2017年10月16日

 10月の折り返しは師走並みの寒さ。この月としてこの気温は46年ぶりなのだそうで、さすがに半袖のビジネスマンも一掃された。
 こんなふうに、季節の変化は移ろいなどという生易しいものではない。ビリビリとカレンダーを破り捨てるような強引さで空気を入れ替える。雨が冷やした大地に、先走った冷気が上空からのしかかってきた。
 異常であることが普通。特異であることが順調。今週のうちに雪が降ってもおかしくないし、その翌日に夏日が来ても想定の範囲内。
 どんな天候であれ、我々はその中で生きるほかないのだし。

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2017年10月15日

 今どきは給食を残さず食べなさいとか早く食べなさいとか強制してはいけないのだとか。嫌いなものは残してもいいし、いつまでもダラダラと食べていて構わないのだそうだ。
 体罰は当たり前、廊下に正座させられてスリッパで往復ビンタされた身としては隔世の感を禁じ得ないのだけれど、だからといって今の教育が良い悪いと議論するつもりはない。単に今の子供たちが我々の世代とはまったく違う教育を受けて育っているということ。
 だから価値観も根本的に違う。そういう前提で彼らと接しなければならない。それだけのことだ。

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2017年10月14日

 スマホの月間データ通信量が初めて3GBを超え、仕事のためにやむなく1GBを追加した。何しろ契約した量を超えると3Gなみの低速回線になってしまうのである。メールなどには支障がないものの、4Gに慣れた身にはwebサイト一つ開くだけでもストレスの塊になる。
 それにしても、動画を観たり重いものをダウンロードしたりしたわけでもないのに、それだけスマホを眺めていたということなのか。これは由々しき問題だ。
 データ通信量はスマホ依存度を測る重要な指標なのかもしれない。情報に対して受け身になっている証拠だ。

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2017年10月13日

 旅行の荷物は最小限に、と常づね考えていた。だからトランクも小さめだったのだけれど、旅することが増えてそんな考えが間違っていたことに気づいた。
 結論としてトランクは飛行機内に持ち込める範囲で最大のサイズがベストといえる。嵩張るとか重いとかいうのは手で抱える場合であって、そもそもキャスターで転がしていくのだから多少大きくても支障はない。
 結局そういうことも経験の産物。頭の中で漠然とイメージしていることはたいてい大きな誤解を含んでいる。手を動かしてみないとわからないことは意外と多いものだ。

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2017年10月12日

 ドイツ語で休暇を意味する「Ferien(フェーリエン)」という言葉には複数形しかない。かの国ではまとまった休みを取ることが休暇なのだ。かたや日本語には「半休」という言葉まで存在する。半日休んでも休みは休みとはけち臭い話である。
 働き方改革は「休み方改革」と表裏一体。それにはまず、上の人から休み方の手本を示すこと。上司が休まないから部下が休めない。
 休まない上司は自分がいなければ組織が回らないと言うのだけれど、それは己のマネジメント能力の欠如を晒すものだということに早く気づいた方がいい。

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2017年10月11日

 今年は久しぶりに受賞者が出なかったものの、日本人はノーベル賞において、ことに自然科学分野では常連といっていいだろう。
 こうなると理系の人気は上がりそうなのに、むしろ日本人がサイエンスでノーベル賞を受賞すると理系に進む子供が減るという話も聞いたことがある。受賞者が研究の苦労を語ると、我が子にそんな大変な苦労をさせたくないということで、子供たちの理系への進学を思いとどまらせるよう親が働きかけるのだというのだけれど。
 真偽のほどはわからないけれど、さもありなんと感じてしまうから怖い。

kotani_plus at 23:09コメント(0) 

2017年10月10日

 北京に行ってみてつくづく語学の大切さが身にしみた。何しろあれだけの大都市でありながら満足に英語が通じないのである。タクシーはほぼダメ、四つ星ホテルのフロントですら怪しいほどだ。
 英語ができれば17億人と話せるなどといわれるけれど、中国語は方言こそあれ13億人の言語。日本からの距離や交流度合いから考えても英語より遥かに有用性がある。
 これからの世の中は英語などできて当然、中国語もできるかどうかで出世が左右されるかもしれない。もちろん自動翻訳が発達すれば状況は大きく変わるのだろうけど。

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2017年10月09日

 僕の半生を振り返ってみたとき、それはもしかしたら機会損失の歴史だったのかもしれない。目の前には様々なチャンスが通り過ぎていったのに、ただ確率が低いとかうまくいく根拠に乏しいとかいった理由で尻込みして、みすみす取り逃がしていたのだった。
 もう少し貪欲に、そして大胆に、細々とした失敗さえ笑い飛ばしていける性分であったなら。ちまちまとした成功の蓄積など、何年かに一度の大当たりを前にしたら藻屑ほどの価値もないのだろう。
 失うものなどなかった頃。何を恐れていたのやら。何に照れていたのやら。

kotani_plus at 22:25コメント(0)250字 

2017年10月08日

 食のマナーに関する本に興味深いことが書いてあった。日本食を食べる際、箸の下に左手を添える仕草は一見上品に見えて、実はマナー違反なのだと。手に乗るサイズの小鉢などは持ち上げていいそうで、「手皿」はご法度なのである。
 では器が小鉢や小皿でない場合はというと、「懐紙」なる道具が必要になる。これは和紙を二つ折りにしたもので、懐中にあるから「懐紙」。もとは歌を書いたり、茶器を拭いたり、菓子をのせたりして使っていた。今でも茶の湯や懐石料理の必需品である。
 懐からこんなものが出くる人を粋と呼ぶのだろう。

kotani_plus at 23:41コメント(0)250字 

2017年10月07日

 アマゾンミュージックは非常に有り難いサービスなのだけれど、懐メロのプレイリストに後の時代のセルフカバーを入れるのはやめてほしい。誰も原田真二の『てぃーんず・ぶるーす』の95年バージョンなど聴きたくない。それはあくまで77年版でなければ意味がない。
 言っておくけど、懐メロというのはそいつが流れた年の録音でなければならないし、そうでなくても最低限それと同じアレンジでなくてはならない。
 音楽というのは常に記憶とセットなのである。懐メロを聴くというのはその時代の空気を吸うということなのだ。

kotani_plus at 21:18コメント(0)250字 

2017年10月06日

 さすがは元ニュースキャスター、と感心した。希望の党の公約である。中でも「12のゼロ」は小学生にもわかりそうな上手い表現だと思う。
 ただ、「花粉症ゼロ」や「待機児童ゼロ」に並んで「受動喫煙ゼロ」には愛煙家として不安を覚える。受動喫煙そのものについては廃絶していただいて構わないのだけれど、こういうものは得てしてエスカレートしていって「喫煙所ゼロ」「喫煙者ゼロ」に繋がりかねないからだ。
 そういう意味で喫煙者としては希望の党は絶望の党である。他の公約はとても共感できるのだけれど。

kotani_plus at 22:46コメント(0)250字 

2017年10月05日

 現役の東大生たちをスタジオに招いて明石家さんまらがイジリ倒す番組があった。番組ではいかにも世間の人がイメージしそうな、秀才然としたカタブツ的な東大生ばかりを集めていたのだけれど、印象としては些か偏見に満ちた取り上げ方に映った。
 僕が知る限り、昔も今も実際の東大生は学力が高いことを除けばごく普通の子たちだし、世間一般とほぼ同じ比率でイケメンも激カワもいる。チャラ男もいればイケイケ女子もいる。
 そういう一見世間と変わらない東大生たちに語らせた方がリアリティがあって面白いと思うのだけれど。

kotani_plus at 21:44コメント(0)250字 
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