決して本を読んでいない訳ではないのですが,
最近は,アウトプットが多く,
なかなかインプットができておりません。

そんななかでも,なんとか移動時間などで
じわじわと読み進めておりましたのが,
坂爪真吾さんの『男子の貞操』という新書です。
坂爪氏は,重度身体障がい者に対する
射精介助サービスなどを行う社団法人
「ホワイトハンズ」の代表理事だそうでございます。

そんな坂爪氏が書いた『男子の貞操』,
副題は「僕らの性は,僕らが語る」となっております。
“僕ら”というのは,坂爪氏を含めた男性全体のこと。
つまり,これまであまり丁寧に議論されてこなかった
男性の性(セックスやそれに関わる行動など)について,
男性である坂爪氏が論じております。

丁寧にと言っても,結論は,「自分のためのセックスから,
他者(パートナー)のためのセックスに」という
ある種,言い古されたことにたどり着くため,
問題提起や現状批判は面白いのですが,
結論ありきなので,そこにたどり着くところで,
論の弱さというか,結局そうなのね…という流し方になってしまうのが,
もったいないなぁと思っています。
坂爪氏自身はこの本が「男性向け性教育書のクラシック」に
なればという思いで書かれたようですが,
はてさて,そのような本に成長していくかは,やや疑問です。

序章の「僕らを射精に導くのは「誰の手」なのか?」や,
ホワイトハンズの活動などは,なかなか興味深く読みました。
一方,恋愛・結婚・性風俗などの個別テーマについては,
従来論じられている範囲を超えておらず,
恋愛も結婚も,如何に恋人・配偶者と継続的で,
より両者が幸せになれるセックスをするかが論じられています。
恋愛や結婚ってセックスだけじゃないだろ!!と言ってしまえば,
そうなのですが,本書のテーマが「性」だから
仕方がないだろうなぁと思いました。

細かな内容はご自身で読んでもらうとして,
私が最後まで気になったのは,戻り戻って
副題の「僕らの性は,僕らが語る」の“僕ら”です。
複数形なので,坂爪氏だけではなくって,男性みんなの性を
男性みんなで語ろうってことなんですけど,
これが本当に男性全般に当てはまるのかということです。
もちろん男性全般にばっちり当てはまるなんてものは,
私だって書けない訳ですが,例えば,「童貞」について,
童貞はセックスができないんじゃなくて,する意欲がないんだと
論じています。
それはよいのですが,そのあと,「どうすれば,セックスへの動機づけを
回復できるか?」という話になります。
どうしてセックスをする気がない人に対して,
セックスへの動機づけをする必要があるのかは,理解ができません。
セックスする意欲がない人は,放っておけばいいのです。
また,「恋愛」のところでは,「性生活のパートナー探し=恋愛」と
書いていますが,そう言ってしまうと,共感する人は
少ないのではなないでしょうか。
性的欲求が含まれていたとしても,「性生活のパートナー探し=恋愛」と
公式化されてしまうと,セックスするために恋人を求めている,
セックスをするために恋人と付き合っているとなってしまいます。
それは,実際の恋愛の姿からかけ離れています。

ちなみに,坂爪氏は,恋人を作るための方法は,わずか一行,
「社会的ネットワークの中で,異性と出会う機会,異性を紹介される
機会を増やす」ことだと述べています。
こんなんで恋人ができたら,誰も苦労しないのです。
坂爪氏が言っているのは,「家を建てるには,土地が必要だ」と
言っているだけであって,どんな家を建てるのか,
どんな材料,どんな技術でつくるのかというのは無視されています。
まぁ,本書のメインじゃないのですけどね。

さて,本書を純粋な(!?)大学生男子が読んだら
どんな感想をもつのでしょうか?
「自分のためではなく,他者(パートナー)のためのセックスを,
自ら考え,自ら作り,自ら語ろう」という坂爪氏のメッセージは,
届くのでしょうか?
人生の先輩からの強いメッセージとして伝わるのか,
それとも,結婚し,子どももいる成功者(セックスする継続的な
パートナーがいるという意味では“性交者”)からの
上からのおせっかいだと取られるのか…。
まずは,10代だった頃の坂爪氏に尋ねてみたいところです。

坂爪真吾(2014). 男子の貞操―僕らの性は,僕らが語る ちくま新書