『甑島の明日を考える会』

~甑島の未来は・・~ 我が「甑島」は、今様々な問題に直面している。 ひとりの声は小さくとも、必ず大きな声になるはずだ。 守るぞ甑島、頑張れ甑島!   

川内航路問題

甑島にて。

とうとう、お世話になった方が、天空に昇られた。
最後の最後まで、甑島の事を考えておられた。

合併問題のときから、川内航路のことまで危惧され、現実になり上甑と手打が抜港と決まれば、手打の為に、と言うより甑島の為に立ち上がった。自分の病気や立場を我慢してでも、甑縞、手打の為に一生懸命だった。甑島は、惜しい人をなくしたと思う。

この甑島は何処に流れて行くのだろうか・。
川内川に漂着かなぁ。霧が深いのになぁ(笑)

『甑島の明日を考える会』は、充電期間に入ろうと決意する。

年越して再度。

昨年11月末から今日までブログを更新出来なかった・・。約3ヶ月半か。
これからは気をつけよう、と心から反省です。

さて、今年に入ってから手打では議員との、
   【航路問題等を議員と語る会】 
と称して「意見交換会」が行われた。
開催日は正月気分がやっと抜けてきた頃の、
本年1月17日(火)、午後5時30分~午後7時30分まで。
参加人員は41人となっているが、もっと居たような気がする。平日で時間帯が午後5時30分からだったので、その辺から中々人も集まりにくかったのではないか、と思う。

テーマは、
(1)  甑島航路改善計画の内容について。
(2)  甑島の振興策について(現状と課題)


約2時間ではあったが、各地から集まりこの航路問題が如何に大きな問題であるかが、その発言内容からして良くわかった。
意見交換会内容については、
<薩摩川内市(ホームページ)~市議会~意見交換会>掲載。
参加して感じたことは、「生活の足」を奪われた手打島民の怒りであり、その過程での真実を議会側が余り把握していなかった、事だと思う。

甑島と合併した本土側の論理で進められた、「甑航路川内港移設問題」をこれからどう追及するのか、議会の動向に期待したいものだ。














名無しさんの意見に。

「名無しさんへ」
返事送れて申し訳ないです。さらに返信ミスや、文字数制限のためにブログにて返事をさせて頂きます。ご了承下さい。

さて、コメントの内容を見て感じたことは運航会社の経営目線で「このままでは赤字欠損が拡大して・・」という風に感じました。
確かに、甑島商船は利用者減で年々赤字が膨らみ、老朽化したシーホークも自社では出来ない状況のようです。
運航会社の存続は島民に取って正に死活問題であり、だからこそ串木野市(現いちき串木野市)との連携で長い歴史を作ってきたのだと思います。

私自身も「野百合丸」や、「しらはと」「鯨波丸」にも乗って学生時代を過ごしました。それ以前より串木野~甑島間には長い長い歴史があると思っています。
航路自体の安全性は勿論のこと、その歴史の中で「利便性」も大きく積み上げられたものではないでしょうか。

運航会社の赤字を何とかするのは、行政も島民も同じだと思います。
今後甑商船には何とか頑張って頂きたい為にも島民もやはりそのために「共有」しなければいけない事も当然にあると思います。
しかし、赤字解消の為だけに、安全性、そして安定航路をもしかして犠牲にするかもしれない「川内港直行式発着」には、疑問を感じるわけです。

昨年、市当局の説明会が島内でありましたが、その中で感じたことは反対の方々の共通の認識は、「安全性」「利便性」天候不順による「安定性」が現串木野航路より劣るからこそ、将来の為に反対をしているのだと思います。
更にその説明会では、安全だという根拠が全く示されておらず、国の方針で「航路改善協議会」で決定するとなり、更に「航路改善協議会」が『非公開』であり、フェリーニューこしきの事は論外と言いながら、フタが開いてみれば「中甑」「鹿島港」(当面は現行)が抜港と決定。赤字路線だからと言って、調査の結果です、決定しました、と言われて納得できるのでしょうか。

生活航路である以上、もっと島民参加の「航路改善協議会」にして貰いたかった。十分な説明もなしに川内港、そして抜港、フェリーまで問題にした、と言う
その経緯の中で、更に問題的要素も含まれており、それで島民の方々は不信感を持ったのだと思います。
私も共通の認識で「反対」をしているのです。

抜港となれば、街は寂れていくばかりです。確かに人口減=利用者減と言う現状を見れば理解しなければ行けないことも多々あると思います。しかし、その理解を求める手法が余りにも強引すぎるのではないかと思います。
名無しさんの言われる事も最もな部分が大いにあると思いますが、もっと「安全性」「利便性」天候にされやすい川内港が、果たして生活航路として「安定性」が十分に確保されているのでしょうか。
命や島民等の生活物資を運ぶ航路として、絶対的に現串木野航路よりか、川内港の方が良いと言えるのでしょうか。
少なくても串木野航路の方がこれまでの歴史の中で、如何にそれらをクリアーしてきたかは一目瞭然だと思いますが。如何でしょうか。

因みに、『手打と片之浦は手打抜港を了解した』と書かれてありましたが、地区コミュニティとしては【決議】はとってないとの返答を貰っております。
では、何故航路改善協議会の中で、「下島代表」と言うことで参加できるのでしょうか。そして賛成できるのでしょうか。島民不在の典型的な手法ではないでしょうか。

加えて申し上げれば、中甑が先日薩摩川内市議会の議員さん達と、航路と地域活性をテーマに「意見交換会」を開催されたそうです。その意見交換会の内容は薩摩川内市のホームページ(市議会)で掲載されておりますが、今度は手打地区が「意見交換会」の開催を申し込んでいるそうです。
それぐらい、抜港される街の人達は正に必死であります。ご理解をお願い致します。貴重な意見を有り難うございました。 
             『甑島の明日を考える会』

日帰りしたが。

先日墓参りに鹿島へ日帰りで行った。
いつもバタバタでゆっくり墓参りも出来なかったので、今回は墓参りだけであった。

串木野港を朝(8:10)のシーホークに乗り、鹿島に9:50に着く。
帰りは、鹿島を2:05のフェリーで串木野港に4:30着。
鹿島に約4時間の滞在時間がある訳で、簡単な用事なら十分であるが、将来鹿島港も抜港となると、(瀬戸架橋が開通しているとすれば)鹿島へは里に降り、車或いはバスで中甑を通過して、瀬戸架橋をわたる方法と、長浜港まで船で行き、長浜から車或いはバス移動。どちらにしても不便であり、時間もかかる。

将来の航路ダイヤは分からないが、しかし、川内港となれば航路変更で受益があるのは、おそらく「里」くらいではないか、と思う。中甑や鹿島、手打の不便さは否めない。
もちろんそれに伴い、瀬々野浦や片之浦、内川内の人たちは尚更である。

今回の航路変更問題では、「アンケート調査」が最重要課題であった筈。生活航路であるからである。
航路改善協議会も薩摩川内市も、その認識はあった。
事実昨年の市当局の地元説明会の折、アンケートの事を質問した返答は、「地元の意見を(アンケート調査結果)を尊重する。」と断言した。更に、九州運輸局も同じ返答であった。
こちらとすれば、同じく昨年2月に薩摩川内市議(甑島の二人)が取ったアンケート結果があったからこそ、それが島民の意思と思っての質問である。

案の定と言うか、アンケート調査のあり方を航路改善協議会が協議しているが、調査会社はいくつかアンケート調査方法を提案しながらも、「無作為の対面方式」となった。

「無作為に何故決めた?何故対面式?」とアンケート調査の苦情を聞き、直ぐに九州運輸局・鹿児島支局へ出向き質問した。
責任者は、「予算がないため」と島民の生活航路を馬鹿にしたような返答をしていたが、結局の所航路改善協議会の質疑の中では、その様な理由で「無作為」にはなっていない。

さて、上甑で先日行われた「意見交換会」の内容が漏れ聞こえて来た。
上甑の切実な思いが、場内では熱気に包まれたそうである。

平日(25日・火)であったのにも係わらず沢山の人が集まったらしい。
『高齢化が進む中、手・足をもぎ取られたようなものである。生活航路の意味がない。』
と切実に訴えたそうである。確かにその通りである。目の前の港から船に乗り、目の前の(串木野港から市内)例えば病院等に行けるのと、バスに乗り込み里まで行き、川内港からバスに揺られて川内市内の病院等に行く事になる。
これまで利用していた串木野市内の病院から転院もしなければならない。苦痛である。
船内をバリアフリー船にしたとしても、移動手段が苦痛では、本当にお年寄りに優しい「航路」になり得るだろうか。大いに疑問である。

上甑の切実な訴えを目の当たりにした、意見交換会での議員(5人)はどういう風に活動してくれるだろうか。
期待したいものである。



























上甑、意見交換会開催

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明日(正確には本日25日)に上甑にて、薩摩川内市議(5名)との「意見交換会」が行われるそうだ。

「意見交換会」とは、
薩摩川内市議会・議会基本条例第11条に基づき、市議会及び議員の政策提案機能の強化及び拡大を図る為に、市内の団体、市民グループを対象に、議員を6班(5~6名)に分け、あらかじめテーマを設けて議会閉会中に行われるらしい。


上甑が動いた。
テーマは、やはり【航路と地域活性化】 上甑や手打に限らず、航路問題は勿論各地区の大問題である。
しかし、上甑と手打は来年4月に、寄港地でなくなる訳で、まさに死活問題である。

市当局の説明会では、「経費削減・老朽化」の為に高速船を合併特例債で造って川内港から発着。
「フェリーは当面現状のまま」と言いながら、蓋を開けてみれば【フェリーまで三角航路】。(笑)
笑い事ではないが、余りにも島民を馬鹿にした話だ。
島内交通環境が整うまで鹿島港は継続するらしいが、これもどうなる事か。
上甑・手打の人には申し訳ないが、船が寄港しない地域にとって地域活性など本当に難しいと思うし、寂れていくのは目に見えている。

フェリーまで手を掛けられて、慌てて上甑は「署名活動」にて多くの人の署名をもらったそうだが、その為市当局は上甑に再度説明に出向き、その説明は「決定した事です、ご理解をお願いします。」と・・。
  ご理解出来るわけがない!!!

薩摩川内市は、「甑島を観光浮揚して活性化させます、ですから川内港へのご理解を・・云々」言ってる事としている事が真逆だ。肝心要の甑島の中の交流や物流を削いで、川内港へ人と物を集めようとしている。

「甑島商船が赤字ですから・・」と、川内港へ移設しないと国の補助が打ち切られるが如く危機感を煽っているが、生活航路であるからこそ、島民の生活があるからこそ、国は補助航路として認め、民主党の「事業仕分け」でも、『削減はしない、見直しもしない、満額補助』と決定したのである。
更に「航路改善協議会」の新造船について異を唱える仕分け人もいた。民主党の肩を持つ訳ではないが、その時は【拍手喝采】した。

いちき串木野市もどうしたもんか、と。
航路改善協議会の中では、かなり最後の方は薩摩川内市と張り合ったとか、どうだ、こうだと話は漏れ聞こえてきたが、島内はこれまた合併時の串木野市の動向で振り回された経緯があるから、結局の所見捨てられた感があるのは否めないと思う。
それに、航路改善協議会の最終投票の前に、市長同士のサシの話し合いが持たれたそうだが、密室の話しでは疑われても仕方あるまい。
いづれにしても、いつも甑島は政治に振り回されている。だから【宝の島】というのだろうか。

因みに余談だが、【宝の島】というフレーズは、確か合併問題の時に、街宣車が島内を走って街宣していた中で、【宝の島】 【甑はひとつ】と言っていたと思う。別に誰が使おうと勝手だが、「今更」と感じるし、恐らく意味も違うだろうと思う。

甑島は、文化と景観と、そして一番の【宝】は「敬愛心」ではないだろうか。










ギャラリー
  • 全く困ったもので。
  • 上甑、意見交換会開催
  • 甑島航路改善協議会委員構成
  • 航路改善協議会の公平性
  • アンケート結果発表!  ん?!
  • アンケート結果は???
  • 川内航路計画とは。①
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