東日本大震災の未来への記録

<この記事は常に冒頭になるように設定してあります。(2011年3月末日/記)>
P1040674az 2011.3.11.14:46頃に発生した三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の巨大地震によって亡くなられた方々に衷心よりお悔やみ申し上げます。また、愛する人や大切なものを失ってしまわれた方々の悲しみと辛さと、今なお続く困難に対し、謹んでお見舞い申し上げます。
 そしてまた、危険な状況が続く福島第一原発にて、懸命になって対策に従事されている方々に対し、心から感謝申し上げます。どうか一日も早く、危機的状況を回避できますように…。私にできることと言えば省エネ、節電の実行ぐらいしかできませんが、それでも心は共にあることを表明させていただきます。そしてまた、力強い復興に向けて微力ながらご協力することを誓います。

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2011年の今頃(続き)

このブログにはUPしませんでしたが、2011年の7月2日(土)には某福祉関係のバーベキュー大会を主催して、無事に任務を完了したのでありました(51名参加)。

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しかし、この頃、6月20日に母のすい臓がんの手術があり、私は6月23日~24日に1泊2日でカテーテル手術をやって、その1週間後のBBQでした。
右手首の動脈からカテーテルを挿入したため、その傷跡をカバーするテープを巻いていました。
でも、まぁ、沢山友達が参加してくれて楽しかったし、美味しかったですから、素晴らしい一日を過ごせたのでありますが、いろいろと内面的には思うところもあったなぁ。。。と。
いまさらですが、そんなことを少しも顔に出さずに振る舞うことができた自分を褒めてやりたい。
よく頑張ったと思います自分
(自画自賛) 

ご機嫌よう



2011年の今頃

すい臓がん末期(ステージ4A)の母の手術があり、私の心臓カテーテル手術もあり、不安だらけの日々でした。
殆ど心の中をさらけ出すことのない私が、何とかやり過ごすことができたのは不思議です。
というか、ひとつは千駄木小松庵の美味しい蕎麦セットのお蔭であり、もうひとつは私の空想の世界に存在したエリザベスのお蔭でしょうか。
しかし、殆ど心の中を誰かに話した覚えはありません。
というか、何故か話したくなかったように思います。
私自身が受け止めきれずにいるのに、話された相手は受け止めることなど出来る筈がないと思っていましたから。
でも、すべてが終わった2013年の秋が深まった頃のこと、信頼できる後輩の友人(臨床心理学の学生さん)からインタビューの申し入れがあって、軽い気持ちで受けたのですが、話をするうちに、感極まって声が詰まったり、涙が溢れて困りました。今思えばカウンセリングのようなものだったのだろうと思いますし、本当は生身の人間に話を聴いて欲しかった自分を発見しておりました。

思い出の千駄木小松庵の蕎麦セット、並びに谷根千界隈の写真をUPいたします。
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違った気持ちで、もう一度歩いてみたい。。。


田原総一朗氏が吠えている

同感だ 

田原総一朗

国内最悪の内部被曝事故の3日後に出た「経産省の原発新増設記事」は大問題だ!



同期会(2017年6月16日)

学生時代のサークルの同期会が昨年と同じ会場(品川港南口のとある店)で開催された。
今年は10人が集まった。
後輩の一人が動脈瘤の手術で大変だったとの話があったが、とりあえず、同期で死んだ者はいなくて良かった。
美味しい料理をいただきながら、一人一人近況報告を行った。

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そして、一次会終了後2名が帰ったが、後の8名は昨年同様に、ゴージャスマリーの住むマンションのカラオケルームへ。

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23時まで歌ってお開き。
また来年まで、皆さん、お元気で 



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