民法902条

 民法(相続法)改正勉強ノート第3回。

 本日は、「遺言による相続分の指定」について定める民法902条を学びます。

〔改正前民法〕
(遺言による相続分の指定)
第902条
1 被相続人は、前二条の規定にかかわらず、遺言で、共同相続人の相続分を定め、又はこれを定めることを第三者に委託することができる。ただし、被相続人又は第三者は、遺留分に関する規定に違反することができない。
2 被相続人が、共同相続人中の一人若しくは数人の相続分のみを定め、又はこれを第三者に定めさせたときは、他の共同相続人の相続分は、前二条の規定により定める。
【改正後民法】
(遺言による相続分の指定)
第902条
1 被相続人は、前二条の規定にかかわらず、遺言で、共同相続人の相続分を定め、又はこれを定めることを第三者に委託することができる。
2 被相続人が、共同相続人中の一人若しくは数人の相続分のみを定め、又はこれを第三者に定めさせたときは、他の共同相続人の相続分は、前二条の規定により定める。



 1項ただし書が削除されただけで、あとは変わっていません。


<<解説>>

1.ポイント-1項ただし書の削除


 改正前の民法902条1項ただし書には、相続分の指定が「遺留分に関する規定に違反することができない」という言葉が並んでいました。

 その意味については、

 ①遺留分侵害の限度で、相続分指定が無効になるんだわ!

という見解と、

 ②遺留分の権利者は相続分の指定を減殺できるってことだわ!

という見解がありました。

 通説・判例は、後者(②)の立場でした(最高裁平成10年2月26日判決、最高裁平成24年1月26日決定等)。

【最高裁平成24年1月26日決定】
 本件遺言による相続分の指定が抗告人らの遺留分を侵害することは明らかであるから、本件遺留分減殺請求により、上記相続分の指定が減殺されることになる。・・・遺留分減殺請求により相続分の指定が減殺された場合には、遺留分割合を超える相続分を指定された相続人の指定相続分が、その遺留分割合を超える部分の割合に応じて修正されるものと解するのが相当である(最高裁平成10年2月26日第一小法廷判・民集52巻1号274頁参照)。
 ・・・本件遺留分減殺請求により、抗告人らの遺留分を侵害する本件持戻し免除の意思表示が減殺されることになるが、遺留分減殺請求により特別受益に当たる贈与についてされた持戻し免除の意思表示が減殺された場合、持戻し免除の意思表示は、遺留分を侵害する限度で失効し、当該贈与に係る財産の価額は、上記の限度で、遺留分権利者である相続人の相続分に加算され、当該贈与を受けた相続人の相続分から控除されるものと解するのが相当である。


 で、ここからが本題です。

 このたびの相続法改正で、「遺留分」という制度は、がらりと姿を変えました。

 〔遺留分減殺請求権の行使によって物権的効果が生じる〕

というルールだったのが、

 【遺留分権の行使によって遺留分侵害額に相当する金銭債権が生じる】

というルールに変わったのです。

 これに伴い、「減殺」という用語は使われなくなりました。

※ なお、お金の支払の代わりに、受遺者又は受贈者などが現物給付を選択できるようにするという案もあったのですが、不要な財産の押しつけにつながりそうだったので、没になりました。


 要するに、遺留分権の行使=お金で解決、っていう話になったのです。

 こうなると、遺留分減殺請求によって相続分の指定が減殺されるという今までの理論は、出番がなさそうです。相続分をいじくるのではなく、それに見合うお金で解決することになったので。

 1項ただし書が削除されたのは、以上のような事情によると思われます。

 今日確認すべき事項は、これくらいです。

 以下では、一応、民法902条の内容も、確認しておきます。


<<解説>>

2.遺言とは


 自分(遺言者)がこの世を去った後の財産のゆくえ等を決める意思表示のことを、遺言といいます。その法的な効果は、遺言者の死亡によって発生します。

 世間では「ゆいごん」という読み方が浸透していると思いますが、法律学の畑では「いごん」と読まれることが多いです。例えば、五十音順に法律用語を並べる「法律学小辞典」でも、「いごん」のところに解説文があります。

 


 私は、「ゆいごん」派ですね。お客様に伝わりやすいので。


(1)方式


 遺言の方式には、大きく分けると、①普通方式(民法967条本文)と、②特別方式(同条ただし書)の二つがあります。

 それぞれについて、さらに、次のような種類があります。

【①普通方式の遺言】
 ☑ 自筆証書遺言(民法968条)
 ☑ 公正証書遺言(民法969条)
 ☑ 秘密証書遺言(民法970条)

【②特別方式の遺言】
 ☑ 一般危急時遺言(民法976条)
 ☑ 難船危急時遺言(民法979条)
 ☑ 一般隔絶地遺言(民法977条)
 ☑ 船舶隔絶地遺言(民法978条)


(関連記事)
遺言書の保管等に関する法律法務局における遺言書の保管等に関する法律の概要


(2)遺言事項


 遺言で定めることができる事項としては、次のようなものがあります。

 ❶ 子の認知(民法781条2項)
 ❷ 未成年後見人・後見監督人の指定(民法839条、民法848条)
 ❸ 相続人の廃除とその取消し(民法893条、894条)
 ❹ 祭祀承継者の指定(民法897条)
 ❺ 相続分の指定等(民法902条)
 ❻ 持戻し免除の意思表示(改正後民法903条2項)
 ❼ 遺産分割方法の指定等、遺産分割の禁止(民法908条)
 ❽ 遺言による担保責任の定め(民法914条)
 ❾ 包括遺贈、特定遺贈(民法964条)
 ❿ 遺言執行者の指定等(民法1006条)
 ⓫ 配偶者居住権の存続期間に係る別段の定め(改正後民法1030条)
 ⓬ 遺留分侵害額の負担についての意思表示(改正後民法1047条1項2号)
 ⓭ 財団法人の設立(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律152条2項)
 ⓮ 信託の設定(信託法3条2号)
 ⓯ 保険金受取人の変更(保険法44条、73条)

 この中には、遺言でしかできないこと=狭義の遺言事項(❷、❺、❼、❽、❾、❿、⓬)と、遺言じゃなくてもできること(生前行為等で実現できること)があります。

 今日の記事のターゲットは、上の❺です。

 つまり、必ず遺言でしないといけません。


<<解説>>

3.相続分の指定(民法902条1項)


 1項ただし書が削除されたという点以外では、民法902条の内容に変更はありません。

 遺言者は、遺言で、共同相続人の相続分を定め、又はこれを定めることを第三者に委託することができます(民法902条1項)。

 ↓こんな感じです。

相続分の指定(民法902条)】
遺言書01


 相続人は、指定された相続分(=割合)を基礎として、具体的相続分(=もらえる額、価値)を算出し、遺産分割をすることになります。

(関連記事)
遺産分割協議遺産分割協議
遺産分割調停遺産分割調停
遺産分割審判遺産分割審判


 前回お伝えしたとおり、相続分の指定(民法903条2項)の結果、法定相続分を超える権利承継をした場合には、その超過部分の権利承継については、登記などの対抗要件を具備しないと、第三者に対抗することができません(民法899条の2第1項)。

(第2回)
民法899条の2(共同相続における権利の承継の対抗要件)


<<解説>>

4.一人又は数人の相続分のみを定めた場合


 遺言によって、共同相続人全員の相続分を定めなかった場合について定めるのが、民法902条2項です。

 共同相続人中の一人~数人の相続分のみを定め、又はこれを第三者に定めさせたときは、他の共同相続人の相続分は、法定相続分(民法900条、民法901条)によって定まります(民法902条2項)。

 余った部分を、指定してもらえなった相続人らが、法定相続分の割合でもらうってことです。

 細かい話をすると、指定してもらえなかった相続人の中に配偶者が居た場合、どう計算するかについて、見解が分かれていますが、ここでは省略します。

 余った部分がゼロのときは、遺留分権の行使で解決することになります。前掲した最高裁平成24年決定の事案も、まさにそうでした。




 以上で、本日の勉強を終わります。

(第4回)★★
民法902条の2(相続分の指定がある場合の債権者の権利の行使)

へ つづく

【読みたい書籍】

詳解 相続法
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弘文堂
2018-12-17



相続道の歩き方
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清文社
2018-12-25




 ついでに、遺言事項を定める条文を以下にまとめて引用します。

【民法】
(認知の方式)
第781条
1 認知は、戸籍法の定めるところにより届け出ることによってする。
2 認知は、遺言によっても、することができる。
(未成年後見人の指定)
第839条
1 未成年者に対して最後に親権を行う者は、遺言で、未成年後見人を指定することができる。ただし、管理権を有しない者は、この限りでない。
2 親権を行う父母の一方が管理権を有しないときは、他の一方は、前項の規定により未成年後見人の指定をすることができる。
(未成年後見監督人の指定)
第848条
 未成年後見人を指定することができる者は、遺言で、未成年後見監督人を指定することができる。
(遺言による推定相続人の廃除)
第893条
 被相続人が遺言で推定相続人を廃除する意思を表示したときは、遺言執行者は、その遺言が効力を生じた後、遅滞なく、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求しなければならない。この場合において、その推定相続人の廃除は、被相続人の死亡の時にさかのぼってその効力を生ずる。
(推定相続人の廃除の取消し)
第894条
1 被相続人は、いつでも、推定相続人の廃除の取消しを家庭裁判所に請求することができる。
2 前条の規定は、推定相続人の廃除の取消しについて準用する。
(祭祀に関する権利の承継)
第897条
1 系譜、祭具及び墳墓の所有権は、前条の規定にかかわらず、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する。ただし、被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者があるときは、その者が承継する。
2 前項本文の場合において慣習が明らかでないときは、同項の権利を承継すべき者は、家庭裁判所が定める。
(遺言による相続分の指定) new!
第902条
1 被相続人は、前二条の規定にかかわらず、遺言で、共同相続人の相続分を定め、又はこれを定めることを第三者に委託することができる。
2 被相続人が、共同相続人中の一人若しくは数人の相続分のみを定め、又はこれを第三者に定めさせたときは、他の共同相続人の相続分は、前二条の規定により定める。
(特別受益者の相続分) new!
第903条
1 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第900条から第902条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
2 遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。
3 被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。
4 婚姻期間が二十年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第一項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。
(遺産の分割の方法の指定及び遺産の分割の禁止)
第908条
 被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から五年を超えない期間を定めて、遺産の分割を禁ずることができる。
(遺言による担保責任の定め)
第914条
 前三条の規定は、被相続人が遺言で別段の意思を表示したときは、適用しない。
(包括遺贈及び特定遺贈) new!
第964条
 遺言者は、包括又は特定の名義で、その財産の全部又は一部を処分することができる。
(遺言執行者の指定)
第1006条
1 遺言者は、遺言で、一人又は数人の遺言執行者を指定し、又はその指定を第三者に委託することができる。
2 遺言執行者の指定の委託を受けた者は、遅滞なく、その指定をして、これを相続人に通知しなければならない。
3 遺言執行者の指定の委託を受けた者がその委託を辞そうとするときは、遅滞なくその旨を相続人に通知しなければならない。
(配偶者居住権の存続期間) new!
第1030条
 配偶者居住権の存続期間は、配偶者の終身の間とする。ただし、遺産の分割の協議若しくは遺言に別段の定めがあるとき、又は家庭裁判所が遺産の分割の審判において別段の定めをしたときは、その定めるところによる。
(受遺者又は受贈者の負担額) new!
第1047条
1 受遺者又は受贈者は、次の各号の定めるところに従い、遺贈(特定財産承継遺言による財産の承継又は相続分の指定による遺産の取得を含む。以下この章において同じ。)又は贈与(遺留分を算定するための財産の価額に算入されるものに限る。以下この章において同じ。)の目的の価額(受遺者又は受贈者が相続人である場合にあっては、当該価額から第1042条の規定による遺留分として当該相続人が受けるべき額を控除した額)を限度として、遺留分侵害額を負担する。
一 受遺者と受贈者とがあるときは、受遺者が先に負担する。
二 受遺者が複数あるとき、又は受贈者が複数ある場合においてその贈与が同時にされたものであるときは、受遺者又は受贈者がその目的の価額の割合に応じて負担する。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
三 受贈者が複数あるとき(前号に規定する場合を除く。)は、後の贈与に係る受贈者から順次前の贈与に係る受贈者が負担する。
2 第904条、第1043条第二項及び第1045条の規定は、前項に規定する遺贈又は贈与の目的の価額について準用する。
【一般社団法人及び一般財団法人に関する法律】
(定款の作成)
第152条
1 一般財団法人を設立するには、設立者(設立者が二人以上あるときは、その全員)が定款を作成し、これに署名し、又は記名押印しなければならない。
2 設立者は、遺言で、次条第一項各号に掲げる事項及び第154条に規定する事項を定めて一般財団法人を設立する意思を表示することができる。この場合においては、遺言執行者は、当該遺言の効力が生じた後、遅滞なく、当該遺言で定めた事項を記載した定款を作成し、これに署名し、又は記名押印しなければならない。
3 <略>
【信託法】
(信託の方法)
第3条
 信託は、次に掲げる方法のいずれかによってする。
一 <略>
二 特定の者に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨並びに当該特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき旨の遺言をする方法
三 <略>
【保険法】
(遺言による保険金受取人の変更)
第44条
1 保険金受取人の変更は、遺言によっても、することができる。
2 遺言による保険金受取人の変更は、その遺言が効力を生じた後、保険契約者の相続人がその旨を保険者に通知しなければ、これをもって保険者に対抗することができない。