220px-Lovely_bones_ver2死者が本当に望むこと…

数年前にそこそこ話題となった『ラブリーボーン』という映画は、残酷な少女暴行殺人事件を題材としながらも、今までに無かったアプローチで感動作に仕上がっている不思議な逸品だ。原作はアリス・シーボルドの小説『ラブリー・ボーン』(アーティストハウス)。監督はグロテスクと美しさを融合させる上では天才的な、『乙女の祈り』(94年新・米合作)のピーター・ジャクソン。物語の主人公はスージー・サーモンという、どこにでもいそうな14歳の少女。両親の愛に恵まれ、妹のリンジーと弟のバックリーと共にすくすくと育ち、誕生日にもらったカメラで写真を撮るのが趣味という快活な女の子だ。彼女は初恋の相手である同じ学校に通うレイに、初めてデートに誘われて心を躍らせてもいた。だが、1973年12月6日のその日…学校からの帰宅途中に、実は連続少女暴行殺人鬼である近隣に住むジョージ・ハーヴィーの餌食となって命を奪われてしまう。この作品は多少のサスペンス的要素を含むものの、ミステリーではない。スージーが殺されたことや誰によって殺されたかは、警察や家族は知る由もないが、観客には冒頭で明らかにされている。警察の必死な捜索にも関わらず、遺体すら発見されないままスージーは行方不明に…失踪事件として扱われ、人並みに幸せだった家族の上に大きな影が落としされてしまう。いつまでも犯人探しに取り憑かれた父親、彼との仲が上手く行かなくなり家出してしまう母親。母親代わりにやってきた祖母のリンだけが、残されたリンジーとバックリーを励まし、彼らは何とか生活を保っていたものの、家族の心はバラバラになりつつあった。

lovely-bones-stormそんな彼らを死んだスージーは、天国とも地獄ともつかない不思議な世界から見守り続けていた。だが、亡霊に過ぎない彼女は家族に手を差し伸べることはおろか、犯人が誰であるかも伝える術を持たず、崩壊して行く家族を心痛と共に見続けることしかできない。学校の同級生で霊感のあるルースだけが、時折スージーの姿を目にするが、彼女ですらスージーの想いまでは読みとれなかった。一方、スージーは自分が置かれている死後の世界で、ホリーという少女に出会う。ホリーは一緒に天国へと行こうと彼女を促すが、スージーは家族のことが心配で現世への未練を断ち切れない。彼女は自分の死を真っ向から受け入れられずにもいたのだ。そんな中、スージーの父親はある日、彼女の必死の呼びかけが一瞬だけ通じて、ハーヴィーが娘を殺した犯人だと直感する。しかし、証拠は何も無く、警察も彼の言い分を真に受けることはできなかった。スージーは自分を失った悲しみから立ち直れずにいる父親を見るのが辛くなり、やがて犯人探しへの執着をやめて欲しいと、家出した母親のように感じるようになる。初めのうちはハーヴィーへの憎悪と復讐心に満ちていたスージーだが、それよりも家族に元通り幸せになってもらいたいと願う気持が強まって行くのだった。スージーはまた、初恋のレイへの恋心も捨てられずにいた。歳月が経ち、彼女が殺された当時の年齢へと成長したリンジーが、ボーイフレンドと初めてキスをする姿を見ては、自分が奪われたのは命だけではなく、生きていれば体験できた様々な素晴らしいことだったのだとスージーは自らを憐れむ。結局、レイとの初デートも実現し得なかったスージーは、ファースト・キスすら味わえずに死んでしまったのだ。レイもまた、デートの待ち合わせ場所 ―― ショッピング・モール内にあるあずま屋に、いつまで待っても現れることがなかったスージーを失った悲しみに打ちひしがれていた。そんな彼に、‘彼女(スージー)はまだ近くにいるわ’と声をかけたのは、学校でははみ出し者のルースだった。ルースに慰められ、レイは彼女が一人で住む家に頻繁に出入りするようになるが、やはりスージーのことを忘れられずにいた。ルースはそれを承知の上で彼を受け入れ、少しずつだが彼女の助けもあって、レイはスージーが居なくなった辛さよりも、彼女の想い出を大切にすることで立ち直って行く。スージーはそんな彼とルースを、羨望と安堵の混じった複雑な想いで見続けていた。

74e8681667c74さらに時が経つと共に、スージーの父親は自分の犯人探しが、家族を悲しみから解き放つことの妨げになっていると思い直すようになる。母親もそんな彼の気持を察してか、長い家出から戻って来た。レイと同じように、スージーの家族も徐々に立ち直りつつあった。その様子にやっと安心したスージーは、自分が死んだ事実を受け入れる決心をし、死後の世界の中で自分が殺される前のハーヴィーの足跡を辿ることに…犯人不明のまま、ハーヴィーに殺されていた少女が自分以外にも何人もいた事実をスージーはそこで初めて知る。死後の世界で友人となったホリーもまた、そんな被害者の一人だったことも明らかになる。スージーは自分が1973年12月6日に彼女らのように殺されたことを再認識して天国へ旅立つ心の準備を整えるが、しかし現実の世界ではハーヴィーが新しい獲物に目をつけ始めていた…それは他ならぬ、スージーの妹のリンジー。だが、姉の失踪事件もあって、用心深くなっていたリンジーは、ハーヴィーが彼女を見つめるただならぬ目つきが気になり、逆に彼に疑惑を抱くようになる。そして遂に、危険を冒してまでハーヴィーの家に忍び込み、スージーの写真と彼女の一房の毛髪を発見し、彼こそが姉殺しの犯人だと警察に通報する。だが、ハーヴィーは決定的な証拠となるスージーの遺体の入った大型金庫を、ルースの家の隣にある廃棄物処理場へと急いで持参し、処分するよう依頼しては逃走してしまう。同じ頃、死後の世界ではホリーを含むハーヴィーによって殺された少女達と共に、スージーは天国へと向かい始めていた。しかし、スージーは一つだけ‘やり残したこと’があると言いだし、現世へと戻って行く…

202004155845_640w観客の誰もが、スージーの言う‘やり残したこと’とは、自分の遺体の在り処を家族に伝えることだとここで思ったことだろう。彼女の遺体の入った金庫は正にその頃、数多の廃棄物と共に地中深くへ埋められようとしていたからだ。このままでは、彼女の遺骨すら家族のもとへと戻れる日は永遠に訪れまい。しかし、スージーが‘やり残したこと’とは、自分の遺体の行く末とは何ら関係なかった…スージーはルースの身体を借りて、念願だったファースト・キスをレイにしてもらうために戻って来たのだ。夢うつつ状態にあったレイは、ルースの姿が突然スージーに変貌したことにも驚かず、‘君は美しいよ、スージー・サーモン’と彼女に囁いて優しく接吻する。願いが叶ったと同時にスージーは完全にこの世から消え去り、天界へと消えて行く…彼女の遺体はこうして永久に発見されないままとなる。映画のタイトルである‘ラブリーボーン(美しい骨)’が、彼女の遺骨を示していたわけではないことが、後に彼女のモノローグで明らかになる。原題の "Lovely Bones" とは、彼女の死後に残された者達が立ち直って行く過程で作り上げた、新たな絆の骨格を意味していたのだ。見事に、しかし気持良く騙された気分にさせてくれる素晴らしいタイトル…この作品は犯罪等の被害者遺族が、想像を絶する悲しみを乗り越える過程を描いた作品。その後、ハーヴィーがどうなったかはここに記述するつもりもないし、むしろどうでもいいことなのだ。一人の少女の死が、レイとルースを繋げ、残された家族の信頼と愛を一層深めたということが、この作品の言わんとしていること。どんな悲惨な死も、亡くなった者への美しき愛情と想い出を汚すことはあってはいけない…だからこそ、無残に朽ち果てていただろう自分の遺体を見つけてもらうことよりも、スージーは最後に生前の美しかった自分をレイの心に刻印してから完全に昇天する道を選択したのだろう。私は常々、凄惨な殺人事件等について報道で知っては、残された被害者の遺族や友人らはこの先、一体どんな思いで生きて行けばいいのかと想像せずにいられなかった。この映画は、そんな私に祝福に満ちた答えを出してくれた作品だ。観終わった後に、観客の心に残るのはレイにキスされた時のスージーの幸せな笑顔だろう。それこそ、ジャクソン監督の望むところだったと確信している。死後の世界でもレイとの待ち合わせ場所だったあずま屋が頻繁に登場するのは、スージーの生きることへの未練を象徴していて実に可哀想にもなる。しかし、可哀想だと思い続けて、残された者達に自分達の幸せを放棄しないで欲しいという死者のメッセージを、この作品は堂々と伝えている。犯罪被害者のご遺族をはじめ、どのような形であれ、身近な存在を失った人々には是非観ていただきたい傑作…『ラブリーボーン』とはそうした映画なのだ。


作品関連情報リンク集:Wikipediagoo映画Yahoo映画

気に入られたら下記のランキング・バナーにそれぞれポチッと一票願います! ↓

 
  にほんブログ村 映画ブログ おすすめ映画へ

ブログ全体のトップページに戻る


『ラブリーボーン』予告編