――学園都市第七学区・第三十九・四十戦域――
「あれ、アタシはどうして……」
気付けばそこは夢の世界だった。現実の世界で今まさに融合を果たそうとしている夢の世界にどうして自分が戻ることが出来たのかもわからない。後ろを振り返ればそこには、壊れかけている界境の門が存在していた。
夢界を追放されてからは初めて見る門、だというのに、それはどこか記憶とは違う。記憶の門とは異なり、まるで鋼鉄の腕のようなものが門を護っているように思えて。
けれど、メリーはその様子に何も不快感を覚えることはなかった。むしろ、自分自身すらも何か大きな力に守られている。そんな不思議な感覚を覚えているくらいだった。
「そっか、あんたが助けてくれたのね」
よくわからないことを自分自身口にしているのには自覚があった。メリー自身がその現場を見たわけでもないのに、門に対してそんなことを口にするのはおかしいはずなのに、告げた言葉は自分の中でスッと解釈として呑み込むことが出来た。
「不思議なモノね、あんなに、アタシの中で暴れまわっていた痛みが和らいでいる。これなら、なんとかもう少しだけ頑張れるって気持ちになれるわ」
現実の世界がどうなったのかをしっかりとは認識できていない。夢路が待っているし、白儀との決着を付けなければならないと思っているから。
「ありがとう、アンタたちのおかげでアタシはもう少しだけ戦うことが出来る。アタシの本当にやるべきことを果たすことが出来る。だから、アタシはもういくわ。感謝も何もかもを全部、アタシ自身の力で証明するためにね」
言葉で感謝を幾ら伝えたところで伝え足りない。彼らは自分に願いを託してくれたのだ。どうしてなのかはわからないけれど、やるべきことだけは明白だった。希望を託された以上はその希望に即したことを成さなければならない。
夢界と現実の世界の問題を解決する。それは自分たちの果たすべき責任であり、同時に託された願いなのだから。
「だから、待っていてね、ユメジ」
少しばかり昼寝をしてしまったけれど、すぐに追いつくからと、自分が本来いるべき場所へとメリーは背を向ける。ここに戻ってくるのはあと少しだけ後のこと。全てが終わった後にこそ、もう一度戻ってくるために今は自分にとっての決戦へと脚と意識を向かわせる。
そう、そして、メリーが向かう先の場所では、
「うああああああああああああああああ!!」
「はっ、その程度か、キョウ。まだだ、こんなもんじゃ俺の拳は終わらねぇぞ!!」
その様子は何も事情を知らない人間が見れば、出来の悪い喧嘩のようですらあった。互いに超常の力を持ち合わせているにもかかわらず、最低限の自分自身の状況が変わらない程度の力だけを行使して、夢路も白儀も相手を殴り飛ばして闘いを終わらせようとしている。むしろ、神秘の力などで付けられる決着など必要ないとばかりに。二人は言葉を交わすことなくそれを選択し、そして実際に示し合わせたように相手を倒すための拳を放ち続ける。
「理解が出来ない。何という不合理性だ」
しかし、それをサータ・ホーグラだけが理解できない。自分の協力者として、その願いを叶えてやろうと思っている夢界が自分の想う通りに動かない。それが想定外の事であると同時に、苛立ちを深めていく。本来であれば、サータ・ホーグラの力を使えば、あまりにも簡単に夢路など粉砕できてしまうというのに。
「そうだ、余の力を使えば―――」
「邪魔をするなッッ!!」「邪魔をしないでくれ!!」
口元から零れた言葉に夢路と白儀はほぼ同時に反応を返した。その叫びにサータ・ホーグラは謎の威圧感を覚えて、力の行使を憚ってしまう。
「サータ・ホーグラ、約束したはずだぞ、この戦いは僕のモノだ、どんなことになろうともこの戦いを君に譲るつもりはない。他の誰かならばいいさ。けれど、夢路たちだけは別だ。このこだわりは君から見れば弱さにしか映らないかもしれない。だけど、僕にとっては立派な信念を持っての闘いなんだ」
「そうだ、ポッとでの奴がデカい顔をしているんじゃねぇよ。ああ、そうさ。今だって俺の左腕はお前のことが怖くて震えあがっているよ。キョウのものである右腕だってそうなんだ。まともにやっていたら、戦いになんてならないかもな。けどよ、俺はこの左腕を使うことを辞めないぞ」
震える、されど、その左腕を夢路は強く示し上げる。
「これは人間の腕だ。俺達はお前に対して潜在的に恐怖を感じているのかもしれない。けどよ、この腕こそが、キョウへと届くための俺のもう一つの武器だ。キョウから渡された右腕だけじゃお前たちには勝てない。俺自身の力があるから、俺達はお前たちと戦えるんだ」
白儀から与えられた右腕だけで戦った所で、それは彼らにとってはただの自傷行為にしかならない。自分の身体を傷つけたところでそれで命を失うということはなかなかできない。
むしろ、自分の命が零れるよりも先に、夢路の右腕だけがセーフティーとして動かなくなるかもしれない。そうなってしまったら戦うための方法が無くなる。
人間の姿を象った白儀に対抗するにはやはり人間の力を持って戦う他ないのだ。
「人間だからこそ闘える、か。その通りだよ、夢路。僕という存在を生み出したのは君たち人間だ。そんな君たちが僕に勝てない道理なんて本当はないんだ。人が生み出した者を人が御しきれない理由なんて本当はないんだから。だから―――」
「ああ、まだまだ暴れ足りないだろ、付き合うぜキョウ!!」
再びの激突が開始される。影踏み式は未だに発動し、白儀より時折放たれる、自分の状況を有利にさせるための技をブロックするために使われる。
それをあえて、主流の武器としては使わない。ある程度の効力を見込むことはできるだろうと夢路自身も分かっている。先ほどの破砕点のように白儀自身の身体へと影響を与えることはできるかもしれないが、だからこそ、あえて、それを切り札として取っておく。
最後の最後に決める技として使えるように。戦闘を繰り返しながらも、夢路はこの泥臭い殴り合いを歓迎しながら、最後へと至る決着の時へと向かうために、今はただ、両の拳を振るい上げていく。
「キョウ、テメェはこれでいいと思っているのかよ、あんな野郎の好きにさせて、どんな奴の願いも叶う? ああ、それは素晴らしいかもしれねぇな。けどよ、それはてめぇらにとっての都合のいい形で生み出された世界の上でだろうが。バランスを取れていた世界を崩してまで、お前自身が求めていた平穏が保証されるかどうかだってわかないんだぞ!!」
「ああ、そうかもしれないな。けれどね、夢路。無駄なんだよ、僕には選択権なんてものがまずは存在しないんだ。膨れ上がっていくだけの存在である僕を止めることが出来るものがいない限り、僕は収まるべきところに収まるしかない。
この眠れない日々から解放されるには僕自身の安息の場所を見つけるしかないんだ。それがどれほど苦しいことなのかが君に分かるのかッ
僕を甦らせるだけ甦らせてその意味すらも理解できなかった君が」
「わかるわけがないだろ、だからこそ、こうして全力で止めるために戦っているんだ!! けどな、甘ったれているんじゃねぇよ、キョウ。てめぇが黒幕ぶっていたからこんなことになったんだ。結局、てめぇは信じてなんていないんだよ。俺達の事なんて信じることが出来ないから、カストディアンなんてものたちと協力しなくちゃいけなかったんだろ!!」
もはや彼にはそれしか方法がなかった。そうすることでしか自分を保つことが出来なかった。それを以て、彼を臆病者などと呼ぶことが出来ないことは夢路が一番よく分かっている。その決断が他に選択肢がなかったという白儀の言葉も正しいのだろう。
しかし、今は違う。ここに対等な立場で白儀を倒すためにいる少年が先程からその気勢を以て白儀を圧倒し始めている。
「メリーがもうすぐ目を覚ます、その予感が俺にはある、その時に俺が、お前に負けていたら話にならないだろ!! 勝って、あいつにお前の出番なんてもうないぞって言って安心させてやるんだよ、そのために俺は今ここで戦う。メリーがいなくたってお前に勝てる!!
それはあの日にあいつを巻きこんじまった俺が証明してやらなくちゃいけないだよ!!」
その役目だけは譲れない。サータ・ホーグラの力を白儀が使って来ようとしないのならばそれに越したことはない。いいや、彼もまた分かっているのだろう。
最早今は選択肢がないわけではないということを。
「それがお前の願いだっていうのなら、それを俺が叶えてやるよ。全部元に戻してやるからよ」
「できるのかよ、そんなことが」
「できるさ、そう決めたんだからな」
その彼にとっての絶対の言葉を口にする。それを口にした以上夢路もまた逃げられない。絶対にその願いを成就させるのだという不退転の決意を胸に、相手を凌駕するために戦いは続く。
「まったく、ああ、まったくだとも。これは少しばかり沽券に係わるのではないかな。誰を放置して話を先に進めているのかを考えたまえよ。それではいけないだろうに」
グリム・グリムは憤慨していた。何もかもを嘲笑い続けているグリム・グリムであるにもかかわらず、自分がメリーの命を奪ったことを邪魔されたことに対して明確な怒りを示し始めたのだ。所詮、自分によって恐怖を植え付けられるだけの存在である癖に。
どうして、そこまでの抵抗をしようとするのか、此処までに何度も何度も絶望を叩きつけてきたというのに。
「それは許されないが、しかしだ。もはや二度目が起こることもないだろう。諦めたまえ、君たちの背中に張り付いていた邪魔な奇械が消滅した。しかし、その成果は再び、私が覆す。それで終わりだ、総てが闇の中へと消えるだけだ」
グリム・グリムからすれば、ただほんの少しの手間が増えただけであるということ。ほんの僅かに遅らせた絶望の瞬間、それを自分の手で再び引き寄せればいいだけのことであると考えているのだ。
それを自覚しているのは何もグリム・グリムだけではない。蓮太郎たちも同様に理解をしている。どうしようもなく自分たちではグリム・グリムを倒すことが出来ないのだと。
「どうすれば……いいんだよ!」
ポルシオンの力が確かにグリム・グリムには通用していなかったことも蓮太郎は理解している。しかし、鋼の彼が背中にいてくれるという事実だけでも蓮太郎にとっては大きな勇気を与えられる結果となっていた。その梯子を突然降ろされたに等しい状況の中で、自分に何ができるのかと自問自答せざるを得ない。
何を行ったとしても、グリム・グリムには通用しない。何らかの打倒の手段が用意されているという事すらもそういう希望を抱かせるためだけに演出をしているだけなのではないかとすら思えてくる。
このグリム・グリムという存在はもはや倒す手段などなく、存在を消滅させることはできない存在なのではないだろうかと。そして、そんな存在に目を向けられてしまった自分たちは運の悪いババを引いてしまったような―――
「諦めるな、蓮太郎!!」
「―――――」
その心の中に迫ってくる弱気な心を堰き止めてくれたのは1人の少女の声であった。今更言うまでもないだろう、その声の主は延珠である。
「蓮太郎は正義の味方だ、例え、どんな相手であろうとも絶対に負けることなどないのだ。もしも、蓮太郎が負けてしまうとしたら、それは……蓮太郎、お前が自分の心に負けてしまう時だけだ!!」
延珠は叫ぶ、グリム・グリムを恐ろしいと思うよりも先に蓮太郎への想いが先行する。彼女だって分かっている。自分の叫ぶ言葉がこの状況に置いてどれだけ無益なことであるのかを。そんな叫び声だけでグリム・グリムを打倒することが出来れば誰も苦労しないと思うことなど分かりきっているのだ。
蓮太郎は決して絶対的な存在ではない。ほんのわずかな不幸によって命を零してしまうであろう等身大の人間に過ぎない。本来であれば此処まで戦って来れたことこそが奇跡に等しい所業なのだ。
けれど、少女は信じている。その少年が決して負けないことを。どれ程の窮地であっても少年は決してあきらめることなく彼女にとってのヒーローであり続けたことを彼女は知っている。
裏切られたことなんて一度もない。いつだって里見蓮太郎は、藍原延珠にとってのヒーローだった。ポルシオンがいようがいまいが、夢の力に触れることが出来ようが出来まいが、そんなことなど関係なく、里見蓮太郎だからこそ少女は信じられた。
どんな絶望も恐怖もそんな少年の前では霞む。彼がいれば絶対に大丈夫だと少女は儚げなまでに信じることが出来るのだから。
その信じる心があればこそ、少女の叫びは少年の耳に届いた。グリム・グリムを倒すための方法なんて全く分からない。だけど、耳に残る言葉がある。脳裏に刻まれた言葉がある。
「本当に大切なことは、ポルシオンじゃない。俺がどうしたいか、俺がどうやって未来を創りたいのか。お前はそういったよな、天魔。なぁ、お前は今こうなることを予想していたのか?」
天魔・禍津という男がいた。本当の意味で未来を切り開くことが出来る人間とは常に。自分の力を信じて自分の力で進み続けてきた人間であるのだと、神様より与えられた力で無双するだけの存在などなんら怖れることなどないのだと語っていた。
大切なことはただ……、自分自身を信じて、自分の持てる力で前へと進んでいくこと。それだけでいいのだと禍津は告げていた。
その二つの言葉が蓮太郎の仲で過る。では、そんな二人の言葉を前に自分はどうであっただろうか、グリム・グリムという存在と対峙したうえでの自分が同様に映っていただろうか。
「情けないな……」
ああ、なんともこれは情けないと蓮太郎は思わず口から飛び出してしまった。だって、そうだろう。今までにされてきたことなど、精々が自分の中の過去を見せられて、それで潰れそうになってしまったことくらいだ。他が全て徹頭徹尾、言葉を向けられていたことだけ。
そうすることによってグリム・グリムを怖れるようにと演出を行っていただけに過ぎないのだ。だからこそ、情けない。直接的な脅威など何一つ与えられていないというのに、自分は勝手に勝てないなどと思い込んで、一瞬の催眠術にでもかけられていたかのように思えていた。延珠の言葉に救われたことは今回だけではないだろう。
きっと、何度も、そういつだって、彼女が自分を助けてくれていた。いつだって心が挫けて解けてしまいそうになる時は延珠の叫び声が、蓮太郎を引き上げてくれたのだ。
本当の意味での救いがどちらであるのかなど、今更言うまでもないだろう。そんな彼女に報いたいと思うから、蓮太郎は何の策もなく、グリム・グリムへと近づいていく。
「どういうつもりだい? 里見蓮太郎」
「別に、企んでなんかいねぇよ。ただやるべきことをやるだけだ。それだけが俺に許された行動なんだと思うからよ」
ただ、グリム・グリムの下へと脚を進ませていく。それだけだった。何かの難しいことなどその間に考えていたわけではない。
「蓮太郎……?」
「里見君?」
「何を―――」
これまでの総てを知っている者たちからすれば、その安易な行動は自殺行為を行っているように浮かんだ。何も準備をしないままにグリム・グリムへと向かっていくなどと正気の沙汰であるとは思えない。
しかし、蓮太郎は止まらない。何一つとして止まる理由を持ち得ないから。
「諦めたまえ、里見蓮太郎」
ああ、視界の中で道化師が躍っている。道化師が蓮太郎のことを嗤っている。これまでであればそれに恐怖を覚えただろう。いいもしれない恐怖と絶望が蓮太郎を支配して、無自覚のままに自分は勝てないのではないだろうかと疑いを浮かべていたはずだ。
しかし、そんな自分の在り方を今の蓮太郎は否定していた。怖れることなどない、少女の声が自分の脚を進ませてくれている。
その決定的な言葉を、原初の悪夢へと吐きだすために
「グリム・グリム―――――、俺はお前が怖くない」
「―――――――――」
嗤いつづけていた道化師の顔が、まるで能面のように止まっていた。驚きを覚えていたわけではない、それよりもなお酷い様子でただその顔が硬直していた。まるで、聞いてはならない言葉を耳にしてしまったかのようなその反応に、蓮太郎はやはりかというように顔をしっかりと上げて、その道化師を睨みつける。
「不思議だったんだ、お前には何をしても通用しない。何をやろうとしても、お前はその攻撃をすり抜けていく。そのくせして、お前は何度も何度も俺達との接触を避けているような素振りを見せていた。今の状況を考えれば、自分が逃げる必要なんて一切ないことは明白なのにだ。だから、何かしらのカラクリがあるんだと思っていた」
けれど、それがずっと、蓮太郎には分らなかった。焦る気持ちや、解決策が見つからないことから生じる恐怖の感情によって塗りつぶされてどうしてもその答えに行き着くことが出来なかった。
原初の恐怖、グリム・グリム、その正体とは形を得ない恐怖の具現、すなわち―――その目撃する相手が恐怖を覚えることによってそれは行動をすることが出来るのではないかと。
もしも、目の前の道化師に対して恐怖を覚えることなど一切なければ、この原初の悪夢は全く機能を果たすことが出来なくなってしまうのではないだろうかと、誰もが思い至りそうでありながら、思い至ることが出来ないであろう答えに気付くことが出来た。
「やめろ、やめたまえ、君は私に恐怖をしていたはずだ」
「ああしていたよ、だって恐ろしかったんだ。お前は何をしても斃せる気配がなくて、その癖、俺達はお前によって与えられる過去のトラウマによって次は何をされるのかもわからなくて、気付いた時にはお前に対して俺達は無意識にこいつには勝てないんじゃないかっていう気持ちを押し付けられていたんだ」
それこそが、グリム・グリムの戦い方であったのだ。相手に恐怖を植え付ける、他の百鬼陣が行っていたことのように、ただ相手に自分を恐ろしい存在であると認識させることで絶大な力を得ていく。蓮太郎たちを何度も何度も焦らせ、延珠をさらったのも全ては己を恐怖の存在であり、恐るべき手を使ってくるのだと蓮太郎たちだけではなく他の観衆たちにも認識させるためであったのだと考えれば、如何にグリム・グリムが悪辣な行動をしていたのかは今更言うまでもないだろう。
それこそが、グリム・グリムなのだ。カストディアン原初の悪夢であり、多くの存在に恐ろしいと思わせることによってその力を蓄えていく存在。
故にポルシオンもトートもメルゼズの力も通用するわけがないのだ。相手が一片でもグリム・グリムに対して恐ろしいと思う心が残っていれば決してグリム・グリムはその無限大の力を失うことがないのだから。
「きっかけは延珠だった。お前は延珠に一切手を出そうとしなかった。悪辣なお前ならば俺達を苦しめるために延珠に手を出してもおかしくないのに、俺がいるときには必ず延珠には手を出そうとしなかった。それは延珠がお前を相手に恐怖を抱いていなかったからなんだな」
恐怖よりも蓮太郎への信頼感が勝っていた。だからこそ、それを起点として自分の存在が揺るぐかもしれないことをグリム・グリムは嫌っていた。ふたを開けてしまえば結局それだけのことでしかないのだ。分かってしまえば何一つとして怖れることはない。
もっとも先ほど漸くそれに気づくことが出来たのだ。決して、楽々とそこに至れたわけではない。
結局、誰かに与えられた力に縋っていたのでは気付くことが出来なかった。無意識にポルシオンに期待をしていた面がないわけではない。禍津の言葉とポルシオンが自らを犠牲にしてメリーを救ったことで姿を消失させたこと、その二つが重なり合ったことによって、蓮太郎はその事実へと行き着くことが出来たのだ。
「だから、俺はもうお前を怖いとは思わない。絶対に脚を止めない。延珠は取り返す。ここが俺の戦いの終着点であろうと構わない。カストディアンが一人、グリム・グリム。お前はここで、何もすることが出来ないままに消えて行け」
「諦めたまえ、私はそのようなことには―――」
「なぁ、それにお前、忘れていないか。お前の周りにはいるぞ、お前を縛るための奇械が」
瞬間、グリム・グリムの存在が一気に希薄になりはじめる。まるで、最初からそれは真実、その場所に存在していなかったかのように、その隠され続けていた真実をつまびらかにするかのように、それは突如として姿を消失し始める。
それがグリム・グリムの背中にいる存在に、あらゆる存在の現在を無限再生する存在によって起こされた事実であることを理解させられて、
「ラウダトレス、レムル・レムルはもう―――」
「お前の存在はもはやこの世界には必要ない。お前の恐怖なんていらない。形のない恐怖なんてなくても、人類の普遍的無意識の中には人類の歴史に刻まれた恐怖が存在する。人間をいたずらに脅かすような恐怖は必要ない。
この戦いと一緒に、今日という日に消えて行け」
「やめろ、やめたまえ、そんなことをすれば―――」
「ああ、そっくりそのまま返してやるよ――――諦めろ、このピエロ野郎が!!」
何度も何度も、繰り返されてきたその言葉をぶつけて、蓮太郎の拳がグリム・グリムへと叩き付けられる。まるで迷いを振り切るように、この世界に存在するのであろう悪夢を消滅させるかのように振り上げた拳が叩き付けられた瞬間に、グリム・グリムはまるで最初からそんな存在はいなかったかのようにきっぱりとこの場から姿を消してしまった。
本当に何事もなかったかのように、恐怖を覚えていない者にとっては歯牙に懸ける必要すらもなかった存在であるかのように、それは消滅してしまったのだ。
「………だけど、俺だけじゃ勝てなかった」
当たり前のことだが、それに至るには此処までに至る道のりの総てがあればこそであった。だからこそ、掴んだ勝利を今度こそは離すつもりはない。
蓮太郎は、すぐさま、延珠の下へと向かう。レムル・レムルとグリム・グリムによってずっと離れ離れとなっていた二人はもはや誰も邪魔することがないその状況の中で互いに互いがここにいることの存在を認め合って、
「蓮太郎ォォォォ!!」
「延珠!!」
叫び、そうしてどちらからともなく抱きつきあった二人は、確かな互いのぬくもりを感じ、自分たちが取り戻すべきものを取り返すことが出来たことを実感した。
「今度こそはもう離さないからな」
「ああ、ああ………ずっと、ずっと待っていた。挫けなくて、本当に、よかった……」
不安などそれこそ言うまでもなく無数に存在していた。けれど、諦めなかったからこそ今がある。それを互いに互いの温もりで感じ合う。
まだ戦いは終わっていない。これからも続いていく。それは蓮太郎も延珠も承知していることなのだ。けれど、どうか今だけは―――今だけはどうか、その安らぎを感じさせてくれとただ、二人だけの時間に浸っていくのだ。
その感触を確かめながら、蓮太郎は静かに、
「ありがとう、そして世話になったな……ポルシオン」
ここまでずっと共に戦ってくれた相手に、最後の機会を与えてくれた相手に、もはや自分の半身とも呼べる鋼鉄の彼に、静かに別れを告げた。万感の思いを込めて、真実、彼は世界の願いを託された存在であったことを認めて。
その静かな声は虚空の彼方へと消え去っていくだろう。しかし、必ず届いている。夢の中へと融けこんだ彼にその活躍を労う形となって、確かに届いたはずなのだから。
「グリム・グリム、消えてしまったか」
静かに呟いたのは言葉とは正反対に激しく夢路と拳を交えあっている白儀だった。その消滅に対して、決して悲しみを見せるようなことはしなかった。現在の状況を生み落としたのはグリム・グリムだ。白儀たちの神聖なる戦いを邪魔し、自らの欲望のままにメリーを殺めたことを白儀は水に流すつもりはない。
この戦いは夢界としてこれまで、さまざまなことに抗い、悩み、そして決断を下した彼にとって何物にも代えがたい一戦だったのだ。それを穢されたことの意味は大きい。
だからこそ、消滅したことによって、白儀は完全に集中する形で夢路との戦いにのめり込んだ。無数の攻撃を避けながら、自分に拳を叩きつけてくる相手に、その相手の拳を避けながら、自分も見よう見まねで放つ拳に、どこか、自分の心が少しだけ救われる気がしたのだ。
「はっ、殴り合いは初めてだったんじゃないのかよ、随分と腰が入っているんじゃねぇか」
「見よう見真似か。君がそういうことをしている世界を見たこともあるからね。それに、こういうのは嫌いじゃない。ただ、技を放ってそれで終わりとなるよりもよほどこっちの方が自分の性に合っている」
「そうかよ、だったら、俺達やっぱり割と気があったのかもしれないな!」
「それはそうだろうさ、少なくとも10年の間、僕たちは互いに惹かれあっていたんだからさ!!」
軽口を叩きあいながらも、相手を倒すための技と拳は止まらない。自分よりも先に相手を倒すというその為だけの行動が、既に、意識を朦朧とし始めている二人に立ち上がる力を与え続けている。
もっと、人類のこれからであるとか、この先の戦いの事であるとか、白儀の中にいる存在の事であるとか語るべきことは山ほどあるのかもしれないが、不思議と夢路と白儀はそんなことを語ることはしなかった。この機会を逃してしまったら、きっと、もはやこうして肌と肌を重ねるうえでの対話など出来ないと思っていたからこそ、メリーの脱落という予想外の出来事が起こってしまったからこそ、なおさらに、自分を奮起させて闘っていく。
そうだ、きっと、この戦いを乗り切ってしまったら、あとは本当の意味で雌雄を決するしかないからこそ、ここで白儀響という人物の総てを掴まなければならないと思っている。
「行くぞ、キョウ!!」
故に、先に勝負を嗾けたのは夢路だった。全身から湧き上ってくる、巨大なる焔、ペトロヴナを消滅させるきっかけとなった力を発露させて、白儀自身を呑み込まんとするが、白儀は左腕を掲げて、夢路に触れると、その焔が一瞬にして消滅する。
しかし、その瞬間を狙ったかのように、夢路の拳が白儀の身体に存在する破砕点へと叩き込まれ、白儀の身体が横へと倒れ掛かるが、そこで白儀は自身の中から夢の力を放出し、その夢の力が白儀の背後で暴発するように爆発すると、それを発車の合図とするように体が夢路の方へと向き直り、夢路の脳天へと白儀の頭が叩き付けられ、同時に白儀の左腕が夢路の身体へと突き刺さり、そこから何かが夢路の中へと注ぎこまれていく。
「がっ、ぐぅぅ」
「恐怖の力を使えるのは何も、グリム・グリムだけじゃない。百鬼陣だって僕自身の身体の中の存在だ。だったら、ある程度はその力を放出することだってできる。気が狂いそうになるだろう。百鬼陣の恐怖という属性をそのまま体に流し込まれるのは」
「言っただろうが、そんなもので、今更立ち止まっている場合じゃねぇ!」
しかし、それでも、夢路は諦めることなく白儀に向けて再び拳を叩きつける。今度は破砕点に向けてではない。そんな余裕はなかった。とりあえずの引き剥がしを目論んだからこそ、なんとか、それに成功すると、夢路は率直な言葉を口にする。
「大体、おまえはまどろっこしいんだよ。止まることが出来なかったからこそ、ここまで来ただと。そんな遠まわしな言い方をしているんじゃねぇよ。
助けてくれって言ってくれればこっちは全力挙げてテメェに手を伸ばすに決まってんだろうが!!」
白儀は言っていた。どれだけの方法を探したとしても結局、自分を留めるための方法が見つからなかった。だからこそ、神座へと自分を封じるための方法こそが最良であると判断したのだと。
しかし、それは結局のところ諦めでしかなかった。世界をより良くしたいという白儀の願いは彼の本心なのだろう。世界として、あらゆる人間の願いを叶えたいと思っていることもまた、決して嘘を口にしているわけではないのだろう。
けれど、夢界としての彼が抱いていた最初の願いは決してそれだけではなかったはずだ。本当の最初の願いは何一つ変わることなく平穏に眠ることだったはずなのに。
「お前はもうすでに手段と目的が逆転しちまっているんだよ。誰もの願いを叶える為に神座を手に入れたいわけじゃないだろ。ただお前は目覚めちまったお前を眠らせたいからやろうとしているだけじゃねぇか。だったらそう言えよ、最初から、元に戻してくれって叫んでいればよかったんだ!!」
「黙れよ、僕が必要だった時にいなかったくせに、何もかもを忘れてしまっていたくせに、ようやく僕がサータ・ホーグラと一緒にその願いを叶える為に動き出そうとした時になって現れて、その時に僕がどんな気持ちでいたのか君に分るのか!!」
「嬉しかったんだろ?」
「――――、ああ、そうだとも!!」
嬉しかったこと白儀はよく覚えている。だからこそ、手を焼いた。最後の瞬間には間に合うかもしれないと思っていたからこそ、こうして今も戦っている。
「だからこそ、まだ足りない、まだ足りないぞ夢路。これじゃあ、僕を倒す事で精一杯じゃないか。それじゃあ、君の願いは果たされない。君はヒーローになることが出来ない」
「うるせぇよ、本当はそれで終わりだったはずなのに、厄介なもんを呼び起こさせやがって。だから見ていろよ、絶対にお前の願いもメリーの想いも無駄になんてさせねぇからよ」
聞いた以上は絶対に無駄にはさせない。それを白儀の前で誓い合ったうえで最後のクロスカウンターを叩きつけ合う。それが互いの頬を殴り飛ばした瞬間に二人は示し合わせたように吹き飛び、互いに地面へと倒れる。
無論、それですべてが終わるほど、白儀は脆くはない。ただ、ふらつきながら立ち上がるも、自分の身体が予想以上に消耗していることをよく理解した。そして、それから自分の目の前にいる相手を見て、流石に首を横に振る。
「夢路の渾身の攻撃をあれだけ喰らったんだ。僕だってまったくダメージがないわけじゃない。だから、そんなに睨まないでくれ、今はそれでも頑張って戦い抜いた彼に対して賞賛を向けるべきではないのかい?」
その視線の先にいるのはメリーだった。いつから目を覚ましていたのか、今は夢路を護るように白儀を睨みつけている。戦闘をする意欲がないことは分かっていても、彼の内部に存在している相手を警戒しているのだろう。
「キョウ、あんたは―――」
「僕と夢路の戦いは痛み分けだ。よく実感したよ、僕たちだけでは決着をつけることが出来ない。互いに同じ力を以て、その力を補てんするためにあらゆることが出来る時点で僕たちは二人だけで決着をつけることなんてできなかった。
我儘は此処までにするよ、サータ・ホーグラ」
「当たり前だ、これ以上、余に対して不快な真似をするつもりであれば、今度こそは貴様の身体の総てを掌握するところだった」
この戦いで白儀が望んだのはあくまでも自分自身での夢路とメリーとの決着だった。最後は少々泥臭いモノにはなったが、それを果たし、それでは決着をつけることが出来ないことを白儀は良く痛感した。
ならば、もはや半端な戦いなどしている場合ではないのだろう。
「だから、もう遊びは終わりにする。ただ、僕自身の決着をつけるために。
夢路、メリー、―――僕は崑崙城の最果て、黄金螺旋階段の玉座にて君たちを待つ。
そこへと君たちが至ったその時が、僕と君たちとの決着の時。そして、僕とサータ・ホーグラが天を掴むための最初にして最大の一歩が刻まれる時だ」
「黄金、螺旋階段……」
「そこに行けば、テメェが待っているんだな」
「ああ、もう、他の誰かと遊ぶつもりはない。僕自身も最高のコンディションで君たちを迎え撃つ。君たちを倒さない限り、君たちを越えない限り、僕もサータ・ホーグラも先に進むことはできない」
自分たちにとっての不倶戴天の敵であると認めればこそ、彼らを倒さなければ先に進むことはできないと白儀はようやく認めた。今まで様々な相手と戦いながらも、どうしたって満たされなかったのはやはり、ステップを間違えていたから。
神の座を握る戦いに積極的に動くわけでもなく。さりとて傍観者を気取るわけでもないその中途半端な在り方も全ては自分自身がその覚悟を示すことが出来ていなかったからなのだと、彼はようやく自覚することが出来た。
「わかった……、なら、向かってやるよ。お前たちの待っているその場所にな。その時が俺とお前の決着だ、キョウ。俺はお前の願いを叶えるぞ」
「期待しているよ。ただし、次は僕だけじゃない。僕とサータ・ホーグラの総てを使って君たちを迎え撃つ。できるかい、僕一人にも満足に勝つことが出来ない君たちにサータ・ホーグラと僕の総てを費やした力を崩すことが」
「出来る出来ないじゃない。決めたんだ。だったら、後はそれを果たすだけだろうが」
フラフラであり、立ち上がることも何とかという風貌でありながら、夢路はしっかりとした眼差しで白儀を睨みつける。その様子に改めて笑みを零して、白儀は背中を向ける。
満身創痍である以上、これ以上の追撃はないと分かっているからこそ、安心してその背中を向けて悠々と彼は崑崙城へと戻るための道を進んでいく。
「カグツチ、君も戻るかい? 少々、遊び過ぎて休息が必要なんじゃないのかな、君も?」
「然り、か。貴方が戻るのであれば己も守護者として共に戻ろう。いずれ、決戦はあの城へとなだれ込んでいくことになる。ここまでくれば最早後は進むか、待つかだけの違いでしかない。無論、貴様も来るであろう、審判者」
「無論だとも。私は最後まで見届ける。あなたたちの英雄譚を。その果てにヴァルゼライド閣下の勝利があると信じているのだからな」
「いいだろう、許す。奴の臣下であればそれを見届けることが義務であろう」
ギルベルトの随行を許して、カグツチもまた白儀と共に崑崙城の果てに存在する黄金螺旋階段へとその身を退く。
それはカストディアンである者たち二人の実質的な撤退を意味している。グリム・グリムというカストディアンを1人討伐した以上、残るカストディアンは彼らを含めて五人。
崑崙城へと進むための道は一気に開けたといえよう。
「メルゼズよ、貴様が来ることもまた待っているぞ、その時には我らの決着を。今度こそ完全な形で突けようではないか」
『勝手に口にしていろ、こちらからすれば貴様ともう一度など願われても御免だ』
メルゼズの嫌味を流して、カストディアンの軍勢は夢路たちの前から離れ、夢路の身体がぐらつき、それをメリーが抱えた。
「アタシが来るまで我慢していればいいのに。こんなにボロボロになって」
「正念場だろ、お互いにさ」
邯鄲再世戦争――第三十九、四十戦
壱 藤原夢路、メリー・ナイトメア 対 白儀響
→全員痛み分け
弐 里見蓮太郎、天童和光、夜科アゲハ 対 グリム・グリム
→和光、グリム・グリム脱落
参 天戯弥勒 対 カグツチ
→弥勒脱落
夢路陣営 藤原夢路(残り敗北回数2)、メリー(残り敗北回数1)
アゲハ(残り敗北回数1)、シルヴィ(残り敗北回数1)
蓮太郎陣営 里見蓮太郎(残り敗北回数2)、天童木更(残り敗北回数1)
リタ(残り敗北回数1)
白儀陣営 白儀響(残り敗北回数1)、カグツチ(残り敗北回数2)
ギルベルト(残り敗北回数2)
「俺達は体力を回復させ次第、崑崙城へと向かう。蓮太郎、お前たちは戻るのか?」
「………ああ、延珠を、そして和光兄さんと親父を安全な場所に避難させなくちゃいけない。それにこれはずるい言い方かもしれないけれど、俺の戦いはこれで終わりだ。果たすべき決着をつけることが出来た」
蓮太郎は延珠を取り戻すことが出来た。だからこそ、蓮太郎にとっての戦いは終わりを迎えたと言ったことも決して間違いではない。
それで戦場から離脱することを咎めることなど誰にもできない。ポルシオンを失い、仲間たちも多くが傷ついている。そこでこれ以上の戦闘を行わせることがどれ程酷なことなのかなど誰が言わずとも理解できる。
しかし、蓮太郎にとって、それだけが崑崙城へと向かわない理由ではなかった。
「それにさ、まだ一つだけ残っていることがあるんだ」
「残っていること?」
「ああ、約束したんだよ。この戦いの中で決着を付けようって。ポルシオンを使う訳でもなく、ただ自分たちの培った武技だけで決着をつけたいと言った相手がさ」
蓮太郎にとっては格上の相手だ。これまでに何度も何度も助けられてきた。だからこそ、その願いだけは叶えたいと思っているし、勝ちたいと思っている。
「だから、俺はその約束を優先する。そのために戦う。すまないな、だから、俺は城へと昇ることはできない」
「いいや、立派な理由だろ、それは。大丈夫だ、俺達や他の皆が間もなくあの城に到着する。キョウたちは突破した。あとは残る皆の力を合わせてあの城を崩すだけだ」
これまでに幾度となくロビンフッドを阻んできた者たちがついに、後ろへと下がった。長く長く続いてきたカストディアンたちの闘いもいよいよ終わりが近づいてきている。
事実として、この白儀たちの撤退を以てカストディアンたちとロビンフッドの戦いは一段落する形となる。
だが、それを以て、崑崙城へと無条件に突入をすることが出来るなどと考えるのであれば早計だろう。
何故ならば――その城へと向かうその道行には絶対的な守護者が待ち受けているのだから。
――学園都市第七学区・崑崙城直下最終防衛ライン――
「そうか、最初に此処へと辿り着いたのはお前たちか。ある意味では因縁だな、あちらの世界では一度たりとも出会うことはなかったが、お前たちのことは嫌というほどに知っている。だからこそ、最初はお前たちの選択に驚かされたものだ、なぁ、第五の女神、そしてその守護者よ」
崑崙城直下、崑崙城の門へと繋がるその階段を護るように立っているのは、カストディアンによって呼び出されたタタリにして、彼らにとっての切り札とも呼べる存在。
第六天におけるロウ・エターナルたちをまとめ上げたリーダー、月の世界の住人であった者――名を綿月依姫と呼ぶ。
その最後の関門を前にして、最も早く崑崙城へと辿り着いたのはタイタス・クロウとの戦闘後に、他の敵勢力との接触を極力避けながらここまで進んできた上条や奏を擁する陣営だった。
此処までは比較的容易に進んでくることが出来たが、それも此処までである。崑崙城へと突入するにはどうしてもこの巨大なる階段を昇り切らなければならない。
しかし、階段を昇り切るには、依姫たちを倒さなければならない。
「参ったな、ようやくここまで来たっていうのに」
「ああ、対峙しただけでもわかるぞ。あいつらはこれまでに姿を現していた他のタタリたちのどれよりも遥かに強い」
上条と光も感じている。依姫とそしてその横にいるあからさまに暴力という言葉をそのまま体で表したかのような存在である男、他の二人も絶対的な強さを持っていることは間違いないが、その中でも別格と言えるのはあの二人だ。
そして、あの二人は悠々とこれより崑崙城へと攻め込むであろう上条たちを見逃すほど甘くはない。むしろ、ここまで来た強者を狩るために待ち構えていたとでも言うべきだろう。
「焔王鬼たちのように暴れまわるのもそれはそれでいいかもしれないが、此処まで来やがった奴らと戦うってのもいいもんだ。何せ、選別をしなくてもイイ。あれだけの数の闘いをこなした上でここまで来ることが出来たんだ。なら、そいつは強いって認識は別に間違いでも何でもないからな」
「いうほど、我々は戦闘を行っているわけではないけれどな、上条、あれは俺が受け持つよ。久々の強敵だ。腕が鳴る」
「ならば、私はあれを受け持とう。二人に隠れてはいるが、おそらくあの少年もまた厄介な存在であろう」
そして、アレイスターが見据えるのは、緑色のラインが全身に刻まれた少年、かつては人修羅という名で呼ばれた少年であった。
無論、彼もまたかつての第六天の世界に置いては絶大な力を誇った少年である。それを相手取るつもりでいるアレイスターは果たして称賛があるのかどうか。
「へぇ、なかなか面白い呪いを抱えているみたいだな」
しかし、その選択が正しかったのかは不明である。アレイスターという男を目撃した瞬間から、人修羅と共に在る闇曲拍明はアレイスターの中に刻まれているその呪いを看破していたのだから。
「さて、時間を懸ければ他の陣営が次々と来るかもしれない。もはやそういう状況に来ているだろう、始めるか、無論、私の相手は君たちがしてくれるのだろう?」
邯鄲再世戦争――第四十一戦
壱 上条当麻&立華奏 対 綿月依姫
弐 湊斗光 対 ガイオウ
参 アレイスター 対 人修羅
「他の皆が何処まで来ているのかはわからないけれど、ここを突破しないと城へとすすめない以上は―――」
「ああ、突破口を開くぞ、奏!!」
「これも運命のいたずらか、まさか、こうして彼らとぶつかることになろうとはな。想うべきところは無数にあるが、それでも今の私は、この城の門番だ。その責務果たして見せよう」
それを越えた上で、城にて状況を俯瞰している者たちへとその刃を突きたてろと言って見せる。
――学園都市第七学区・第四十二戦域――
「ふむ、君もなかなか奇特なことをする。既に戦場の中心は城へと向かっているはずだ。こんなところで時間を潰している場合ではなかろう。それとも、まさか、君に限って、戦力が消耗するのを待っているなどという理由でここにいるわけではないのだろう」
「さて、けれど、見つけてしまった以上は避けることはできないわ。分かっているでしょう? あなたは女神の世界を知る者。私にとっては、そんな相手がいるのに、それと語らう事もないままにこの戦いを終わらせるわけにはいかないわ」
邯鄲再世戦争――第四十二戦
壱 女神天子 対 ラインハルト・ハイドリヒ
弐 グローリア 対 武帝
参 鈿女 対 櫻井夢美
「女神さまは、存分に自分の目的を果たすために動いてください。それまで他のタタリの相手は、私とグローリアで受け持ちます」
「ええ、構いませんとも。またこれは相手にとって全く不足はない相手のようですから」
グローリアの目の前に立つのは真紅の鬼である。善悪相殺を世界に敷く武の帝王。誰よりも戦の愚かさを知りながらも、その戦を広げる男。絶大なる完成された強さを持つ男との激突を強欲である彼女が放っておくはずがない。
「まったく、私はそこまで戦いに全力を挙げるつもりはないけれど、私達を傷つけようとする相手に対して容赦をする理由もないからね」
そして、鈿女が相手取るのは夢美と彼女の子でもある蟲。それは鈿女にとっても実に興味深い存在ではあるが、あくまでも彼女たちの存在は鈿女にとっては敵であるという認識でしかない。女神勢力の先を考えるのであれば葬っておくことに変わりはない。
(すでに少なくない戦いが繰り返されている中で、脱落している勢力も出てきている。カストディアンの勢力もその多くが滅ぼされていることでしょう。もはやタタリたちとしのぎを削り合う試練の時は終わりを迎えようとしている)
そして、その試練が終わった先に待っているのは願いを抱えた者たちとの凄絶な潰し合いだ。近い将来などという不確かな未来の話ではなく、この戦いが終われば次はというもはや一寸先の状況であることもまた理解をしていなければならない。
であればこそ、甦ったタタリたちには早々に退場をしてもらわなければならないだろう。もはや彼らが存在し、足を止めていいような状況ではない。崑崙城にしてもシャトーにしても既に存在がこの世界に根付き始めている。いつまでも放っておくことをしていれば間違いなく取り返しのつかないことになるのは確実なのだから。
「では、始めましょうかラインハルト・ハイドリヒ。女神の世界を知るモノよ。私は女神の世界を顕現しようとする者、貴方から見ての女神の世界というモノの法理を叩きつけてくれて構わない。それを凌駕して先に進めなければ私が望む世界を生み出す事なんてできない」
「気概の問題だな」
「ええ、その通り。覚悟の問題よ。けれど、神の世界に己の法理を流す者としてそれはとても重要なことでしょ?」
女神にとって己の法理を固めるために、女神の世界を知る者との激突は必要なことだ。彼女自身も感じている。おそらく間もなく「彼女」との激突が待っている。
女神にとっての聖戦を完遂するためにもその前座としてのこの戦いは必要不可欠なのだ。
「委細承知した。何、私にとっても意味は同じだよ。彼らとの戦いが間もなくであると私もまた思っている。そのためにも場を盛り上げなければならないだろうからな」
互いに次につながる戦いであると分かっているからこそ、決して手は抜かない。
女神の世界を求めるものと知る者、その激突によって――これより幕を開ける神の座を求める者たちの凄絶なる死闘は幕を開けるのだ。
これよりしばし、ロビンフッドとカストディアンの戦いは箸を休めることとなる。
そして、代わりに始まるのは神座を求めた者たちの死闘――神座封印戦争に連なる者たちの闘いである。
To be continued
次回――邯鄲再世戦争第三部第三十七話「残照」