無記名債権


 民法改正勉強ノートの栄えある第3回。

 今日は、民法86条3項の削除について確認します。

 今回の民法改正で、「無記名債権」という用語は民法から姿を消すことになりました。

 その代わりに、「無記名証券」という新しい用語が登場しています(改正後民法520条の20)。

 「無記名債権」というのは、商品券、乗車券、劇場の入場チケットのように、権利者の氏名が証券に書かれていなくて、権利の成立・行使・存続がすべて証券によって行われる債権のことです。

 民法の条文の中で、「無記名債権」という単語が使われていたのは、民法86条3項と、民法473条の二つだけでした。この二つとも、今回、削除されます。

 無記名債権について、「債権」だけど「動産」として扱うんだ、という特殊なルールを定めていたのが、民法86条3項です。主に関係があったのは、動産の即時取得に関する民法192条以下の規定でしょう(それを手に入れた人は原則として所有者になれる)。

【改正後民法】
(不動産及び動産)
第86条
1 土地及びその定着物は、不動産とする。
2 不動産以外の物は、すべて動産とする。
3 無記名債権は、動産とみなす。

 


 改正後民法は、「有価証券」という節を設けて、色んな証券について、ルールを整備しています(改正後民法520条の2~520条の20)。

 新民法が擁立した「有価証券」には、大きく分けると次の4つがあります。いわば「有価証券四天王」です。

 「第一款 指図証券」

 「第二款 記名式所持人払証券」

 「第三款 その他の記名証券」

 「第四款 無記名証券


 四天王最後の一人こそが、「無記名証券」です。カントー地方のポケモンリーグでいうワタルです。

 「無記名証券」は、商品券、乗車券、劇場の入場チケットのように、権利者の氏名が書かれていない証券です。文字通り、「無記名」なのです。

 今まで、民法は、証券にひもづけられた、目に見えない債権(無記名債権)のほうに光をあてていましたが、改正後は、証券そのものについてルールを整備したわけですね。

 「無記名証券」について、改正後民法にどんなルールが用意されているかというと、次のとおりです。

【改正後民法】
第520条の20
 第二款(記名式所持人払証券)の規定は、無記名証券について準用する。

(第196回)★★
214民法520条の20(無記名証券)


 つまり、「記名式所持人払証券」(四天王の2番手)と同じ扱いをします、とだけ規定されています。

 もっとも、記名式所持人払証券の規定を準用すると、芋づる式に、「指図証券」(四天王の1番手)の規定も準用することになるんですけどね。

 それでは、無記名証券に準用されている各条文の内容を、思いっきりかみ砕いて説明します。

 条文だけを読むと小難しく感じますが、ライブのチケットを例にとって、ロックバンドのMC風にシャウトしてみると、意外と、当たり前のことが書いてあるだけだと気付きます。

 各条文の厳密な意味を確認されたい方は、民法520条の8~18をご覧ください。



(1)ライブのチケットを誰かにあげるなら、ちゃんとチケットを渡せ(520条の13)。

(2)ライブのチケットを持ってるヤツこそ、ライブを観る権利があるはずだぜ、普通はそうだろ(520条の14)。

(3)ファンAがなくしたチケットを、ファンBが手に入れたときは、今チケットを持っているファンBのほうを守ってやるのが基本だぜ。でも、そのチケットがAの宝物だと、Bが知ってたなら、Aを優先してやろうぜ(520条の15)。Bがしらばっくれてても、絶対知ってたはずだろって場合は同罪だぜ。

(4)もとの持ち主AにNOと言える場合でも、事情を知らないままチケットをもらったBにまでNOと言っちゃいけねえぜ(民法520条の16)。

(5)お前の家に行ってライブをするわけじゃない。お前が来るんだ。ライブはライブハウスでやるんだぜ(民法520条の8)。電車に乗るなら駅に行くだろ?

(6)いいか、チケットを持ってこい。チケットも持ってこねえのに、ライブハウスに文句言うな。時間どおりにライブが始まったからって、チケットを持ってねえヤツを会場に入れるわけないだろうがよ(民法520条の9)。

(7)チケットの持ち主が誰なのか、ライブハウスが調べるのは自由だ。ちゃんと分かるまで、入場させてやるわけにはいかねえな。でも、調べる義務があるわけじゃねえよ(民法520条の10)。

(8)チケットをなくしたときは、裁判所の手続でチケットを無効にできるんだぜ(民法520条の11)。

(9)担保提供をすることで、ライブ会場に入れることもあるぜ(民法520条の12)。


 一応、準用される条文も全て掲記しておきます。


【改正後民法】
第二款 記名式所持人払証券
(記名式所持人払証券の譲渡)
第520条の13
 記名式所持人払証券(債権者を指名する記載がされている証券であって、その所持人に弁済をすべき旨が付記されているものをいう。以下同じ。)の譲渡は、その証券を交付しなければ、その効力を生じない。

(第189回)★
207民法520条の13(記名式所持人払証券の譲渡)

(記名式所持人払証券の所持人の権利の推定)
第520条の14
 記名式所持人払証券の所持人は、証券上の権利を適法に有するものと推定する。

(第190回)★
民法520条の14(記名式所持人払証券の所持人の権利の推定)

(記名式所持人払証券の善意取得)
第520条の15
 何らかの事由により記名式所持人払証券の占有を失った者がある場合において、その所持人が前条の規定によりその権利を証明するときは、その所持人は、その証券を返還する義務を負わない。ただし、その所持人が悪意又は重大な過失によりその証券を取得したときは、この限りでない。

(第191回)★
民法520条の15(記名式所持人払証券の善意取得)

(記名式所持人払証券の譲渡における債務者の抗弁の制限)
第520条の16
 記名式所持人払証券の債務者は、その証券に記載した事項及びその証券の性質から当然に生ずる結果を除き、その証券の譲渡前の債権者に対抗することができた事由をもって善意の譲受人に対抗することができない。

(第192回)★
219民法520条の16(債務者の抗弁の制限)

(記名式所持人払証券の質入れ)
第520条の17
 第五百二十条の十三から前条までの規定は、記名式所持人払証券を目的とする質権の設定について準用する。

(第193回)★
211民法520条の17(記名式所持人払証券の質入れ)

(指図証券の規定の準用)
第520条の18
 第五百二十条の八から第五百二十条の十二までの規定は、記名式所持人払証券について準用する。

(第194回)★
212民法520条の18(指図証券の規定の準用)


↓ さらに準用

(指図証券の弁済の場所)
第520条の8
 指図証券の弁済は、債務者の現在の住所においてしなければならない。

(第184回)★
民法520条の8(指図証券の弁済の場所)

(指図証券の提示と履行遅滞)
第520条の9
 指図証券の債務者は、その債務の履行について期限の定めがあるときであっても、その期限が到来した後に所持人がその証券を提示してその履行の請求をした時から遅滞の責任を負う。

(第185回)★
民法520条の9(指図証券の提示と履行遅滞)

(指図証券の債務者の調査の権利等)
第520条の10
 指図証券の債務者は、その証券の所持人並びにその署名及び押印の真偽を調査する権利を有するが、その義務を負わない。ただし、債務者に悪意又は重大な過失があるときは、その弁済は、無効とする。

(第186回)★
民法520条の10(指図証券の債務者の調査の権利等)

(指図証券の喪失)
第520条の11
 指図証券は、非訟事件手続法(平成二十三年法律第五十一号)第百条に規定する公示催告手続によって無効とすることができる。

(第187回)★
民法520条の11(指図証券の喪失)

(指図証券喪失の場合の権利行使方法)
第520条の12
 金銭その他の物又は有価証券の給付を目的とする指図証券の所持人がその指図証券を喪失した場合において、非訟事件手続法第百十四条に規定する公示催告の申立てをしたときは、その債務者に、その債務の目的物を供託させ、又は相当の担保を供してその指図証券の趣旨に従い履行をさせることができる。

(第188回)★
民法520条の12(指図証券喪失の場合の権利行使方法)




 以上、民法改正勉強ノート第3回でした。


(第4回)★
014民法90条(公序良俗)

へ つづく

(第0回)
82民法改正勉強ノート目次



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山本 敬三
岩波書店
2017-09-27