ペトロヴナは原作でもワンパンだったから、どんなことができるのかよくわからなかったんや。戦闘シーンが雑なのは許してくれい

――学園都市第七学区・チフォージュ・シャトー周辺――

 ジン・ヘイゼルの拳を完成させる。そして人外の領域に立つ存在を打倒する。この過去の世界に踏み込んでからずっとずっとそれに拘り続けてきた。

 お前はもう少しだけ生きろと告げた父の言葉の意味を子は自分なりに解釈し、自分なりの戦い方でそれを実践してきたつもりだった。

 それでも辿りつけない道の果てに願いが存在するのであると理解したうえで、進んでいく道のりの最果て、ようやく至った相手――人類の到達点。

 あらゆる総てが人間という種の中で最高峰に位置する男を排除するために戦い、そして至らずに朽ちようとしていた刹那に浮かんだ走馬灯が、アスラにもう一度だけ、立ち上がる力を与える。

「呵ァァァァァァァァァァァァ!!」

 もはや声なのか咆哮なのかそれすらも分からないような声をあげながら、アスラの拳がジョセフへと向かう。先ほどまでのジョセフの攻撃を掻い潜りながら、ジョセフより同じように拳が飛んで来れば、アスラは己の能力を発動させることによって周囲にその衝撃を伝播させていく。

 魔星ストレイドの能力、ここまでずっと封印してきたその力を開陳してから、まるでアスラは羽化をした蝶のように軽やかにそして、何ら迷いなくジョセフへと己のポテンシャルの総てを使って攻撃を続けていたのだ。

 その戦闘に何故と疑問を浮かべる者もいるかもしれない。先ほどまで、全く能力を使っていなかったはずのアスラが突然、どうしてそんなことをするのかと。

 ジョセフですらも理解が出来ない。ここに来て、アスラが放ってくる攻撃の質が、そして勢いがさらに増しているのだ。死に体であった男に、トドメを刺されようとしていた男のどこにそんな力が眠っていたというのか。

「不思議な顔をしているんじゃねぇよ。ただ気付いただけさ。俺は別に俺の総てを肯定していいんだとな」

 ジン・ヘイゼルの拳は人間の拳だ。それを完成させるためには己もまた人間としてその最果てに至らなければならないと考えていた。それこそが後を託された子である自分の果たすべき役割であると愚直に考えていたのだ。

 しかし、それが間違いであったのだと漸くアスラは気付くことが出来た。ただの人間の拳では魔境に至ることが出来ないからこそ、生み出されたのがアスラだ。老いもあろう、才覚もあるだろう。しかして、あのジン・ヘイゼルですらも結局は諦めざるを得なかった領域へと踏み込むために用意されたのがアスラだとすれば、自分自身の総てを出さずに至れるなどと何を舐めたことを考えているのかとようやく理解が及んだ。

 父より与えられたのはただ拳の冴えだけではなかった。アスラが今、使っている能力である魔星の力もまた、科学者として(・・・・・・)のジン・ヘイゼルがアスラのために、そして己が夢を子へと託すために与えた力であるということをアスラはようやく理解できた。

 そもそも、ジンの拳を真似すれば、その能力を使わずに戦うことになるなど当たり前のことなのである。ジンはただの人間であり、アスラは魔星。どちらとも、相手を完全な形で再現することはできない。ジンの拳とは人間としての限界へと踏み込んだ拳であるのだから。

 だからこそ、アスラの拳はやはりちぐはぐなままだった。己に与えられた最善の拳のカタチを知っているはずなのに、ジンに出会ったことで逆にその拳の正しい形を忘れてしまう事となったのだから。

「そうさ、これが全てだ。俺があの糞親父から与えられた力だ。それは誰にも否定させない。俺が俺自身である限り、絶対に変わらない力なんだからな!!」

 今のアスラには何ら迷う事がない。拳鬼としての師より与えられた拳の冴えも、科学者としての父より与えられた魔星としての力も、その総てを使い、己の身体の総てを駆動させてジョセフに対抗している。その結果としていよいよ離され始めていた実力差が埋まり始めるまでに至って来たのだ。

 その拳は先程までと変わらず、相手の人体を破壊するために放たれ、されど、ジョセフより放たれる拳に対しては衝撃の分散が発生し、アスラにダメージを与えることが出来ない。もしも、ジョセフが雷を放ったところで、何らかの物質が存在すればそれを避雷針代わりにしてアスラは防いで見せるだろう。

 その衝撃伝播の力を完全に無力化させるのだとすれば、ジョセフはアスラを相手に空中戦を演じる他ないが、それほどまでの余裕は彼にはない。

 ここまで常に圧倒してきたからこそ、そうは見えないが、ジョセフはこれで三回目の戦闘、ミュカレやゼファーという強敵を相手に常に自分の力を出し切ってきた。

消耗はかなりの物であり、ここに来てガストレアの力を失ったことも大きい。精神に作用する面は多々あったが、ガストレアの力はジョセフの身体を無茶をしてでも動かすための原動力となっていたがそれすらも今となっては失われている。

「ここまで自分を信じて突っ走りすぎたな、それがお前の敗因だ、人類の到達点。この勝負視えたな」

 シャトーより眼下の戦闘を観察しているミュカレは、目だけでその戦闘を観察するのならば、漸くアスラがジョセフに対して一矢報いはじめただけのように見えるが、流れがアスラへと向き始めていることを痛感し始めていた。

「迷いが見える?」

「ああ、そうだ。この期に及んで何を考えているのか知らないが、奴は復活したあの魔星の姿に何らかの迷いを覚えてる、愚かしいことだ。あの男の言う通りに虚無であるからそのようになる。己というモノを抱えることもできずに何が人類の到達点か。馬鹿にするのもいい加減にしろと言いたいよ」

 再びアスラの拳がジョセフの剣に叩き付けられ、遂に剣に亀裂が奔る。だが、その亀裂すらも気にすることなく、ジョセフの刃はアスラの身体へと突き刺さり、そのまま横薙ぎに払われ、アスラの身体から鮮血がほとばしった。

「ごっ……」

「いつまでも好きにさせて堪るかよ、ただの魔星風情にいつまでもいつまでもかかずらっていられる場合かよ!!」

「はっ、どうしたよ、随分と苦い顔をしているじゃねぇか。そんなに嫌なのかよ、自分よりも格下であると思っていた奴に好き放題にされることが、それとも……」

 そこから告げる言葉にアスラはある種の確信を覚えながら、ジョセフへと静かに、されど、それこそが絶対の答えであるのだと自信を持って告げる。

「それとも羨ましいかよ、何もなかったお前と同じ虚無でしかない存在が。何かを掴んだ姿を見ているのはどうしようもなくイラつくのかよ?」

「黙れよッッ!!」

 アスラの挑発めいた言葉にジョセフは怒りをむき出しにして剣を振るっていく。その行動は明らかに精細さを欠いており、アスラは刹那の見切りの中で次々とジョセフの攻撃を躱しながら拳を叩きつけていく。

 その拳の冴えもさることながら叩き付けられた拳によって内臓器官が大きくざわつき始める。それは衝撃の伝播、もはやジョセフにしてもアスラの拳によってダメージを受けているのか能力によってなのか、その区別をつけることが出来ない。それほどまでに洗練された拳と能力の融合がアスラには見られたのだ。

 まるで最初からその能力の使い方を知っていたかのような戦い方には思わず舌を巻くしかなく、ジョセフはその精神的な問題もあってか、完全にアスラに優位性を奪われる形となっていた。

 何故だ、何故こんなことになる。自分の戦い方も戦いの運び方も何一つとして間違ってはいなかったとジョセフは信じている。先ほどまで明らかにアスラは死に体だったのだ。自分よりも遥かに酷い有り様だったはずだ。それがどうしてこうも復活することが出来る。

 特段、アスラとて何かが変わったというわけではないのだ、この土壇場で覚醒を果たすだとか進化をするとか、そういった英雄特有の力など残念ながらアスラが発揮できるわけでもない。単純な話しでただ、自分の中で拘っていた聖約を取り外しただけのこと、それを許すことが出来る理由を見つけだけのことである。

 元々、ジョセフが真似て力を発揮する程度には、ジンから受け継いだ拳は強みを発揮するものであった、そこに魔星特有の衝撃操作が加算されたとあれば、ジョセフであろうとも、余裕を見せている場合ではない。

 そして、ジョセフにとっては何よりも認めたくないのは此処でアスラが寄り添っているものについてであって……

(ふざけるなよ、受け継いだものだと? お前はただ魔星として生まれただけの実験動物のようなモノじゃないか、そんな奴が、何を親子の情のようなものを感じていやがる。そんなものは、そんなものを、持っている様に口にしているんじゃねぇよ!!)

 叫ばなかっただけマシだっただろうと思わずジョセフは考えてしまう。その感情はジョセフにとって羨望という感情であり、彼自身をアスラが虚無であると口にしたことにも関わっている。

 羨ましいと思っているのだろうか、自分は。ただ良質なる遺伝子、人類の到達点に至るまで何度も何度も繰り返してきた人為的な優良血統を生み出すための実験、その過程で至ったからこそ、ジョセフは圧倒的な力を身に着けている。

 だが、逆に言ってしまえば、自分の力で持ち得た者などどれ程あっただろうか。物心がついた時点からどんなことであろうとも道筋を立てて実行することが出来てしまっていた。知らないのは知識がないからであり、知識を身に着けてしまえばできないことなど何もない。インプットしてしまった時点で実行することが出来るように人間の身体というのは設定されているのだから。

 どんな分野であろうとも関係ない。向き不向きはあったとしてもそんな者は個性でしかなく出来ない筈はないのだ。同じ種であり、同じ身体を持っているのにできる人間とできない人間が存在することなど、それこそ生物としての欠陥であろうと思うのだ。

 だが、それは逆説的に言えば何もかもが出来てしまうからこそ、他者という存在などなくても完成することが出来るということ。 

 アスラのように誰かから受け継いだなどということはない。ほんの少しでも知識に触れることが出来ればすべて自分で出来てしまう、生まれだって同じだ。父と母に愛情があったわけではない。ただ単純に相性が良かったというそれだけで生まれた結果が自分なのだから、受け継いだのはその身体そのものであった。

 しかし、遺伝子操作によって生まれたそれにパーソナリティなど得ることが出来るだろうか、そもそもがあらゆるものが自分自身で完成しているのだ。それで何かを得ることなど出来たと本当に口にすることが出来るだろうか。

 自分には何を与えられてきたのか、愛があったのか、願いがあったのか。ああ、願いは確かに存在していただろう、一族の悲願を叶えるという願いである。

 それを叶える為だけに生み出された存在、その受け継いだ血を次の世代へと明け渡すためだけの存在。あぁ、どこまでもどこまでも、自分とは一族のためだけに呼び起こされた存在に過ぎない。

 愛など何処にもない、あるのはただ、人間の感情すらも飛び越えた論理によって打ち立てられた人間の願いだけだったのだ。

 だからこそ、彼は真っ当な願いを持つことが出来ない、虚無となじられ、ただ自分を人類の到達点などと口にすることでしか自分を成り立たせておくことが出来ない。

 自分という存在をステータスでしか表現することが出来ないことこそが、ジョセフの抱えていた真っ当な歪みであり願いであった。ヴァルゼライドに対してこだわりを持っていたのも全てはそう。自分と同じステージに立つことが出来るからではなく、自分と同じ存在であるにも拘らず、どうして……そこまで、孤独を貫き続けることが出来るのかと思ってしまうからであった。当たり前の人間でありながら、当たり前の人間であれば誰もが持ち得るものを持ち得ずに生まれて来てしまった。

 誰よりも完璧な人間でありながら、生まれたその瞬間から運命に欠陥を与えられ続けてきた男はアスラという自分と似通いながらもこの極限の瞬間に己の中に与えられた愛を取り戻した男の行動にどうしても怒りを向けずにはいられなかった。

 むしろ、それこそが彼にとっての当たり前の人間の感情だったのかもしれない。ジョセフは怒りのままにアスラへと攻撃を続ける。いくら怒りで冷静さを失おうとも人間としてあらゆることが出来てしまうジョセフにとって、アスラがいかに能力を遣おうとも、彼を撃破することなどなんということはないのだ。

 不快だ、不快だ、不快だ。こんな男の輝かしい姿を見てなどいられるか。自分が持ち得ていないただ一つの物、愛などという不確かな存在を抱えて、己を超えることが出来るなどと認めて堪るものかと音のない咆哮がアスラの身体を次々と貫いていく。

「温いなァ」

 だが、アスラは何一つ同じてはいなかった。もはやこの極限の状況の中では、ただ勝利しか考えていなかった。ジョセフが何を叫ぼうとも関係ない。今この瞬間がアスラにとっては何よりも歓喜を覚えていたのだ。あぁ、身体が軽い、何一つ背中に抱えているモノがなく、ずっと抱えていた不穏なる感情は今やアスラの身体から抜けきっていた。

 自分に正直になること、自分を貫くこと、誰かから与えられたものを真摯に感じること、これがこんなにもこんなにも素晴らしいものであるのかとジョセフとは対照的にアスラは喜びすらも覚えていた。この力があれば誰であろうとも負けることはないと自分の中ですらも感じられるように。

「ああ、ちくしょう。ゼファーやヴァルゼライドはこんなことを感じながら戦っていやがったのか。勝てないわけだ。充足感すら覚えられずに叫び倒していた馬鹿がどうして勝てると思っていたのか」

 技術や才覚だけで勝てると思っていた自分がいかに愚かであったのか、ヴァルゼライドの言葉は実に正しく、ゼファーが放ったかつての言葉も正しくアスラの成長の糧だった。

 既に何重もの拳を放ち、いくつもの傷が自分の身体を抉っていた。今にも倒れてしまいそうな体に喝を入れながら、アスラは己の身体総てを使って、その輝かしい栄光を手にするための最後の仕上げへと入る。

「いい加減に倒れろよ、お前に俺を斃せるはずがないだろ、不完全でしかないお前に!!」

「そうかい、だが、だったら、何でお前は泣いているんだよ?」

「あ――――?」

 アスラの言葉にジョセフは自分自身の顔の状態に漸く気づくことが出来た。あぁ、確かに目の下に流れるそれは血でも汗でもなく……、

「わかっているさ、今の俺だからこそできることをする」

 そして、アスラは決めへと入った。何もジョセフを油断させるために先程の言葉を口にしたわけではない。ただの事実として疑問として口にしただけだ。その一瞬の生まれた隙にアスラの拳がジョセフへと確かに届いた。

 先程までと変わらない拳であった。ジョセフの再生能力を使えばなんら問題ないはずの拳であったが……、そこに生じた感覚にジョセフは自分でも理解が出来ない感覚を覚えた。

 それが自分の命脈が尽きる感覚であることを彼が理解した瞬間にはすべてが遅かったのだ。

 瞬間、全身の細胞が悲鳴を上げた。ジョセフの再生を司るはずのプラナリアの力を手にしている細胞一つ一つに衝撃が伝播し、内から避けていくのだ。ただ一度の拳、それが裂いたのはジョセフの身体だけではあるが、その衝撃はまるで波濤のように一気にジョセフの身体の中へと飛び込んでいく。

 一つ、また一つと破滅していく細胞、夥しいほどの血しぶきを上げながら、ジョセフの身体が倒れていく。再生する気配すら見せることなく、無様に、これまでジョセフが嘲笑ってきた他の人間たちのように、あまりにも呆気なく倒れていく。

「ああ、そうさ。到達点だろうが何だろうが変わらないさ。結局は命を絶たれればそれで終わりだ。それだけに過ぎない。そんないつ終わるとも知れない時間の中で手に入れた輝かしい瞬間さえあればそれで充分なのさ、満たされるんだよ、俺達は」

 そう自分にも言い聞かせるように呟いたアスラもまた身体ごと崩れていく。限界を超えてそれでも絞り上げた身体がようやくその痛みを思い出したかのように、崩れたのだ。

 しかし、それでも彼の心は何一つとして満たされないものはなかった。

 

――学園都市第七学区・第三十八戦域――

 自分の身体の自由が徐々に奪われていく感覚に蝕まれることを恐怖以外に何と形容すればいいだろうか。自分の身体を動かせる領域が減っていく。何の感覚もなくなっていく。それが一分ごとなのか、数分か、徐々に発生していくのだ。それに恐ろしさを覚えない筈がないだろう。

 樹化病、未来に置いてあまりにも多くの人間の生命を奪ってきたその病を前にして、夢路は蝕まれて命を落としていった人間たちに心からの祈りを捧げる。

 そう、祈りこそが意味を持っていた。何故、ペトロヴナという夢魔の中に奇械が生み出されてしまったのか。その意味を理解したからこそ、夢路はペトロヴナを打倒するための方法を見出すことが出来た。

「何をするつもりでいるのだか、確かに貴方は響様の力をその身に宿している。それは私たちにとっても脅威となる理由の一つではあるでしょう。しかし、あくまでも力を有しているというだけの事です。あなたには響様にはなれない。響様に至ることなんてできない。あなたは目覚めさせただけです。響様にとっては運命であったかもしれませんが、きっかけであっただけに過ぎない」

 いつまでもいつまでも、白儀の視線を釘づけにしていることに対しての怒りをペトロヴナは憶えている。自分こそが誰よりも響のことを理解しているのだと、恐怖に怯える人間でしかない夢路に対して静かな怒りを発露する。どうせこのまま朽ちていくだけの存在であるというのに、何を自分はそこまでムキになっているのかと思わずにはいられないが……、

「悪いな、きっかけであったからこそだよ。俺が余計なことをしなければアイツはずっと世界の一部として平穏なままで居られたかもしれない。それを俺が破っちまった。だから、責任を取らなくちゃいけないんだよ」

 夢路は影踏み式を全力で稼働させて、もはやまともに動かすことが出来ない自分の身体を無理やりに起動させる。背中にスラスターがあるかのように爆発的な加速を引き出すと同時に、夢路の右拳がペトロヴナに叩き付けられる。

 無論、無力、植物である彼女は物理的な攻撃を受けたとしても、その破損部分を切り離すことで恐るべき再生力を発揮することが出来る。

「くっ……」

「ほらほら、秘策とやらがあるのでしょう? 何をしようとも無駄ですけれどね。だって、私は夢魔であり奇械なのですから!!」

「そうかよ、だったら、試してみようじゃねぇか。借りるぜ、武装明晰夢『灯台(ファロス)』」

「へぇ……」

 瞬間、一気にペトロヴナへと近づいた夢路の身体がまるで自分自身を燃やしているかのように発熱を始めた。その熱を発しているのは白儀にとってもペトロヴナにとっても記憶に新しいであろう存在、エルクレスであったのだ。

 エルクレスの自分自身を燃やし、その焔を以て力を高めていく力、最も夢路はそこまでを求めているわけではない。ただ、ペトロヴナという存在を燃やし尽くすことが出来ればそれでいいと思っている。

「どうだよ、お前は植物なんだろ、だったら単純にこれは通用するだろ?」

「――――――、ええ、この燃やし尽くされる痛み、私への対処法としては正しいかもしれませんね。しかし、それはただのブラッドツリーであればです」

 夢路の身体をミラン・ガガールの攻撃が襲う。痛みにペトロヴナから離れてしまいそうになるが、再生能力を持っている彼女を御するにはエルクレスの力を発露するのが最も正しいと考え、夢路は意地でもその手を離そうとはしない。

 右腕が痛む、影踏み式と同様に武装明晰夢を発動させていることによって、右腕が尋常ではない痛みを発するが、そんなものを夢路は無視する。むしろ痛みによって意識を顕在化していられるだけ幸福だろうと思うのだ。

「あと少しだ、あと少しなんだよ、それでキョウの奴に追いつく。そのためにはお前が邪魔だ、キョウに辿り着くことを阻んでいるお前を放っておくことなんてできない。だから、勝つんだよ、メリーだって頑張っている!!」

 そうだ、視線を合せずとも理解できる、グリム・グリムからシルヴィを助け出すために動いたメリーもまた自分の全力を懸けてシルヴィを助け出すために動いているのだと。

 メリーは飛びこんですぐに、解決しなければならないのはグリム・グリムをブッ飛ばすことではなくシルヴィを正気にさせることであると理解した。グリム・グリムに生殺与奪を握られているに等しいシルヴィはおそらく自分自身ではその縛りを破ることすらできないだろう。

 悪夢に苛まれている者が自分自身ではどうしようもできないように、今のシルヴィは自分ではグリム・グリムの悪夢から抜けることが出来ない。その影響が精神だけではなく肉体へと至るよりも先に彼女を解放しなければならない。

(正直、そのための方法なんて全く分からないわよ。だから、そういう時はもう、やれることを徹底的にやってみるに限るわよね!)

 よって、メリーはとりあえずにぶん殴った。それでシルヴィが正気になるのかなどわからないが、取りも返さず目を覚まさせるとすればそれであろうと思いっきりぶん殴って見せたのだ。

 シルヴィからすれば悪夢の中にいる自分の身体が思いっきり殴られて、斃されたに等しい状況であるのだが……、グリム・グリムは呆気にとられている。

「面白いなァ、門番」

「余裕のつもり? アタシのやったことが無駄だって!」

「いいや、いいや、面白いとも。面白いからこそ、やってくれたなァと思っているのさ」

 うめき声が横から聞こえた、それがシルヴィが何とか自分を保つためにあげたうめき声であり、その眼の焦点がメリーの方向を向いたことで、メリーの表情がぱっと明るくなる。

「シルヴィ……!」

「何だよ、痛いじゃないか……、起こし方ってもんがあるでしょうに……」

「馬鹿、起こしてあげただけ感謝しなさいよ……!」

 偶然にも最適解を見つけ出すことが出来たらしい様子にメリーは安堵の息を零す。本当に大丈夫になったのかなど全く分からないが、シルヴィは意識を取り戻すことが出来た。

 今はその収穫だけでも喜んでおくべきだろうと思うのだ。

「夢の門番、もう限界だっていうのに、よくも頑張るね。あぁ、あぁ、なんだか無性に壊してあげたくなってきた」

「―――――ッ」

 グリム・グリムの意識がメリーへと向く。それは獲物を奪われたことへの怒りと言った当たり前の感情ではなく、ただメリーを弄んでみればそれは面白いのではないかという下衆じみた感情からであった。夢の門番と原初の悪夢、そのどちらが勝っているのか、実に興味があるだろうと、メリーだけではなく、この戦いを見守っているであろう観衆たちへと語りかける。

「いいわよ、あんた、いるだけでなんだか不快なのよね、ここでブッ飛ばしてあげ―――」

「ダメだよ、グリム・グリム。彼女は僕の相手なんだ。例え、君であろうとも横取りは許さない」

「それが許せないのであれば、余を滅ぼして見せるか? 我らが悪夢よ」

 その一触即発の空気を留めたのは意外なことに白儀だった。しかも、彼の内部にいるサータ・ホーグラまでもがメリーとグリム・グリムの戦闘を留めようとしているのだ。

「………やれやれ、君と事を構えるつもりなどないとも。ああないともさ」

 そして、グリム・グリムもその様子には簡単に手を引いた。彼としても夢界そのものである白儀に対して、戦いを挑みたくないという考えがあるのか、それともその方が面白いと考えての事なのか、そこが判然としないわけではあるが……、

「だったら、さっさと始めたっていいのよ、アタシはいつだって臨戦態勢なんだから」

「まぁ、そう言わないでくれよ。まだ必要な役者が揃っていないじゃないか。そう、最も必要な相手がさ」

 その視線の先に向けた相手が誰であるのかなど言うまでもないだろう。燃え盛る焔に彩られながらも戦闘を続けている夢路とペトロヴナの決戦であった。

「心配しなくてもイイさ。もうすぐ決着はつくよ。夢路は気付いたみたいだからね、ペトロヴナの抱えている秘密にさ」

「秘密……?」

「そうだよ、さっきからおかしいと思わなかったのかい? 奇械とは本来、人間に対して宿る存在さ。なのに、夢魔であるペトロヴナに宿るなんてことは普通に考えたら有り得ないんだよ。なら、そのカラクリは何処にあるのか。夢路はそこに気付いたんだろうね」

 ある種、その言葉はとても残酷なモノであるようにも聞こえた。ここまで白儀に突き従ってきたペトロヴナに対して、夢路が対抗することが出来ることをとても祝福しているかのような様子ですらあったからである。

 どこまでも夢路への対抗心を以て戦っているペトロヴナにとってそれは何よりの呪いの言葉であったのかもしれないが、燃え上がる炎の中で、まるで悲鳴にも聞こえるような絶叫が聞こえたのだった。

「あぁ、あああああああああああああああああああああああああああ!! 私のミラン、ミランがぁぁぁ!!」

 ペトロヴナの背中に存在するもの、人間の願いの結晶であるそれが、まるでペトロヴナを抱きしめるかのように彼女をエルクレスの焔の中から手放そうとしない。

 自壊現象のようにすら見えるそれを見ながらも夢路は冷静に、それでいて当たり前のように自分の考えを口にした。

「ブラッドツリーの芽を植え付けられて、お前とわずかながらでも同調をすることが出来て分かったんだよ。お前は多くの人間の恐怖の象徴であり続けた。けれど、同様に多くの人間の願いをも一緒に内包することになったんだ。どうか、この悲劇の連鎖を終わらせてほしい。そう願っている想いの一つ一つがブラッドツリーを通して積み上がった。

 その結果としてペトロヴナに還元された力こそがミランであったのだろうと夢路は考える。

「けれど、肝心の願いを放った人間たちが何処にもいない。だってそうだ、人間はみんなブラッドツリーに成り代わってしまったんだから。結果として生じたミランはお前と融合するしかなく、お前はそれを自分に宿った特別な力であるように勘違いして、嬉々として力を使っていた。

けどよ、それはお前の支配力があったからこその話だ。エルクレスの焔によって弱体化したお前とキョウの力の一端を使いつつ、お前に干渉されたことで繋がりが出来た俺。もうわかるだろ、ミランがお前に何をしたのかが」

「嘘です、そんなことはありえません!! ミラン・ガガールは私だけに与えられた絶対的な力。この力を使えばこそ、私はキョウ様の横に」

「お前の感想なんてどうでもいいんだよ、ただ、お前は俺に倒されるわけじゃない。お前がこれまでに奪ってきた数多の命によって斃されるんだ。お前が未来世界で恐怖の代名詞になるほどまでに奪ってきた多くの人間の願いがようやくお前に届くんだ」

 燃え盛る業火の中で、ミランによって抱え込まれ身動きすらできなくなったペトロヴナ、夢路もまたブラッドツリーの力によってまともに動くことなど出来なくなっていた。だから、夢路はこの結末を決して自分の力による勝利であると口にするつもりはなかった。

 ただ、単純にこれは夢界の力を使うことが出来る夢路が橋渡し役になることが出来たというだけの話でしかないのだ。もしも、夢路でなければこのような打倒の仕方は不可能であるといえただろう。

 ペトロヴナという夢魔はまさしく、特定の人物でなければ撃破することもできずに、その人間にとっての恐怖の象徴である種を与えられて滅びへと向かっていくことしかできない相手であったのかもしれない。

 だが、今尚も燃え盛るその焔を見れば、結末は誰にでも理解が出来る。白儀との戦いを選んだ夢路を対戦相手に選んだのは誰でもないペトロヴナである。

 故にこの結末もまた、結局は定められたその位置へと流れて行っただけなのだろう。

「嫌、嫌です。早く火を消して。こんな、こんな炎にいつまでも晒されていたら、私は、私たちは――――そうです、夢界へと、送還のための門を早く、開いて、門番サマ!!」

「悪いな、その結末はねぇよ。何があろうとも俺はお前を許すつもりはない。多くの人間の命を奪い、今も尚、恐怖の象徴として君臨するお前を夢の世界に戻すつもりなんてない。

 お前が奪ってきた命の分だけ後悔を覚えて、この炎の中で、現実の世界で祈りに抱かれて燃え尽きろ!!」

「――――――――――――!!」

 最後に叫んだ断末魔の声は、果たしてなんと口にしたものであったのか。ミランによって抱き寄せられたペトロヴナの叫びは何ら聞こえることはなかったし、夢路は聞くつもりもなかった。人間にとって恐怖は必要だろう。

 世界には多くの危険が存在する。それを理解させる意味で、数多の恐怖が夢の中に存在するのも悪くはないのかもしれない。

 だが……、ブラッドツリーは必要ない。こんな、未来にて突然出現した恐怖など、最初から存在していなければよかったのだと、夢路は思うからこそ、夢の世界に戻しなどしない。この現実の世界の中で燃え尽きて、消滅するのが一番よいと結論付けたのだ。

 そして、断末魔の声が聞こえることもなくペトロヴナという夢魔はこの世界より完全消滅を果たした。最後まで意識を向けていた白儀に見向きもされる事無く、夢路を倒す事も出来ずに、人間を嘲笑い続けてきた恐怖の象徴は、最初から世界に存在していなかったかのようにその存在を消滅させたのだった。

「悪いな、お前程度で足踏みをしている暇はないんだ。俺の本命はずっと待っているんだからよ」

「見事だね、夢路。君は……本当に強くなった」

 わざとらしく行われる拍手、総てを観察し、総てを見届けた白儀は夢路の勝利を歓迎するような態度を浮かべ、夢路はそんな白儀を睨みつける。

「お前の部下が死んだのに、その態度かよ」

「ああ、ペトロヴナを失ったのは悲しいよ。彼女はずっと僕の片腕として多くの手伝いをして来てくれたからね。でも、今はそれ以上に嬉しいんだよ。君が自分自身の力でここまで来てくれたことが」

 白儀はあえて自分から夢路やメリーの下へと向かうことはなかった。それは彼自身がそれを簡単に叶えることが出来る立場にあったからである。そんな簡単に出会うことが出来る関係性の上に成り立っているわけではないと分かっていた。だからこそ、夢路やメリーとの決着を心待ちにしながらもあえて、自分から飛び込むことはなかった。

 彼らは必ず多くの困難を乗り越えて自分たちの下へとやってくる。それを信じていればこそ、ここに願いは結実した。

 さぁ、今こそ、この夢を巡る物語に、その始まりを彩った者たちの物語に決着を付けようではないかと、白儀の方へと振り返り、夢路は向かい立つ。

「改めて、よくここまで来てくれたね、夢路。夢界は君を歓迎しよう」

「歓迎ありがとよ、そして、全部終わりにするぞ、キョウ」

 

邯鄲再世戦争――第三十八戦

壱 藤原夢路  対 ペトロヴナ

→ペトロヴナ消滅

弐 シルヴィ   対 グリム・グリム

→シルヴィ敗北(残り敗北可能数1)

参 夜科アゲハ 対 カグツチ

→カグツチ敗北(残り敗北可能数2)

 

夢路陣営 藤原夢路(残り敗北回数3)、メリー・ナイトメア(残り敗北回数2)

     夜科アゲハ(残り敗北回数1)、シルヴィ・ガーネット(残り敗北回数1)

 

白儀陣営 白儀響(残り敗北回数2)、カグツチ(残り敗北回数2)

グリム・グリム(残り敗北回数1)

 

――学園都市第七学区・チフォージュ・シャトー周辺――

「何故、だ……、何故、俺が……」

 全身をズタズタにされ、最早死を迎えることから逃れられなくなった男は、それでも自分の敗北を受け入れることが出来なかった。

 神座の力を持ち合わせているゼファーや、自分と同じ存在であると認めているヴァルゼライドに討たれるのであれば、彼は怒りを覚えながらもその事実を認めたことであろう。

 だが、あろうことか、敗北したその相手が、魔星であるなどと、しかも自分自身にとっての虚無の原点でもある親子の愛を以て自分を倒したなどと、そんなことを彼が認められるはずもない。

 認めたくないし、認められるはずもない。まだ自分は立ち上がることが出来る。そして、今度こそは自分こそが人類の到達点として神の世界を握るのであると夢想を抱くが、

「いい加減、ここらが諦め時だろう。お前は負けたんだよ、お前が最も嫌悪している、お前が持ち得なかった愛という不確かな感情の前にな、いいや、違うな。お前が持ち得ていないものであるからこそ、お前は負けたんだよ」

 その言葉を口にしたのは此処までの一連の戦いを観察し、ジョセフの戦いの一部始終を全て観察していたミュカレであった。既にこのシャトーを中心とした場所での戦いは全てが終わりを迎えた。そう判断したからこそ彼女は地上へと降り立ち、そしてジョセフの亡骸へと変わるであろう頭の下までやってきたのだ。

「プラナリアの遺伝子であったか、まったくもって生き汚い。あれほどまでに細胞総てを粉々に破壊されておきながらまだ生きることを諦めようとせずに再生をしようとしている。もしも、お前をこのまま放置していれば万が一という事があるかもしれないと思ってな。丁重にトドメを刺しに来たよ。先の闘いの礼もしなければならないからな」

 しかし、この期に及んでミュカレはもはや死に体である男を哀れに思った。結局、この男を突き動かしていたのはその心の中に存在していた虚無感なのだろう。

 人間であれば誰しもが生まれた瞬間から持ち得ていたであろう感情、人類の到達点という偉大なる力を得る代わりに失ってしまったもの、それこそがジョセフにとって最後の最後まで付きまとった呪いであり、彼を討ち取った運命でもあった。

「俺は……、俺は……」

 彼はそれを最後まで認めない。愛を持って己を殺せと告げながらもそれを認めることが出来ないことこそが彼の精神性を表しているといえよう。結局、彼は愛を持たない己が頂点であることを証明したかったのだ。それだけのために、ただ頂点を走り続けてきた男に、誰よりも安穏を望む女が終わりを与える。

「もう眠れ、もはや此処から先にお前を待っている運命など存在しない。これより先は真に人類とカストディアンとの争乱。そして、願いを持ち続ける者たちの、人の未来を懸けた戦いだ」

 瞬間、ダインスレイフがジョセフの残っていた細胞が繋がろうとしていた肉片に向かって振るわれ、彼の意識が完全に断絶される。後には何も残らない。ただ、戦い敗れ去って行った者たちの記憶だけがこの戦いを見守る観衆たちの中へと刻まれるだけである。

 タタリとして蘇り、この世界で新たなる覇を唱えた男は、この世界に何一つ残すこともないままに無惨にその姿を消失させた。

 そしてミュカレはダインスレイフを帯刀し、跳躍すると一気に、シャトーへと舞い戻る。それを迎えた若葉は、眼下の光景を見ながら一言、ミュカレに問う。

「よかったのか?」

「構わんとも、この最後の一時に僅かな時間をどう使うのか。それを選ぶのは勝利者の権利だ。それを邪魔することは誰にもできない。それに、あんな顔をした者に手を出せるほど私は外道に身を落したわけではないよ」

 戦いは終わった、最早この場に決戦の華が咲き誇ることはない。よって、樹の幹に身体を預けるようにして血を流していた男は、どこまでも満足そうな表情を浮かべながら己の末期の瞬間を悟っていた。

「あぁ……、気持ちがいいな。何だこりゃ。こんな清々しく思えるものがこの世界にあったのか」

 もはや視界は霞み、自分がどれ程の損傷をしているのかすらも彼は分からない。ただ、勝ったという事実と、己の拳が人類の到達点と呼ばれた男に届いたという勲章だけが残っただけである。しかし、それが彼にとっては何物にも勝る意味があることを彼はよく理解している。もはや目も霞むばかりの顔を上げながら中空を見上げて彼はいつもの彼を知るモノであれば、驚くほどに静かな声で告げる。

「どうだ、見たかよ。この手で、アンタの創ったこの力で、証明したぜ?」

 ジン・ヘイゼルの拳は人の頂点に立った男にすら及ぶものであったと、常に最高峰を目指し続け、疾走を続けた男の拳は、己が完成させて見せたと。どうだ、凄いか、悔しがって見せろと、まるで童が親に自分の成長を自慢するかのように告げたのだ。

「なぁ、だからよ、また手合せしようぜ。今度はよ、全力で……互いに、」

 あの時と今は違う。今度こそは身体の底から全力の戦いができるだろうと思っているからこそ、なぁ、冥土にて今、再びの一戦を交えるとしよう。

 その言葉に、何処から聞こえてきたのか、戯け、貴様などまだまだよ、と聞こえてきた負けん気の強い言葉にアスラは深く笑みを浮かべていく。

 ならば、まさしく地獄で誓いの続きを成しますかと、心に決めて意識が闇の中へと沈み込んでいく。

 何故なら、親を超えるのが子の宿命というモノだから。

 生まれも育ちも最悪で、胸の穴は開いたまま、使命もなく、導もなく、流されるまま生きてきたが、最後のこの時には充足感を覚えていた。

 まあ、そんな人生であったことも人間という、どうしようもない生き物の一つの結末なのだと彼は確かに納得できた。

 総てに恵まれていなくても、僅か一瞬の勝利の余韻だけであったとしても、最後に納得が出来たのだ。

 そして、久しく感じていなかった安堵と共にアスラ・ザ・デッドエンドと己を名乗り続けた不器用な子はその起動を停止した。

 さあ、いいぞ――地獄めぐりを始めよう。

 極点まで辿り着き、この胸の充足感を続かせるために。偉大なる先達を超えるために遍く苦界を巡ろうかと。

 夢見るように想像しながら、ろくでなしの悪童は無明の闇へと落ちて行った。

 しかして彼はその生に、何一つの未練も浮かべることなくその終わりを受け入れて逝ったのだ。

 

追撃戦―――弐 アスラ・ザ・デッドエンド 対 ジョセフ・G・ニュートン

結果――両者ともに死亡、アドラー残党陣営大将格死亡により壊滅。

 

ゼファー陣営 ゼファー(残り敗北回数2)、チトセ(残り敗北回数1)

       ミコト(残り敗北回数2)、遊坂&蜜蟻(残り敗北回数1)

 

――学園都市第七学区・第三十九、四十戦域――

 もはや誰も止めるものは存在しない。ここに来るまでに長い長い時間が経過した。それでも、至るまでの決意は本物であり、ようやくここに辿り着くことが出来た。

 それを互いに認め、立ちはだかった障害を排除し、今――藤原夢路とメリー・ナイトメアは白儀響と対峙している。

 それを留める者は誰もなく、積極的に誰かの思惑を踏み潰そうとするグリム・グリムであっても、そこに干渉するつもりはない様子だった。

 むしろ、そこに口を挟むことなど観衆たちですらも許されないだろう。これはまさしく運命だ。この夢の一連の騒動が始まったその時からぶつかると定められていた運命、そこに導かれていくのだろうと。

 故に万仙陣の法理が原則的に一対一の戦闘を強いていたとしてもこれだけは譲れない。おそらく闘いを目撃している者たち全てが同じように考えているだろう。

「さてさて、サータ・ホーグラは運命の戦いなどと目論んでいる。けれど、でも、それはもはやあの三人からは邪魔が入らないという事でもあるだろう。そうさ、そうとも、であれば―――」

「させねぇよ」

 瞬間、シルヴィへと再びその魔の手を上げようとしたグリム・グリムを狙って、暴王の月が放たれる。ノヴァの力を解除していたとしても未だに夜科アゲハは止まらない。

「あぁ、メルゼズかぁ……、君にはあまり興味はわかないなァ」

「興味がどうのじゃねぇんだよ、テメェには邪魔させない。それだけだ」

「ふふっ、そうかいそうかい。ならば戦おうではないか、メルゼズを受け継いだ戦士よ。けれど、けれど、君に出来るのかい? このグリム・グリムを本当に真実の意味で打倒できると思っているのかい?」

 グリム・グリムは悪夢そのものである。対象が人間である限り、その悪夢からは逃れさせない。どんな人間であろうともその人間の深淵に潜んでいる悪夢を拾い出して必ずその心を屈服させる。

 メルゼズの後継者であろうとも関係がない。ただただ己は心を壊すだけ。自分を打倒できる存在など―――

「思っているさ、お前を倒すことが出来るこの瞬間を無駄にするつもりはないんだからな!!」

 瞬間、飛び込んできた声はアゲハのものでも、この場にいる誰のものでもなかった。

 しかし、グリム・グリムにとってはこれ以上なく聞き覚えのある声であり、ついにここにまでその声が及んでしまったことに対しての苛立ちをはっきりと覚えたのだ。

「来たのか、来てしまったのか、あぁ、君は……」

「ああ、そうだ、俺は、もう一度お前の下に辿り着いたぞ、グリム・グリムゥゥゥゥゥ!!」

「蓮太郎!!」

 グリム・グリムの傍らに置かれ、これまで全く反応を示さなかった延珠が蓮太郎の到来に反応する。二度にわたって助け出すための機会を失ってしまった。けれど、三度目の正直とでも言えばいいのか、今度こそは逃がさない。何があろうともグリム・グリムを打倒して延珠を取り戻して見せる。

「里見蓮太郎、露払いは受け持とう。いつまでもあれを追いかけているのなど、面倒なだけだ。こちらは受け持つ。存分に決着をつけて来るがいい」

「親父……」

 蓮太郎が何かを言うよりも先に、天戯弥勒が白儀とグリム・グリム以外に此処で残っている戦力であるカグツチへと目を向けた。ここでカグツチを堰き止めることさえできてしまえば、もはや蓮太郎の道を阻む者はいない。

「蓮太郎、俺とトートも手を貸す。確実に仕留めるぞ」

「ああ!!」

 

邯鄲再世戦争――第三十九、四十戦

壱 藤原夢路、メリー・ナイトメア    対 白儀響

弐 里見蓮太郎、天童和光、夜科アゲハ  対 グリム・グリム

参 天戯弥勒              対 カグツチ

 

「これぞ決戦というもの、か」

「さてな、俺達には関係のないことだ」

「そうだな、しかし、過去であるとはいえW---Eの首領とこうして刃を交えることになるとは。実に実に楽しみだ」

「夢路、今、ここには僕たちを邪魔する者が誰もいない。総てを振り絞ってくれ。総てを使って全力を以て僕を倒して見せてくれ」

「ああ、そのつもりだよ。夢の物語は今日、ここで終わらせる」

「夢の果てまでね、ブッ飛ばしてやるわよ」

 時間がないと思っているからこそ、この極限のタイミングを見逃すことをしたくない。勝利するために総てを出し尽くすとこの場の全員が思っている。

 四十回目の戦闘、節目であるこの戦いを以て、カストディアンとロビンフッド、その趨勢に大きな流れが生み出されるだろう。

To be continued

 

次回――邯鄲再世戦争第三部第三十六話「Daydream Syndrome