民法改正勉強ノート第56回。
本日のお客様は、新設された「民法412条の2」です。
民法412条の2は、履行不能について規定しています。
【改正後民法】
(履行不能) new!
第412条の2
1 債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者は、その債務の履行を請求することができない。
2 契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったことは、第四百十五条の規定によりその履行の不能によって生じた損害の賠償を請求することを妨げない。
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どうでもいい話ですけど、漢文が好きな方は、「不能」と読むとき、いちいち「あたわず」(能わず)と脳内に音声が流れるんでしょうか。
だとしたら、今日は本当にあたわず尽くしですので、十分ご留意ください。
1.履行請求権の限界としての履行不能
民法412条の2第1項は、「履行不能」の場合には、債務の履行を請求する権利がないことを確認しています。
まあ、なにしろ「不能」なので、そりゃそうでしょ、という話ですよね。
(1)履行不能とは
「履行不能」というのは、文字通り、債務を履行できないことです。
「履行しようがないこと」という表現のほうがマッチしているかもしれません。
「お金がなくて払えない」とか、「風邪をひいたから持っていけない」とかいうのは、気持ちの上では「不能」なのかもしれませんが、法的には、「履行不能」という状態ではありません。お金がない、風邪をひいた、といった債務者側の落ち度で、「履行遅滞」に陥っているだけです。
履行不能には、①物理的不能、②社会的不能、③法律的不能、といったパターンがあるといわれています。
①物理的不能の例
「売るはずだったマンションが地震で倒壊した」という場合、物理的に、そのマンションはもう売りようがないので、履行不能だといえます。
「売るはずだったマンションが地震で倒壊した」という場合、物理的に、そのマンションはもう売りようがないので、履行不能だといえます。
②社会的不能の例
「売るはずだった宝石が深海に沈んでしまった」という場合、物理的に絶対無理というわけでないですが、社会の常識に照らせば、まず無理なので、履行不能だといえます。
「売るはずだった宝石が深海に沈んでしまった」という場合、物理的に絶対無理というわけでないですが、社会の常識に照らせば、まず無理なので、履行不能だといえます。
③法律的不能の例
不動産が二重に売買されて、一方の買主が先に「登記」という対抗要件を備えてしまうと、他方の買主は、もう不動産をもらいようがありません。これも、法律的には、履行不能だといえます。
不動産が二重に売買されて、一方の買主が先に「登記」という対抗要件を備えてしまうと、他方の買主は、もう不動産をもらいようがありません。これも、法律的には、履行不能だといえます。
(2)不能かどうかを判断する基準
履行が不能だといえるかどうかは、「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」判断することになっています(民法412条の2第1項)。
履行不能について、一応、上の①~③のようなパターンが想定されていますが、実際の取引では、不能といえるかどうか、微妙なことも多いはずです。
例えば、上の②のケースで、契約上、「その宝石じゃなくても売買の目的物に当てはまる」「同様のデザインであれば契約の条件を充たす」という場合はあり得るでしょう。
③のケースで、先に登記を備えた買主から買戻しができるという特別の事情があるときは、履行はまだ不能とはいえません(大審院大正11年12月2日判決・民集1巻742頁)。
このように、不能といえるかどうかの線引きをすることが必要なこともあるので、新設された民法412条の2第1項は、
「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念」
という基準を使って、履行が不能かどうかを判断することを明らかにしました。
結局は、「どんな約束があるのか」といった具体的事情が大事だというわけです。
※ まず大事なのは「発生原因」のほうで、「取引上の社会通念」は、いってみれば、「サブ」の役割です。契約の内容からかけ離れた判断が、「取引上の社会通念」のみを根拠にまかり通るわけではありません(潮見佳男『民法(債権関係)改正法案の概要』金融財政事情研究会・2015年)。
ちなみに、改正後民法には、今まで使われていなかった「社会通念」という用語が何度も登場します。
ざっと検索してみたところ、①民法95条、②民法400条、③民412条の2、④民法415条、⑤民法478条、⑥民法483条、⑦民法504条、⑧民法541条、⑨民法548条の2の九つがあります。
(第6回)★★★
民法95条(錯誤)
(第52回)★
民法400条(特定物の引渡し)
(第56回)★★★
民法412条の2(履行不能)
(第60回)★★★
民法415条(債務不履行による損害賠償)
(第147回)★★
民法478条(受領権者としての外観を有する者に対する弁済)
(第152回)★
民法483条(特定物の現状による引渡し)
(第167回)★
民法504条(債権者による担保の喪失等)
(第214回)★★★
民法541条(催告による解除)
(第219回)★★
民法548条の2(定型約款の合意)
2.原始的不能と損害賠償
民法412条の2第2項は、契約成立の時に債務の履行が不能だった場合に、債権者が損害賠償請求をすることはあり得ますよ、と規定しています。
契約をした時点で、もう既に債務の履行が不能だったときのことを、講学上、「原始的不能」と呼んでいます。「原始時代」から不能だったという意味ではありません。原始時代から不能だった場合も含まれますけどね。
これとセットで使われる概念が、「後発的不能」です。契約成立の後になって、債務の履行が不能になった場合を指し示します。
民法改正前の伝統的な考え方では、原始的不能の場合、そもそも契約は無効ないし不成立で、債権・債務自体が生まれない、とされていました。
債務がないとなると、債務があることを前提に、債務の不履行に基づく損害賠償請求をする、という道筋が見あたらないことになってしまいます。それだと不都合なケースがあるということで、ひねり出されたのが、「契約締結上の過失」という理論でした。
※ 契約締結上の過失の法理
過失によって無効な契約を締結した人は、相手方がその契約を有効なものだと信頼してしまったことによって被る損害を賠償しなければいけない、という特別な法理のことです。
かみ砕くと、「できんことを約束するな、信じてしまったやないか、金払え」という話です。
過失によって無効な契約を締結した人は、相手方がその契約を有効なものだと信頼してしまったことによって被る損害を賠償しなければいけない、という特別な法理のことです。
かみ砕くと、「できんことを約束するな、信じてしまったやないか、金払え」という話です。
民法412条の2第2項は、そういう伝統的な考え方とは異なる立場を示しています。
原始的に不能な給付を約束した場合でも、契約が成立する余地はあるのです。合意の内容によるとは思いますが。
原始的に不能ではあるものの、契約が成立する、という場合、債権者は、履行を請求することはできませんが(民法412条の2第1項)、損害賠償を請求することはあり得る(同条2項)というわけです。
これは、なかなか大事な改正ですね。
以上、民法412条の2について学びました。
(第57回)★★
民法413条(受領遅滞)
へ つづく