2024年01月08日

 テレビカメラが入ったことでその夜はファンが異常なほど盛り上がって、終電間際なのにいつまでもその場を離れようとはしなかった。次々とリクエストが飛んできて、それにぜんぶ応えていたらもう0時半を回っていた。

 どこからわいてきたのか、オーディエンスはいつの間にか30人ほどに膨れ上がっていた。その一団が僕の歌とは関係なく不自然にざわざわとし始めた。スミスさんだ、スミスさんだ、とあちこちから声が挙がった。

 僕を取り囲んでいたオーディエンスの一団がひとり、ひとりと後ろを振り返った。

 僕は歌を停めた。



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2024年01月07日

 そのうちに常連のファンたちと親しくなった。老若男女、いろんな人がいた。それぞれに自分の抱えている悩みを口にした。僕はそれをメモ帳に書き留め、どんどん歌にしていった。


 生きていることが

 罪に思えてきた

 死んだら誰かが

 笑ってくれるかな

 面白すぎて

 面白すぎて


 これは多くのファンに刺さった。僕がこれを歌い出すと、集まった十数人が合わせて歌った。

 あるときはテレビのレポーターも訪れた。午後11時、ニュースの時間の中継だ。

「ではスタジオのスミスさんにお返しします」



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2024年01月06日

 1ヶ月ほどホテルに滞在しているうちに、僕は近くの高輪台に1DKのマンションの一室を買った。ついでに中古のメルセデスのクーペも買った。そんなものがポンポン買えるだけのお金があった。そのほとんどは妻子4人分の命の代償であって、どんな形であれこれを使い切らないと僕の人生は終われないと自分で決めていた。それが僕なりの、それまでの運命に対する復讐だった。ちまちまと働いている暇などなかった。

 夜はギターを抱えて路上に出かけ、オリジナルを含めて知っている限りの曲を歌った。一人、一人とファンが増えた。



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2024年01月05日

 たぶんその頃の僕は東京でいちばん暇な37歳の一人だったと思う。けれど幸いその中で経済的にはかなり豊かな方だったと思うし、人生経験のダイナミックさなら五指に数えられたかもしれない。

 僕は毎日10時にホテルを出て、最寄りの品川駅まで歩いてそこから山手線に乗った。行くあてはない。どこで何をしようかと思案しながらけっきょくいつも1周して品川で降りた。

 改修工事中で騒がしい駅を出ると、目の前はかつて働いていたオフィスのあるビルだった。横断歩道を隔てた先のそのビルがとてつもなく遠く見えた。



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2024年01月04日

 天はこれ以上ないはっきりとした答を返してくれた。苫小牧にいる理由はないということだと僕は解釈した。けれどいざユキヨと別れようとなると、何と言って出ていけばいいのか見当もつかなかった。
 けっきょく僕は昼間ユキヨが水産会社に働きに出ている間に、置き手紙ひとつ残さずアパートを出た。春先のまだ肌寒い頃だった。タクシーを呼び、新千歳空港まで行って、いちばん早い羽田への便に乗った。
 東京に行ったところで僕には行くあてもなく、またしばらくはホテル住まいだった。ただ、もう添い寝は必要なかった。

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2024年01月03日

「長いことピルなんか飲んでたのがいけないのかしら」
「それは違うって前の先生が言ってたはず」
「ううん、絶対その影響はあるわよ」
 コールガールなんてやらなければよかった、と言って、ユキヨはアパートのカーペットに突っ伏して声をあげて泣いた。彼女が泣くのを僕は初めて見た。
 それから二人の間には夜の営みもぱたりとなくなった。日常もどこかぎこちなくなって、ろくに会話も交わさない日が続いた。
 ずっと後になってユキヨは別の男性と結婚して3人の子持ちになったのだから、要は相性の問題だった。

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2024年01月02日

 それから半年ばかりの間に、僕は自分が一生のうちで算出できるであろう遺伝子の半分以上をユキヨに注ぎ込んだと思う。週末になれば昼夜分かたず獣のように交わり続けたし、この日だと確率が高いという日には5回戦に及んだこともある。
 けれどいっこうな懐妊する気配はなく、彼女の体内カレンダーはきっちり28日ごとに妊娠不成就のしるしを伝えた。
 ユキヨは意を決して不妊治療にも臨んだけれど、その成果もむなしく1年が過ぎた。
「もしかしたら無理かも」
 2院めの治療にも失敗して、ユキヨは初めて弱音を吐いた。

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2024年01月01日

 僕の中でにわかに答は出なかった。ユキヨのことは好きだけれど、ここで結婚して子供をもうけたらユキヨも僕も何か別の不幸に見舞われるような予感がした。
 とはいえユキヨと離れる気もない。ここはひとつ、自分の運を改めて天に委ねてみようと思った。もしも子供ができたら、僕はここでずっとユキヨと暮らそうと。
「わかった」と僕は言って薄皮を取り除いてからまたユキヨとひとつになった。「子供ができたら結婚しよう」
「ほんと?」とユキヨは目をまるくして言った。「なら、ポンポン産むよ!」
 営みはより激しくなった。

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2023年12月31日

「私さあ、ピルやめたんだよね」
 夜の営みの最中にユキヨはそんなことを言い出した。
「でも、ゴムしてるから」と僕は言った。「大丈夫」
「大丈夫じゃいやなの」
 そう言ってユキヨは僕の背中に手を回して自分に引き寄せた。
「妊娠したい」と彼女は真面目な顔をして言った。「あなたの赤ちゃん産みたいの」
「でも、もう結婚はしないと決めたんだ」
「結婚しなくてもいいよ。そばにいてくれたら」
「それはほぼ結婚だろう?」
「ま、そういうことになるわね」
「これってプロポーズ?」
「そうともいう」


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2023年12月30日

 我々は同じアパートの住人やご近所からは仲良しの夫婦に見えたらしく、僕は「旦那さん」、ユキヨは「奥さん」と自然に呼ばれるようになった。
「お子さんまだなの?」と訊く主婦もいた。「旦那さんも頑張らないと。女房にばっか働かせてぷらぷらしてちゃだめよ」
「家で仕事してるんです」とそんなときは言い訳した。「物書きなんです」
 そんなことをこのあばさんに口走ったとたん、ものの3日で周囲の人々に僕が物書きだという情報が伝わった。「先生」と呼ぶ人まで現れた。
 とにもかくにも平和な春が訪れた。

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2023年12月29日

 それから僕はユキヨとともに苫小牧で冬を越した。彼女が夜の仕事で稼いでいた分は僕が補充した。
「お金持ちなんだね」お金を渡すたびにユキヨは言った。「そうでなかったら犯罪者だわ」
 思ったことをぜんぶ口に出してしまうのも良し悪しではあるけれど、おかげで彼女は裏表がなくてとてもわかりやすかった。湖畔のホテルに呼んだ女性の中で、こんなあけすけな女性はユキヨひとりだったと思う。
「要するにバカなのよね」とユキヨは折に触れて自嘲した。「バカ正直で損してばっかりしてる」
 それが僕には心地よかった。


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2023年12月28日

「ていうか」とユキヨは仰向けになって暗い天井を眺めながら言った。「このさい結婚しちゃうとか?」
「さすがにそれはな」と僕は言った。「まだ旅の途中だからね」
「まだどこか行きたいの?」
「行きたいというか」と僕は口ごもった。「居場所がないんだ。実家はあるけど今は姉夫婦の家になってる。映画の寅さんみたいにふらっと帰れる場所がない」
「じゃあここにいなよ。住めば都っていうじゃない?」
「君はここが好きなの?」
「好きっていうか、慣れちゃったんだよね。今さら東京にも帰れないし。他に行くあてもないし」

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