_AA300_[1]‘不適正者’の夢、‘適正者’の母胎回帰

『ガタカ』は大好きなマイケル・ナイマンが音楽を担当していることもあり、観たいと思いつつ鑑賞を先延ばしにしてしまったアンドリュー・ニコル監督の傑作だ。‘そう遠くない未来’を舞台としたこの作品は、リアルタイムで進む物語と、前半で挿入される主人公の生い立ちの回想によって構成されている。リアルタイムのシーンは主に、主人公のヴィンセントが勤務するガタカという組織の研究所と、彼が密かに共に暮らしているジェロームという脚の不自由な障害者の邸宅にて展開されており、この二つの建物は正しく未来を感じさせる、シックでモダンなデザイナーズ・ビルだ。それに反してヴィンセントの出生から子供時代は、まるで1960年代を彷彿とさせるような敢えてレトロ・モダニズム一色に染められたような家や服装をもって描かれている。勿論、物語の設定からして実際に60年代であるはずはないが、2000年代とも思えない不思議な未来世界なのだ。このような風情でヴィンセントの幼少から青年期を描くことで、万人がどことなく懐かしさを感じ、自分のことのようにヴィンセントに感情移入できる作りとなっている。だが、見た目は60年代風であっても、ヴィンセントが生まれた時代は我々にとって未来であり、そこでは生まれる以前から遺伝子操作によって、知能と体力に優れた‘適正者’として子供達は人工的に改造されてからこの世に生を授かるのが当たり前になっているからだ。現代のように普通に男女の性交を介して、何の改造もされずに自然出産で生まれた者は‘不適正者’として扱われ、成長してからもろくな仕事に就けない。ヴィンセントの両親であるアントニオとマリーは、第一子である彼を遺伝子操作なく自然出産でそんな世の中に送り出し、産後のDNA検査で彼の心臓が弱く、予想される寿命はたった三十年余りと知らされる。父親の名前にちなんで、当初はアントンと名づけられるはずだった赤ん坊はアントニオの意向でヴィンセントと名前を変更され、アントンはミドル・ネームとなった。やがて、夫婦は第二子を人工的にもうけることにし、肉体的にも精神的にも何ら欠陥のないヴィンセントの弟が誕生する。弟はファースト・ネームをアントンと名付けられた。父親の名を継ぐに相応しいのがヴィンセントではなく、彼の優秀な弟だからだろうとヴィンセントは回想する。二人は仲良く成長したものの、肉体的にアントンがヴィンセントより秀でていたことは目に明らかだった。ヴィンセントは極度の近眼で、‘不適正者’しか必要としない眼鏡をかけており、背丈もいつの間にかアントンに追い越されていた。やがて成人したヴィンセントは、子供の頃から宇宙飛行士になりたいとの夢を追求しようとする。だが、‘不適正者’が宇宙に行く人間に選ばれる可能性は全くなかった…


2[1]それでもヴィンセントは家出同然に実家を離れ、一人暮らしを始め、憧れのガタカという宇宙研究所の清掃員となった。毎日、何台ものロケットが宇宙に向けて打ち上げられる様子を仕事中に見つめては、アパートに戻って宇宙に関するあらゆる書物を読み、いつの日かガタカの正式な宇宙飛行士になるための体力作りにも励んだ。しかし、ガタカは‘適正者’しか宇宙飛行士はおろか、一般社員としても雇用しない。しかも、彼らは常に出勤時にゲートで指の血液を採取され、健康状態に異常がないか調べるための尿検査や運動時の心拍数検査も随時行われていた。ヴィンセントは清掃員として働きながら、逆にガタカをより遠い存在に感じるようになってしまう。だが、宇宙飛行士になる夢を諦め切れないヴィンセントは、闇ルートから‘適正者’としての偽のアイデンティティーを購入しようと決意する。彼に自分の‘適正者’としての全てを売ったのは、ジェローム・ユージーン・モローという男だった。遺伝子操作で素晴らしい水泳選手になるべくして誕生したジェロームだったが、どれほど恵まれていても世界で二位にしかなれなかったジェロームは、自殺を試みたものの死を免れ、下半身不随で車椅子生活を密かに送っていたのだ。泳ぐことはおろか、歩くこともできなくなった彼は、今後はヴィンセントがジェロームとして生きて行けるよう協力することになる…しかし、それは容易なことではなかった。ヴィンセントは毎朝、‘不適正者’である証拠となり得る体毛を可能な限りシャワーで擦り落とし、ジェロームの履歴にある通りのカラー・コンタクトを目につけ、出勤時のゲートで行われる血液採取に備えてジェロームの血液を含んだ人工皮膚を指に貼り、尿検査に備えてジェロームの尿が入った偽のペニスまで身につけなければならなかった。コンピュータに向かっての勤務中も、自分の皮脂を綿密にキーボードの間から隙を見ては取り除き、代わりにジェロームの皮脂を少し残しておく。その反面、ジェロームとしてガタカに入社するのはいとも簡単だった ―― ジェロームは‘適正者’の中でも特に優秀なDNAを持っており、検査で本人確認をしただけで、それが実は巧妙な偽装をしたヴィンセントであるとも知らずに、ガタカは彼を即採用した。身分証の写真が顔と微妙に違っていても、DNAが嘘をつくはずはないというわけだ…

gattaca1ヴィンセントは毎日、本来の自分とは違った髪と瞳の色を持つ、元競泳選手の熱心な社員・ジェロームを演じ続け、誰にも気づかれないまま月日が経って行った。そして遂にヴィンセントの努力が実り、土星への探査任務が実現することとなる。他の‘適正者’達のように、冷静に任務遂行決定の報告を聞くヴィンセントだったが、心の中で彼は狂喜していた。ところが、ロケットの打ち上げ数を減らそうとしていたヴィンセントらの上司が、社内で何者かに撲殺されてしまう。警察は一応ガタカの正社員を取り調べるものの、彼らの中に犯人がいるとは全く思ってもいない ―― ‘適正者’の中には凶暴性を持つ者など存在しないはずだからだ。しかし、警察は掃除機で吸い取られた館内のゴミの中からヴィンセントのまつ毛を一本発見し、とっくの昔に清掃員を辞めていたヴィンセント・アントン・フリーマンを容疑者と推測するようになる。さらに‘不適正者’であるヴィンセントが、ガタカの中に‘適正者’と偽って紛れ込んでいると疑い始めた警察は、社内で執拗に捜索を続ける。ヴィンセントは上司殺しの犯人ではないが、‘不適正者’である正体がバレるのではないかと心中穏やかでいられなかった。‘不適正者’が‘適正者’と偽ることも、この未来社会では大罪なのだ。恐怖に駆られて逃亡さえも視野に入れるヴィンセントを、‘ここまで苦労して頑張ってきたのに投げ出すのか!’と叱責したのは本物のジェロームだった。『ガタカ』における最大のミステリーは、殺人犯が誰なのかではなく、実は本物のジェロームの目的だ。アイデンティティーを売ったとは言え、高級な邸宅に住む彼が金に困っている様子など欠片も無い。それでも毎日、彼がヴィンセントのために血液と尿を冷蔵して貯め、コンタクト・レンズ等の購入手配をし、細かい皮脂まで集めているのは何故なのか?ジェロームが何を求めてヴィンセントの計画に協力したのかこそが、この映画の最も重要なテーマとなっているのだ。

gattaca_large_4[1]ヴィンセントが‘不適正者’である自分に苦悩しながら成長していた間中、ジェロームもまた、‘適正者’としての自分にかけられた途轍もない期待と、それに応える義務感に縛られ続けていたのではないか。彼は生まれながらにして勝者になるべき人間の資質を完璧に備えられていたにも関わらず、競泳で二位に甘んじてしまった ―― おそらくは競泳で勝つことでさえ、ジェロームにとっては夢ではなく、義務でしかなかったはずだ。競泳を続けることも可能だったのに、彼が自殺未遂をした事実がそれを物語っている。ジェロームは他の様々な自分の可能性を追求することが許されず、ヴィンセントのように宇宙飛行士になるような夢すら思い描けることなく生きてきたはずだ。自殺未遂で‘不適正者’以上に何もできなくなったジェロームは、生まれる前から与えられた使命に即してではなく、自由に選び抜いた夢を追求してみたかったからこそ、ヴィンセントにアイデンティティーを売ったのではないか。秘密を共有するヴィンセントの宇宙行きの夢は、いつしかジェローム自身の夢にもなっていた。ヴィンセントが‘不適正者’ではないかと疑い始めたある刑事が、直接彼らの自宅へ採血しに向かった際、ヴィンセントからの連絡で‘自分のふり’をすることを頼まれたジェロームは、車椅子を降りて苦しみながら上半身の力のみで必死で階段を這い上がり、地下にある身分詐称の証拠を発見されないためにも、一階のソファに何とか辿り着く。このシークエンスは克明に描写されており、ヴィンセントの宇宙行きが、ジェローム自身にとってもどれだけ大切な夢となっているかが、ひしひしと伝わってくる。螺旋状の階段はDNAを連想させ、ジェロームもヴィンセントと同じように、自分に与えられた能力そのものと闘い続けていることが象徴されてもいるシーンだ。‘無重力は母親の胎内にいる感覚に最も近いらしい’と、ヴィンセントがジェロームに語る場面があり、その瞬間こそジェロームが本当にヴィンセントの夢を分かち合うようになったのではないかと私は思う。母胎外で育成されたジェロームが知らない、母の温もりが宇宙に行けばあるかもしれない…彼にとって最も母の胎内に近かったのは水の中だったはずだが、彼はそこで競うことだけを強いられ、静かに漂って胎児のように夢見ることすらできなかったのだから。『ガタカ』は‘不適正者’のヴィンセントを社会の被害者として描きながらも、人工的に改造されて生まれた‘適正者’をも憐れむ作品なのだ。両親の希望や遺伝子学者の勧めによって、優秀な人間に作られた子供達は、周囲に愛され続けるために、彼らが望んだ‘適正者’としての資質を証明せねばならなかったと予想される。自然に生まれ、どんな人間であろうとも、親から無償の愛を注がれたことなど、彼らには経験が無かったかもしれない。両親の愛情に恵まれていたのは、むしろ遺伝子改造を施されずに生まれたヴィンセントだろう。彼は父親が自分の予測された寿命に幻滅して、自分の名前を継がせなかったと思い込んでいると前述したが、アントニオが彼をアントンではなく、ヴィンセント・アントンと名づけたのは、ヴィンセントに短命の確率を克服して欲しいという親心からしたことだ。何故なら、ヴィンセントという名前はラテン語の 'vincere' を語源としており、 ‘征服’あるいは‘克服’を意味しているからだ。その名の通りに夢を追い続けたヴィンセントが、無事に土星探索に出発できたか否かは記さない。ただ、彼が無重力に浮遊できたならば、母胎の心地良さと共に、父親の彼への愛情をも思い出してもらいたい…

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『ガタカ』予告編