梅雨の時期だが、佐渡は比較的晴れの日が多く、風も涼しく過ごしやすい日々が続いている。

写真は佐渡最高峰の大佐渡山脈の金北山。夏の佐渡は何よりも山が雄大で美しい。佐渡は海に囲まれた島だから海の国だと思っている人が多いかもしれないが、私は最近、佐渡は山の国ではないかと考えるようになった。四季折々、佐渡の山は様々な表情を見せるが、夏、特に猛暑の前の六月の山が一番素晴らしい。夏の佐渡の雄大な山を見ていると、その山に自分たちは見守られていると感じる時がある。飯田龍太は「風土というものは眺める自然ではなく、自分が眺められる意識をもったとき、その作者の風土となる。」と言っているが、その感覚も少しはわかるようになった。

凌霄の花も咲き始めた。これは近所の民家の庭の木だが、毎年立派な花を咲かせる。凌霄は漢名で、「霄」は空の意。漢名の意味は「空を凌ぐ花」。高いところをよじ登るように咲く花という印象らしい。俳句では晩夏の季語で夏の終わりから立秋後も咲いているイメージだが、今年は少し早いような気がする。

家の前に一輪の朝顔が咲いていた。朝顔は世間では夏の花の代表格として定着しているが、俳句では初秋の季語という決まり。「朝がほや一輪深き淵の色」(蕪村)。俳句で朝顔と言えばまずこの句である。

佐渡の海岸を運転していると、芭蕉荒海の句碑なる看板があった。沢根という地域である。こんなものがあったかと立ち寄ると小さなお寺の中にこれがあった。調べると、1798年に佐渡の漢学者、矢島主計(やじまかずえ 俳号:佐渡一静)が願主として建立。当時、有名な俳人が佐渡を次々訪れて佐渡の俳諧は盛り上がりをみせ、芭蕉没後百年であったことからこの句碑が建立されたと推測されると佐渡市のHPにある。佐渡に俳諧が盛んな時代があったことは驚きである。まだまだ佐渡について知らないことが多い。つくづくそう感じる。肝心の「荒海や佐渡によこたふ天河」と彫られた文字は二百年以上経過しているため読み取れない。
右に大佐渡左に小佐渡青嵐 安藤文
【新潟便り、安藤文さんより】
















































