民法512条 相殺の充当


 私には色んな野望があるのですが、その一つが、モスバーガーのオニオンリングという食べ飽きない物体を自宅のキッチンで完全に再現して、たらふく食べることです。

 先日、「これはモスのアレっぽいな」と感じられる物体をつくることに成功しました。もちろん、オリジナルにはほど遠いものでしたが。さらに研鑽に励む所存です。

 折しも、モスバーガーが全面禁煙になるというこの上ない朗報が届いたところです。

 さっそく、受動喫煙のないパラダイスに出向いて、オニオンリングに舌鼓を打ちたいと思います。

 ジュドウつながりで、ついでに復習をしておきますが、「相殺」の場面に登場する「ジュドウ債権」は、「受債権」と書きます。「受動」ではありません。

 さて、オニオンリングからうまいこと相殺の話に切り替えることができたので、そろそろ、債権法改正について勉強します。

 本日の主役は、「相殺の充当」について規定する民法512条です。

〔改正前民法〕
(相殺の充当)
第512条
 第488条から第491条までの規定は、相殺について準用する。

【改正後民法】
(相殺の充当)
第512条
1 債権者が債務者に対して有する一個又は数個の債権と、債権者が債務者に対して負担する一個又は数個の債務について、債権者が相殺の意思表示をした場合において、当事者が別段の合意をしなかったときは、債権者の有する債権とその負担する債務は、相殺に適するようになった時期の順序に従って、その対当額について相殺によって消滅する。
2 前項の場合において、相殺をする債権者の有する債権がその負担する債務の全部を消滅させるのに足りないときであって、当事者が別段の合意をしなかったときは、次に掲げるところによる。
一 債権者が数個の債務を負担するとき(次号に規定する場合を除く。)は、第488条第4項第2号から第4号までの規定を準用する。
二 債権者が負担する一個又は数個の債務について元本のほか利息及び費用を支払うべきときは、第489条の規定を準用する。この場合において、同条第2項中「前条」とあるのは、「前条第4項第2号から第4号まで」と読み替えるものとする。
3 第1項の場合において、相殺をする債権者の負担する債務がその有する債権の全部を消滅させるのに足りないときは、前項の規定を準用する。




 民法512条は、相殺をするときに、どうやって「充当」をするか、ルールを整備しています。

 ややこしそうな規定ですが、実務上の重要度は決して低くないので、軽く流し読みするだけ、というわけにもいかないと思います。

 以前は、単純に、「弁済の充当」についての規定(改正前民法488条~491条)を準用しているだけでしたが、改正後の民法512条は、ひと味違うようです。


<解説>

1.合意が優先


 改正後民法512条は、相殺当事者の合意がまず優先されるんだという大原則を明確にしています(改正後民法512条1項、2項)。

 改正後民法490条と同じ空気を感じますね。

(第157回)★★
170民法490条(合意による弁済の充当)


<解説>

2.相殺に適するようになった時期の順序


 改正後の民法では、相殺の当事者間に合意がない場合、「相殺に適するようになった時期の順序に従って」相殺充当をすることが明らかにされています(改正後民法512条1項)。

 判例法理(最高裁昭和56年7月2日判決・民集35巻5号881頁)を明文化するものです。

 注意しなければいけないのは、指定充当に関する改正前民法488条(改正後民法488条1項~3項)のルールが準用されなくなっていることです。

 つまり、

・相殺の意思表示をする者による指定(↔改正後民法488条1項)

・相殺の意思表示を受領する者による指定(↔同条2項)

は予定されていません。

 当事者のどちらかが指定をするのではなく、相殺適状になった順で充当されるわけですね。相殺の遡及効を貫徹するものといえます。


<解説>

3.法定充当の準用


 民法512条2項・3項は、相殺の当事者のどちらかの債権のほうが多くて、はみ出す部分がある場合についての規定です。まあ、普通ははみ出す部分があるでしょうね。

 相殺の意思表示をする人の有する債権(自働債権)が、その負担する債務の全部を消滅させることができない場合の充当の方法について定めているのが、民法512条2項です。相殺をする人にとっての債務のほうが残る場合ですね。

 相殺の意思表示をする人の負担する債務(受働債権)が、その人が有する債権の全部を消滅させることができない場合の充当の方法について定めているのが、民法512条3項です。相殺をする人にとっての債権のほうが残る場合ですね。

 2項・3項のいずれの場合も、法定充当の規定(改正後民法488条4項2号~4号、民法489条)の準用によって処理されます。

 すなわち、次の①・②のルールが当てはまります。

①債務が複数の場合、相殺の利益が多い順に充当される
  (改正後民法512条2項1号 → 改正後民法488条4項2号~4号)

②費用→利息→元本の順に充当される
  (改正後民法512条2項2号 → 改正後民法489条)


 なお、改正後民法488条4項1号が準用されていないのは、そもそも「弁済期にないもの」は相殺適状にないので、相殺の充当が問題になる余地がないからでしょうね。

【改正後民法】
(同種の給付を目的とする数個の債務がある場合の充当)
第488条
1 債務者が同一の債権者に対して同種の給付を目的とする数個の債務を負担する場合において、弁済として提供した給付が全ての債務を消滅させるのに足りないとき(次条第一項に規定する場合を除く。)は、弁済をする者は、給付の時に、その弁済を充当すべき債務を指定することができる。
2 弁済をする者が前項の規定による指定をしないときは、弁済を受領する者は、その受領の時に、その弁済を充当すべき債務を指定することができる。ただし、弁済をする者がその充当に対して直ちに異議を述べたときは、この限りでない。
3 前二項の場合における弁済の充当の指定は、相手方に対する意思表示によってする。
4 弁済をする者及び弁済を受領する者がいずれも第1項又は第2項の規定による指定をしないときは、次の各号の定めるところに従い、その弁済を充当する。
一 債務の中に弁済期にあるものと弁済期にないものとがあるときは、弁済期にあるものに先に充当する。
二 全ての債務が弁済期にあるとき、又は弁済期にないときは、債務者のために弁済の利益が多いものに先に充当する。
三 債務者のために弁済の利益が相等しいときは、弁済期が先に到来したもの又は先に到来すべきものに先に充当する。
四 前二号に掲げる事項が相等しい債務の弁済は、各債務の額に応じて充当する。

(第155回)★
168民法488条(同種の給付を目的とする数個の債務がある場合の充当)
【改正後民法】
(元本、利息及び費用を支払うべき場合の充当)
第489条
1 債務者が一個又は数個の債務について元本のほか利息及び費用を支払うべき場合(債務者が数個の債務を負担する場合にあっては、同一の債権者に対して同種の給付を目的とする数個の債務を負担するときに限る。)において、弁済をする者がその債務の全部を消滅させるのに足りない給付をしたときは、これを順次に費用、利息及び元本に充当しなければならない
2 前条の規定は、前項の場合において、費用、利息又は元本のいずれかの全てを消滅させるのに足りない給付をしたときについて準用する。

(第156回)★★
169民法489条(元本、利息及び費用を支払うべき場合の充当)

 以上、民法改正勉強ノート第171回でした。


(第172回)★
190民法512条の2(数個の給付と相殺の充当)

へ つづく