2018年04月29日
四神伝 番外編2 早雲①

初めて2人が会ったのは、早雲も康煕も15歳のときだった。両親が、康煕の弟・乾隆の後見人になり、兄弟揃って飛雲城に住むことになったのだ。これまで、同じ飛雲城の家臣や城下の民の子どもたちを見慣れていた早雲は、しばらく、あっけにとられたように康煕を見つめてしまった。とにかく雰囲気が違う。従兄弟同士ということもあり、早雲とどことなく顔の雰囲気は似ていたが、身に纏う雰囲気がまるで違っていた。まるで神様が、細部にわたるまで丁寧に作り上げたような、そんな高貴で美しい顔立ちなのだ。早雲も白虎王の嫡子であり、皇太子ではあったが、目前の康煕のような威厳などはまるでなかった。自分と同じ年齢だというのに、ずっと年上のように落ち着いたたたずまいだったのだ。おずおずと、早雲は康煕に片手を差し出した。
「お、俺は早雲。よろしくな。解らないことがあったら、何でも聞いてくれ」
康煕はそんな早雲の言葉に、じっと早雲を見つめた。康煕の黒水晶のような綺麗な目で捕らえられたとき、早雲の心臓が何故かドキンドキンと早鐘のように打ち始める。次の瞬間、康煕は少し嬉しそうな笑みを唇に浮かべる。たったそれだけのことで、早雲の頬は我知らず火照ってくる。
「私は康煕。よろしく、早雲」
優しい声でそう言って、康煕は早雲の手を握った。その手の感触も、遊び仲間たちとは違う、滑らかで優しい感触だった。後に、早雲は、あの時すでに自分は康煕に恋をしたのだと思った。
その日から、早雲は何処に行くのにも、康煕を誘うようになった。聞けば、康煕はこれまで瑠璃宮というところで、母親と弟の3人だけで暮らしていたという。しかも、弟はまだ幼かったので、ほとんど1人だけで小さな島を散策したり、読書をしたり、神力の練習ばかりしていたらしい。
「今日は、俺の遊び仲間にお前を紹介するよ」
「遊び仲間? 私も一緒に行っていいのか?」
「もちろんだ。行こう」
誘われて康煕はとても嬉しそうな顔をした。早雲も嬉しくなって、早速みんなのいる草原に康煕を連れていく。しかし、康煕の姿を見て、遊び仲間たちは何故か、いつもとは違う反応を示した。
「悪いけど・・・俺、家に帰らなきゃ。用事があったんだ」
「僕も」
家臣の子どもたちが次々と帰り始めたのだ。残ったのは、一般の民の子どもたちだけだった。彼らは、珍しそうに康煕に話しかけたり、一緒に遊んだりしていたが、翌日には誰も来なくなった。早雲は不思議でならなかった。毎日、この時間には一緒に遊んでいるのに、どうして皆が遊ばなくなったのか、その理由がどうしても思い当たらなかったからだ。その時、康煕がぽつりと言った。
「私がいるから、だな・・・」
「え? まさか、そんなはずないよ」
「きっと、そうだと思うよ。明日は、私は屋敷で本を読むから、早雲は一人でみんなと遊んできて」
「・・・・・・」
康煕はそう言ったが、早雲はどうしても合点がいかなかった。康煕のような、綺麗な子と遊ぶのを嫌がるなんて考えられなかったからだ。
翌日になって、早雲は草原に一人で行ってみた。すると、遠くで遊んでいた遊び仲間たちが早雲に寄ってくる。
「・・・今日は・・・1人なんだな?」
「ああ、康煕は屋敷で本を読むって」
「じゃ、一緒に遊ぼうぜ」
そんな友達の言葉に、早雲は途端に腹が立ち、その友達に詰め寄った。
「おい! どういうことだよ? なんで康煕が一緒だと遊ばないんだ?」
「え…だって…。なぁ?」
その友達は傍らにいる別の友達に同意を求める。その友達も、ばつ悪げに、あやふやに頷いた。
「あの子と遊んじゃ駄目って親から言われてるんだ・・・」
「え?」
「何かよくわからないけど・・・危険なんだって、あの子と遊んでたら。巻き添えになるかもしれないからって」
「巻き添え?」
「・・・神龍国の王妃様に嫌われてるんだって。だから、早雲、お前も気をつけろよ」
早雲はカッと頭に血が上った。みんなと遊ぼうと誘ったときの、康煕のあの嬉しそうな顔が頭に浮かんできて、心がたまらなく痛かったのだ。
「なんでそんなこと言うんだ! ばかやろう!」
早雲はその友達に殴りかかっていった。たちまち、その辺の子どもも巻き込んだ大げんかになった。
母親から叱られ、傷の手当てをしてもらって、早雲は康煕の部屋を訪ねた。康煕は、乾隆の側で読書していたが、早雲の顔を見て、ビックリした表情を見せた。
「早雲、どうしたんだ? 誰かに殴られたのか?」
「ケンカしたんだ」
「友達と? どうして?」
「・・・・・・」
早雲はそれには答えず、康煕の両手をとると、ぎゅっと握った。
「俺はお前の友達だからな!」
それを聞いて、康煕はしばらく考えた後、寂しそうに下を向いた。
「・・・そうか・・・やっぱり・・・そういうことなんだ」
「え?」
早雲はまだ何も言っていないのに、康煕がすべて見通したように感じて聞き返した。康煕はそんな早雲の目を真っ直ぐにとらえて言った。
「私に近づくと危険だからだろう? 確かに・・・その通りだと思う」
妙に大人びた口調で言う康煕だったが、その目には寂しさが浮かんでいるように早雲は感じる。
「・・・私のことは・・・もう誘わなくていいよ。お前は、みんなと遊んできて」
康煕はそう言って優しい微笑を浮かべる。でも、早雲には康煕が泣いているように見える。早雲はまるで心臓を鷲づかみにされたような痛みを感じた。
「いやだ! 俺は康煕と遊びたい!」
早雲はそう言うと、康煕の手を掴んで彼を立ち上がらせた。康煕はびっくりして早雲を見る。早雲は康煕に向かって笑って言った。
「俺の秘密の遊び場に連れていってやる!」
「秘密の?」
「行くぞ!」
有無を言わさぬ勢いで、早雲は康煕の手を握ったまま、表へ飛び出した。
早雲はそのまま康煕を飛雲城下にある市へ連れていった。市に来るのは初めての康煕はビックリしたように、立ち並ぶ店や行き交う人々を見回している。
「こっちだ」
早雲の手の引く方に康煕は引っ張られた。そこは、饅頭を扱う店だった。早雲は慣れた口調で、店主に言う。
「桃饅頭二つ」
「いや、三つ」
康煕が横から口を挟んだ。驚いた早雲に向かって、康煕は言った。
「乾隆にも食べさせてやりたいから」
「あ、そうか」
2人は温かい桃饅頭が入った袋を持って、草原のひときわ大きな木のたもとに座った。大きな夕日が地平線に近づき草原を黄金色に染めている。遠くに行商隊の姿が見えるだけで、他にはだれもいない。温かい夕日が2人だけを包み込んでいるような感覚に陥る。
「さあ、食べよう。美味しいぞ、ここの桃饅頭は」
「いただきます」
2人で桃饅頭にかぶりつく。
「美味しいだろ?」
早雲が尋ねると、康煕は子どもらしい笑顔を早雲に見せた。
「甘くて美味しい。それに、こんなに温かい桃饅頭は初めて食べた」
「俺はここの市には詳しいからな。これから、毎日、美味しいものを食べにつれてきてやる」
「うん」
残照を反射して、康煕の髪も、顔も、瞳もキラキラと輝いている。何て綺麗なんだろう 口に出しては言わなかったが、早雲は改めてそう感じた。遊び仲間なんて、誰もいなくなってもいい。康煕のこんな笑顔を一人占めする方がずっといい。康煕がひとりぼっちにならないように、いつも側にいたい。どんな危険な目に遭ったって構わない。いつまでも、いつまでも、康煕と一緒にいたい。康煕の笑顔を一番側で見ていたい。
早雲はその決意を、その後もずっと胸の奥に抱き続けていくのだった 。