テレビカメラが入ったことでその夜はファンが異常なほど盛り上がって、終電間際なのにいつまでもその場を離れようとはしなかった。次々とリクエストが飛んできて、それにぜんぶ応えていたらもう0時半を回っていた。
どこからわいてきたのか、オーディエンスはいつの間にか30人ほどに膨れ上がっていた。その一団が僕の歌とは関係なく不自然にざわざわとし始めた。スミスさんだ、スミスさんだ、とあちこちから声が挙がった。
僕を取り囲んでいたオーディエンスの一団がひとり、ひとりと後ろを振り返った。
僕は歌を停めた。
そのうちに常連のファンたちと親しくなった。老若男女、いろんな人がいた。それぞれに自分の抱えている悩みを口にした。僕はそれをメモ帳に書き留め、どんどん歌にしていった。
生きていることが
罪に思えてきた
死んだら誰かが
笑ってくれるかな
面白すぎて
これは多くのファンに刺さった。僕がこれを歌い出すと、集まった十数人が合わせて歌った。
あるときはテレビのレポーターも訪れた。午後11時、ニュースの時間の中継だ。
「ではスタジオのスミスさんにお返しします」
1ヶ月ほどホテルに滞在しているうちに、僕は近くの高輪台に1DKのマンションの一室を買った。ついでに中古のメルセデスのクーペも買った。そんなものがポンポン買えるだけのお金があった。そのほとんどは妻子4人分の命の代償であって、どんな形であれこれを使い切らないと僕の人生は終われないと自分で決めていた。それが僕なりの、それまでの運命に対する復讐だった。ちまちまと働いている暇などなかった。
夜はギターを抱えて路上に出かけ、オリジナルを含めて知っている限りの曲を歌った。一人、一人とファンが増えた。
たぶんその頃の僕は東京でいちばん暇な37歳の一人だったと思う。けれど幸いその中で経済的にはかなり豊かな方だったと思うし、人生経験のダイナミックさなら五指に数えられたかもしれない。
僕は毎日10時にホテルを出て、最寄りの品川駅まで歩いてそこから山手線に乗った。行くあてはない。どこで何をしようかと思案しながらけっきょくいつも1周して品川で降りた。
改修工事中で騒がしい駅を出ると、目の前はかつて働いていたオフィスのあるビルだった。横断歩道を隔てた先のそのビルがとてつもなく遠く見えた。
こたに大将