2018年08月21日

 ここのところポール・モーリアにはまっている。イージーリスニングと侮ることなかれ。ここにはポピュラーの編曲に関するあらゆるノウハウが詰まっている。

 ポール・モーリアといえば美しいストリングスのアレンジをまずは思い浮かべるかもしれないけれど、本当に凄いのはベースラインだ。あれらの楽曲が文字通りイージーに耳に入ってくるのは、ひとえに巧みなベースラインが下支えをしているからなのである。

 それを意識して聴く人はほとんどいない。しかし誰もが確実にその密やかな旋律に揺さぶられているのである。



kotani_plus at 21:33コメント(0)250字 

2018年08月20日

 旧いiPhoneにはおそらく1千曲を超える音楽が入っている。ポール・モーリアまである。実はけっこう好きだった。

 いま聴いてみると、このへんは時代のBGMだったのだと思う。特に昭和50年代の。それは天気予報のバックに流れていたり、ローカルCMのバックに流れていたり、あるいは目覚し代わりに使っていたラジオ番組のオープニングテーマだったりした。とにかくあらゆる用途に使われていたのである。

 僕の作る音楽が難解な方向に行かなかったのも、イージーリスニングというベースがあったからなのだろう。



kotani_plus at 21:24コメント(0)250字 

2018年08月19日

 安倍政権のやっていることを一言で表現するなら、アメとムチ。強引な政策は常に甘い汁とセットになっている。

 カジノ解禁やご都合主義による議員定数増で批判を浴びる一方、幼児教育と高等教育を無償化するというアメを打ち出してきた。子育て世代の支持を拡大しようという魂胆だ。そしてもうひとつが人生100年時代構想。こちらはお得意様の高齢者層へのアピールである。

 こんなことをしたら年金も財政も破綻するのは目に見えている。消費税をはじめ将来的な増税でそのツケを払わされることを我々は決して見逃すまい。



kotani_plus at 18:03コメント(0)250字 

2018年08月18日

 ブロよりうまいと評された高校生内野手がいる。走攻守すべて揃った完成度の高さ。今秋のドラフトの一巡目で小園海斗の名が呼ばれるのは間違いないだろう。

 たまたまテレビをつけたらちょうどその報徳学園が守備についていた。ショートゴロを見たいと思ったらまさに打球がそこへ。華麗な守備かと思いきや、あろうことかファンブル。それが致命的な1点をもたらす走者になった。

 人は得てして自分の最も得意なことで失敗する。その好例を見た。

 これを糧に、小園君にはもっと大きく成長してもらいたい。野球界の宝なのだから。



kotani_plus at 13:21コメント(0)250字 

2018年08月17日

 今朝吹いたような風を秋風というのだろうか。昨日までのそれとは明らかに違う、熱気も湿気もない、そして吹いてくる方向からして真反対な風。

 木々を大胆に揺らすほどの風は、昼までに雲という雲を吹き飛ばした。北寄りの風が占領した東京の空を涼しい部屋の中から眺めていると、夏空とはほど遠い深みのある青さだった。

 とはいえ騙されないぞ。こんなのは夏の小休止にすぎない。すぐにまたあの傍若無人な夏が戻ってくる。やつはどうせまた、南寄りの湿った風を押し戻して東京のアスファルトを焼き尽くすのだから。



kotani_plus at 21:47コメント(0)250字 

2018年08月16日

 あるていど日本語のできる外国人はガイジンと呼ばれることに抵抗をおぼえる。それは異質さをネガティブな意識で捉えた言葉だからだ。じっさいガイジンという言葉を使う人には外国人に対して好感を抱いていない人が多いというのが経験値である。

 童謡でも唄われたように、少し前にはイジンという言葉もあった。いずれにしても「外(そと)」だの「異(ことなる)」だの、ネガティブなイメージの文字が当てられている。早い話、外国人に対してはベースにあるイメージがそもそも悪いのだ。

 何か別のいい呼び名はないものだろうか。



kotani_plus at 15:15コメント(0)250字 

2018年08月15日

 体よく東京五輪は8月の開催となった。我が合衆国においてスポーツの盛り上がらないこの時期にやってくれなくちゃな。

 さて次は競技の時間帯だが、東京は我が国から見れば地球の裏側。放送が深夜や早朝ばかりではね。気象兵器で日本を猛暑にしたのはそういう理由だ。これで競技は夜にやらざるを得なくなる。

 おっと、サマータイム導入だと? 何を愚かなことを。そうだ、日経あたりに書かせておけ。欧州ではサマータイム廃止の動きがあるとな。

 これで我が合衆国のゴールデンタイムに東京五輪が生放送される。良きことよ。



kotani_plus at 08:18コメント(0)250字 

2018年08月14日

 女子ソフトボールの世界大会が思わぬ盛り上がりを見せた。じっさい試合を見ても野球より面白い所がある。

 野球よりも狭い空間でスリリングな試合が展開されるソフトボール。女子とはいえ、あの至近距離から放たれる100キロ超の投球は現役のプロ野球選手でも打ちあぐねる。

 女子プロ野球というのは男子のそれと比較すると投球も送球も山なりでフワフワしていて、そもそも見世物としての魅力がほとんどない。その点、ソフトならスピードでもプロ野球のそれと対抗できる。

 いっそ女子はソフトボールで勝負したらどうかと思う。



kotani_plus at 20:45コメント(0)250字 

2018年08月13日

 ギラギラと照りつける真夏の太陽を、時おり低いちぎれ雲が遮っていく。反対の空では陽を浴びたいくつもの真っ白な入道雲が雄々しくその力こぶを誇示し合っている。その向こうに覗く空の青さは思いのほか深い。

 ふと切れた入道雲の隙間から、遠くいわし雲の層が見て取れる。その手前を、何層かの複雑な形をした雲の一団がゆっくりと横切っていく。

 夏の季語と秋の季語が同居する空。今日も日中は猛暑日の東京だけれど、確実に季節は次の章に進み始めている。

 と、そんな悠長なことは言っていられない。一雨来るかも。



kotani_plus at 13:32コメント(0)250字 

2018年08月12日

 新幹線の喫煙ルームは車両によっていろんな形をしているのだけれど、一つ共通したことがある。それは、絶対にモノを置けないということだ。

 壁から突き出した部分には傾斜と丸みがあって、およそスマホも煙草も置いたら滑り落ちてしまう。シリコンカバーを着けたアイコスのチャージャーが辛うじて置ける程度だ。

 これは実に不便なのだけれど、ある意味、理にかなっている。おそらくはわざと置けないようにしてあるのだ。安易に置けるようにしてしまったら、必ず置き忘れが増えるからである。

 不便さにも合理性があるのだ。



kotani_plus at 19:37コメント(0)250字 

2018年08月11日

 ネタに困るというほどではないのだけれど、昨今はコラムで新鮮な切り口を示せていないような気がする。それもそのはず、知らず識らずのうちに日常が狭い枠の中で完結していた。

 コラムに限らず、およそ表現というアウトプットは心象世界に何かしらの力が加わったときに生まれる。元の形を保とうという力と、変えようという力のせめぎ合いから生まれた歪みや軋みが、音楽や文章という表現になる。

 そういう意味で、久しぶりの帰郷はいい刺激になっている。旧い心象世界と現在とのギャップを最も切実に感じられる時間でもあるし。



kotani_plus at 22:50コメント(0)250字 

2018年08月10日

 今どきの子供は本を読まなくなったと言われるけれど、それは子供に限ったことではない。オトナこそ本を読まなくなっている。

 最たる原因はネットの記事。なかんずくスマホの記事だろう。スマホの画面に最適化された200文字から400文字程度の長さの記事ばかり読んでいるから、どうしてもその文量で一呼吸してしまう。ところが本の書き手はもう少し長い文量で一呼吸しているから、書き手と読み手の呼吸が合わないのである。

 良し悪しの議論はさておき、これからの書き手はそういうことに配慮する必要があるのかもしれない。



kotani_plus at 10:20コメント(0)250字 
livedoor プロフィール

こたに大将

Categories
記事検索
Archives
livedoor × FLO:Q
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ