日比野庵 新館

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今日はこの話題です。




1.村山談話をそのまま継承するわけがない

5月10日、菅官房長官は記者会見で、1995年の村山談話について「全体を歴代内閣と同じように引き継ぐと申し上げる」と述べた。

これは、安倍総理の歴史認識をめぐり、いつもの中韓両国の反発に加え、アメリカにも懸念の声があることを踏まえて修正したものだ、とマスコミは伝えているけれど、発言を少し追ってみる。

4月22日、参院予算委員会の質疑で安倍総理は、白眞勲と次のようなやり取りの中で、村山談話の継承について述べている
○白眞勲君:そこでポイントになるのが歴史の認識問題だと思うんですけれども、総理は村山談話については、せんだっての参議院本会議でも、我が国はかつて、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました、その認識においては安倍内閣は歴代の内閣と同じ立場であります、その上において、しかるべき時期に二十一世紀にふさわしい未来志向の談話を発表したいと考えており、そのタイミングと中身については、今後十分に考えていきたいとしております。この認識でよろしゅうございますね。

○内閣総理大臣:先般の本会議で答弁したとおりでございます。

○白眞勲君:村山談話継承ということですね。

○内閣総理大臣:この村山談話について言えば、言わば村山談話において述べられた点について私が共感できる点について今御紹介をいただいた、それを私は答弁させていただいたわけでございますが、言わば村山談話は戦後五十年を契機として、戦後五十年に出された談話でございます。そして、今の安倍政権の考え方としては、これを継承する継承しないということではなくて、六十年には小泉政権の談話が出されているわけでございまして、あれからもう十数年時を経ておりますので、例えば七十年を期して新たな談話を出していくということも考えたいと、このように考えているということでございます。

○白眞勲君:私が聞きたいのは、村山談話は継承するのかどうか、その一点なんですけれども、お聞かせください。

○内閣総理大臣:安倍内閣として、言わば村山談話をそのまま継承しているというわけではありません。言わば、これは五十年に村山談話が出され、そして六十年に小泉談話が出されたわけでありまして、これから七十年を言わば迎えた段階において安倍政権としての談話をそのときに、そのときの言わば未来志向のアジアに向けた談話を出したいと今既に考えているところでございます。
この中で、白眞勲議員が、せんだっての参議院本会議での安倍総理の発言を取り上げているけれど、これは、2013年2月1日の参院代表質問での社会党の福島党首からの質問に答えた部分だと思われる。

該当する質問と答弁は次のとおり。
○福島瑞穂氏:政府は、防衛大綱の見直しと中期防衛力整備計画の廃止、防衛費増額や自衛官増員、また、アルジェリア人質事件を口実にした自衛隊法改正や日本版NSC構想などを示しています。村山談話や河野談話の見直しは、アメリカを含めた諸外国からも憂慮されています。村山談話や河野談話を見直す必要はないと考えますが、いかがですか。

○安倍総理大臣:村山談話及び河野談話についてのお尋ねがありました。いわゆる村山談話は戦後五十年を機に出されたものであり、また、戦後六十年に当たっては、当時の小泉内閣が談話を出しています。
 我が国はかつて、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。その認識においては安倍内閣は歴代の内閣の立場と同じであります。その上において、しかるべき時期に二十一世紀にふさわしい未来志向の談話を発表したいと考えており、そのタイミングと中身については、今後十分に考えていきたいと考えております。

 また、河野談話については、昨日も国会にて答弁申し上げたとおり、私としては、この問題を政治問題、外交問題化させるべきではないと考えております。この談話は当時の河野官房長官によって発表されたものであり、総理である私からこれ以上申し上げることは差し控え、官房長官による対応が適当であると考えております。
と、この時点で、「かつて、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」という部分において、歴代内閣と同じく村山談話を踏襲すると答えている。

これを踏まえた4月22日の白眞勲議員の質問に対して、安倍総理は「村山談話をそのまま継承しているというわけではありません」と答えている。ただ、答弁全体をちゃんとみると、「村山談話は、戦後50年に出された談話であり、戦後60年には小泉談話が出された。そして、戦後70年を迎える第二次安倍政権でも、新たに談話を出したい」という前提の上で、村山談話を"そのまま"踏襲するわけではない、という文脈になっている。




2.村山談話と小泉談話が同じなわけがない

そこで、村山談話の後、2005年に出された小泉談話について、その中身についてみてみると、実は、村山談話から微妙に修正が入っている。小泉談話の全文を次に引用する。
 私は、終戦六十年を迎えるに当たり、改めて今私たちが享受している平和と繁栄は、戦争によって心ならずも命を落とされた多くの方々の尊い犠牲の上にあることに思いを致し、二度と我が国が戦争への道を歩んではならないとの決意を新たにするものであります。

 先の大戦では、三百万余の同胞が、祖国を思い、家族を案じつつ戦場に散り、戦禍に倒れ、あるいは、戦後遠い異郷の地に亡くなられています。

 また、我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受け止め、改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明するとともに、先の大戦における内外のすべての犠牲者に謹んで哀悼の意を表します。悲惨な戦争の教訓を風化させず、二度と戦火を交えることなく世界の平和と繁栄に貢献していく決意です。

 戦後我が国は、国民の不断の努力と多くの国々の支援により廃墟から立ち上がり、サンフランシスコ平和条約を受け入れて国際社会への復帰の第一歩を踏み出しました。いかなる問題も武力によらず平和的に解決するとの立場を貫き、ODAや国連平和維持活動などを通じて世界の平和と繁栄のため物的・人的両面から積極的に貢献してまいりました。

 我が国の戦後の歴史は、まさに戦争への反省を行動で示した平和の六十年であります。

 我が国にあっては、戦後生まれの世代が人口の七割を超えています。日本国民はひとしく、自らの体験や平和を志向する教育を通じて、国際平和を心から希求しています。今世界各地で青年海外協力隊などの多くの日本人が平和と人道支援のために活躍し、現地の人々から信頼と高い評価を受けています。また、アジア諸国との間でもかつてないほど経済、文化等幅広い分野での交流が深まっています。とりわけ一衣帯水の間にある中国や韓国をはじめとするアジア諸国とは、ともに手を携えてこの地域の平和を維持し、発展を目指すことが必要だと考えます。過去を直視して、歴史を正しく認識し、アジア諸国との相互理解と信頼に基づいた未来志向の協力関係を構築していきたいと考えています。

 国際社会は今、途上国の開発や貧困の克服、地球環境の保全、大量破壊兵器不拡散、テロの防止・根絶などかつては想像もできなかったような複雑かつ困難な課題に直面しています。我が国は、世界平和に貢献するために、不戦の誓いを堅持し、唯一の被爆国としての体験や戦後六十年の歩みを踏まえ、国際社会の責任ある一員としての役割を積極的に果たしていく考えです。

 戦後六十年という節目のこの年に、平和を愛する我が国は、志を同じくするすべての国々とともに人類全体の平和と繁栄を実現するため全力を尽くすことを改めて表明いたします。

平成十七年八月十五日 内閣総理大臣 小泉純一郎
これに対して、村山談話は次のとおり。
先の大戦が終わりを告げてから、50年の歳月が流れました。今、あらためて、あの戦争によって犠牲となられた内外の多くの人々に思いを馳せるとき、万感胸に迫るものがあります。敗戦後、日本は、あの焼け野原から、幾多の困難を乗りこえて、今日の平和と繁栄を築いてまいりました。このことは私たちの誇りであり、そのために注がれた国民の皆様1人1人の英知とたゆみない努力に、私は心から敬意の念を表わすものであります。

ここに至るまで、米国をはじめ、世界の国々から寄せられた支援と協力に対し、あらためて深甚な謝意を表明いたします。また、アジア太平洋近隣諸国、米国、さらには欧州諸国との間に今日のような友好関係を築き上げるに至ったことを、心から喜びたいと思います。

平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。とくに近隣諸国の人々と手を携えて、アジア太平洋地域ひいては世界の平和を確かなものとしていくためには、なによりも、これらの諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていくことが不可欠と考えます。

政府は、この考えにもとづき、特に近現代における日本と近隣アジア諸国との関係にかかわる歴史研究を支援し、各国との交流の飛躍的な拡大をはかるために、この2つを柱とした平和友好交流事業を展開しております。

また、現在取り組んでいる戦後処理問題についても、わが国とこれらの国々との信頼関係を一層強化するため、私は、ひき続き誠実に対応してまいります。

いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。

私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。

 敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。

同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。これこそ、過去に対するつぐないとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮めるゆえんとなると、私は信じております。「杖るは信に如くは莫し」と申します。この記念すべき時に当たり、信義を施政の根幹とすることを内外に表明し、私の誓いの言葉といたします。

平成7年8月15日 村山総理大臣談話
両者を一読しただけでも、大分ニュアンスが違うことが分かる。




3.菅官房長官が安倍総理の発言を修正するわけがない

2008年、筆者は村山談話についてその内容の意味するところについてのシリーズエントリーを挙げたことがある。
「村山談話を解析する」シリーズエントリー記事一覧
村山談話を解析する その1 「田母神論文と村山談話」
村山談話を解析する その2 「過去の反省」
村山談話を解析する その3 「独善的なナショナリズム」
村山談話を解析する その4 「日本という縦糸」
村山談話を解析する その5 「現在の評価と未来の指針」
村山談話を解析する その6 「日本の器」
村山談話を解析する 最終回 「究極の徳利」
このシリーズエントリーでは、村山談話の内容を10のポイントに分け、個々に分析した上で、村山談話は、一言でいえば、「戦前の日本と戦後の日本は違う国なのだ」と宣言した談話だと解釈している。

筆者が村山談話の中でポイントだと考えているのは「わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、平和の理念と民主主義とを押し広めていく」としている部分で、この"独善的なナショナリズム"とは一体何を指しているのか、と、それが「過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んだ」という部分に関係するのかしないのか、という部分。これが、日本の歴史観が問題視される底辺に横たわっていると思っている。

ところが、村山談話では、これら一番肝心な部分に答えておらず、「国策を誤り」の部分について具体的に何だったのかと、問われた当時の村山首相は、これに答えなかった。

これに対して、小泉談話では、「独善的なナショナリズム」にも、「国策を誤り」にも触れず、過去のお詫びと未来への世界貢献について述べている。その意味では、非常にセンシティブな箇所を巧みに避けた談話だといえ、小泉談話の段階で、既に村山談話はそのまま引き継がれてはいない。ただ、「村山談話を見直しした」、とか、「村山談話を上書きした」、というよりは、村山談話の上に小泉談話を「上乗せ」したという表現のほうが近いと思う。

これを踏まえた上で、先の安倍総理の答弁をみると、確かに「我が国はかつて、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。その認識においては安倍内閣は歴代の内閣の立場と同じ」であり、「村山談話をそのまま継承しているというわけではない」というのはその通りだといえる。どこもおかしなところはない。

では、菅官房長官は、安倍総理の発言を修正したのか。そんなことはない。

菅官房長官は「歴代内閣の立場を引き継ぐ」としか言っていない。そして、「侵略の事実を否定したことは一度もない」とも言っている。

この発言にあるように、歴代内閣の立場を引き継ぐということは、過去の談話をそのまま引き継ぐということであり、それは、村山談話も小泉談話も引き継ぐという意味。

そして、菅官房長官は、「引き継いだ上で、未来志向の談話を発表したい」としている。だから、たとえ、安倍政権が新しい「安倍談話」を出したとしても、それは村山談話に上乗せされた小泉談話に更に上乗せする形での「安倍談話」になるのではないかと思う。

この記者会見では、マスコミは、「侵略したことは認めないのか」とか、「村山談話をそのまま引き継ぐわけではないというのを修正するのか」とか、「どれを引き継いで、どれを引き継がないのか」とか、顔を真っ赤にして質問していたけれど、菅官房長官は呆れながらも、「歴代政権の談話を引き継ぐ」と何度も答えていた。村山談話、小泉談話の中身をみると、それ以外に答えようがない。

マスコミは、果たして、歴代政権の談話を理解した上で、質問していたのだろうか。菅官房長官は、安倍総理の発言を修正なんかしていない。






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