2017年07月07日

513号系統 地下鉄醍醐駅前・アルプラザ前 ゆき

513号系統 醍醐コミュニティバス 地下鉄醍醐駅前・アルプラザ前 ゆき

94日目
15:58 醍醐寺前
16:01 地下鉄醍醐駅前                    200円


 左手に涼やかな瀬の音を聞くようになれば道は緩やかになって鼻歌などのんきに歌いながらの山歩きになります。やがて石段が見えてきてひと登りすると不動の滝に出ます。ここが上醍醐までの中間地点にあたるようでひと休みです。

 不動の滝からはうんざりするほど石段が延々と続きます。とても鼻歌どころではなくなって、ヒーヒー言いながら登り続けます。女人堂から小一時間、標高にして400メートル程登ると、上醍醐と書かれた案内板が目に入り、山道は緩やかな下りに転じます。前方の山に山上伽藍の一部が見え隠れします。寺務所の横を過ぎたところに建っているのが清瀧宮拝殿です。寝殿造りの手法を生かしたというこの建物は室町時代に建てられたもので国宝に指定されています。

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          国宝に指定されている清瀧宮拝殿。



 清瀧宮拝殿の近くには醍醐水の泉と准胝堂跡があります。醍醐水は醍醐寺を開いた聖宝が見つけた霊泉で醍醐寺の名前の由来となったものです。准胝堂は西国三十三所の第十一番札所であったのですが、平成20年(2008年)に火災により焼失。再建までの間は下醍醐の観音堂が札所となっており、ここには跡だけがあります。

 清瀧宮拝殿から奥に進んで行くと薬師堂です。薬師堂の創建は延喜13年(913年)にさかのぼりますが、現在のお堂は保安2年(1121年)に再建されたものです。この薬師堂が山上伽藍の中で最も古い建物で国宝に指定されています。お堂の中にはこれまた国宝に指定されている木造薬師如来像が安置されていたのですが、今では麓の霊宝館に収蔵されています。

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             国宝に指定されている薬師堂。



 薬師堂からさらに奥へ、山上伽藍の最も奥にあるのが如意輪堂と開山堂です。

 如意輪堂は貞観18年(876年)に創建。現在の建物は慶長11年(1606年)に豊臣秀頼によって再建されたものです。再建にあたっての木造りは大坂で行われたそうです。ここまで資材を運んできたとは驚きであります。

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         重要文化財に指定されている如意輪堂。



 開山堂は創建は延喜11年(911年)に創建されたのですが、現在の建物は如意輪堂と同じく慶長年間に豊臣秀頼により再建されたものです。桃山様式の色濃いこの建物は山上伽藍の中で最も大きな建物であります。

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          重要文化財に指定されている開山堂。



 如意輪堂と開山堂のあたりからは南に展望がききます。かつて巨椋池があった広い土地には京滋バイパスが走り、その彼方には石清水八幡宮のある男山、淀川の三川合流地点の対岸には天王山から続く北摂の山々が横たわります。天気が良ければ男山の向こうに大阪の高層ビル群が見えるのかもしれません。

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            如意輪堂、開山堂前からの展望。



 こんな山の上にこれだけの伽藍を作ったのですから、昔の人は偉大でした。また、車が通ることもできない上醍醐においては堂宇の保存維持も困難なことでしょう。

 いろいろな感想を懐きながら上醍醐を後に山道を下っていきます。


 山道をだいぶ下った頃、登りの際には気づかなたった案内板が目に入ります。ほほぉ。醍醐の花見かぁ。

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           山道にある醍醐の花見の案内板。



 豊臣秀吉が贅を尽くした醍醐の花見。今いる槍山のあたりは普通の雑木林で御殿の跡など全く感じられません。耳を澄ませてみても宴の愉しい声など聞こえてきません。まさに夢のまた夢であります。

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      かつてここで醍醐の花見が行われたとか、、、、、、。



 女人堂まで下ってからは下醍醐に再入場できないので(512号系統参照)、その周回の道をぐるりと回って三宝院に向かいます。

 三宝院は醍醐寺の塔頭であり、当院の院主が醍醐寺の座主を兼ねることが慣例となっており醍醐寺の本坊であります。その唐門(勅使門)は国宝に指定されており、平成23年(2011年)に黒漆が塗りなおされて気品ある黒に金色の桐紋・菊紋が映えます。桃山時代の建物らしく気品と豪快さを併せ持つ建築物であります。平民の私などこの門をくぐることなど許されないのでぐるっと回って庫裏から書院に向かいます。

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           国宝に指定されている三宝院の唐門。



 応仁の乱の兵火により衰退した醍醐寺を復興させたのは豊臣秀吉でありました。三宝院の庭園は醍醐の花見を機に作庭されたものであります。書院から眺める庭園の美しさは比類なきもので、槍山では感じることもできなかった太閤秀吉の力を思い知らされます。庭を眺めていると時間があっという間に過ぎていきます。

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                醍醐寺三宝院庭園。



 三宝院をあとに醍醐寺の宝物を所蔵している霊宝館に向かいます。霊宝館の宝物の中で最も注目すべきは国宝の木造薬師如来像でしょう。なんという穏やかなお顔でしょうか。仏教徒でもないのですが自然と手が合わさります。

 先にも記した通り、この薬師如来様は元々上醍醐の薬師堂に安置されていたものであります。如来様の意思かどうかは分かりかねますが、今では麓のここ霊宝館にて座しておられます。

 
 ちょうど監視員のおばさんが通りかかりましたので、、、、


 こうすけ         「薬師如来様は山上の薬師堂にお戻りになられたいんじゃないですかねぇ?」

 監視員のおばさん   「そうかもしれませんねぇ、、、、、」


 貴重な文化財を守るためにもこうした環境の良い場所で維持管理する理由も十分理解できるのですが、やはり、元々あった場所に本物があってほしいとどうしても強く感じます。

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            醍醐寺の宝物を所蔵する霊宝館。



 下醍醐、上醍醐、三宝院、霊宝館と、ひと通り醍醐寺を巡ったので、次のバスに乗るべくバス停に向かいます。醍醐コミュニティバスがやって来るのでそのバスに乗車です。

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       醍醐寺をあとに醍醐コミュニティバスに乗車です。



 バスは西に向かい新奈良街道こと府道36号線の下をくぐり、外環状線に出ます。外環状線上にある「地下鉄醍醐駅前」でバスを降ります。私だけでなく全ての乗客がここで下車します。

 さて、ここで次に乗るバスを思案しなければなりません。ということで、醍醐コミュニティバスを含め近辺のバス停を調べて回ることにします。

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       「地下鉄醍醐駅前」バス停は外環状線上にあります。




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kousuke0217 at 23:36コメント(0) |  

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