【伊勢物語】すける物思ひ (第40段)



昔、若き男、けしうはあらぬ女を思ひけり。
昔、若い男が、(容貌・気立て共に)悪いとはいえない女を愛しいと思っていた。
  • けしうはあらぬ」の意味はよく問われます。形容詞「けし(怪し・異し)」からの「けしうはあらず」は入試などを念頭に置くと重要とみなされる語句ですので、欄外に注釈をつけられていてもチェックしておく必要があります。




さかしらする親ありて、思ひもぞつくとて、

(男には)お節介なことをする親がいて、恋い慕う思いが生まれると困ると思って、
  • 「さかしらする」の意味を問われることがあります。
  • 思ひもぞつく」の口語訳はよく問われます。もぞ~」: 「~すると困る / 大変だ」が重要。

この女をほかへ追ひやらむとす。
この女をよその場所へ追いやろうとした。

さこそいへ、まだ追ひやらず。
そうは言うけれども、まだ(女を)追い出さなかった。
  • さこそいへ、」の口語訳はよく問われます。「…こそ+[已然形]」: 「…けれども、」は重要で、読点があると逆接になります。

人の子なれば、まだ心勢ひなかりければ、とどむる勢ひなし。
(男は)養われている身なので、まだ(自分の気持ちを通す)心の強さがなかったので、(追い出すのを)とどめる力はなかった。
  • 「人の子なれば、」とはどういうことかを問われることがあります。「養われている」、「親がかりの身だ」といったことを示唆するものですが、この直後の「まだ心勢ひ~勢ひなし。」の理由でもありますので、曖昧にせずしっかり押さえておく必要があります。
  • 「心勢ひ」が、どのような心の「勢ひ」=「強さ」なのかを問われることがあります。

女もいやしければ、すまふ力なし。
女性も身分が低いので、抵抗する力がなかった。
  • いやしけれ」・「すまふ」の意味を問われることがあります。「いやしけれ / ば」の品詞分解にも注意が要ります。

さる間に、思ひはいやまさりにまさる。
そうこうしている間に、(男の恋い慕う)思いはだんだん強くなった。
  • 「思ひはいやまさりにまさる。」の口語訳を問われることがあります。

にはかに、親この女を追ひうつ。

突然、親はこの女を追い出した。
  • 「にはかに」の意味を問われることがあります。

男、血の涙を流せども、とどむるよしなし。
男は、血の涙を流すけれども、引き留める手段はなかった。

率て出でて往ぬ。
(親に命ぜられた者が女を)連れて(家を)出て行った。
  • 動詞「率」・「往ぬ」の文法的説明(活用の種類+品詞名・「基本形」・活用形)を問われることがあります。

男、泣く泣く詠める。
男が、泣く泣く詠んだ(歌)。
  • 「詠め」の助動詞「」(「基本形」は「り」であることに注意)の文法的説明(文法的意味・「基本形」・活用形)を問われることがあります。


出でていなば誰か別れの難からむありしにまさる今日は悲しも
(女が自ら)出て行ったのであれば、誰が別れ難いと思うだろうか、いや、思わないだろう。過去の日々にまさって今日は悲しいことであるよ。
  • 「出でていなば」の動詞「いな」部分の文法的説明(活用の種類+品詞名・「基本形」・活用形)を問われることがあります。ナ行変格活用動詞ですので注意が必要です。
  • 「出でていなば」の動作主を問われることがあります。
  • 「いな / ば」は、「[未然形]+ば」ですので順接仮定条件(もし~するならば)。
  • 下の句「ありしにまさる今日は悲しも」の口語訳は要チェックです。

と詠みて、絶え入りにけり。親あわてにけり。
と詠んで、気を失ってしまった。親はあわててしまった。

なほ思ひてこそ言ひしか、
やはり(親は息子のことを)思って言ったのですが、
  • 口語訳を問われることがあります。「…こそ+[已然形]」: 「…けれども、」は重要で、読点があると逆接になります。

いとかくしもあらじと思ふに、
これほどひどく(女のことで思い詰めている感じで)はあるまいと思っていたが、
  • 「かく」の指す内容を問われることがあります。それを含めての口語訳を求められる場合もありますのでその辺まとめて要チェックです。

真実に絶え入りにければ、惑ひて願立てけり。

本当に気を失ってしまったので、うろたえて神仏に祈り願った。
  • 「真実」の読みを問われることがあります。

今日の入相ばかりに絶え入りて、またの日の戌の時ばかりになむ、
今日の夕暮れ頃に気を失って、次の日の戌の時頃に、
  • 「入相」の読みを問われることがあります。
  • 「戌の時」が何時頃かを問われることがありますし、ついでにほかの旧時刻が現在の何時に相当するかを問われることもありますのでまとめて要チェックです。
〈旧時刻の概算法〉
n: 十二支の順番(子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥)として、

(現在の時刻)=2(n - 1)

(例) 戌の刻は?と問われたら、
戌…11番目なので
2(11 - 1) = 2 × 10 = 20
以上から、戌の刻 = 20時(午後8時)。

からうじて生き出でたりける。

ようやく息を吹き返した。

昔の若人は、さるすける物思ひをなむしける。
昔の若者は、そのような熱中した恋愛をした。
  • 「若人」の読みを問われることがあります。
  • さるすける物思ひをなむしける。」の口語訳はよく問われます。「すけ」が重要語で、「基本形」は「好く」、派生して「熱中する」の意味を生じています。「すけ」の助動詞「る」(「基本形」は「り」)の文法的説明(文法的意味・「基本形」・活用形)も要チェックです。
  • 係助詞「なむ」は、直後の文中における「なむ」との区別について問われることがあります。

今の翁、まさにしなむや。
この頃の老人は、どうしてこのような恋をするだろうか、いな、しないだろう。
  • 口語訳を問われることがあります。まさに~や」: 「どうして~か、いや、~ない」反語
  • 「し 」助動詞「な」と「む」については文法的説明(文法的意味・「基本形」・活用形)を押さえておきたいところ。また、直前の係助詞「なむ」との区別について問われることも想定しておきたいところです。こちらの「な」+「む」は、強意の助動詞と推量の助動詞の組み合わせとなります。ちなみに、「し」はサ行変格活用動詞・「す」・連用形です。
〈「なむ」〉の識別
  • [未然形]+なむ: 「~してほしい」…「なむ」は終助詞。他者への願望を表す。
  • [連用形]+なむ: 「(きっと)~するだろう」…「な / む」は、「な」: 強意(あるいは完了)の助動詞「ぬ」未然形、「む」: 推量(意志など)の助動詞「む」(活用形は終止形か連体形)。助動詞の意味は前後の文脈によって変わるので意味のチェックは必須。
  • [種々の語]+なむ: (訳は特になし)…「なむ」は係助詞、意味は強意なので訳出の必要は特になし。係り結びを起こすが、識別は直前の語を確認することで容易にできる。
  • [ナ行変格活用動詞の未然形]+む: 「む」は助動詞(推量、意志など)。「[連用形]+なむ」との区別は、「死なむ」、「往なむ / 去なむ」になっていないかどうかを忘れずにチェックすることで可能。
  • どのようなことを「しなむ」なのかはよく問われます。



[テキスト]
昔、若き男、けしうはあらぬ女を思ひけり。 さかしらする親ありて、思ひもぞつくとて、この女をほかへ追ひやらむとす。 こそいへ、まだ追ひやらず。 人の子なれば、まだ心勢ひなかりければ、とどむる勢ひなし。女もいやしければ、すまふ力なし。さる間に、思ひはいやまさりにまさる。にはかに、親この女を追ひうつ。男、血の涙を流せども、とどむるよしなし。て出でて往ぬ。男、泣く泣く詠める。

出でていなば誰か別れの難からむありしにまさる今日は悲しも

と詠みて、絶え入りにけり。親あわてにけり。なほ思ひてこそ言ひしか、いとかくしもあらじと思ふに、真実に絶え入りにければ、惑ひて願立てけり。今日の入相ばかりに絶え入りて、またの日のの時ばかりになむ、からうじて生き出でたりける。

昔の若人は、さるすける物思ひをなむしける。 今の翁、まさにしなむ