2021年10月23日

 品川駅前の旧パシフィックホテルが取り壊される。この景色もあと数日だ。

 1971年の竣工だから、僕がこの界隈で仕事をするようになった88年時点ですでに築17年の少し古びたビルだった。深夜にゴソゴソとブツを運び込んだ商品発表会、遠距離恋愛だった相手との切ない逢瀬と派手な喧嘩別れ。職場にほど近い割にあまり接点はなかったけれど、酸いも甘いもとにかく濃い記憶ばかりが結びついている。

 解体前の1週間ばかり、品川駅方面の窓には「アリガトウ」の文字がドットされた。こちらこそありがとう。おつかれさま。



kotani_plus at 16:57コメント(0)250字 

2021年10月22日

 新型コロナの予防接種を受けた十代の中に、発熱ではなく腕の痛みで学校を休むケースがけっこうあるらしい。痛いのはわかるけれど、外にも出られないほどというのにはちょっと違和感がある。しかし実際、当の本人は顔を歪めるほど痛いのだという。

 そこでふと思う。もしかしたら今の子供たちの多くはそもそも「痛み」を知らないのではないかと。体罰もタブーなこの時代、親や教師に頬を打たれることもない。よほどの怪我でもしない限り痛みらしい痛みなど経験しようもないのだ。

 もちろん他人の痛みもわからないわけで。やれやれ。



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2021年10月21日

 芸事が上達するかどうかは、人の振りを素直に見られるかどうかにかかっている。自分よりも上手な人を見て負け惜しみばかり放っているようでは上積みの見込みなどない。いいものはいいと言える感性が大事。その上で自分に足らないものがあれば補う。何事においてもその繰り返しが上達の早道である。

 潔く負けよ。負けを認め、自身の足らざるを知れ。間違っても勝者を詰るなかれ。勝者は勝者としてリスペクトせよ。

 とはいえ真似だけはするな。真似ても必ずまた負ける。相手の持っていない駒を探せ。それが唯一の兵法である。



kotani_plus at 21:57コメント(0)250字 

2021年10月20日

 全国の新型コロナ感染者数は総選挙に向けて不自然なほどの右肩下がりで減ってきた。首都圏の飲食店の営業時間短縮や酒類提供の自粛要請も来週から解除される。

 こんな流れの中で何が緩んできたかといって、個々人の感染予防対策だ。マスクにしても今や「周囲がしているから仕方なく」着けているという人がかなり多い。平気で鼻を出している人がその典型。感染予防のためならそんな雑なことはしない。

 そういう人はまた感染が広がり始めてもまず鼻を隠すことはないだろう。そして次の新規感染予備軍になるのだ。



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2021年10月19日

 代替食とよばれるジャンルが拡大している。その元祖は高価なカニを安い魚のすり身で再現したカニカマ。
 現在の主流は動物性由来の素材を使わない食品。ハンバーグから刺身、スクランブルエッグまである。見た目だけなら一般の食事とほぼ変わらないほど再現性が高い。
 それらは既存の食の見た目や味、食感を模倣しようというものばかりで、既存の食事への未練がたっぷり。それほどヴィーガン食はそのもの自体だと食として魅力のないものなのだろう。
 いずれ一般の人々にもうけるザ・ヴィーガンな料理は出てくるのだろうか。

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2021年10月18日

 僕は仕事上で電話を極力使わないようにしている。嫌いというか、面倒なのだ。かといって決して人と話すのが億劫ということではないのだけれど。

 まずもって、僕はそもそも電話で伝えるにしてもメールを書くのと同じぐらい時間をかけてきちんと要点を整理してメモにまとめてからかけている。それならそのメモをメールで相手に送ってあげた方が、相手もメモを取る手間が省けるというもの。だいいちその方がミスコミニュケーションも防げる。

 物事を整理できない人々に限って電話魔になる。人をメモ代わりに使うのだ。



kotani_plus at 11:53コメント(0)250字 

2021年10月17日

 高速道路を走っていると、次のサービスエリアまであと何kmというような看板がある。しかし5kmや10kmといっても、時間としてどれぐらいかかるのかにわかには実感がわいてこないものだ。

 そこで僕は最近、3分で5kmという物差しを活用している。高速はだいたい時速100kmぐらいで走っているからそんな計算になる。

 これを使うと、SAまで15kmならざっと9分で着くのだとわかる。ICまで30kmなら3x6=18分だ。複雑な暗算なんて必要なくなる。

 もちろん渋滞していないときにしか使えないけれど。



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2021年10月16日

 お医者さんというのはある意味いちばんコミュニケーション能力が必要な職業だと思う。けれどおよそ僕が世話になった先生方はほぼもれなくそうした能力が乏しく、中にはコミュ障と呼べるほどの強者もいる。

 そもそも医学部の受験ではそんな力量は問わないでひたすら学力で乗り切っただろうし、受験勉強や大学教育を通じてもそういう訓練すら受けていないのだろう。致し方ないといえば致し方ない。

 ただ、少なくとも僕の同級生でお医者さんになった人々に限っていえばみんなコミュニケーション上手だったように思うのだけれど。



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2021年10月15日

 今の日本に巣食う最大の病弊の一つは他への依存心だと思う。何においても、自分がやらなくても誰かがやってくれると勝手に期待して放り投げてしまう。そんな人がとても多い。道端のゴミひとつとってもそう。いつか誰かが片付けてくれると思ってポイ捨てしている。

 政治への姿勢もたぶんそうなのだろう。誰かが適当によしなにやってくれる。自分の一票ぐらいではどうせ何も英気ない。そんな人が有権者の4割もいるというのが現状だ。

 選挙に行かないのは道端にゴミをポイ捨てするのとほぼ同じことなのだと気づくべきだろう。



kotani_plus at 12:10コメント(0)250字 

2021年10月14日

 今年のノーベル賞は在外「日本人」。今や国籍も米国にあり、れっきとした米国人だ。こんな頭脳流出は枚挙にいとまがない。米国だけでなく中国にも流出している。
 そもそも日本の場合、長期的な戦略を立てにくい環境があるのだろう。国も企業も、上に立つ人々は自分の在任中に成果を出そうとする。手柄を次の世代に譲ろうという度量がまったくないのだ。長くて10年スパン。それ以上先のことは誰も考えていない。そんな国で独創的な基礎研究が花開くはずもない。
 国家の大計などこの国ではもはや死語といってもいいだろう。

kotani_plus at 07:30コメント(0)250字 

2021年10月13日

 生老病死という。生きる苦しみ、老いる苦しみ、病む苦しみ、そして死ぬ苦しみ。人として生まれきた以上、これらはすべて避けられない。総称して四苦という。
 けれど少し様相が変わってきている。医学は多くの病を克服しつつある。今や癌も不治の病ではない。最新の研究は抗老化といって、老化を止める手がかりさえ掴んでいる。50歳の身体で100歳を迎えることもいずれ可能になる。人間はやがては病や老いによる死も克服してしまうかもしれない。
 けれど生きる苦しみだけは残る。サイエンスもこればかりはどうしようもないのだ。

kotani_plus at 07:30コメント(0)250字 

2021年10月12日

 わけあって江戸文化を研究している。町人文化だ。中でも川柳や狂歌にはその粋が見て取れる。身分的には低いその人々の言葉は自由で衒いのない表現に満ちている。
 江戸の庶民は現代の庶民とは一線を画している。現代の庶民の多くはサラリーマンであって、かの時代でいうならお上の禄を食む武士階級に相当する。サラリーマン川柳などは庶民の声のようで実は安住社会の愚痴にすぎず、農工商階級の明日をも知れぬ境遇から生まれた強烈な居直りのウィットの足下にも及ばない。
 魂の自由は安住とトレードオフの関係にあるのだ。

kotani_plus at 07:30コメント(0)250字 
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