遺産と遺産分割の対象


 最高裁判所2016年(平成28年)12月19日大法廷決定は、遺産分割の対象になる財産の範囲について、判例変更をしました。

 預貯金は、当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象になるという判断をしたのです。

 今日は、この最高裁決定がどんな人に関係があるのか、今後は何がどう変わるのか、確認していきたいと思います。

 なお、下の説明は、亡くなった人(被相続人)の遺言がないことを前提にしています。


<<解説>>

1.そもそも遺産とは


 亡くなった人の財産について考えるときは、

   ①遺産(相続財産)になるかどうか
   
   ②遺産分割の対象になるかどうか

という二つのテーマをきっちり区別しておく必要があります。今回の最高裁決定は、②について判断したものです。

 まず、「遺産分割の対象」について説明をする前に、そもそも「遺産」とは何なのか、という点を改めておさえておきましょう。


(1)財産的な権利義務


 遺産とは、亡くなった人(被相続人)が、亡くなった時(相続開始の時)に有していた財産上の権利・義務です。

【民法】
(相続の一般的効力)
第896条
 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。

 「財産」としての性格があるならば、基本的になんでも相続の対象になりえます。

 不動産や預貯金などの積極財産(プラスの財産)だけではなく、借金や賠償金などの消極財産(マイナスの財産)も、遺産に含まれます。

 ある財産が「遺産」に含まれるということは、相続によって、それを相続人が受け継ぐ、ということを意味しています。

(関連記事)
相続相続の基本知識


(2)遺産にはどんなものがある?


 遺産としてリストアップできるものには、例えば次のようなものがあります。

 ◇=プラスの財産、◆=マイナスの財産です。

   ◇ 不動産(土地建物)
   ◇ 預貯金
   ◇ 有価証券(株など)
   ◇ 動産(車など)
   ◇ 契約上の地位(借家権など)
   ◆ 借金
   ◆ 損害賠償債務
   ◆ その他の負債


 注意深く読んでくださっている方は、上に書いた「権利義務」という言葉と、「不動産」「預貯金」「借金」などの言葉がマッチしていないと感じるかもしれません。

 もう少し正確に言うと、不動産の「所有権」という権利、「預貯金債権」という権利、「貸金返還債務」という義務が相続の対象です。


(3)「相続財産」と「遺産」


 ちょっと細かい話ですが、市民間の基本ルールをまとめた法律である「民法」の条文には、「相続財産」という言葉と、「遺産」という言葉が登場します。

 ちなみに、実際に数えてみると、「相続財産」という言葉を使っている条文のほうが多いですよ。

 法律の教科書によれば、この二つの言葉は、基本的には同じ意味です。


民法IV 補訂版 親族・相続
東京大学出版会・2004年

(私が妻から借りパクしたままの本)


 あとでもう一度説明しますが、この「遺産」とか「相続財産」とかいうものの中に、遺産分割の対象になるものと、ならないものがあるわけですね。


遺産(遺産分割をする・しない)
(大きな概念が「遺産」「相続財産」)


(4)「一身に専属したもの」は除かれる


 故人が持っていた権利・義務であっても、その人の「一身に専属したもの」は、遺産ではないということになっています(民法896条但書)。

 「本人じゃないとダメ」なものは、遺産から除外されるわけです。

 例えば、「生活保護費をもらう
」という権利だったり、「会社で働く」という義務だったり。


(5)被相続人に属していなかったものは除かれる


 上に引用している民法の条文にも書いてあるとおり、遺産(相続財産)になるのは、被相続人の財産に属した権利義務です。

 つまり、被相続人がこの世を去った時点で、被相続人に「属し」ていなかったものは、遺産にはならないことになります。

 例えば、生命保険契約の保険金は、被相続人が亡くなったことで、はじめてもらえるようになるもので、契約上の受取人に固有の権利があると考えられています。なので、これは遺産には含まれません。

※ ただし、相続税の申告をするときは、みなし相続財産というものになります。


 被相続人が自己所有の不動産を誰かに貸しているような場合、その不動産は遺産に含まれます。ですが、相続開始後にその不動産から生まれる家賃という果実は、遺産とは別だと考えられています(最高裁平成17年(2005年)9月8日第一小法廷判決・民集59巻7号1931頁)。

※ 「果実」というのは、ちゃんとした法令用語です。私がかっこつけて比喩を用いたわけではないのですよ。


 香典も、参列者が喪主ないし遺族に贈与するものなので、遺産にはならないと考えられています。

 死亡退職金は、遺産にならない場合が多いものの、内容によると考えられていますので、また機会があれば別の記事で詳しく紹介したいと思います。





<<解説>>

2.遺産分割の対象


 上の1.で、何が「遺産」になるかを確認することができました。

 法定相続人が一人しかいなければ、基本的には、「遺産をどうやって手に入れるか」を深く考える必要はありません。遺産をまるごと受け継ぐだけの話です。戸籍などによって自分が唯一の相続人であることを説明して、登記申請をしたり、預貯金を払い戻したりすればいいわけですね。

 これに対し、法定相続人が複数いらっしゃるとき(=共同相続の場合)は、誰が、どの遺産を、どういう手続で手に入れるのか、問題になります。

(関連記事)
法定相続分法定相続人の順位と法定相続分の計算


(1)遺産には二種類がある


 というわけで、いよいよ今日のお話の核心部分に入っていきます。

 遺産(相続財産)は、大きく分けると、下のAとBに分類できます。

 相続が始まった時に、

 A.とりあえず全相続人の共有になるもの


 B.相続分に応じて当然に分割されるもの


の二つです。

 基本的に、遺産分割の対象になるのは、Aのほうです。


(2)遺産共有


 民法には、こんなことが書かれています。遺産(相続財産)は、相続人の共有になるんだよ、と。

【民法】
第898条
 相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。

 例として分かりやすいのは、不動産(土地・建物)でしょうね。

 例えば、一家の大黒柱であるNさんが亡くなったとき、Nさんが所有していた不動産は、ひとまず相続人みんなが共有している状態になります。みんなが所有権を持っているけれど、誰も単独では好き勝手にできない状態です。


(被相続人=Nさん)
ジェノグラム04(父の相続・相続分割合)


 この場合、相続分に応じて、妻のHさんは2分の1、子であるSさん・Kさん・Wさんの3名は6分の1ずつ、不動産の「共有持分」を有していることになります。

 複数の不動産があれば、そのどれもが、共有の状態に置かれるわけです。

(3)遺産分割=共有の解消


 Nさんがいろんな財産を持っていたとき、「どの財産も、みんなで共有している」という状態が続くと、なにかと不便かもしれません。

 もしかしたら、長男のKさんが、「土地建物は母さんがもらってよ。僕は株式を頂くから。姉さんは盆栽をどうぞ。」と言い出すかもしれません。

 そういう風に、共有関係を解消して、相続人のうちで誰が何をもらうかを確定させるために用意されている特別な手続が、遺産分割です。

遺産共有関係の解消


 遺産分割をする具体的な方法としては、協議調停審判という段階が用意されています。この点は、次回以降に説明をさせてもらいます。

(関連記事)
遺産分割協議遺産分割協議
遺産分割調停遺産分割調停
遺産分割審判遺産分割審判


(4)可分債権


 遺産のうち、債権の中には、「共有」という状態と相性が良くない(と考えられてきた)ものもあります。

 例えば、「100万円を払え」と求める権利は、金額を計算しさえすれば、「きっちり分けてしまえる」ものです。こういう債権は、「可分債権」(かぶんさいけん)と呼ばれています。

 可分債権は、いったん共有に属するわけではなく、相続分に応じて当然に分割されるので、遺産分割は不要だというのが、今なお色あせない、基本的な考え方です。


 ただし、本来は遺産分割の対象にならないものでも、相続人みんながOKを出せば、遺産分割の対象にできることになっています。

遺産(遺産分割をする・しない)合意


<<解説>>

3.最高裁の判例変更


 しつこく感じたらすみませんが、今回の最高裁決定は、「預貯金も遺産だよ。」という判断をしたわけではありません。「預貯金も遺産分割の対象になるよ。」という判断をしたのです。


(1)今回の最高裁決定=預貯金は当然分割


 今回の最高裁決定が出る前、預貯金債権は、可分債権として、相続が始まった時(被相続人が亡くなった時)に、当然に相続分に応じて分けられることになっていました(最高裁昭和29年4月8日第一小法廷判決・民集8巻4号819頁など)。

 相続人全員が、「これも遺産分割のまな板に載せようぜ」と約束しない限り、預貯金は、みんなで分ける対象にはならないとされていたのです。

 なので、理屈の上では、他の相続人とは話し合いや裁判をせずに、相続人各自が、相続分に応じて預貯金をゲットできる(払い戻しを要求できる)ことになっていました。

 例えば、遺産として、ある銀行に300万円の預金があったとします。この場合、6分の1の相続分を持っている人は、他の遺産のことは考えずに、その銀行に対して50万円の払い戻しを求めちゃえばいい、ということだったんですね。

(2)実務はどうなっていたか


 今回の最高裁決定でも指摘されていますが、実際には、相続人全員で合意をして、預貯金を遺産分割の対象にすることは、広く行われていました。

 なにしろ、預貯金でバランスをとらないと、公平にならないことが多いですからね。

※ 例えば、相続人が子ども二人の事案で、遺産として、200万円の畑と、600万円のマンションと、400万円の預金があったとします。預金を一人200万円ずつ分割してしまうと、もう、マンションを共有することにでもしない限り、平等な配分はできないことになって、不便です。

 それに、当然に分割されるとは言っても、相続分に応じて預貯金をゲットするのは、簡単ではありませんでした。

 どういうことかというと、基本的に、銀行は、相続分に応じて、各相続人がばらばらに預貯金の払い戻しをしようとしても、払い戻しを断ってきました。

 相続人全員で代表者を指定したり、預貯金について合意した内容の遺産分割協議書を示したりする必要があったわけですね。

 銀行が任意に応じないので、相続人の誰かが、銀行を被告にして、相続分に応じた預貯金を支払うよう求める訴訟を起こすのも、珍しくありませんでした。

 その場合でも、私が知る限り、銀行のほうは、すんなりと請求を受け容れるとは限りませんでした。後でもめないように、「訴訟告知」(民事訴訟法53条)という制度を使って、訴訟を起こしていない他の相続人に対し、訴訟に参加するかどうか確認をしたりしていたのです。なにしろ、実は遺言で他の相続人が遺産全部をもらえると決められている可能性もあるわけですから。

 そんなわけで、預貯金債権が当然に分割されるという建前は、遺産分割の実務では、絶対視されていなかったと言っていいと思います。


(3)判例変更-預貯金は遺産分割の対象


 こういう実務上の不都合を重く見たのか、最高裁は、2016年12月19日、判例変更をするに至りました。

 大法廷決定を思いっきりかみくだくと、次のようになります。


① 預貯金一般の性格などについて

・遺産分割は、相続人みんなの公平を図るための仕組みだよね。

・公平な分割をする上で、現金って、調整に便利だよね。

・預貯金は、簡易にお金に換えられるから、現金との差を感じないな。

・そういえば実務でも、預貯金を遺産分割の対象にする合意をすることは多いんだっけ。


② 預貯金の内容や性質について

普通預金とか通常貯金とかって、残高が変動しても、口座ごとに1個の債権として管理されてるよね。だったら、相続人みんなで解約しない限り、最終的な残高が確定しないから、それまでは分割もされないんだって考えたほうがいいよな。

定期貯金は、預入期間内は一部払戻しができないっていう制限がある代わりに、利率が高いっていうものだよね。そうなると、仮に、相続によって分割されるとしても、結局、相続人みんなで全額の払い戻しをするしかないな。利子の計算も難しくなるし。


③ 結論
 ⇨ ①と②からすると、当然に分割されるんじゃなくて、遺産分割の対象になると考えるのが正解だな。よし、変えよう、判例。



 私の要約がこころもとないと感じた方は、↓ぜひ原文にあたってみてください。


【最高裁判所2016年(平成28年)12月19日大法廷決定】
(同裁判所平成27年(許)第11号)(民集70巻8号2121頁)

 「遺産分割の仕組みは,被相続人の権利義務の承継に当たり共同相続人間の実質的公平を図ることを旨とするものであることから,一般的には,遺産分割においては被相続人の財産をできる限り幅広く対象とすることが望ましく,また,遺産分割手続を行う実務上の観点からは,現金のように,評価についての不確定要素が少なく,具体的な遺産分割の方法を定めるに当たっての調整に資する財産を遺産分割の対象とすることに対する要請も広く存在することがうかがわれる。」

 「具体的な遺産分割の方法を定めるに当たっての調整に資する財産であるという点においては,本件で問題とされている預貯金が現金に近いものとして想起される。・・・預貯金は,預金者においても,確実かつ簡易に換価することができるという点で現金との差をそれほど意識させない財産であると受け止められているといえる。」

 「共同相続の場合において,一般の可分債権が相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されるという理解を前提としながら,遺産分割手続の当事者の同意を得て預貯金債権を遺産分割の対象とするという運用が実務上広く行われてきているが,これも,以上のような事情を背景とするものであると解される。」

 「以上のような観点を踏まえて,改めて本件預貯金の内容及び性質を子細にみつつ,相続人全員の合意の有無にかかわらずこれを遺産分割の対象とすることができるか否かにつき検討する。」

 「普通預金契約及び通常貯金契約は,一旦契約を締結して口座を開設すると,以後預金者がいつでも自由に預入れや払戻しをすることができる継続的取引契約であり,口座に入金が行われるたびにその額についての消費寄託契約が成立するが,その結果発生した預貯金債権は,口座の既存の預貯金債権と合算され,1個の預貯金債権として扱われるものである。また,普通預金契約及び通常貯金契約は預貯金残高が零になっても存続し,その後に入金が行われれば入金額相当の預貯金債権が発生する。このように,普通預金債権及び通常貯金債権は,いずれも,1個の債権として同一性を保持しながら,常にその残高が変動し得るものである。そして,この理は,預金者が死亡した場合においても異ならないというべきである。すなわち,預金者が死亡することにより,普通預金債権及び通常貯金債権は共同相続人全員に帰属するに至るところ,その帰属の態様について検討すると,上記各債権は,口座において管理されており,預貯金契約上の地位を準共有する共同相続人が全員で預貯金契約を解約しない限り,同一性を保持しながら常にその残高が変動し得るものとして存在し,各共同相続人に確定額の債権として分割されることはないと解される。そして,相続開始時における各共同相続人の法定相続分相当額を算定することはできるが,預貯金契約が終了していない以上,その額は観念的なものにすぎないというべきである。預貯金債権が相続開始時の残高に基づいて当然に相続分に応じて分割され,その後口座に入金が行われるたびに,各共同相続人に分割されて帰属した既存の残高に,入金額を相続分に応じて分割した額を合算した預貯金債権が成立すると解することは,預貯金契約の当事者に煩雑な計算を強いるものであり,その合理的意思にも反するとすらいえよう。」

 「定期貯金の前身である定期郵便貯金につき,郵便貯金法は,一定の預入期間を定め,その期間内には払戻しをしない条件で一定の金額を一時に預入するものと定め(7条1項4号),原則として預入期間が経過した後でなければ貯金を払い戻すことができず,例外的に預入期間内に貯金を払い戻すことができる場合には一部払戻しの取扱いをしないものと定めている(59条,45条1項,2項)。同法が定期郵便貯金について上記のようにその分割払戻しを制限する趣旨は,定額郵便貯金や銀行等民間金融機関で取り扱われている定期預金と同様に,多数の預金者を対象とした大量の事務処理を迅速かつ画一的に処理する必要上,貯金の管理を容易にして,定期郵便貯金に係る事務の定型化,簡素化を図ることにあるものと解される。
 郵政民営化法の施行により,日本郵政公社は解散し,その行っていた銀行業務は株式会社ゆうちょ銀行に承継された。ゆうちょ銀行は,通常貯金,定額貯金等のほかに定期貯金を受け入れているところ,その基本的内容が定期郵便貯金と異なるものであることはうかがわれないから,定期貯金についても,定期郵便貯金と同様の趣旨で,契約上その分割払戻しが制限されているものと解される。そして,定期貯金の利率が通常貯金のそれよりも高いことは公知の事実であるところ,上記の制限は,預入期間内には払戻しをしないという条件と共に定期貯金の利率が高いことの前提となっており,単なる特約ではなく定期貯金契約の要素というべきである。しかるに,定期貯金債権が相続により分割されると解すると,それに応じた利子を含めた債権額の計算が必要になる事態を生じかねず,定期貯金に係る事務の定型化,簡素化を図るという趣旨に反する。他方,仮に同債権が相続により分割されると解したとしても,同債権には上記の制限がある以上,共同相続人は共同して全額の払戻しを求めざるを得ず,単独でこれを行使する余地はないのであるから,そのように解する意義は乏しい。」


 「預貯金一般の性格等を踏まえつつ以上のような各種預貯金債権の内容及び性質をみると,共同相続された普通預金債権通常貯金債権及び定期貯金債権は,いずれも,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく,遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。」



(4)「可分債権じゃない」という趣旨のようだ


 最高裁決定の書きっぷりや、決定書に付された個別意見の内容によると、最高裁は、預貯金債権は可分債権ではないと捉えているようです。

 「可分債権だけど、遺産分割の対象だ」というわけじゃなくて、そもそも、契約の性質などに照らせば、解約するまでは不可分なんだと言っているわけですね(2017.8.7追記:判例時報2333号68頁以下の解説でも、「可分債権」に当たらない旨をいうものだと理解されています)。

 イメージとしては、普通預金通常貯金は、きっちり等分できる缶ジュースのような存在ではなく、湯量が変動する温泉です。みんなでお湯の流れを止めないと(解約しないと)、きっちり分けようがないわけですね。

 定期貯金は、みんなが「せえの」で一斉に掘り出さないと、地面が崩れて一滴も掘り出せなくなる石油です。やっぱり、相続人の一部だけの力では、手に入らないのです。

 というわけで、どれも、当然に分割していいシロモノじゃないんだというのが、最高裁の結論です。

 今後、預貯金債権は、株式と同じように、相続開始後は、準共有(民法264条)の状態に置かれることになると思われます。

 それをゲットするためには、遺産分割の手続の中で、いろんな財産とのバランスを考えながら、配分を決めることになります。・・・まあ、正直、今までの実務とそれほど変わりません。

※ 準共有っていうのは、所有権以外の財産権の共有です。


 そして、今までの基本的な考え方どおり、可分債権は、遺産分割の対象から除外されることになります。例えば、被相続人が知人に100万円を貸していた場合、「100万円を返せ」という権利は、可分債権なので、相続分に応じて当然に分割されます。逆に、被相続人に借金があれば、当然分割されるので、貸主は、相続分に応じて、各相続人に返済を求めることになります。


<<解説>>

4.今後の課題など


(1)どんな人に関係があるか


 最高裁は、今回の大法廷決定の時的な範囲をとくに示していません。

 そうすると、大法廷決定前に相続が始まっていた事案にも、射程が及ぶことになると思います。

 なので、たった今、金融機関を相手取って、相続分に応じた預貯金の払い戻しを求めているような人は、その請求をあきらめざるを得ないと思います。遺産分割の中で預貯金の行方を決めることをお勧めします。

 さすがに、大法廷決定の前に遺産分割調停が成立していたり、判決が確定していたりすれば、もうひっくり返せません。

(2)不当利得返還請求・損害賠償請求はどうなるか


 ここから先は、少しマニアックな話なので、無視して頂いて構いません。

 ただ、なかなか悩ましい問題だと思いますので、お知恵を拝借できるのであれば、ぜひお願いしたいというのが正直なところです。

 相続がらみの紛争で、よく目にするのは、

被相続人の生前、身内の誰かが勝手に預貯金を使い込んでいた

被相続人が亡くなった後、一部の相続人が預貯金をおろしていた


というケースです。

 こういうケースでは、他の相続人が、預貯金を手に入れた相続人に対し、「お金を返せ」と求めて、遺産分割とは別に訴訟を起こすことがしばしばあります。

 けっこう手間暇がかかって、弁護士にとっても裁判官にとっても大変な裁判だったりします。


(被相続人=Nさん)
ジェノグラム04(父の相続・相続分割合)


 説明の便宜上、Nさんの預貯金を、長男のKさんが無断で払い戻した場合を想定してみましょう。

 Nさんの生前に、KさんがNさんの預貯金を勝手に払い戻していたというのケースだと、相続開始の時点で、被相続人Nさんが「ワシに金を返せ」という可分債権を有していたことになります。

 となると、Kさん以外の相続人であるHさん・Sさん・Wさんは、各自の相続分に応じて、Kさんに「金を返せ」と求める権利を当然に取得することになると思います。

 当事者どうしの話し合いで解決できないのであれば、遺産分割とは別に、Kさんを被告にして、Hさん、Sさん、Wさんが、それぞれ不当利得返還請求訴訟を起こすことになるでしょう。相続人みんなが、遺産分割の中で解決することを望めば、特別受益があった場合と同様に、勝手に払い戻したお金を具体的相続分の計算に取り入れて、遺産分割を成立させることもありえます。

 というわけで、こののケースの扱いは、今までの実務と特に変わらないはずです。





 これに対し、ちょっと悩ましいのは、のケース(Nさんが亡くなった後に預貯金が勝手に払い戻されてしまった場合)です。

 最高裁による判例変更の前は、預貯金債権は当然分割されることになっていたので、Kさん以外の相続人は、話し合いがつかなければ、各自の相続分に応じて、Kさんを被告として、お金を返せという訴訟を起こしていました。

 例えば、Sさんの立場だったら、「K、あんた、父さんの預金を全部おろしたわね。本当は6分の1しかおろせないのよ。6分の1は当然に私のものになっていたんだから、その分のお金を渡しなさい。」と主張していたわけですね。

 ところが、今回の最高裁決定によると、預貯金債権は、当然には分割されません。Kさんは、本来は遺産分割の中で分けるべきだった財産を、自分のものにしてしまったという状態です。

 他の相続人は、相続分に応じて当然に分割取得した預貯金ではなく、みんなの(準)共有に属している預貯金を、奪われてしまったという状態です。

 Sさんの立場で発言すると、「K、あんたが勝手におろしたお金は、私達みんなのものよ。」となります。

 そうなると、Kさん以外の相続人は、どう対処することになるんでしょうね。

 とりあえず、いくつか選択肢を考えてみました。


【A】自分の相続分に見合う額を単独請求

 まず思いつく対処法は、Sさんが、Nさんに対して、自分の相続分(6分の1)に見合うお金を、自分に返せという裁判を起こすことです。不当利得に基づく利得金返還請求or不法行為に基づく損害賠償請求という法律構成になります。

 ですが、最高裁によると、預貯金を当然に分割取得するわけじゃないので、自分の相続分(6分の1)に相応する部分であっても、遺産分割が終わらない限り、まだ共有関係は解消されてはいなかったはずです。

 そうなると、他の遺産(不動産など)とのバランスを考えずに、自分の相続分に見合うお金を取り戻して自分のものにできるのか、疑問もあります。遺産分割では、法定相続分や指定相続分を前提にしつつ、個別に「具体的相続分」というものを算定することになっているので。

【B】保存行為として全部取り戻す

 かといって、共有財産についての保存行為(民法252条但書、264条)として、Sさんが、Kさんが払い戻したお金を全部支払えという裁判を単独で起こせるかというと、それも大丈夫なのかな、と感じます。なんでSさんが全額を受け取れるのか、はっきりしません。

 じゃあ、もとの預金口座にもどせ、銀行にお金を返せ、という請求を立てられるかというと、訴訟の仕組み上無理でしょうね。Sさんが原告になって起こせる訴訟ではありません。

 とはいえ、銀行が、わざわざKさんに対して、お金を返せと請求してくれるとも思えません。

【C】遺産分割の対象にする


 遺産分割の手続で片付けられるのかというと、これも悩ましい面があります。

 遺産分割の対象を定める基準時について、実務は、「遺産分割をする時だ」という説(遺産分割時説)を採用していると言われています。これを前提にすると、相続開始後、遺産分割より前に失われた預貯金そのものは、遺産分割の対象にならないと考えられます。

 ありうるとしたら、Kさんへの不当利得返還債権を、「代償財産」として、あるいはそれに準じるものとして捉えることです。ですが、こういう立場をとっても、Kさんへの不当利得返還債権を遺産分割の対象にできるとは限りません。

 代償財産の典型は、遺産のうち、ある土地を第三者に売った見返りとして生まれた売買代金です。

 相続人全員の合意で遺産を売却した場合の代金は、原則として遺産分割の対象にはならず、各相続人が持分に応じて取得するというのが判例です。

【最高裁昭和52年9月19日第2小法廷判決・集民121号247頁】
 「共同相続人が全員の合意によつて遺産分割前に遺産を構成する特定不動産を第三者に売却したときは、その不動産は遺産分割の対象から逸出し、各相続人は第三者に対し持分に応じた代金債権を取得し、これを個々に請求することができる」


 他方、相続人全員の合意なしに、一部の相続人が勝手に遺産を処分をしてしまった場合の代償財産については、それが遺産分割の対象になるという見解(通説)と、ならないという見解の両方があります。最高裁の判例は見当たりません。個人的には、被相続人が死亡した後に発生したものが、遺産分割の対象に含まれるという通説の立場には無理があるのではないかと思います。

 もし、Kさんが勝手に払い戻した預貯金が、遺産分割の対象にならないとすれば、遺産分割の手続で対処することはできません。もちろん、Kさんを含めた相続人全員が、Kさんが勝手に払い戻したお金を計算に入れつつ、遺産分割協議や調停をしたいと考えれば、それは可能でしょう。でも、相続人の誰かがそれを拒んだときは、不首尾に終わります。



※ 具体的相続分とは、法定相続分(又は被相続人が指定した相続分)に、特別受益と寄与分を考慮して修正をした上で算定する最終的な相続分率です。


 私見を述べると、最高裁平成28年12月19日決定の後も、今までの実務を変更する必要はないと思います。

 すなわち、被相続人の死後に相続人の一部(Kさん)が預貯金を払い戻した場合、他の相続人(Sさん達)は、それぞれの相続分に応じて、単独で不当利得返還請求or損害賠償請求ができるという立場(A)を支持します。

 問題場面が似ているので、私は、預貯金を払い戻した相続人への不当利得返還債権or損害賠償債権は、代償財産又はそれに準じるものとして取り扱うのが適切だと思います。そして、合意による場合(最高裁昭和52年9月19日第2小法廷判決)と同様に、各相続人は、持分に応じて不当利得債権or損害賠償債権を取得し、個々に請求できると考えるべきです。

 相続人全員の合意によらずに財産が逸出したときも、預貯金を払い戻した相続人への不当利得返還債権or損害賠償債権は、被相続人が死亡した後に発生したものなので、遺産分割の対象には含まれないと考えます。

 実際問題として、遺産分割を待たない限り、払い戻された預貯金を取り戻せないとなると、財産散逸の危険が高くなって、他の相続人にとって不利益が大き過ぎます。こういう観点からも、個々の相続人が単独で請求できると解釈したほうが適切です。


※ 私の理解が足りてないところがあるかもしれませんので、ご意見等がありましたら、ぜひお寄せください。


 東京家庭裁判所家事5部の解説(金融法務事情2065号20頁)も、上のAの立場のようです。以下、引用します。

 本決定を前提にしても、各相続人は、遺産分割手続により具体的帰属が決定されるまでは、預貯金債権につき相続分に応じた準共有持分を有することになるため、相続人の一部が被相続人の死後に法律上の権限なく預貯金を払い戻した場合は、他の相続人の準共有持分権を侵害することとなり、相続開始後の使途不明金についても不法行為による損害賠償または不当利得の返還を請求することが可能である
 この場合に侵害されることとなる相続人の準共有持分割合が問題となるが、具体的相続分は、遺産分割手続における分配の前提となるべき計算上の価額またはその価額の遺産の総額に対する割合を意味するものであって、それ自体を実体上の権利関係であるということはできないのであるから、法定相続分または指定相続分に基づくこととなる
 なお、準共有持分権の侵害を理由に不法行為による損害賠償請求等をするにあたって当該預貯金について遺産分割手続を経る必要はないことに留意する必要がある。すなわち、不法行為による損害賠償請求等の判断においては、前記のとおり具体的相続分の算定が不要であることに加え、共有者の一人が共有不動産を他の共有者に無断で売却処分した場合に当該不動産について共有物分割手続を経ずとも共有持分権の侵害を理由に不法行為による損害賠償または不当利得の返還を請求できるからである。




<<解説>>

5.追記:最高裁平成29年4月6日第一小法廷判決


 2016年(平成28年)12月9日大法廷決定で検討の対象になっていたのは、①普通預金債権・通常貯金債権と、②ゆうちょ銀行の定期貯金債権でした。

 その後、最高裁判所2017年(平成29年)4月6日第一小法廷判決(裁判民255号搭載予定、判例時報2337号34頁)は、③定期預金債権・定期積金債権も、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないと判示しました。

 とにかく、預貯金は遺産分割の対象になるというわけです。