【荘子】曳尾於塗中



荘子釣於濮水。
[書き下し]荘子濮水に釣る。
[口語訳]荘子は濮水で釣りをしていた。
  • 荘子=荘周(BC369年? - BC286年?)は老子と並ぶ道家思想の大家。人為を嫌い、無為自然を唱えた思想家で、老子が政治色を持つのに対して、彼は人の生き方という点に重きを置きます。




楚王使大夫二人往先焉。
[書き下し]楚王大夫二人をして往きて先んぜしむ。
[口語訳]楚王は大夫二人を先に行かせた。
  • 口語訳、書き下しは共によく問われます。使役の「使」を含む文ですので、訓点付けの問題が出た場合は「大夫二人をして」の送りがな「をして」が重要ポイントになります。

曰、「願以竟内累矣。」
[書き下し]曰はく、「願はくは竟内を以て累はさん。」と。
[口語訳]言うことには、「どうか国内の政治を委ねたいのです。」と。
  • 「願以竟内累矣。」の主旨を問われることがあります。「竟内」: 国境の内側、「累」: 面倒をかけること、の意ですので、直訳だと意味不明ですからよく問われます。口語訳(意訳で十分です)をしっかり押さえておきたいところです。」: 願はくは~(どうか~してください)は重要句法です。

荘子持竿、不顧曰、
[書き下し]荘子竿を持し、顧みずして曰はく、
[口語訳]荘子は竿を持ったまま後ろを振り返らずに言った、
  • 「持竿、不顧曰、」の部分は大夫の話に荘子が興味を持っていないことを示すので、そこを問われたりもします。

「吾聞、楚有神亀、死已三千歳矣。
[書き下し]「吾聞く、楚に神亀有り、死して已に三千歳なり。
[口語訳]「私は聞いたことに、楚に不思議な力を持つ亀がいて、死んですでに三千年経っている。
  • 」の、送りがなを含めた読みはよく問われます。

王巾笥而蔵之廟堂之上。
[書き下し]王巾笥して之を廟堂の上に蔵むと。
[口語訳]王は布に包んで箱に入れて、これを先祖を祀る堂の上に保管していると。
  • 」の、送りがなを含めた読みはよく問われます。
  • 「廟堂」の意味を問われることがあります。

此亀者、寧其死為留骨而貴乎、寧其生而曳尾於塗中乎。」
[書き下し]此の亀は、寧ろ其れ死して骨を留めて貴ばるるを為さんか、寧ろ其れ生きて尾を塗中に曳かんか。」と。
[口語訳]この亀は、死んでからもその骨を残して尊ばれるのがいいか、それとも生きて尾を泥の中に引きずっているのがいいか。
  • 「寧其死為留骨而貴乎、寧其生而曳尾於塗中乎。」部分は、書き下し(すべてひらがなによる書き下しも含む)、口語訳ともによく問われます。比較・選択」: 寧ろ~か、寧ろ…か(~か、それとも…か)は重要です。
  • 死為留骨而貴乎。」、「生而曳尾於塗中乎。」の比喩するところを説明させる問いはかなり頻出です。

二大夫曰、「寧生而曳尾塗中。」
[書き下し]二大夫曰はく、「寧ろ生きて尾を塗中に曳かん。」と。
[口語訳]大夫の二人は言った、「生きて尾を泥の中に引きずっているのがいいです。」と。

荘子曰、「往矣。吾将曳尾於塗中。」
[書き下し]荘子曰はく、「往け。吾将に尾を塗中に曳かんとす。」と。
[口語訳]荘子は言った、「帰れ。私は尾を泥の中で引きずっていたいと思う。」と。
  • 「吾将曳尾於塗中。」の書き下しはよく問われます。再読文字」: 将に~とす(~しようと思う)は重要です。
  • 「吾将曳尾於塗中。」の生き方は、荘子が説くところの無為自然そのままです。それを問われることがあります。



☆ その他、気を付けておきたいこと
  • この逸話を通して、荘子の生き方がどのようなものかを問われることがありますが、これはこの文章最後の一文に集約されています。(名を歴史に留めるよりは)無為自然でいたいわけです。
  • 道家思想について問われることがありますので、彼と並び立つところの老子なども含めて押さえておきたいところです。



[テキスト]
荘子釣於濮水。楚王使 大夫二人往先焉。曰、「竟内累矣。」荘子持竿、不顧曰、「吾聞、楚有神亀、死三千歳矣。王巾笥而蔵之廟堂之上。此亀者、其死為留骨而貴其生而曳尾於塗中」二大夫曰、「寧生而曳尾塗中。」荘子曰、「往矣。吾将曳尾於塗中。