「宇宙と地球の境目ってどの辺だと思う?…私の感じでは…無いんですよね…境目が…。」
1.スペースデブリ
1957年に世界初の人工衛星スプートニク1号が打ち上げられて以来、人類は数多くの人工衛星を打ち上げてきた。世界の衛星等打上げ累計個数は、2009年3月時点で6000個を超え、現在周回中の人工衛星は3000個以上あると言われている。
人工衛星は、未来永劫地球の周りを回って通信データを送ってくるわけではなくて、運用停止や、故障による破棄などで、その役目を終える。
役目を終えた人工衛星は残骸となって地球の周りをそのまま回るのだけれど、それ以外にも、衛星などの打上げに使われたロケット本体や、その一部の部品、多段ロケットの切り離しなどによって生じた破片なども、そのまま地球の周りを回っている。
そうした、地球の周りを回る残骸は「スペースデブリ(宇宙ゴミ)」と呼ばれるのだけれど、現在、このデブリは地球の軌道上に地上から観測できる直径10cm以上のものだけで2万個以上、それ以下のものは数百万個あると言われている。
デブリは、その生成過程によって、大きく3つに分けられる。ひとつは、ロケットや人工衛星などミッション終了後の宇宙システムで、もう一つは、クランプやワイヤーなどのミッションに関連した物。そして最後の一つが、これらの衝突や爆発で生じた破片。
このゴミに人工衛星が衝突する事故が問題になっている。なぜかというと、たった1センチくらいのデブリでも人工衛星に衝突すると、その衛星の全機能が停止する危険性があるから。
人工衛星が地球の引力に逆らって、軌道を回る為には、遠心力を働かせて引力との吊り合いを取らなくちゃならない。だから、人工衛星は猛スピードで地球の周りを回ってる。
引力は遠く離れると弱くなるから、高度が高くなればなるほど、遅くても地球を周回できるのだけれど、それでも、ジェット機なんかとは比べ物にならないくらい高速。
例えば、静止衛星軌道である、高度36000kmでの人工衛星の速度は毎秒3.1km。時速にして11160kmだから、マッハ9以上の速度。
これが、高度200kmの低軌道ともなれば毎秒7.8kmにも及び、地球をたった1時間28分で一周する。
これほど高速な人工衛星が、毎日デブリがうようよしている空間を突っ走っている。特に壊れた人工衛星がデブリになると、大きい上に衛星軌道を猛スピードで飛び回っているから、衝突したら一溜りもない。
確率的にはある1機の衛星がデブリに衝突する可能性は500年に1度だそうなのだけれど、3000個以上の人工衛星が地球を回っていることから、どれかひとつの衛星と衝突する可能性となると年1回にまで跳ね上がるのだそうだ。
これまでには、1986年にフランスの小型衛星シリーズと、アリアンロケットが起こした爆発の際に発生したと思われる破片が衝突した例や、2009年にロシアの軍事衛星と民間の通信衛星が衝突した例、更に、1996年に若田飛行士の搭乗したスペースシャトルが、他の衛星がシャトルの軌道に接近するということで、シャトルの軌道を変更したという例がある。
2.EDTによるデブリ回収
そこで、このスペースデブリを除去するための方法が色々と考えられているのだけれど、そのひとつに、デブリに紐(テザー)をぶら下げ、スピードを落とすことで、大気圏突入させて燃やしてしまうという方法が検討されている。
これは、広島県の漁網メーカー「日東製網」が開発を進めている「導電性テザー (EDT: Electro Dynamic Tether)」と呼ばれるもの。この金属製の網を搭載した"捕獲衛星"をロケットで打ち上げ、対象デブリに接近し、ロボットアームでこのテザーを括りつけて、下(地球側)に垂らしてやる。
テザーは導電性なので、電気を流すことができるのだけれど、宇宙にはプラズマの形で電荷が存在している。
地球磁場の中をデブリと一緒にテザーが移動すると、誘導起電力が発生して、テザーの上側(地球から遠い側)はプラスに帯電して、下側(地球に近い側)がマイナスに帯電する。
ここで、テザー上端から電子を集めてテザー下端から放出すると、テザーの下端から上端に向かって電流が流れる。
このとき、デブリの軌道が、赤道をぐるりと東回りに回る軌道だとすると、地球の磁力線は南極から北極に向かって、デブリの軌道と垂直方向に掛かることになる。
ここで、かの有名な「フレミングの左手の法則」を当てはめると、左手の中指が電流(地球からデブリ方向)、人差し指が磁界(南極から北極方向)になるから、そこから受ける力(ローレンツ力)は、親指方向、即ち、デブリの進行方向の反対側に働くことになる。
デブリのスピードはこのローレンツ力によって徐々に減速されられてしまい、段々遠心力が小さくなって、地球の引力に引かれて高度が落ちてくる。やがては大気圏に突入して、テザーごとデブリが燃え尽きて無くなるという仕組み。
この方法のミソは、一般的に人工衛星は、地球の自転速度を最大限利用するため東回りに打ち上げられることで、テザーによるローレンツ力が進行方向逆向きに働くところにある。
従って、もしもスパイ衛星や一部の衛星のように西回りに回るデブリには使えないけれど、大多数の人工衛星は東回りだから、この方法で掃除できる大型のデブリはあるだろうと思われる。
3.YES2実験
また、これとは違った考えだけれど、テザーによって、人工衛星を減速させるという別の試みもある。これは、人工衛星のペイロードを安い費用で地球に戻すシステムとして考えられた方法。
通常、地球の周回軌道に乗った人工衛星から回収用のカプセルを切り離して地表に戻す場合、軌道制御ロケットを逆噴射して飛行速度を徐々に落として、縮小軌道と呼ばれる、時間と共に狭まる軌道に乗せなければならないのだけれど、そのために、高価なロケット推進装置を使う必要がどうしてもあった。
ところが、このテザーシステムでは、親衛星とカプセルを細いテザーで繋いだ状態で、カプセルを垂らすことで減速させ、ロケット推進を使用することなく、目標軌道へのカプセル投入を実現しようとしている。
先程も述べたように、地球を周回する人工衛星の軌道上の速度は、基本的に軌道の高度によって決まるのだけれど、仮に、親衛星が高軌道を周回して、カプセルが低軌道を周回し、且つテザーで繋がれていない場合、その速度は、カプセルの方が親衛星よりも速くなる。
ここで、親衛星とカプセルをテザーで繋げた場合、その周回速度はどうなるかというと、双方の重心の位置の高度で決まる。例えば、親衛星とカプセルが全く同じ重量及び形状だったとしたら、その速度は互い高度の丁度真ん中の高さに相当した速度になるのだけれど、普通はカプセルよりも親衛星のほうが大きくて重いのが相場だから、重心はより親衛星に近い位置になる。
従って、テザーで繋がれた親衛星の速度は、繋がれていない状態のときより少しだけ速くなって、テザーで繋がれたカプセルの速度は、繋がれていない状態のときより、うんと遅くなる。
低軌道を周回するカプセル速度が遅くなると、地球の引力に引かれて落下してしまうのだけれど、親衛星とテザーで繋がっているので落下しない。そして、カプセルが目標の軌道位置に来た時に、テザーを切り離せば、カプセルは地球に落下して回収できるというのがこのシステム。
実際、2007年9月に、このシステムによる実験(Young Engineers Satellite 2:YES2)が行なわれている。
システム設計は、欧州宇宙機関(ESA)が組織した学生グループが行っているのだけれど、実験は、ロシアから打ち上げられる人工衛星「Foton-M3」を親衛星として行なわれた。
Foton-M3には、重さ約5.4キログラムの耐熱性着陸用カプセル「Fotino」が搭載され、カプセルは厚さ0.5ミリメートル、全長31.7キロメートルのテザーでFoton-M3と繋がっていて、Foton-M3が地球の周回軌道に乗り、その後地球に帰還する際に、このテザーシステムは起動する。
高度260kmから300kmで、テザーがFoton-M3の下から引っ張り出され、地球の重力によって、カプセルは垂直方向に対して前後に揺れ、予定通りの力がテザーに働いた瞬間に、Fotinoカプセルはテザーから切り離されて大気圏に突入し、地上に落下するようになっていた。
ところが、実際の実験では、カプセルは切り離されたものの、肝心のカプセルがどうなったのか分からないままとなっている。大気圏に突入する際に燃えたののか、どこかに墜落して、無線連絡が取れないままなのかも不明だという。
また、カプセルの切り離しについても、予定していたタイミングより随分早い段階で切り離されていることから、テザーが全部繰り出されずに、8キロメートル程繰り出された段階で切り離されたのではないかと見られる一方、切り離した地点で、親衛星の軌道が1300メートルほど跳ね上がっていることから、テザーは全部繰り出されたかもしれないという見方もあり、実験の成否は明らかになっていない。
こうしたテザーを使った、人工衛星の減速システムの実用化にはもう少し時間が必要だとは思われるけれど、中々面白い発想と試みではあると思う。今後に期待したい。
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コメント
コメント一覧 (3)
デブリ掃除が恒常的に行われ、毎日のように大気圏上層部にデブリが「投棄」されるような時代になったら
「デブリの地球への投棄反対」
「大気圏はデブリの焼却炉ではない」
と喚く方々が出現するかもしれませんが。