操縦者を持たずにテムオリンの力によって甦っただけの凡百のタタリと変わらない鬼戒神。やはりそんな者は怖れるに足りないのだ。

 九郎が苦戦し、何度もその辛酸をなめることになった紅の鬼戒神はあの圧倒的なまでの憎悪と冷たい絶望を抱えた少年と少年を支えるために総ての怒りと憎悪を抱きしめしてきた魔導書が存在すればこそ、成立する力であった。

 デモンベインが三位一体であるようにリベル・レギスもまた三位一体、鬼戒神だけを揃えたところで、その力が本来の領域にて発揮されるなどとそんな都合のいいことは起こりえない。

(分かっているよ、マスターテリオン。お前がどうしてこのタタリが溢れる世界の中でもう一度姿を見せなかったのか、お前たちはようやく眠ることが出来たんだもんな、無限螺旋の世界を抜けて、ようやく二人だけの孤独な世界に浸ることが出来た。邪魔なんてされたくもないもんな)

 当事者から外されて観客席から愚かな人間たちの営みを笑いながら見届ける。それこそが自分たちに許された唯一の安らぎであり娯楽なのだと二人は理解している。 

 だからこそ、彼らは表舞台に立つことを諦めた。誰かの言いなりになるなどともはや二度と御免だと思えばこそだ。

 怖れることはなかった、ただ亡者のように亡骸を利用されているこの憐れな鬼戒神たちに終わりをくれてやればいい。もう一度眠らせてやればいい。

「本当に九郎さん、貴方という人は私にとっての鬼門なのですね。正直に言えば、私はタイタス・クロウと戦った後の貴方がたを此処に閉じ込めた時点で半ば勝利を確信していました。だって、そうでしょう? あの絶対的な英雄タイタス・クロウを相手にしておきながら、どうしてそこまで戦うことが出来るというのですか」

「んなもんは前からずっと言い続けているだろうが、俺は後味の悪い思いなんてのをしたくないだけだっての!!」

 ここからもしも、出られないなどということになってしまえば、九朔たちを置き去りにすることになる。皆が頑張って戦っている戦闘に参加することが出来なくなる。

力尽きてもうどうしても立ち上がることが出来なくなってしまったのならば納得することもできるだろうが、そうでないというのならば、ここで足踏みをしている場合ではない。

 自分にとっても、誰かにとっても、後味の悪い思いをさせるわけにはいかない。その思いだけを胸にこれまでも戦ってきた。そしてこれからも変わらない。

「もしも、俺がお前にとってどうしても勝つことが出来ない相手だってのなら、それはこれから先も変わりはしないんじゃねぇか? だってそうだろうが、テメェは決して変わろうとはしない。自分のやりたいことをやりたいと吼え続けているだけなんだ。変わろうともしない奴が何度同じことをしたところで、結末が変わるはずがないだろうが!!」

「ええ、そうですよ、私が変わらない? 当たり前でしょう、これまでにどれ程の長い時間を私が自分の願いのために、ナイアルラトホテップ様のために費やしてきたと思っているのですか。今更それを変えることなど出来るはずもありません。総てを無かったことにするというのならば、それこそ何も叶えることなく消え去った方がマシというモノ」

「だったら、答えは決まっているだろうが。自分の安全なんてものを考えるんじゃなくてよ、ぶつかっていけよ!! テメェが負けた相手に安全圏にいるままに勝てるなんて思っているんじゃねぇよ、どこまで俺達を安く見ているんだ!! そんなんだからお前は何度やっても俺達に勝てないんだよ!!」

 叫ぶ九郎はそのまま再び立ちあがり、亡者のようにまるでダメージを負っていないように動いてくる二体の鬼戒神へと攻撃を加える。何も最早怖れることなどなかった。

 テムオリンという相手と戦っている中で九郎が先程のタイタス・クロウとの戦い以上に彼女に対して明確に勝てないかもしれないという想いを抱えることがなかったのは、彼女がかつてから進歩しようとしていなかったことが分かってしまったからなのだろうと思うのだ。

 もしも、僅かでも変わることを考えていたのだとすれば、テムオリンはタイタス・クロウと同様に九郎とアルに取って最大の敵の一人として君臨していたはずだ。

 他の仲間たちにとってはエターナルとして絶対的な敵として映るかもしれないが、九郎たちにとってはかつても乗り越えた相手でしかない。

「俺達がむしろ、どうしようかと思っていたのはここから抜け出すための方法だ。それだけはずっとどうすればいいのかわからなかった」

「何せ、妾たちにとって、ここは未知の場所だ。何処に向かえばいいのかも全く分かりはしない。下手なことをすれば状況を悪くすることになりかねんと思うのも自然なことであろうよ」

「けどよ、分かったぜ。答えはずっとテムオリン、お前が指し示していてくれたんだ」

 結局のところは自分たちが持ち得る武器でしか、状況を改善することなど出来ない。突如として降ってわいたように新しい力が発現するなどということはありえないし、都合よく味方がこの場所に助けに来てくれるなんて言う事も有り得ないのだと九郎もアルも分かっている。

 しかし、万事休すというのであるのかはまた別の話だ。何せ、九郎たちにはまだ試していないことが残っているのだから。

「まさか――――」

「ああ、そうだよ。この夢の世界っていうのは自分たちの経験を形にすることができるんだろ? だったら、俺達にだってできるはずだよな、かつての力を。

 輝くトラペゾヘドロンをもう一度形にするってことも!」

 そんな光景を九郎もアルも何度となく目にしてきた。それは自分の中にあるイメージを確固たる形へと変えること、現象を再現するための力である以上、発展性を望むことはできないかもしれないが、そもそもアレに発展性を望むということ自体が間違っている。

 星であろうと生物であろうと触れれば存在そのものを消失させてしまうであろうあの一撃ならば空間すらも破壊することが出来てしまうかもしれない。

「馬鹿な、何を言っているのか分かっているのですか! この空間を破壊すれば何が起こるのかわからないというのに」

「だが、どっちにしても、てめぇのさじ加減次第でしか解放してもらえるのかどうかも分からないんだろ? だったら、やってみた方が早いんじゃねぇか?」

 

――学園都市第七学区・第三十四戦域――

 白儀響はその様子に思わず眉を顰めた。彼は全ての事象を理解している側の存在であるからこそ、それがいかに異様な光景であるのかをよく理解しているのだ。

「サータ・ホーグラ、こんなことを言うのも何だけれど、まさか君が手加減をしているわけではないんだろうね」

「貴様、誰にモノを語っている。余が人間に対しての手加減? 何故、そのようなことをしなければならない」

「だろうね……、君ならばそう言うと思っていたさ。だからこそ、不可解すぎるんだよ、この状況は」

 目の前の少女、結城友奈は折れ掛かっていた心を支え直し、未だに白儀とサータ・ホーグラに対して戦う姿勢を崩さないでいた。

 勝負など最早目に見えている。友奈の攻撃では白儀を傷つけることはできず、サータ・ホーグラの力を使った攻撃は確実に彼女の身体と心を侵食し、本来であれば最早立ち上がることなど不可能なほどのダメージを与えているはずなのだ。

 にもかかわらず倒れない。むしろ、拳を握って未だに戦おうとしている様子には白儀の方がおぞましきものを感じてしまう。

 人間にとっての原初の恐怖を目の前にしながらも未だに立ち向かおうとする姿勢など普通に考えれば絶対に有り得ないと思えてしまうというのにである。現に彼女と共に立ち向かっている宗冬は既にサータ・ホーグラの影響を受けているのか、友奈の代わりをしている様に震えが生じて変調をきたし始めている。

「まったく、自分が嫌になるな。君が戦っているというのに、自分だけは逃げ出したいと思ってしまっている。あれほどの絶望を嘆きを覚えた経験があるというのに、それとはまったく別個にこの恐怖を自分の中で拭えないものであると感じてしまっている」

「大丈夫です、だって私も同じだから……、本当は今にも逃げ出したいんです。でも、逃げたくない、逃げられない。私は勇者だから。

 勇者は人のためになることを勇んでする者。誰もが恐怖に震えて動けないのなら、私はそれでも足を進める。それだけで誰かの心に響くことが出来ると信じているから……!」

 恐ろしいと思う気持ちなど友奈とて抱えていない筈がない。今すぐにでも投げ出したいと思ってしまう気持ちだって持ち合わせている。けれども、友奈は自分の立場、そして自分が何をしなければいけないのかを自分の心に強く言い聞かせている。

 自分は勇者なのだ、この万仙陣という巨大なシステムの中で観衆たちが観察しているこの戦いで勇者とは何をする者なのかをはっきりと理解している。

 だから、逃げない。膝をつかない。

「でも、本当はちょっと諦めかけていたの。でも、幽雫さんが支えてくれたから、一緒に戦うって言ってくれたから、私だけではだめかもしれないけれど、誰かが支えてくれるのならこうして立ち向かうことはできるんだってもう一度理解できたから」

「君は……」

 力のない笑み、けれども、その笑みを見れば、失いかけていた力が、心がもう一度湧き上がってくるような気持ちを覚えた。

(そうか、俺がこうしてアイツと対峙しながらも、まで戦うことが出来ると考えている理由の一つは……友奈、君がいるからなのか)

「なるほどね、よく理解したよ。サータ・ホーグラ、どうやら僕たちはまんまと彼女に乗せられてしまったらしい」

 白儀もそこで気付く。何故、先ほど以上に彼女が自分たちに立ち向かう姿勢を露わにすることが出来るのか。原初の恐怖であるサータ・ホーグラを前にしてこれほどの長い時間を戦闘にかけるなどということがまずおかしなことであったのだから。

 しかし、その謎も白儀はようやく合点がいった。最初から彼女が何かをしていたわけではないのだ。むしろ、その逆。結城友奈と自分たちの戦いをこの万仙陣を通して観衆たちはずっと目撃し続けている。その過程の中で観衆たちは目撃したのだ。結城友奈の戦いの一部始終を、そして幽雫宗冬という同じ人間が傍にいることによって彼女が立ち上がる姿を。

「サータ・ホーグラという存在は人類すべてにとっての脅威だ。誰もが僕らを目の前にすればその恐怖によって心を呑み込まれる。けれども彼女はそれを抑えて戦っている。眺めているだけの観衆たちはこう思うだろうね。もしかしたら、自分も立ち向かえるんじゃないかって。結城友奈という少女の等身大の在り方は人間たちにとって勇気を与えるにはあまりにも好都合すぎるんだろうね」

 だからこそ、彼女は立ち上がることを辞めなかった。恐怖に支配されているとしてもあえて、闘いつづけることを選んだ。それこそが反撃の狼煙になると分かっていたからこそである。

「まんまと乗せられたわけだよ、サータ・ホーグラ。君は人類にとっての恐怖であるという存在であるからこそ、彼女を広告塔にする役に一枚噛んでしまったというわけだ」

 勝負には負けるだろう、どうしたって勝つことはできない。けれども、先々までを見据えればどうだろうか。人々にサータ・ホーグラという恐怖に立ち向かうための心を醸成する。観衆たちの心の流れがある種の援護機能として効力を発揮するこの万仙陣の中に置いては友奈の行動がどれ程の意味を持つのかは計り知れない。

「それがどうした?」

 しかし、白儀の解説を耳にしながらも全く同じ口から、夢界の口にした言葉とは真逆の反応が帰ってきた。

「なるほど、人間どもが余に対して抱く感情を少しばかり逆なでしたと。ああ、そうか、それはわかった。しかしな、夢界、貴様何を噴抜けたことを言っているんだ?

 最初から人間どもなど、総て排除するんだから、それで何を怖れなければいけないというのか。余には理解はできんな」

「まだまだ終わりそうにありませんね」

「付き合うとも、この身体が動くまではずっと。君を1人にさせはしない」

 例え、何が波及しているとしても、サータ・ホーグラにはここで戦闘を辞めるだけの理由など存在しない。最後まで殲滅をするのみ。その意思を明確にして、白儀の身体を使って友奈と宗冬を追いこもうとした瞬間のことだった。

 眩いほどの光が闇という闇の総てを振り払うほどの光が、周囲総てを照らし出したのだ。

 それがオルフィレウスが放ったイグニスを消滅させるための光であることに最初から気付けたものが果たしてどれ程いたのだろうか。

 白儀ですらも理解することが一瞬出来なかったその光の奔流を前にして、状況は一時的な中断を余儀なくされる。

 その一瞬の中断こそが、この戦いを次のステージへと持ち込むこととなったのだ。

 

――学園都市第七学区・第三十三戦域――

 輝くトラペゾヘドロンの光――それはアザトースの庭を拓くための鍵である。リベル・レギスに搭乗するマスターテリオンが持ち得ていたもう一つの鍵と重ねあわせることによって真価を発揮する力。その総てが開放された時に、アザトースの庭は解放され、テムオリンの悲願は達成される。

 しかし、それとは全く別にそれは相手を害する力としてあまりにも絶大な力を持っているのだ。振るうことによって門を開き、相手をアザトースの庭へと放り込むことが出来る、いわば別世界へと強制的に送り出すことが出来る力。それこそが輝くトラペゾヘドロンである。

「やめなさい、そんなことをすれば!!」

「なんだよ、ビビってんのか、テムオリン。結局、おまえはいつだってそうだ、大層な策略があるように見せかけても、最後の一歩が踏み出すことが出来ない。どこまでも自分が安全圏にいることしか考えられないから、予想外に自分を害するかもしれない可能性が出た時に対応することが出来なくなるんだよ」

「法王という肩書きが聞いて呆れるな。思い知るがいいわ、下郎。我らが魔を断つ刃に二度もその薄汚い欲望をむき出しにしたこと、その身で報いるがいいわ!!」

 デモンベインの腕に集約されていく光、それが輝くトラペゾヘドロンの光であることは今更確認するまでもなかった。テムオリンは咄嗟にそれはまずいと理解をした。このような閉鎖空間の中でトラペゾヘドロンを振るうなどと、そんなことは自殺行為に他ならないことだとよく理解している。

 よって、静止の声を振り上げながらもデモンベインは止めない。テムオリンがそこまでの絶叫を上げるようなことがこれから起こるのだとすれば、それは積極的に狙っていくべきことなのだろうと分かっているからである。

「生憎だな、テムオリン。そこまでの反応をお前が示すことが起こるってのならこっちはむしろ、やらないわけにはいかないだよ!!」

「我は光 夜道を這う旅人に灯す

 命の煌き」

「我は闇 染まらぬ揺らがぬ迷わぬ

 不変と愛」

 そして紡がれるは世界最後の詩、世界そのものを呑み込み破滅へと持ち込んでいくかのような絶対的な力の顕現が引き起こされる詠唱が口にされる。

「愛は苦く 烈しく 我を苛む」

「其れは善」

「其れは拒絶」

 デモンベインの腕に集約されていく光はいつしか、その光を収束させて巨大な光の剣のカタチを創る。

「其れは 純潔な 醜悪な 交配の儀式

 結ばれるまま融け合うままに産み落とす

 堕胎される 出来損ないの世界の――」

 そして、何一つの躊躇なくその刃は世界に向けて奮われる。

「その切実なる命の叫びを胸に」

「祝福の華に誓って」

「――我は世界を紡ぐ者なり!」

 その込められた光の一撃が振るわれた瞬間に、世界そのものがきしみを上げた。世界に対して引き起こされる事態、人間でありながら、世界そのものへと挑戦するような事態が引き起こされる中で……九郎とアルの姿は、半ば強制的に学園都市第七学区へと引き戻されることとなった。

 世界が終わり、そしてもう一度始まる。無限螺旋の終焉の時のように、1つの次元が呑み込まれ、総ての因果が元に戻ったのだ。

「此処は……元の学園都市か!?」

「我らは戻ってくることが出来たのか……」

 自分たちでも信じられないといった表情を九郎とアルは浮かべた。無我夢中で実際の所は五分五分の可能性によって、真実の深淵の中へと引き戻されることもあった別次元の戦闘ではあるが、なんとか九郎とアルは本来の現実の世界へと帰還することに成功したのであった。

 無論、顔を上げればそこには、空中にて巨大なる旧神、クトゥルーにこうべを垂れさせる形で勝利を勝ち取った九朔の姿もあった。

 その様子に安堵の息を九郎は吐く。

「親父殿!!」

「へっ。さすがは俺達の息子だぜ、それくらいはやってくれないとな」

 亡骸であるとはいえ、それでも暴れまわってきたクトゥルーを殲滅させ、九郎もまた地上へと戻ってきた以上、もはや勝敗は決したに等しかった。

 

邯鄲再世戦争――第三十三戦

壱 大十字九郎  対 テムオリン

→テムオリン敗北(残り敗北可能数1)

弐 石神静乃   対 クロック・クラック・クローム

→静乃敗北(残り敗北可能数2)

参 不知火義一  対 タイタス・クロウ

→義一脱落

 

未来部隊陣営 大十字九郎(残り敗北回数2)、大十字九朔(残り敗北数3)

       石神静乃(残り敗北回数2)

 

タイタス・クロウ陣営 タイタス・クロウ(残り敗北回数2)、テムオリン(残り敗北回数1)

           クロック・クラック・クローム(残り敗北回数2)

 

「ふっ、彼らは先へと向かったか。惜しかったな、テムオリン。悔しさが顔に滲み出ているぞ」

「何を。それよりもなぜ、不知火義一を完全に殺しきらなかったのです。貴方であれば、例え、神の頂に手を触れた存在であったとしても簡単にできたはずでしょうに」

 自分自身が九郎に対して、手痛い敗北を喫したことを隠したいとばかりに声を振り上げてくるテムオリンに対して、タイタス・クロウはやれやれと言ったばかりの仕草を浮かべて。

「さてな、俺はただ、後味の悪い思いをしたくないとのことだけだ」

 そんな、テムオリン自体にとっても屈辱的な敗北としか言いようがない失策をする羽目となった相手と似通った言葉を口にした男に、テムオリンは怒りの矛先を向けたいとすら思えた。

 こんなはずでなかったのだ、先ほどの閉鎖空間の戦闘の後には自分にとっての最高に組み上がった流れが提供されていたはずだというのに、現実を開けてみれば……、見事なまでに自分たちは追い込まれている。大十字九郎、彼らによって。

「焦ることなどない。我々が真実。奴らと決着をつける必要があるというのならばその瞬間は必ず再びやってくる。それまでは、元通りの我らを続けていればいい。その我慢が出来ないことこそがお前の弱点であると知るがいいさ、テムオリン」

「……忠告痛み入ります。憶えておきましょう」

 その屈辱的な言葉を口にさせられたことも含めて決して忘れてなるものかとテムオリンは心に刻み込んだ。最後に天を掴むのは自分と邪神であると思う気持ちに変わりはない。

 だが、その未来を果たすためにはやはり、あの男を。大十字九郎を封じなければならないのであると改めてテムオリンは痛感させられた。自分にとっての不倶戴天の敵とは即ち、大十字九郎なのであると。

「本当に大丈夫なのか、義一?」

「ああ、闘わなければ一緒にいることくらいはできるよ。むしろ、ここまで来たら最後まで見届けたいんだ。この戦いがどんな結末へと向かっていくのかをさ」

 そして、タイタス・クロウたちから離れ、崑崙城への道を進む九郎たちはタイタス・クロウとの戦闘によって戦闘不能へと追い込まれた義一がいまだに動向をすることを告げられていた。戦闘をすることはできないが、最後まで闘いを目撃したいという真摯な想いを向けられればこそであった。身体の痛みはあるが、この学園都市の中で安全な場所などないと言われてしまえば確かにその通りなのかもしれない。

 無論、それを拒否する理由はなかった。最後まで物語に関わっていきたいという想いはこの場の誰もが抱く共通の想いであるはずだから。

「足手まといにはなるんじゃねぇぞ」

「ああ、大丈夫だ。それに、俺がいなくてもこの部隊は強い。心配なんてしていないさ」

 もはや不知火義一などいなくても九郎たちも九朔たちも十二分に強いことは明らかなのだ。静乃とて、決して折れない意思を持ち合わせてここまで来た。ならばあとは信じるだけだと義一は告げて自分の戦いが終わったことを自覚している。

 もうすぐ崑崙城が近づいてくる。戦いの終わりは近い。未来へと至るたった一つの道を決めるための戦いはいよいよ佳境が近づこうとしているのだ。

 

――学園都市第七学区・第三十四戦域――

邯鄲再世戦争――第三十四戦

壱 結城友奈     対 白儀響

→結城友奈敗北(残り敗北可能数2)

弐 幽雫宗冬     対 壇狩摩

→壇狩摩敗北(残り敗北可能数1)

参 オルフィレウス  対 イグニス

→イグニス脱落

 

友奈陣営 結城友奈(残り敗北回数2)、幽雫宗冬(残り敗北回数1)

     シャノン(残り敗北回数1)、オルフィレウス(残り敗北回数2)

 

白儀陣営 白儀響(残り敗北回数2)、ペトロヴナ(残り敗北回数1)

     壇狩摩(残り敗北回数1)

 

 巨大なる光の閃光が迸った。その光が収まった瞬間に、白儀は目の前の光景が一変していることに気付いた。いいや、むしろ現在進行形に置いて、自分の身体の周囲に展開された漆黒の矢の軍団を前にして、白儀は笑みを深くさせた。

「何だ、自分たちでも自覚しているだろう? 僕には夢は通用しないんだって」

「ええ、理解しているわ。けれども、この子たちを救いだすための一瞬を稼ぐことが出来るのならば十分よ。私たちにとってはこの子たちを貴方の戦闘圏内から引き剥がすことが出来ればそれで充分なのだから」

 停止した時間の中にあった弓矢が一斉に白儀へと殺到し、白儀に触れた瞬間に消滅する。当たり前のことであると白儀は割り切っていた。自分に夢の力は通用しない。そんなことは今更言うまでもないことであり、放った当人もそれを理解していた。

「随分と展開しているタタリたちの数も減って来たのかもしれないね。ロビンフッドの部隊とは随分と戦闘をしてきたつもりだったけれども、まだ君たちとは戦っていなかったかな? 上条水希」

「ええ、そうね。流石にここで友奈さんを貴方にくれてやるわけにはいかないわ」

「だが、それで肩代わりしたところで君も第六天世界の彼女たちも僕には通用しないということを十分に理解しているんじゃないのかな、君たちは」

「ええ、だから、お前の相手をするのは私よ」

 水希たちの陣営はそのほとんどが夢を介した戦闘をする者たちによって構成されている。よって、まともに戦闘を行った場合、どうしても、白儀を相手に勝利することは困難であると予想されるのは正当な流れであるといえよう。

 だが、その中でただ一人紗雪だけは夢を介した戦闘を行わずに戦うことが出来る。妥当白儀を目指すうえで紗雪がその戦闘に突入するのは合理的な流れであった。

「そして、残りの二人は我々が相手をするとしよう」

「百鬼陣『四柱』が一つ、妖樹の化身、ここで消滅させてあげるわ」

「あらあら怖いですね。ですが、かつての女神の眷属たちの一つ、あなたはほんとうに私の相手などをしている暇がありますか?」

「え――――?」

「ほら、来ますよ。貴方のお相手をするべき、太陽の如きお方が」

 瞬間、まさしくそれは爆裂する太陽の如き質量を以て、ペトロヴナに向かい合おうとしていたほむらに向けて放たれた。

 単純なる巨大質量による核融合の一撃、それを時空間そのものを支配するほむらは時間加速を使うことによって回避をするが、その間にペトロヴナが白儀を護るように紗雪の前へと立ち塞がったのだ。

「くく、無様に敗走をしたことによって貸しを作ることになると思ったが、どうやら早々に役に立つことが出来そうだ。手を貸すことをお望みか? サータ・ホーグラ閣下」

「余に逆らう下賤を払うのは貴様たち兵士の役目であろう、奮起せよ―――カグツチ」

 

邯鄲再世戦争――第三十五戦

壱 クリームヒルト 対 壇狩摩

弐 立華紗雪    対 ペトロヴナ

参 暁美ほむら   対 カグツチ

 

「カグツチは大変だねぇ、合流早々に戦闘とは。ごきげんよう、夢界。そしてサータ・ホーグラ」

「グリム・グリム、君も来ていたのか」

 サータ・ホーグラは露骨にグリム・グリムに反応しようとしない。カストディアンの夢より生まれた存在であるグリム・グリムをサータ・ホーグラは臣民として認めていないのか。だが、そんなことは些末事であった。重要なことは此処にカストディアンと呼ばれる者たちが三人集ったという事である。

(終わりは近くなってきているね)

 確実にカストディアン側の戦力は減ってきている。それは終わりが近づいてきていることの証なのだろう。果たして追い込まれているのは自分たちなのか、それともこれからロビンフッドが追いこまれていくのか。

「残念でしたね、響様に手を届かせることが出来なくて」

「そうなったのならば仕方がないこと。別にここで貴女を排除すればいいだけなんだから」

「ふふっ、そうなればいいですね。勘違いされては困りますが、私も百鬼陣の中では実力者ですよ? 貴方に打倒できますか? 未来に置いて最もその力を高めたブラッドツリーという恐怖のカタチを鎮めることが……」

 ペトロヴナは不敵な笑みを浮かべる。まるで紗雪では自分の相手になどならないとばかりの表情を浮かべていたのだ。

「さぁて、さすがに盧生様が相手となれば、俺の役目も此処までかのぉ。まぁ、流石にあれが近くにいるんなら、いつまでもは無理ではあったことじゃがのぉ……」

 そして狩摩も自分の命運が近づいたことを理解した。言うほど気にするべきことではなかった。彼にとってもこうなることは十分に予測が出来る事であったのだから。

「友奈さん、ここは私たちに任せて先に進んでください」

「水希ちゃん……」

「友奈さんは私たちの要です。柊君たちと同様に、最後まで残っていてもらわなければ困ります。こんな奴らに足止めされている暇なんてないはずです。だから目指してください、あの城を。もう間もなく辿りつきますから……」

 そびえたつ崑崙城、それはいつしか手の届く距離にまで近づこうとしていた。後わずか、そう、あとわずかで手が届く位置にまでロビンフッドの進撃位置は近づいている。白儀のように遊撃部隊として動いている者たちの下にカストディアンが合流したということはそれだけ城の周辺が手薄になることを意味している。

「行くかね」

「はい、水希ちゃんたちの頑張りを無駄にするわけにはいきませんから」

 進む友奈と阻む水希、共に見ている先は同じだ。だからこそ協力できる。

 では、果たしてカストディアンたちの見ている先とは同じなのであろうか。答えは当人たちですらも分からないのかもしれない。

 

――学園都市第七学区・第三十六戦域・チフォージュ・シャトー周辺――

まるで中世の貴族が建造したかのような城、現代にはあまりにも不釣り合いすぎるその場所は、およそ誰もが存在を感知していない城であった。

なぜならば。そこは現代でも過去でもない何処かの次元に存在しているがため。

現在の位相に存在しないその空間は選ばれた特異点たる者たちだけが潜むことのできる世界であり、外敵に対しての防衛としては最高峰の意味を成している。

何せ、見つけることも物理的に侵入することもできないのであれば、攻撃のやりようがない。現代常識での攻城兵器など役に立つのかすらも知れず、どのような構造をしているのかすらも分からない。

むしろ、攻めることのできる土俵に上がらせてくれるのかすらも怪しいのだ。

あまりにも単純明快な理屈によって守られた背徳の城は、これまで誰に知られることもなくこの次元の狭間でその時を待っていた。

 そして、今や来たるべきその時はこの瞬間に。ワールドデストラクター・チフォージュ・シャトーはその発動の為に起動準備へと入っていた。

 カストディアンという目立つ勢力の跋扈の裏に隠れながら、もう一つの勢力が滅び去っていくことを容認したままに、彼女たちは己の願いを果たすために今や絶対の願いを叶える為の形を成そうとしているその背徳の城を護るために再び戦闘態勢へと入ろうとしていた。

「つくづく、ロビンフッドは我々のことを眼中に入れていないらしい。いいや、むしろその余裕すらもないのかもしれないな。あれらにとって、最大の関心ごとは崑崙城を砕くことだ。いかにチフォージュ・シャトーが君臨しているとしても、どれほどの危険性がこの城にあるのかをあれらは理解していない。

 であればこそ、優先順位が低いことも頷ける。最もそのおかげでお前たちのような奴らに狙われることは心外だがな」

「そう言ってくれるなよ、観測者。少なくとも俺はその城の有用性を理解している。カストディアンどもを打倒するためにはこちらもカードが必要だ。何せ、こちらとしては、少しばかり手札が少ない。だからこそ、他の奴らの行動を無視しながら、大きな騒ぎを引き起こすことなく此処にまで辿り着いたんだから」

「盗人風情の言葉を吐くなどと、人類の到達点の名が廃るな。えぇ? ジョセフ・G・ニュートンよ」

 背徳の城、そこに佇むのは、人類の到達点であるジョセフとギルベルト率いる一団であった。響との戦闘を終えた後にジョセフは自分たちの切ることが出来るカードが少なすぎることを理解し、その脆弱性を補うために狙いを定めたのがシャトーである。

ワールドデストラクターとして機能するこの城そのものを制圧することによって、崑崙城を起点とした世界に影響を与えるカストディアンへの対抗手段を確立することを狙っているのだ。

「いまだ閣下から明確に目を覚ましたという反応が見られない以上、カグツチが閣下を阻害している可能性は高い。我々はヴァルゼライド閣下を迎えに行かなければならないのだ。そのためには、ヴァルゼライド閣下を迎えに行くための箱舟が必要となることだろうに」

「お前たち側の主張などどうでもいい。シャトーは私たちが新世界を生み出すために必要不可欠なものだ。友奈、キャロル、仕掛けるぞ」

「ミュカレ、私も―――」

「若葉、お前は待機していろ。万が一の時に備えて、な」

 ジョセフとギルベルトは底知れない相手である、ロビンフッドのように相手をルールの上でしか害するつもりがない相手とは違って、シャトーを手にするためであればどんな非道な手段を取ってくるのかもしれない相手。そんな相手と戦うことを主眼に置くのならば、後手を用意しておくのは当たり前のことである。

 

邯鄲再世戦争――第三十六戦

壱 ミュカレ 対 ジョセフ

弐 高嶋友奈 対 イヴァン

参 キャロル 対 シュテルン

 

「ようやく出番ですか。第三の空の観測者と呼ばれるモノとの対戦、実に面白そうではありましたが……まぁ、闘えることに変わりはありませんからね」

「随分と舐めてくれるものだな、ミュカレには及ばずとも、このダウルダブラの琴の音を甘く見れば、塵と消えるのは貴様の方だぞ」

「よぉ、お前さん、随分と俺好みじゃねぇか」

「えぇ……、突然、これから戦う相手に愛の告白とかされるのはちょっと………」

「違う違う、そういうものじゃねぇよ、もっとどうしようもない戦いに関連してのことだ。お前さん、俺の勘に過ぎないが、随分と英雄としての色ってのが付きまとっている。それが表に出てこないのはお前さん自身がそんな自分に対して想うところがあるからじゃないのかい?」

 イヴァンの挑発とも世間話とも取れる言葉に対して、高嶋友奈は目を細める。

「もしも、本当にそうだとしたらどうするのかな?」

「どうするもこうするもねぇだろうが。最高の気分だよ、俺はずっとそんな本物の英雄と向かい合えることを楽しみにしていたんだ。その戦いを大事にしたいと思っているし、尊敬の目を棄てることなんてできるはずもねぇ。なぁ、そうだろう? だから、お前さんも全てを曝け出せよ。真実の英雄だってのなら、清濁併せ持っているはずだ。何があろうとも俺は侮蔑しない、尊敬するさ。そんな奴とやり合えるってこと自体が俺にとっては何よりも大切なんだからよ!!」

 イヴァンはこの出逢いに感謝している。IP序列第三位高嶋友奈――クリストファー・ヴァルゼライドに並ぶ未来世界における、もう一人の絶対的な英雄。

 この決戦に置いて彼が出会った戦うべき相手は、彼にとっての英雄の象徴ともいえる人物だ。それを目の前にして滾らない理由などありえない。

あぁ、どうか。どうか、俺に英雄というモノを教えてくれ。紛い物の英雄にしかなれなかった自分とは異なり、本物というものを教えてくれと心が身体がその出会いに総毛だっている。

「まったく……、出し惜しみをしているような余裕は何処にもなさそうだね」

 自分にとって消耗以上に大切なものを奪い去ってしまうかもしれない力を使わなければ勝てないだろうと友奈は覚悟を決める。元からすべてが終わった時に命が残っているなどとは思っていない。

 ただ、仲間たちのために意志を貫くだけだ。

 

To be continued

 

次回――邯鄲再世戦争第三部第三十三話「光華」