2023年01月28日
756号系統 三宮 ゆき
756号系統 神姫バス 三宮 ゆき
144日目
10:52 上の丸
11:05 御坂 360円
144日目は「上の丸」バス停からスタート。本日は久しぶりに山の神様が同行です。
バス停近くで電気工事が行われていることから、見通しの悪いカーブで対面通行となっており、誘導する警備員さんは苦労されています。道は渋滞しており、カーブの向こうより7分遅れで本日最初のバスがやってきます。

渋滞の影響で7分遅れでバスが来ます。
本日最初のバスは「三宮」ゆきの急行バスで東へ進みます。神戸電鉄粟生線の恵比須駅近くの「エビス」を過ぎると右手に東経135度を示す時計櫓が見えます。見えない135度線を越えてさらに東へ進みます。

東経135度を示す時計櫓。
車窓の風景は収穫が終わりしばしお休みの田園地帯へと変わっていきます。右手には加古川水系の志染川がバスの進行方向とは逆に流れていきます。ということは、バスは本当にわずかではありますが坂を上っているということになります。水の流れというのは高いところから低いところへ、これは至極当然な道理です。

志染川の向こうに田園風景が広がります。
急行バスなので途中のバス停をいくつか通過しながら「御坂」というバス停に到着します。バスはその先の三差路を右折して一路「三宮」に向かいます。

バスは一路「三宮」へ。
「御坂」バス停のすぐ北側には大きな水道管が山の上から伸びています。あそこを水が流れ落ちているのでしょうか。

「御坂」バス停北側にある水道管。
バス停の南には御坂神社があります。それほど大きくない社ですが、境内はきれいに保たれており、地域の人がこの社を大切にしておることが伺えます。そういうことが影響してか、境内にはやはりピンとした空気が漂います。それは実に心地よいものです。

地域の人に大切にされている御坂神社。
神社の南には志染川が流れているのですが、一本の橋が架けられており対岸につながります。この橋は御坂サイフォン橋といいます。
山の神様 「サイフォン?」
こうすけ 「サイフォンの原理や。」
山の神様 「どういう原理かしら?」
こうすけ 「水が低いところから高いところへ流れんねん。」
山の神様 「???」

これが御坂サイフォン橋。
加古川の東にある印南野台地は、流れ込む河川に恵まれず、また降雨量の少ない地域であることから昔から水不足に悩まされてきました。その結果この地域では水を巡る技術が発達し、多くのため池が作られ、わずかな高低差でつなぐ水路などが整備されました。そして志染川に上流部にある淡河川より水を引くことが計画されました。これが淡河疎水であります。
そこで大きな問題が生じました。水はその途中でこの御坂の谷を渡らねばなりません。水は低いところから高いところへは流れません。一つの解決策としては高さ80メートル、長さ700メートル以上の大きな橋を架けてそこに水を通すことでしょう。しかし、そんな大きな橋を架けることは、技術的にも、費用的にも難しいことです。ということで利用されたのがサイフォンの原理であります。

御坂サイフォン橋の解説。

これがサイフォンの原理。
高い地点と低い地点をつなぐ管があり、その管の中が液体で満たされていれば、管の途中がどれだけ低くなろうと液体は流れるというのがサイフォンの原理。この場合水路の北側の水の入口が標高134メートル、南側の水の出口が標高131メートルで3メートルの高低差。志染川真上にある御坂の谷の最底箇所が標高77メートル、標高差3メートルのおかげで、水は管の中を134メートルから77メートルまで一気に下り、その後131メートルの出口を目指し一気に駆け上がるというのです。あら不思議、水が低いところから高いところに流れるのであります。つまり、先ほど見たバス停北側にあった水道管を下ってきた水がサイフォン橋を渡っているということです。
日本には三大疎水というものがあるそうで、滋賀県・京都府にある琵琶湖疎水、福島県にある安積疎水、そしてここ御坂サイフォン橋を途中で通過する淡河疎水があげられるとのこと。そして琵琶湖疎水、安積疎水が国策であったのに淡河疎水は地域住民の手で作られたといいます。
このサイフォン橋を設計したのは、いわゆるお雇い外国人であったイギリス陸軍の工兵将校であったヘンリー・スペンサー・パーマー。サイフォン橋含め淡河疎水が完成したのは明治24年(1891年)。
こうすけ 「昔の人はすごいなぁ。」
山の神様 「そうねぇ。それでこれからどうするの?」
こうすけ 「水の流れとともに歩まん!」
山の神様 「、、、、、、。」
ということで、サイフォン橋を渡って対岸に。そこからは水道管が坂を上っていきます。水道管のよこに歩道らしきものがあるのですが柵があります。鍵はかかっていないので中に入ってみます。水はサイフォンの原理で上っていくのでしょうが、人間は自分の足で上らねばなりません。

エッチラホッチラと坂を上ります。
バテバテの山の神様を励ましながら坂道を上りきるとここにも柵があります。扉があるのですが、こちらは鍵がかかっております。
山の神様 「まさか、引き返すの?」
こうすけ 「ううっ。どうしよう?」
どうするこうすけ?
思案していると私たちを追うように坂を上ってきたおじさんが追い着きました。
こうすけ 「地元の方ですか?」
おじさん 「いえ、あなた達が歩いておられたのでついてきたのですが、」
こうすけ 「下には鍵もなかったので、イノシシ除けか何かだろうと思って入ってしまいました。本当は入ってはいけない場所なのかもしれないですね。引き返すのも悔しいので、越えちゃいましょうか。」
おじさん 「そうさせていただきましょう。」
本当は立入禁止なのかもしれません(そういう看板はなかったですが)。旅人の一時の無礼をなんとかご容赦くださいませ。山の神様は「なんでこんな柵を乗り越えるようなところに連れてきたのよ!」とブツブツ文句を言いながら柵に足をかけております。

この坂を上り、この柵を越えました。
柵を越えた先は兵庫県立三木総合防災公園。坂道を上ってきた水道管の出口があります。水が豪快に噴き出している様を想像して出口を覗きますが、水はただただ静かに淀んでいます。サイフォンの原理といえども坂道を上がって水もやはり疲れたのでしょうか。

上り坂に疲れたのか淀んでいる水。
202.5ヘクタールという広大な敷地の三木総合防災公園には、野球場やサッカー場、陸上競技場などの施設が点在します。野球場からは野球少年の元気な声が空に向かって響いていきます。

野球少年の元気な声が空に響きます。
管の真っ暗な中から飛び出した水はゆっくりと公園内の水路を流れていきます。その横の道を歩いていきますが、やがて水路は暗渠になります。ここから先は水の流れがわかりません。ということで水の流れとともに歩むのはここまで。この水ははやがて印南野台地の田畑を潤すのに活躍するのでしょう。水を激励するとともに、こういう長大な水路を建設した明治の人への敬意を払います。

三木総合防災公園内を流れる淡河疎水。

暗渠になり水とともに歩むのもここまで。
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144日目
10:52 上の丸
11:05 御坂 360円
144日目は「上の丸」バス停からスタート。本日は久しぶりに山の神様が同行です。
バス停近くで電気工事が行われていることから、見通しの悪いカーブで対面通行となっており、誘導する警備員さんは苦労されています。道は渋滞しており、カーブの向こうより7分遅れで本日最初のバスがやってきます。

渋滞の影響で7分遅れでバスが来ます。
本日最初のバスは「三宮」ゆきの急行バスで東へ進みます。神戸電鉄粟生線の恵比須駅近くの「エビス」を過ぎると右手に東経135度を示す時計櫓が見えます。見えない135度線を越えてさらに東へ進みます。

東経135度を示す時計櫓。
車窓の風景は収穫が終わりしばしお休みの田園地帯へと変わっていきます。右手には加古川水系の志染川がバスの進行方向とは逆に流れていきます。ということは、バスは本当にわずかではありますが坂を上っているということになります。水の流れというのは高いところから低いところへ、これは至極当然な道理です。

志染川の向こうに田園風景が広がります。
急行バスなので途中のバス停をいくつか通過しながら「御坂」というバス停に到着します。バスはその先の三差路を右折して一路「三宮」に向かいます。

バスは一路「三宮」へ。
「御坂」バス停のすぐ北側には大きな水道管が山の上から伸びています。あそこを水が流れ落ちているのでしょうか。

「御坂」バス停北側にある水道管。
バス停の南には御坂神社があります。それほど大きくない社ですが、境内はきれいに保たれており、地域の人がこの社を大切にしておることが伺えます。そういうことが影響してか、境内にはやはりピンとした空気が漂います。それは実に心地よいものです。

地域の人に大切にされている御坂神社。
神社の南には志染川が流れているのですが、一本の橋が架けられており対岸につながります。この橋は御坂サイフォン橋といいます。
山の神様 「サイフォン?」
こうすけ 「サイフォンの原理や。」
山の神様 「どういう原理かしら?」
こうすけ 「水が低いところから高いところへ流れんねん。」
山の神様 「???」

これが御坂サイフォン橋。
加古川の東にある印南野台地は、流れ込む河川に恵まれず、また降雨量の少ない地域であることから昔から水不足に悩まされてきました。その結果この地域では水を巡る技術が発達し、多くのため池が作られ、わずかな高低差でつなぐ水路などが整備されました。そして志染川に上流部にある淡河川より水を引くことが計画されました。これが淡河疎水であります。
そこで大きな問題が生じました。水はその途中でこの御坂の谷を渡らねばなりません。水は低いところから高いところへは流れません。一つの解決策としては高さ80メートル、長さ700メートル以上の大きな橋を架けてそこに水を通すことでしょう。しかし、そんな大きな橋を架けることは、技術的にも、費用的にも難しいことです。ということで利用されたのがサイフォンの原理であります。

御坂サイフォン橋の解説。

これがサイフォンの原理。
高い地点と低い地点をつなぐ管があり、その管の中が液体で満たされていれば、管の途中がどれだけ低くなろうと液体は流れるというのがサイフォンの原理。この場合水路の北側の水の入口が標高134メートル、南側の水の出口が標高131メートルで3メートルの高低差。志染川真上にある御坂の谷の最底箇所が標高77メートル、標高差3メートルのおかげで、水は管の中を134メートルから77メートルまで一気に下り、その後131メートルの出口を目指し一気に駆け上がるというのです。あら不思議、水が低いところから高いところに流れるのであります。つまり、先ほど見たバス停北側にあった水道管を下ってきた水がサイフォン橋を渡っているということです。
日本には三大疎水というものがあるそうで、滋賀県・京都府にある琵琶湖疎水、福島県にある安積疎水、そしてここ御坂サイフォン橋を途中で通過する淡河疎水があげられるとのこと。そして琵琶湖疎水、安積疎水が国策であったのに淡河疎水は地域住民の手で作られたといいます。
このサイフォン橋を設計したのは、いわゆるお雇い外国人であったイギリス陸軍の工兵将校であったヘンリー・スペンサー・パーマー。サイフォン橋含め淡河疎水が完成したのは明治24年(1891年)。
こうすけ 「昔の人はすごいなぁ。」
山の神様 「そうねぇ。それでこれからどうするの?」
こうすけ 「水の流れとともに歩まん!」
山の神様 「、、、、、、。」
ということで、サイフォン橋を渡って対岸に。そこからは水道管が坂を上っていきます。水道管のよこに歩道らしきものがあるのですが柵があります。鍵はかかっていないので中に入ってみます。水はサイフォンの原理で上っていくのでしょうが、人間は自分の足で上らねばなりません。

エッチラホッチラと坂を上ります。
バテバテの山の神様を励ましながら坂道を上りきるとここにも柵があります。扉があるのですが、こちらは鍵がかかっております。
山の神様 「まさか、引き返すの?」
こうすけ 「ううっ。どうしよう?」
どうするこうすけ?
思案していると私たちを追うように坂を上ってきたおじさんが追い着きました。
こうすけ 「地元の方ですか?」
おじさん 「いえ、あなた達が歩いておられたのでついてきたのですが、」
こうすけ 「下には鍵もなかったので、イノシシ除けか何かだろうと思って入ってしまいました。本当は入ってはいけない場所なのかもしれないですね。引き返すのも悔しいので、越えちゃいましょうか。」
おじさん 「そうさせていただきましょう。」
本当は立入禁止なのかもしれません(そういう看板はなかったですが)。旅人の一時の無礼をなんとかご容赦くださいませ。山の神様は「なんでこんな柵を乗り越えるようなところに連れてきたのよ!」とブツブツ文句を言いながら柵に足をかけております。

この坂を上り、この柵を越えました。
柵を越えた先は兵庫県立三木総合防災公園。坂道を上ってきた水道管の出口があります。水が豪快に噴き出している様を想像して出口を覗きますが、水はただただ静かに淀んでいます。サイフォンの原理といえども坂道を上がって水もやはり疲れたのでしょうか。

上り坂に疲れたのか淀んでいる水。
202.5ヘクタールという広大な敷地の三木総合防災公園には、野球場やサッカー場、陸上競技場などの施設が点在します。野球場からは野球少年の元気な声が空に向かって響いていきます。

野球少年の元気な声が空に響きます。
管の真っ暗な中から飛び出した水はゆっくりと公園内の水路を流れていきます。その横の道を歩いていきますが、やがて水路は暗渠になります。ここから先は水の流れがわかりません。ということで水の流れとともに歩むのはここまで。この水ははやがて印南野台地の田畑を潤すのに活躍するのでしょう。水を激励するとともに、こういう長大な水路を建設した明治の人への敬意を払います。

三木総合防災公園内を流れる淡河疎水。

暗渠になり水とともに歩むのもここまで。
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