2025.12.08 文化における東と西の差異、61
 東日本と西日本とでは文化に相違がある。これについて、「食」、「言葉」、「建築(畳)」に着目して、東と西での相違を箇条書にし、その後に文化の核心に若干迫る。ただし、東日本を東、西日本を西と略することも有とした。
(1)言葉について
a.地形;西では「谷」、東では「沢」
 縄文人が沢、弥生人が谷という語を用いたとの説が定着している。ただし、これは縄文人や弥生人が住み分け気味で東と西に居住していることに着目して、そこで使われていた用語を後世の方が収集したので、直接の証拠はもちろんないといった方がいい。
b.味;西では「辛い」、東では「しょっぱい」
 西は塩や唐辛子の柄井を一括して辛いといい、東は塩分多用で塩味だけがと吐出し、塩はからいとした。
c.イントネ-ション;西では言葉の「後半で高く」、東では「前半で高く」
 例えば、雲という語の発音には、西では「く」より「も」が高く、東では「く」が高い
西に対し東では、語尾簡略化により単語の先頭音節を高くしたという。

(2)食 
a.味付;西では「薄味」、東では「濃味」
 西では上品な味、東では労働向けの味
b.餅;西では「丸餅」、東では「角餅」
 西では円満イメージで手で丸める。東では板状餅を角状に切断により角餅
c.豆腐:西では「絹豆腐」、東では「木綿豆腐」
 西では繊細な滑らかさ。東では煮物にしようしても形崩れず
d.稲荷寿司;西では「俵形」、東では「三角(狐耳形)」
 お稲荷さんはもともと五穀豊穣。きつねは作物を食う害虫などの補色に欠かせない。西では五穀豊穣の俵がシンボルとなる。東は稲荷の山形状や狐の耳形状がシンボルとなる。
e.寿司;西では「巻寿司・押寿司」、東では「握り寿司」
 西の寿司は華やかさや日持ちに工夫で巻きや押しの寿司。東は粋の良さや新鮮さが売りで握り寿司
f.汁粉;西では「こし餡」、東では「粒餡」
 西では繊細で滑らか口あたりには粒ではなく「こし餡」、東では触感をそのままでいくので「こし餡」ではなく「粒餡」となる

 (3)味とたしなみ、西日本の繊細さに対し東日本の無骨さ
 京文化は繊細さと優美さから成るのに対し、東の文化は新興勢力らしく独自流でつくられた。すなわち、東では新興勢ゆえに普請・作事の仕事(社会基盤づくり)が多く、力仕事(労働)の世界であった。このため、食には塩分が欠かせず、しかも大量の食事が入用となれば、手間暇かけず、味は繊細にはならず、合理性追求の無骨なたしなみが定着していったといえる。

2025.11.14 国民と国家の関係について、60

 最近、外国人の排外主義が横行している、と同時に、日本人は最高、日本人ファースト。日本人オンリー、等といたように人種優性志向が復活したかと間違うほどに、社会の状況は歪んできている。こうした問題に対して足して、人道主義、人権といったことで人間育成が広範囲に必要となってきた。それとともに、なぜ差別が起こるのか、同族意識との対比で考えることもまた必要となっている。特に、排外主義者が民族とか、国家の国民の位置づけを含めいいように捻じ曲げている。

▲ここでは、そうした状況の改善を目的として、国家、国民、民族といった。個人と社会の関係性について、歴史認識のものと詳述することとした。論点を専制国家から国民国家への変貌に設定し、特に専制国家から国民国家へ移った時の民衆の位置付け方について論を進める。以下に述べる。

(1)国民国家;国民国家が誕生したのは、専制国家が破綻したあとに民衆が一部リーダ-のもとで行動に出たからであり、リーダーは民衆のそうした力を軽視できず、民衆を国家体制に組み込まざるを得なかったのでは。その時に、リーダ-は民衆を国家に帰属するとした。専制君主が民衆を配下に置いたが、今度はリーダ-は民数を配下に置くのではなく国家が置くとしたのである。民衆のさらなる革命が恐ろしかったのであるといえる。

(2)民族・国民;民族・国民という概念は近代になってできた概念である。日本では、日本人・日本民族とかいう概念は明治になってからである。外国の場合もそうである。例えばフランスでは、革命後には市民という概念ができ、その後の国家が国民国家とよばれた。また、戦争の時代に入ると、戦争は国家総動員で実施する総力戦となり、民衆を戦争にかりたてる仕掛けに国民や民族という縛りが国家に必要となったといえる。

(3)民衆と国家;民衆が国家をつくり、国家が民族をつくる。国家が民族を束ねて対外活動(戦争、掠奪収奪の経済活動)により民族(国民)に利益を享受する、という構図が根本にある。民族へのサービスがあるからこそ、民族の名を国家が借りれるからこそ戦争まですることができる、と捉えられる。もし国民が多民族でバラバラなら、より一層の富を求めて、他国を侵略することもなかろう。多民族国家では、例えばアメリカでは、一国の衆をアメリカ人としてのくくりで国家の侵略性が根付いている。

▲まとめ;以上みてくると、権力を持った方が国家運営を行う際に、各種行動に効率を高め効果を生むように最大限のレベルを考えれば、国民・民族といった国家のアイデンテイテイを各自持つようなシステムが必要であり、そう駆り立て体制のムードが必要であるといえる。こうした状況を変えるようなことは今なお認められないので、懐柔策を講じることが多い。となれば、真の解決には、人道主義・人間性追求といった面からの社会構成における余裕を作り上げることしかない、考える。ただし、今の時代、国家も国民も社会システムの上で構成(制度構成)され、国家にリーダ(政治家)も国民もいることはいうまでもないことである。


2025.01.23 認知症介護問題、59
認知症は75才以上では12人に1人、85歳以上は3人に1人、発症するという大変な病気であり、老人介護においてはどう対処するかが大きな問題となっている。編者もこの問題に関心があり、福祉関係の講演会やシンポには積極的に参加し、そこで得た知見を纏めてみることにした。

1. 介護の基本方針
 いうまでもなく、介護においては被介護者の人権尊重や尊厳遵守が基本となる。認知症の場合、被介護者が自分の要求を出しにくくなっているので、非介護と介護との関係をどう作るかが一のポイントとなっている。この観点から、介護の仕方や非介護の要件について論究する。なお、ここでは、人権も尊厳の中に入れておくことにする。

2.尊厳遵守
 尊厳遵守はどう実施していくのであろうか。大上段に構えて「こうあるべき、こうすべき」とするやり方と、介護の一つ一つの行動にいわゆる小さな尊厳として遵守していくやり方とがあり、通常は特別意識しなくてもマクロにもミクロにも併用とされている。
では、遵守の場合、どういう事項があるのであろうか。列挙すると;
自律、健常状態、生への積極姿勢、感覚磨き、
   人間関係づくり、信頼関係づくり、行動理念

3. 各論
(1)尊厳遵守;非介護者を人間として大切にする基本。マクロな目標も、小さなことから積み上げていくことで達成できると考える。
(2)相互の対応
(2.1)コミユニケーション;被介護者が自らのニーズを発しにくいので、介護者は被介護者を体の調子も合わせてしっかりと観察することになる。声を発する次元の物にはならないことに注意したい。
(2.2)相互の行動;介護は、観察に基づいて状況に応じて対応する
(2.3) 感覚;コミユニケーションや行動について感覚的に喚起するようにする。

(3)自律;
(3.1)自律意思;被介護者自身が何事にも時間をかけ行動することが自律である。今までと同じように行動することが日常であり自然であることを体得確認といったところである。例えば食事は自分で食べること。
(3.2)健常状態の実感;介護を受ける以前からのいつも通りの状態が今なお続いているという感を持つ。例えば、服、靴、日用品も今まで使っていた物を介護を受けているときも使用し続けることで、いつもどおりが常に続いているという感覚が維持される。
(3.4)積極姿勢;生きてることを自ら実感する。これこそが巣を未来を生き抜く力となる。すなわち、自分がこれまでもそして今も生きており、未来をも生き抜くことが実感されるのである。

(4)信頼関係
(4.1)他者の存在;他人と自分との繋がりを感ずるようになれば、自分がより自分らしくなりる。これも、人と出会うごとに対応していると自然とそうなる。
(4.2)信頼関係を築く;介護では、被介護者をよく観察し、最善を尽くしているという気持ちが信頼に繋がる。また、
(4.3)行動理念;人の優しく、みんなで楽しく、その時その瞬間を大切にしながらの行動が一番。。
(4.4)人間として;人間は一人ではなく、かつ自然に振る舞えれる。しかも、人間は、皆が必ず通る人生の道を歩む。、そう思えば、介護側も非介護側も人間として同じ道を歩んでいる。そこに、各人の人生観や経験を背負って歩んでいる。

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