あなたは今、幸せですか?
この連載は、この質問に自信を持って「yes!」と答えられるようになるためのものです。
世界40カ国放浪の旅とコンサルタントの経験をもとに、「毎日幸せでいる仕組み」について探求していきます。
以下の3つのステップを通じて、最終的には「毎日幸せでいる仕組み」をA4用紙1枚にまとめていこうと思います。
仕組み作りの第1ステップは、「幸せについての理解を深める」ことです。
「何が自分の幸せなのか?」「どうやって幸せになるのか?」を考える前に、「そもそも幸せって何なのか?」ということを考えてみたいと思います。じっくりと、自分の心と向き合ってみませんか?
今回は、自分の身の回りの環境(外の世界)と、自分の心(内の世界)のお話しです。
1 身の回りの出来事に振り回されてばかり?
2 心がすっと楽になる2つの知恵
3 ネパールの瞑想修行で学んだこと
4 人間の認識と反応のプロセス
5 諸行無常
6 幸せは「外」ではなく「内」にある
1 身の回りの出来事に、振り回されてばかり?
「上司から褒めてもらえた」「同僚と反りがあわない」… 日々の身の回りに起こる出来事に、私たちは一喜一憂して生きています。
人生の良いこともあれば、悪いことも起こる。それは確かにそうですが、それでは私たちの人生や幸せは、「自分の外の世界の何か」に振り回され、支配されてしまっているのでしょうか?私たちは幸せになるために、外の世界の何かを変えることに執着しなければいけないのでしょうか?
2 心がすっと楽になる2つの知恵
毎日良いことも悪いことも起こる環境に、心が振り回されず、執着もしないようになるために、便利な2つの知恵があります。
一つ目は「世界の出来事と自分の感情や思考は切り離せる」ということです。そして二つ目は「世界に変わらないものはない」ということです。
「何が起こっても、自分は振り回されない」「今起きていることも、必ずずっとは続かない」と考えることができれば、心がすっと楽になりませんか?
3 ネパールの瞑想修行で学んだこと
そこでは10日間、朝4時から夜9時まで瞑想しました。瞑想中に何をするかというと、ただひたすらに「感覚を観察」することが求められました。鼻から息が出入りする感覚、ずっと座っていて足が痛くなる感覚、微かに背中が痒くなる感覚…体中で次々と現れる感覚に対して、決して反応することなく、客観的にじっと観察を続けます。
例えば「痒い」という感覚が起こっても、「嫌だ」と思うこともせず、掻いたりしたりせず、ただ「痒い感覚があるなー」と観察し続けます。
そうしていると、その感覚は大きくなったり小さくなったりして、いつの間にか無くなっていくのが分かります。
この体験から学んだ2つのことは、「感覚と反応は切り離せる」ということと、「感覚は常に一定ではない(必ず変化する)」ということでした。
これらのことは大したことのない発見だと思われるかもしれませんが、もう一つの事実を付け加えると、重要性が大きいことだとわかります。その事実とは、「人間は目、耳、鼻、口、肌の感覚器官を通じてしか、自分の外の世界を感知できない」ということです。そのため先ほどの2つの学んだことは、つまり 「世界の出来事と自分の反応は切り離せる」「世界の出来事は常に一定ではない」ということになります。これは精神論ではなく、体の仕組みから導かれた結論です。瞑想修行はこれらの大切な考え方を、経験を伴った心の知恵として教えてくれました。
①感覚と反応は切り離せる
②感覚は常に一定ではない
③人は外界を感覚を通して知覚する
①+③= 世界の出来事と自分の反応は切り離せる
②+③= 世界の出来事は常に一定でなはい
4 人間の認知と反応のプロセス
ここで、人間の認知と反応の仕組みについて考えたいと思います。人間が外の世界から何かの情報や刺激を受け取り、それに対して行動する一連のプロセスです。
①刺激が感覚器官を通じて、感覚になる
②感覚信号が脳で処理されて、認識する
③認識したものに対して、思考したり、感情が起こる
④思考や感情の結果として、外の世界に対して行動する
先ほどの「人は外の世界を、感覚を通して知覚する」ことは、①のことを言っています。
これらのプロセスの中で、重要な違いがあります。①②は自動的・受動的に起こることに対して、③④は私たちが能動的に起こしていることです。「感情は自然と湧いてくるものだ」と思われるかもしれませんが、感情も私たちが心を”反応させる”ことで起こしています。実際にネパールの瞑想修行では②と③を切り離すことができました。
自分の身の回りで何が起きても、それにいちいち心や頭を動かさなくても良い。反応するかしないかは、自分で決めることができる。そう考えると、世界と自分の心の間に一つ間仕切りが置かれたような感じがして、少し安心できませんか?
5 諸行無常
「世界は常に一定ではない(必ず変化する)」という考えは、古くから「無常(常では無いこと。ネパールでは「アニッチャ」と言います)」として知られています。無常の観念は仏教の基本的な世界観の一つでもあり、無常の儚さは日本の美意識の一つです。
例えば人は必ずいつか死にますし、逆に新しい命も日々生まれてきます。そうゆう一定ではない(儚い)存在だからこそ、人間の出会いや別れは美しいのだと思います。
世の中で変化しないものはありません。時間の流れに伴って、どんなものも大なり小なり以前とは違う状態になります。
今目の前にある困った現実も、必ずその状態は変わるということ。逆に、喜ばしいことも、ずっと維持されることはないということ。
私は「今の状態はずっと続くことはないんだ」ということを学んでから、身の回りで起こることにあまり執着しないようになりました。
6 幸せは「外」ではなく「内」にある
幸せについて考えるためには、自分の心と向き合うことが欠かせません。まずはこれらの2つの知恵を心に教えて、リラックスさせてあげてください。
またこのことは、幸せについて理解を深めてくれます。「幸せであるか・不幸せであるかは、自分の外の世界が決めることではない」ということです。なぜなら世界の出来事をどう受け止めるかは、自分が決められるからです。世の中は無常(常に変わる)ですから、もし自分の「外」に幸せを決めるものがあるとすれば、ずっと幸せでいることは不可能です。
幸せは、自分の「外」ではなく「内」にあると考えることは、毎日幸せでいるために不可欠な考え方です。
(次回へ続く)




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