2017年05月28日

 タレントの南野陽子は今年50歳。とてもそんな歳には見えない若々しさが売り物だと思っていたら、逆にそれが悩みのタネだという。この歳になってまだ三十代の役柄が来ることに戸惑いすら感じている。
 そういえば同じような年格好の菊池桃子も、こないだバラエティ番組の寸劇で佐藤仁美と共演していた際、どう見ても一回り年下の佐藤の方が貫禄を湛えていた。アイドル時代のままの可愛さを失わない桃ちゃんなのだけれど、こういう人も年齢相応の役が来ない。
 美しく、しかし歳相応になんて、あまりに無茶振りすぎる要求だ。

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2017年05月27日

 幼い頃、僕にはたぶん今よりもはるかに多くのものが見えていた。そして多くの音が聞こえていた。そこには天使も妖精もいて、僕にちょっかいを出したり、何かの折にはこれから起こることをそっと耳打ちしたりもした。
 僕は確かに彼らと会話していたのだけれど、それは我々の間でだけ通じる言語だった。オトナの言葉を話すようになった今では、あのころ何を話していたのかさっぱり思い出せない。
 いつから彼らのことが見えなくなったのだろう。その声が聞こえなくなったのだろう。
 彼らは今も間違いなくここにいるのに。

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2017年05月26日

 何年前だったか、フジテレビ株の買収騒動では同社の会長の言葉として「忸怩たる思い」などという難解な言葉がメディアを駆け巡った。今度は「忖度」。この面倒な言葉がもてはやされている。
 見慣れない漢字だけに「フド」や「ツケド」と読み違えてしまう。これは他人の気持ちを推し量るという意味だそうで、官僚が首相の気持ちを忖度した云々という文脈で使われた。僕も使ったことがない。
 まったくもってこんな言葉を報道に使う必要があるのかどうか。新聞記者たちの「自分は知ってますけどね」的な上から目線を感じる。

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2017年05月25日

 明治のカールは来年で発売50周年。キャラクターを含め知らない人はいない。かっぱえびせんと同様、もはや固有名詞ではなく普通名詞として扱われるほど不動の地位を得ているものと思っていた。
 それがいきなり中部以東で発売中止になると聞いて心の底からたまげた。明治によれば売上は全盛期の3分の1に落ち込んでいるらしい。
 かといって今日明日に食べたいというわけではないのだけれど、それでも店頭から消えるというのは淋しい限り。
 もっとも、味や食感だけなら「うまい棒」があるうちは困らないのだけど。

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2017年05月24日

『サイエンス』に発表された研究によると、人間は起きている時間のうち46.9%もの間、実際にしていることとは別のことを考えているのだそうだ。人間の認知力が高いからこんな「注意散漫」にもなれるのだろう。
 ベッドの上で恋人といちゃついていても、厄介な仕事のことばかり考えていたら楽しみも半減してしまう。逆にいえば辛い仕事のさなかでも南国の島で遊んでいるイメージを抱いていれば少しは気が晴れる。
 どうせ注意散漫になるのなら、いつも何か楽しいことを考えていたい。心の中にしか本当の世界はないのだし。

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2017年05月23日

 CMを侮辱されたとして大西健介議員を訴えようとしている高須クリニックの院長。しかし訴えても勝ち目はほとんどないのだそうだ。その根拠となるのが憲法51条。「両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない」とある。国会議員は国会の場で誰のことを何と中傷しようと法的に罰せられることはないというのだ。
 どういう背景で憲法にこんな条文があるのか理解に苦しむのだけれど、歯に衣着せず何でも思い切って言えるようにしないと民主的な議論はできないという配慮なのか。

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2017年05月22日

 第12ラウンド終了のゴングが鳴った瞬間、村田諒太の勝利を疑わなかったのはしょせん素人目だったのか。2-1でチャンピオン優勢と判じたジャッジには会場がため息をつき、WBAのトップですら怒りのツイートを投じたものの、手数を重視する基準に沿ってとにかくしつこくパンチを繰り出したチャンピオンに分がある。後講釈ではあるけれど、今回は明らかに村田陣営の戦略ミスだった。
 ただ、ビジネス的に見ればこの結果は吉と出る。日本のファンのフラストレーションをここまで煽れば、リマッチの興行はすでに成功したも同然だ。

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2017年05月21日

 駅に続く線路沿いの道。いつもなら脇目も振らず時間だけを気にして速足で駆け抜けていく。そんな道をこの20何年で初めて、左右を眺めながらゆっくり歩いてみた。
 今まで気づかなかった路地がたくさんあるのには驚いた。その入口ごとに立ち止まって眼をやれば、路地の奥には延々と家並が続いていて、人の生活の息吹が詰まっている。
 なるほど人の世界観などこんなものなのだろう。知っていると思い込んでいるのはメインストリート沿いの街並だけだ。世界の本質は路地裏にこそある。
 そこに気づけただけでもよしとしよう。

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2017年05月20日

 あれはどの季節だったか。大学1年か2年の頃、よくキャンパスで感じたやわらかな陽射し。秋だったような気もするし、春先だったような気もする。ちょうど今頃のような初夏の時分だったかもしれない。
 いずれにしてもその陽射しが降り注ぐ日は風景の輪郭が少し曖昧になって、まるで印象派の絵画のようになる。いつもなら刺々しく映る無機質な街並みさえどこか優しい。
 それが気象の加減ではなく自分の心持ちから生まれるのだと気付いたのはごく最近のこと。眼に映るもの、肌に感じるものはすべて我が内面の反映なのだ。

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2017年05月19日

 人生は何においてもたぶんやっもん勝ちなのだと思う。勝ち組の人はことさらに自らの強運や人並みはずれた努力のほどを吹聴するけれど、そういう彼らこそがいちばん、やっもん勝ちだとわかっている。だからこそ、後続が増えないように事の困難さばかり叫ぶのである。
 そういう人々も実は清水の舞台から飛び降りるような勇気でそこに踏み込んだのではなく、大半はそうせざるを得ない状況に追い込まれたにすぎない。そして、やってみたら何とかなったのだ。
 世の中に凄い人などいない。やったか、やらなかったか。その違いだけだ。

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2017年05月18日

 プロ野球も開幕から2ヶ月近く経って、今年のおおよその趨勢が見えてきた。セリーグでは相変わらず広島が強く、阪神はさらにその上を行く。読売は可もなく不可もなく、ヤクルトと中日は低迷と呼ぶほかない。
 それぞれの戦いぶりを見て思うのは、強い所とそうでない所とでは選手層も含めて野球が新しいかどうかで明暗が分かれているように思う。特に弱いチームは顔ぶれもスタイルも旧い。それゆえ戦い易いのである。
 編成もゲーム運びも、そういう観点で毎年リフレッシュしていかないと強いチームは作れないのだ。

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2017年05月17日

 世の成功者と呼ばれる人々はとかく自分がいかに苦労してきたかを披瀝しがちだ。その弁をまともに受け取れば人は苦労しなければ成功をつかめないということになるし、それが世間の常識になっている。
 しかし最近、その手の苦労話の多くはでっち上げなのではないかと疑い始めている。そんなに大変だったのか。実は大したことなかったのではないか。
 成功者たちが恐れるのはそのポジションを奪われること。それを防ぐのにいちばんいい手は、そこまでの道のりがいかに剣難であるかを説いて心理的障壁を作ることなのだろう。

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