オタッキーの神様日記

某地方都市で神様扱いされていた者です。 カードゲームや歴史がスキ。 歴史学科卒業の生粋の歴史マニアです。 グダグダと日記を書いていきますが、よろしくお願いします。 コメントくれるとうれしいです。

とっぷぺーじ

とっぷぺーじなのよさ。

自己紹介的なもの。
カーキン名古屋野並でよく遊ぶデュエリストです。
日曜日が仕事になったので平日しか大会いけません。

MTGを主にやっています。
デッキ
スタン・・・緑青赤昂揚
モダン・・・緑タッチ赤信心、緑青トロン

戦国炎舞第19回選抜戦結果

223位orz

前衛後衛ともに頑張っていたと思う。
格上相手に素晴らしい火力を出して制圧していた反面、同格相手にマウントを取られて負ける試合もあったのが気になるところ。
まあ前衛できないから何も文句はいえんし、正直前衛もっと足りなかったらさらに落ちてたから文句なんて欠片もないんだが・・・。
軍師も3人ほどいてしっかりローテしてたしメイン軍師も気合入ってたから多分そこじゃない。
開幕前から前衛不足は指摘されてたしラスト入った人も後衛向けだったから、おそらく敗因はそこだろう。
さらにその前衛を無双させることができなかった後衛が原因か。

後衛の中でダントツ弱いのが私だから次回この短期連合あるとしたら参加はやめておこう(;´・ω・)
次こそは50いってほしいし、その中に多分私が要らない。
コンプラ補助はあるものの後衛の三種の神器がない以上上位を目指すのは無理無理&無理。
そこそこの100ランクインを目指すところで細々と後衛をやっていこう。
時間も正直そこまでとるの無理だったし。

攻城戦は今回かなり柔らかいからとにかくボコボコ殴って少しでも上の賞品もらおう。

んー、今月は合戦系イベントもうないからモチベが上がらないなー。
半月ばかりの隠居生活をまったり楽しむか。

戦国炎舞第19回選抜戦について

所属連合:まきえに構って♡
盟主:こずえさん
無双:forさん

選抜戦50勇狙いだが、果たして・・・?
このメンツならいけると思うが、私が完全にお荷物状態www
コンプラ補助と高速連打、あと小隊長しっかりつけた上げでなんとか対応したいところ。
スナイパー指定されたらしっかり弓も打とう。

問題は攻城戦か。
前衛は苦手中の苦手だができるかしら???

今回ではるちゃん隠居だからできる限り頑張ろう。

いまさらながらBCF2014名古屋大会いってきたよ日記

今更ながら行ってきたよ!
もうだいぶ経ってるけど!
ほとんど覚えてないけど構わず書くよ!

使用=らき☆すた青単(オタクビート)
一回戦 SAO 後攻 ○
応援×2を序盤で引けたのが強かった。オタク二枚で3500レベル1になるやつ出して相打ち殴ってアド。
そのまま相手が謎の行動www

(レベル0クロック6で)「加速使います。レベルアップします。レベル1出します」
私「加速はクライマックスフェイズの始めです(汗」
相手「マジか!知らんかった!ごめんなさいじゃあバトルフェイズ」

若干焦ったけどそのままバトル宣言でワンパンしかできなかったらしい。
知らなかったならテキスト読めよ・・・。
そのまま殴り合ってこっちのスタンドアップを相手処理できず勝ち。


二回戦:とある 先攻 ×
開幕トリガーでCXだったからいやな予感はしたんだが・・・四ターン目までに8回殴ってうちCXトリガー6枚とかもう流石に無理。
リフレッシュした後残りデッキ17枚でもうCX6枚見えてたから集中うったら2枚落ちとかもう流石に無理。
デッキ削る手段がありませんでした。ちゃんちゃん。


三回戦:艦これ 先攻 ×
初手CX4とレベル3が1枚。
というか3ターン目までに全部見えた・・・。
コスト足りず何もできずぶん殴られて負け。


ダブルエリミネーションだったためここで終了。
らきすたで出たのが間違いやったんや・・・。
その後ガンスリング出たら謎の6連勝を遂げたらきすたの今後に期待。

豊臣秀吉の親族たち

羽柴秀長 1540/4/8~1591/2/15
 秀吉の異父弟。小一郎。長秀とも称す。
 秀吉からの信頼厚く、その片腕として内外の政務・軍事にその手腕を発揮した。
 温和な人柄で知られていたが秀吉より若くして逝去している。
 また秀長の家系も養子・秀保の急逝により断絶した。
 秀吉に意見できるほぼ唯一の存在であった秀長の死によって秀吉政権への暗雲が立ち込め、秀長が死ななければ豊臣政権の崩壊はなかったとまで言われる人物である。


羽柴秀勝 1570~1576/11/4
 秀吉が長浜城主時代に授かった長男であるが、若くして夭折した。
 後の秀勝と区別するため幼名をとって石松丸秀勝とも称す。


羽柴鶴松 1589/7/9~1591/9/22
 53歳で授かった秀吉の子であるが、若くして夭折した。
 鶴松の死により秀吉の関白職は秀次が継承することとなる。


羽柴秀頼 1593/8/29~1645/6/4
 秀吉の三男。幼名は拾丸(ひろいまる)。
 秀吉の死後家督を継ぎ、天下人となる。
 しかし関が原の戦い後五大老の徳川家康により弱体化され、二度にわたる大阪の陣により切腹、羽柴家は滅亡した。


羽柴秀次 1568~595/8/20
 秀吉の姉・日秀の子。秀吉の養子となる。
 秀吉の実子・鶴松の死後関白となるが秀頼誕生により疎まれ、追放、切腹した。
 切腹を命じられたとする説が有力であるが、自ら切腹したという説もある。


羽柴秀康 1574/3/1~1607/6/2
 徳川家康の次男。
 家康の長男はすでに亡くなっていたため家督を継ぐ予定だったが、小牧長久手の戦いの結果秀吉の養子となる。
 しかし鶴松誕生によりその価値がなくなったため結城晴朝の娘と結婚し結城家を相続、結城秀康を名乗った。
 一流の人物として知られ、家康も一時嫡男・秀忠を廃嫡し秀康を再度迎え入れる準備をしたともいわれる。


羽柴秀秋 1582~1602/12/1
 木下家定の五男。秀吉の養子となる。
 秀次につぐ羽柴家後継者と見られていたが、秀頼誕生により小早川家に養子に出され小早川秀秋を名乗る。
 関が原の戦いで西軍から東軍に寝返って大勝を得る原因を作り家康から称賛されるが晩年は狂乱のうちに没した。


羽柴秀勝 1569~1592/10/14
 秀吉の姉・日秀の子。秀吉の養子となる。
 特に目立った活躍はないが、朝鮮征伐の際に病死している。
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