日比野庵 新館

日比野庵旧館から変更しました。

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更に昨日のエントリーの続きです。



昨日のエントリーで、国際原子力機関(IAEA)が、エボラの早期診断を可能とする機器をシエラレオネに送ると発表したことを取り上げたけれど、この機器は、遺伝子検査技術を使っている。

つまり、エボラウイルスのRNAを検出することでエボラ感染の有無を診断しようというもの。

だけど、当然のことながら、極微サイズのRNAの1個、2個を検出するなんて到底できやしない。だから実際は、該当となるRNAを増殖させて、検出できる数まで増やしてやってから検出する。

RNAの増殖は、DNA(デオキシリボ核酸)の性質が利用される。DNAはご存知の通り、2本の 鎖がからまった二重螺旋構造を持っているのだけれど、それぞれの鎖は、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4種類の塩基を持っている。
※RNAはチミン(T)の代わりにウラシル(U)にしたA,G,C,U構造を取る。

この4種類の塩基の配列は生物種によって異なり、生物種毎に固有の配列の領域が存在することが知られているのだけれど、遺伝子検査は、この生物種固有のDNA配列を検出することで行っている。

DNAが二本鎖を形成する時には、互いの相手となる塩基の組み合わせは決まっていて、アデニン(A)とチミン(T)、グアニン(G)とシトシン(C)が必ずペアになる。

細胞は分裂する前にDNA複製を行うけれど、これら塩基は必ず決まった種類同士でペアになるという性質から、いつも、互いに補い合ったDNA(cDNA:complementary DNA)が合成される。

だから、人工的にDNAをなんども複製させてやれば、DNAはいくらでも増やすことが出来る。

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DNAは温度によって状態が変化する。

2本鎖DNAは、水溶液中で高温(温度帯:94~96℃)になると、1本鎖DNAに解け、温度が低く(温度帯:55~60℃)なると、相補的な鎖は勝手に結合して、元の2本鎖DNAに戻る(アニーリング[焼きなまし])のだけど、急速冷却すると、元のDNA同士が2本鎖に再結合するより、短いDNAの断片が先に結合する。

この時、DNAは、先にくっついた短いDNAの断片を起点として、他のDNA断片をかき集めてDNA複製を始める(伸長反応、温度帯:70~74℃)のだけれど、この起点となるDNA断片を、予め増殖させたいDNAの一部にくっつけてやることで、ターゲットとなるDNAが選択的に増殖させることができる。この増殖ターゲットDNAの起点となるDNA断片を「プライマー」という。

こうして、ターゲットとなるDNAを複製した後、温度を上げてやれば、2本鎖DNAは、また1本鎖DNAに解ける。これを繰り返すことでDNAは、1本が2本、2本が4本と指数関数的に増幅する。

この反応をポリメラーゼ連鎖反応(PCR:Polymerase Chain Reaction)というのだけれど、数時間あれば、DNAは100万倍に増幅される。

DNAはその構成要素にリン酸基をもつことから負に荷電していて、DNA断片を含む溶液に電流を流すと、正極に向かって移動する(電気泳動)。正極に集まったDNAは色素で染色することで確認できる。

また、最近では、反応液の中に最初から蛍光色素を添加しておき、リアルタイムでターゲットDNAの増幅をモニタリングするリアルタイムPCR(qPCR)という手法も用いられている。

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では、RNAも同じやり方で増幅できるかというと、そうは問屋が卸さない。RNAにはメッセンジャーRNA(mRNA:messenger RNA)と呼ばれるDNA上の遺伝情報を受け取って(転写)タンパク質合成の仲介をするRNAがあるのだけど、このメッセンジャーRNAは一般的にとても寿命が短く、数分程度くらいしかない。その構造もDNAの様に2本鎖ではなく一本鎖。

だから、全てのRNAをそのままPCRで増幅するのは難しい。

そこで、RNAを増殖させるときは、ターゲットとなるRNAを、鋳型となるDNAに一旦"喰わせて"、DNAの形にしてやる(逆転写)。そして、RNAを喰わせたDNAをPCRして、DNAごとターゲットRNAを増幅する手法が用いられる。

この反応を、逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR:Reverse Transcription Polymerase Chain Reaction)といい、エボラなどのウイルスのRNAを増幅するときにも、このRT-PCRが使われる。これも通常のPCRと同じく、大体、数時間もあれば検出できる。

だけど、RT-PCRでの検査装置は高価な上、厳密な温度管理が必要となる。そうそう簡単に扱える装置じゃない。IAEAがRT-PCR装置をシエラレオネに提供するといっても、エボラはシエラレオネだけで発生しているわけではないし、既にアフリカ大陸の外に出てしまっている。

エボラの初期症状は、発熱、頭痛、筋痛、全身倦怠感などで、ぱっと見はインフルエンザと殆ど変わらない。それゆえに初期段階での診断は難しいという。

日本での感染症の動向調査は、基本的に厚生労働省の報告基準のなかに、症状が記載されていて、臨床医の診断または検査によって、臨床医が疑ったら報告する形を取っている。だから、初期症状が殆どインフルエンザと変わらないエボラが漏れなく報告されるかどうか不安がないわけじゃない。

であれば、猶の事、全国津々浦々の病院に、エボラを検出する装置を設置したいし、できることなら、数時間単位でなく、数十分単位くらいで検出できる装置が欲しい。外来患者が別室で待機できる程度の時間で結果が出ることが望ましい。パンデミックの危険も、より下げることが期待できる。

では、そんな素晴らしい検査装置があるのかというと、実はもう既にある。

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それは、長崎大学の安田二朗教授が開発した「モバイル型生物剤検知システム」。この装置は、RT-PCRと同じく、DNAを増幅させることで検知するのだけれど、DNAの増幅はPCR法ではなく、LAMP法と呼ばれる栄研化学で開発された方法を使っている。

先程述べたように、2本鎖DNAは95℃くらいの高温下では解けて、1本鎖DNAになるのだけれど、それより低い65℃付近の温度でも、片方の鎖にプライマーをくっつけてやると、そのプライマーから相補的なDNAが伸長して、元からあった片方のDNA鎖は剥がされてしまい、1本鎖状態になる。

この1本鎖DNAは、直ぐに周囲のDNA断片を拾って、相補的なDNA鎖を合成するのだけれど、この時、1本鎖DNAの中にあるターゲットDNAの端っこに、自分自身に相補的な領域をもつプライマーをくっつけてやると、これを起点として、ターゲットDNAを覆う形で相補的なDNAを複製する。

こうしてできた2本鎖DNAをまた1本鎖DNAへ剥がしてやると、剥がされた1本鎖DNAはその端っこが自分自身に相補的な領域を持っているために、勝手に折り返して、自分を自分にくっつけるループ構造を取るようになる。

このループ付1本鎖DNAに対して、今度はループが無い側に対して同様に自分自身に相補的な領域をもつプライマーをくっつけてやると、そこを起点としてまた相補的なDNAを合成する。

この時合成される相補的なDNAは、ターゲットDNAに対して相補的なDNAに対して複製されたものだから、ターゲットDNAを含んでいるのだけれど、その両端には、自分自身に相補的な領域を持っているという違いがある。

この2本鎖DNAをまた剥がしてやると、ターゲットDNAを挟んで両端がループしたダンベル型の1本鎖DNAが出来上がる。



このダンベル型の1本鎖DNAは、また相補となるDNAを合成するのだけれど、自己ループしている部分に着目すると、そこは1本鎖構造になっている。そこで、ループの外側にまた相補となるプライマーをくっつけてやると、DNAの複製(伸長)は、ループ端の内側と外側の両方で進んでいく。

この時、プライマーのついていない内側のループ端は剥がされて、外側で伸長しているDNAと2本鎖となり、プライマーから伸びてきた内側のDNAはまた自己ループを作る。

この時できた自己ループ側のDNAはまた伸長して、今度は外側の複製DNA鎖を剥がして新しい2本鎖を形成する。剥がされたほうは、また両端が自己ループしてダンベル構造となる。

ここで、更に、それぞれの自己ループしている側の外側にプライマーをくっつけてやれば、DNAは自分で2本鎖を剥がしては、また複製を繰り返してどんどん増殖していくのだけれど、このプロセスは温度変更を必要せずに行われる。

従って、LAMP法によるDNA増殖は、PCR法よりもずっと早く、安く行うことができる。ここが最大の利点。逆転写ポリメラーゼ連鎖反応によるRNAの複製だって勿論可能。

更に、このLAMP法の凄いところは、DNAの複製反応が進むと、その副産物として、ピロリン酸マグネシウムが産生されて反応液が濁ること。つまり、電気泳動して蛍光着色なんかしなくても、"目視"でDNA複製がされたことが分かるわけで、ある意味、専門知識がなくても、ターゲットDNAがあるかどうか判別できる。

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長崎大学の安田教授は、長崎大に移る前は警察庁の科学警察研究所に所属していて、バイオテロ対策として、東芝と共同で小型の病原微生物検知システムの開発に従事していたという。

安田教授が開発した「モバイル型生物剤検知システム」は、中型サイズの旅行用スーツケースに収まり、人が十分持ち運びできる程の大きさ。検査時間も早く、高感度モードで70分、高速モードだと45分で結果が出るという。

安田教授によると、このシステムは、バッテリーで動く小型の保温器があればよく、費用も全体で数万円程度だそうだ。実に素晴らしい。

ただ、このLANP法の肝は、ターゲットとなるDNAまたはRNAを挟み込んでかつ自己ループできるプライマーを作れるかどうかに掛かっているのだけれど、安田教授の研究チームはこのほど、エボラウイルスに対するプライマーを開発したと発表している。

安田教授は、「モバイル型生物剤検知システム」について、「まだ問い合わせや依頼などは受けていないが、すぐにでも実用できる状況であり、いつでも提供できる」と述べている。

また、エボラ治療薬についても、このほど厚生労働省が、国内で感染者が確認された際に、新型インフルエンザ治療薬であり、エボラへの効果が期待されるファビプラビルの投与を認める方針を固めている。

だけど、いくら投与を許可されたからといっても、それ以前に感染が確認できないと話は始まらない。それだけに、安田教授の開発した「モバイル型生物剤検知システム」を、エボラ用のプライマーと合わせて、大量生産して各病院や空港に展開・設置してやれば、エボラ対策の強力な味方になると思う。

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昨日の続きですけれども、簡単に…



アメリカに上陸したエボラ出血熱、日本に来る恐れはないのかというと勿論そんなことはない。海外との往来がある限り、常にそのリスクはある。

10月16日、韓国釜山で20日から開催される「国際電気通信連合」の全権委員会議を前に行われたイベント参加者20人余りの中に、ギニアからの参加者1人が高熱を出し、すわエボラかと騒ぎになった。

発熱者は個人防護服を与えられた上で指定病院に搬送、現場はトイレや控室などが消毒処置された。

空気感染しないとはいえ、アメリカで2次感染が発生した以上、少しでも怪しいものは、エボラと仮定して処置を行うべきだろう。

17日、韓国のチョン・ホンウォン首相は、20日からの国際電気通信連合の全権委員会議について、外交問題にならない範囲内でギニア、リベリア、シエラレオネの西アフリカ3ヶ国代表団の出席自粛を要請するよう外交部に指示したそうだれど、入国時の段階で確実にエボラに感染していないと検査できない限り、リスク回避を考えると、やむを得ない措置だと思う。

昨日のエントリーのコメント欄で白なまず氏が指摘していたけれど、アンソニー・バリー国連特別代表はエボラについて、流行拡大を抑えるためには、少なくとも感染死亡者の70%が他の人に汚染することなく埋葬する必要があるとした上で 「これは10月1日から60日間の勝負だ。…そしてこれらに失敗した場合、私たちは完全に敗北する。指数関数的に感染者が増加するのです。」とコメントしている。

だけど、そのためには、やはり早い段階でのエボラ感染を検査できるシステムの構築が必要不可欠であるように思える。アメリカでの2次感染にしても、最初のエボラ患者を初期診断の段階でエボラだと確定できなかった故に、パンデミックリスクを増大させてしまったことは否めない。

10月14日、国連の国際原子力機関(IAEA)は、「早期診断は、適切な診療と組み合わせた場合、患者をより早期に隔離し治療することを可能にする。患者の生存確率を高める上、感染の拡大を抑える助けにもなる」との声明を発表し、エボラ出血熱の流行が発生している西アフリカ諸国に、診断の迅速化を助ける機器を提供すると発表している。

こうした検査装置は高価なものが多く、アフリカの国々の病院にはない場合が多いとおう。例えば、ナイジェリアの小都市のある大学病院では、急性ウイルス感染症であるラッサ熱の疑い症例が年間100例以上あるにも関わらず、そうだと診断されるのはその2割以下なのだという。しかもその2割でさえ、検査装置のある別の都市の研究本部に送って10日くらい待つのだそうだ。

こんな状況下では、エボラのように潜伏期間が比較的長い上に、たった数個でも感染するウイルスを相手に、感染拡大を防ぎきることは非常に難しい。

IAEAは、数時間以内にエボラウイルス検出を可能にする装置を、今後数週間以内にシエラレオネに送る予定としているそうだけれど、数週間も待っていたら、60日なんてあっと言う間。一刻も早く、送り届けるよう取り計らっていただきたい。




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今日はこの話題を極々簡単に…



エボラの脅威が拡大している。

11月12日、アメリカ・テキサス州の保健当局は、テキサス州のテキサス・ヘルス・プレスビテリアン病院でエボラ出血熱で8日に亡くなったリベリア人男性の治療にあたっていた女性看護師ニーナ・ファムさんが、エボラ出血熱に2次感染したことを明らかにした。

それによると、ニーナ・ファムさんは、10日夜、発熱の症状を訴えたため、隔離して管理検査したところ、陽性反応が出たという。

ニーナ・ファムさんは、8月にエボラ出血熱から回復したアメリカ人医師ケント・ブラントリーさんと血液型が一致したため、輸血による抗体治療が施され、容体は回復に向かっているという。何にせよ回復傾向にあるのは不幸中の幸い。

これで、ひとまず危機は脱したかと思いきや、2例目の二次感染者が明らかになった。新たな感染者は、これまた、ニーナ・ファムさんと同じくエボラ患者の治療に当たっていた、ダラス在住の医療従事者、アンバー・ジョイ・ヴィンソンさん。ヴィンソンさんは、14日に発熱が報告され、直ちに病院で隔離された。

だけど、ヴィンソンさんは症状が出る前夜、クリーブランドとダラスを結ぶ国内線(フロンティア航空1143便)で移動したことが明らかになっており、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)は、ヴィンソンさんと同乗した132人と連絡を取るとしている。

一部には、防護服や手袋などを着用していたにもかかわらず、エボラウイルスに感染したことから、一部には空気感染しない筈のエボラが変異して空気感染するようになったのではとの噂が流れ不安が広がっている。

だけど、今のところは、ウイルスからの防護が結構杜撰だったようだ。

全米看護師連合(National Nurses United)は、テキサス・ヘルス・プレスビテリアン同病院のスタッフに対する聞き取り調査を実施したのだけれど、その結果、この病院では、エボラ出血熱患者を受け入れる準備が全然整っていなかったことが明らかになった。

まず、エボラで亡くなったリベリア人男性患者が9月28日に病院に搬送された際、隔離もされず、数時間に渡って、他の患者らと同じ場所にいた。そしてまた、病院関係者の誰一人として、エボラの対応手順や、身に着けるべき防護服の種類を知らず、訓練も受けていなかったという。

更には、血液検体でも、必要とされる特殊な密閉法やラボへの手渡しが実施されておらず、エボラ患者の治療に関わった看護師らも、適切に体を防護していなかった。

最初に、エボラ患者と接触した看護師らは、体の前と後ろには不浸透性ではないガウンを、手には手首にテープを巻かない状態で手袋を、口には外科用マスクを着用していたそうで、与えられた医療服も、顔と口に最も近い首まわりが露出したものだったそうだ。



エボラウイルスはわずか数個が体内に入っただけでも感染すると言われている最凶のウイリス。にも関わらず、肌が露出する程度の防護服で看護に当たらせるのはあまりにも危険。

全米看護師連合の調査が事実だったとしたら、医療従事者だけでなく、エボラ患者と同じ場所に居た、他の患者だって危ない。このまま収束すればいいけれど、まだまだ拡大する恐れは十分ある。

また、二人目の2次感染者となったヴィンソンさんが、発症前日に国内便で移動していたことも、疑問といえば疑問。エボラ患者の看護に当たったスタッフは、尤もエボラの2次感染リスクが高いことは火を見るより明らか。やはり要監視対象として移動制限を課するべきではなかったか。

ただ、これには、アメリカのシステム的な問題も影響しているようだ。

一般にアメリカの各州は、公衆の健康と安全を守るために隔離などの非常措置を命じる権限を持っている。例えば、テキサス州の衛生安全条例では、衛生当局が、疾病の侵入、感染、拡大の防止に必要かつ合理的な規制措置を講じることが認められている。

一方、アメリカ保健福祉省の傘下機関であるアメリカ疾病予防管理センター(CDC)には州や、3500を超える地方の公衆衛生当局に指図する権限はなく、連邦裁判所も連邦政府は地方当局の権限を奪ったり、州に自分の意思に従わせたりしてはならないという判決を下した過去がある。

ということで、当時、ヴィンソンさんがテキサス州を離れる前に隔離する権限を持っていたのは、州当局だけだった。つまり、テキサス州当局が、エボラの危険性を十分認識して適切な対応が取れない限り防ぐことはほぼ不可能だったということ。

10月14日、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)のフリーデン所長は「われわれが対応に当たっているのは、アメリカ国内では珍しい病気。対応は難しい。私はしばしばそれについて考えることがあった。このようなチームを派遣していればよかった。…そうすれば、今回の感染を防げたかもしれない」とダラスの病院スタッフを訓練し、患者への対応を監視するための特別チームを迅速に派遣しなかったのは間違いだったとし、今後の感染例が発覚した場合は即刻、専門家チームを派遣するとしている。

ミシガン大学公衆衛生学部のピーターD・ジェイコブソン教授は「必要なのは、州、地方、民間が一体となって防疫に取り組む体制だ。今まではばらばらだった。これではうまくいかない」と述べているけれど、そのような体制を早急に整える必要がある。

10月15日、オバマ大統領はエボラ出血熱の緊急対策会議を開き、「特別機動チーム」を発足させると発表。今後は、この対策チームが現地に入って、二次感染の抑止に努めるとしている。きちんと防護しないと、2次感染することが明らかになった以上、もたもたしている余裕はない。




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今日も簡単に…




10月15日、新潟市で第67回新聞大会が行われた。これは、毎年10月15日からの「新聞週間」の期間中に行われる日本新聞協会主催の大会。新聞大会では、新聞協会賞が授賞されるほか、新聞大会決議が採択される。

今年の大会のパネルディスカッションは、新聞の信頼回復と経営力の強化がテーマで、日本新聞協会の白石興二郎会長がコーディネーターとなり、朝日新聞の木村伊量社長や、毎日新聞の朝比奈豊社長、新潟日報社の小田敏三社長、神戸新聞社の高士薫社長がパネリストとして参加したのだけれど、その冒頭、朝日の木村社長が「東京電力福島第一原発の吉田調書を巡る報道の取り消しをはじめ、一連の混乱を生じる事態を招き、新聞業界全体の信頼を大きく損なわせたことを深くおわびします」などと謝罪した。新聞の信頼回復と経営力の強化がテーマの大会である以上、朝日が、再びの謝罪をさせられるのは仕方のないところ。

木村社長の謝罪を受け、毎日の朝比奈社長は「他山の石にしなければならない」と指摘、新潟日報の小田社長は「メディアの全否定につながるような攻撃、誹謗中傷も起きている。新聞界が混乱しては、なおさら信頼を失う」と述べた。

また、神戸新聞の高士社長は「朝日の問題にとどまらず、我々にも身に覚えがある。記者は正義感に燃えたときほど、バイアスの落とし穴にはまる。謝るときには誠意をもってすっきり謝らなあかん」とし、白石興二郎・読売新聞グループ本社社長は、新聞が朝日を批判する状況は「きわめて異例」としながらも、「慰安婦問題は国際的な影響が大きいことから、我々も紙面を通じて発信しようと考えている」と述べている。

今回の大会の決議は次のとおり。
【第67回新聞大会決議】

 私たちが規範とする新聞倫理綱領は、正確で公正な記事と責任ある論評で公共的使命を果たすことが新聞の責務であるとうたっている。新聞は歴史の厳格な記録者であり、記者の任務は真実の追究である。

 しかし、今、新聞への読者・国民の信頼を揺るがす事態が起きている。私たちはこれを重く受け止め、課せられた使命と責任を肝に銘じ、自らを厳しく律しながら、品格を重んじ、正確で公正な報道に全力を尽くすことを誓う。
このように、大会の「信頼回復と経営力の強化」のテーマに沿った、決議がなされているのだけれど、こちらの新聞協会のサイトでは過去の決議が公開されている。

これらをざっと見ると、2009年の「金融危機」、2011年の「東日本大震災」など、その年その年の主要な出来事をテーマとして、取りあげているのだけれど、ちょっと面白いのは、2012年からずっと、新聞に対する「軽減税率」を求める採択を行っていること。次に、該当部分を抜粋すると次の通り。
第65回(2012年度):新聞はいかなる時も正確な情報と多様な意見を国民に提供することで、民主主義社会の健全な発展と国民生活の向上に寄与してきた。今年8月、消費税率を引き上げるための社会保障・税一体改革関連法が成立した。新聞を含む知識への課税強化は民主主義の維持・発展を損なうものであり、新聞には軽減税率を適用するよう強く求める。欧州諸国が新聞購読料に対しゼロ税率や軽減税率を採用していることに学ぶべきである。

第66回(2013年度)[特別決議]:新聞は、人々が社会生活を営む上で必要な情報、知識を全国どこでも、誰にでも安価に提供しており、民主社会の必需品である。消費税率の8%への引き上げが決まったが、新聞については軽減税率を適用し、現行の税率を維持すべきである。それが日本の民主主義、文化、地域社会の維持・発展に大きく貢献するとわれわれは確信する。

第67回(2014年度)[特別決議]:新聞は、戸別配達制度により全国どこでも容易に安価に入手でき、生活必需品として、民主主義社会や地域社会の発展に貢献するだけでなく、学校教育を通じ次世代育成にも寄与している。欧米諸国は、言論の多様性を確保するため「知識に課税せず」との政策のもと、新聞への軽減税率を導入している。私たちは、今後の社会・文化の発展と読者の負担軽減のため、消費税に軽減税率を導入し、新聞の購読料に適用するよう求める。
3年連続で、新聞に軽減税率を適用せよと採択するなんて、新聞各社にとって、消費増税は相当負担になると受け止めているという危機感の現れに他ならない。



彼らは、軽減税率を適用すべきとする理由として「正確な情報と多様な意見を国民に提供する」「戸別配達制度により必要な情報、知識を全国どこでも、誰にでも安価に提供」「民主主義社会の健全な発展と国民生活の向上に寄与」「欧州諸国が新聞購読料に対しゼロ税率や軽減税率を採用している」などを挙げている。

だけど、その理由とやらは、もう殆ど成り立っていない。朝日は、正確な情報の提供などしていなかったことを告白しているし、戸別配達制度なんて、ネットが代替している上に値段も安い。朝日の慰安婦誤報(捏造)は国益を棄損し、"報道しない自由"は、国民生活の向上を妨げている。残っている理由は「オウベイガー」くらいなもの。

朝日が失わせた信頼とメディアの価値」のエントリーで、朝日誤報以来、新聞業界全体の売上が落ち込んでいることを紹介したけれど、朝日は、新聞業界が求める軽減税率の適用の根拠を失わせ、業界全体を危機に晒したと言える。

一方、今回の新聞大会では、評価できるというか、"当たり前"の決議が採択されている。それは、例の産経の加藤・前ソウル支局長が、朴槿恵大統領の名誉を毀損したとして在宅起訴された問題について抗議決議したこと。その内容は次のとおり。
 ソウル中央地方検察庁が産経新聞前ソウル支局長を名誉毀損で在宅起訴したことに対し、日本新聞協会は強く抗議する。

 報道の自由と表現の自由は、民主主義社会の根幹をなす原則であり、韓国を含む民主主義国家群は憲法で保障している。しかし、今回の起訴は、この原則に反して言論の自由を侵害し、人々の知る権利に応えるための取材活動を萎縮させる行為であり、速やかな処分の撤回を求める。
この問題について、韓国は「表現の自由」と関連させるな、と喚いているけれど、少なくとも、日本のマスコミは、表現の自由を侵害するものだ、と宣言した。新聞協会に所属している限り、朝日とて、この問題で韓国を擁護することは、理屈の上では出来なくなる。

今年の新聞大会は採決で「自らを厳しく律しながら、品格を重んじ、正確で公正な報道に全力を尽くすことを誓う」と宣言している。それが本当なのかどうかは、売上という市場原理が答えを出すだろう。




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昨日のエントリーの続きを簡単に…


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昨日のエントリーでは、日中・日露首脳会談を巡る水面下の動きについて述べたけれど、そうしたものから、全く蚊帳の外に置かれている国がある。例によってかの国、韓国がそう。

先日、今月16、17日のイタリアでのASEMでも日韓首脳会談は行われないことが明らかになったけれど、11月のAPECでも、会談するかどうか決まっていない。

何でも、朴槿恵大統領が、日本側に対して、もしも日韓首脳会談をやるんだったら、冒頭で安倍総理から直接慰安婦について謝罪の言葉が欲しいと言ったらしい。だけど、これを聞いた安倍総理は、即座に拒否。暗礁に乗り上げている感アリアリ。

それに、先日来の産経新聞の加藤元支局長の起訴問題も暗い影を落としてる。これについて、「韓国は事の重大性に気付いてきた。そもそも会う必要がない。」と語る日本政府高官もいるという。

実際、産経元支局長の起訴したことは、国内外に大きな波紋を呼んでいる。10月10日、「国境なき記者団」は「起訴の決定を非難する」とした上で、旅客船「セウォル号」が沈没した当日の朴槿恵大統領の行動について、「公的関心事に関わる問題だ」と改めて強調。「編集方針などに関係なく、産経新聞には疑問を提起し、噂がどのようなものかに言及する権利がある」とし、この問題は「ジャーナリズム上の議論のテーマ」であり、刑罰を伴う韓国の名誉毀損に関する法律は国際基準に反していると指摘しているし、世界各国も、この問題を大きく取り上げている。

イギリス・ガーディアン紙は「加藤氏の記事は一部独自のソースからの引用を用いたが、主には既にネット上で入手可能な情報に基づいていた」と紹介し、ニューヨーク・タイムズ紙も「加藤氏は記事の中で、ソースは韓国主要紙の朝鮮日報であると明示している」とし、「でっち上げ」ではないと指摘している。

また、ウォールストリート・ジャーナル紙は「朴大統領の所在について報じた韓国メディアに対しては、何のアクションも取られていない」としているし、ドイツのドイチェ・ヴェレも、「噂話を最初に報じた朝鮮日報は罪に問われていない」と批判。そのダブスタ振りを批判している。更に、アメリカ政府も外交ルートを通じて韓国側に照会に乗り出す事態となった。

こうして、世界中から別の意味で"注目"を集めた韓国だけど、ここにきて、韓国当局が逆切れ反論を始めた。



10月14日、韓国外交省報道官は記者会見で、起訴は市民団体の告発による正当な司法手続きだとした上で「言論の自由と関連させて、この問題をみるのは適切ではない」と述べた。

だけど、報道機関による記事が虚偽だとして起訴したのに、言論の自由と関連させるな、とは一体どういう了見なのか。言論の自由のない報道機関など工作機関も同じ。にも関わらず、会見に出席していた日本メディアの特派員に対して、「この席で質問を自由にして、言論の自由がないと言うことができるのか。…わが国は言論の自由について、 どの国よりも保障されている」と強調したという。スリカエもいいところ。

言論の自由とは質問の自由のことじゃない。自身の思想を表明する自由のこと。言論の自由について、国連の世界人権宣言の第19条でこう規定されている。
第19条
すべての人は、意見を持ちそれを表明する自由に対する権利を有する。この権利は、干渉を受けることなく自己の意見を持つ自由並びにあらゆる手段により、また、国境を越えると否とにかかわりなく、情報及び思想を求め、受け、及び伝える自由を含む。
このように、"国境を越えると否とにかかわりなく"、"干渉を受けることなく"、情報を受け、伝える自由を保障して初めて「言論の自由」となる。

今回の産経元支局長起訴は、"国境を超えた外信記者"が、"思いっきり干渉"を受けている。言論の自由との関係で捉えるのは至極当然のこと。

面白いことに、今回の問題について、北朝鮮が韓国のダブスタ振りを指摘している。10月11日、北朝鮮の祖国平和統一委員会のウェブサイト「わが民族同士」が、韓国の脱北者団体などが北朝鮮を批判するビラを風船で飛ばしていることに対して「朴槿恵を非難したといって外電記者まで問題視する傀儡一味は、ビラ散布については擁護している」と、韓国政府の行動が矛盾していると批判している。

何でも、このビラには、金正恩第1書記をはじめ世襲3代の私生活を含む「悪行」が書かれているらしい。また、韓国マスコミも金正恩批判報道をやったりしている。

北朝鮮は、こうしたビラや報道に対して止めさせろと要求するのだけれど、韓国政府は、わが国には言論の自由があるので政府がああしろ、こうしろとはいえない」と突っぱねてきたのだそうだ。それが、いざ自分に都合が悪くなると、途端に同じ事をする。

しかも、海外メディアが指摘するように、産経記事の引用元となった韓国メディアには咎めなしだから、ここでもダブスタをしている。

これでは、韓国の民主主義とやらは、権力者に都合のよい範囲の中だけのものだと思われても仕方がない。

韓国当局がどう反論しようが、海外、とりわけ欧米は、この問題を確実に言論の自由の問題、ひいては人権問題として捉えるだろう。

慰安婦問題にしても、韓国は、朝日が吉田清二証言が誤報(捏造)だったと認めてからも、"強制性"はあったと主張し、本人の意思に反して慰安婦にさせられた、と女性の人権問題にすり替えを図ろうとしている節がある。だけど、当の自分が人権を蔑ろにしているくせに、慰安婦では人権を守れと叫んでも、ダブスタ炸裂。鼻白むだけ。

このまま韓国が人権に配慮しない言論弾圧国家なのだ、というイメージが定着すると、これまで散々騒いで世界中に宣伝してきた、慰安婦証言なるものだって、政府に都合のよい部分だけ「トリミング」して主張し、それに反する証言は弾圧して外に漏らさせないようにしているのではないかと疑いの目で見られることだって十分有り得る。

まぁ、この前の仁川アジア大会でも、韓国の自己中振りが世界中に配信されていたけれど、韓国の真実の姿が世界に知られることで、世界の日本を見る目が良い方向に変わってくれるのなら願ってもないこと。




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今日も軽い感想エントリーです。



10月12日、自民党の高村正彦副総裁はNHKの番組で、11月の北京でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に合わせた日中首脳会談について、「条件を一方が突き付け、一方がのむ形の首脳会談が実現することはあり得ない」と述べた。

これは、今年7月に、福田康夫元総理が訪中し、習近平国家主席ら中国要人と会談した際に中国側から日中首脳会談を開催するための条件として、「尖閣領有権問題の存在を互いに認める」、「安倍首相が靖国不参拝を確約する」との2条件を提示したため。

その裏には、「安倍総理は中国に会談を拒否され、メンツを失うことを恐れている。習氏に応じてもらえるよう落としどころを探るはずだ」との中国側の読みがあると見られている。

これに対して、安倍政権では、「断固応じられない」との声が支配的で、水面下では相当なバトルが繰り広げられているようだ。

一体どういう理由で、日中会談が拒否されると面子を失うことを安倍総理が恐れているなどと中国が判断したのか分からないけれど、本当にそれを恐れるのなら、政権発足以来ずっと日中首脳会談が行っていない理由が説明できない。寧ろ、面子を失うことを恐れているのは、APEC議長国でありながら、アジアの経済大国日本と首脳会談できない中国のほうではないのか。

安倍総理は、ずっと「対話のドアはオープンだ」と言い続けている。そして、「互いに問題点があるからこそ、条件を付けずに対話し解決策を探るべきだ」というスタンスでいる。これは、対中外交だけでなく、ロシアに対しても同じで一貫している。

今回のAPECで、安倍総理はロシアのプーチン大統領を日露首脳会談を行うことが決定しているけれど、元々プーチン大統領は、秋にも来日にて首脳会談をする予定だったのが、アメリカが圧力を掛けまくって延期させたらしい。

それでも、安倍総理は諦めず、APECでの日露首脳会談に切り替える粘り腰を見せた。独立総合研究所の青山繁晴氏によると、APECでの日露首脳会談については、欧米諸国の了解を得ていて、ウクライナ問題についても、厳しい注文をするという。



8月26日、プーチン大統領とウクライナのポロシェンコ大統領が、ベラルーシのミンスクで首脳会談を行っているけれど、青山氏によると、この会談を裏からセッティングしたのは、安倍総理だったそうだ。

筆者はこれまで、西側諸国の中で最もロシアと近い関係を持っている安倍総理は、西側諸国とロシアとのパイプ役になるのではないかと何度も述べているけれど、現実もその通りとなっている。

ロシアと対立している欧米諸国の首脳にしても、ロシアとウクライナの首脳会談を実現させ、プーチン大統領と親密な安倍総理であれば、ロシアに対して、西側の要求をきちんと伝えるだろうと、一定の信頼を寄せていると考えられるし、APECでの日露首脳会談をすることに対して、各国の合意を得るという根回しもしている。

このような安倍総理の外交は「問題があるからこそ、対話し解決策を探るべき」という一貫したスタンスと一致しているから、諸外国の理解も非常に得られやすい。こうしたことも、各国首脳が安倍総理に信頼を寄せる手助けになっていると思う。

ゆえに、今度のAPECは"アジア"の会議でありながら、日本を介した、欧米とロシアとの対話の機会でもあるわけで、その意味では、欧米諸国は、日露首脳会談の行方を注目しているのではないかと思う。

更には、今月16、17日には、そのAPECの前に、イタリアでアジア欧州会議が行われるけれど、ここにロシアのプーチン大統領も参加して、ウクライナや欧州の首脳と直接会談する予定で、欧州は、ウクライナ問題を含め、国際法を順守することの重要性などで一致したい考えと見られている。

恐らく、それを睨んでのことではないかと思うけれど、10月11日、プーチン大統領はショイグ国防相にウクライナ東部と国境を接するロシア南部に展開していた軍部隊の撤退を指示して、対話の意向を示している。

このASEMには日本や中国も参加するのだけれど、そこでも安倍総理がプーチン大統領との会談を調整しているとも言われている。

安倍総理の"筋を通した"上で対話によって解決を図るという外交路線は、世界から一定の支持を得ていると見る。

安倍総理は、就任以来、一貫して取り組んできた、価値観外交、地球儀外交によって、世界の多くの国との関係を深め、味方とはいわないまでも、それに近い関係を構築してきたように見える。これは、今後の対中外交を展開する上でも一定のアドバンテージとなるだろう。




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今日は、気楽な感想エントリーです。



1.新聞購読者が過去最低を記録

時事通信社の世論調査で、新聞購読者が過去最低を記録していたことが明らかになった。

これは、9月5日から8日にかけて、全国の成人男女2000人に個別面接方式で実施したもので、2008年から毎年行っている。それによると、購読者は初回の86%からおおむね減り続け、今回が74%(昨年79%)。購読していない人は26%となった。

一方、有料電子版はというと、これも利用者は3%にとどまり、新聞離れをカバーできていない。

購読していない人の理由は「テレビやインターネットなどで情報が得られるから」が64%で最多。続いて「購読料が高い、節約のため」が41%、「読む時間がない、忙しいから」が23%となっている。

購読が74%とは筆者からするとまだ多いなという気がしないでもないけれど、初回から比べると15%近くも落ち込んでいる。先般の朝日捏造事件も相俟って、この減少傾向は当分続くものと思われる。

購読しない理由をみても、テレビやネットで十分、高い、時間がない、と、如何にも時代を反映した理由が並んでいるけれど、逆にいえば、これは、今の新聞が時代のニーズに応えきれていないことを示している。

要するに、情報媒体としての新聞は「テレビやネット」に劣り、付加価値としては「値段に見合ったものではなく」、そして、伝達媒体としても「読者の事情を考慮していない」ということを意味してる。

朝日新聞は、新聞の情報量はネットとは比べ物にならないくらい膨大だ、と反論しているけれど、時間のない現代人のニーズに対する回答にはなってない。どれだけ膨大な情報があったとしても、顧客のニーズに応えないものが売れなくなるのは理の当然。

それに、読まれなくなっているのは新聞だけじゃない。書籍だってそう。

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2.細切れ情報を短時間で取得する風潮

今年3月、文化庁は全国の16歳以上の男女3000人を対象に「国語に関する世論調査」を実施、電子書籍を含む読書量の変化などについて調査・分析を行った。

その結果、マンガや雑誌を除く1ヶ月の読書量は、「1~2冊」と回答したのが、34.5%、「3~4冊」は10.9%、「5~6冊」は3.4%、「7冊以上」が3.6%だったのに対し、「読まない」との回答が47.5%と最も多かった。

全く読まないという回答は、平成21年に行ったの前回調査から1.4ポイント増加。平成14年の前々回調査からは10ポイント近く増加していて、読書離れが顕著になっている。

読書量が減少している理由はというと、「仕事や勉強が忙しくて読む時間がない」が最多で51.3%、次いで「視力など健康上の理由」が34.4%、「(携帯電話やパソコンなど)情報機器で時間が取られる」が26.3%、「テレビの方が魅力である」が21.8%などとなっている。

これらの読書離れの理由も、時間がない、視力の問題、テレビやネットで十分といったものであり、先の新聞購読を止めた理由と殆ど同じ。

今回の文化庁の調査結果について、日本大学の田中ゆかり教授は「日本人に限ることではないだろうが、近年はインターネットなどの普及により、細切れの情報を短時間で取得する風潮が一般化している。一方、小説をはじめとする紙媒体の書物は、練り上げられた文章を時間をかけて読むことが求められ、結論を急ぐ現代人の感性には、合わなくなってきている。読書量の減少は、ある意味、時代の必然といえるかもしれない」と述べているけれど、やはり、紙媒体が段々と時代の要請に応えきれなくなりつつあるのではないかと思う。

ただ、筆者が重要だと思うのは、田中教授の「インターネットなどの普及により、細切れの情報を短時間で取得する風潮が一般化している」という指摘。この指摘は当たっていると思う。

ネットの情報は、速報性に優れているのは確かだけれど、新聞電子版のコピペであるとか、掲示板からの転載、或はインタビュー記事の抜粋、あるいは纏めといった類が目につきがちで、細切れ或はその場限りの情報が多い。勿論、ちゃんと調べれば、奥深いところまできちんと書いているものもあるのだけれど、そういう"オタク的"なサイトはググっても、中々検索上位にこないことが多い。

筆者は日比野庵の記事は、なるべく広く深く下調べをした上で、書くように努めてはいるのだけれど、何某かの事象について、その背景含めて深く調べようとすればするほど、途方もない時間を必要とするし、ネットの限界みたいなものを感じることはある。

例えば、「夢の次世代原子力『4S高速炉』」の記事などは、書き上げるまで1年半くくらい掛かっている。勿論、専門家であれば、速攻で記事にすることなんて朝飯前なのだろうけれど、素人だとやはりそれなりの時間が掛かると思う。

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3.個性付フィルタでググる時代

また、ネット情報で注意しなければならない点として、ネットで情報を取りにいく人はともすれば、自分の見たいものや聞きたいものを中心に読んでいるのではないかと思う。自分の限られた貴重な時間を情報を取ることに費やすのだから、自分の興味関心のある分野から手を付けるのは当たり前といえば当たり前。

だけど、先の世論調査でも明らかなように、現代人は時間がない。だから、折角、自分で情報を取りに行く努力をしたのに、大抵は、自分の好みの記事を読むだけで時間切れになってしまう。

ネットの情報は、玉石混交だとはよく言われることだけれど、それは、その人にとって、必要な情報を見つけるのが難しいことを意味している。

そして、その情報を見つけるためのフィルターが本人にほぼ全て任されているために、見つけた情報が無意識のうちに「自分好みの情報」に偏る危険すら内包している。

一つの事象・出来事にしても、多様な解釈がある。まぁ、何処かの新聞のように、なんでもかんでも「反日」にしてしまう解釈もどうかと思うけれど、自分フィルターによって、それを最初の検索の段階で弾いてしまっていないかについては注意すべきだと思う。

これは、筆者のただの勘にしか過ぎないけれど、今後のネットはその辺りの検索についても、ある種の個性というか、特定のフィルターで検索順位を替える仕組み(サービス)が組み込まれていくような気がする。

例えば、ある事象について、保守派の言論人の誰々が記事を書くとしたら、こんな記事をかくだろう的な保守系サイトやブログを上位表示し、リベラル系の誰それだったら、こんな記事を上位にするという具合に、検索内容に更にフィルタリングをかけてから表示するという具合。

そういう仕組みがあれば、自分好み以外のフィルターも持つことができて、普通なら読まなかっただろう記事も読むことが可能になる。そうすることで、自分フィルターによる偏りもある程度軽減できるのではないかと思うし、一般的な書籍原稿や新聞記事草稿が、印刷されるまでの間に、多くの人の目を通して何度もフィルタリングされ、その精度を増していくプロセスをなぞることにも近づいていく。

今後のネットは、唯、情報を伝達していればいいといった時代から、何をどういう基準で選び出して整理していくかといった部分にも光が当たってくるのではないかと思う。




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10/9のエントリー「憲法9条はノーベル平和賞に相応しいか」のコメント欄で、朱雀ひので様から「来年のノーベル平和賞に、安倍総理をみんなで推薦すれば良い」のとのご意見を頂きました。お返事を色々考えていたのですけれども、かなり長くなってしまたので、今日のエントリーで代えさせていただきたいと思います。ということで、今日はノーベル平和賞の話題です。



1.教育に光を当てた2014年ノーベル平和賞

10月10日、ノルウェー・ノーベル賞委員会は、2014年のノーベル平和賞を、インドのカイラシュ・サトヤルティ氏とパキスタンのマララ・ユスフザイ氏の2人に授与すると発表した。

カイラシュ・サティアティ氏は、NGO「グローバルマーチ」の代表を務め、世界110ヵ国以上、1000団体以上の協力の下、五大陸8万キロの距離を児童労働の廃絶を訴えて6ヶ月歩き続ける運動を行うなど、経済的な利益のために子どもを搾取することに反対する平和的なデモを主導している。

また、マララ・ユスフザイ氏は、少女の教育を受ける権利を主張する活動を行っているのだけれど、弱冠17歳という史上最年少の平和賞受賞とあって、大きな注目を集めている。

マララ・ユスフザイ氏さんは1997年7月12日、パキスタン北部山岳地帯のスワート地区に生まれた。父親のジアウディン氏は私立学校を経営する教育者で、マララさんもこの学校に通い、医者を目指していた。

ところが、現地はイスラム保守勢力が強く、2007年にはタリバンが政府から統治権を奪い、2009年まで実効支配した。彼らは女性の教育・就労権を認めず、200以上の女子学校を爆破したという。



2009年1月、当時11歳だったマララ・ユスフザイ氏は、イギリスBBC放送のウルドゥー語ブログに、タリバンの強権支配と女性の人権抑圧を告発する「パキスタン女子学生の日記」を投稿。恐怖に脅えながらも、屈しない姿勢が多くの人々の共感を呼び、教育の機会を奪われた女性たちの希望の象徴となっていった。

だけど、2012年10月、マララ・ユスフザイ氏は、スクールバスで下校途中、武装集団に襲われ、頭部と首に計2発の銃弾を受け重傷。現地で弾丸摘出手術を受けた後、イギリスの病院に移送され、なんとか一命は取り留めたものの、この事件は、世界中に大きな衝撃を与えた。

その後、奇跡的な回復を果たしたマララ・ユスフザイ氏は、イギリスを拠点に世界中で女性や子供の権利の向上を訴える活動を続けており、ノーベル平和賞の有力候補として名前が上るまでになっていた。

ノーベル賞委員会は「子どもは学校に行かなければならない。金銭的な搾取の対象となってはならない。…敵視し合うパキスタンとインドが、共通の課題である教育と過激派対策にともに取り組むことを期待している」と述べ、若者や子どもの教育を受ける権利を求めた運動が評価されたようだ。

今回の平和賞については、憲法9条をノーベル平和賞に、なんていう運動があったことが少し話題になったけれど、ノーベル賞について少し振り返ってみたい。




2.ノーベル賞選考の裏側

ノーベル賞は、ダイナマイトの発明者として知られるアルフレッド・ノーベルの遺言に従って1901年から始まった世界的な賞。物理学、化学、医学生理学、文学、平和、経済学の6分野で顕著な功績を残した人物に贈られ、「物理学賞」「化学賞」「経済学賞」の3部門をスウェーデン王立科学アカデミー選考し、「医学生理学賞」は、スウェーデンのカロリンスカ研究所、「文学賞」はスウェーデン・アカデミーが選考。そして「平和賞」はノルウェー・ノーベル委員会が、がそれぞれ行う。ノーベル賞の選考は秘密裏に行われ、その過程は受賞の50年後に公表されることになっている。

言うまでもなく、ノーベル賞は世界的に有名で、その受賞は名誉とされているけれど、高崎経済大学の吉武信彦教授は、ノーベル賞について、 スウェーデン、ノルウェー両国はノーベル賞によって自国の対外的イメージ向上を図り、また、候補者のノミネートから選考の過程で、世界から最先端、最新の情報を獲得する手段ともなることから、両国の学術振興、政治外交面での活動を支える「ソフト・パワー」の源泉となっていると指摘している。

更に、ノーベル賞の選考についても、分野によって、若干その性格に違いがある。

自然科学分野の受賞者決定は、その高い専門性から国際的な学界での評価や貢献から徐々に絞られていく。一つの理論や発見も他の科学者による実験や検証を通して、始めてその存在が認められ、評価が固まっていく。当然、その評価が固まるには一定の時間が必要で、それゆえ、受賞は、最初の発見・開発から大分時間が経ってからのことになる。ひらたく言えば、予め学会等で篩に掛けられて、最後に残った砂金(候補者)を、どの篩(分野)からいつ選ぶかだけ。

一方、人文・社会科学分野の受賞者決定は、自然科学のように、実験や検証で客観的に確かめるということが難しい。だから、結局は選考委員会の主観というか価値観に左右される要素が大きい。とりわけ、平和賞は十分に業績が固まって評価されるまで待たないケースが多く、より選考委員会の判断に委ねられていると言える。

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3.ノーベル平和賞は政治的か

日本でノーベル平和賞を受賞したのは、1974年の佐藤栄作元総理だけれど、候補者という意味では、それ以前にもいた。

ノーベル財団が公開している選考過程のデータベースによると、日本人で平和賞の候補になったのは、1926年、1927年の渋沢栄一と、1954年、55年、56年の賀川豊彦。

渋沢栄一は「政治家、金融家、産業家。日本最初の銀行の創立者」と紹介され、「渋沢は 日本の産業発展に関係するほぼすべての企業に関わった。彼は、カリフォルニアの日本人労働者の法的地位に関して日米関係の改善のために活動した。慈善事業に専念するため、1916年に引退した」と説明されている。

賀川豊彦は「作家、社会改革家」とされ、「国家間の和解のための活動によりノミネートされる」と記されている。因みに賀川豊彦は、1947年と48年のノーベル文学賞候補にも選ばれている。

両氏はノーベル平和賞を受賞することはできなかったけれど、世界的に顕著な実績がなければ、選考対象にならないことは言うまでもない。

では、佐藤栄作元総理が平和賞を受賞した理由は何かというと、在任中にアメリカから小笠原諸島と沖縄を返還させることに成功し、非核三原則を提唱したことに加え、1970年に核拡散防止条約の署名したことが挙げられる。

特に、ノーベル委員会は、日本が核兵器を保有しないことを主張し、核拡散防止条約に署名したことを高く評価していて、授賞式でも、当時のリオネス・ノーベル委員会委員長が佐藤元総理の紹介の中でヒロシマ、ナガサキにふれ、「日本国民は核兵器に対してアレルギーになっていると、時折言われてきた。この種のアレルギーは健康のあらわれであり、他の諸国もこれから教訓を学べるかもしれない。…ノーベル委員会が希望するのは、本年の授与が核拡散防止条約にできる限り広範 な支持を確保しようと取り組んでいるすべてのものへの激励と理解されることである」と述べている。

当時は、世界各国で核実験が行われていて、フランスと中国が、核拡散防止条約への参加を拒んでいた。そこで、ノーベル委員会は、世界的な核拡散の流れを押し止め、核拡散防止条約を確固としたものにするため、丁度、非核三原則を掲げながら、経済大国となって登場した日本に平和賞を与えたのではないかという指摘もある。

2001年、ノルウェーでノーベル賞の100周年を記念して全受賞者を解説する本が出版されたのだけれど、この本の序文を寄せたノーベル研究所のルンデスタ理事長は、佐藤元総理の平和賞受賞理由について「賞をグローバル化し、日本において平和の意志を強め、そ れを核軍縮のための活動につなげようとする期待が、佐藤の平和賞受賞の最重要理由であった」と述べているという。

10月10日、安倍総理は、午前の閣議前の写真撮影の際、隣に座った石破創生相が、アメリカのオバマ大統領が2009年の平和賞を受賞していると指摘したうえで「『日本国民』が受賞した場合に誰がもらうのか。政治的ですね」と語りかけたところ、安倍総理は「結構、政治的ですよね」と漏らしたという。

ノーベル平和賞は、政治的に利用されがちだとはよく言われることだけれど、佐藤元総理のケースといい、やはり、それなりに、政治的な意図が含まれた上での授与がなされているとみても差し支えないように思われる。




4.憲法9条信者の儚い夢

では、今後、「憲法9条を持つ日本国民」が、ノーベル平和賞を受賞する可能性があるのか。

仮に、ノーベル平和賞が政治的な意図を持って授与されるものだと仮定したとしても、その大前提として、授与する対象となるべき"主体"がないといけない。ノーベル委員会は授与する側であって、自分で何かを作り出しているわけじゃない。つまり、平和賞を授与されるためには、「世界的に平和に貢献すると認められる何らかの具体的活動」が必要になる。

そして、それを満たした上で、更に、その時の世界の潮流を睨んだ上で、ノーベル委員会の価値観(主観)を元にして、受賞者が決定されることになる。

この時、いくらノーベル委員会の主観だからといって、万人が納得しない選考をしようものなら、ノーベル賞の権威そのものに傷がつく恐れがある。更にはノルウェー、スウェーデン両国の対外イメージや下手をすると外交政策にまで影響を及ぼす可能性だってある。それを考えると、あまりに無茶な選考はできないと思われる。

以上を踏まえた上で、「憲法9条を持つ日本国民」がノーベル平和賞を貰えるのかを考えてみると、まず大前提である「世界的に平和に貢献すると認められる何らかの具体的活動」から満たしていない。

確かに、日本国民は憲法9条を、70年間守ってきたかもしれないけれど、それを世界各国に輸出し、採用させるよう運動したわけじゃない。そもそも、日本の憲法9条の内容を他国が知っているかどうかも怪しい。だから、今回のように、フォーマットを揃えれば、候補受付だけはしてくれたかもしれないけれど、それで有力候補として選考の対象になったとは思えない。

9条の人がいくら署名を集めようとも、それだけでは不十分。おそらくは、"お花畑が咲いている9条な人達"が、中国にでも行って、中国の憲法に9条を採用すべしと運動をお越し、頭を撃ち抜かれようが、戦車で曳かれようが、それでも運動を続けるくらいになって、ようやく候補として、議論の俎上に上がるのではないか。

事実、今回の平和賞を受賞したマララ・ユスフザイ氏は頭と首に2発の銃弾を受けたにも関わらず、それでも、少女の教育を受ける権利の主張を続けている。9条に平和賞をと訴える"お花畑氏"に、果たしてそこまでの覚悟があるのかどうか。

その意味では、今回のマララ・ユスフザイ氏の受賞は、そんな"お花畑氏"らに対する痛烈な皮肉にも見えなくもない。

最後に、安倍総理が、ノーベル平和賞を受賞する可能性があるかどうかについてだけれど、現時点ではなんともいえない。確かに外交政策でアジア諸国と連携し中国の封じ込めを行い、アジアの平和を構築し、また、ウクライナでも米ソのバランスを睨みながら注意深く動いてはいるけれど、そうした外交は、大なり小なりどの国でもやっているといえばやっている。

佐藤元総理が平和賞を授与した大きな理由が、「核拡散防止」であり、2009年にオバマ大統領が平和賞を受賞した理由が「核なき世界についての理念や取り組み」だったことを考えると、それに匹敵するようなテーマに取り組んでいないと、厳しいと思う。

敢えて、核以外で、それに相当するテーマが挙げるとするならば、「テロとの戦い」になるかもしれない。だけど、それとて今の安倍総理が「テロとの戦い」に、深くコミットしているとは言い難い。

まぁ、もしかしたら、候補くらいには上がっているかもしれないけれど、もう一段、二段、何かがないと安倍総理の平和賞受賞は難しいのではないかと思う。




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ノーベル平和賞、憲法9条はやはり取れませんでしたね。今日は、それではなく、この話題です…



10月8日、ソウル中央地検は、例のウェブサイトに書いた記事で、産経新聞の加藤達也・前ソウル支局長を朴槿恵大統領の名誉を毀損したとして、情報通信網法違反の罪で在宅起訴し、発表した。

検察は起訴の理由について「加藤前支局長の記事は客観的な事実と異なり、その虚偽の事実をもって大統領の名誉を傷つけた。取材の根拠を示せなかった上、長い特派員生活で韓国の事情を分かっていながら、謝罪や反省の意思を示さなかったという点を考慮した」と説明している。

この話題については、これまで何度も取り上げてきたし、他のブロガー諸氏も取り上げた来たから、改めてどうこういうものはないけれど、とうとうやらかしたか、というのが筆者の偽らざる感想。

前にも述べたけれど、問題の産経の記事は、ゴシップ臭が漂っていて、聊か品性に欠けるきらいがある

だけど、記事は、韓国紙のコラムの引用や、証券街の関係筋の話を元にして書かれていることを考えると、いくらなんでも起訴はやり過ぎ。これで起訴されてしまうなら、取材なぞ出来なくなってしまう。

今回の起訴は、韓国の情報通信網法違反がその理由としているけれど、この「情報通信網法」は、1986年に「電算網普及拡張及び利用促進に関する法律」として制定された後、25回以上もの度重なる改正を経て、規制範囲を拡大。2001年1月の第10次改正により「情報通信網の利用促進及び情報保護等に関する法律」に変更されている。

韓国では、インターネットの普及とともに、比較的早い時期からネット上での誹謗中傷が問題となっていた。



韓国の掲示板や新聞やポータルサイトのニュースの多くには「デッグル」というコメント欄が付けられている。これは、朝鮮時代に学者たちが本の貸し借りをしながら自分の意見を書き込んで次の人に渡したことから生まれた言葉らしいのだけれど、韓国では、ほぼ全てのニュースにコメントがつけられるようになっていて、コメント欄で議論する「デッグル文化」なるものがあるらしい。

これは、ユーザー同士の活発な議論を促すというメリットがある反面、名誉毀損や誹謗中傷、プライバシー侵害される危険というデメリットがある。実際、韓国では、おのネット上の誹謗中傷は、日常茶飯事に行われているという。

韓国政府は、インターネット上の虚偽事実流布や名誉毀損が多いことを理由に、2008年の段階で、ネット上での規制強化を検討する、としていた。これは、2008年5月に起こった、アメリカ産牛肉の輸入再開をめぐる抗議デモ、所謂「蝋燭デモ」が拡大した折、「BSE怪談」と呼ばれる虚偽情報がネット上にばら撒かれ、混乱が拡大したことがその背景にあったとされている。

当時、韓国世論はこの政府規制の動きについて「反政府デモ拡大の発端となったポータルサイトへの復讐だ」との批判の声が高まり「表現の自由」を侵害するとして反対する世論が優勢だった。

ところが、2008年10月、韓国の国民的女優のチェ・ジンシル(崔眞實)が、ネットで「ジンシルは、自殺したアン・ジェファンに25億ウォン(約2億2000万円)を貸していた。名義上の社長を立て、その裏で貸金業を手がけている」という誹謗中傷を受け、それを苦に自殺する、という事件が起こった。

彼女の死が韓国社会に与えた衝撃は大きく、ネット規制をめぐる雰囲気が一変。韓国のネット規制は加速していくことになる。



現在、韓国の「情報通信網法」での処罰に関する規定は次のようになっている。
第70条(罰則)

(1)人を誹謗する目的で情報通信網を通じて公然と事実を暴露し他人の名誉を毀損した者は、3年以下の懲役もしくは禁錮または2千万ウォン以下の罰金に処する。

(2)人を誹謗する目的で情報通信網を通じて公然と虚偽の事実を暴露し他人の名誉を毀損した者は、7年以下の懲役、10年以下の資格停止または5千万ウォン以下の罰金に処する。

(3)第1項及び第2項の罪は、被害者が具体的に明らかにした意思に反して公訴を提起することができない。
このように、誹謗目的でネットに記事を流すと罪に問われることになっている。事実なら3年、嘘なら7年。今回、検察は「虚偽の事実をもって大統領の名誉を傷つけた」としているから、この70条2項によって起訴したものと思われるけれど、先にも述べた、ネット規制を巡る経緯を反映してか、重い罪となっている。

それにしても、検察の「長い特派員生活で韓国の事情を分かっていながら、謝罪や反省の意思を示さなかった」という説明は、どういうことなのか。これは、裏を返せば「"韓国の事情"を考慮して謝罪すれば起訴しなかった」とも受け取れる。

筆者は、法解釈については良くわからないけれど、検察のこの説明は、物凄く恣意的に聞こえるし、事実か虚偽かの云々よりも"韓国の事情"とやらが優先されるのかとも思ってしまう。

ただ、韓国でのネット規制が強化されていった背景をみると、どうもこの国は"理性"よりも"感情"が優先してしまうように見えて仕方がない。

まぁ、それも韓国国内で閉じている分には、それでいいかもしれないけれど、今回の措置は、国際基準からは大きくかけ離れていることぐらいは知っておいたほうがいい。

10月9日、菅官房長官は「報道の自由、日韓関係の観点から極めて遺憾だ。国際社会の常識と大きくかけ離れており、本日中に事実関係を詳しく確認し、韓国に懸念を伝達したい。…政府として韓国に繰り返し懸念を伝え、慎重な対応を強く求めてきた。…本件を巡っては、国内外の報道機関からも懸念の声が上がっていたと承知している。…民主国家においては最大限尊重されるべき報道の自由の関係では、法執行は抑制的でなければならない」と述べている。

また、アメリカも10月8日、国務省のサキ報道官が「起訴されたとの報道は承知しているし、当初から捜査状況を見てきた。それ以上の詳細はわからない。…我々は広く言論や表現の自由を支持しているし、韓国の法律への懸念もこれまで示してきた」とコメントしている。

ともあれ、今回の件で、韓国は、世界に対して、言論弾圧国家であるとの疑問を与えたことはほぼ間違いない。

感情に任せてあれこれするのは、かの国の"伝統"なのかもしれないけれど、あまりにも、自分の都合で全てを考え突き進むと、その反作用は、それ相応に返ってくる。

今後、韓国は益々世界から、厳しい目で見られることになるだろう。




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今日はこの話題です。   
  


8月7日、参院予算委員会で、侮辱的な野次によって審議が一時ストップする一幕があった。これは、民主党の小川敏夫氏が山谷国家公安委員長に、在日韓国・朝鮮人に対するヘイトスピーチで問題となった「在日特権を許さない市民の会(在特会)」メンバーと写真撮影した経緯を質問中、「懇ろだったんじゃないか」という野次が飛んだのだけれど、これが「問題発言だ」として審議は一時停止。

「懇ろ」とはまた古風に聞こえる言葉だけれど、辞書を引くと次のような意味がある。
ねんごろ【懇ろ】

[形動][文][ナリ]
1 心がこもっているさま。親身であるさま。「―にとむらう」「―なもてなし」
2 親しいさま。特に、男女の仲が親密であるさま。「―な間柄」

[名]

1 親密になること。
「おまへは貧乏神と―してござるかして」〈浮・禁短気・一〉
2 男女が情を通じること。
「此のお夏は手代と―して」〈浄・歌祭文〉
3 男色関係を持つこと。
「主の子を―して」〈浮・男色大鑑・一〉
このように、親密な関係、更に、男女の親密な関係というニュアンスを含んだ言葉。

その語源を遡ると、古くは「ねもころ」と言い、それが変化して「ねむころ」となり、やがて「ねんごろ」となった。「ねもころ」は「根[ね]・如[もころ]」あるいは「根[ね]・も・凝[ころ]」から成ると考えれらていて、要するに、"根のように密に絡み合う"という様を表わしている。元々「ねんごろ」は「心がこもっているさま」を表わしていたのだけれど、やがて、親しいさま、男女の深い仲になることも指すようになった。

ということで、「ねんごろ」が"親密"を意味するのか"男女の仲"を意味するのかは、「ねんごろ」が使われた文脈から判断するしかない。

今回の野次は、民主党の小川敏夫氏の質問の最中に飛んだのだけど、その質問内容は次のとおり。

「…訪問したほうのですね、元在特会の幹部の方は、こういう風にホームページで言ってますよ。山谷先生の宿泊されているホテルへ押しかけ、少々遅い夜明けのコーヒーと、こういう風に言ってます。大臣が泊まられているホテルに、朝方、午前中ですね。訪問したんじゃないですか。大臣、それを受け入れてお会いしたんじゃないですか?」
そして、この直後に「宿泊先まで知っているっていうのは、懇ろの関係じゃねえか」という問題の野次が飛んている。



質問の「少々遅い夜明けのコーヒー」なんて文章は、夜からずっと一緒にいて、そのまま朝を迎えたというニュアンス。その直後に、「懇ろの関係」の野次が飛んだのだから、文脈から判断して、"男女の深い仲"を連想したといても無理はない。

結局、この野次については、8日午前、民主党の蓮舫・参院予算委員会筆頭理事が「二度とあのような野次が出ないよう党内をまとめる。申し訳ございませんでした」と自民党に陳謝。そして野次を飛ばした民主党の野田国義参院議員は「山谷さんと在特会の関係は長いものがあった。その親密さを『懇ろ』と表現した。…誤解を招いたのは申し訳なかった」と謝罪した。

まぁ、野田国義議員が本当に、親密さの意味で「懇ろ」といったのかどうかは分からないけれど、あの質問の流れであの野次では、誤解されても仕方ない。脇が甘いといえば甘い。

だけど、もっと大事なことは、批判を受けたときの対応。謝罪するにしても、批判の声が大きくなってしぶしぶ謝罪に追い込まれるような対応は下の下。

野次を飛ばした野田参院議員は、翌日に謝罪したけれど、産経の報道によると、野次当日の民主党幹部は他人事のような反応だったようだ。曰く「誰が言ったかなんて特定はできない。そもそも懇ろというのは仲が良いという意味だ」、曰く「細かい所は承知していないので現場に聞いて」、曰く、「またそうやって民主党の揚げ足をとろうとしているんだろう。こんなの問題にしているのは官邸と産経だけだ」。

万年野党で、批判だけしていればいいお気楽な立場であれば、まだしも、民主党は何の間違いか、3年半も政権担ったことのある政党。世間もあの禍々しい"暗黒時代"を忘れてはいない。一度、信頼を裏切ったものは、その後、厳しい視線を投げかけられるのは世の常。

それなのに、こんな無責任な反応をしていては、世間はあの忌々しい3年を思い出し、批判の目を向けるのは理の当然。まぁ、民主党がどうなっても、別に構わないけれど、このままだと政権復帰の目は当分ないだろう。



それと同じく、今、世間の厳しい目が向けられているのが、例の慰安婦誤報でもうバッシングを受けている朝日新聞。

10月7日、朝日は「スルーする力って?『もっと自由になる』方策」という記事で、「最近、なんだか世の中が息苦しい。何か言えば揚げ足をとられ、たたかれ、ネットで炎上する。重箱の隅をつつくような言葉はスルーして、もっと自由になれないだろうか。」と泣き言めいたことを言っている。

"重箱の隅をつつくような"、なんて言い草は「こんなの問題にしているのは官邸と産経だけだ」といった民主党と同じ匂いがして仕方ないのだけれど、朝日がやったことは重箱の隅どころか、日本の屋台骨をへし折ろうとした行為。言い逃れも甚だしい。

そこへ来て、また、朝日がやらかしていたことが週刊新潮が報じている。

これは、今年1月4日から9日にかけて朝日が連載した「手抜き除染」という特集記事で、2013年度の新聞協会賞を受賞している。

朝日は、受賞について「記者4人が計130時間、東京電力福島第一原発周辺の除染現場に張り込み、作業員が汚染された草や水を回収せずに捨てる様子を11カ所で撮影した調査報道の手法に加え、朝日新聞デジタルなどで動画を広く紹介したことが高く評価されました」なん自画自賛しているけれど、週刊新潮は「自作自演があった」としている。

朝日の記事には、除染作業員が「手抜き除染」していたとの証言が度々出てくるのだけれど、週刊新潮の記事では、元除染作業員が実名で登場し、その実態を「証言」している。それによると、元作業員は、朝日の記者からプレゼントされたICレコーダーを使い、現場監督から不法投棄の言質を取ったと告白。記者が元作業員に行ったインタビューでも、事前に記者が渡したメモを読むように指示されたという。

さらに、昨年末に元作業員が環境省へ送った告発文も記者が指南して作成し、元作業員に実名を文書に書くよう求めるなどしたと述べているそうだ。

これが本当であれば、誤報ではなく、明らかな「捏造」。報道機関なら決してやってはならない行為。言い逃れは出来ない。

朝日は、新潮の記事に事実誤認があるとして抗議したようだけれど、ご丁寧に、自社のサイトで、"説明記事"を掲載している。

いちいち、こんな記事を掲載しなければならないところに、今の朝日の窮状が露わになっていると思うけれど、最早、世間は"朝日様の言い分"より、週刊新潮の記事を信じるのではないかと思う。

朝日は、抗議の声に対して、真摯な姿勢の欠片さえも見せないけれど、その代償にどんどん信用を無くしている。

以前、「世間に監視される朝日新聞」のエントリーで、筆者は「世間は朝日の一挙手一投足をチェックしてる。これまでであれば、見逃されていたかもしれない小さな瑕疵すら暴かれ叩かれる。…朝日が世間から叩かれて出る"埃"は慰安婦だけとは限らない。」と述べたけれど、その通りに推移しているように見える。

朝日は何時になったら、国民の怒りの大きさに気づくのか。

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昨日の続きです。



昨日のエントリーで、日本人のノーベル物理学賞受賞の話題を取り上げたけれど、もう一つ、日本人が受賞するかもしれないと注目を集めているノーベル賞がある。ノーベル平和賞がそれ。

なんと、今年のノーベル平和賞には「戦争放棄をうたった憲法9条をもつ日本国民」が候補に挙がっている。これは、今年4月、神奈川県座間市の主婦・鷹巣直美さんが思いついたもの。2012年のノーベル平和賞にEUが受賞したことから「EUには問題もあるが、ノーベル平和賞は、理想に向かって頑張っている人たちを応援する意味もあるんだ。日本も9条の理想を実現できているとは言えないが、9条は受賞する価値がある」と考え、インターネットで24000件の署名を集め、ノーベル委員会に推薦状を送って「受理」されたのだそうだ。

何でも、鷹巣さんは20代の頃、オーストラリアのタスマニア大学に留学していて、そこで出会ったスーダンの男性難民から、小学生の時に両親を殺され、正確な年齢も知らずに育ったと聞いて、平和や9条の大切さを実感したのだという。

ただ、ノーベル平和賞の受賞対象は、人物か団体のみで、憲法は受賞できない。そこで、鷹巣さんは「9条を保持し、70年近く戦争をしなかった日本国民の受賞に意味がある。みんなが候補として平和を考えるきっかけになれば」と、受賞者を「日本国民」にしたのだそうだ。

とまぁ、こういった経緯でノーベル平和賞の候補になったようなのだけれど、憲法9条があるから平和なのだなんて、お花畑も甚だしい。

高巣さんは、戦争をしなかった日本国民の受賞に意味がある、なんていっているけれど、これは正しくない。"戦争しなかった"という表現は、「自らの意思で戦争するところを止めた」という積極的なニュアンスがあるけれど、実態は遥かに消極的だった。いわば、日本は戦後、戦争をしなかったのではなく、「戦争せずにすんだ」というのが正しい。

勿論、それは、日米安保と、在日米軍および核抑止力によって守られていたからこそ成立できる話であることなんて言うまでもない。

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それにしても、何故、こういう"お花畑系"の方は、「日本が武器を持てば、直ぐ他国を"侵略"するに違いない」と信じ込んでしまえるのか。そのくせ「他国が武器を持てば、日本を侵略しにくるに違いない」とは決して口にしない。全くもって、不思議で仕方がない。

仮に、人が戦争をしたがるのが性分なのであれば、日本が他国を侵略するのと同じように、他国も日本を侵略する可能性があるとならなければおかしい。

彼らの言い分は、「日本が侵略する」ばっかりで、「日本が侵略される」危険を全く考えていないとしか思えない。日本が侵略の危機にあったとき、"自衛"することは是か非かの観点が抜けている。

ここで、憲法9条を振り返ってみる。次に引用する。
第九条【戦争放棄、軍備及び交戦権の否認】

1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
このように、9条では、戦争と武力の行使を放棄している。だけど、そこには「国際紛争を解決する手段として」という但し書きがついている。そして2項で「前項の目的を達するため、戦力は保持しない。交戦権は認めない」としている。

とすると、"自衛"の為の武力行使(交戦権)はどう解釈されるのか、という疑問が当然、湧いてくるのだけれど、『広辞苑』によると、"交戦権"は「国家が戦争をなし得る権利、または戦争の際に行使しうる権利。自衛のための交戦権の有無が日本国憲法第九条の解釈上の一争点となっている」と説明されている。

この9条2項の冒頭にある「前項の目的を達するため」という文言は、衆議院での審議で、付け加えられたものなのだけれど、この修正は、当時衆議院憲法改正特別委員会の委員長を務めていた芦田均氏が提案したことから一般に「芦田修正」と呼ばれている。

芦田氏は、後になって、この修正について、9条は自衛のための戦争や軍備を許容しているとの見解を明らかにしている。

では、現在、日本政府は自衛の為の武力行使はどう解釈しているのか。今年5月15日、安倍総理は、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」からの報告書を受けて記者会見を行い、自衛権について次のように述べている。

一つは、個別的か、集団的かを問わず、自衛のための武力の行使は禁じられていない、また、国連の集団安全保障措置への参加といった国際法上、合法な活動には憲法上の制約はないとするものです。しかし、これはこれまでの政府の憲法解釈とは論理的に整合しない。私は憲法がこうした活動の全てを許しているとは考えません。したがって、この考え方、いわゆる芦田修正論は政府として採用できません。自衛隊が武力行使を目的として湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことは、これからも決してありません。

もう一つの考え方は、我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるとき、限定的に集団的自衛権を行使することは許されるとの考え方です。生命、自由、幸福追求に対する国民の権利を政府は最大限尊重しなければならない。憲法前文、そして憲法13条の趣旨を踏まえれば、自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を採ることは禁じられていない。そのための必要最小限度の武力の行使は許容される、こうした従来の政府の基本的な立場を踏まえた考え方です。政府としてはこの考え方について、今後さらに研究を進めていきたいと思います。
このように安倍総理は、芦田修正は政府として採用しないけれど、我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるときは武力行使は認められる、と述べている。つまり、「限定的容認論」の立場。



この「自衛隊は、武力行使を目的として湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことはなく、我が国の安全のためにその武力を行使する」という安倍総理の説明は、言葉を変えれば「日本は、侵略戦争を仕掛けることはなく、侵略されたときのみ自衛する」ということ。

これは、9条を持つ日本国民をノーベル平和賞にと推薦した鷹巣さんの言い分を包含しつつ、更に限定的ながら自衛権を認めるという内容となっている。

だから、勿論、その受賞理由に依るけれど、まかり間違って、9条を持つ日本国民が、ノーベル平和賞を受賞したとしても、理屈の上では、今進めている集団的自衛権には影響を及ぼさないだろうと思われる。


ちなみに、9条を平和賞にと提案した高巣さんは、報道では一介の主婦だと紹介されているようだけれど、難民・移住労働者キリスト教連絡会(通称:難キ連)と関係を持つ"プロ市民"ではないかという噂もある。

事の詳細は分からないけれど、難キ連のサイトの事務局だよりには、"ノーベル平和賞"と共に"高巣"の名前がはっきりと記されている。次に引用する。
<事務局長ブログ>
2014年7月23日 水曜日
昨日の難キ連チャリティコンサートへのご来場、誠にありがとうございました。

[中略]

お父上様のお具合が悪い中、ご一家でご来場くださった鷹巣様の「憲法九条を守る日本国民にノーベル平和賞を」のお働きも御紹介申し上げますとともにご自身から会場の皆様にお話しいただくことが出来ました。

また、昨年、今年、ボーマン先生へのコンサートが実現いたしましたのも鷹巣様はじめ相模原の平和を作る会様との出会いがきっかけであったこともお話しさせていただきました。

[後略]
このように、わざわざ事務局長から名指しで礼を言われる辺り、浅い仲ではないことを伺わせる。

或は、他にもいろいろ手を出しているかもしれないけれど、こうした繋がりを考えると、万が一、平和賞を受賞なんぞしたら、"あの辺界隈"のサヨクなお花畑の人々が「集団的自衛権行使容認は、ノーベル平和賞の9条に反している。撤回しろ」と騒ぐ可能性は相当に高い。

これまで見てきたように、9条が平和賞を受賞しても、集団的自衛権への影響はあまりないだろうとは思うけれど、9条改正まで考えると、平和賞が足枷になる可能性はありうる。

受賞しないことを祈る。




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今日はこの話題ですね。



10月7日、スウェーデンの王立科学アカデミーは、2014年のノーベル物理学賞を、青色発光ダイオード(LED)を開発した赤崎勇・名城大終身教授、天野浩・名古屋大教授、中村修二・米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授の3人に授与すると発表した。

日本人のノーベル賞受賞は、2012年に医学生理学賞を受賞した山中伸弥京都大教授から2年ぶり20、21、22人目。

電子部品の中には、電子の少ない不純物が入った半導体(P型半導体)と電子を余計に持った不純物が含まれる半導体(N型半導体)をそれぞれ接合したPN接合と呼ばれる構造を持ったダイオードと呼ばれる素子がある。

ダイオードは、電子の少ない領域(P型領域)に高い電圧、電子の少ない領域に低い電圧を印加したときに、より多くの電流が流れるようになっている。これは、P型領域中の電子が欠落した部分(正孔)とN型領域の電子が電圧によって、それぞれPN接合部に追いやられ、PN接合部で互いに結合する為で、この電圧の掛け方を順方向という。

一方、電子の少ない領域(P型領域)に低い電圧、電子の少ない領域に高い電圧を掛けると、P型領域中の電子が欠落した部分(正孔)とN型領域の電子は、逆に電極側に引き付けられて、電流は極端に流れにくくなる。この電圧の掛け方を逆方向という。

このように、ダイオードは、電流を殆ど一定方向(順方向)にしか流さない作用(整流作用)を持つのだけれど、そのうち、順方向に電圧を掛けたときに発光するのが発光ダイオード(light emitting diode)。

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発光ダイオードに順方向電圧を掛けると、電子と正孔が移動してPN接合部で互いに結合する(再結合)のだけれど、このとき、電子と正孔がもともと持っていたエネルギーの余剰分が光エネルギーとして放出されることで発光する(自然光放出発光)。

無論、この発光現象は、全てのPN接合で起こるわけではなくて、PN接合部で電子と正孔が結合(再結合)したときに、放出する余剰エネルギーがないといけない。

余剰エネルギーは、その材質によって大小があって、通常の半導体材料として使われるシリコン(Si)は、余剰エネルギーは殆どなく、発光しない。

これに対して、ガリウムヒ素(GaAs)や窒化ガリウム(GaN)といった化合物半導体材料では、余剰エネルギーが比較的多く、この発光現象が起こる。

この余剰エネルギーは、LEDに使用する化合物によってその大小があり、エネルギーが小さければ、発光する光の波長は長くなり(赤色方向)、エネルギーが大きくなれば波長は短くなる(紫色方向)。この波長の違いがLEDの発光色の違いとなって表れる。波長が長くなれば、赤色に近づいていくし、短くなれば紫色に近づいていく。

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青色発光ダイオードを作るためには、波長の短い光、すなわち余剰エネルギーが大きくなるような材料を使わなければならないのだけれど、最初に使われた炭化ケイ素では、暗すぎたため、セレン化亜鉛と窒化ガリウムが候補となった。

ところが、窒化ガリウムでのダイオード作成は難しかったため、多くの研究者が手を引き、1970年代後半には、セレン化亜鉛による青色発光LEDの研究が主流となっていった。

だけど、今回ノーベル賞を受賞した赤崎教授は、窒化ガリウムの方が放出エネルギーが高く、結晶も安定していて優れていると考え、当時勤務していた松下電器で、1973年から開発に着手。1981年からは、当時名古屋大学の大学院生だった天野浩氏(現教授)と共同研究し、1985年に見事、窒化ガリウムを使ったダイオードの開発に成功。青色LEDが生まれた。

一方、中村修二教授も、1988年、当時勤務していた日亜化学工業で青色LEDの開発に着手。窒化ガリウムにインジウムを加えたインジウム窒化ガリウム(InGaN)の薄膜を発光層とする多重構造の結晶の作製に成功し、高輝度の青色発光LEDを実現した。

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中村教授はのちに、青色半導体レーザーも開発しているけれど、これはLEDの発光を一方向に制御したもので、広い意味での応用技術。

半導体レーザーは、身近なところにも使われていて、例えば、CDやDVDの読み取りに使われている。

CDやDVDには、細かいくぼみが彫られていて、このパターンによってデジタル情報を格納しているのだけれど、このくぼみに半導体レーザーを照射して、その反射光を読み取ることでデジタル情報の再生を行っている。

普通のCDやDVDで使われる半導体レーザーは、波長780nmの赤外線レーザーや波長650nmの赤色レーザーなのだけれど、この半導体レーザーの波長が短くなればなるほど、より"細かいくぼみ"まで読み取れるようになる。つまり、波長の短い半導体レーザー、すなわち、青色半導体レーザーをCDやDVDの読み取りに使うことができれば、一枚のDVDにより多くの情報が収められることになる。

最近主流のブルーレイ(Blu-ray)は、その名のとおり、波長405nmのブルーの光線(青色レーザー)を使っていて、容量はDVDと比較して4~5倍になっている。

今や、LEDは、競技場などの大型ディスプレー、自動車のウインカー、ブレーキランプや信号機、あるいは植物工場の照明などにも使われている。

LED市場は今後益々伸びると予想されているけれど、その陰には、諦めることなく青色LEDの開発に邁進した赤崎教授、天野教授、中村教授の努力があった。3氏のノーベル賞受賞を心から祝福したい。

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