昨日のエントリーの続きです。




6.需給ギャップと信用不安

では、通貨の持つ「価値の保存機能の損失」について考えてみる。通貨にとって、その"額面価値"が損失するというのは、例えば、新札発行に共なって、旧札2万円を新札1万円に交換するという具合に、交換比率を1:1にしない場合などが考えられるけれど、額面価値が減ったからといって、通貨の"価値"が下がるとは限らない。

たとえば、デノミなんかが行われて、これまでの通貨の額面が減ったとしても、その減った額面で、これまでと同じだけの"モノ"が買えるのであれば、その通貨の「交換価値」は変わらない。

つまり、通貨と財やサービスとの交換に着目すれば、通貨の額面そのものが価値というのではなくて、その通貨によって、どれだけの財やサービスと交換できるかが、通貨の価値を決めるといえる。

これは、言葉を変えれば、需要と供給の関係に依存しているとも言えるのだけれど、例えば、10kgの米と交換できる"お米券"があるとする。市場に米が100kgあって、お米券が10枚あると、そのお米券10枚は全部米に交換することができる。だけど、市場の米が100kgのままで、お米券を倍の20枚に増やしてしまうと、お米に引き換えられるのは最初の10枚だけで、残りの10枚は引き替えできずに宙に浮いてしまうことになる。

ここで、そのお米券を出したお店なりスーパーなりが、足りない10枚分のお米100kgを追加して用意することができれば、20枚全てお米に交換できる。市場に出回る米の量も、お米券の枚数も2倍になったにも関わらず、お米券1枚で引き換えられる米は10kgで変わらない。

これを通貨で考えると、通貨供給(お米券)を2倍にしても、それに見合う財とサービス(米)が用意できるのであれば、マネタリーベースが2倍になったとしても、インフレにはならないということを意味してる。因みにこの時、用意できる財とサービスが需要に対して、足りない場合には、その足りない分だけ価格上昇、すなわちインフレになる。その足りないのが、ほんの少し、例えば2%だけ足りないと、物価は2%上昇することになる。勿論、実際はこんなに単純な話ではないのだけれど、理屈上はそうなる。

これが、真っ当かつマイルドなインフレ。アベノミクスが本来目指しているのはこの姿。

ところが、ここで注意しなければならないのは、通貨供給が増えた分に見合うだけの、財とサービスがちゃんと用意できるか、そして、その財とサービスが市場から求められているものであるのかということ。先程のお米券の例でいえば、お米券を倍の20枚にしても、市場にあるお米が元の100kgのままで、追加されることがなければ、お米券に信用不安が起こる可能性がある。

お米券の交換率からみれば、お米券が20枚あれば、本来、市場には200kgの米がないといけない。だけど、米が100kgしかないと、その100kgの米は、早い者勝ちでも、籤引きでも何でもいいけれど、お米券を持つ人の半分にしか行き渡らない。米を手に入れ損ねた人は、次の米の入荷を待つしかない。

この時、何かの事情で、次に、いつ米が入荷するか分からない状況になったらどうなるか。

その瞬間、お米券は、もしかしたら、永遠に米と交換できないかもしれない"不安な引換券"になる。そんな"不安な引換券"を持っていたくない人は、運よく10kgの米を手に入れた人に、お米券1枚出すから、1kgでいいから分けてくれなんて、お願いするかもしれない。本来10kg手に入れられる筈のお米券で1kgしか交換できなくなるということは、お米券の価値が相対的に10分の1になったことを意味してる。

これはお米券が「信用不安」を起こして、インフレになったという例だけれど、この構図は、お米券を日銀券に変えても同じことになる。

まぁ、ここまで極端ではないにしても、流通している日銀券がいつ交換できるか分からない、又は、額面以下の価格でしか受け取って貰えない"不安な引換券"であると見做されてしまうと、途端に、それを持っていること自体、嫌がられるようになる。

今でも、買い物のお釣りか何かで旧500円硬貨を手にすることがままあると思うけれど、筆者は旧500円硬貨はなるべく早く使うようにしている。なぜなら、旧500円硬貨は自販機では使えないから。

旧500円硬貨は、過去、偽造500ウォン硬貨などの偽造硬貨が出回ったことがあり、特に街角の自販機が被害にあった。やがて、その対策として、より偽造しにくい新500円硬貨が発行されるようになった。今では、自販機も新500円硬貨に対応して、旧500円硬貨はすっかり使えなくなってしまっているけれど、これは旧500円硬貨が自販機では交換機能を果たさなくなった、ということであり、ある意味、限定的ではあるけれど、「信用不安」を起こした例だといえる。

まぁ、旧500円硬貨でも、自販機以外では500円として使うことができるから、額面価値が減ったというわけではないのだけれど、あのまま、新500円を発行することなく、放置されていれば、今頃旧500円硬貨を使う人はもっと減ってしまっていたのではないかと思う。

このように通貨供給量を増やすことで、インフレが起こるといっても、増えた通貨供給量に対して、ほんの少しだけ供給が追い付かないことで発生するインフレと、通貨の「交換機能」或いは「価値保存機能」が毀損するかもしれないという「信用不安」によって引き起こされるインフレの2種類のインフレがある。

だから、「財政ファイナンスは政府に対する金融市場の信頼性を落とすから駄目だ論」も、言葉を変えていえば、財政ファイナンスは、「信用不安」によるインフレを生むから駄目だと言っているのであり、更に突き詰めて言えば、「増やした通貨供給量に見合うだけの、財とサービスが供給されないから駄目だ論」ということになる。




7.財政規律と信用不安

あと、もう一つ、信用不安を起こす理由として「財政規律が守られないから信用不安が起こる説」がある。これは、政府が野放図な借金を繰り返した挙句、莫大な借金を抱え、それを支払えなくなるかもしれないという懸念から、国債が売られ、信用不安が起こるというもの。

まず、財政規律とは何かというと、特に明文化された定義があるわけではなくて「国や地方自治体の財政を秩序正しく運営するための規律」といった概念的なものとして扱われている。一般的には、歳出と歳入のバランスが保たれている状態が正しいとされ、満期を迎えた国債の償還について、きちんと財源を用意して支払ができること、或いは、支払できるという見込みがあることがその目安となる。

逆に、国債の満期償還に充てる財源が用意できなかったり、償還財源のために新たな国債を発行するようなことなどは、「財政規律を喪失した」とか「財政規律を損なった」などと言われ、国債の信用を棄損する行為だとされる。

従って、財政規律を保つ為に、収支のバランスをとる必要があるのだけれど、その方法は、至極シンプルで、収入を増やして、借金を減らすこと。個人だろうが、国だろうが同じやり方になる。国にとっての収入は税金であり、支出は政府予算の歳出になるから、結局、無駄な歳出を削減して、国債発行額を減らすことで、借金を抑え、増税して収入を増やすということになる。

2011年4月12日の財政金融委員会での質疑で、白川前日銀総裁は「通貨の交換機能」を維持する為には、国家の信用が必要で、その国家信用を得るには、財政規律が保たれていることだとし、ユーロの参加条件の一つに、財政バランスが保たれていることがある、と述べている。

では、なぜ財政規律が保たれないと「通貨の交換機能」が維持できないとしているのか。それは、「通貨の交換」という行為が何によって担保されているのか、という部分に関係している。

昨日のエントリーの5章で、通貨の交換機能が保たれる条件として、「通貨の流通範囲で、きちんと政治的・法的統治が為されていること。例えば、ある二者間で、何某かの売買契約が行なわれたとき、片方がそれを一方的に無視して破棄したとしても、彼をふん縛って、契約を履行させる、又は法的処置、或いは補償が為されること。これらがきちんと機能していると、通貨を使用する人々が信じていること」だと述べたけれど、一言でいってしまえば、「契約を履行させる拘束力(警察力)」があるかないかが、「通貨の交換機能」を担保する。

「何が何でも、契約は守らせる、借金は踏み倒させない」と、腕力にものをいわせて、言うことを聞かせる存在がバックにいて始めて人々は、万が一の場合でも安心だ、とその契約を信用する、契約の媒介となる通貨を信用する。

この腕力にものをいわせる存在というのは、国内であれば、その国の警察力になるのだけれど、これが国家間ではどうなるかというと、身も蓋もない言い方をすれば、当事国が持つ軍事力ということになる。そして、その効力は、契約を結んだ当事国同士の軍事力の優劣がそれを決める。

例えば、ある国が他のどの国も適わないほどの強大な軍事力を持っていれば、その国に対する借金を踏み倒そうものなら、十中八九報復される。それは軍事報復の形もあれば、その国の国債を売り払って経済報復する形を取ることもある。それが嫌なら契約を守るしかない。

だから、他国から借金をするということは、それなりにリスクを負うことであり、借りるなら借りるで、ちゃんと返せるというアテというか担保が必要になる。その担保として、例えば、その国が持っている純資産であるとか、財政が良好であるとか、他所からみて、これなら返せそうだよね、という見込みがそれを担保する。だから、財政規律の健全化というのは、その信用を担保する要素の一つに過ぎない。

白川前総裁が言及した、ユーロ加盟の条件に財政規律を守ることがある、というのは、単純にユーロが多国間同盟であるからだと思われる。他国間の関係で信用を保つためには、一定レベル以上で借金を返せるという見込みが欲しい。

翻って、日本は、どれくらいの資産を持っているのかというと、それはもう、特Aクラスのお金持ち。

2012年の5月22日、財務省が2011年末の対外資産・負債残高を発表しているけれど、それによると、政府や企業、個人が海外に保有する資産から海外勢による対日投資を差し引いた対外純資産残高は253兆100億円で、前年末比で0.6%増。21年連続の世界一。

それに何より日本の国債の90%は国内で消化されていて、外国からの借金なんて殆どない。

だから、日本国債を持つ外国にしてみれば、日本が本当に借金を払えなくなるとは、思っていないだろう。日本という国が債務不履行になるとはちょっと考えられない。この点では、ユーロとは明らかに前提条件が違ってる。

あとは、国内の借金ということになるのだけれど、日本国内は、法による統治が行われ、警察力も機能している。国が国民から沢山借金しているといっても、期日までにちゃんと返すことさえ出来れば問題ない。たとえ、返して直ぐまた借りるなんてことを繰り返したとしても、きちんと返済すれば債務不履行にはならない。

国民も「日本は潰れない」と信じている限りにおいて、そうした借り換えにも応じてくれるだろう。

だけど、肝心なことは、この"日本が潰れない"と国民が信じ続けてくれることであって、余りにも借金が重なるとやっぱり不安に思うのが人情というもの。

従って政府は、やはりできる限りにおいて、財政規律の健全化を図るべきであって、それは経済成長によるものであるのが望ましい。デフレ化で財政規律の健全化を求めたところで、増税と歳出削減を繰り返すばかりで景気は少しもよくならない。

また、日本が潰れるかどうかという点でいえば、国家安全保障の観点も外せない。日本が他国に占領されてしまったら、財政規律もクソもない。昨今の状況を考えれば、むしろ、日本は他国から侵略されないだけの防衛力、国防力を強化することで、通貨の信認を維持することを考えた方がいいかもしれない。

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8.需要の空間軸と時間軸

次に、黒田日銀の2年で通貨供給量を2倍にする、というマネタリーベースの増加に見合った財とサービスが、今の日本で供給できるのかどうかということについて考えてみる。

2月25日の内閣府の発表によれば、2012年10~12月期の「需給ギャップ」は-3.1%で、2012年7~9月期の-2.9%から更に拡大。金額に換算すると名目ベースで年15兆円程度のギャップがあるとしている。

もっともこれには、異論があって、需給ギャップはもっとあるという人もいる。嘉悦大学教授の高橋洋一氏は「デフレギャップは年率換算で約40兆円ある」としている。

黒田総裁は、先日の政策決定会合で、国債購入額を毎月7~7.5兆円程度に拡大するといっているから、年間で84~90兆円くらい。2012年度の日銀の国債引き受け枠が30兆円だから、差し引き60兆円くらいの増加。

15兆円或いは40兆円の需給ギャップに対して、年間90兆円の通貨供給増が、適切なのかどうかについては、筆者にはよく分からないけれど、少なくとも、白川日銀時代の年間30兆円枠ではデフレから全く脱出できなかったのは確か。

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ただ、日本に、需給ギャップ分の潜在的な供給力があるといっても、細かくみれば、その供給力には、凸凹というかバラつきがある。業種によって、供給余力があるものと、それほど余裕のないものとがあるのは当然といえば当然。

総務省統計局が出している、労働力調査によると、2013年2月速報時点で、就業者数は6242万人で、前年同月に比べ16万人増加していて、産業別では「医療,福祉」などが増加し、「製造業」などが減少している。

勿論、民間の雇用者数の動向だけで、需給ギャップの業種別バラつきが分かるとは言わないけれど、民間企業は市場の需給に合わせて、生産調整し、雇用も調整していくのが普通だから、雇用の増減の傾向をみれば、ある程度の傾向は見えてくる。

総務省の労働力調査では、「製造業」、「卸売業」、「運輸業」、「通信業」などが、前年同月比で10万人単位で雇用を減らしている。だから、この辺りの業種には、まだまだ生産余力があるものと思われる。

だけど、いくら生産余力があるからといって、そこに公共投資すれば全てOKかというと、必ずしもそうとは限らない。投資するからには、その投資額を回収出来なければならない。さもなくば、単なるバラマキになってしまう。

投資の回収は、その投資分野が将来成長し、市場が拡大するという見込みがなければ難しい。仮に、国が公共投資によって、需要を生み出したとしても、需要の総量が頭打ちになれば、いつかは供給が追い付いてくる。ゆえに将来に渡って、中々供給が追い付かない状況、すなわち、需要が増加しつづける状態もどこかでつくっておかなくちゃいけない。これが成長戦略。

つまり、需要には、今現在の生産力及び生産余力がある、という意味の空間的な軸と、将来、新たな産業分野が立ち上がり、市場が拡大するという意味の時間的な軸の2つがある。この両者が安定的に推移・拡大することが安定成長には欠かせない。

アベノミクスで行おうとしている財政出動は、今現在起こっている需給ギャップを埋めるための政策であるし、成長戦略は、財政出動による投資を回収するための政策ということになる。つまり、需要の空間軸を満たすのが財政出動で、需要の時間軸を手当するのが成長戦略。

そして、これら需要の空間軸と時間軸の双方において求められるだけの資金を用意するのが、金融緩和。

だから、アベノミクスとは、デフレから脱却するために、需要の空間軸の要求と時間軸の要求の両者を満たし、その為の資金も用意する、いわば、"経済の時間と空間の拡大政策"であるともいえる。

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9.バブルと国土強靭化

仮に、政府が国債発行して市中から資金調達して、財政出動を行ったとする。だけど、そうして生み出した需要に対して、必要十分な供給がオンタイムで用意されることは中々ない。

モノには、それを生産するための時間が要る。製造業が何か製品を作り出すためには、たとえ既製品であったとしても、生産を拡大するためには、ラインの増設から、部品の調達や人員の確保をしなくちゃいけない。そして、更に、何か月かの製品を作る時間が要る。設計からやるならもっと時間がかかる。

農業にしても、野菜や米は今日苗を植えて明日採れるものじゃない。半年、1年と待たなくちゃいけない。

つまり、財政出動する際には、その規模と出動するタイミングも大事であり、これを間違えると、供給が全然追いつかないところに大量の資金が投入されることになる。供給(実体価格)を遥かにこえる資金が投入され、拡大すると、バブルが発生する。

だから、需要と供給のバランスを見ながら、適切なタイミングで資本投入することが大事であり、それが何年にも渡って続くような事業であれば、尚の事いい。

自民党は、国土強靭化計画を掲げて、インフラ整備に公共投資をしようとしているけれど、土木建築は、完成までに時間がかかる上に、早く造らないと競争に負けて投資が回収できなくなるといった機会損失が発生しにくい業種でもある。更に、一度作れば、流通や経済活動を促進することにもなるから、実は、結構、公共事業には向いている。

なんとなれば、政府が、インフラへの公共投資を年度毎に分割して、小まめに発注してやれば、だらだらと長年に渡って需要を生むことさえできる。まぁ、成長戦略ではないけれど、需要を小出しにすることで、成長しないまでも巡航航行ぐらいはできる。

ただし、大事なのはそのあとで、折角作っても、それが本当に使われ続けることがなければ、その投資の回収には長年が必要となるし、中には、投資を回収することが不可能な不良資産を作ってしまうことだってある。

狸しか走らない高速道路とか、赤字垂れ流しの訳のわからない施設とか。こんなものも作ってきたのは事実としてある。ただ、この辺りの見極めは、やはり商売人ではない役人には難しい。それ故に、こういった類のインフラや資産は、マスコミの批判の餌食となってしまう。

だから、政府は財政出動をするにしても、今の空間軸の需要を潤す、公共投資のみならず、今はものにならないけども、将来、需要があると見込まれる分野への投資、すなわち、成長産業への投資と育成は欠かせない。

そうした成長産業が立ち上がって、需要が起こってくると、今度は民間がそこに材とサービスを供給するために、資本投資をして、生産態勢を整えるようになる。その一方で、需要が伸びないと思われる分野からは手を引いてゆく。これが生産の構造改革。例えば、固定電話しかなかったひと昔前は、街角のあちらこちらに電話ボックスがあったりしたものだけれど、今ではすっかりがなくなって、携帯電話で溢れている。これも一種の生産の構造改革にあたるだろう。

民間企業は日銭を稼ぐという宿命があり、ゆえに、資金が比較的早く回収できるような分野にしか進出できない。だけど、それが余りに行き過ぎると、投資と倒産を目まぐるしく繰り返すことになって、安定的な成長が難しくなってしまう。

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10.アベノミクスは日本経済の時空間を牽引できるか

黒田日銀総裁の打ち出した"異次元の金融緩和"は市場に大きな衝撃を与えた。白川総裁時代には、ウンともスンとも言わなかった為替と株が、一気に反応した。

この理由を考えてみると、やはり、これまで日銀が金利のコントロールを目標としていた政策を改め、マネタリーベースをコントロールするように政策変更したことが決定的だったのではないかと思われる。

資金供給量の増減に着目すれば、金利目標はやはり出口戦略。例えば、大震災などで、ある地域が被害に遭うと、そこに一時的な資金の大需要が発生して金利が上がったりすることもある。その時、日銀が金利をコントロール目標だとする政策を取っていたら、金利が上がったからといって、資金供給を減らしてしまうことだってありうる。

これは、中央銀行の資金供給が、そのときの状況で変動することを意味するから、「安定的に」経済が拡大するとは限らなくなってしまう。少なくとも、市場心理から見れば、いつ資金供給が細るか分からない「不安定な資金供給」では、中長期の投資なんか怖くてやってられない。畢竟、民間投資は先細って、とりあえずは安定している"国債"に資金が流れることになってしまう。金利のコントロールでは市場マインドは好転しない。

それに対して、黒田総裁の金融緩和は、景気が好転するまで、資金供給を必要なだけ続けるという政策。すなわち、経済が「安定的に」拡大するための資金供給をファイナンスしますよ、と"胴元"が宣言する、親方日の丸の政策。

故に、市場は反応した。最低でも2%のインタゲが達成されるまで、資金供給が減ることは無くなった。溢れた資金は、政府によって、どこかに投資される。ゆえに為替と株が一気に反応したのではないか。

先程も述べたように、アベノミクスとは、経済の時間と空間の拡大政策。だけど、今はまだ、その為の資金需要の手当をつけたに過ぎない。

需要の空間軸と時間軸の拡大については、2013年度の政府予算案で、公共事業を増やして「人からコンクリート」への転換こそ始めたものの、時間軸である成長戦略については、まだこれから。

だから、株と為替で好調に見えるアベノミクスも、成長戦略によって、その本当の実力が問われることになるのだと思う。

アベノミクスの3本目の矢である「成長戦略」を如何に描けるか。2年で2倍するという資金供給を補って余りある、需要の創造と成長戦略を見事に描き切れるか。日本経済の時空間を見事に牽引していけるのか。アベノミクスの成功の最後の鍵はそこに掛かっている。

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