220px-Kiss_Of_The_Spiderwoman理想と現実の狭間にある幸せ

好きな映画は山ほどあるが、その中でも私にとって特に想い入れの深い作品の一つが、エクトール・バベンコ監督の『蜘蛛女のキス』だ。この作品はアルゼンチンの作家であるマニュエル・プイグの原作に基づき、彼自身の手によって戯曲化もされており、日本でも何度か上演されているので、題名くらいはご存じの方もいらっしゃるかと思う。ちなみに戯曲とは別にミュージカルにもなり、海外では上演されている。85年に映画化された際には、米アカデミー賞で主演のウィリアム・ハートが最優秀主演男優賞を獲得したことでも有名だ。他の作品はともかくとして、『蜘蛛女のキス』でのハートもまた、私にとっては忘れ得ぬ最高の名優の一人だが、相手役を演じた故ラウル・ジュリアもこの作品によって私の個人的な殿堂に入ることとなった。加えて、タイトル・ロールの蜘蛛女、作中に登場する架空の映画の主人公レニ・ラメゾン、そして裕福なブルジョワ階級の女性であるマルタの三役を演じた、ブラジルの女優ソニア・ブラガの気品も際立っている。ハート、ジュリア、ブラガの三者が演じる人物達が織りなす物語は、蜘蛛女の糸に紡がれたように複雑に絡み合いながら、理想と現実の狭間で苦悩するキャラクター達の人間像を、哀しくも美しく描き出す。


kiss_of_the_spider_woman1物語の大半は、未成年と性的行為をした罪で投獄されている同性愛者のモリーナ(ハート)と、反政府行為で逮捕された政治犯のヴァレンティン(ジュリア)が共有する牢内で展開されて行く。見込みは無いと知りつつも、一刻も早く解放されて仲間と再び戦いたいと焦るヴァレンティンをよそに、モリーナは夢見心地で好きな映画の話ばかりを延々と、主演女優を自ら演じながら語り続ける日々。モリーナが語る映画の物語は劇中劇として、モノクロに近い抑えた色調の映像で挿入されており、それはやがてモリーナ自身が辿る運命をも示唆している重要なモチーフだ。架空の映画は第二次大戦中、ドイツに占領されたフランスを舞台に、クラブの歌姫・レニと、ナチスの将校との恋を描いたもの…ユダヤ人が悪役として描かれていることを知るや、正義感の強いヴァレンティンはナチスのプロパガンダ映画だと見破っては、そんなものに心酔するモリーナを軽蔑する。ヴァレンティンは自国の貧富の差に憤り、一部の裕福な層だけに許されている自由と平等を、全ての民が得られるように戦ってきた地下組織の一員。使命感に燃える彼は、何度も仲間の情報を引き出すために拷問にかけられながらも、闘志を失わずに黙し続けていた。だが、一方では牢内では何もできない無力感に苛立ち、そのストレスを定期的にモリーナに当たり散らしては過ごし、二人の間に服役囚同士の友情すら芽生える兆しなど最初は無かった。

1985-Kiss-Of-The-Spider-Woman-007だが、モリーナはそんなヴァレンティンに母親からの差し入れを惜しみなく分け与え、彼にどんなに侮辱されようとも、まるで母親が子供をあやすかのように優しく接する…モリーナがそのように辛抱強くヴァレンティンと交流していた理由は、彼から地下組織の情報を聞き出すことに成功すれば刑期を短縮すると、裏で警察と密約を交わしていたからだ。しかし、モリーナは誠実で男気のあるヴァレンティンの心に触れ、やがては彼を愛してしまうに至る。それはあたかも彼が語り続ける映画の中で、レニが敵だと知りつつもドイツの将校に惚れ込んでしまったかのようだった。そして、ヴァレンティンも様々な経緯を経て、モリーナを単なるオカマの犯罪者と見下すことをやめ、彼の人間としての心の広さや、抱えている哀しみを理解するようになる。地下組織にいるガールフレンドの話や、警察の目をごまかすために敢えて付き合っていた上流階級のマルタの存在についても、モリーナは聞き出すまでにヴァレンティンの信頼を得るが、彼がそうした情報を警察に知らせることは決して無かった。やがて警察は彼がヴァレンティンに恋愛感情を抱いてしまったことを見抜き、最早用無しとばかりに彼の出所を早める。だがこれもまた、二人が‘深い仲’になったと目をつけた警察が、モリーナの出所を利用してヴァレンティンが仲間と連絡を取ろうとするだろうと見越しての作戦だった。そうとも知らず、ヴァレンティンは出所当日のモリーナに仲間の電話番号を教え、彼らと連絡を取ってくれるように頼んでしまう。はじめは怖くてできないと拒むモリーナだったが、ヴァレンティンへの愛情から彼はそれが如何に危険なことか理解しつつも引き受けてしまう…

kissofthespiderwoman_ban3ここでモリーナが物語っていた、レニとドイツ将校の恋を描いたナチスのプロパガンダ映画がどのように展開したかを紹介しておく必要がある。恋に落ちながらも、一度は祖国の敵である男は愛せないとドイツ将校と別れようとしたレニだったが、ナチス・ドイツが世界を救うために戦っているとの彼の言い分に、彼女はすっかり洗脳されてしまう。ヴァレンティンが指摘した通り、この架空作品はナチスのプロパガンダ映画なのだから仕方ない。そしてラストでは、ドイツ将校の命を狙うゲリラ組織から身をもって彼を守ろうとしたレニは、そのために銃で撃たれて死んでしまう。死に際にドイツ将校に、‘貴方のために死ねるなら幸せだから泣かないで’と言い残して…。前述した通り、この劇中劇映画の物語は、モリーナの行く末を暗示しているので、観る側は出所後の彼の身を案じずにはいられなくなる。尚、原作と戯曲の方ではこの架空映画だけでなく、実在する映画『キャット・ピープル』(42年米/81年にナスターシャ・キンスキー主演でリメイクされたバージョンではない)についても、モリーナは牢内で語っている。架空のナチス宣伝映画と『キャット・ピープル』には、主人公が禁断の愛の果てに死んでしまうという共通点がある。モリーナはゲイである自分の恋愛感情は実らないものと感じ、それでも真実の愛に巡り会えるなら、そのために死んでもいいという願望があったからこそ、こうした映画に魅了されていたのではないかと思う。モリーナは男性の肉体という現実に縛られながら、女性として愛に生きることを夢見ていた。それに反してヴァレンティンは、自ら戦いあるのみという現実に生きることに縛られ、自分の夢や理想を無理に押し殺して生きていのだ。

002出所する前にモリーナは映画ではない不思議な物語を、信頼関係を築いた後のヴァレンティンに語るシークエンスがある。それは、自分の身体から出た糸に縛られているが故に、一人で南国の孤島で暮らしている蜘蛛女の物語だった。ある日彼女は浜辺に打ち上げられていた男を発見し、彼が負っていた傷を治し、疲れきった心も癒す。そして男が気づくと、大粒の涙が蜘蛛女の目から流れていた…ただ、それだけの話。だが、これはモリーナが正しくヴァレンティンに対して牢内で行ったことを寓話的に表現したものだ。まるでラヴ・レターのような、ゲイではないのに自分を受け入れてくれたヴァレンティンへの愛と感謝の想いを詰め込んだ、モリーナ自身の‘物語’。愛の悦びと哀しみが織り混ざった、この世に有って無いような、理想と現実の壁を超越したストーリー…出所後のモリーナと、牢内に残ったヴァレンティンがどうなったかについては、ここでは敢えて記述しない。皆さん自身で『蜘蛛女のキス』を観て、クライマックスをご確認いただく方がいいだろう。ただ、この映画のラスト・シーンについては少々書いておく。この作品はヴァレンティンが見ている夢で締めくくられている。夢の舞台はモリーナが語った蜘蛛女が住んでいたのと同じような、自然豊かな南の島。そこでヴァレンティンは彼が本当に愛していた女性…地下組織の彼女ではなく、上流階級のマルタと再会する。そして、自分の持つ思想や主義に反するが故に、どうしても現実では言えずにいた一言――‘君を愛している’と呟く。自分の政治的使命感という‘蜘蛛の糸’に縛られて、素直に人間としての幸せを求める気持を認められずにいたヴァレンティンだったが、モリーナとの出会いによって、その使命感がために荒みきってしまっていた彼の心は救われたのだ。夢の中で最後にマルタは言う、‘この夢は短いけれど、この夢は幸せなもの’だと…映画『蜘蛛女のキス』もまた、哀しい中にも幸せな夢を含んだ傑作だ。騙されたと思ってでも構わないので、是非ともご覧いただきたい、私にとってはどんな宝石以上にも輝きを放ち続ける宝物のような映画なのだから。

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『蜘蛛女のキス』予告編