【源氏物語】光源氏誕生(「桐壺」より)




いづれの御時にか、女御、更衣あまた候ひ給ひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり。
どの天皇のご治世であったか、女御、更衣が大勢お仕えなさっていた中に、たいして高貴な身分ではない方で、とりわけご寵愛を受けていらっしゃる方がいた。
  • 〈語句〉については、「女御」、「際」の漢字の読みや、「やむごとなき」、「」、「時めき」、「すぐれて」の意味はよく問われます。
  • 〈文法〉〈付属語〉については、「いづれの御時か」、「際は」の助動詞「」の文法的説明(文法的意味・「基本形」・活用形。文中における他の「」との識別を問われることもある)、および「際にはあら」の助動詞「」の文法的説明(文法的意味・「基本形」・活用形)がよく問われます。
  • 〈文法〉〈敬語〉については、「あまた候ひ 給ひ」の敬語「候ひ」、「給ひ」、および「時めき給ふ」の尊敬の補助動詞「給ふ」について、敬語の種類敬意の方向はよく問われます。
  • 〈口語訳〉は、「いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり」の部分がよく問われます。
  • 〈その他〉、「いづれの御時にか」、および「際にはあらぬ」の後に省略されている語句についてよく問われます(「いづれの~」の後が「ありけむ」、「際には~」の後が「更衣」または「人」・「方」)。
  • 〈その他〉、古文常識に関する問いとして、「女御、更衣あまた候ひ給ひける」から読み取れることを問われることがあります。「女御、更衣」は帝の妃であり、これを多く抱えることがどのようなことを意味するのかという問いですが、このこと自体は当時は当たり前のことであり、かつ世が治まっている証しのようなものと捉える必要があります。妃を差し出す家が多い=帝の権威が高い=治世に信頼がある、という考え方です。








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【荘子】曳尾於塗中



荘子釣於濮水。
[書き下し]荘子濮水に釣る。
[口語訳]荘子は濮水で釣りをしていた。
  • 荘子=荘周(BC369年? - BC286年?)は老子と並ぶ道家思想の大家。人為を嫌い、無為自然を唱えた思想家で、老子が政治色を持つのに対して、彼は人の生き方という点に重きを置きます。



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【伊勢物語】すける物思ひ (第40段)



昔、若き男、けしうはあらぬ女を思ひけり。
昔、若い男が、(容貌・気立て共に)悪いとはいえない女を愛しいと思っていた。
  • けしうはあらぬ」の意味はよく問われます。形容詞「けし(怪し・異し)」からの「けしうはあらず」は入試などを念頭に置くと重要とみなされる語句ですので、欄外に注釈をつけられていてもチェックしておく必要があります。



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【伊勢物語】月やあらぬ (第4段)



昔、東の五条に、大后の宮おはしましける西の対に、住む人ありけり。
昔、東の五条通りの辺りに、皇太后が住んでいらっしゃった西の建物に、住んでいる人がいた。
  • 「東」・「大后」の読みを問われることがあります。
  • 敬語「おはしまし」は敬語の種類、既習なら敬意の方向を押さえておきたいところです。




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【淮南子】塞翁馬

近塞上之人、有善術者。
[書き下し]塞上に近きの人に、術を善くする者有り。
[口語訳]とりでの近くに住む人に、占いなどの上手な人がいた。
  • 「塞上」の意味を問われることがあります。
  • 善術者」の意味はよく問われます。要チェックです。





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【後漢書】糟糠之妻



時帝姉湖陽公主新寡。
[書き下し]時に帝の姉湖陽公主新たに寡となる。
[口語訳]その当時、帝の姉である湖陽公主は夫に先立たれたところであった。
  • 帝=光武帝(前6-57)。漢王朝の再興を成し遂げたことで知られる。「漢委奴国王」の金印を奴国に与えたのは彼。彼を知る上で『草原の風』はお勧め。
  • 公主: 皇女。




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【蒙求】両頭蛇



孫叔敖為嬰児、出遊而還、憂而不食。
[書き下し]孫叔敖嬰児たりしとき、出遊して還り、憂へて食らはず。
[口語訳]孫叔敖は幼児だったとき、遊びに出て帰り、心配して食事をしなかった。
  • 孫叔敖は春秋時代の政治家。楚の荘王を覇者にした立役者。彼の子孫は後に「孫」氏を名乗るが、孫叔・敖です。
  • 為嬰児」: 「嬰児たりしとき」の書き下しはよく問われます。~」: 「~たり」は重要。書き下すときも助動詞なのでひらがなにします。
  • 「出遊還、憂不食。」の置き字「」は、語の接続の働きを持ち、「出遊し還り、憂へ食らはず。」のように、接続助詞「」などを導きます(順接でないときは「~も」といった異なる接続語を引き出します)。書き下し、口語訳ともに注意です。




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【今昔物語集】母牛、狼を突き殺しし語




今は昔、奈良の西の京のほとりに住みける下衆の、農業のために家に牝牛を飼ひけるが、子を一つ持ちたりけるを、
今となっては昔のことだが、平城京の西側の側に住んでいた下賎の者が、(生業である)農業のために家に牝牛を飼っていて、(その牝牛が)子を一頭持ったのだが、
  • 下衆」、「農業」、「牝牛」の読みはよく問われます。



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【宇治拾遺物語】検非違使忠明のこと



これも今は昔、忠明といふ検非違使ありけり。
これも今となっては昔のことだが、忠明という検非違使がいた。
  • 検非違使」の読みは頻出。
  • あり」の文法的説明(活用の種類・「基本形」・活用形)、活用表作りはよく問われます。



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