平成17年(2005年)刊、260×250㎜、全38頁、モノクロ・ダブルトーン印刷、476円+税
【在庫あります】


本文、あとがきより
当初この第六集は「奈良県~和歌山線編」にしようと思っていました。しかし奈良県内の関西本線や桜井線は、ほとんど撮影に行くことが無かったために「和歌山線編」としました。和歌山県内の紀勢本線は距離的にも遠く、無理であったとしても、関西本線や桜井線は撮影に行っておくべきであったと今となっては悔やまれます。
また、和歌山線の写真の多くが吉野口-北宇智間になってしまいました。この区間が最も魅力的な場所であったことに加えて、吉野口から遠くへ行けば行くほど、帰りの運賃を心配しなければならなかったのも事実でした。
電化され、貨物列車も走らなくなってしまった和歌山線ですが、関西近辺では唯一となった北宇智駅のスイッチバック(中在家(信)は3月18日のダイヤ改正で使用中止になりました)は、今も健在で、ここを通る時の楽しみの一つになっています。
今回もまた多くの方々のお世話とご協力により、ここに第六集を出すことができましたことを厚く御礼申し上げます。
平成18年(2006年)9月

昭和42年(1967年)3月23日 オートS 47mm 住友金属工業和歌山工場
今この写真を見ると私の高校生時代は、世間知らずであったなーとつくづく思い出します(今もそうですが)。本でこの製鉄所内で蒸気機関車が使用されていることを知っていた私は、機関区へ行くのと同じように「写真を撮らせて下さい」と訪ねて行ったのでした。守衛のおじさんも京都から高校生が来たということで、困惑しながらも対応してくれたこと、ホテルのような受付で長時間待たされ、その間きれいな女の人が親切に応対してくれたこと、工場内を自動車に乗せてもらって現場へ連れて行ってもらったこと等々私にとっては初めての体験ばかりでした。小心者の私は、数コマシャッターを押しただけで、逃げ帰るように工場を後にしたのでした。
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本文、あとがきより
当初この第六集は「奈良県~和歌山線編」にしようと思っていました。しかし奈良県内の関西本線や桜井線は、ほとんど撮影に行くことが無かったために「和歌山線編」としました。和歌山県内の紀勢本線は距離的にも遠く、無理であったとしても、関西本線や桜井線は撮影に行っておくべきであったと今となっては悔やまれます。
また、和歌山線の写真の多くが吉野口-北宇智間になってしまいました。この区間が最も魅力的な場所であったことに加えて、吉野口から遠くへ行けば行くほど、帰りの運賃を心配しなければならなかったのも事実でした。
電化され、貨物列車も走らなくなってしまった和歌山線ですが、関西近辺では唯一となった北宇智駅のスイッチバック(中在家(信)は3月18日のダイヤ改正で使用中止になりました)は、今も健在で、ここを通る時の楽しみの一つになっています。
今回もまた多くの方々のお世話とご協力により、ここに第六集を出すことができましたことを厚く御礼申し上げます。
平成18年(2006年)9月

昭和42年(1967年)3月23日 オートS 47mm 住友金属工業和歌山工場
今この写真を見ると私の高校生時代は、世間知らずであったなーとつくづく思い出します(今もそうですが)。本でこの製鉄所内で蒸気機関車が使用されていることを知っていた私は、機関区へ行くのと同じように「写真を撮らせて下さい」と訪ねて行ったのでした。守衛のおじさんも京都から高校生が来たということで、困惑しながらも対応してくれたこと、ホテルのような受付で長時間待たされ、その間きれいな女の人が親切に応対してくれたこと、工場内を自動車に乗せてもらって現場へ連れて行ってもらったこと等々私にとっては初めての体験ばかりでした。小心者の私は、数コマシャッターを押しただけで、逃げ帰るように工場を後にしたのでした。









私は高橋と申します。
私は、現在奈良県五條市の五條新町で今月実施するイベントの事務局の者です。
今回、イベントの中で幻の五新鉄道にスポットを当たてた展示会を企画中でございます。そこで、合わせて川端線についても紹介したいと考えております。そこで川端線が使用されていたころの写真というのがなかなか無く、五條市さんの方にも無いということで、いろいろ探していたところ、小菅様の写真集を見つけることができました。
もし、差し支えなければ、その展示会の際に写真を活用させていただないでしょうか。もちろん、出典にはお名前を掲載させて頂きます。
ご検討のほど、宜しくお願いします。
>>お申し出、大変にうれしく存じます。ご登録いただいたメール・アドレス宛に返信させていただきました。ご確認のほど、よろしくお願い申し上げます【小菅】