2018年01月18日

 最新のAIはヒトの脳の構造を真似て作るのだとか。それは凄い発想なのだけれど、だとしたら機械が本物の人間の脳に近づくのはずっと先のことになるだろう。

 最新の脳科学によれば、人間の意識など脳の機能の中のごく一部にすぎないのだという。意識されない部分は宇宙大の広さがあって、それは半導体でシミュレートするにはあまりに巨大すぎる。

 きょうび言われているAIとやらは、しょせん記憶に基づく判断のアシストの域を超えることはない。もちろんそれだけであっても疲れた心身には有難いガジェットなのだけれど。



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2018年01月17日

 これまで何百という曲を書いてきて、中にはチャンスさえあればきっとブレイクしたと自負する曲もある。けれども、世の中には絶対に超えられないと思う曲が数多くある。もちろんそれは個人的な感覚に基づいた感想でしかないのだけれど。

 それがどの曲なのかはあえて口にしないでおく。なぜなら、超えられないと思ってもなおそれらの曲を越えようと日々研鑽しているのだから。

 あれと、あれと、あれと、あれ。少なくともそういう目標があるうちは音楽に対するモチベーションが消えることはない。これでも現役の作曲家なのだ。



kotani_plus at 21:50コメント(0)250字 

2018年01月16日

 久しぶりに懐メロのプレイリストをかけてみて思うのは、あらゆる歌はすべからく何らかのリアルな記憶と表裏一体であるということだ。かつては有無を言わさない名曲の法則があるはずだと信じて疑わなかったけれど、そんなものはどこにもない。

 ただ一つ歌の側にできることは、人の記憶に突き刺さる強さを持つことである。その強ささえあれば、歌は人の中にその魂魄をとどめることができる。

 作り手が目指すべきはその強さなのだろう。時代の風に飛ばされないだけの頑強さと、人の中にとどまって動かないだけの重さなのだ。



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2018年01月15日

 学生時代につきあっていた彼女がなぜかFacebookの友達候補に登場した。30年も音信のなかった相手を紐づけるとはどんなアルゴリズムなのか。テクノロジーは恐ろしい。

 とはいえ交流するつもりはさらさらない。こう言っては相手に失礼かもしれないけれど、しょせん僕がそのレベルで生きていた頃の彼女なのだし。

 今のステージにはそれに相応しい人脈がある。過去は過去で今の僕を作った大切な経験値であって否定するつもりはないけれど、それはこれからの僕に何か新しいものをもたらしてくれるものではないのだ。



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2018年01月14日

 できることなら面と向かって謝りたい女性は過去に何人もいる。あのときはごめん。僕は若すぎて余裕がなさすぎた。未熟さゆえ無駄に傷つけてしまったかもしれない。

 かといって今は十分に成熟しているのかというと、それも怪しい。仮にその人々を前にしても、改めて別の意味で傷つけてしまうかもしれない。

 それなりに歳は重ねてきたけれど、僕の中にある本質は彼女らを傷つけた頃と何ら変わっていないのだ。ただ一つ成長した部分があるとすれば、憎まれ続けても構わないと諦める気持ちが芽生えたことぐらいだろうか。



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2018年01月13日

 訳あってここ数日は1日で4000文字ぐらいの文章を書いている。そのせいか、このコラムも含めて短い文章は猛スピードで書けるようになった。

 ぐうたらに生きていたら1キロの徒歩でも息切れがする。けれど毎日何キロも走っていれば、ちょっとした距離のジョギングなどわけない。それと同じことだと思う。

 ランナーズハイという言葉があるけれど、さしずめこれはライターズハイといったところか。

 こういう時間をうまく活用しなければならない。頭が物書きモードになっているうちにあれこれ書き溜めておくに限る。



kotani_plus at 14:34コメント(0)250字 

2018年01月12日

 テレビに映った元アスリートの娘の美貌に釘づけになった。その面影は不思議な懐かしさを連れてくる。甘酸っぱい記憶だ。

 その苗字からもしやと思って検索してみたら、学生時代に僕が想いを寄せた女性の親類だった。今や五十路のピアノ教師はブログでその娘のことを従兄弟の子ですと紹介している。ついでにその人の近影まで見つかった。

 そこで驚いたのだけれど、並べてみたらじっさい二人はさほど似ていない。ピアノ教師は思いのほか野暮ったい風貌をしていて驚いた。

 時間はいろんなものを必要以上に美化してしまうらしい。



kotani_plus at 17:30コメント(0)250字 

2018年01月11日

 野村克也と星野仙一。どちらも弱小チームを強くする請負人のイメージが強かったけれども、野村の実績はヤクルトのみ。星野は中日、阪神、楽天の3チームを再建して優勝に導いた。

 その違いは何だったのか。最近メディアを賑わす星野追悼の記事に答があった。星野はチーム編成の実権まで握っていたのである。

 そういう視点で眺めると、フロントの勝手な都合で編成したチームを率いらされるだけの読売の高橋由伸監督は実に哀れだ。勝てるわけがない。

 強いチームを作るには何よりまず有能な監督兼GMが必要なのだ。



kotani_plus at 20:53コメント(0)250字 

2018年01月10日

 世界で相次ぐセクハラ告発に、大女優のカトリーヌ・ドヌーブが「男にも口説く自由はある」と男性側を擁護した。性暴力は犯罪だとしながらも、この告発ラッシュを「魔女狩り」だと一刀両断にする。

 なるほどネットの影響なのか、何かムーブメントがあると世論が一斉にどちらか一方に偏っていく傾向がある。魔女狩りとはよく言ったもので、反対意見を述べようものなら非難の集中放火を浴びて大炎上するから、正論であっても口にできないことがしばしばだ。

 ものをいうことを生業にする人間にとっては住みにくい世の中だと思う。



kotani_plus at 21:41コメント(0)250字 

2018年01月09日

 世の中には1ヶ月で8キロ痩せました、などという謳い文句のダイエットサプリもある。血糖値の上昇を抑えて脂肪を燃焼させる云々という能書きがある。しかし、そんなのは嘘だとはまでは言わないものの、実際ダイエットなんてそんな生易しいものではないのだ。
 朝だけ一膳の飯、昼はゆで卵が主食、夕飯はおかずのみ。そんな炭水化物カットを1ヶ月続けた成果はマイナス2キロ。健康を損なわずにできるのはこの程度なのである。
 何年もかけて肥ったのだから、減らすのにも時間がかかるのは当然といえば当然のことなのだけれど。

kotani_plus at 22:04コメント(0)250字 

2018年01月08日

 年末のお笑い番組が物議を醸している。浜田雅功が黒塗りで黒人に扮したこと、ベッキーが不倫の禊としてキックを浴びたことは国際世論さえ騒がせつつある。
 しょせんお笑いと片付けてきたのがこれまでのあり方だろう。なるほど、YouTubeもツイッターもなかった時代の平和な島国ならそれでよかった。
 しかし今やコンテンツは一瞬で世界を駆け巡る。その質もさることながら、そんなものがウケてしまう国民の品性も同時に問われている。
 尻キックにのたうちまわる若い女に笑っている国で本当にいいのか。

kotani_plus at 11:38コメント(0)250字 

2018年01月07日

 アップルウォッチを使い始めてからというもの、日々の歩数やエクササイズ時間がほぼ強迫観念になっている。歩数に関しては200日近くクリアしてきたからもう休めない。
 こんな死闘の中で気づいたのは、休日は呆れるほど運動量が少なくなるということだ。平日なら普通に暮らしているだけで午前のうちには軽々とクリアしてしまう歩数が、休日は無理して歩きにいかないとクリアできない。
 特にクルマ移動の多い日は要注意。疲れ度合いの割に運動量が少ない。数字を見て愕然として、哀れ夕暮れのロードワークへ向かうのだ。

kotani_plus at 22:30コメント(0)250字 
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