2021年01月06日

エンドレス

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2020年が終わった気がしない。
2021年が始まった気がしない。
人は驚くほど慣れる、順応する。
そして前へすすんでいくことができる、それが適切な未来であろうとなかろうと。
年末から年始にかけて実に素晴らしい天気が続いた。
朝晩多少冷えたが、いつも氷が張るところに氷があるほどでなく、空は青、深い青、
雲は白、汚れなき白、時間と共に霞んでいき、いつしか青に溶け込んでいくような日々だった。
なにしろ風がない。
風がないから日向で居眠りできるほど暖かく、北側林の縁など日陰では骨までしみいる寒さだったりした。
しかし遠く富士山には雲の白より、土の茶(石の黒?)が目立ち、南房総の山では常緑樹の枯れた茶色が異常なほど見受けられる。山のいたるところが枯れた葉の茶色で染められているのだ。
去年は、一部害虫が異常発生した年だった。
特徴としては時期がいわゆる経験則による暦通りではなく、不規則で大げさに言えば爆発的に発生する。(あくまで私の身の回りだけの話で、全体としての裏付けをとったわけではない。)
どうも気象における天気の移り変わり、周期と様相の激しさと似ている気がする。
しかし私は今さら異常気象、気候変動のことを言うのではない。
問題はもっと身近なこと、人の気持ち。
前記の害虫、又は一昨年の台風などの被害にあうと、人は「ならばこの樹いらない」と
なる。自然な気持ちとしてそうなってしまう。
それは自然な流れで、その流れが自然界におけることだけでなく、人為的にも大きく加速
していること、そこに危惧している。商売的な問題をいうのではない。
気の遠くなるような年月を経て育まれてきた樹と人の文化的・精神的な結びつき、
樹の自然界に与える・人の心に与える影響力の大きさ。
それらは現在主流になっている資本主義、商業主義の数値では計り知れない。
そして人の目にも見えづらい。

伐るのは一瞬、育てるのは何十年、何百年、何千年。

私達が自ら失っているものは一体何なのだろう。

専門家としてそのことを強く言えず、とてももどかしい。
よく考えてほしい。

そしてもうひとつ、
危惧しているのは、私が現代社会からはみだしたくなっちゃっていること
ジジイだからしょうがねえか。(まっ、むかしからか)

kouminoniwa
posted at 17:51

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