2021.09.12 土地の私有財産のいわれ、形だけの制度移入ではいずれ歪む、51
 古来から本邦は中国を何かにつけ手本にしてきた。これは弥生人が中国大陸からやってきたことに源がある。すなわち、朝鮮半島経由や広州から海に出ての経由がある。どちらの軽油にしても、本邦にとっては中国が手本となっている。
 では、手本はいいが、どのような主旨でどのように学んでいったのであろうか。古代史を紐解けば、本邦では、大化の改新で唐の制度が学び移入され、土地と人民は国家のものとして位置づけ、財政基盤がつくられていた。その後、人口増となって、基盤が維持できなくなったので、農地増加政策をとって、三世一身法により、土地の所有を一時的に私有を認めるものであった。それでも土地は最終的に国家のものであるとしているために、そのような政策では立ち行かなくなっていた。結局、墾田永世私財法を制定して土地の国家所有を改め、私有を完全に認めるが、代わりに租税のかけ方委工夫して、これまで以上に税収を図ったのである。
 しかし、この精度は土地の非国家所有をうみ、土地所有者が国家から豪族祖物や寺社仏閣に変わっていき、荘園が生まれるのである。それが、いつしか武士のものになって、近代に入り、私有土地制となったのである。もちろん、税金の徴収はこれまで通りである。
 以上、土地制度を見てきた。土地の私有制は奈良期から始まったものであり、現代では持てる者の欲望暴走として金の支配する投機対象の土地として様変わりしきている。

2021.09.05 吉田兼好のつれづれ草を垣間見る、50
 高校の個展で結構人気があるのが吉田兼好のつれづれ草である。なぜ人気かについては、今日でも通用する話であるからである。当時(鎌倉時代)は、宗教全盛時代であるので、宗教的価値観が先行し、個人の生き方がやはり二の次となっている。健康が目指したのは今を生きることを大事に普遍的な価値観を見出してそれこそ人生を楽しくすることにある。これは現代も同じであり、しかも数百年前に、もうそんなことを考えている人がいたということが驚きなのである。
 ではなぜこうしたことができたのであろうか。中世では生産力も向上し、ヒグラシの人間が数えるほどの体制であったということである。そんな余裕が、価値観を変えさせるのである。結果、徒然草が世の中に出現したといえる。
 次に、健康の何が皆さんを引き付けるのであろうか。それは、幸せを素直に問うところにあるといえる。人生のお手本はありふれた日常の中にあるり、また自分の言葉で構成し、自問自答するから自分らしい生き方ができるとある。
 健康ファンは今の時代だからこそ多いようである。兼好の指摘は今なお通用するすることと、ひとりソロで暮らし活躍するところにひかれている方が多い、といえる。
 以上は、一般的な兼好の論であり、わたしもそう思うから記しておく。

2021.08.19 匂いについて、49
 人間の五感には、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚がある。このうち、匂いについては、われら、食事の時のにおい、腐朽のにおい、体臭や口臭、花のかおり、空気のかおりなど、匂いのご厄介になっている。
 ここで、匂いの一般的様相として、生活における匂いについてにべてみる。
▲匂いと生活: 匂いとはを考えてみたい。匂いは香りにいい匂いも悪臭としてのにおいもあり、千差万別である。我らの生活における匂いには、腐ったものは危ないとして危険を察知するための匂いは危険察知で必要である。また食欲をっそる匂いはおいしく食べるために必須のにおいであり、においと味が連動しているので、いい香りは必須に匂いである。
▲匂いと街: 最近街づくりには、生活のにおいがする街を目指すといって、匂いを先行させている。その標語の意味は、生活にはにおいと共にあるとしてm、飾らない有のあっまがにおいだから、そんな匂いが街に備わっていると考えることになる。
▲匂いの感知; 匂いについては我rは何々のようなにおい、とか言ってにおいをひょうげんする。これは、においが行動の記憶と共に記憶されている結果、匂いを記憶から呼び戻すのである。逆に言うと、においには表現が難しいということでありそれだけにちゅ消化された能力として、人類は高度な記憶システムを作り上げたのでは、とも考えられている。
▲匂いの引き立て方; メジャーなにおいの中にほんの少し別の匂いを加えるとメジャーな匂いが奥深いものとなる。 単一のモードに相対して別モードを入れることによりモードが引き立つのである。これは何も匂いだけに限らず、味でもふぁっしょんでも、あはたまたプレゼンでも言えることである。

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