更に昨日のエントリーの続きです。
昨日のエントリーで、国際原子力機関(IAEA)が、エボラの早期診断を可能とする機器をシエラレオネに送ると発表したことを取り上げたけれど、この機器は、遺伝子検査技術を使っている。
つまり、エボラウイルスのRNAを検出することでエボラ感染の有無を診断しようというもの。
だけど、当然のことながら、極微サイズのRNAの1個、2個を検出するなんて到底できやしない。だから実際は、該当となるRNAを増殖させて、検出できる数まで増やしてやってから検出する。
RNAの増殖は、DNA(デオキシリボ核酸)の性質が利用される。DNAはご存知の通り、2本の 鎖がからまった二重螺旋構造を持っているのだけれど、それぞれの鎖は、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4種類の塩基を持っている。
※RNAはチミン(T)の代わりにウラシル(U)にしたA,G,C,U構造を取る。
この4種類の塩基の配列は生物種によって異なり、生物種毎に固有の配列の領域が存在することが知られているのだけれど、遺伝子検査は、この生物種固有のDNA配列を検出することで行っている。
DNAが二本鎖を形成する時には、互いの相手となる塩基の組み合わせは決まっていて、アデニン(A)とチミン(T)、グアニン(G)とシトシン(C)が必ずペアになる。
細胞は分裂する前にDNA複製を行うけれど、これら塩基は必ず決まった種類同士でペアになるという性質から、いつも、互いに補い合ったDNA(cDNA:complementary DNA)が合成される。
だから、人工的にDNAをなんども複製させてやれば、DNAはいくらでも増やすことが出来る。
DNAは温度によって状態が変化する。
2本鎖DNAは、水溶液中で高温(温度帯:94~96℃)になると、1本鎖DNAに解け、温度が低く(温度帯:55~60℃)なると、相補的な鎖は勝手に結合して、元の2本鎖DNAに戻る(アニーリング[焼きなまし])のだけど、急速冷却すると、元のDNA同士が2本鎖に再結合するより、短いDNAの断片が先に結合する。
この時、DNAは、先にくっついた短いDNAの断片を起点として、他のDNA断片をかき集めてDNA複製を始める(伸長反応、温度帯:70~74℃)のだけれど、この起点となるDNA断片を、予め増殖させたいDNAの一部にくっつけてやることで、ターゲットとなるDNAが選択的に増殖させることができる。この増殖ターゲットDNAの起点となるDNA断片を「プライマー」という。
こうして、ターゲットとなるDNAを複製した後、温度を上げてやれば、2本鎖DNAは、また1本鎖DNAに解ける。これを繰り返すことでDNAは、1本が2本、2本が4本と指数関数的に増幅する。
この反応をポリメラーゼ連鎖反応(PCR:Polymerase Chain Reaction)というのだけれど、数時間あれば、DNAは100万倍に増幅される。
DNAはその構成要素にリン酸基をもつことから負に荷電していて、DNA断片を含む溶液に電流を流すと、正極に向かって移動する(電気泳動)。正極に集まったDNAは色素で染色することで確認できる。
また、最近では、反応液の中に最初から蛍光色素を添加しておき、リアルタイムでターゲットDNAの増幅をモニタリングするリアルタイムPCR(qPCR)という手法も用いられている。
では、RNAも同じやり方で増幅できるかというと、そうは問屋が卸さない。RNAにはメッセンジャーRNA(mRNA:messenger RNA)と呼ばれるDNA上の遺伝情報を受け取って(転写)タンパク質合成の仲介をするRNAがあるのだけど、このメッセンジャーRNAは一般的にとても寿命が短く、数分程度くらいしかない。その構造もDNAの様に2本鎖ではなく一本鎖。
だから、全てのRNAをそのままPCRで増幅するのは難しい。
そこで、RNAを増殖させるときは、ターゲットとなるRNAを、鋳型となるDNAに一旦"喰わせて"、DNAの形にしてやる(逆転写)。そして、RNAを喰わせたDNAをPCRして、DNAごとターゲットRNAを増幅する手法が用いられる。
この反応を、逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR:Reverse Transcription Polymerase Chain Reaction)といい、エボラなどのウイルスのRNAを増幅するときにも、このRT-PCRが使われる。これも通常のPCRと同じく、大体、数時間もあれば検出できる。
だけど、RT-PCRでの検査装置は高価な上、厳密な温度管理が必要となる。そうそう簡単に扱える装置じゃない。IAEAがRT-PCR装置をシエラレオネに提供するといっても、エボラはシエラレオネだけで発生しているわけではないし、既にアフリカ大陸の外に出てしまっている。
エボラの初期症状は、発熱、頭痛、筋痛、全身倦怠感などで、ぱっと見はインフルエンザと殆ど変わらない。それゆえに初期段階での診断は難しいという。
日本での感染症の動向調査は、基本的に厚生労働省の報告基準のなかに、症状が記載されていて、臨床医の診断または検査によって、臨床医が疑ったら報告する形を取っている。だから、初期症状が殆どインフルエンザと変わらないエボラが漏れなく報告されるかどうか不安がないわけじゃない。
であれば、猶の事、全国津々浦々の病院に、エボラを検出する装置を設置したいし、できることなら、数時間単位でなく、数十分単位くらいで検出できる装置が欲しい。外来患者が別室で待機できる程度の時間で結果が出ることが望ましい。パンデミックの危険も、より下げることが期待できる。
では、そんな素晴らしい検査装置があるのかというと、実はもう既にある。
それは、長崎大学の安田二朗教授が開発した「モバイル型生物剤検知システム」。この装置は、RT-PCRと同じく、DNAを増幅させることで検知するのだけれど、DNAの増幅はPCR法ではなく、LAMP法と呼ばれる栄研化学で開発された方法を使っている。
先程述べたように、2本鎖DNAは95℃くらいの高温下では解けて、1本鎖DNAになるのだけれど、それより低い65℃付近の温度でも、片方の鎖にプライマーをくっつけてやると、そのプライマーから相補的なDNAが伸長して、元からあった片方のDNA鎖は剥がされてしまい、1本鎖状態になる。
この1本鎖DNAは、直ぐに周囲のDNA断片を拾って、相補的なDNA鎖を合成するのだけれど、この時、1本鎖DNAの中にあるターゲットDNAの端っこに、自分自身に相補的な領域をもつプライマーをくっつけてやると、これを起点として、ターゲットDNAを覆う形で相補的なDNAを複製する。
こうしてできた2本鎖DNAをまた1本鎖DNAへ剥がしてやると、剥がされた1本鎖DNAはその端っこが自分自身に相補的な領域を持っているために、勝手に折り返して、自分を自分にくっつけるループ構造を取るようになる。
このループ付1本鎖DNAに対して、今度はループが無い側に対して同様に自分自身に相補的な領域をもつプライマーをくっつけてやると、そこを起点としてまた相補的なDNAを合成する。
この時合成される相補的なDNAは、ターゲットDNAに対して相補的なDNAに対して複製されたものだから、ターゲットDNAを含んでいるのだけれど、その両端には、自分自身に相補的な領域を持っているという違いがある。
この2本鎖DNAをまた剥がしてやると、ターゲットDNAを挟んで両端がループしたダンベル型の1本鎖DNAが出来上がる。
このダンベル型の1本鎖DNAは、また相補となるDNAを合成するのだけれど、自己ループしている部分に着目すると、そこは1本鎖構造になっている。そこで、ループの外側にまた相補となるプライマーをくっつけてやると、DNAの複製(伸長)は、ループ端の内側と外側の両方で進んでいく。
この時、プライマーのついていない内側のループ端は剥がされて、外側で伸長しているDNAと2本鎖となり、プライマーから伸びてきた内側のDNAはまた自己ループを作る。
この時できた自己ループ側のDNAはまた伸長して、今度は外側の複製DNA鎖を剥がして新しい2本鎖を形成する。剥がされたほうは、また両端が自己ループしてダンベル構造となる。
ここで、更に、それぞれの自己ループしている側の外側にプライマーをくっつけてやれば、DNAは自分で2本鎖を剥がしては、また複製を繰り返してどんどん増殖していくのだけれど、このプロセスは温度変更を必要せずに行われる。
従って、LAMP法によるDNA増殖は、PCR法よりもずっと早く、安く行うことができる。ここが最大の利点。逆転写ポリメラーゼ連鎖反応によるRNAの複製だって勿論可能。
更に、このLAMP法の凄いところは、DNAの複製反応が進むと、その副産物として、ピロリン酸マグネシウムが産生されて反応液が濁ること。つまり、電気泳動して蛍光着色なんかしなくても、"目視"でDNA複製がされたことが分かるわけで、ある意味、専門知識がなくても、ターゲットDNAがあるかどうか判別できる。
長崎大学の安田教授は、長崎大に移る前は警察庁の科学警察研究所に所属していて、バイオテロ対策として、東芝と共同で小型の病原微生物検知システムの開発に従事していたという。
安田教授が開発した「モバイル型生物剤検知システム」は、中型サイズの旅行用スーツケースに収まり、人が十分持ち運びできる程の大きさ。検査時間も早く、高感度モードで70分、高速モードだと45分で結果が出るという。
安田教授によると、このシステムは、バッテリーで動く小型の保温器があればよく、費用も全体で数万円程度だそうだ。実に素晴らしい。
ただ、このLANP法の肝は、ターゲットとなるDNAまたはRNAを挟み込んでかつ自己ループできるプライマーを作れるかどうかに掛かっているのだけれど、安田教授の研究チームはこのほど、エボラウイルスに対するプライマーを開発したと発表している。
安田教授は、「モバイル型生物剤検知システム」について、「まだ問い合わせや依頼などは受けていないが、すぐにでも実用できる状況であり、いつでも提供できる」と述べている。
また、エボラ治療薬についても、このほど厚生労働省が、国内で感染者が確認された際に、新型インフルエンザ治療薬であり、エボラへの効果が期待されるファビプラビルの投与を認める方針を固めている。
だけど、いくら投与を許可されたからといっても、それ以前に感染が確認できないと話は始まらない。それだけに、安田教授の開発した「モバイル型生物剤検知システム」を、エボラ用のプライマーと合わせて、大量生産して各病院や空港に展開・設置してやれば、エボラ対策の強力な味方になると思う。
コメント
コメント一覧 (2)
エボラは、体内でたんぱく質が破壊されて起きているという認識でしたが。
たんぱく質を大量に破壊する、エボラウィルスのRNAを見つけるためにDNAの活性化というか増殖化という理解でよろしいのでしょうか?
初期の段階でウイルス感染を確認するためには、PCRによるDNA増幅が感度が高いとそうです。RNA単体ではPCRによる増殖は難しいので、一旦、DNAに逆転写させてからDNAごと増幅させて検知するということのようですね。