おはなさん



「pardon me」
 すれ違いざま白衣姿の男たちのひとりと、かすかに肩が擦れたようで、咄嗟に彼も片手を上げ、紳士的に半歩身を引いた。その拍子に出入口の観葉植物にぶつかりそうになる。彼らの後にもまた、作業服の男たち、OLたちが談笑しながら続いてくる。そこで通り過ぎるのを待っていてくれているとは気がつかぬようだ。

 (ちっ)
 心の中で舌打ちをした彼、ジョーは、一団が通り過ぎるまで、手持ちぶさげに傍らのグリーンに目をやった。青い実がところどころに揺れている。彼が生まれ育った土地では非常にポピュラーな木であり、枝に実が実っている姿を目にするのは十何年ぶりかのことだった。きつい眼差しの中に一瞬翳りの色が浮かんだ。

「ちょっとちょっと!これ忘れてるよ!」
 よく通る声が一団を追う。白い調理服に白い三角巾、おそらく厨房のおばちゃんであろう、ふくよかで人が良さそうな女性が、IDカードケースを高く掲げて振っていた。
 その声に足を止め、振り返る一団。
「やべえ、俺ンだ」
 そばかすに黒縁メガネの白衣の男が走ってくる。
「なんだよ、こんなモン忘れっちゃあ自分の研究棟にも戻れないよ」
 ケラケラ笑いながら白衣の男に手渡す。
「だってさあ、おはなさんの味噌汁絶品だからさあ、つい汚さないようにってはずして大事に脇に置いといたもんで...」
「かわいいこと言ってくれるじゃないかね。じゃあ、この次には小鉢を一品サービスしてやるよ」
「えっ!やったあ!」
「なんだよぉ、じゃあ俺もIDカード外して拝んで食おうかな!」
「おはなさん、あたしも!」
「参ったね、あんたたち何のために仕事に来てるんだい」
 一同を軽く睨みつける仕草に、皆大爆笑する。
 館内にチャイムが鳴り響いた。フレックス制の部署も多いが、交代制で勤務に当たる部署のための予鈴チャイムだった。
「ほら、あんたたち、さっさとおいき。いい仕事してくるんだよ」
 おはなさんと呼ばれるその女性は、朗らかに手を降って彼らを見送った。

「さて、ようやくこっちもお昼だ」
 どっこいしょと戻ろうとするおはなさんは、グリーンの脇に立っているジョーに目をとめた。
「おや、見かけない顔だね。食事かい?」
「いや、別に...コーヒー程度でも構わないんだが...」
「そんないい体格なのにコーヒーだけだって?まだ昼は食べてないって顔に書いてあるよ」
 一瞬彼はその言葉に反応できず、固まった。
(なんだって、顔?まさか)
「そのまさかだよ、冗談に決まってるだろ」
 おはなさんは豪快に笑った。
「お入りよ、好きなとこに座んなさい」
 そして、入口のグリーンの鉢を抱え、食堂の日向に移動させた。

 南部と護衛の打ち合わせのためにISOを訪れたジョーは、博士と昼食をとりつつ話を進める予定だったが、博士の急な会議出席のため、夕方まで時間を潰すことになってしまった。
「すまん、うまいものでもご馳走しようと思ったんだがな。残念だが、昼はキャンセルだ。ジュンのところでも戻って何か食べて」
 ジョーの奇妙な表情に、南部は口をつぐんだ。
「そうだったな、今日は甚平が竜と用事で留守...」
「そういうことです」
 二人の視線は彼方を泳ぐ。
「そうだ、せっかくISOに来たのだから、職員用の食堂でも行ったらどうかね」
「職員専用だと、IDカードが必要なはずでは」
「わたしの来客用証明カードがある。これで利用できると思う。わたしの名前を出しなさい。家庭料理のようなメニューばかりだが、味は保証できるぞ。なかなかいない凄腕のシェフだ。その時の自分に必要なもの、足りないものを一瞬で見抜く。よかったら寄ってみたまえ」
 博士はカードを手渡し、慌ただしく会議室へ姿を消した。
 ジョーは手渡されたカードに目をやった。
(これが来客証明...?)
 手渡されたのはロト6だった。

「あの南部ちゃんにもそんなヌケたところがあるんだねえ」
 IDカードがないことを説明しようとしたジョーは、おはなさんの巧みなツッコミでへんな話まで白状させられる羽目になっていた。おばちゃんパワーおそるべしだ。ある意味ギャラクターより厄介な代物かもしれない。
 
 本来ならこの時間は厨房の休憩時間なのだろう。ほかの調理師たちも、おはなさんの「休憩入っといで!」のひとことで各自どこかに出かけていった。この広い厨房はおはなさんひとり、そしてテーブルにはジョー一人だ。
 おばちゃんに免疫のない彼は、厨房から少し距離を置いて、さきほどのグリーンが置かれた日向の席に座ったのだが、この食堂のどこに座ろうとも、おはなさんはでっかい声で話しかけてくる。一度ここに入ったが最後、会話もせずに脱出するのはおそらく不可能だ。半ばあきらめ状態で、彼は適当に会話を続けていた。
「カードなんかなくったって大丈夫さ。おなかのすいた子供たちにごはんを食べさせる。それがあたしの仕事なんだから。誰がこようがみんな子供は子供だよ」
 そう言いながらも手はてきぱきと動かしているようだ。
「お、おばさん?」
「おばさんはないだろう、せめておはなさん、っていっとくれよ」
「おはな、さん...俺はコーヒーでいいといったはずなんだ...なんですが...この香りは」
「そうだねえ、コーヒーじゃあないねえ」
「いや、俺はウェイトコントロールで食事はちょっと」
 正直和食はあまり得意なほうではない。先程の職員との会話ではここのメニュー、ばりばり和食定食オンリーなのではないか。
「あんたの手はそういうのが必要な手じゃないだろ。パイロットの手じゃない」
「......!?」
「その手のタコからすると運転関係、それに少々飛び道具が必要な仕事もあるんだろ。だったら尚更体力第一健康基本。それにコントロールはちゃんとできる顔つきだ」
 厨房のタイマーが鳴った。
「あたしも昼はこれからなんだよ、一緒につきあいな」
右手には海の幸のペペロンチーノに子牛のボルドー煮、ポルチーニ茸のチーズクリームニョッキにトマトのサラダのワンプレート、ミネストローネのトレイ。左手にはばりばり和風の焼魚定食。大きなお尻でカウンターの扉をよいしょと押し、おはなさんはジョーの前にパスタのトレイを置いた。
(俺の仕事を見抜くなんてな...さすがISO勤務。しかもその腕力。おばちゃんまで対したモンだISO)
ジョーは舌を巻いた。思わず笑いがこみ上げた。なるほど、南部が薦めるはずだ。


「ところであんた、こういうのは食べられるかい」
 おはなさんはジョーの前に、小皿を置いた。
 塩漬けのオリーブ。

「どうして...」
 彼の胸に去来するもの。おはなさんが知っているはずはない。なのに。
「その木の横にいたからさ、ただそれだけだよ」


「この木はねえ、うちのおとうちゃんとの新婚旅行で地中海のほうに行ってね、その時に記念に買ったんだ。すんごく大きくなったんだけどね、ISOに住み込みになるとき家を手放さなきゃなんなくてね、枝分けしてこの子だけが手元に残ったんだよ。実をつけるったってこんなちっちゃいもんだからね、それだけしかないけど、良かったら食べな」
「...そんな大事な木なら、ご主人にみててもらったら良かったんじゃ」
 言いかけて、ジョーははっとした。もしや。まさか。
 おはなさんは微笑んだ。
「そうなんだ。おとうちゃんも息子もね、ISOで働いてた。でも、もういないのさ」

「さっき、なんであんた、手でわかるのかって思っただろ?とうちゃんはね、ここの運転手兼SPだった。息子はパイロットだった。まあ、ここには大きな声でいえねえような勤務の人間は多いんだよ。あんたの手を見たときにね、思い出したんだ。他に誰もいなかったからさ、ついね。ごめんね」
生きていたら自分の母親もおはなさんと同じくらいの年頃なのだろうか。
彼女は夫と息子を、自分は両親を。
めぐり合わせにジョーは不思議なものを感じた。
午後の柔らかな日差しは部屋いっぱいに溢れ、すべてを暖かく包んでいた。

「だからちゃんとごはんは食べな。息子は食べるのが大好きだったけど、パイロットになってからはコントロールしすぎて食事も偏っちまって、結局身体を壊したまま任務について亡くなった。大変な仕事なら尚更体は資本なんだよ。食べるってことは、生きることなんだよ」
「わかりました、いただきます」
ジョーは素直にフォークを口に運んだ。
うまい。
自分の体に最近足りていなかったもの、それがちゃんと吸収されていく。
「あとね、その腕!」
おはなさんは今度は、厳しい表情で顎をしゃくった。
「その傷、なんでほったらかしなんだい」
「いや、別にこれは日常茶飯事だから、どうってことないんで」
「駄目だよ!」
ぴしゃり、激が飛ぶ。
「どんなに小さな傷でもおろそかにしちゃいけない。その時手当できなくとも、状況が変わったらちゃんとするんだよ。小さな、どうってことない怪我でも命に関わることもある。病気もそう。風邪だって、過信しちゃいけない。おかしいなと思ったら、ちゃんと早めに医者に見てもらうことも立派な任務遂行なんだよ」
 おはなさんは、ジョーから目をそらさずにハッキリ言った。
 女性からこんなに正面からしっかり言われたのは何年ぶりだったか。
「…ISOのおふくろさんですね、おはなさんは」
「返事は!」
「はい」
「ちゃんと治療するんだよ」
「はい」
「医者にもかかるんだよ」
「うちのとうちゃんみたいなことしないでおくれよ」
「はい」
「食事もちゃんととりな」
「はい」
「そして、また元気な顔を見せにおいで」
「はい」
 午後の光の中で、ジョーはくしゃっと微笑んだ。
 おはなさんのIDカードが光った。
「MASAKI...HANA...おはなさん、フルネームは」
「いいよ、あたしゃただの、食堂のおはなさんさ」



 塩漬けオリーブをふくむと、ふたつの光景が蘇る。
 故郷の丘。
 そしてあのときの、おはなさん。

 
 医者になんか、本当はかかりたくねえ。
 けど、この俺の絶対やんなきゃなんねえこと、こいつを成し遂げるにはなんとかしなきゃなんねえんだ。そうだろう、おはなさん。

 ジョーはトレーラーハウスを後にした。
 テーブルの上に、齧りかけのオリーブがひとつ、残っていた。




奇跡の願い

神は、ひとつだけ願いをきき届けてくれるといった。


たった一度だけだ。


何を願うか....それはいうまでもない。
あれがいちばん願い、望むこと。それだけだ。


だが、その願いは、誰かを傷つけるものであってはならない。
ましてや、誰かを殺めるものであってはならない。


とすれば。


あれがそれ以外にいちばん望むこと、それは......




最後の力を振り絞って翻った白い羽根は、願い虚しく歯車に呑みこまれていった。
思わず唇を噛んだわたしを、妻は後ろからそっと抱きしめた。
「......仕方がありませんわ、あなた......命中させることを、神はお望みにならなかったのです......」
「確かに神はお告げになられた。人の命を殺めることは、許されぬと....しかし、それではどうなるのだ、あいつは。あれの望みは、そういうことではなかったのか?」


夫妻が見守る先に映るのは、小さい頃別れたきりの、最愛の息子の姿。
それは、正視するにはあまりにも痛ましい、文字通り生死を賭けた我が子。
彼のまわりにゆらめく、生命の証のオーラは、あちらの世界での時間が残り少ないことを示し、ゆらめいていた。
だが、彼の意思の炎はまだまだ諦める気配をみせてはいない。
最後のその瞬間まで、諦めるつもりなどないのだ。あれは。


「見守ってやることしか、できないのですね。もはや」
妻は、肩ごしに震える声で囁いた。
「わかっています....楽にしてやりたい....もう、これ以上辛い思いはさせたくない....でも、あの子はそれを望んでいないのです。ならば、わたしたちにできることは」
別の世界の自分たちには、息子にしてやれることなどない。
そう、こうして見守っているだけだ。
それでも、神は、奇跡をひとつだけ示してくれるといった。
妻とわたし、それぞれに一度ずつの奇跡を。


息子は、敵地の中で囚われの身だった。
世界を救うため、平和を守るため戦い続けてきた。
はじめは、両親の仇を討ちたい、そう願うばかりであったが、いつしかあれは、それすら乗り越えて、もっと大きなものを守りたいと全力を振り絞っている。


「あなた、ジョーが」
妻が指し示した。
息子は敵の目を逃れ、ふらつく体を必死に支えながら、仲間のもとへ向かおうとしている。
だが、その足がもつれ、階段から転げ落ちる。血を吐き、またよろよろと起き上がる。
敵の集団の足音に身を潜め、そしてまた隙間から立ち上がり、よろめき、脱出を試みる。


「だめだジョー!そこを曲がってはいかん!」
届く訳がない。この世界から、自分の声が届くはずはないのだ。それでも、叫ばずにはいられなかった。
何もできない。見守るしかできない。わかっている。それでも。
「しっかりするんだ、ジョー!あきらめるな、負けるな!そうだ、今だ!今のうちに...そうだ、そこを左に」
「ジョー、今度は止まって、そこで身をひそめて。苦しくても今は、辛抱して。あなたはまだ、やらなければいけないことがあるのでしょう?」
涙ながらに妻も叫ぶ。


息子が、一瞬、立ち止まりふりかえった。
「おやじ......おふくろ.....?」
よろけながら、必死に壁で体を支えながら。
「へっ......空耳か.......」


それが奇跡だったのだろうか。
届いたのだろうか。
いや、そんなことはもうどうでもいい。


ジョー、生きろ。生きてみろ。
お前の思うように。やりたいように。
わたしたちはここで見ているぞ。
どれだけお前が必死で成し遂げようとしているか、わかっているぞ。
世界中の誰も、そんなお前の姿を知らないだろう。
でも、わたしたちはちゃんとわかっているんだ。
おまえが、息子であったことを、わたしは本当に誇りに思う。
だから......


息子が仲間の名を呼ぶ。
声を上げることすら、辛いはずだ。
なんてことだ、すぐそこに。そこまで近くに来ているのに。
「神さま、どうか」
妻がそのとき、祈りを捧げた。



瀕死の体から、ほとばしったその声が、息子の友の耳に響いた。
共に闘ってきた、仲間たちのその胸に。
直接響いたのだ。



妻は、わたしに寄り添い、目を閉じた。
運命の砂時計、その残り時間がもうそこまで迫ってきているのがわかる。
「その瞬間までは、わたしもあきらめるまい」


わたしは、歯車に呑みこまれた羽根に祈った。
「息子の願いを、どうかあの羽根に。ひとを殺めるためにではなく、平和を願った最後の息子の賭けに、奇跡のお力添えを。神よ」




あいつは私たちに会ったら、なんというのだろうか。
私より背が高くなった息子よ。
余計なことを、と憎まれ口を叩くのだろうか。

わたしのこの願いは叶うだろうか。
届くのだろうか。


息子よ。
お前は不本意だろうが、もしどうしてもこちらに来なければならん運命ならば。
せめて最後にひとつだけ、ただ一度だけの願い、奇跡はお前のために。




息子の姿に、呑みこまれた羽根が、そしてカウントダウンのカウンターの映像が重なって光った。





告白2

「ね、ね、見て見てキョーコ、この色なんてあなたに似合いそうよ」
「あら。こう見えてもあたし、下着は清楚派なのよ。もっと優しい色のがいいなぁ」
「そうお?あなたにはハッキリしたの、にあうと思ったんだけど。ま、いっか。それで、どれがいいの?」

若い娘がふたり揃って買い物ともなれば、それは賑やかなものである。
キョーコはジュンを誘って、ランジェリーショップに足を運んでいた。
色とりどり、チェックや花柄のもの、レースの豪華なものなど、まさに女ならではの世界。

「やっぱりおしゃれは下着からっていうじゃない。ジュンこそたまには可愛いのをつけてみたら」
「そうよねぇ...せめてプライベートくらいはねぇ...バードスタイルになっちゃうと、いつもかわりばえのしないただの白パンだし」
ジュンは肩を落としてタメイキをついた。
「.......ね、前からきこうと思ってたんだけど」
「なによ」
「なにをはいてても、変身するとあの白パンなの?」
「悪かったわね、そうよ、何をはいてもあの白パンよ。丸見えだってのに、味も素っ気もない、レースもフリルも柄もない、ただの」
「なんでかしらねぇ、ナイスキックで縞パンちらりとかも、ギャラクター誘惑作戦でけっこういけるとおもうんだけど」
「人事だと思って.....」
「まぁ、せいぜいアンダースコート並みにフリルあたりが妥当かな」
「ムリね。博士は白のシンプルが好みだから」
「え.......なあに、そういう関係だったの.....?」
「ば、ばっか!ちがうわよ!忍者隊のコスデザインは、全部博士がてがけたのよ!」
「.......博士.......」

ワゴンのブラやショーツを握り締めたまま、固まるキョーコとジュンだった。

イケナイ妄想を振りはらうかのように首を振ったキョーコの視界に、ひとりの人物が飛び込んできた。
「あ、あの子......たしか南部博士のとこに来てた....」
「あら、彩矢だ」
「なにジュン、彼女知ってるの?」
「あんたね、のんきなこといってんじゃないわよ。あの子この前、ジョーのまっぱ見たってもっぱらの噂よ」
「なに?なにそれ?あたし、聞いてないわよそんな話!」
キョーコはジュンにつかみかかった。
「いたいいたいいたいっ!な、なんでもねぇ、博士のはからいで、ジョーが彼女の絵のモデルに抜擢されたとか...」
「......ふたりきりで?」
「らしいわよ。あんた、うかうかしてたらヤバイわよ」

その噂の本人は気配に気づいたのか、ショッピングの手を止めて顔をあげた。
「あ、ジュンさん。そちらは....キョーコさん? こんにちは。お買い物ですか?」
肘でお互いを無言のままつつきあうジュンとキョーコ。
「おねえさま方も下着のお買い物だったんですね」
キョーコが彼女の手元を見ると、そこには紐パンとTバック。
「.......それ......」
「ああ、あたし、パンツはいつも紐パンって決めてるんです」←のだめと同じ(わかる人にしかわからないネタですみません)
「.....Tバックとかも......はくんだ......」
「必要に応じて。下着のラインが出ないから便利ですよね。お姉さま方はどんなものをお求めに?」
キョーコは咄嗟に、手にしていた純情可憐なオトメ下着をジュンに押し付けた。
「あ、ああ、今日はね、ジュンの下着選びにつきあってるのよ」
「ちょっと、キョー.....」
「しっ!だまってて!あんなちんくしゃが紐パンTバック愛好家なのよ。こんな女学生下着なんか趣味だと思われたら恥よ!」
小声でひそひそ。
「あ、あなたは?今日はそれに決めるの?」
動揺して裏返った声でキョーコはたずねた。
「う~ん、勝負下着を探しにきたんですけど...なかなかインパクトあるのってないですよね.....」

勝負下着。
キョーコは完全に固まった。
ジュンは横目使いでそっと彼女の表情を盗み見る。

「こ、これなんてどう?すごいインパクトよ!」
キョーコがそのへんの中から一枚の下着をつかんで見せた。
シンプルな白の綿パンツで、バックプリントにクマイラスト。

「これはっ!す、すごいですね.....インパクトあります!ちょっと見かけないデザインですよ!さすがです!うわぁ.....」
「で、でしょ?これならどんな彼もギンギンイケイケよっ」
「これにします!博士気に入ってくださるかしら」
「へ?」
「博士のおつかいなんです。ここぞというときの勝負につかうデザインに、いいのないかなあってお捜しでしたんで」
「そ、それって......もしかして.......勝負ってHのことじゃなくて......」
「やですわおねえさま!ギャラクター攪乱させる勝負下着ですよ!」
ジュンの顔が青ざめた。
「じゃ、お会計してきますね。ごきげんよう」

「はっ。こんなことしている場合じゃないわ!これ!これよジュン!この下着でジョーに先手必勝よ!」
キョーコは妖艶な赤の上下セットにガーターベルトを握り締めた。

ごぉぉぉぉぉと炎をしょって燃えまくるキョーコの声はまるでジュンには届いていなかった。
彼女の頭の中には、バードスタイルにくまパンツになるのではという恐ろしい不安だけが渦巻いていた。

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続・222の奇跡

何も言えるわけ、ない……
なんていっていいのかさえわからない……

あたしは夢を見ているの?
それともこれは幻?
そうよね……きっとそう……
手を伸ばしたとたん消えて……

「…………」
真っ白にぼぉっとなった意識の奥で、何かが聴こえた気がした。
やさしくて、あたたかくて……
それでいて泣き出しそうなくらい、懐かしい……

「………カ」

え?

「………ョーカ」

だれ……?だれ?
わたしを呼んでいるの……?

「リョーカ!」

思わずはっとなって目をあけた。
光の中で今にも鼻がくっついてしまいそうな距離で、覗き込んでいるのは……。

「……驚かせるな……気を失っちまったのかと思ったぜ……」
わたしの鼻の頭をくすぐるように、彼の前髪が落ちている。
そう、彼の…
彼?

びくん、となったからだを彼のたくましい腕がしっかりと支えた。
視界はまだ滲んだまま。
思わずまた、瞼をとじる。彼の中から逃げ出せない恥ずかしさで一杯になった。

……夢、じゃない…….
あなたの名前を呼ぼうとしても、声がでない……

ふいに眩い世界が瞼の向こうで暗くなった。
その瞬間、頬に伝わる熱い息遣い……

「………っ」
「………泣いてンじゃねえ……」
彼の唇が、舌が…わたしの涙を……

夢中になって掴んだのは彼の腕。
……信じられない
……怖くて目をあけられないの……

荒い息が耳元ではじける。
あのひとの唇が、わたしをめちゃめちゃにするの…

「………だめ………」
「………….うるせぇ……黙ってろ……何も言わずにいっちまった罰だ」
彼の腕がわたしをそっと横にする。
「………ッ」
唇が耳から首筋へ熱く這う。
彼の左腕に抱きかかえられたまま、身動きできない……


繰り返される彼の熱い唇の悪戯。思わず零れてしまいそうな声を必死にこらえて、どれだけの時間が過ぎたのだろうか。
もういちどそっと目を開けると、見慣れたはずの本棚が全然違う風景のように天井に向かって伸びていた。
優しい陽光は書庫の奥まで射し込み、ほんのり淡い山吹色が一面に溢れていた。

「……やっと……目をあけたな……」
自分のからだに体重を預けた彼が、右手でわたしの髪を梳くように撫でている。

このまま、わたし……もしかして、ここで……?
戸惑いと恥ずかしさで耳もからだも燃え上がるように熱い。
思わず胸元に手をやった。
襟元のボタンが少し外れているけど……服は……

彼の指が頬をつつく。
「…………お嬢さんにここでいきなり最後まで、って訳にはいかねぇからな」
「……や……っ!」
咄嗟に彼の胸に顔を埋めた……

……みないで………
わたし……いま………どんな顔してるの……?

「もう……黙っていなくなったりとかは…なしだぜ………」
覆いかぶさった彼は、わたしの指に自分の指をからめながら唇を重ねてきた。
彼の舌がわたしの舌を吸い上げるようにからまる……
「………ジョー………わたし………だめなの……ごめんなさ……い」
必死でしぼりだしたその言葉に、彼はその先を言わせまいとするかのように荒々しくわたしを塞ぐ……

「ぁ……だめ……もう…行かないと……」
わたしを押さえ込んだまま、彼はシャツを乱暴に脱ぎ捨てた。
引き締まった筋肉質な胸が汗で光っていた。
「……どうしても……行くのかよ……ッ!」
わたし………わたし……!


ぎいいいいいぃぃぃ、と重い音がした。
書庫の……扉……?

(けほん)

閉まる扉の向こうで、目を泳がせている南部の顔と、思わず漏れたちいさなちいさな咳払い……

え?

…………えええ?

彼とわたしはバネのように飛び起きた。


「………ジョー……もしかしたら………わたし………」
彼は真っ赤な顔をして、髪をかきむしっている。

そう。
この部屋にきたとき……あの扉をあけて…あなたの姿をみつけて……
わたし……そうよ………あまりびっくりして………

「ちっ………まいったな………」
扉を閉めた記憶がないの……!

いつから?
どこから?
ねえ……もしかして、全部……?

ぺたん、と座り込んだまま胸元をきゅっとつかんで。
もう、顔、あげられないったら……


「だからよ、おめぇが勝手にいなくなるとこういうことになるんだ!」
ジョー……なに……?その理屈って……
横目でちらり、と彼を見上げた。

「場所を変えてリベンジだ。今夜は寝られると思うなよ……」
そういった彼の頬はまだ赤かった......



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PWはお手柔らかに

「鷲尾さん鷲尾さん!今日は新しいプログラムを組み込まなきゃいけないんですからね。ちょっとそこどいてくださいな」

 白衣を羽織った小柄で知的な娘がG1号機に有無を言わさず乗り込む。

「え? なんだなんだゆかりさん!唐突に!」

「なんだじゃないでしょう。博士からグレードアップのお話があったはずですよ。はいはいそこどいてどいて」

 目を白黒させる健を追い出し、ISOの将来有望な若きプログラマー、ゆかりは軽やかに操作パネルをOPENし、起動画面を呼び出す。

 健は眉をひそめて操縦席に頭だけ突っ込んで覗き込む。

......ゆかりさん、それ......パスワード必要な画面じゃ........

「はいこれ持ってって。なんです機内にペットボトルだなんて。溢したら一発でシステムアウトですよ」

「いや、これは.....持参の水が入ってるだけで.....その」

「節約ですか。コーヒー代わりに水」

「え、ええ.....まあ.....その」

「それで白鳥さんにはまだ渡せてないんですね、アレ」

..........!? ゆ、ゆかりさん? 何言って....っていうか何でそれを! ってかどうして画面起動出来るんですか? 俺しかしらないパスワード...

......鷲尾さん」

 ゆかりは操作の手を止め、肩を落としてため息をつく。

「プレゼントは座席脇に突っ込んだまま。しかも「TO JUN」ってカードの字が見えてます。それにあなたのパスワードはわかりやすすぎです。何ですか3333って」

「うわぁぁぁぁぁ!」

 健は絶叫して操作パネルを慌てて押さえる。

.............

 呆れた表情のゆかりと目があった。

............それだけで...? わかるもんですか?パスワード」

「普段のあなたを見ていれば白鳥さんにその気なのは見え見えですよ」

「~!!だからそういうことじゃなくってですね......! パスワードどうして......

「確かにわたし言いました。誕生日とか自分の番号とか安易なものは使うなと。人が容易く思いつくようなものを避けて、英数字4文字以上で設定してくださいと。確かにあなたは誕生日でもなく、1111も選びませんでしたよ。でも」

「でも...?」

「あまりにも芸なさすぎです。好きな彼女の番号羅列だなんて」

........まずいですか」

「現にわたしは一発で解除しましたよ」

 ゆかりはさらりと冷静な表情で答え、再びパネル画面をぱこぱこと操作しはじめた。

 

 以前ジュンに渡しそびれた小さな箱。タイミングを逃したまま、今日の今日までいつもそばに持ってはいたものの、まさかそれをゆかり嬢にみつかってしまうとは......

 

「はい完了です。じゃあ新しいパスワードに変えてくださいね。同じ数字の羅列は却下ですよ。ご自分がぜったい忘れないような4文字以上の英数字で登録してくださいね」

 ゆかりは座席を健にあけわたし、彼を操縦席に座らせた。そして機体に背を向け、よりかかりながら手元の書類をめくる。

4文字」

 ぱこぱこぱこぱこ。

 健は人差し指で画面をタッチした。

「あ、鷲尾さん、1133もだめですから」

 健の右手が硬直した。

..........ゆかりさん.......あなたいったい何者ですか」

「当たりましたか。ちょっと冗談のつもりだったんですが」

............

............

 ある意味このひとはジュンより怖い存在かもしれない。

 

「ねえゆかりさん......ずっと思ってたんですけど」

「なにか?」

「なんで俺たちの正体知ってるんですか。南部博士以外はISOでも知らないはずなのに」

「甘いですよ鷲尾さん」

「そう本名を連呼しないでください」

「南部博士しかあなたがたの正体を知らない、って本気で思ってたんですか? いくら博士の知人だからって、天下のISOがそんなヒッピーみたいな5人組をホイホイ通してくれるはずないじゃないですか。それほどセキュリティ甘かったらISOは単なるアホです」

「しかし....博士は...

「みんな知っててハイそうですねって知らないふりしてるだけのことです。博士の顔だってたてなきゃいけませんしね、職員はいろいろ苦労もあるんです」

「はあ......それはどうも........


「ところで決めましたか? 新しいパスワード」

「う~ん.......

「鷲尾さんならではの言葉とかどうですか」

「俺ならでは、ですか?」

「ご自分の境遇に沿った言葉を語呂合わせにしたり」

「じゃあ...1192とかどうでしょう」

「それのどこが鷲尾さんなんですか」

「いい国つくろうユートランド、なんて平和を守る感じしませんか」

........漫才やってるんじゃないんですから」

 「だめだ、思いつかない! いっそのこと、ゆかりさん決めてくださいよ。俺、そのPWを覚えて使います」

「私に任せたら56文字のパスワードくらいになっちゃいますよ」

............

「わかりました.......では、これで」

 ゆかりは操作パネルに9文字のパスワードを入力した。

「これなら忘れませんよね?」

「前半5文字のアルファベットは確かに馴染みの言葉ですけど......

「でしょう? さんざん白鳥さんに言われてますもんね。最近ではあなたのファンの間では常識の5文字です」

「そしたらパスワードの意味ないじゃないですか!」

「まあまあ。だから後半に4文字の英数字をつけたんじゃないですか」

「なんですかこの数字は.......何か意味が?」

「鷲尾さん、織田裕二という役者をご存知?」

「ああ。踊るの青島さんの」

「そう。その彼がふたりの弟を抱えて大企業に就職してがんばるドラマがあったんですよね。その役の中で、彼が口座の暗証番号に使ってたのがコレです」

「ゆかりさん、織田さんのファンだったとか?」

........あなたも相当鈍いですね......そんなんだから白鳥さんに怒られるんですよ」

ゆかりは新しいマニュアル冊子を健に渡し、こめかみを押さえながら背を向け歩き出した。

 

(ゆかりさんって何考えてるんだろう? なぜ俺が織田裕二の役どころの暗証番号を)

健は首をひねりながらマニュアルを開いた。

(さ、新しいプログラムを操作して慣れとかないとな)

そして健は、新しい暗証番号を打ち込んだ。

 

(O・K・E・R・A.......まったく.......みんなして何なんだ......これに数字だな......49・8・9......え? 何だ? 4989? 四苦八苦ぅ?)

 

コクピットから勢いよく立ち上がったときには、既に格納庫に彼女の姿はなかった。

 

22の魔法

「ん......ちょっと......あとちょっと........あっあー! 待って待って! 動かないの! こらっ!」
何で異国でこんなことしてるんだろう?
淳は、震える指先を目いっぱい伸ばしながら考える。
その先の枝には一匹の子猫。
のぼるだけ登って、どうやら自分では降りられなくなったらしい。
身動きが取れずに、揺れる枝先で怯えている。

「おねえちゃん~! ミーコ、だいじょうぶ~?」
「だいじょぶ大丈夫! 今助けてあげるからね! おおっと!」
自分の体勢も危うい状態なのだが、ここまで来たらもうあとにはひけないってもんだわ。

長年音信不通だった叔父をたずねてきたのはいいけれど、やっぱりはるか昔に引っ越してたらしい。
子供の頃会ったっきりの、いとこにも会いたかったんだけどな。
どうしたもんかと歩いていたら、泣いてたあの子に会って。
んで、まあ、こうなっちゃったわけで......

よし、よし! ニャンコ、そのまま動かないで~! よっ。とっ。
よーし、つっかまえた~! え?
あれ? あれ?
何かかたいものがあたしの腕や体をこする。
つかまえたニャンコごと、あたしは高い木の上から? ちょ、ちょっと待って~!

いやあぁぁぁぁぁ!

べきばきだの、ざざざざだの、どすん、だの......
ああ、こんなところであたしの一生終わりなの?
なに? ここってもう天国なの? なあに......?

瞼を開けると、知らない男性があたしの顔を覗き込んでる......え? ええ~!? ちょ、ちょっと。怖い!
跳ね起きたあたしは、咄嗟にそのへんにあったもので彼の顔面を叩いた!
「いてぇ! 何すんだおめぇは?」
ひゃああぁぁぁ! やっぱり怖い~ぃぃぃぃ!
鬼? なに? ここ地獄? え~ん、あたしそんな悪いことした?
「ミーコ、よかったね、よかったね! おねえちゃん、おにいちゃん、どうもありがとう!」
へ......?
あの子の声に薄目をあけて、そ~っとあたりを見回せば。

ニャンコを抱いた、あの女の子。
そこらじゅうに散らばった、枝や葉っぱ。
一面にぶちまかれた.......きゃあぁぁぁ! あたしのバッグの中身!
ということは、ということは、さっき、ひっぱたいたのは.......!

俯くと、あたしの下に、男の人がいた。
あの怖い顔の。
やばいことに、あたしは彼の上に、う、う、馬乗りに........
あたし......自分のバッグでもしかして、この人のこと、おもいっきりひっぱたいた......とか?

「いつまで乗ってる気だ」
へ?
「だから、いつまでそうしてる気だ!」
わああぁぁぁぁぁ!
腰を抜かしたまま、秒速でとびのいたわよ!

「おねえちゃん、おねえちゃん」
え? な、なに?
「おにいちゃんがね、助けてくれたんだよ。おねえちゃんが落っこちそうになったときにね、すんごい勢いでね、とぶみたいに登って、おねえちゃんとミーコを抱えてくれたんだ~。でも、重いから、みんなで落ちちゃったね!」
は? はは........
た、助けて? たすけてくれたの?

あらためて見た彼は、既に立ち上がってて、服の汚れをぱんぱんと叩いている。
「す、す、すみません~! あたしったら.....あたしったら.....なんてこと.......」
怖い人はちらりとあたしを見たかと思うと、手を出した。
は?
「ご、ごめんなさい.......あたし......旅先なんであまりもってなくって」
「はぁ?」
「え~っと、治療費ですよね? 慰謝料なのかなこの場合...」
怖い顔が俯いた。
え? ヤバかった? 怒らせたあたし? いや~! 今度はあたしが殴られるの~?
目の前の彼の肩が震えてる。ヤバ。こりゃ本気だわ。本気で怒らせちゃった。どうしよ.......え?

ぶ、ぶぶ.......くくく.........

あ、あれ?
も、もしかして。もしかして笑ってんのこのひと?

「おかしなやつだな........く........くく.......はは.........」
ありゃ........
「普通こういう場合、立つのに手を貸してるって、思わねぇか?」
「あ、は.......ども.........」
「怪我はねぇか? ああ、けっこう派手にすりむいてんな」
「え? だいじょうぶ! たいしたことないです! そ、それより」
何気に自分の服の汚れもはたいてくれる、目の前の彼に釘付けになりながら。
「............たすけてくれて、ありがとう」
やっとの思いで、それだけを口にした。


「チビも、よかったな。ニャンコ無事でよ」
「うん」
「じゃあな。女はあんまりオテンバするもんじゃねえぜ。パンツが見えちまうからな」
咄嗟にスカートをおさえてへたりこむあたし。
彼は笑ってその場を去っていった。
「........なによパンツって。あたしスパッツはいてるじゃない......」



それから、散らばった荷物を拾ってホテルに帰ったあたしは愕然とした。
「ない........パスポート......おとした......」
あのとき、あのあたりにぶちまけたんだ。
もう一回、バッグをさかさにして振る。そのとき、微かな金属音がして、見慣れないものが床に落ちた。
小さなプレートに鎖が通されている。ネックレス状だけど、鎖は切れていた。
(あたしのじゃないわ......)
見ると文字が刻まれている。
(ジュゼッペ・アサクラ....カテリーナへ愛を込めて.......?)

ジュゼッペ・アサクラ?
カテリーナ?
おじさまと、おばさま?

あたしは、慌てて飛び出した。
あの公園に。
もし、これがあのひとの落としものなら。
あなたは、あなたは.......


日が暮れるまで、あのあたりを探した。
でも、出会えなかった。彼には。
そして、パスポートも.......

(ともかく、紛失届けは出さなきゃだわ.....)
重い足取りでホテルに戻ると、フロントで呼び止められた。
「ミス・アサクラ?」
「はい?」
「お留守の間にお届けものがございましたので、お預かりしております。ただいまボーイが、お部屋までお届けいたしますので」
「え、ありがとう...ございます...」
そして、あたしが受け取ったのは。
鮮やかなビロードレッドの薔薇の花束、それとパスポート!
添えられたカードには。

(HAPPY BIRTHDAY TO あわてんぼうの淳)
荒っぽい字が躍っていた。

なに、HAPPY BIRTHDAYって......

そのときあたしはようやく気づいた。
今日があたしの誕生日だったってことに。


それから、届けてくれたお花屋さんに事情を説明して。
あたしは彼の電話番号をゲットしたの。
「なんだ、もう、みつけちまったのか?」
電話の向こうで彼の声が楽しそうに笑っていた。
「いつから気がついてたのよぉ?」
「みかけたときからさ」
「嘘ばっかり。だってあたしたち、ほんのちっちゃな頃に会ったっきりなのよ」
「他人のためにあんな無茶できる女はそうそういねえさ。おめぇだって、俺ってわかんなかったんだろ?」
「だって、そんな顔に成長してるなんて思ってもみないって」
「なんだよそんな顔って」
あたしと彼は、電話越しに思わず笑った。

「あたしも渡すものがあるの。大事なもの、なくしたでしょ」
「なんだ、おめぇのとこだったのか」
「会ってくれるよね?」
「あたりめぇだ。そのまま持ってかれちまったら困るからな。なんせ形見だ」
「そういえば、あたしが22歳になったって、どうしてわかったの? 誕生日とか知らなかったよね?」
「そりゃあ、おめえのことなら何でも知ってるからさ」
「嘘ばっか.....調子いい。あ、まさか.....? .パスポート見て、あたしだってわかって?.....生年月日とかも? それで?それでなの? ちょっとぉ!」
「さすがだぜ、朝倉淳!」
受話器の向こうで大笑いをする彼。なによ。
まあいいか。それでもいいわ。
今度会ったら突っ込んでやるんだから。覚悟しててよね。

22本の薔薇が、優しく枕元で香り、あたしをそっと包んで眠りへ誘う。
子供の頃の、懐かしい夢が見れそうだね......
鼓動を抱きしめながら、あたしはそっと、目を閉じた。


END



222の奇跡

「おじさまって、普段はちゃんとしてらっしゃるのに、意外な面もあるんですね」
デスク周りの書類や資料の束を慣れた手つきで整えていく娘の横顔を見つめ、南部は微笑んだ。
「この前も大事な本を行方不明にしたばかりだ。邸内にあるのは確かなんだが......他の者にも見かけたら、と頼んではあるが、いまだに出て来ん」
「本といえば書庫でしょう? あとで探してみます」
「そうそう、君が必要だといっていた文献、あれは出しておいたぞ。いつも君が本を開いてた、あの窓辺そばの棚に置いてあるから。確認してくれたまえ」
「.........いつもあそこにいるって、よくご存知ですね......」
その娘...... 廖化は大きく瞳を見開いて、くすっと笑った。

「はじめてみかけた時は、時間が遡ったかと思ったからな」
「........あのかたのことですか? おじさまの、あの写真の」
南部はいたずらを見つけられた子供のような表情になる。
「いや......まさか、君に.......あれを見つけられるなんて......思ってもみなかったし.......うむ.......」
しどろもどろに慌てて眼鏡を直す彼に、廖化は片付けの手を止めていった。
「だいじなお写真を、処分する本の中にお忘れになるなんて」
彼女の顔は少し寂しげにみえた。
「.......何年も前に、忘れようとしまいこんでそのままだった......ひとのものになる女性を、そういつまでも思っているわけにはいかないのだからな」
「......それで、ふんぎりがつきましたの......?」
「少なくとも努力するきっかけにはなったかな。遠い昔の思い出だよ」
南部は目を細めて、窓の彼方の空をみつめた。
その彼方に、彼女の面影を探すかのように。

「君はまだ若い。好きな相手と過ごせる時間はたくさんあるのだから、後悔しない生き方を選びたまえ」
南部の愛した女性は若くして亡くなったのだときいている。今まで、誰とも結婚せずに暮らしてきたのも、あるいは.......。
しかし、廖化はそのことにはふれず、静かに微笑んだまま再び書斎を片付けはじめた。

「君があの日、この屋敷を発ったのはどのくらい前だったかな」
「確か7、8ヶ月前です」
「今日は自分で運転してきたそうじゃないか。たいしたものだ。あの君が」
廖化は顔を真っ赤にして、俯いた。
「.........苦手だったんですけど........がんばってみたんですよ.......」
虫のささやきのような微かな声で、彼女はいった。

「みんなには、連絡しなくていいのか?」
われに返ったように、彼女ははっとして南部を見つめた。
「はい、どなたにも、何も」
「メールで見たが、本当にいいのか? みんなは会いたがっているんだが」
「いえ......あれはほんのわずかな間のことですし......いろいろとお忙しいのでしょう? みなさんがお元気だ、ってわかっただけで十分です」
静かな笑顔で彼女は答えた。

ここを離れたときも、誰にも告げずに去った。
そして今日、訪れたことも、南部以外誰にも話していない。
大学の図書館にもない貴重な本がここにあるときいた彼女は、南部一人に連絡をし、彼が在宅の日を確認してやってきたのだった。
(廖化くんらしいな.......)
南部はいとしげに、そんな彼女が働くさまを見つめていた。

「君は、まじないとかは信じるか?」
「はい?」
「若い娘は好きじゃないか、ほら、ジンクスのように何をどうこうすれば恋が叶うとか願いが叶うとか」
「.........どうなさったんですか? 科学技術庁の南部博士たるおじさまが」
「いや、わたしはひとつだけ、数字のジンクスというのがあるものでね」
「おじさまが?」
「意外かね? 言霊と同じく、数字にも不思議な魔力があると思ったことはないか? わたしはある数字にそれを感じているんだが、君はそうでもないのか」
廖化の脳裏に、あの彼の番号が浮かんだ。もちろん誰にも話したことはないが、実はあの番号には密かな拘りをもっている廖化。
「そういう数字がある人間にはな、数字が味方をするそうだ」
「数字が、味方?」
「つまり、その数がラッキーな数になるということかな」
南部は笑った。
(帰りに宝クジでも買ってみろってこと......? それもいいかな? そしたら末尾は2で)
廖化もつられて微笑んだ。

「わざわざこちらまでいらしていただいて、申し訳ありませんでした。書庫を開けるために、いらしてくださったのでしょう?」
「いや、かまわんよ。また気が向いたら、いつでも気軽に寄りなさい。ここの合鍵は君に預けておくから」
「ありがとうございます」

書斎をあとにして、廖化は書庫に向かった。
最後にここを離れた日。
彼へのメニューを練っていたあの本も、ここに忘れていってそのままだ。今日は持っていこう。そして、彼のことは、自分のこころの奥深くに.......
そう思いながら、重い書庫の扉を開けた。

懐かしい匂い。
懐かしい背表紙たち。
そしていつもの、あの窓辺.....

!?

誰かがいる。
逆光で見えない。
その影が立ち上がる。

「............」
「.............」

どうして?
どうして、あなたがここにいるの.......?

そのひとが、取り落とした本が、廖化の足元で開いた。
これは.......おじさまが探してらした本?
間からこぼれおちた紙片を手に取った廖化は、目を丸くした。
そこには、南部の筆跡で、こう書かれてあった。

(廖化くん
君が、ここを発って、今日は何日めだかわかるかね?)

「.........おい」
光の中で、あのひとの声が響いた。
忘れようとしたの。
何度も何度も。
でも、忘れられなかった。
どうしても、どうしても。

「..........まいったな........博士が、ここのその本によ、爆弾が仕掛けられてるからって急に出動だなんて呼び出したもんだからよ、慌てて探しに来てみたら......」

光の中で、あのひとが滲むの。

「へっ........やられたな.........とんだ爆弾だぜ........」

そのまま、あのひとの香りに包まれた。
息もできないくらい、激しく。

「おめえには、いいたいことが山ほどあったんだ.......いうんじゃねぇ.......おれのほうが先だ」

いえない.....いえるわけ、ない......
だって、だって、この唇は......


朦朧とした意識の中で、ひとつだけわかったことがあった。

ここを発って、あなたと離れて、今日は......

222日め、だったって......


END



陽光の窓辺

「この前のきみたちの健診結果が出た。まぁ、普段からしっかり鍛えてる諸君らのことだから、心配はしてなかったのだが」

そこまで告げた南部は渋い表情で一同を見渡した。


「博士、何か問題でも?」

「博士?」

「へっ、竜はメタボだからもう少しダイエットしろとかじゃないのかい?」

「余計なお世話だわ!甚平こそ、イマイチ身長の伸びが甘いんでないかい?」

「まあそれも確かに言えるが」

南部の真面目な言葉に竜と甚平は、でへっ、と首をすくめる。


「全員にいえることだが、諸君らの栄養状態があまりにもかたよりすぎている。このままでは任務どころか、身体を壊しかねない」

一同の視線が思わず紅一点に飛ぶ。

「ちょっと?なんでみんなして、あたしを見てんのよ!」


「だってジュンの作るもんってワンパターンだし」

「作るっていやぁきこえがいいが、あっためるだけのレトルトなんだろ?」

「いや、おねえちゃんはレンジにチンだ」

「それに結局は甚平が、途中からやらされとるしの」

「うるさいわねみんな!」


南部は頭を抱えた。

「仮にも世界平和を守ろうという諸君らの健康状態がそれでは……そうか、普段はみんな、ジュンの店で食事をしているのか?」

「俺は車で出た先でも外食したりするんだが…….なんやかんやでジュンの店に集まりがちなのは確かだな」

「いつ呼び出しがあるかわからんからのぉ。あそこにおれば何かと都合がいいもんでの」

「ジョーはまだいいじゃないか、セスナや飛行場の維持費ってのはけっこうかかるんだ。おれはそうそう、外食なんかしてられないぜ」

「で、結局うちに通い詰めでツケがたまるわけだね、兄貴」

「そうよそうよ、ろくに払いもしないくせに、ワンパターンとは何よ、ケン。ずうずうしいにもほどがあるわ!悔しかったら払ってよね、まったく!」

皆の痛い視線に追い詰められたジュンがひらきなおる。


「わかった!それ以上なにもいうな!諸君らの状況はそういうことなんだな。今日からきみたち、任務の無い日はわたしの別荘にきたまえ。せめて食事くらいはまともに摂ってもらわんと」

「え? もしかして、博士が作ってくれんのかい?」

「ばかね甚平。博士は忙しいのよ、そんなわけないでしょ」

「わたしの別荘には通いで食事や身の回りの家事をする娘さんが来ている。友人のお嬢さんなんだが、家事のエキスパートだ。食生活に関しても申し分ないはずだ」

「そりゃあ期待できそうだな。博士お墨付きか」

「へへ、うまいもんが食えるんなら、おら何処にだっていくわ」

期待に胸膨らませる一同。その脇でケンだけが難しい顔をして考え込む。

「どうしたのケン?」

躊躇いがちにケンは南部に切り出した。

…….博士」

「なんだケン」

「その…….食費は……その」

「いわんでいい。経費で落とす」



日本料理を一日一回は食べたい、という南部の希望にそった献立が、一同の前に並ぶ。

その夜のメニューは、家庭的ではあるが、栄養バランスのよい、くつろげるものばかりだった。

物静かに給仕をする娘はまだ若いが、落ち着いた雰囲気を漂わせている。

廖化くんだ」

南部に紹介された娘は、静かに会釈をして、キッチンへ下がった。

「落ち着いた娘ねぇ」

「ジュン、きみと同い年だよ」

「ええっ? ……..大人っぽい……

「へっ、おねえちゃんが幼稚なんだよ」

ジュンは手にしていた箸の角で彼の頭にチョップを落とす。

……..いや、本当にたいしたもんだ。この味噌汁は、おふくろが作ってくれたのと同じ味がするぜ。もう一度この味に出逢えるなんてな」

ケンが感慨深げにお椀をもつ手を止める。

「この魚の煮付けもたいしたもんじゃぁ。おらの故郷の味だわ、まさしく」


だが、ただひとり、和食にはさほど縁のなかったジョーは、黙々と食事を続けていた。

日系とはいっても、小さい頃からBC島の味で育った彼には、その和食本来の旨さというものがあまりわからなかったのだった。彼にとっての家庭の味はイタリアンだ。家庭料理、といわれて思い浮かぶのはそれ以外のなにものでもない。

(まあ、作ってもらえるってことはありがたいことだ)

そのとき、ふと視線を感じて顔を上げると、廖化が近くまで来ていた。

「おかわりなさいますか?」

………いや、十分だ。うまかったぜ」

彼女は無表情のまま、軽く会釈をして、静かにその場を離れた。

 

 

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花火

「なんだ、来れねぇのか」

 その声はちょっと不機嫌そうに胸に響く。

 あたしは携帯を抱え込んで、布団の奥まで身を潜めて答える。

........熱、出ちゃったの」

「しょーがねぇなぁ、どうせまたくだらねぇ噂とか気にしてンだろ?ん?」

 半分図星。

 硬派で強面の割に、何故か職場の女の子たちに人気のあるあいつには、噂が絶えない。過去はどうあれ、最近の話は根も葉もないって信じてはいるけど、耳にするだけでも気は重くなる。気を使うまいと思っているのだが、篭って話しているせいか、つい咳き込んでしまう。

 

「風邪かよ。まぁ、しゃあねぇな。風邪っぴきに潮風は毒だからな」

 ......もう海にいたんだ。浜辺で誰の目も気にせずに一緒に歩けるって、あんなに楽しみにしていたのに。頑張って走って体力作りもしてたのに。あたしって.........

 

「?」

 受話器の向こうから、潮騒にのせて微かな音。

「聴こえるか?」

 しばらく考えて、答えた。

「花火......?」

「おめぇと一緒によ、やろうかと思ってたのさ」

 しばらく彼の声は無かったが、繰り返し打ち寄せる波音のはざまに、ぱちぱちという音が聴こえる。

 子供のころのような気持ちで、火薬の匂いさえもが届くよう。

 ここにいても、キモチは一緒の、深夜の海辺にいるんだね。

 恋する想いにまあるくつつまれて、あたしの胸にも灯りが灯った。

 

「今度またこんなドタキャンしやがったら、抱き抱えてでも連れてきちまうぞ」

 

............それはもはやお見舞いになってないよ。

 ほら、ドキドキして、熱、出ちゃうよ............

 寝返りをうって、携帯を抱きしめながら、あたしは彼の香りを思い出していた。遠い潮騒に身を任せて。

 

 

 

END

黄昏

逢魔ヶ時とはよくいったもんだ。

日が傾いて街並みが色を変えていくと、訳もなく妙な気分になる。夜と昼の境目にあたるこの時間帯を、不吉な時間とか妖怪とか霊に出逢う時間帯と表現してこの名がついたらしいが、時折自分らしくもない感情で胸が締め付けられることがあるんだよな。


 めずらしく事件も指令もなく終わろうとしている一日。

 穏やかに過ぎるにこしたことは無い。平和なのはなによりだ。けど……


 こんな時間には思い出すんだ。

 もうここにいないもののことを。

 二度と逢うことのない存在のことを。

 幽霊でもいいから逢いたい、そう何度も思った。

 だからこの時間は特別感傷的になるのかもしれないな。魔だろうが何だろうがかまわない。もう一度逢いたいから。逢って伝えたいことがあるから。

 似たような背格好の後姿に思わず振り返る。

 気がつけばいつも、あいつの姿を人ごみの中に探しているような気さえしてくる。

 

 俺はあいつのことをわかってたつもりでいた。

 でも、あまりにも知らないことが多すぎた。

 何でもっと、あいつと関わってこなかったんだろう。

 何でもっと、あいつといろんな話をしなかったんだろう。

 親父の時だってそうだった。

 皮肉なもんだ、失くしてはじめて、その大切さに気がつくなんて。

 

 ためいきをついたその時、コンビ二から彼女が戻ってきた。

「お待たせ」

 俺の顔をじーっと覗き込んで、いきなり髪をひっぱる。

「いてててて!おい、何を」

「なに考え事してるの。顔、辛気臭いわよ」

 そして俺の目の前に、コーラを突き出してくる。

「これでも飲んで、少しシャキッとしたら」

 乱暴だけど、彼女らしい思いやりだなと思わず笑いがこみあげた。そんな俺の顔を見て、彼女もくすっと笑う。

「目的のものはあったのか?」

「ああ、グレース王妃の特集号? ラストワンだったみたいだけど、どうにかね」

 俺の目の前でパラパラと雑誌をめくって見せる。グラビアには豪華なドレス姿の王妃が載っていた。女の子だなと思うのは、それを眺めて何度もため息をつく姿。

「やっぱり着たいんだろ、ドレス。またそういう任務があればいいな」
 からかったつもりだったが真顔が返ってくる。無言のまま。
 予想外の反応に焦った俺に、彼女は唇をとがらせ、拗ねた表情でようやくこういった。
「女はね、一生に一回はドレス着られるからそれでもいいの」

 

 俺たちはビルの谷間に落ちる夕日を眺めながら、コーラを飲み干した。
 高層のガラスに光が反射し、煌きが時の流れとともに踊り、世界を次々に変えていくのを黙ってみつめていた。

 

「変わらないものなんてないのよね」
  彼女がひとりごとのように呟いた。

 

「昨日までの後悔を、二度と繰り返さないために……生きていくんだわ……生きてくって、そういうことじゃないかな.........」

おそらく彼女も、同じ奴のことを思い出していたんだろう。
  そして俺を振り返り、ちょっと涙をこらえたような笑顔でいった。
「だから言っとく。この際。後悔しないように」

……だまって、ひとりで考え込まないでね。あのひとみたいに、ひとりでどっかに行ったりしたらやぁよ」

 

  ビルの隙間に切り取られた赤い空を、大きな鳥が横切って飛んでいった。
「コンドルかな?」
「まさか」
 
 おどけながら彼女の肩をそっと抱いた。仲間ではなく、ひとりの女性として。
 まだ大分先の話だろうが、いつか彼女に純白のドレスを着せよう。
 そして王妃のような王冠(ティアラ)を乗せて。


 あいつの声が聴こえた気がした。
 きっと呆れ顔で俺たちを見ているんだろうな。
 そう突っ込むなよ。大事にするから、こいつのこと。
 なあ、だからこれからもそこで見ていてくれよ。


 
 
 絶対忘れないぜ
……おまえのこと。

 

 

 



END

 

 

 

 

 

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