2月15日はお釈迦さまが入滅(にゅうめつ)した日です。入滅とはお釈迦さまがお亡くなりになられたことをいいます。この入滅された2月15日にお釈迦さまのお徳を讃嘆(さんたん){深く感心して褒め称えること}し、供養する法会(ほうえ)を高野山では常楽会(じゅうらくえ)といい、普通は涅槃会(ねはんえ)といいます。涅槃とは煩悩を吹き消した悟りの境地。また生命の火を吹き消す死を意味する場合とがあります。
お釈迦さまとは釈迦族のご出身ですからお釈迦さまとお呼びいたします。また釈迦族の尊いお方というので釈尊(しゃくそん)とお呼びします。釈尊のお名前はお父さんの名である「ゴウタマ」釈尊のお名前は「シッタルータ」ゴウタマ・シッタルータといいます。
釈尊が覚りを開かれてからは釈迦族の聖者という意味で「シャークヤ・ムニ」と呼ばれていました。中国では音写して「釈迦牟尼(しゃかむに)」と漢字で書き、敬意を表して「釈迦牟尼世尊」とも言い表しました。
そしてお覚りをお開きになられてからは釈迦如来と呼ばれるようになりました。
釈尊のご一生を大きく分けて七つに分けてみていきたいと思います。
1ご生誕 釈尊は釈迦族の王子さまとしてお生まれになりました。お母さんはマーヤ夫人、ご出産のために実家に戻る途中、 ルンビ二―園でご出産されました。右手を挙げ人差し指を天に向けて立っている仏像をご覧なったことがあると思います。 「誕生仏」です。四月八日の花祭りに誕生仏に甘茶を灌ぎます。 2出家 お釈迦さまは29歳で髪をそり出家しました。 3苦行 出家して苦行の旅に出られ、その苦行は6年間も続きました。この苦行によって何も得られず、結局、「快楽も、苦行も本当の現実の苦しさから目をそらさせ、一時的に忘れさせるものでしかない」快楽も極端な苦行にも偏らない理想な道(中道)を歩めねばならないことを自覚したのです。 4お覚り 苦行によって衰弱した体を尼蓮禅河(にれんぜんが) で身を清め、スジャータという娘さんから「乳粥」の供養を受け、体力が回復し、近くの菩提樹の下で座禅瞑想に入られ、七日目の早朝、明けの明星をご覧になられ、その瞬間「宇宙の真理、人間の真実、苦しみの構造など、あらゆる真理に目覚めてブッダ(ほとけ)となられたのです。 5初転法輪 お覚りになられた内容をはじめ五人の苦行をともにしたバラモンに説かれました。そして、五人のバラモンはお覚りを開き、お釈迦さまの弟子になりました。これを初転法輪(しょてんぼうりん)といいます。ここで初めて仏教教団が成立します。 6遊行 その後、弟子も増え60人になったときインド各地に布教の旅、遊行が始まったのです。 釈尊は入滅されるまでの45年間にわたり人々に説法して、教化の旅を続けられたのです。 7入滅 釈尊は旅の途中、ベッシャリー郊外のベーヌ村にはいりました。この時、釈尊は激しい腹痛に襲われますがそのまま旅をつづけ、パーバァ村に入り、鍛冶屋のチュンダの供養を受けます。その食事を受けてさらに病状が悪くなりました。その後、クシナガラに着くと、二本のサーラ樹の間に床を用意させて横になり、最期の言葉を告げられました。「修行僧たちよ、すべてのものは移ろいゆく。おこたりなく努めはげめよ」こうしてお釈迦さまは80年のご生涯を閉じられたのです。