古志青年部

古志青年部は、「古志」俳句会の50歳未満の会員からなります。

船便で届く一冊夏の雲 イーブン美奈子

タイ人の友達が柴犬を飼い始めた。タイでは、今、とても人気のある犬種である。そのまま「シバ」という名で呼ばれているが、タイ人が発音すると「千葉」と区別がつかない。因みに小型犬のシーズーは、私には「地図」に聞こえる。

逆に、タイから外国に輸出されるペットといえばシャム猫(Siamese cat)が有名だ。しかしシバに比べ、ずいぶん大雑把な呼び方に思える。シャムはタイの旧国名だから、単に「タイの猫」というだけ。本来の種名は、ウィチエンマートという。

ウィチエンマートはタイで古くから珍重され、王室などで飼われていたらしい。ラーマ5世(在位1868〜1910)の時代、すなわち日本の明治維新頃、諸国への贈り物にもなったそうだ。1885年、英国に渡ったウィチエンマートが猫のコンクールで優勝。以来、Siamese catと名付けられ、世界中で注目されるようになった。

「タイ猫」はウィチエンマートだけではない。アユタヤー時代(1351〜1767)の文献によると、タイ猫は23種が存在したという。吉祥猫が17種、不吉な猫が6種という風に分類されている。現存種は、ウィチエンマートを含む4種のみである(純血種が見つからず、交配により生まれた種もある)。

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後述「タイ猫の家」にて。コーンチャー(左)、カーオマニー(中央上。文献にはない後発のタイ猫)、シーサワート(中央下)、スパラック(右上)、プリーチャーおじさんとウィチエンマート(右下)。2004年。

「タイ猫の家(タイ猫保護センター)」は、バンコクから車で1時間強、サムットソンクラーム県アムパワー郡のメークローン川沿いにある。2001年、プリーチャー・プッカブット氏が種の保存を目的に創設。私は初期に何度か訪ねたが、当時は観光客など全然来ておらず、プリーチャーおじさんに言えば猫をケージから出して抱かせてくれた。入場料もなく、猫の餌代として募金箱があるだけだった。

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カーオマニーは遺伝上、左右の目の色が違う個体が生まれるが、片方の目は見えないことが多いそうだ。

おじさんはその頃70匹ほどいた猫の個体を全部見分けて可愛がっていた。子どもの頃はウィチエンマートが近所にたくさんおり、家でも飼っていたが、県の観光推進策に伴い庭の一角をタイ猫の家にしたそうだ。「自分がいなくなったら猫たちはどうなるのか」と心配されていたのだが、2018年、81歳で他界された。現在は、お子さんたちが引き継ぎ、立派な屋舎や説明パネルもでき、カフェも併設されているらしい。




船便で届く一冊夏の雲 イーブン美奈子




【タイ便り、イーブン美奈子さんより】

天平の滴に濡るる蓮かな 田村史生

蓮を見ると、いつも宇宙が思い浮かぶ。水面からすーっと伸びた茎と蕾は、宇宙と交信するアンテナのようだし、その先に開くアンバランスなほど美しい花は、UFOやマザーシップに見えてくる。蓮の花は、早朝に開き、昼には閉じてしまう。3日間これを繰り返し、4日目は昼間も咲き続け、その日を最後に散ってしまうという。花が開くときにぽんっと音がするという言い伝えがあり、早朝、ぽんっぽんっと次々に蓮の花の音が響くのは、想像するだけで楽しい(ちょっと怖い)が、残念ながらそれは本当ではないらしい。それだけ花が開く瞬間を見るのが難しいということかもしれない。この不思議な花は、古来から、人々に色々なことを想像させてきたのだろう。泥沼から出て美しく花を咲かせる姿から、清らかさの象徴とされ、仏教では、仏陀が座る蓮華座となっているのはご存知のとおりである。花だけではない。大きな蓮の葉は水を弾き、葉の上のきらきらとした水滴は美しく、いつまでも見入ってしまう。もっとも、「蓮っ葉」という、あまりよくないイメージの言葉もあるが。

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奈良で蓮といえば、かつての平城京の右京、今は西ノ京と呼ばれている地域にある西大寺、喜光寺、唐招提寺、薬師寺が有名である。この4寺をつなぐ道はロータスロードと呼ばれ、毎夏、特別御朱印付き共通拝観券が発売されている(今年は中止)。なかでも、唐招提寺の蓮は格別である。唐招提寺は、759年、五度の失敗にも屈することなく来日した唐の高僧鑑真大和上によって創建された。南大門を入ると正面に見える金堂は、美しいフォルムの大屋根と八本のエンタシス列柱(ギリシャの神殿にも見られる、上下よりも中央が膨らんでいる柱)が並び、天平文化の粋と謳われている。金堂内には、本尊廬舎那大仏座像が宇宙の中心として中尊に、その東方に現世の苦悩を救済する薬師如来立像、西方に理想の未来へ導く十一面千手観音菩薩立像が配されている。
僕の好きな奈良の寺院は、秋篠寺、百毫寺、3月にご紹介した海龍王寺等、比較的小さくて落ち着いた風情の寺なのだが、唐招提寺は、例外である。押しも押されぬ大寺院にもかかわらず、落ち着きがある。何故だろう。荘厳な金堂の存在も大きいが、広い境内に緑が多く、全体が小さな森のように思えるからだろうか。

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唐招提寺では、約50種類130鉢の蓮が育てられていて、6月中旬から7月下旬に公開される。7月中旬から9月初旬には2か所の蓮池の蓮も咲く。赤、白、薄紅、一重、八重。特に、鑑真大和上が来朝した際、蓮根を持ってきたという言い伝えがあり、伝来の品種として「唐招提寺蓮(赤・八重)」「唐招提寺青蓮(白・一重)」「奈良蓮(赤・半八重)」が知られている。

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緊急事態宣言の解除に伴い、6月より拝観が再開され、有難いことに、蓮の季節に間に合った。早朝の唐招提寺で蓮を見ていると、鳥の囀りや蝉の声と合わせて、耳の奥に音楽が聞こえてくる。それは「未知との遭遇」や「E.T.」のテーマ(古いか)だったり、「星に願いを」だったりする。やはり宇宙なのだ。

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天平の滴に濡るる蓮かな 田村史生




【奈良便り、田村史生さんより】


老鶯のいのちの匂ひさすところ 髙橋真樹子


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歳時記。1872年に暦法は陰暦から陽暦に移行されました。それまでの歳時記に大きな混乱はあったものの、1874年には陽暦初の歳時記「俳諧貝合」が発行されました。立春を2月において陰暦から1ヶ月遅れで調整し、四季に加え新年の部を立てて。現在の歳時記の多くがこの方法を引き継がれています。南北に長い日本列島ですから、地方によっては差異も生じているのではないでしょうか。地方独自「歳時記」も刊行されています。北海道にも動植物や街の暮らしや行事、アイヌにまつわる歳時記等数多くありますが、私が日常的に使用するのは電子辞書にも入っているごくごく一般的な歳時記です。
北海道の秋や冬は他の地方より早く訪れるので、俳句を詠む際に季語のニュアンスを掴みやすいのですが、新年から春、夏にかけて季語の本意や背景の理解が難しい事があります。それは植物に多く、例えば「福寿草」。


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多くの歳時記では「新年」の季語。新年を寿ぐ季語。北海道では雪解けの頃、3月末から4月末にかけて自生します。長い冬の終わりが見え始めた頃、雪間に黄色い蕾を見つけた時には嬉しくて嬉しくて。そんな時、私が表現したいのは春の訪れを寿ぐ様な句。季語の季節とも本意とも違える事になり、さりとて想像力の足りなさから「福寿草」で新年の句を詠むにも至らず。悩ましい限りです。


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夏の季語「紫陽花」。写真は北海道6月末の紫陽花。北海道では本州よりも2ヶ月遅く開花をはじめ、短い夏の日差しを浴びて元気よく咲き誇ります。夏は朝と昼の寒暖差が激しいため、自然に降りる朝露で充分な水分を確保することができ、10月を迎える頃には花をつけたままにセピア色のドライフラワーへと姿を変えて、異なる姿を楽しませてくれます。「福寿草」同様、私にとっては悩ましい季語。植物には時期がずれる季語が他にもありますが、小樽や余市に残る番屋跡や歴史から「漁夫帰る」、海産物の「シャコ」等北海道ならではの身近な季語も数あまた。歳時記の四季と北海道の齟齬、そして有り様を感じとっていただける様な作句を目指しながら、今日も紫陽花のガンコなまでに堅い蕾を愛でています。


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歳時記のお話しもう一つ。春の季語「鶯」。写真は4月の樹々が芽吹き始めた頃。毎年、鳴き声は聴いていても姿を見つけたのは初めてでした。春告鳥の別名からも、高みから優雅に鳴いている姿を想像していましたが見事に裏切られました。枝から枝へと、せわしなく移動しながら「ホーホケキョッ」と森中に響き渡る大きな声で鳴いているのです。とにかく落ち着きがない。縄張り意識も強く、鶯がとまる木に四十雀やひばりが近づくと、もの凄い勢いで羽をばたつかせ「ケキョケキョケキョッ」と威嚇していました。

気高さと気の強さを合わせ持つ鶯、早朝散歩の度に出逢っているうちにどんどん愛着が湧いていきます。声真似しては威嚇され・・・私にとってはささやかなコミュニケーションを取り続けているつもりですが鶯にとっては迷惑な話です。そうこうしている内に5月中旬頃から次第に声が小さくなり、日に日に林の奥の方から鳴き声が聞こえる様になり姿は見せなくなったのです。6月になると鳴き声は力はなく、かすれ気味に。平井照敏編「新歳時記」夏の「老鶯」に引用のある「年波草」に『本邦に鶯と称するもの、初春声を発し、夏に至りて止まず。しかれども、その声やや衰ふ。ゆゑにこれを老鶯といふ』というくだりがあります。まさしくこの事を実感し、歳時記の言葉を深く味わう楽しさを知りました。


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夏に向かってどの木も重たそうに葉を茂らせています。キビタキもハナミズキの木に隠れているつもりの様ですが、顎から首にかけて鮮やかな橙黄色が一層葉の緑と白い花に映えて見つかっちゃいました。くれぐれも鶯のテリトリーには近づきませんように…




老鶯のいのちの匂ひさすところ 髙橋真樹子




【北海道便り、髙橋真樹子さんより】



雨季入りの朝のすみずみ囀つて イーブン美奈子


あなかたと見ゆるものは、鼻なりけり。ふと目ぞとまる。普賢菩薩の乗物とおぼゆ。

『源氏物語』末摘花の帖より、雪の朝、源氏が姫君の醜い顔を見てしまう有名なシーンである。ひどく長い鼻が象のようだというのである。なんとも残酷な描写で、つい想像してしまう。

普賢菩薩の乗物は白象だ。お釈迦様の物語では摩耶夫人が白象の夢を見て懐妊したが、タイを含む東南アジアでは瑞祥をあらわす動物として国王に献上されてきた。現在、タイでは、法律により定められた箇所の色が白だったり薄かったりする象が白象と認定される。

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ラーマ3世時代のタイ国旗

白象に限らず、象はタイの「国獣」で、やはり特別な動物である。そのため、タイ語には象にしか使わない単語もある。例えば、一頭、二頭の「頭」は他の動物はトゥアというが、象だけは特別にチュアックと数える。「鼻」という単語は普通はチャムークだが、象だけはグワンという。日本の童謡は「ぞうさん ぞうさん おはながながいのね」だが、タイの象の歌には「長い長いお鼻はグワンと呼ぶ」という歌詞が入っており、子どもが言葉を覚えられるようになっている。タイには「象の日」もあり、3月13日だそうだ。

象は国王の威厳をあらわす動物であり、独立の象徴でもある。下の絵は、アユタヤー時代のナレースワン大王とビルマ王子との一騎討ちの場面。大王の象が切り株に後ろ足を支え、踏ん張ったというエピソードが大変有名だ。

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働き手としても、象は重要な存在だった。力が強く、人のいうことをよく聞き、山道も登れるため、木材や物資の運搬に象が使われた。第二次世界大戦中の日本軍による泰緬鉄道建設では、国境の険しい山中での物資運搬に何百頭という象が使われたそうだ。

乗物としての象は、観光地で本物の象乗り体験をしてもいいのだが、街中でよく見られるのはアイラーヴァタである。インド神話のインドラの乗物で、四本の牙と七つの鼻を持つ白象。タイではエーラーワンと呼ばれ、三つの頭を持つ象として描かれる。

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エーラーワンミュージアム

ガネーシャも商売繁盛の神として、店先などによく招き猫みたいに供えられている。象の頭を持つヒンドゥー教の神で、タイではプラ・ピカネートと呼ばれる。

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これら象の神様を拝んでいる人は多いので、紫式部が醜女の比喩に象を使ったなんてタイ人に知られたら、苦笑されそうだ。




雨季入りの朝のすみずみ囀つて イーブン美奈子





【タイ便り、イーブン美奈子さんより】


鯉幟逆風に竹撓らせん 田村史生

今年のGWは、コロナの影響で例年と全く違うものとなった。家で本を読む。散歩する。家で映画を見る。近所へ買物に行く。普段通り家事に励む。単調といえば単調。充実といえば充実。今思えば、せっかくの休暇だからと、遊ばねば、どこかへ行かねば、と渋滞や混雑に飛び込んでいった昨年までが懐かしい。確かに楽しかったけれども、休暇疲れのようなものもあったなあ。これからのwithコロナの時代は、皆が一斉に遊びに行く、皆が一斉に家にいる、ということから脱却して、皆それぞれが本当に楽しめる休暇を過ごす、みたいな風に変わっていくように思う。と、このままでは「コロナ便り」になってしまうので、奈良の話を。

例年であれば、GWにはちょうど、春日大社の藤が見ごろとなる。1月にもご紹介した春日大社は、境内随所に藤が自生しており、氏神である藤原氏ゆかりの藤ということで、社紋は「下り藤」、巫女さんたちも藤の簪をつけている。本殿の「砂ずりの藤」は特に有名で、花房が地面を擦るほど長く伸びることから名付けられたという。また境内の神苑萬葉植物園には、早咲きから遅咲きまで、20品種約200本の藤が見事に咲き誇る。(昨年の写真)

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また、間もなくすると、葛城高原の躑躅が満開となる。大和葛城山は奈良と大阪の県境に立つ標高960mの山で、奈良側からは葛城山ロープウェイで上ることができる。頂上が高原状に広がっていて、大和盆地、大阪平野を一望し、360度の大パノラマが楽しめる。11月にご紹介した大和三山もばっちり見える。高原一面は100万本ともいわれる躑躅の大群落に覆われていて、まさに燃え立つように紅く染まる。(昨年の写真)

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今年の話に戻ると、萬葉植物園や葛城高原のような誰もが知る場所へは行けず、近くを散歩する日々であったが、それでもそこここに新たな気づきがあった。普段は車で通り過ぎている川沿いの道を歩くと、足元に菫といぬふぐりが仲良く咲いている。亀が並んで甲羅干しをしている。よく行く公園も少しコースをそれてみると、竹林の近くに著莪の花が群れている。かなり離れた所にも筍がにょきと生えている。そして、竹の葉をつけた立派な竿に、鯉幟が泳いでいる。

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名所もよし、近所もまたよしである。日々の小さな発見に喜びを感じるのは、俳句に携わっているからでもあり、それは今回のような不測の事態にも、決して影響されることはない。これもまた、俳句の力かも。

 


鯉幟逆風に竹撓らせん 田村史生



【奈良便り、田村史生さんより】


東雲をめくり上げては雁帰る 髙橋真樹子


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昨年のちょうど今頃訪れた、阿寒湖畔ボッケ遊歩道の水芭蕉。 
今年も咲き始めたとSNSで知りました。写真を見ているとキラキラ光る湖の水面、泥沼からボコッボコッと泡が出ているボッケ(泥火山)の硫黄臭、囀るというよりは競いあう如き鳥の声・・・今すぐにでもあの雰囲気を全身で浴びたい衝動に駆られます。いや、今は巣ごもり中。
北海道は全国に先駆けて2月28日に緊急事態宣言が発令されました。一度外出自粛付きで解除されたものの小中学校の入学式が終わった頃に再度発令され現在に至っています。毎朝登校する子供たちの賑やかな声がしないのは、こんなにも寂しいものかと感じ、日々テレビに新聞、ネットニュースにSNSにと新型コロナに関するまちまちな情報が不安を刺激します。この溺れそうな気持ち、以前にも味わったことが・・・

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随分前に、アメリカに住んでいた時の事。インターネットや携帯電話が普及し始めた頃でしたが、日本とのやり取りは手紙や長距離電話、新聞は3日遅れ(値段を出せば当日紙だったかも)本や雑誌は一ヶ月遅れで値段は3倍の高級品。日本の情報の少ない環境は私にとって心地良いものでした。アメリカでの生活は上手く行かない事はあっても、情報が欲しければ自分や家族と一緒に新聞等で調べたり、拙い英語で人に尋ねたりと知恵を絞り出して手に入れる。数年後、日本に帰国した時は、刺激の強い以前にも増した膨大な量の情報に感じ、苦しい時期がしばらく続きました。それは新型コロナウイルスに関する情報に対して流行初期の状態と近かったのだと思います。今は惑わされる事も減り、出来る限りの予防策を取り新たな生活を享受しながら過ごす様にしています。
巣ごもり生活の中、小さな楽しみを見つけました。それは家の周りに来る野鳥の撮影。


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庭先に訪れた四十雀。



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ヤマガラ。裏の林にて。



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勇ましい顔で飛び立つコルリ。
しぐさや澄んだ鳴き声に心から癒されます。
カメラはいつもテーブルの上にスタンバイ。レンズをカーテンの隙間から覗かせている姿はちょっとあやしいかも。



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この季節、雁が渡って行きます。宮城県からシベリア方面への中継地として、北海道の湖や沼に春と秋に立ち寄りながら。
今年の9月頃、また雁を見かける時には少し先が見える様になっているかしらなんて思いながら長旅の無事を願って見送りました。




東雲をめくり上げては雁帰る 髙橋真樹子




【北海道便り、髙橋真樹子さんより】

春の蝶影らしきもの連れてゐし 大谷弘至

この星の命はみな、影を持って生まれてくる。
けがれのない羽でひらひらと舞う、春の蝶も同じだ。

影は、不吉な兆候を表す言葉でもある。
まばゆいだけの一生などありえない。
そこには必ず困難だって待ち受けているのだ。

コンプレックスや悩みという“人生の影”。
これまでに、「なくなればいいのに」と、何度願ったことだろう。

けれどこの句を読んだとき、心がふっと軽くなった。

羽化したばかりの蝶が連れているのは、影ではなく、影らしきもの。
柔らかな春の日差しの下では、飛んでいる蝶の影はくっきりとした輪郭を持たない。
あたたかく穏やかな春の風景だが、「連れてゐし」という表現が、
この句をいっきに面白くしている。
“影らしきもの”が、とたんに命ある可愛いものに感じられるのだ。
色は淡く、あるのだかないのだかわからないほどあいまいで、
まだ影になりきれていない、影の子供。
まるで、この蝶の友だちのようである。

人生の影も、そのほとんどはこの影の子と同じで
きっと、生まれたときから私たちの側にあるものなのだ。
例えば、腐れ縁の幼馴染みたいに。

そう思えたら、なんだか怖くなくなった。

影が色濃く大きくなってゆくと、押しつぶされそうになるときもあるけれど、
自分だって一緒に成長しているのだ。強くなっているのだ。
影から目を背けるのではなく、いっそ受け入れて、仲良く生きてゆきたいと思えた。

そして、

生きること春なほ寒くあるごとく

句集の帯に書かれたこの句のように、たとえ心が寒い日も、人生を春だと捉えて、
影さえ栄養にして明るい方向へ思いを馳せ、心の花の蕾をゆっくり育ててゆけたらいい。


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【大谷弘至第二句集『蕾』より】


プルメリア舞台へ続く道があり イーブン美奈子

先日、日泰親善文化交流きものフェスティバルを観覧させて頂いた。日本からは、タイ国と深い絆を持っておられる日本和装学園会長・松島弘子氏と多くのお弟子さんが来タイし、時代衣装や着付けショー、タイの学生さん等をモデルとした浴衣ショーなどを披露。出迎えたタイの皆さんの時代衣装や舞踊、ムエタイショーも華やかで見事だった。

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日泰親善文化交流きものフェスティバルのフィナーレ

今回は、その演目の一つ、「タイの4地方の踊り」を紹介したい。宮中の煌びやかな舞踊ではない、民間に伝わる地域の踊りは、北部、東北部、中部、南部の4地方に分類される。

北部の踊りは「フォーン」という。織姫の踊りフォーン・サーオマイ(サーオマイは絹織物の織姫)、蝋燭を手にしたフォーン・ティエン(ティエンは蝋燭)、長い爪を付け、しなやかに反らせて踊るフォーン・レップ(レップは爪)などが有名。下の写真は美しい紙傘を回しながら踊るフォーン・ティーである(ティーは北部メーホンソーン県の方言で傘のこと。タイ北部は紙傘の産地)。

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東北部の踊りは「スーン」という。スーン・クラティップ(クラティップは蒸した餅米を入れておく籐籠のこと。東北地方は餅米が主食)、祈りの踊りスーン・タンワーイなどがある。

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中部は、ラバム・チャーオナーが有名。ラバムは群舞の総称、チャーオナーは稲作をする人のこと。


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南部は、民話『マノーラー』をもとにした舞踏劇ラム・ノーラーが有名。ラムとはラバムに対し、一人一人の踊りを観せるものをいう。また、マレーシアと国境を接しているため、ムスリムの踊りであるローンゲンや、タリ・キパス(マレー語でTariは踊り、Kipasは扇のこと)など独特の舞踊がある。大航海時代のスペインやポルトガルの影響もあり、今回披露されたのは西洋風の衣装にマラカスを持った珍しい踊りだった。


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タイ舞踊といえば、金冠に煌びやかな衣装を纏った仮面劇「コーン」や舞踊劇「ラコーン」がよく知られているが、地方の暮らしに根づいた踊りも興味深い。しなやかな指先を作り、独特の足運びを体得するには、小さい頃から稽古しなければならないそうだ。
ショーには小学校低学年くらいの小さな子から出演した。準備から最後の記念撮影まで一日がかりの長丁場で、可愛い踊り子さんたちは疲れないかしらと少し心配になったが、要らぬお世話だった。日暮れ頃に廊下に出てみると、出番の終わった子たちは元気に跳ね回っていた。体力や忍耐力もさすが鍛えている子は違うな、と感心した。




プルメリア舞台へ続く道があり イーブン美奈子





(筆者注)この催しは2020年2月15日に行われました。3月31日現在、タイ国ではCOVID-19感染拡大により非常事態宣言が発令され、外国人の入国、イベント・集会等は厳しく制限されています。


【タイ便り、イーブン美奈子さんより】


3月29日古志青年部句会は中止

3月29日(日)の青年部句会(取り合わせ勉強会)ですが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、中止とさせていただきます。
とくに参加のご返事をくださった方々には申し訳ありません。
ご理解くださいますよう、どうかよろしくお願いいたします。

状況をみて、またあらためて取り合わせ勉強会の場を設けたいと考えております。
ひきつづき日頃の句作のなかで取り合わせに挑戦していただけますと幸いです。


古志青年部部長 石塚直子

麗らかや御仏たちは佐保にあり 田村史生

今年は暖冬の影響で、桜の開花が早いらしい。コロナウィルス感染拡大の影響で、例年通りの花見を楽しむことは難しいかもしれないが、それでも花を待つこの時期はやはりそわそわする。
 
奈良市内にも桜の名所は多いが、その一つが佐保川である。奈良市中央部を南北に流れる佐保川には、約5kmに渡り途切れることのない桜並木が続く。江戸時代の奈良の名奉行、川路聖護(かわじとしあきら)が植樹を進めたと言われる樹齢170年ほどのソメイヨシノ「川路桜」も数本残っている。その佐保川の北方に広がる丘陵地帯は佐保山と呼ばれ、ここに宿るのが春を司る女神佐保姫である。五行説では春は東の方向にあたり、平城京の東に佐保山があったため、佐保が春の象徴にされたと言われる。佐保姫は染色と織物の神でもあり、春の訪れとともに花を咲かせ、野山を染めていく。佐保川の桜を特別に感じるのは、やはり佐保という言葉の持つ力もあるように思う。(写真は、一昨年の佐保川の桜)

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そして、佐保姫ゆかりの地である佐保路(平城京を東西に貫いた一条大通りにあたる道、東大寺転害門(てがいもん)から法華寺までを佐保路と呼ぶ。)には、美しい秘仏を本尊とする二つの寺、海龍王寺と法華寺がある。

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海龍王寺は、731年、聖武天皇の妃である光明皇后によって創建された。初代住持の玄昉が唐から無事帰国して以来、遣唐使の航海安全祈願を行うなど、その名の通り海との関わりも深い。西金堂内の総高約4mの小五重塔は国宝である。

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法華寺は、741年、これも光明皇后によって創建された。総国分尼寺となり女人の道場として隆盛を誇ったが、室町時代に衰退、その後豊臣秀頼の母淀君の寄進により再興したという、女性に縁の深い寺である。名勝庭園や華楽園を有し、花の寺としても名高い。

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歩いて5分ほどの距離にあるこの二つの寺の本尊は、ともに光明皇后がモデルと言われる十一面観音像、どちらも像高1mほどの小さな仏像である。
海龍王寺「十一面観音菩薩立像」は、檜材に金泥が施されていて、黄金に輝くお顔に真っ赤な口紅。切金を使用した衣の模様や頭飾り、首飾り等装身具は極めて繊細で、銅製鍍金で透し彫りが多用されている。ファッションセンスに満ちたゴージャスな観音様である。法華寺「十一面観世音菩薩像(国宝)」は、木彫りで、彩色はお顔に微かに紅が残るのみであるが、肉感的で、なまめかしい印象の観音様である。蓮の蕾や葉をモチーフにした光背がユニーク。また、右足の親指が跳ね上がっていて(遊び足)、これは衆生を救うために歩き出そうとする姿を表しているという。
どちらを推すかと言われると(言われないか)、これは困るなあ。憧れてずっと眺めているのなら海龍王寺の観音様、少し甘えさえてもらえそうなのは法華寺の観音様、という感じ。最近ちょっと疲れ気味なので、今であれば後者推しかも。
両寺とも年に3回、特別開帳が行われていて(海龍王寺3月23日~4月7日、5月1日~9日、10月25日~11月14日/法華寺3月20日~4月7日、6月5日~10日、10月25日~11月14日)、春と秋はほぼ同日程なので、合わせて参拝するのがお薦め(佐保川の桜も合わせてご覧になるのなら、断然春!)。逆にこの時期以外は観音様とは逢えないので、ご注意を。

 


麗らかや御仏たちは佐保にあり 田村史生



【奈良便り、田村史生さんより】


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