元NPO法人NEWVERY理事長の山本です。3連休の初日、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

3月中旬にファウンダーとして15年間経営してきたNEWVERYの理事長を退任(現在はファウンダー・スペシャルアドバイザー)、その後の電光石火の展開を経て、4月から大正大学地域構想研究所にフルタイムで働き始めました。役職は「奄美支局開設準備室長」です。

それから3カ月半が経ちました。

この3カ月半は私にとって初めてのことばかりでした。以下にざっとその初めてのことを整理してみました。

-大学に所属することが初めて(プロパーとしては初)
-奄美大島に毎週のようにいくのが初めて
-上司のいる環境が初めて

途中、勢い余って椎間板ヘルニアを発症しました。笑 これも初めてのことといえば、初めてのことでした。

それはさておき、NPO法人のファウンダー・理事長という立場から上記のような立場への移行は、私にとってスペシャルな経験でした。

もし仮に「ソーシャルアントレプレナーのキャリア・トランジションに関する研究〜レジリエンスの観点から」といった研究をされている研究者の方がいらっしゃれば、良い研究対象になりそうです。

冗談はさておき、この3カ月半にあった無数の新たな経験から得た重要な気づきは大きく2つでした。

1つは、「自分の土俵」で戦うことの大切さ。

環境が変わり(NPO⇒大学)、フィールド(東京⇒東京&奄美大島)も変わり、その中で自分はどのようにすればパフォーマンスを発揮することができるのか、考え続けてきました。奄美市に大正大学グループの株式会社も私が代表取締役を務める形で登記予定です。

私の強みは「起業」「新規事業」「人事(人材の採用・配置)」。得意とする市場・業界は「東京」「若者」「教育」「文化・芸術」「不動産」「NPO(社会課題)」。

以上が「自分の土俵」です。

この土俵外で戦うことは、魚が"海"ではなく"陸"で戦うこととイコールです。

「自分の土俵」を広げたいという気持ちを持っていましたので、4月から5月にかけて、私は「自分の土俵」の外に目を向けていました。それではうまくいかないと気付いたのは6月。それからは、できるだけ仕事を「自分の土俵」に寄せる(乗せる)ことを意識するようになりました。

まとめれば、キャリア・トランジションによって、自分は何者であり、何が強みなのか、相対的に理解に努める必要に迫られた、ということになります。

この経験とそれを通じた気づきは、これからの自分のキャリアに大きな影響を与えるだろうという確信を持っています。

もう1つは、経営に関する意思決定に遠慮は不要だということ。

大きく環境が変わり、その組織の人も文化も未知数です。そういう中で、遠慮して発言しない、または提案を引っ込める、ということは、特に日本ではむしろ好まれる態度ではないでしょうか。

しかし、3カ月半が経ち、1つどうしてもあの時遠慮せずに強く提案を続けるべきだったということがありました。私はその時、新しい環境に身を置いて最初の1か月目。遠慮してしまいました。今も後悔しています。私の経験不足です。

2つの気づきをまとめると
「新たな環境でも、自分の土俵で、遠慮せずに戦う」
となります。

……と書きながら、本田圭佑選手(日本代表のプロサッカー選手)の顔を私は思い浮かべました。

人生100年時代。キャリア・トランジションはきっと多くの人が経験するでしょう。これまでよりもずっと多くの人が。

このコラムが、新たな環境で試行錯誤していたり、これから環境を変える方にとって、少しでも気づきのキッカケやお役に立てば幸いです。