
2017年2月26日(日)、ホルトホール大分で開催された「第一回条件反射制御法九州研修会」に出席しました。
当日は、午前10時~午後6時まで、条件反射制御法(CRCT)の意義と実践について、みっちり講義をして頂きました。医師、作業療法士、保護観察官、弁護士など、色んな人が参加していました。

刑事弁護をやっていると、薬物犯罪や性犯罪、病気が背景にある窃盗罪など、嗜癖(アディクション)の改善・克服が課題になるケースに出会うことはかなり多いです。
(関連記事)
そういうケースの支援をさせてもらう上で、条件反射制御法を学んでおくことは、非常にプラスになると思いました。
今日のブログでは、あえて、いち弁護士の言葉で、条件反射制御法のことをできるだけ簡単に説明させてもらいます。

1.条件反射とは
条件反射制御法(CRCT)について話を進める前に、まず、「条件反射」ってなんだっけ、という疑問を解消しておきましょう。
(1)パヴロフの犬
「条件反射」というと、「パヴロフの犬」を思い出しますよね。

イワン・パヴロフ(1849-1936)は、ソ連の生理学者です。
① ベルを鳴らす
↓
② 犬にエサをあげる
↓
③ 犬「おいしい」
ということを繰り返していたら、ベルを鳴らすだけで犬のつばの量が増えるようになったという、あの実験をやったのがパヴロフです。
「条件反射」というのは、こういう風に、経験によって、後天的に獲得される反射行動のことです。
日本人にとって一番なじみが深いのは、梅干しを見ただけで唾液が出てくるというあの現象でしょうね。

(2)条件反射じゃないもの
条件反射と区別しておく必要のあるものが、2つあります。
①単なる反射(無条件反射)と、②思考に基づく行動です。
まず、①の無条件反射がどんなものか、確認しましょう。
熱い物を触ったとき、ぱっと手を離すという反射行動は、動物が生まれつき備えているものですよね。
これは、無意識で行われるという点では条件反射と一緒ですが、経験によって後天的に得るものではないという点が、条件反射とは違います。

次に、②の思考によって選び取られる行動について。
「あれをしよう」「これをしよう」と考えをめぐらせて、自分で行動を選び取る。これは、生まれた後の経験によって営まれるものではありますが、無意識でやっているわけではないので、反射とは異なります。

パヴロフによると、条件反射は、動物的な脳(第一信号系)に由来します。
これに対し、思考は、人間的な脳(第二信号系)に由来します。思考に基づいて行動をするのは、動物の中で、ヒトだけだといわれています。
私の理解をおおざっぱなイメージ図で示すと、下のとおりです。

(3)小括-人間の行動には3種類がある
ひとまず、ここまでの内容をまとめてみます。
パヴロフによると、人間の行動は、それを司る神経活動の種類に応じて、3つに分けることができます。
A 単なる反射(無条件反射)
(例)熱いものを触る → 手を離す
B 条件反射
(例)梅干しを見る → つばが出る
C 思考による行動
(例)献立を考える → 料理を作る
Aは「先天的反射連鎖」、Bは「後天的反射連鎖」、Cは「第二信号系反射網」という神経活動に由来するそうです。詳しい意味は、書籍などでご確認ください。
上のA~Cの分類を踏まえた上で、嗜癖や問題行動の改善・克服のために、独立行政法人国立病院機構下総精神医療センターの平井愼二医師が考案したのが、条件反射制御法です。
これが本当に効き目があるので、脚光をあびているわけですね。
2.なぜ「条件反射」の「制御」なのか
おさらいですが、私が研修を受けたのは、「条件反射制御法(CRCT)」です。
「条件反射」の「制御」が、なぜ嗜癖や問題行動の改善・克服につながるのか、もう少し掘り下げてみましょう。
(1)梅干しを見てもつばを出すなと言われたら
有名人が薬物を繰り返してしまった、なんていうニュースが流れると、「なんでやめられないの」「どうして立ち直ろうと思えなかったの」と、疑問を覚えてしまいますよね。
ですが、立ち直りたいという気持ちがあれば、それだけで薬物をやめられるのかというと、話はそう簡単ではありません。
例えば、極端かもしれませんが、「梅干しを見ても、つばを出すな」と言われたら、皆さんはどうでしょうか。
上でも確認したとおり、梅干しを見て、唾液が分泌されるというのは、B:条件反射の一つです。頭で考えて、唾液を出すぞと決めているわけではありません。頭では分かっていても、そうやすやすとはコントロールできないですよね。
どうやら、薬物使用やギャンブルなどが繰り返されたときにも、それと同じような状態が作り出されてしまうようだ、というのが、条件反射制御法のスタートラインです。
(2)後天的反射連鎖の成立
薬物に手を出すのも、お酒を飲むのも、ギャンブルに興じるのも、当初は、思考によって選び取られる行動(上の分類でいうC)ですよね。
それが「気持ちいい」「おいしい」「楽しい」「テンション上がる」ものだ、という知識をもとに、自由な意思で、「薬物やっちゃおう」「お酒を飲もう」「賭けちゃおう」と、行動を選択をするのです。
じゃあ、思考によって始めたんだから、それを思考によって断ち切ることも簡単なんでしょうか。
これが、なかなか難しいのです。実際、私を含め、司法に関わったことがある人間は、歯がゆいほどによく知っています。心の底から反省して、むせび泣きながら更生を決意した被告人であっても、同じ過ちを繰り返してしまうことを。

どうしてこんなことになるかというと、上で紹介したB:条件反射の話になります。
「気持ちいい」「おいしい」「楽しい」「テンション上がる」といった魅力、成功体験(=生理的報酬)は、動物的な脳(=第一信号系)に強い影響を与えます。
なので、そういう行動を反復しているうちに、「パヴロフの犬」と同じように、神経活動が定着します。平井愼二医師のお言葉だと、この「生理的報酬」→「定着」という関係は、とても大事なものです。
同じ経験を再現できるようにと、条件が体に染みついてしまって、上の分類でいうB:条件反射につながってしまう。これが、嗜癖・問題行動を断つことを困難にしてきたわけですね。
条件(ベルが鳴る)を満たす→反射行動(つばが出る)が起きる、というのと同じように、例えば、薬物を繰り返してきた人だと、
・ 1万円札がある ・ あそこに行けば売人が居る
・ 時間がある ・ 仕事がきつい、ストレスがある
といった条件を満たしたとき、思考だけでは抑えきれないほどの強い力で、薬物に手が伸びてしまうのです。こういう流れを、平井愼二医師は、ドミノ倒しにたとえておられます。
第二信号系(人間的な脳)が、そのドミノ倒しに歯止めをかけようとしても、第一信号系にはなかなか勝てません。
こうして、頭では(第二信号系では)「やめたい」はずなのに、「やめられない」という悲劇が生まれるのです。

3.条件反射制御法の実践
条件反射制御法は、「気を強く持て」とか、「リスクを学べ」という風に、第二信号系に訴えかけるものではありません。
それだけでは、第一信号系に負けてしまいかねません。
条件反射制御法は、第一信号系(動物的な脳)に働きかけて、本人が望んでもいないのにやってしまっていた問題行動等を、制御できるようにする手法です。
① ベルを鳴らす
↓
② 犬にエサをあげる
↓
③ 犬「おいしい」
という流れとは違う経験を反復することで、動物的な脳をリセットするものです。
神経活動が定着するメカニズムを、いわば逆手にとっているわけですね。
具体的には、(1)制御刺激の設定・利用(おまじない)、(2)最後に生理的報酬がない設定での反復、という二つの手法が紹介されています。
下に概要を記載しますが、詳しくはぜひ書籍をご参照ください。
(1)任意の刺激-おまじない

この一つ目の手法では、まず、言葉や動作という任意の刺激(おまじない)によって、神経活動の一部を開始させます。
でも、標的となる行動(薬物、アルコールなど)は実際には行いません。
「信号が作動したのに、生理的報酬は得られない」という経験をすることになります。
これを反復することで、標的となる行動を司る反射連鎖が、第一信号系の中でストップをかけられるようになるのです。
例えば、
(胸に手を当てて)「私は、今」
(離して拳を作る)「覚せい剤はやれない」
(親指を拳に握り込む)「大丈夫」
という風に、動作を変えながら言葉を発します。
動きに決まりがあるわけじゃありませんが、刺激にならなければいけないので、自分にとって特殊な動作でやるのが適切です。
今、ブログを書きながら重大なミスに気付きましたが、上で、目を閉じた人物のイラストを使ってしまっています。
が、「おまじない」は、開眼した状態で行う必要があります。開眼した状態で制御刺激を反復すると、その目に映っているもの(その生活空間)が、「標的行動を促進しないもの」に変化していくからです。「この場所は大丈夫、安全だ」と。
↓ 目は開けておきましょう。

(2)終末に生理的報酬がない設定での反復
この二つ目の手法は、標的となる行動を促進する反射連鎖を作動させるけれど、生理的報酬にはたどりつかない、という経験を繰り返すものです。
「お、それっぽい」という状況から、「あれ、報酬がないよ」というゴールにたどり着くようにするわけですね。
例えば、薬物を摂取するときと同じ手順で準備をしつつ、針のない注射器を腕に押し当てるだけ、とか(疑似ステージ)。
例えば、目を閉じて、日頃の行動と、それに続く問題行動を事細かに回想するものの、やっぱり報酬がない、とか(想像ステージ)。
こういったことを反復することで、標的となる行動へとつながる後天的反射連鎖が弱まります。条件付けが解かれていくわけですね。

4.今後の研修会のご案内
私の拙い説明だけでは、かゆいところにまで手が届かないと思いますが、少しでも興味を持って頂けると幸いです。
今後の研修会の情報については、以下のWebページでご確認ください。