静岡精華幼稚園園長 幾田 光男 先生のお話


今年は柿の裏年。こうちゃんちの柿の木も、実は一つしか実りませんでした。それでもその一つだけの実は、ふっくら膨らんで、大きな立派な柿になりました。「こうちゃん、柿が『もう取ってもいいですよう』って。『みんなで仲良くたべてねえ』って。取ろうか。」お庭で草取りをしていたおばあちゃんが、手を休めて言いました。

こうちゃんは、柿の木を見上げました。おいしそうに色づいた柿が一つ、しなった枝の先にぶらさがっています。おばあちゃんはこうちゃんを抱っこしました。柿がこうちゃんにぐんと近づきました。おばあちゃんはこうちゃんを抱っこしたまま、左手を伸ばして柿をつかみました。そして、ぐるりぐるりとひねり始めました。「ほら,こうちゃんもひねってみて。」おばあちゃんはこうちゃんを促しました。こうちゃんは、両手を伸ばして柿の実をつかみました。ぐるり、ぐるり、ぐるり。こうちゃんは、おばあちゃんと一緒に柿の実をひねりました。

ぽろっ。柿の実が枝から離れました。柿の実はこうちゃんの手の中に納まりました。「さあ、取れた。大きいねえ。おいしそうだねえ。こうちゃん、床の間のおばあちゃんに『おいしい柿ができました』ってお知らせしようよ。」こうちゃんは、両手で柿の実を支え持ち、おばあちゃんと一緒にお家の中に入りました。


床の間には、大きいおばあちゃんの写真が飾ってありました。こうちゃんはおばあちゃんと一緒に、柿を写真の前に据えました。「なむなむ。おいしい柿ができました。みんなでいただきます。」おばあちゃんが手を合わせて言いました。「なむなむ。おいしい柿ができました。みんなでいただきます。」まねしてこうちゃんが言いました。

「さあ、みんなでいただきましょう。おばあちゃんが皮をむくから、こうちゃんはお皿に乗っけてね。おじいちゃんとおばあちゃんとパパとママとこうちゃん。何個に分けたらいいかな。」こうちゃんは、たどたどしく両の指を使って数え始めました。「おじいちゃんと、おばあちゃんと、パパと、ママと、こうちゃんと、ゆうなちゃんと、ううん、ううん、6個。」「そうか、ゆうなちゃん(赤ちゃん)も入れてあげるんだね。」

「ただいま。」お母さんが帰ってきました。「ほら、こうちゃんの好きなりんご、買ってきたよ。」お母さんは、買い物袋から真っ赤なりんごを一つ取り出しました。そして、こうちゃんに手渡しました。りんごを手渡されたこうちゃんは、りんごを持ったまま奥の部屋に走っていきました。おばあちゃんとお母さんはそっとのぞいてみました。「なむなむ。おいしいりんごができました。みんなでいただきます。」床の間の前でこうちゃんが手を合わせていました。床の間の写真の前には、先ほどのりんごが据えてありました。kudamono02_b_02


おばあちゃんの誘(いざな)い、促しに、こうちゃんは今日も体験の幅を広げます。柿をもぎ取ること、柿の重量感を感じること、誘いの言葉に乗せられてまさにおいしそうだと感じること、柿を供えて先祖を敬うこと、感謝すること、さらにまた、家族みんなで分け合うこと、家族の絆を感じ、自分もまた家族の一員と感じること……。感謝する心、尊敬する心、家族一人一人を大切に思う心。おばあちゃんは、自分が子どもの頃授けてもらった感覚や心を、今度は孫に授けます。それも、ほとんど無意識のままで、至極当然のこととして。

人生経験の長い人には、一朝一夕ではとても身に付けられない素晴らしい感覚が具わっています。私たちが忘れかけている人の道の指針となるような心を持ち合わせています。昔から、亀の甲より年の功と言われます。年配者の立ち居振る舞い、後ろ姿は、子育ての黄金の手引きと言えましょう。