2018年12月14日

629号系統 箕面 ゆき

629号系統 阪急バス 箕面 ゆき

115日目
13:18 白島
13:27 箕面                        220円


 「かやの中央」のバス停から南へすぐ、国道423号線は国道171号線と萱野交差点で交わります。今から5年半前、この路線バスの旅の1日目に国道171号線をバスに乗って西から東へ旅しております(6号系統参照)。同じ場所を後日バスで再訪しないという旅のルールに従いこの交差点にはぶらぶら歩いてやってきました。

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      国道423号線と国道171号線の交わる萱野交差点。



 萱野交差点から国道171号線を神戸方面、すなわち西へぶらぶら歩きます。すると阪急バスの「萱野三平前」バス停に至ります。

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            阪急バス「萱野三平前」バス停。



 先に記した旅の1日目、6号系統の記事をふりかえってみますと、、、、


 『バスは箕面市を走行。右には千里中央の高いビル群が見え、左手には山々が近くに見えます。萱野という地名が見えます。忠臣蔵の萱野三平と関係があるのかなと思っていると、そのままずばりのバス停。

                 「萱野三平前」。


 浅野内匠頭の刃傷事件の報せを伝えるため、江戸から播州赤穂まで飛脚でも八日かかるところを僅か四日で駆け付けたといわれる三平様。この私は、電車で3分のところをバスで1時間45分かけて旅する者でございます。どうかお許しくだされ。
 討ち入り前に自刃した悲運の侍、萱野三平の旧邸がこのあたりにあるようです。この旅が終わればいつか訪ねてみたいものです。』 (6号系統より)


 当時の旅のスタンスはできるだけ先に進もう進もうとしていたみたいです。旅を重ねるうちに先を急ぐことから、途中下車、さらにはわざわざ寄り道までするように変化してきました。そして今、旅のルールを遵守した上で歩いて寄り道しているのです。5年半前、旅が終わればいつか訪ねてみたいと思った場所に、旅の途中で訪ねることにします。

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        国道から離れて萱野三平邸跡に向かいます。

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          国道から一歩離れると雰囲気は一変します。



 騒がしい国道171号線から離れ、静かな路地を歩くこと少々、箕面市立萱野三平記念館「涓泉亭」(けんせんてい)に到着。ここが5年半前に寄り道をしなかった場所であります。その中の萱野三平旧邸長屋門は大阪府の史跡に指定されています。

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          大阪府指定史跡の萱野三平邸長屋門。

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           箕面市立萱野三平記念館「涓泉亭」。



 記念館の名の由来となった涓泉とは優れた俳人でもあった萱野三平の俳号であります。

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           涓泉とは萱野三平の俳号であります。



 入館料は無料なので財布を取り出す一手間もなく資料館に入ります。ここでは萱野三平の生涯について学びます。浅野内匠頭の刃傷事件の一報を届けに、江戸から播州赤穂まで飛脚でも八日かかるところを僅か四日で駆け付けた萱野三平、途中で通りかかったこの地で偶然母の葬儀に遭遇したといいます。同行の早水藤左衛門が「一目でいいから母の顔を見ていけ」と勧めたにも関わらず、「お家の一大事」と涙ながらに通り過ぎたという逸話に心が動かされます。

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           資料館で萱野三平の生涯を学びます。



 赤穂城の引き渡し後、大石内蔵助を中心とする仇討の一党に名を連ねていた萱野三平でしたが、父親から敵の吉良家と縁が深い大島家への仕官を勧められます。かつて、父清盛と後白河院との板挟みに「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず」と嘆いたのは小松内大臣平重盛でありましたが、萱野三平もまた忠と孝の間で苦悩したのでした。結局彼が選んだ道は死でありました。

 元禄15年(1702年)1月14日、長屋門の一室で萱野三平は自刃、享年27歳。この日は主君浅野内匠頭の月命日であり、この11か月後の12月14日に赤穂四十七士は吉良邸に討ち入りを果たしたのでした。

 俳人でもあった彼の辞世の句が残されています。

 晴れゆくや 日ごろ心の 花曇り (涓泉)

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           萱野三平が自刃した長屋門の一室。



 48人目の赤穂義士に別れを告げて5年半越しの寄り道はおしまい。国道423号線上の「かやの中央」バス停まで戻ります。しかし、この「かやの中央」は南行きのみのバス停で、旅のルール上、北に行くしか手段のない私は、一つ北の「白島」バス停まで移動します。ほどなく「千里中央」発の「箕面」ゆきバスが萱野交差点を南から北へ国道171号線を横断してやって来ます。

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        「千里中央」発「箕面」ゆきのバスに乗車します。



 「白島」を出たバスはすぐに左折し、住宅地の中の狭い道を西へ進みます。狭いがゆえにバス同士のすれ違いはギリギリであります。

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            ギリギリのバス同士のすれ違い。



 「白島」から10分弱、バスは阪急箕面駅前のロータリーに滑り込みます。阪急電鉄の前身である箕面有馬電気軌道の開通にあわせて開業した箕面駅は、阪急最古の駅の一つです(開業時の駅名は箕面公園駅)。

 箕面といえば箕面大滝ですが、今日は滝に行くことを試みずにここ箕面駅で旅を終えることにします。箕面駅のバスロータリーには阪急バスの他にも箕面市のコミュニティバスであるオレンジゆずるバスも乗り入れています。次の116日目をどうしようか情報収集だけはしておきましょう。

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           115日目は阪急箕面駅で終了です。

 



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kousuke0217 at 00:00コメント(2)│ 
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