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先日、ツイッターの纏めで「新自由主義経済理論者との議論」というものを見つけて読んでいたのですけれども、中々、興味深い内容だったので、少しインスパイアされました。

そこで、今回は、アベノミクスと通貨の信認について少し考えてみたいと思います。長くなりますので、今日、明日と、前後編の2回に分けてのシリーズエントリーになります。

尚、今回のエントリーは筆者のアベノミクスについての解釈(理解)であり、多分に偏った論になっているかもしれませんし、抜けや間違いもあろうかと思います。その点については御容赦、御指摘いただければ幸いです。




1.黒田波動砲が中韓に大ダメージを与える

日銀黒田総裁の"次元の違う"金融緩和策は、更なる円安と株高を呼びこんだけれど、その黒田波動砲を中国と韓国がモロに喰らっている。

韓国は円安ウォン高の影響から輸出産業が伸び悩み、現代自動車と起亜自動車は、アメリカ自動車市場で、他のメーカーが新車販売を伸ばす中、2ヶ月連続で前年割れ。現代重工業や鉄鋼大手のポスコも昨年10月以降から輸出が減速している。

また、中国に対しても、昨今の中国リスクから対中投資が減っているのに加え、このまま90円以上の円安が続けば、生産拠点の国内回帰を呼び、一層の中国離れが加速するとも見られている。

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2.黒田総裁の緩和政策の本質は財政ファイナンス

市場に大きな影響を与えた、黒田総裁の金融緩和策。これで本当に景気が回復するのか。

4月9日、与謝野馨・元経済財政相は、ロイターのインタビュー応じ、インフレターゲット達成の可能性について「日銀が物価を動かすことができるかというと、そんな道具は持っていない。能力も持っていない。そういう人に物価目標を作らせるのは無責任極まりない。…日本経済が本当によくなるためにはやはり、人が良く働き、新しい技術を作り、海外でモノを売る努力を一生懸命するという、従来と変わらない努力が必要なのであって、レーガノミクスも失敗、サッチャリズムも失敗した。問題は政策が長い期間の評価に耐え得るかということにかかっている」と批判している。

特に、与謝野氏は、日銀による大量の国債買い入れについて、「財政ファイナンスであるということは明らかだ。決して健全な金融財政政策とは言えない。…長期金利は理由もなくある日突然上がり始める。誰も打つ手がない。そういう性質のものだ」と懸念を示している。

財政ファイナンスとは、国による資金調達のことで、新発の国債を日銀が直接購入することを指すのだけれど、現時点で、政府および日銀は、今回の量的・質的緩和による国債買い入れは、"財政ファイナンスではない"としている。

3月4日、衆院議院運営委員会の所信聴取で黒田総裁は、「いわゆる財政ファイナンスといったことは中銀として考えるべきでない。…短期の国債オペでは金融緩和をできなくて、それを行うために長期の国債や各種の金融資産の購入を大胆にやってきている。そういうものとして大胆な金融緩和が必要だ。…国債の日銀引き受けとか、そういった法律で原則的に禁じられていることを日銀がやるべきでない。…為替介入するのは現行法のもとでは財務省であり、日銀の役割ではない。為替安定についての責任は政府にある」と発言し、買いオペでの金融緩和を指摘している。

これまで日銀は、「日銀券ルール」というものを自主的に設定して運用してきた。日銀券ルールとは、日銀が保有する長期国債の総額を、市場に流通しているお札の額以下にするというもの。このルールによって、日銀は際限なく国債を引き受けることのないようにしていたのだけれど、4月4日、黒田総裁になってからの日銀政策会合で、この「日銀券ルール」は一時停止となった。

だけど、現実には、2010年に日銀は、金融緩和の一環として新たに「資産買い入れ基金」を導入し、この基金で国債を買うことにしていた。ところが、この基金で買った国債は、銀行券ルールの範囲外としていたため、事実上の長期国債買い入れ総額は、2012年末で89兆円で、発行済の日銀券の総額87兆円を上回っていた。だから、日銀券ルールといっても、実際には「有名無実化」していた。

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3.財政ファイナンスが禁じ手とされる理由

与謝野氏が述べたように、日銀による財政ファイナンスは禁じ手だと言われることがある。その大きな理由の一つには、インフレ率が上昇し、その抑制は困難になる、というもの。

これまで日銀は国債の売買について、建前上、売買そのものを目的とはせず、金利の調節するための一手段として売買するというスタンスをとってきた。これにより、日銀は、国債を好きな時に売ることも、買うこともでき、その結果金利を調節するという政策となっていた。更にこれに加えて、日銀券ルールを設定することにより、国債の売買枠をも規定して、野砲図な国債売買もしないというのが日銀の姿勢だった。

ところが、黒田総裁の金融緩和策は、金利を目標とせず、物価上昇率を目標として、その為に必要なだけ国債を買い取る。当面は2年でマネタリーベースを2倍にする、という政策だから、これまでよりも、更に国債の買い取りを重視した政策になる。畢竟、インタゲを達成するまで、日銀は国債を勝手に売ることが出来なくなってしまう。結果として、日銀は金利の調節機能を失うことになってしまうから、不必要な高インフレを招く恐れがある、というのが、財政ファイナンスは禁じ手だとする理由のようだ。

そして、これらから派生して、「財政ファイナンスは政府に対する金融市場の信頼性を落とすから駄目だ論」であるとか、「通貨の信任が失われ、資本逃避が発生するから駄目だ論」などに繋がっているのだと思う。

だとすると、財政ファイナンスが禁じ手なのか、或いは、そうでないのかは、つまるところ、通貨の信認が失われるか否かという問題に帰着するように思われる。




4.通貨の信用とは何か

では、通貨の信認、あるいは通貨の信用とは一体何か。巷では、いろんな説があるようだけれど、今一つ、これといった定義はないようだ。

2011年4月12日の財政金融委員会で、民主党の金子洋一議員が、当時の白川日銀総裁に「通貨の信認」の定義について質問している。次にその一部を引用する。
○参考人(白川方明君) お尋ねは、通貨の信認の定義は何なのかということだというふうに受け止めました。これは先ほど、既に国会で言ったこと、先回、三月の二十五日に言ったことについては言わぬようにということではございましたけど、御質問でありますので、その部分については若干重なりますけれども、二つの要素があるというふうに考えています。
 一つは、中長期的に見て物価の安定が確保されている……

○金子洋一君 いや、それはそうじゃないです。だから、展望レポートで公表しているからそれでいいんだということについてどうお考えなのかと。

○参考人(白川方明君) 展望レポートでは、先々の経済、物価の姿、見通しを展望しまして、それが我々の判断する中長期的な物価安定の定義に照らしてどういうふうに評価できるかということを示しております。

 で、通貨の信認、物価の安定ともう一つ、これは最終的に通貨の支払、これは現代の金融システムの下ではこれは預金通貨でございます。つまり、最終的に預金がちゃんと元本が返ってくるという安心感でございます。これはリーマン・ショックのときにも示されましたけど、最終的にあの局面では欧米各国、政府が公的資本注入を行いました。つまり、最終的に民間金融機関の信用というのは、これは国家のやっぱり信用によって支えられるということでございます。これは言い換えますと、財政のバランスについて中長期的なバランスが確保されるかということに帰着します。それであるがゆえに、ユーロの参加の条件として、その一つの条件として財政バランスも入っているわけでございます。

 そういう意味で、厳密に数量的に定義できないけれども、しかし大事なことは世の中にはたくさんあるというふうに思います。民主主義もそうですし、この通貨の信認ということもそうだというふうに思います。

○金子洋一君 御答弁については全く納得できませんが、時間が参りました。
 日本銀行が保有する長期国債の残存期間別割合とその残存期間を今後毎月公表していただきたいということと、学者さんや学会に対する支出の公表も是非お願いをしたいと思っております。
白川前総裁は、長々と答弁しているけれど、掻い摘んでいえば、白川氏の定義する「通貨の信認」とは次の2つ。

1)物価の安定が確保されている
2)通貨で支払いができる

金子議員は、この白川前総裁の答弁について、全く納得できないと述べているけれど、白川氏の発言は、通貨のお根本的機能について触れている。

筆者は、以前「貨幣の持つ2つの機能(価値と貨幣について考える その9)」のエントリーで、貨幣の機能について述べたことがある。次に引用する。
貨幣には2つの機能がある。物の売買をするときの「交換機能」と貨幣に記され保障されている価値の「保存機能」がそれ。

もしも貨幣に「交換機能」がなく「保存機能」だけしかなかったとしたら、買い手の現われない骨董品や宝石と同じで、いくら高額の(保存しかできない)貨幣を持っていたとしても、それは持っていることしかできないモノ。文字通りの宝の持ち腐れ。

また逆に、貨幣に価値の「保存機能」がなく「交換機能」だけしかなかったとしたら、その(価値を保存できない)貨幣は、二度と使うことができない「紙切れ」と同じ。その紙幣による売買行為は、紙切れと交換で自分の価値ある何かを取られてしまうことになる。強盗にあうようなもの。そんなの誰も使わない。

だから、貨幣が貨幣であるためには価値の「交換機能」と「保存機能」の二つを兼ね備えていることが必要で、出来る限り交換しやすく、保存も利くものがその材料として選ばれてきた。

昔は石とか貝とかが貨幣として用いられ、今では金属硬貨や紙幣が用いられている。もちろんこれらは持ち運びやすく、かつ時間経過によって、化学変化を起こしたり、自然に消えてしまわないものであるが故に用いられている。
貨幣の持つ2つの機能」 日比野庵本館 2009.2.17より
このように、通貨は価値の「交換」と「保存」の二つの機能を保持できなければ、通貨としての役目を果たさない。先の白川前総裁は、通貨の信認とは「物価が安定していること」と「通貨で支払いができること」の2つを挙げていたけれど、これは正に、筆者が述べた通貨の「価値の保存機能」と「価値の交換機能」の2つが保たれることに当たる。

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5.通貨の信用が揺らぐとき

価値の「交換」と「保存」ができる限りにおいて、通貨が信任されるということは、逆にいれば、この2つのどちらか、又は両方が失われた時に、その通貨の信用は無くなることになる。では、具体的にどのような時に通貨の「交換機能」と「保存機能」が失われたと言えるのか。

まず、前者についていえば、通貨の発行主体、つまり、国及びその国の中央銀行が、健全に存在していること。より具体的にいえば、通貨の流通範囲できちんと政治的・法的統治が為されていること。ぶっちゃけていえば、ある二者間で、何某かの売買契約が行なわれたとき、片方がそれを一方的に無視して破棄したとしても、彼をふん縛って、契約を履行させる、又は法的処置、或いは補償が為されること。これらがきちんと機能していると、通貨を使用する人々が「信じる」ことによって、所謂、通貨の「交換機能」は維持される。

これが、例えば、日本がどこか他国に占領されたとして、占領政府が、「明日から円の流通を禁ずる」なんてお触れを出したとしたら、その途端に、「円という通貨」の交換機能は失われ、「円」はその信用を失う。だから、国家安全保障は、そのまま通貨の信認に直結している。

次に後者については、改めて説明するまでもないとは思うけれど、仮に、通貨の額面が、例えば、仕手株のように、日によって、乱高下するような通貨だったとしたら、どうなるだろうか。昨日は100円だったのに、今日になったら10円になっている。明日は何円になるかは、明日になってみないと分からない。そんな通貨があったとしても、おそらく誰も使いたがらないだろう。何故なら、将来の計算ができず、計画が立たないから。ハイパーインフレが通貨の信用が失われたことと、殆ど同一で語られるのも、これが理由。

ただ、この通貨の価値保存機能を逆手に取って、意図的に通貨の額面を時間が経つごとに減損させることで、通貨流通速度を速めてしまうという「ゲゼル通貨」という概念もあるのだけれど、ここでは触れないでおく。

先に述べたような、財政ファイナンスが"禁じ手"とされる理由が「通貨の信認が失われるから」なのであれば、それは、通貨の「価値交換機能」及び「価値保存機能」を失うことを意味するのだけれど、それが、「価値の交換機能」の損失なのか、「価値の保存機能」の損失なのか、或いはその両方なのかといえば、巷でハイパーインフレがどうのと言われているところをみると、おそらく、"価値の保存機能の損失"がより起こり得ると懸念しているものと思われる。

明日につづきます。




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