2007年02月18日

クアラルンプールに来た。


マレーシアとかKL(クアラルンプール)ってイメージしづらかったけど、実際に来てみると、何でもっと前から来なかったんだろうっていう印象を持つぐらい素敵な街だ。

面白いテレビ番組を発見した時の気分に似ている。みんなは何でこんな面白い番組を教えてくれなかったの?みたいな。


大学の友人にもあった(こういうとき、この大学を選んでよかったと思う)。彼女はすでにここで働いていて、学生時代の子供っぽさは消えていて、さなぎを経て蝶になったような美しさを持っていた。一方、僕はバックパックを背負い、4リンギ(140円ぐらい)のお粥に0.5リンギ足して卵を加えようか迷っているほど、みすぼらしく、開幕当時は並んでいたゲーム差が夏が過ぎると一気に開いていたような気分だった。


KLは小さいころに思い描く未来都市に似ている。高層ビルが多く、街中を高架鉄道やモノレールが走り、多民族国家の実際はいろいろな星から来た宇宙人を想像してしまう。


英語が通じるということも良い。今までタイを旅していた間は、タイ語を話すラオス人の相方が主導権を握り、いちいち英語に訳してもらっていたため、衝突も多かった。ここでは同じ土俵で旅をしている。お互いがお互いを助け合い、一方に頼りすぎることのない心地よさを味わっている。


ただ、いやなこともいくつかある。


ひとつは客引きの多さとしつこさ。バスでKLに着いた途端に客引きに囲まれ、横からずーっと話しかけてこられた。「今相談中だから、黙ってろ!」と言っても、横からずーっとビチビチビチビチ話しかけてくる。街中もこんな感じのところが多かった。道を歩いていると「ハイ!フレンド!暇ならこっちに来いよ!」とか。フレンドになった覚えなんか一度もないし、チャイナタウンで買った焼き鳥を食うのに必死なんやけど。

もうひとつはタクシーがうざい。まずメーターは使ってこない。「バンサーまで」と目的地を言うと、「15リンギでどうだ?」と90%交渉を吹っかけてくる。10年前のバンコクのようだ。「じゃあいらない」とドアを閉めると、「道がファッキン混んでるからこれぐらいかかるんだよ、このXXX野郎!」と罵声を浴びせられたこともあった。タクシーのドライバーにFワードを言われるとは思ってもいなかった。


それらを踏まえても、この街はすばらしいと思う。

早速、内定先の会社が進出しているか調べると、さすが外資系。抜かりない。


いつかはこの街に住みたいなぁ。

(20:56)

2007年02月01日

祇園でメシ食った。

はなれのほうでやったけど、こんなとこにも観光客が。


恐るべし、京都ブーム。



話は変わって、先日六本木でメシを食っていると、隣のテーブルでオッサンがオネーサンに京都のうんちくを語っていた。

『祇園のネ、どこどこって店なんだけどネ、・・・。』


がんばれ、オッサン!京都ブームの立役者だ。

(17:10)

2007年01月18日

これを逃すと、次にアフリカ大陸に行く機会がいつやってくるかわからない。という思いで、モロッコに行く!という決断をした僕は、すぐに国境を超えてスペインに戻り、ラ・リネアからアルヘシラスへのバスに乗りました。


20分のバスがとても長く感じ、僕はやっぱりモロッコに行きたかったんだ、ということを強く実感しました。


アルヘシラスに着いて、50ユーロでフェリーの往復チケットを買い(学割があった)、フェリーに飛び乗りました。フェリーの中ではイタリア人3人組と仲良くなり、2時間遅れの合計4時間の船の旅を楽しむことができました。


そしてモロッコのタンジェに入港。いざ、アフリカ大陸に上陸です。


歩行者も車両用出口からフェリーを出るので(車扱い)、オイルのニオイが充満する中、ゲートが開くか開くか、というとこで、警察がやってきて20人ぐらいいる乗客の中から僕だけを別室に連れて行きました。そして、パスポートを取り上げ僕を一人にして出て行きました。


ドクン、ドクン・・・。


というよりは、ドキドキドキドキ。


国境で別室に連れて行かれることは初めてじゃないけど、こればかりは慣れることができません。

しばらくすると、警察が戻ってきました。『オーケー』と一言パスポートを返してくれました。中にはしっかりとスタンプが押されていました。

しかし、念のため『どうしたんですか?このまま上陸してもいいんですか?』と彼に聞くが、何も答えてくれません。『ノープロブレム?』と聞くと、『大丈夫だ』と答えてくれるので、半信半疑のままフェリーを降りると、ガイドだの客引きだのが群がってきました。どうやら、本当に問題はなかったみたいです。フェリーの中のアナウンスがフランス語とスペイン語だけだったので(国際フェリーなのになんで英語がなかったんだろう・・・?)、必要なアナウンスがわからなかったみたいです。


客引きとつまらない会話をしつつ、両替所に連れて行ってもらいました。時間は既に9時で真っ暗(この後判明しますが、スペインとモロッコで時差があることを知らなかったので、本当は8時でした)。しかし、このタンジェという街は賑わいを見せていて、宿も簡単に見つかる気がします。

タンジェは旅人を騙す街。という印象をずーっと持っていたので、気を引き締めてタクシーに乗り、街中へと連れて行ってもらおうとしたら、メーターを動かさない。もうこういうことには慣れているので、『押せ』『・・・70ディルハム(7ユーロぐらい)』『いいから押せ』『・・・60ディルハム』というようなやりとりをし、40ディルハムになった時に、交渉成立。それでも十分高いということはわかっていたけど、疲れていたのでギブアップ。

タンジェは物価が低いという話を聞いていたので、いきなり三ツ星ホテルから攻めることにしました。フロントのオッサンにいくら?と聞くと、『200ディルハムか20ユーロ』というので、200ディルハムなら予算内だったので部屋を見せてくれとお願いしました。宿を即決するぐらいヘバっていたのです。

なんと、エレベーターは初期の007に出てくるような古いモノ。部屋はなかなか広く、テレビはないけど、ルーフトップバルコニーなんかがあったりもして、インテリアが真っ赤ということを除くととても快適。ポーターのジジイがいろいろと部屋の説明をしていくのですが、安宿に慣れてるのでぶっちゃけどーでもよく、タオルを何枚かリクエストしてこちらもOK。


とにかく、外に出たかったので、007のエレベーターを使って(遅い)外に出ました。

外は、想像していたアラブの街。夜なのに賑やかで、そこらじゅうから音楽が鳴っていて、僕が外国人であることを強く実感するぐらい、アラブ人しか見当たりません。

お腹がすいていたので、小さなカウンターに男が3人という無駄に人員を配置しているサンドイッチ屋に入り、見たこともない具をいろいろと入れてもらい、15ディルハムでフランスパン一本の大きなクラブサンドとスプライトを購入し、ベンチで一気食いをしました。

その後もホテルの周りをウロウロとして、疲れがピークにきていたのでこの日はもう休もうと部屋に戻りました。


と、ここで、一抹の不安が。


アラブ圏はホモが旅人の部屋にやってくることがあるそうな・・・。


こんなとこでホモに襲われたらたまったもんじゃないと、部屋中を疲れきった身体で調べました。このクローゼットの中には隠し扉などは・・・ない。天井の板は・・・外れない。バルコニーからは・・・侵入不可能。今のところ、問題はみつかりません。

念のためと、入り口にテーブルを、クローゼットのドアにソファを置いたとろでギブアップ。その日はそのまま就寝しました。


zzzzz

(13:45)

2007年01月17日

急に旅日記を書きたくなったので書いてみます。


一昨年の暮れのことでした。


深夜バスで寝ているのか起きているのかわからない状態が12時間続いた後、アルヘシラス

というスペイン最南端の街に僕は着きました。

スペインのリゾート地の一つであるアリカンテを抜け出したかった僕は、バルセロナ・フランスに行くか、ポルトガルに行くか、島に渡るか、次の目的地を模索していましたが、南に行けば暖かいんじゃないか、との考えでアフリカ大陸と眼と鼻の先まできたのですが、どうやら失敗だったようで、この街は病んでいました。とても大きなコンテナターミナルだけがランドマークらしく、街の色がドンヨリとしてて、道行く人々の眼は半分死んでいる。僕は内なる声が『早く抜け出せ!』と叫び続けるので、バスターミナルにあるツーリストインフォメーションでずっと前から行ってみたかったジブラルタルというイギリスの自治領への道を聞き、バスターミナルへ移動しました。


10分ほど待ってバスがやってきたのでそれに乗り込み、ジブラルタルとの国境まで20分ほ

ど陽気なラテンとはかけ離れた重い空気の車内で窓の外を眺めていました。窓の外に広がる景色は、スペインで今まで見てきた景色とは異なり、緑が多く、日本の田舎のような印象でした。


バスを降り、アルヘシラスよりは幾分落ち着いた国境へなんとか着きました。国境は行き

かう人が多く、アジア諸国に見られる国境のような軍隊による物々しい警備などはなく、

日本人ということでパスポートのチェックをスペイン側で受けたぐらいで国境を通過する

ことができました。

ジブラルタルに入るとすぐ、ツーリストインフォメーションに駆け寄り、ここに来た目的

の一つであるジョンレノンとオノヨーコが結婚式を挙げた教会への行き方と地図をもらい

、滑走路を歩いて横断し、バスに乗り、教会へ向かいました。

バスから見るジブラルタルは、ヒストリカルであり、コンテンポラリーである街並みで、道路が右側通行ということを除けば、全てイギリスと同じ街でした。信号も同じ、警察のかぶる帽子も同じ、天気も同じ(灰色の空!)、バスも二階建てでチケットもスペインのバスのようなコンビニのレシートタイプではなく、イギリスのバスのような近所の文房具屋のレシートタイプで、3ヶ月ほどイギリスにいた僕は女王陛下に連れ戻された!と錯覚してしまうほどでした。

とりあえず、乗客のほとんどが降りたバス停で僕も降り、近くにいた人に現在地を地図に指差してもらい、教会にたどり着くことができました。教会は、tooカトリックな感じで、中はろうそくの光と天窓からの採光だけととても薄暗く、熱心な信者が祈っており、中絶禁止の啓蒙展示がしてあり(エグい)、とても観光に来る場所ではありませんでした。

そして、教会観光を終えると、いよいよすることがなくなり、食事もイギリスメシを食う気も起こらず、バーガーキングで済ませました。


広場のベンチで横になっていると、モロッコに行こうかなと急に思いつきました。

ジブラルタルとモロッコは船で2時間の距離。近くの旅行会社に聞いてみると、明日出発の日帰りツアーが40ポンド。このあたりの宿の相場が25ポンドなのでとてもじゃないけど、宿賃は高すぎて払ってられない。ツアーではなく、今日行くしかないと確信しました。

ジブラルタルのフェリーターミナルからフェリーが出ているかも、という情報をロンプラで得ていたので、フェリーターミナルに行くと、誰もいませんでした。というか、ドアが閉まってました。

不思議に思い、辺りを廻っていると、カフェを発見。オープンテラスの席で昼間っからビールを食っているオジサマ二人組みに『モロッコに行く船はないの?』と聞くと『今日はねーぞ、ボーズ。一週間に二つしかねえ。アルヘシラスに行ったらどうだ?一時間おきにあるぞ』と。アルヘシラスに戻るか、ジブラルタルに滞在するか、今が決断のとき。

『あなた、モロッコに行くの?危ないわよ。みんながあなたをだまそうとするわよ』と、隣で話を聞いていたオバサマが加わる。


ジブラルタルをもっと満喫するか。

アフリカに行くか。


運命の二択。

ジブラルタルを満喫するには宿賃25ポンド+満喫費。

モロッコに行くには往復で60ユーロ+モロッコでの滞在費。


『僕は行きます』

(15:52)

2006年12月11日

ちょっと過激やけど、政治家ってどバカやね。


卒論の調べ物してて、公明党の京都市議団が作った京都の観光政策に対する提言みたいなのを読んだんやけど、内容がひどすぎる。


京都観光の広報資料を多言語化する。ってのがあって、それ自体は確かに重要なんやけど、多言語化する理由が書いてない。

世界でもトップレベルの多言語サイトにする。

とか書いてあって、

多言語化することにより翻訳・通訳業界の振興となる。


本末転倒やし笑。観光のために多言語化するのか、翻訳業界のために多言語化するのか、どっちやねん、ちゅう話笑。そのくせ無駄に他の観光地のホームページの多言語状況とか姉妹都市の言語とか必要ない情報が満載。


別に、メディアミックスによる多様な広報の展開、ってのもあって、今度はたとえ話を持ち出してその理由が書いてあるねんけど、最後に、すでに多様な広報が展開されている。って笑。

じゃあ、あんたらが今更提言する必要ないやん笑。


ほんで、文化ガイドブックを作る。ってとこには、京都の企業がメセナ活動の一環として作成する。とか書いてあんの笑。なに勝手に企業に押し付けてんの笑。あんたらの仕事やないですか。


京都のアーティストによる広報。ってとこには、パリで実際に行われているそういう活動がいかにすばらしいか、ってことだけ書いてあって、『こいつ、視察でパリに行ったな』ってのが分かる内容。若手の画家に依頼する〜(中略)〜彼らが熟知している京都の魅力を(後略)若者は熟知してねーべさ??笑


あかん!嫌な人間になってしまってる、オレ!ということにやっと気づいたのでここらへんで書くのやめます。

(01:26)

2006年11月15日

よく大学の学生が言う、




別府を変えよう!


新しい別府が始まる!


別府に革命を!




↑↑ばーかばーか!ばかばか!

て思う。


だってエゴ丸出しやん。いきなりヨソから来たくせに、別府を変えよう!とか言うだけいって、やるだけやって、また数年経ったら出て行くなんて。

別府市民にもっとリスペクトしないと。


と、最近の京都ブーム&ヨソモノのエゴと別府のシチュエーションとをシンクロしてみた感想。

(19:12)

2006年09月05日

GM(general manager)・・・ホテルにおける総支配人のこと。RMSやF&Bを統括するのはもちろんのこと、HRやFINANCEまで統括するホテル経営に関するすべてを担う人。


定義はさておき、新人ホテルマンは業務においてマクドナルドの店員ばりに英単語を使いたがります。


たとえば、

お客様から要望のあったお花をお部屋に飾り、お代金を宿泊代にお付けする
   ↓↓↓
ゲストリクエストのフラワーをゲストルームにセットアップし、ルームづけでチャージする



もちろん僕も新人ホテルマンの一人として


エクスプレスランドリーデリバリー(特急サービスで仕上げた尾洗濯物をお届け)』

だとか

ターンダウンドンディスターブリフューズドサービスやってさ(お休み前のご準備が、お部屋に入らないでくださいのサインのため不必要やってさ)』

なーんて英単語を連発してしまったりします。



ところが、先日GMやらDOR(Directer of Rooms:宿泊部長)たちとVIPでしかもご立腹というゲストのためのお部屋をチェックした時、GMが僕に一言。



『おい、この部屋にはいらねぇのか?(こちらのお部屋にお花は飾らないのですか?)』



英単語を羅列して、ホテルマンを気取ってる新人レベルにはまだまだGMへの道のりは遠いようです。

(17:37)

2006年08月29日

先日、遅番(夜11時まで)が終わり、従業員食堂でコーヒーを飲んでるとGMと人事部長が話し合いをしているのを目撃。話の内容を聞いていると、、、


GM 「おめぇ、これで人件費抑えてるつもりかよ!?」


・・・。アナタの犬はこれ以上人件費を下げられるのですか??

(02:08)

2006年08月23日

京都は観光都市のためか、街の規模に対してたくさんホテルがあります。


東横インやAPAホテルなどの宿泊特化系もありますし、全日空や日航などエア系、オークラやハイアットなど高級系もあります。


なかでも高級系(=シティホテル)はドメスの京都ブライトンホテル(183室)、京都ホテルオークラ(322室)、ホテルグランヴィア京都(539室)、外資のハイアットリージェンシー京都(189室)、ウェスティン都ホテル京都(502室)と5つあり、お互いが切磋琢磨し合っているといった状況です。


これらの5つのホテルは年間販売客室数633,275室※あり、5000万人とも言われる京都にやってくる観光客やビジネス客、またはリラックスが目的でやってくる近隣住民を取り込もうとしているのです。

※ここでは前押さえやメンテナンスその他でその日に販売しない、または販売できないO/SやO/O/Oを無視する


で、この5つのホテルではどこが一番いいのだろうか?てことなんですが、ホテルは立地が重要とよく言われます。日本で最初にホテル運営会社であるヒルトンが参入したとき、「立地」に関する条文を何箇所も契約書に書いたと聞きます。


京都という土地は、飛行機や新幹線にしろ、京都駅から入洛することが多いと思います。よって京都駅からの立地の良さの順に並べてみると

1 グランヴィア (京都駅の真上)
2 ブライトン (京都駅から地下鉄で一本)
3 オークラ (京都駅から地下鉄乗り継ぎ10分)
4 ウェスティン (京都駅から地下鉄乗り継ぎ20分)
5 ハイアット (京都駅より徒歩20分もしくはタクシー5分)

ということになり、ここから検証していくことにします。


まず、京都にあるホテルチェーンで顧客満足度が高い順に並べると、

1 ウェスティンホテル&リゾート
2 ホテルオークラ
3 ハイアットホテルズ&リゾーツ

となり、ブライトンやグランヴィアはランク外という状況。


しかししかし、OCC(客室稼働率=販売客室数÷総客室数×100)は今年の上半期で

1 グランヴィア
2 オークラ
3 ブライトン
4 ウェスティン
5 ハイアット

の順。しかもウェスティンとハイアットは80%に満たない状況。グランヴィアが35%のマーケットシェアを誇るのに対し、ハイアットは6%。


週間ダイヤモンドの日本のベストホテル2006でもこれらのホテルは

1 グランヴィア
2 オークラ
3 ブライトン
4 ウェスティン
5 ハイアット

の順。京都のハイアットはハイアットが20%出資してるのに、フランチャイズ契約の福岡やセンチュリーに負けているのは悔しい。


で、この順なんですが、先ほど述べた立地のよさの順に倣っているように思えます。


若干の誤差があるので、ここに価格という要素を加えてみることにします。

1 ウェスティン
2 オークラ
3 グランヴィア
4 ブライトン
5 ハイアット

とADR(平均客室単価)が安い順に並べてみたら、ブライトンとオークラの順位が逆転することもうなずけます。ウェスティンの順位が不同なところは微妙ですが・・・。


無理やりまとめてしまうと、ホテルはサービスやらなんやらといっておりますが、京都に関しては立地と価格だと思います。駅から遠くて一泊5万円を超えるパークハイアット東京が人気あるのは東京だからであって京都ではないんです。

(16:39)

2006年08月10日

ヒルトンやハイアットが成功し、コンラッドやマンダリンなど外資系ホテルがどんどん日本に入ってきました。

よって現在の日本では、帝国ホテルやリーガロイヤル、東京全日空ホテルががんばるも、どうしてもホテルは外資系♪の風潮があるような気がします。

確かに、外資系ホテルは実力があります。グローバルで成功してきた経験をすべてのオペレーティングに生かしているところなど、感心すべき点です。現場を知り、経営を知る総支配人、GMをトップに置く経営手法は、親企業からの天下り、現場を知らない、業界を知らないGMを取締役会の下に置くドメスティックホテルは弱く感じます。

しかししかし、だからといってドメスホテルがこのまま負けるのはイヤです。帝国ホテルや半球インターナショナルに勝ってもらいたい。


そこで、ドメスの勝てる点はと考えたところ、それはリッツカールトンにあるんじゃないかと仮説をたててみました。


リッツカールトンといえば、いわずと知れた日本で顧客満足度ナンバーワンをとりつつけるホテル。サービスチャージを13%もとりながら、稼働率を高く維持するホテル。

特徴はいろいろあるとおもいますが、やはりサプライズのあるサービスだと思います。実際、僕はサプライズのあるサービスを受けたことはないですが、ゲストの期待以上のサービスをすることによってそのサービスの価値を高めるという手法なのです。

僕は常々思いますが、日本人はホテルの使い方をあまり知らないような気がします。これは、旅館という受身のサービスの国民性のため外国人と比べても仕方がないのですが、ホテルは能動的になればなんでもできると思います。僕もやったことがありますが、同伴者に送るブーケを事前に部屋に入れてもらったりなんてのは簡単ですし、働らく立場としてベッドをバラの花びらで埋めたこともあります。化粧水、クレンジング、整髪料などは揃えているのでリクエストベースでデリバリーしてます。ゲストコメントなどで、『バスルームに手桶がないのがサミシイ』とか『部屋が乾燥していた』といかにもサービスの悪さを指摘するようなのもありますが、リクエストがあれば手桶を出しますし、加湿器もあります。

つまるところつまり、リクエストがあればできるだけ何でもこなします。そのリクエストをするかしないか、というのがホテルの使い方だと僕は思います(少なくとも、ルームスに限ってね)。

で、そのリクエストってのがゲストの期待。それを上回るサービスをするのがリッツ。ということで、リッツカールトンはホテルの使い上手を選ばないサービスをしている点が日本人に受けているのではないでしょうか。

でも、そういったサービスをするのはリッツだけじゃないと思います。たとえば、旅館。旅館のサービスはゲストのリクエストに関係なくすべて行われますよね。食事のときお酒を飲みすぎてたら、就寝中に勝手に水が枕元に置かれてたり。

こういったサービスを行う文化が日本にはあり、サービスを受ける国民性があるんです。この文化にはグローバルな価値基準を基にオペレーションを行う外資系ホテルより、日本文化を基準にオペレーションできるドメスの方が上手なのではと。


ま、最近は若い人を中心にホテルの使い方がうまい人も増えておりますし、ホテルのほうも変わりつつあるんで、一概には言えませんがね。

(02:24)

2006年05月06日

京都の全日空ホテルにフレンチを食べに行った。


ここがまたまたお買い得やったのです。


・オードブルが3品

・スープ

・魚料理

・メインディッシュ

・チーズ

・口休めのシャーベット

・デザート


とフルコースで8500円。でも、これってホテルのフレンチではちょっと安い方な分類に入るんじゃないの?レベルやけど、オードブルにフォアグラのテリーヌが出たのです(ベジタリアン用にはキャビア!)。別のオードブルには手長海老が、魚料理はヒラメにオマール海老、んでメインディッシュはウサギ、黒毛和牛、子羊、アワビから選べて、チーズはワゴンサービス、デザートは11種類からお好きなものをお好きなだけサービス


これがホテルのフレンチで出るのです。


味もかなりヨシ。京都で知ってるフレンチの上位に入ります。



ギャルソンと京都のフレンチについて話していたらどうやらシェフが知り合いの知り合いってことが判明。そんなわけでシェフがテーブルに登場。さおだけやはなぜつぶれないか?の著者並みにここの経営が気になって、ちょっと聞いてみた。(野暮!)


『ここ、もうかっているんですか?見た感じ、すごくお買い得な感じがするんですけど・・?』


『いやぁ、なんですわ』


とのこと。どうやらランチは2800円でフォアグラが出るらしい。


帰り、おみやげにハーフボトルのCAVAを2本いただいた。こりゃになるわな。

(02:06)

2006年04月28日

東京の街に〜出て〜きました♪



『お゙ゔ、久しぶりやの』



・・・。


会社のナンチャラパーティのために東京に行ってきた。んで、せっかくだからとくるりの東京を聴いていたのですが、東京駅で働いてる古き友に会ったので、すぐに感傷とかその辺の安っぽいちんけな感情はどこかに吹き飛ばしてやりました。

ハイアットホテルでほぼ毎日働いているため、友人と遊ぶ機会が激減してしまったので、そんな感情なんかにつきあってられません。楽しまなきゃいかん。



会社の方はというと、ITマニア(注1)に経営マニア(注2)がいて、とても話にはいれそうにない&話したくない気分だったので、端っこの方で入社何年目とかの若い社員さんとワインを飲みながらサッカーの話とかで盛り上がっていました。

交通費出してくれて(しかも多めに)、飲み食いさせてもらい、会社の話とか全くしてないとかダメ社員になりそうな気がすでにします。



で、話は戻って東京二日目。


帝国ホテルに行きました。

帝国ホテルはいかにも日本の高級ホテル!って感じで、大阪のリーガロイヤルとかと同じジジムサイ匂いがした。でもこーいう匂いが、古きよき日本って感じでそこにあるヴィジュアルとサウンドと混ざりとてもエレガンスな雰囲気を作り上げていた。こんなのは昨日行った全日空ホテルには全くなくて、全日空ホテルがいくらがんばっても身に付かないものだと思う。

もっと言うと、ヴィジュアルやったら帝国ホテルよりリッツカールトンのほうがイギリスの貴族チックで全然エレガンスなんやけど、それでもその匂いがないから、安っぽく見える。これはフォーシーズンズであろうと同じことで、ヴィジュアルだけで匂いがないために本当のエレガンスを作り上げることができていない。例えば香港、グランドハイアットみたいにエレガントなイメージを出そうとしても、ペニンシュラには絶対かなわない。だからWホテルやメトロポリタンみたいなデザインホテルの路線をハイアットだとかウエスティンだとかは踏めばいいと思う。

そう考えると、来年から東京がエライことになるけど、帝国ホテルは生き残る力を持った立派なホテルだと思う。もちろんこれは、ロビーの雰囲気とかだけで考えたことやから、実際に宿泊したら全然なんかもしれへんけど。東洋経済は『帝国ホテルですら3つ星レベル』って言ってるしね。



注1…システムに詳しくないため、システムのことを話す人をマニアと捉えざるを得ないのです

注2…日経平均だとかドコソコとソコドコの資本提携がどーたらこーたらと、パーティの席で語りだす人をマニアとみなしました




(01:36)

2006年04月16日

企業の採用活動で、特にコンサルとか金融で多い選考方法に、グループワークとかグループディスカッションとかありますよね。



コミュニケーション能力を見られつつ、協調性を見られてるらしい。



ベリングポイントのGDが[年金の加入率を上げる提言を国会でしてください]というよーわからん課題で、人事の方に『現役のコンサルタントはこんな問題解けるんですか?』と聞いてみたところ、『私達なら、目標を定めたなら限られた時間内に必ず答えを論理的に導き出します』とのこと。


目標の共有時間配分ロジックシンキングも見られているらしい。



まぁ、グループでの活動ということで、団体行動をしなければならないので僕は常に『他人に迎合する作戦』を取ってました。結果は一部のコンサルを除いてほとんど負け・・・涙。

しかし、自分の作戦ミスで選考落ちならいいんですが『自爆テロ』と僕が名づけた『他メンバーを巻き込む自爆発言』によって落ちたときはかなりショックです。


でもさー、そのやり方だと一からやり直さないとダメじゃない?でもそんな時間ないよ』だとか『ていうか、こういう風にやったほうがよくない?


といった爆弾を彼らテロリストは投げてくるのです。中にはこういう爆弾をかわす、ツワモノも多いと聞きますが、僕は彼らにつられてそのまま自滅するパターンでした。

だって、8人中7人が賛成した論理の矛盾点をついて(細かいデータの誤りなど)、『その論理は間違っている』とか言われると僕には太刀打ちできません。



自爆テロを食らったことはありますか?笑

(22:53)

2006年04月13日

母親と植物園に行ったんやけど、そのついでに花見小路のとあるお茶屋さんに行くことになった。

植物園に行くだけのことやからとモッサイかっこしかしてへんかったのに、急遽、祇園に出されたのですごい恥ずかしかった。

で、母親と二人でアイサツをしたら女将が『息子さん、まだ結婚しはりませんの?』と。



だから、僕も『まだですんやわ』と答える。(ま、モチロンね)



そこから延々と、やれヨメは気配りのできる女がイイだとか、ヨメの親の世話をしろとか、○×▼@〜¥*◆□■!!!

恋愛相談というか、説教というか。アイサツのためだけに伺ったのにえらいこっちゃ。


挙句の果てには、婚約者できたら連れて来いとのこと。



『ハ、ハァ、ほなよせてもらいます・・・汗』


人生経験豊富な女将にタジタジになってしまった。こんなん初めてかも・・・笑。

(00:03)

2006年04月11日

友達に『眼科か精神科に行って来い』と言われました。

別に眼が悪いわけでもなく、精神的におかしいわけでもございません。

ただ、『宮里藍ちゃん、カワイイよなぁ』と言っただけなのです。


なんか、間違ったこと言ったかな?笑

(23:01)
『今日』はまだ終わっていないから、過去形ではなく現在完了形のhas beenを使うのだとか。


こういうことを中学の時に教えてもらっていたら、今頃はもっと英語が話せたかもしれない。

小学校でも英語教育が始まるみたいやね。すばらしい。もっと早くから英語を勉強すればよかった。

『国家の品格』には英語より国語を勉強せい、と書いてあって、『日経新聞』の社説には週に一回程度で国語力が落ちるかいな、とも書いてある。どれを信じればいいのやら。


ちなみにタイでは、英語が話せるとそれだけで良い職業(=給料の良い職業)に就くことができる。実際、英語が話せる人≒高学歴なんでみんな外資系とかで働いている。僕はタイ語が話せないので友人達はみんな英語が話せたんやけど、彼らが働いているところはコンサルや銀行が多かった。

またまた、欧米人や日本人がやたら集まるカオサン周辺のカフェだとか土産物屋では英語を話す店員さんが多い。

タイ人の平均給料は「販売職/7000バーツ、オフィスワーカー/8000〜10000バーツ(管理職は15000バーツ)」なので(海外移住情報 参照)、英語を話す販売員達はいったいどれくらいの給料をもらっているのだろう。僕はけっこう多めに給料をいただいていた。自分の生み出すバリユーの方が絶対小さかったとは思うけど・・。


ま、いいとして。


今日は大阪市内にあるテレビ番組の編集スタジオに私用で行ってきた。我が家のようにお笑い路線のテレビ番組ばっかり手がけてるところではなく、ドキュメンタリーとか作ってるところだったので、社員さんも少しマジメな感じアウトプットと社風ってのは似るもんなのかな。僕は来年の今頃はどんな感じで働いてるんやろかな。想像つかん。プログラミングばっかやってんのかな。


あ、こんなことかいてるうちに日付が変わった。


It "was" cold, yesterday. やね。

(00:20)

2006年04月09日

何の?

ニートのだよ!!

就業体験してんだ。


今日やったこと。


昼、起きる。

吉本新喜劇を見る(必須)。

庭そうじ(年寄りな気分がした)。

バイクをいじる(チェーンにオイルアップしただけ)。

一人花見(切ない)。

テレビのクイズ番組に向かって一人で解答(それでも正解のときは嬉しい)。

チャングムの誓いを見ながら、アラレを食べる(やってることおばちゃん)。


ほんま、あかんわ。バイト探さんと・・・。

(02:10)

2006年04月07日

せっかく京都にいるねんから衣笠のセッションでもとっとこーと思って、履修登録んとこにログインしたんやけど、すでに時間切れ。


今セメはゼロ単位履修だ!

(22:17)

2006年04月03日

内定もらってから一週間が経ちました。



何をしたらいいのかがわからん。

とりあえず、内定でたとこに承諾の電話して、選考途中のところには辞退のメールをしたんで、就活関係はこれで一通り終わったと思う。キャリアオフィスに行かないとあかんのかな。わからん。休学からそのまま就活にフェードインしてったので、そのへんの情報が全くなくてどーすればいいやら。


とりあえず、買い貯めてたDVDを見て過ごしてます。

友達ともちょくちょく遊んでます。・・・が、大多数が就職しやがりました。

フットサルとサッカーもやたらしてます。


英語の勉強でもしよっかな。

卒論もかんがえとこ。

(23:32)